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茨は亡くした夢を見る

●回避
 月一つ無い新月の夜。追い詰める際若干手間取った物の、決着は一瞬だった。
 太刀を振る。その一刀が祝福を持たない人型のエリューション――ノーフェイスの首を落とす。
 手応えは有った。あっけなさ過ぎる程に。手に残るのは“人を斬った”感触。
 こればかりは何時まで経っても、慣れない。
 彼女はもうルーキーではない。そんな時代は一足飛びに通り過ぎてしまった。
 姉を亡くしたあの時に。剣を手に取ったあの時に。人を斬り殺した――あの時に。
 感傷だと思う。甘さだと思う。けれど、もしもそれに慣れてしまったなら、
 いつか思い出の中の姉すら殺せる様になってしまう気がして。
「やった……か?」
「やったよ。今日はこれで終わりだね」 
 声をかけて来た“相方”に嘆息交じりで言葉を返す。
 サングラスを掛けたその姿は如何にも似合わない。けれど、それも仕方ない事なのだろうか。
 最大大手のリベリスタ組織を“抜けて”来たと言う男は自分の素性を何も話さない。
 ただ、彼女の贖罪を手伝うだけ。ただ、彼女の悪足掻きを支えるだけ。
 “パッチメイカー”最小単位のリベリスタチーム。ノーフェイスだけを狩る2人組。
 誰かから依頼を受けるでもなく、必要に迫られるでもなく。
 その戦いには予言も予知も介在しない。情報を売り買いして事件を探る。
 それは泥臭く迂遠で、途方もなく面倒な物ではあったけれど。
 漸くそんな活動も軌道に乗って来た……それは、そんな矢先の出来事。

 振り返り、改めて目線を合わせる。もう大分見慣れたはずの男のかお。
 それを確認した次の瞬間だった。視界の中を走り抜け、去っていく人影。
 “相方”が展開した結界は未だ消えていない。人が然程通る必要も無いだろう裏路地。
 まさか目撃者が居るとは思っていなかった彼女の反応は、けれど極めて迅速だった。
 神秘は秘匿されるべき物。何も知らない普通の人がそれと接すれば決して幸福な結果は齎さない。
 幸い、彼女の相方は過剰な程支援に特化している。記憶操作もお手の物だ。
 目撃者を捕らえる事さえ出来れば、飛び火は最小限で食い止められる。
「っ、おい、今の!」
 駆け出し、すれ違った次の瞬間声が掛かる。けれど応答は余りに短かく。
「ごめん岡崎さん見られたかも。追い掛ける!」
「な、馬鹿深追いは――!」
 視界の端に捉えた灰色のコート。たなびくポニーテール。
 女だ、と直感する。そして同時に、胸の奥がざわざわとざわめく。
 何だろう。胸騒ぎとは少し違う。何かを思い出そうとして、けれど出て来ない。
 喉の奥に小骨が刺さった小骨が取れない様な不快感。
 それは、ポニーテールと言う髪型が彼女の姉が好んだそれだったからか。
 それは、順調であったこの2年間1度も無かったハプニングであったからか。
「――――え」
 それは――

「……お……姉……ちゃん?」
 ――――それは、或いは。まるで悪い夢にでも迷い込んでしまったかの様に。

●過革醒
「……。」
 難しい顔でモニターを見つめるのは『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)
 その視界の中には一方的に切り刻まれるリベリスタの姿が映し出されている。
 けれどそれ見つめる視線は酷く。そう――酷く無感情だ。強固に感情を出すまいとしているかの様に。
「皆にお願いしたいのは、2人の……リベリスタの、救出」
 奇妙な間。そして続く言葉は何時も淡々と仕事を示す彼女にしては歯切れが悪く。
「このままだと、強力なノーフェイスが生まれてしまう。それを事前に防ぐのが皆の仕事。
 皆は交戦中のリベリスタ2人に割り込んで、何かと戦う必要がある」
 何か。
 余りにも曖昧に過ぎ、良く分からないそれ。
 今までにもそんなケースは幾つか有った。例えばこの世界の住人には知覚出来ないアザーバイド。
 特殊なフォーチュナによる万華鏡の演算妨害。未知のエリューション“キマイラ”等だ。
 しかし、画面内で戦っているのは2対2。いずれもどう見ても人間だ。
 救出対象のリベリスタと良く似た、双子の様にそっくりなポニーテールの少女が2人。
「この人は、水瀬優貴。以前アークが殺した一般人。火葬にされて、この世の何処にも居ない筈」
 けれど、万華鏡はその人物をどちらも“水瀬優貴当人である”と、示している。
「……E・アンデッドじゃない。探知の上ではあくまで一般人」
 けれど、唯の一般人が“リベリスタを傷付けられる”筈が無い。
「すごくおかしい」
 何より、“同一の人物が2人存在する”筈が、無い。

 カレイドシステムの不具合ではない、とイヴははっきりと告げる。
 であるならそれは未知の破界器か、特殊な能力に拠る物か。
「……調査しない訳にもいかない」
 不具合で無いにせよ、神の眼はアークの切り札だ。
 それを撹乱する様な要素は、1つでも少ないに越した事は無い。
 何より、このままであればリベリスタがノーフェイスにされるのだと言う。
 例え仔細が分からないからと言ってそれを見過ごしてしまっては、何の為のリベリスタか。
「出来るだけ多くの情報を引き出したい。ただ、気をつけて」
 しかして。問題はそれだけに留まらない。
「今回の救出対象は“一応”リベリスタ。でも、2人ともアークとは一度対立してる」
 示された資料。10代中盤の少女と、20代中盤の男性。其処には赤字で注意書きがされており。
「場合によっては、この2人も敵に回る可能性が、有る」
 感謝される為に戦うのではない。社会秩序の為に戦う事がリベリスタの本分だ。
 だが、それにしても。救出する相手にすら背中を向けられないのであれば――
 それがどれだけ、ままならない戦場か。
「情報が圧倒的に足りない以上危険度は高いよ。気をつけて」
 言葉と共に頷いた様に動く兎の瞳が、赤く無機質に輝いた。

●A-S-D-3
 リベリスタ達が出発してより凡そ4分。正確には、3分と33秒後。
 駆け込んできたアーク職員から差し出されたのは一本のビデオレター。
 ブリーフィングルームのモニターに表示されたそれは、まるで現実味の感じられない代物で。
 けれど、まるげ計ったかの様に――まるで、悪い夢ですらあるかの様に。
 画面の中の第一楽章は、ひたすら淡々と紡がれる。
 
 舞台の上、スポットライトに照らされるのは中央唯一箇所のみ。
 浮かび上がるのは梅雨も過ぎたばかりと言うのに、灰色のトレンチコートを羽織った初老の男。
 皺の浮かんだ温厚そうな面立ちには悪意の欠片すら感じられない。
「――――さて、皆様。20世紀最後の亡霊との歓談の最中失礼とは存じますが、
 今宵この場で奏でられますは皆様の皆様による皆様の為の小喜劇(オペレッタ)」
 言葉と共に指を一つ。慣らせばぼんやり照らし出された舞台下、在るのは棺。その数――実に6つ。
 内3つまでは蓋が閉じ、残り3つは中身が無い。
「時代錯誤と掛けまして、題目は茨姫と致しましょうか」
 指鳴りもう一度。その拍子に閉じた蓋が1つずれたか、棺の中には人形。それは死せる少女を模した物。
「誰が見ても認める程に美しい容姿を、心を、身体を、才能を、
 その少女は生まれながらにして持っていました。それは周囲に自然と人が集まる程に。
 そして何より、彼女を愛する家族がそれを心より誇る程に」
 決して遠くない。けれど近くもない過去。かつてアークが“処理”したノーフェイスのその原型。
「けれど、招かれざる魔女はその少女に過酷な運命を齎します。
 永遠とも言える長い眠り。もしもその眠りから、彼女を解放する者が居るとすれば――それは」
 消えるスポットライト。落ちる演幕。朗々とした声だけが遠く、遠く。

「おっと、名乗りが遅れました。私、『救世劇団』音響監督――作曲家『千貌』トートと申します」
 真っ暗闇の中、再びスポットライトが照らし出すのは少女。
 棺の中の人形そっくりの――かつて喪われた筈の“灰色のトレンチコートを着た”少女の姿。
「くれぐれも歌劇の間は席を御立ちになられません様……聖櫃の皆様にはどうぞ、以後よしなに」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年07月26日(金)23:16
 86度目まして、シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
 あらゆる意味で面倒なお仕事です。御注意下さい。以下詳細。

●作戦成功条件
 リベリスタチーム“パッチメイカー”1名以上の生還

●パッチメイカー
 2名きりのリベリスタチーム。
 ノーフェイスを専門に狩っておりフィクサードの抗争等は干渉しない。
 これを徹底する事により2年間只管対ノーフェイス戦の技術だけを磨いて来た。

●水瀬 光
 初出シナリオ:罪ト罰
 “パッチメイカー”のアタッカー。16歳の現役女子高生。
 大太刀を操り高い素養を持つデュランダル。水瀬優貴の実の妹。
 姉に対しては家族愛と憧憬、アークに対しては遺恨混じりの複雑な心情を持つ。
 リベリスタ到着時点でHPは半分ほど。
 更に動揺の為極度に混乱しており、冷静とは到底言い難い状態。
 活性攻撃スキルは、
 『疾風居合い斬り、リミットオフ、バトラーズアバランチ、デッドオアアライブ』
 活性戦闘スキルは、
 『デュエリスト、マエストロ 、剣熟練Lv3、精神無効』
 
●岡崎 誠
 初出シナリオ:セイギノスゝメ
 “パッチメイカー”のヒーラー兼ブロッカー。22歳のフリーター。
 バスタードソードを用いるクロスイージス。元アーク所属。
 光と比較すれば大分冷静さを保っている。活性スキルは不明。
 最近になって必要に駆られ非戦スキルを多く取得し始めたらしい。

●正体不明
 灰色のトレンチコートを着た水瀬優貴を象った計2体の何か。
 ジャミングが掛かっているかの様に万華鏡からは仔細が読み取れない。
 
・攻撃手段
 針鼠(仮):常時[反射]の効果を持つ。

 針爪(仮):針の様に尖らせた爪による貫き手による攻撃。
 近接対象に対する攻撃で、何らかの追加効果を持ち対象を貫通する。

 針千本(仮):鋭い気糸の針を無数に飛ばし、対象を切り刻む。
 間接対象に対する攻撃で、何らかのBSを付与し効果は広範囲に及ぶ。
 
 相似形(仮):2体の正体不明は被ったダメージを共有しており、
 また、相互にダメージの移し替えが出来る様です。

●戦闘予定地点
 時間帯は夜。街外れの裏路地。
 奥まった場所に有る為極端に大きな音を立てたりしなければ、
 人目につく可能性は殆ど無い。勿論逆もまた然り。
 左右は壁に囲まれているが天井は無い。横に4人並べる程度の道幅。
 街灯等は無く、新月である為に視界は狭くて暗い。
 路地内の位置は光の前方に2体の正体不明。光の後方に誠。
 リベリスタは特殊な手段を用いない場合、誠の更に後方より突入する事になる。
 光と正体不明は接敵距離(3m以下)誠と光は10m離れている。

●救世劇団
 初出シナリオ:<裏野部>Bad End Dream E Side
 普通の人々を等しく追い詰める事で世界を革醒者の管理から救済する。
 と言う理想を掲げる日本国外のフィクサード組織。
 組織規模、構成員の人数等は不明ながら世界各地で密かに暗躍している模様。

●『千貌』トート
 アークのデータベースには無い名前である為仔細不明。
 他者に化ける能力を持っているフィクサードだと推定される。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
スターサジタリー
不動峰 杏樹(BNE000062)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
クリミナルスタア
依代 椿(BNE000728)
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
ホーリーメイガス
エリス・トワイニング(BNE002382)
ソードミラージュ
リセリア・フォルン(BNE002511)
クリミナルスタア
熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)

●追体験
 世界がどうとか、摂理が何だとか。そんなこと深く考えた事さえ無かった。
 最初はただ、物語の様なきらめきに憧れて。
 次にそれが決して綺麗事ではないと気付いて、それでも手を伸ばして。
 届かなくて、救えなくて、足掻いて足掻いて、罅割れて。我武者羅に。

 ただそれだけが戦う理由の全てで。そんな不器用な生き方を、けれど。
 いつだって後ろから、仕方ないなあって顔で見守っていてくれて。
 何も特別な物はもってはいかなかったかもしれないけれど。
 それでもきっと満たされてたんだ。君さえ居てくれたなら。
 何の疑いも無く、何の迷いも無く、けれど心のどこかできっと。

 きっと、それがずっと終わらないでいてくれる物だと信じていた。

●茨姫はまどろみの中
 路地に駆け込んだ瞬間、視界に映ったのは鮮烈なまでの赤と黒。
 その色彩のコントラストに、一体その場の誰が好意的な感情を喚起されようか。
「――――ッ!」
 中でも“記憶を継ぎし者”である『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)の
 脳内に奔った警鐘の大きさは、並みの戦場ではまず類を見ない程のそれ。
 かつて悪夢の生き残りであればこそ、視界が血色に染まる程の群を抜いた不味さ。
 『黄泉ヶ辻』とは関わりの無い筈の戦場に、死地の気配をはっきりと感じ取る。
「止まったら動けなくなるぞ……間に合うなら、意地でも助ける」
 同じ死線を経験した者同士。程度は異なれ同じ感触を受け取ったか、
 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)が横をすり抜け様に伊吹へ声を掛ける。
 今回の仕事は時間的に区切られている訳ではない。危急に瀕している者はとりあえず居ない。
 その筈だ。その筈だが、いや、それは本当に“その筈”か。
「岡崎さん、光さんを――!」
「!? 何で、俺のなま、アーク!? 待った馬鹿! 軽々しく近付くなッ!」
 疾風の様に駆ける『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)に掛かる静止の声。
 視界の先には体躯を血で染めた少女が独り、武器も取り落として立っている。
 その距離実に10m。身を庇おうとすれば遠過ぎる。
 声を上げたのは皮のジャンパーを羽織った大学生風の男。見た感じは精々掠り傷程度か。
 その風貌にリセリアの後続から、一組の男女が声を上げる。
「ごきげん麗しゅう、アークだよ」
「どぉもどぉもハジメマシテ」 
「ッ、御厨に、確か依代、か……くそっ、つまりこいつはそこまでの状況なんだな」
 普段と変わらぬ『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)の名乗りに、
 浮遊する電球を纏わせた『グレさん』依代 椿(BNE000728)の初対面の挨拶に、
 面識のある者同士の微妙な空気が流れたか。それを見た周囲の面々が小さく頷く。

 岡崎誠。元アーク所属のリベリスタ。そして今回の救出対象の片割れである。
 けれど彼はクロスイージス。本質的にはブロッカーで有る筈だ。 
 その彼が何故前衛と10mも離れているのか。
 道中の相談で伊吹の憶えた違和感が、そのまま言葉となって紡がれる。
「とりあえずそこの銀髪の姉さんは気をつけろ。今の光は敵も味方も“分かっていない”」
 極度の混乱状態に居る、と、リベリスタ達は事前にアークに聞いていた。
 しかし現実的に考えて自分の眼前に死んだ筈の親族が2人現れた程度で、そこまで混乱に陥る物か。
 彼らは事前に聞いていた筈だ。万華鏡でも見通せない何か神秘的なジャミングが掛けられていると。
 それが、万華鏡のみに作用するとは、勿論誰も言及していない。
「つまり、どういうことなん?」
「今の光には多分、誰もがあの優貴の様に見えているんだと思う」
 誰も本物であると確信出来ない。敵も、味方も。何故なら全てが本物に見えるのだから。
 認識の撹乱。恐らく想定されていた範囲の内側ではあったろう。
 それが見過ごされていただけの話だ。
 即ちこの戦況は、2対、1対、1であると言う事実。
 明かされてみれば何でもない“些細な想定外”に、状況の推移を見守っていた、
 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の表情が険しさを増す。
 言葉による説得。それを主軸に考えて来た快にとって、この状況はやや目が悪い。
 一体どんな言葉が自らの真性を証明出来るだろう。それは悪魔の証明に等しいと言うのに。
「バッドダンサーの、あれと同じだ」
 まるで見事救って見せろと言わんばかりの戦場構築。最初から仕立てられた悪意の歌劇。
 『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)の声音に、“救世劇団”と縁深い何人かが奥歯を噛む。
「……助けてみせる」
 それでも、全てを護ると望む男は繰り返す。自らに告げる様に。強く確かめる様に。
「助けてみせるさ、それでも」 
 素直に演目に従う、従順な役者は此処には居ない。

 月灯りすらが、今は余りにも眩しくて、見えない。
 風景が遠く。どこまでも遠く。現実感が損なわれて、響くのはただただ、声だけ。
 誰も彼もが偽者に見える。どれもこれもが虚構に見える。
 同じ姿の“お姉ちゃん”が2人、私を少しずつ切り刻む。
 一番大好きなお姉ちゃんが私を傷付けるなんて、そんな事信じたく無いのに。
 見たくないのに。聞きたくないのに。
「光さん、しっかりしてください……!」
 誰かが、何かを言っている。それは分かる。分かるのだ。聞こえるのだ。
「あれは決して―――ではない!」
 手にした刃は地に向いて久しい。両手から毀れる血が止まらない。
「……貴女の、――――は……あんな物で、実の妹を、襲う様な人なのですか!?」
 でもそんなのは、痛みも、命も、苦しさもどうでも良くて。
 声が聞こえる。声が聞こえる。誰よりも強く強く声が脳裏に響き続ける。
“光、ごめんね”
 違うよ、お姉ちゃん。悪いのは私。何も知らなかった私。何も出来なかった私。
“こんな事になっちゃってごめんね、全部押し付けちゃってごめんね”
 違うよ、違うよ、違うよ。だってお姉ちゃんは悪くない。
 それじゃあ誰が悪いのか。それじゃあ何がいけなかったのか。分からない。答えはでない。
 けれど頭の中を反響するのだ。声が。声が。繰り返す。
“ごめんね、ごめんね、ごめんね、そんなに血塗れにさせてごめんね、置いていってごめんね”
 謝らないで。謝らないで。そんな風に言われたら、どうして良いのか分からなくなる。
 罪を償う為に戦って、誰も私みたいな気持ちにさせない様にって想って、想い続けて。
 自分で望んで傷付いて、自分で選んで殺して来たのに。
 それなのにどうして――お姉ちゃんが、謝るの? 私が、したかった事は――――そんな事じゃ。
 その声は、彼女にしか聞こえない。その音色は、彼女にしか響かない。

『ならば――抗いなさいお嬢さん、希望に逃げるのは終わりにしよう』
 だからそう。まどろみ続ける茨姫の嘆きは、夢の外へはけっして聞こえない。

●茨姫はむしばみの中
 ――何が救世だ。何が、理想だ。
 視界の中で錯乱する血塗れの女の子のその様は、余りにも悲痛で、余りにも無惨で。
 放っておく事など出来なかった。例えそれが、我が身を傷付ける事で有ったとしても。
「歌劇だかなんだか知らないけれど――させない、絶対に」
 一時は足を止めたリセリアが、踏み込む。踏み越える。少女より10mラインと言う境界線。
 越えなければ届かない。超えなければ救えないなら。
「光さん、しっかりしてください……!」
 そうして庇う様に立ち塞がったリセリアの眼前。
 間違いも無く人間だとしか思えない異形が2つ、ゆらりと立ち上がる。
 リベリスタである以上、革醒者かエリューションか位は見れば分かる。その感覚が“働かない”
 視界の中のそれは間違いなく人間を象った醜悪な人形であると言うのに。
 リセリアから見ても、それが“人間以外であるとどうしても思えない”
「――――!」
 その、奇妙な。いや、言葉を飾らずに言うならば。吐き気を催す違和感はどうだろう。
 まるで視覚と感覚が乖離する。自分の認識と直感が決定的に喰い違う。
 実戦経験が多ければ多いほど、そのズレから来る猛烈なまでの居心地の悪さに蝕まれる。
 これに事前情報無く初めて接したなら――これは混乱しない筈が無い。
「……ん、気を……抜か……ない」
 後方より放たれる聖光が、背にした少女の傷を癒す。
 エリス・トワイニング(BNE002382)は基本的に言葉を操るのが余り得意な方ではない。
 良くも悪くも素直な彼女はしかし、決定的に言葉が足りない。時に大いなる誤解も招く。
 それでも、彼女の積み重ねた経験は紛れも無い本物だ。多くの死線で、多くの激闘で。
 ただ只管に癒し続けたその経験は、彼女の立ち位置を境界線の手前で押し留めた。
 そしてその選択は正解だったと言わざるを得ない。
 癒し手が万一にも敵味方を誤認したとなればその害は何所まで波及するか。

「なぁ……この状況変やと思わん?」
 一方で、どうも概ね冷静である様に見える誠に対し、まず椿が口火を切る。
 言葉にしてみると、余りにも漠然とした印象。“変”所の話ではない。
 “この場にアークが駆け込んで来る”
 その時点で、大凡何が起きているのか。仔細はともかく状況位は誠にも分かる。
 最大規模の組織に所属しているとどうもその辺の感覚が希薄になる物らしいが、
 こんな異常事態に巻き込まれ、アークか“パッチメイカー”か。どちらが主でどちらが客であるか。
 そんな事は考えるまでも無い。普通は考えるだろう恐らく自分達が“餌”にされたであろう事を。
「馬鹿にするなよ依代。おかしい事は俺にだって分かる。ただ、結局何がどうなってるんだ。
 あの優貴にしか見えない何かは何で、万華鏡は何を映した」
 意外な位に冷静な男の言葉に、リベリスタ達がほっと僅か息を吐く。
 場合によっては拘束しなければいけなかった事を考慮すれば、珍しく大きな好材料だ。
「僕達の目的は光ちゃんと誠さん、2人の救出だ」
「これを仕組んだ者からアークに連絡があった。
 主謀者……『千貌』トートと“救世劇団”は『バッドダンサー』と繋がりが濃い連中だ」
 悠里と伊吹、続けられた2人の言葉にまず誠が怪訝そうに眉を寄せる。
 バッドダンサー、と言う響きには聞き覚えが有った。
 それは確か、光がリベリスタとしての技術を学んだと言う“先生”の名だ。
 しかし、それが何故自分達を巻き込んでこの様な状況を仕組むのかが分からない。
 そしてそれは、リベリスタ達もまた良く分かって居ない事なのだ。
「要するに、俺達はダシに使われた、って事か」
 歯噛みする仕草には悔しさが混じる。それを一瞥し、更に伊吹が続けようとした、その時である。
「――まずい」
 漏れた声は小さく。けれどそれは確かに、彼らが最も信頼を置く男の物。
 そして視線を上げた時には既にその影は駆け出している。

「違う。あれは決して君の姉ではない!」
 神の声と称されるクロスイージスの極意「ラグナロク」を放った快が光の近接範囲に踏み込む。
 そのプランがどう言う場合に備えてであったかを考えれば、彼の言葉が適切であったかは微妙だ。
 唯一人最前線に踏み込んだリセリアは、光を庇い続けていた。
 折角の回避の業も反応速度も犠牲にして、その身を盾にし続けていた。
 それに対し未知であった“正体不明”の針の爪は、最悪に等しい相性を持っていたのである。
「――――こほっ」
 対象を貫通するその爪は、一切の物理的守護を無効化する。
 余りにも重たい衝撃が二つ、リセリアの臓腑に突き刺さっていた。
 毀れた鮮血が押し退けた光に降りかかる。だが、それだけならばまだ良かった。
 リセリアは歴戦の勇士であると言って良い。その耐久力は決して低く無い。
 2体の“正体不明”を前に、例え単独でそれを抑えたとしてもまだ暫くは保ったろう。
 けれど、けれど。 
「……駄目だよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんが、そんな事したら駄目。
 私が、私がやるから。私が、悪い事は、全部、私が――背負うから」
 振り下ろされた刃は内側からで。
 それは唯の一振りで終わる事無く、続け様に、2度。
「……貴女の、お姉さんは……あんな物で、実の妹を、襲う様な人なのですか!?」
「違う、違う違う違う、お姉ちゃんは、そんな事しない。お姉ちゃんは、悪くない。
 悪いのは私。何も知らなかった私。何も出来なかった私。」
 言葉と言葉が喰い違う。意味と意味がすれ違う。
 ジャミング、と聞いた時点で警戒すべき事ではあった。テレパスは目に見えないのだと言う事を。
 劇場に“音響監督”が居るならば、歌劇にアドリブは付き物だという事を。
 “彼女”に言葉を掛けられるのは、“リベリスタばかりではないのだ”と言う事を。

 唯一点そこさえ閉ざす事が出来たなら、彼らの言葉はより鮮烈に、正確に、少女に届いたろう。
 或いは最初からまず、彼女をこの場から引き離す事を優先したなら、
 もう少し冷静な対話が期待出来たに違いない。混乱の元ははっきりと、示されていたのだから。
 彼らは少女の心情を鑑み、言葉を尽くし、説得する為の準備を整えやって来た。
 その方向性に誤りは無かった。選んだ道筋に間違いは無かったのだ。
 けれど一つ、大きな過ちを犯したとするならそれは。
「……作曲家――『千貌』トート。光さん達を狙う目的は何です」 
『その少女の旋律が、余りにも綺麗だったから。けれどそう、私は君でも別に構わないのだよ』
 ――――この“劇場”には、“悪意が巣食っている事”を見逃した事。
 蒼銀が、膝から崩折れる。

●茨姫はためらいの中
 ――かくて、戦況は一気に加速する。
「明らかに異常でも『一般人』としか認識できないモノに手出しするのは抵抗あるか」
「――っ、馬鹿言うな。あれのどこが“一般人”だ!」
 光の双輪。 乾坤圏を構えた伊吹の問いかけに、当然の様に誠が返す。
 その言葉は否定ではない。だが、一流のリベリスタを血溜まりに沈める様な物を、
 もしも彼が“一般人”と評したなら、それこそ何が何やらわけが分からなくなる。
「アークの神の目が君達の不幸を映した。信じれなくても事実だ。
 このままじゃ光ちゃんをなくして、あんたの贖罪は果たせなくなる」
 夏栖斗が臨戦態勢で一歩踏み出す。彼の視線は何所か酷く冷たく、鋭く、彼と彼女を見つめる。
 その視線に誠の眼差しが交わったか。ぞくりと、意識の外で何かが疼く。
「……いなくなってから、後悔が辛いのなんか知ってるはずだろ」
 僅か胸中を過ぎった“不可解な感覚”が何なのか。それを突き止める猶予があれば、良かった。
 けれど説得の際、最前線にリセリア独りだけが向かう。
 と言うその戦術は想定以上に時間的な余裕を圧迫する。それこそ満足に説得するゆとりも無い程に。
 この一点だけに限れば、“説得から戦闘への移行条件”と“戦術”との噛み合せが悪い。
 としか言い様が無い。或いは、“正体不明”の物理的脅威度を甘く見過ぎていたか。
「つまり、俺か、光か、どっちかが死ぬって事か」
「だったら、まだマシだったのかもしれないね」
 招待状にも等しい3分33秒後のビデオ。棺から覗いたのは“人間そっくりの球体関節人形”だった。
 その情報を悠里が得たのは現場に突入するほんの直前だ。
 しかし、間近で解析の神秘を通して見ても、それを“人間でない”と断定する事が出来ない。
 僅かに分かった事は、恐らく超幻影をより強力にした何かが認識を阻害していると言う事位か。
 エネミースキャンを以ってしても、それより上には手が届かない。恐らくは神秘の相性の問題だ。
 “原因となっている神秘から対象を外す”か“認識を阻害している神秘を殺す事”
 或いは“魔術に対するより深い知識”があれば、より深くまで踏み込めたろうが――

「万華鏡は、君達2人がノーフェイスになる未来を予知した」
 結局、それを告げる事しか出来ない。どうして、どうやって。
 その辺りの手段となると、読み解くには情報が足りない。推測すらも届かない。
 ……とは、言えだ。
「なるほど、状況は分かんねえが事情は分かった。つまりやるしかないって事だ」
「ああ、まだ間に合う。間に合うなら、意地でも――」
 助けると、杏樹が手首を振る。片手には黒兎の魔銃を、もう片手には錆びた白銀を。
 黒と白とを両手に携え、その銃口を眼前に向ける。
「恨まれようが、罵倒されようが、私は絶対に二人を生かす」
 雷神の矢が異音を轟かせ降り注ぐ。その響きに遠くの路地が途端ざわめき始めるが、
 人が集まり始めるまで時間は在る。少なくとも、まだ暫くは。
「なあ岡崎。あんたは光ちゃんを何のために守ってるんだ?」
「アークは信用出来ないかも知れない。でも、誰も死なせたくない。そうなってからじゃあ遅いんだ」
「うるせえよイケメン吸血鬼共」
 その手には、大きな剣。錯乱した少女が振り下ろした刃は、守護神の左腕に阻まれる
「……言われなくても、分かってる」
 一足に距離を詰める悠里。それを追う様に放たれた夏栖斗の蹴撃が、
 未だ内側の見えぬ“正体不明”の1体に鮮血を咲かす。
 その更に後方より、駆け出す男の姿に躊躇いは無く。
 かつてアークで有った青年が、今アークの中核を担う者達と共に、その境界線を踏み越える。
「あの一振りは何だったんだ……また“先生”に唆されていた頃に戻りたいのかよ!」
 交差するのは盾と刃。
「アークと……過去に……何があったか……なんて……エリスには……関係ない」
 癒しと痛みが鬩ぎ合う最前線。
 ぐにゃりと歪む認識に、足を取られているのは“光”ばかりではない。
 その領域に踏み出した必然として、快の認識もまた大きく阻害されている。
 剥ぎ取られる現実感。全てが本物で、だからこそ偽りの様に見えて来る。
 積み重なる違和感は敵と味方の区別を曖昧にし、誰もが敵と思えて仕方が無い。

 絶対者である彼にとっては、余りに忘れて久しい感覚だ。
 ぐにゃぐにゃとした現実感はそれが神秘による“状態異常”では決してなく、
 大結界や陣地作成に類する様な“地形効果”で有る事を告げている。
 それでも彼が冷静さを保ち続けていられたのは単に、彼に攻撃の意志が無かったからに過ぎない。
「違う違う違う違う、私は、私は、だって、もう血で汚れてて。
 それでも、私みたいに、お姉ちゃんみたいに、もう、誰も哀しまない様にって」
 毀れる涙。それでも震える刃は止まらない。
 何をしているのかすら分かっていないのだろう。反響するのは最愛の姉の声。
 ノーフェイスを殺して。殺して。殺し続けた2年間。
 頼って来たのはそれがフェイトを持たない存在であるでと言う革醒者固有の感覚だ。
 では、それが“掻き乱される事”がどれ程の恐怖か。
 限り無く正確に解すればこそ――快の言葉がもしも光に届いていたなら、その刃は止まったろう。
 だが、駄目だ。同じ姿の相似形。『作曲家』の音叉が存在し続けるこの場所でだけは駄目なのだ。
「偽物になんて殺されたらあかん、大事な人なら……とはうちも思うけど。偽者は違うやん!」
 断罪を示す絞首の鎖が“正体不明”の1体を縛り取り、その最中にも椿が叫ぶ。
「死者の蘇りなど有り得ない。だがそう割り切れるものではないか……」
 放たれた光輪が2体を等しく打ち付けるも、返る衝撃が伊吹の余力を減らす。
 なるほど、確かに一般人では有り得ない。
 その頑丈さもさる事ながら予想を超えた“手応え”に、思わず浮かぶのは苦笑いか。
 目配せすればインドラですら焼け落ちないコートの耐久力に、杏樹が同じ様な表情を浮かべる。
 それは確信に近い実感だ。確かに火力は大きい様だ、前衛の苦しみ方から妙な力も持つらしい。
 だがしかし、距離さえ取ってしまえたならば、然程恐ろしい相手では無い。
「快……何、これ」
「気をつけろ、油断すると一瞬で持って行かれる」
 けれど、何も知らず戦う以上効率的とばかりはいかないか。
 近接距離に踏み込んだ悠里もまた、その気持ちの悪さに苛まれる。
 庇われ、癒され、ギリギリで立つリセリアは、既に言葉を紡ぐ余裕も無い。
 一番長く“正体不明”に囲まれていた弊害か。剣を揮おうとすれば味方を撫で斬りにしそうになる。
 時間を重ねれば重ねる程混乱は加速する。なるほどそれも有っての相似形か。
 吹き抜ける針千本の二重奏。此方はほぼ推測の通り、癒しを拒む致命の毒を周囲にばらまく代物で。
「仕方ない、な」

 邪悪を祓う聖なる加護を。
 周囲の状態を癒そうとして、それに無意識に“水瀬優貴”を含んでいた事に気付き瞬く。
 これが“こう言う物”であると分かったなら、それだけでも持ち帰る意味は大きい。
「突破する、行けるか」
 ここに来て、まだ選択肢を持っていたのはこのチームの錬度を証明する物である。
 決め打ちであれば、届かなかった。是か否かの2択でも瓦解していただろう。
 それでも彼らは貪欲で、何所までも、何所までも、成功を諦める気は無かったから。
「当たり前だろ、相棒」
「2人は絶対に、ノーフェイスにさせない」
「――ん。……電波の、受信感度……良好。回復は……絶対に欠かさない」
 方々から上がる声に、彼らは最後の手段を受け入れる。

●A-S-D-4
「姉に殺されるのが贖罪のつもりか? そなたの姉がそなたの死を望むはずがなかろう!」
 届かない。
「アークに対して……どう思っていようが……知らない。でも――助ける」
 届かない。
「そいつは、人形だ! どんなに本物みたいに見えても、人形なんだ!」
 届かない。
「良い加減目を醒ませ! 光っ!!」
 声は届かない。想いは届かない。どれだけ真摯に言葉を紡いでも。
 飲み込まれるノイズ。響き続ける“ごめんなさい”
 頭がおかしくなりそうな世界を刃を揮って足掻く。それを唯一人が血塗れになって受け止める。
「大丈夫、まだ――届く」
 そうして、切り拓かれた時間。稼がれた幾許かの余裕。
 先ず、悠里が膝をついた。リセリアが倒れ、快が血を吐いた。
「優先通り……でも、手が……足りない……っ」
 エリスの癒しを純粋な手数が上回る。逆説彼女が居なかったなら、これはどうしようも無かったろう。
 追い詰められた誠を庇った椿の体躯が切り刻まれる。誰もが運命を削り、今一度立ち上がる。
「人を殺すことに慣れるのは怖い。人は死ぬ。蘇らない。どれだけ望んでも――それでも」
 汚れた手でも救える物があるのなら。針の嵐を穿つ様に、飛翔する蹴撃が鮮血を描く。
 届かなかった幾試行。言葉では駄目で、想いでも駄目で。
「これ以上、犠牲は出させない。死なせない。絶対に――させない!」
 研ぎ澄まされた氷の拳が、火線を集中させた一方の“正体不明”を凍て付かせる。
 そう、漸く届く。その間一体、果たして幾度味方を殴ったか。
「人の気持ちを嘲笑って利用して、ぶん殴ってやりたい……けれど、今は!」
 然してこれ以上のチャンスはもう見込めまい。
 杏樹の黒兎の魔銃が翻るや、更に凍て付くもう片方の“正体不明”
 完全にガードの外れた少女が、ぽつんと独り取り残される。
「――――え」
 声は止まない。懺悔の声は消えない。けれど。
 壊れていた現実感が、ほんの一瞬その瞬間、世界のホントウを暴き出す。
「誰かが討たねばならぬノーフェイスを斬り、仇としての罪を背負う」
 その眼前に、快。
 満身創痍になるまで追い詰められた血塗れの守護者は、けれど。

「それが水瀬光の選んだ道。違うかい?」
 あと紙一重、死神を凌駕する。

 差し出した手は赤く染まり。いや、その体躯も、路地その物も赤く赤く赤く染まり。
 エリスに癒され続けほぼ無傷の光が、無意識に振り下ろした刃すらその身に突き刺さったままで。
 けれどその手は確かに少女の手を掴み取る。
「違っ、待っ、え――!?」
 その眼差しは困惑一色。説得も何も有った物ではない。
 内側から間欠泉の様に噴き出すのは冷静さを欠いた罪悪感。響くノイズが罅割れる。
 思考が巡らせられる精神状態ではまるで無い。2つの正体不明を無理矢理止めて突破する。
 泥臭く無謀で強引これに極まるだろう。対する快が尋常の頑丈さであったなら到底届く目は無かった。
 それでも幸運であれ、悪運であれ、届いたならば一つの解。
「速やかに撤退する!」
 伊吹の乾坤圏が“正体不明”の一つを吹き飛ばし、その合間を椿とエリスが駆け抜ける。
「殿は、俺が」
「無茶言うな馬鹿!!」
 比較的怪我の少ない夏栖斗に押し出され、光と手を繋いだ快が踏鞴を踏む。
 繰り返し頭を振る少女が、正気を保っているとは言い難い。
 そしてそれ以上に、彼女は自分の行いをよくよく冷静になってから散々に後悔するだろう。
 だからこそ、ここで倒れる訳にはいかなかった。それでは元の木阿弥だ。
 奇跡の様な偶然は2度も3度も訪れない。
 当人すらも傷だらけの悠里が、倒れ伏せたリセリアを抱えると、周囲に視線を巡らせる。
 凍り付いた相似形は既に動きを取り戻そうとしている。
「行けよ、快。ついでに岡崎も!」
「光に優貴の死の経緯を告げてくれ『あれは偽物だ』と。今の光に届くのは何よりそなたの言葉だ」
 であれば、殿に向いた人間は彼ではなく、今必要な役割もそれではない。
 背を向けた夏栖斗と伊吹。共に命知らずの殿二枚に、銀弾のシスターが後背を担う。
 勝てると、己の力を過信して居る訳ではない。それでも譲れない物があるだけだ。
「覚えておけよ! トート! てめぇのつまんねぇ脚本なんかぶっ潰してやる!!」
「運命ならば共に征こう。まだ見ぬ戦場、あるいは地獄か」
「せめて、首一つ貰うぞ」
 轟く雷光今一度。蹴撃と銃弾が唸りをあげ、千本の針が中空を舞う。
 烈火の如く迸った異音の数々に、流石に驚いた周辺住民が警察を呼んだ頃にはけれど。
 或いは騒音の種になりそうな物など何一つ無く。
 代わりに歪つに凹んだマネキンの頭だけが一つ、転がっていたと言う。

 ――ぱちぱちぱち。
 さて。そんな拍手の音が響いたのは更に時が進んだ夜明け前。
 “パッチメイカー”の救出に成功したアークのリベリスタ。
 主にその内数名があまりに酷い重傷と、我が身を省みない作戦にお叱り受けている頃。
 死地をギリギリ切り抜け逃げ切った殿組は裏路地を離れ街外れを歩いていた。
 故に、“それ”と対面したのは僅かにこの3人のみ。
 そして、“それ”の可能性に辿り着いていたのは、更にその内1人だけだった。
 だからこそ、と言うべきか。であれば尚更に、と言うべきか。
 彼だけがその“違和感”に気付き、彼だけが“それ”に見込まれた。
 それが、幸であったのか、不幸であったのかは、まるで別の話として。

●A-S-D-4
 彼は、其処に何気なく佇んでいた。
「お見事――と行きたい所ですが、種明かしは必要ですか?」
 河川敷、通り過ぎたその影にから、響いた拍手の音に杏樹が即座に銃口を向ける。
 誰も居ない。何も居ない。いや、居ると言えば居るのだろうか。
 影潜み。影と同化したそれは其処に居る事こそ分かれども、認識出来る程はっきりしない。
 けれど、その声音。その姿形。それが誰で、それが何であるか。伊吹には一目で分かってしまった。
「そなた……岡崎、誠か」
「そう、君達は随分と素直で、純朴だ。どうしてアレの正体は探って、
 私の正体は探ろうとしなかったのか。不思議でなりません」
 例えばそう。不鮮明なスキル、不可解な立ち位置。いや、おかしいと言えばもっと前だ。
 結界を張って仕事をしていたなら、“正体不明”がそれを踏み越えた時点で、
 何故彼は“水瀬光”に何も言わなかったのだろうか――と。
「けれど……何故か君だけは最初から私を疑っていた。どうしてでしょう」
 その視線は唯一人。色黒の少年に向けられている。
 きっと理由は無かった。理由など無かった。けれどそれでも、潜った死線の差か。
 全てを疑い、最悪に備えた。ただそれだけの事。ただそれだけの――偶然だったとして。
「……いつから」
 いつから、岡崎誠は『千貌』だったのか。
 この2年の何処かか。或いは――それよりも、前なのか。答えは無い。応えも無い。
 何故ならそのシルエットは既に、青年のそれでは無かったから。
「さあ、忘れてしまったわそんな詰まらない話。つまりも無くて薄っぺらな話。
 詰めも甘いし、中身もない、まるで貴方みたいね」
 或いは、そんな問いすら、意味を喪ってしまったから。
「けど、その勘は評価してあげる。ねぇ御厨君、だから代わりに聞かせて頂戴」
 貴方はいつになったら、私を殺してくれるのかしら。

 風が吹く。銃声一つ。少女の皮肉気な笑い声。
 影が晴れたその場所には、誰も、何も、居はしないのに。
 残されたのは、灰色のトレンチコート。

 それは『千貌』。亡くした夢に刺さった棘。茨の姫が――目を醒ます。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者の皆様、お待たせ致しました。
ハードEXシナリオ『茨は亡くした夢を見る』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

幾つかの見落としが被害拡大に大分響いています。
メンタル面のダメージもケアが十分とは言い難く、
水瀬光は当分アーク預かりで静養に努める事になりそうです。
とは言え、任務その物はかなり強引な解法ながら地力込みで成功。
合わせて大成功フラグを単独で踏んだ方が居た為、
約お一人様『千貌』に目をつけられましたが、それはまた次のお話と言う事で。

この度は御参加ありがとうございます。またの機会にお逢い致しましょう。