● 「少尉、マリーにご命令を」 「ウルリケにもお仕事を頂戴?」 「いいかね、君達に頼むのはたった二つだ。出来る限り派手にやれ。そして――『無駄な殺しをするな』」 「「Jawohl,Mein Herr!」」 ぴったり揃った高い声。髪以外全て同じ造りの少女が、真っ直ぐに上官を見上げる。視線の先、何時もの様に立つアルトマイヤーは満足げに頷きかけ―― 「あれえ? 劣等ならどんだけ殺してもいいと思うぜ俺は? 『出来る限り派手に』やるんでしょう?」 へらへらと笑いながら。手元で回る鋭利な銀。さも不思議そうに、けれど何時もの様に。笑みの奥にある感情を掴ませないブレーメが面白そうに首を傾ける。 「君が預かる作戦だろう? 研究や兵隊の材料も確保しなくては。殺してばかりでは非効率的だとは思わないかね、君は全くいつも――」 「あと、少尉~……年端も行かぬ少女に『ご主人様』って、まあ……随分とまあ……うん」 いやまあそういう趣味なら俺は尊重しますけどね! 小言を遮る大き目の声。茶化すような声音と台詞に眉を跳ね上げれば、此方を見るのは何食わぬ顔。嗚呼全く食えない男だ。 問い詰めれば冗句だと肩を竦めるのだろう。この男は、実によくアルトマイヤーと言う人間を理解しているのだから。溜息と共に、面白そうに此方を見上げる少女二人を僅かに見遣る。 「……まぁ、以上だ。気を付けて行ってきたまえ。無事の帰還を祈ろう」 咳払いと共に、あの呼び方は止めたまえ、と付け加えれば、くすくすと揃う少女の声。短い了承を聞きながら、その肩にブレーメの手がかかる。仕舞われたナイフと、ひらひら振られる手。 「上手くいけたら、今度手合わせしてやるぜ。頑張れよ二人共~」 「約束よ、ブレーメ曹長! 次こそマリーとの決着つけてもらうんだからー」 「駄目よ、次先にやるのはわたし。マリーばっかりいつもずるいわ」 年相応の少女のような声の裏に潜むのは、戦闘に狂う猟犬の本性。お菓子よりも闘争を。ある意味非常に『らしい』少女達の頭を撫でて、アルトマイヤーは静かに踵を返す。 後に続くブレーメを僅かに振り向いて。その手を上げた。 「――私が望むものは分かるな?」 「『戦果』を」 「言い訳などでは無く。ただそれを果たした証明を」 短く返る声。宜しいと頷いた。其の儘歩き去る後姿を見送った少女達は同じ顔を見合わせて。用意された中継車へと、その身を滑り込ませた。 ● 「どーも。今日の『運命』よ。……親衛隊が現れたわ」 待ても出来ないのかしらねと皮肉たっぷりに。資料を揃えた『導唄』月隠・響希 (nBNE000225)は肩を竦めて椅子に腰を下ろす。 「あいつら、電波中継車型アーティファクトを使用して各地に怪電波を撒き散らしてる。その電波って奴が性質が悪いのよ。革醒者には影響がないけれど……一般人はそうもいかない。 効果は、一言で言えば洗脳。そして、それに伴う発狂。もっと言えば、革醒――嗚呼勿論、フェイト得るなんて無理よ、ノーフェイスだけど、そうなる可能性。これだけでも最悪だけどね、この電波の影響を受けた一般人は漏れなく、親衛隊の『道具』に変わってしまう」 最低最悪の人体実験だ。使い捨ての手駒を増やし、同時に嫌がらせ。合理性に嫌味を付け加えるとこうも趣味が悪いのか。気分が悪いと眉を寄せて、その指先が資料の文字を辿る。 「ちなみに、電波の発生源は調査中。手間かけて悪いわね。……あんたらに対応してもらうのは、とある小学校に現れた中継車破壊とノーフェイスの殲滅。 校庭に居た子供はもう全員電波の餌食。近隣住民は勿論校内にも未だ人は残ってるけど、対応し切るだけの余裕はほぼ無いと思って。現場に居るのは洗脳された一般人に、ノーフェイス。加えて、親衛隊。 数は5。現場を仕切るのは、ハイデマリー・クラウゼヴィッツとウルリケ・クラウゼヴィッツ。……どこぞの美学狂いの少尉様直属の部下ね。この子達は当然戦闘に参加するだろうから、そっちも気を付けて」 それ以外はこっちの資料。差し出される束。表情を崩さぬまま、フォーチュナは短く溜息をついた。 「厄介事って続くわね。疲れてるところ申し訳ないけど、……如何か気を付けて。良い報告を待ってるわ」 それじゃあ宜しく。そんな言葉と共にひらりと手が振られた。 ● 「ねぇウル、マリー今日はたくさんたくさん頑張って、少尉に褒めてもらうの」 「あらマリー、それ貴女何時も言ってるわ」 「それもそうね。――Taten statt Worte! 過程は結果で示せばいいんだわ」 「Taten sagen mehr als Worte――そうよ、『戦果』が何より雄弁なんだから」 「「じゃあ今日も、2人で仲良くやりましょう!」」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月24日(水)22:36 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 音も無く、不可視の何かが広がる気配。手元のナイフをくるりと一回し。手に馴染む重さを確かめて、『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)は酷く興味無さげにその戦場へと感覚を馴染ませる。 血のにおい。うつろな瞳とうるさいばかりの笑い声。ひどい状況に、けれどその瞳は大した興味を示さない。猟犬を見遣っても、それは変わらなかった。己の意思を感じないのだ。欲が無い。戦う理由が自分にない。何処までも、誰かの、祖国の為だと嘯く声。 「繋がれた狗。飼われるだけの家畜を喰った所で、腹の足しにもならんが。……まぁ、仕方ない」 この心を惹く何かが無いとは限らないのだし。やるだけやってみようと肩を竦めたその横合い。通り抜けたのは黒い影だった。呪術帯びる手甲が招き寄せる影はまさに意志持つ従者。余す事無く従えて、『影刃』黒部 幸成(BNE002032)は此方へ駆け抜けんとしていた少女と相対する。蒼い瞳が、またかと言わんばかりに細められた。 「自分程度では見合わぬ上に退屈なものになるでは御座ろうが……いざ、参る!」 「日本人特有の謙遜って奴かどうか、マリーに見せて頂戴ね!」 忍者だ、と少し面白そうな笑い声。そんな彼女へと。真っ直ぐに伸びたのは、怨嗟の呻きを上げ続ける漆黒。バウアーごと巻き込んで跳ね飛ばしたそれに反射的にその斧に似た武器を翳した少女の瞳が其方を見て、酷く嬉しそうに口角を釣り上げた。 「さーて、またまた来てあげたよハイデマリー! 少尉のお使いかしら?」 「そうよ。マリー少尉に褒めて欲しいから、その首ちょうだいフランシスカ!」 互いに刃を向け合って。『黒き風車』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)はその顔に笑みを乗せる。嗚呼、もう会うのは何度目か。今度もゆっくり相手は出来ないけれど、まぁこれも任務ならば仕方ない。御挨拶は済んだのだし、と黒い風車を握り直せば、視界の端で爆発する凄まじい闘気。 何者も寄せ付けぬ圧倒的武力を纏った少女の横に並ぶのは、同じ顔の少女。銀の剣が掲げられて、描き出されるのは不可視の魔力障壁だった。軍服の裾を持ってご挨拶。御機嫌ようと笑った彼女の前へ。 「あー、それずるいんらぞー! でもいいや! ウール、あそぼ!」 「私と遊ぶの? 嬉しいわ、何が良いかしら、――殺し合い?」 圧倒的速力と移動力の前では敵の数など欠片も障害足り得ない。一瞬で目前に迫って。『ましゅまろぽっぷこーん』殖 ぐるぐ(BNE004311)は手に握り締めたはっぱを叩き付けた。きん、と高い音。細身の刃が目に入った。良い武器だ。まるで敵の技を模倣する術の様で。ああ。羨ましい。欲しい。欲しい。――貰えばいい。 幼い瞳には余りに不似合いな獰猛な色。欲望。渇望。その顔と剣を、よーくよーく瞳に焼き付ける。嗚呼、嗚呼、絶対にそれを貰ってやろう。ギヒヒと笑う背後。動き出したのは、無数の操り人形だった。呻き声。呻き声。只々歩くだけの意志なき歩兵。それを、視界に収めながら。 「……大きな被害になることだけは防ぎませんと」 全力で突き出された槍が、目前のバウアーを貫く。『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)の胸の内にあるのは、懸念ともう言うべき不安だった。派手な動きは陽動なのだろうか。一度してやられた記憶は未だ新しい。けれど、もしそうなのだとしても。彼女がこの場を離れる事は恐らく有り得ない事だった。 看過等出来ないのだ。フィクサードが起こす事件なのだから。その胸にあるのは使命感かそれとも怨嗟か。漆黒の髪がさらりとその表情を隠して。痛い程に握られた槍だけが、その答えを知っているようだった。 ● 空気が一気に澄み渡るのを感じた。聞こえたのは恐らくは神の福音か。直後に吹き荒れる癒しの烈風が、愛らしいドレスを花の様にふわりと広げて。まるで舞い踊るかのように、鈴を鳴らした『Wiegenlied』雛宮 ひより(BNE004270)の表情はけれど、酷く硬いものだった。 道具では、無いのだ。自分の仲間も。そして、今此処にいる人々も。ひとりひとりが生きていた筈だった。学校に目を向ければ、窓の向こうに小さく見える影。嗚呼、此方には来ないでと。祈るような気持ちで手を組んだ。 「……この蹂躙が敗北の結果だというなら、わたし達の手で止めるの」 どうしてこんな事をと嘆く暇があるのなら。少しでも早く決着を。何かを救いたいのならば持つべきは嘆きでは無く迷わぬ意志だ。戦場を支え護る癒し手は、彼女だけではない。激しくはためく紙の音。紡ぐ言葉さえも魔力を帯びていくようで。緩々と、開かれたのは移りゆく空のいろ。 「――我は神意手繰る非敬虔なる羊」 吾が朋を護る加護を。吾等が敵を屠る為の力を。高められた魔力が、向けられた先は前衛が相対するバウアー。熱を伴わぬ灼熱の痛みに上がる呻き声を聞きながら、『祈花の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)は短く溜息を漏らす。 胸を引っ掻く悔恨がある。失態は、罪も無い、大切な仲間の命で贖われたのだ。二度目だ。また護り切れなくて。けれど言い訳なんて出来なくて。どれ程優れた癒し手と言われようと、護れなかったのならば同じ事で。言葉を呑んだ。罪に彩られた手で、癒しを祈るだなんて酷い皮肉だけれど。 「……狂犬共、お前達にも報いを受けて貰おう」 信仰者では無いのだ。この祈りは仲間の為に。何もかも救う為の祈りも希う心もありやしなかった。ただ何処までも仲間の為に。その気持ちだけで手を伸ばす彼とひよりは、ある意味で鉄壁とも言うべき回復力を保っていた。 頭が痛くなる様な、何かを感じる。これがきっと電波なのだろう、つられたように出て来た子供の姿が見える。もう目はうつろで、けたけたと哂うばかりで、その姿を見遣りながら、ひらりと舞うのは鈍色の扇。二対のそれが帯びた雷撃が、まるで薙ぐ様に敵へと襲い掛かる。 これが、初陣だった。『Innocent Judge』十凪 律(BNE004602)は、僅かに胸を満たした感傷に一瞬だけその目を伏せる。喪ったもの。此処に来た自分を待つ世界とは、一体どんなものなのだろうか。少しだけ考えて、首を振った。それはきっと、今考えても詮無き事だ。 「不肖、十凪律。君達の策略を凪がせてもらう――それにしても、」 小学校とは。合理的に動くとは聞いていたものの、少女達の上官は部下の誇りを重んじる男であった様に思っていたのだが。力無きものを駒とするこんな一面があると言うのならば、それもまた気まぐれに過ぎないものなのだろうか。 「略奪を犯す只の雑兵と見れば良いのかな? 見極めさせて貰うよ。そして、凪がせてもらう」 十凪を継ぐ者の名にかけて。そんな落ち着いた声音に反応した少女が、酷く不愉快気にその眉を跳ね上げる。十凪、と小さくその覚えのある名を復唱して、刃を振り回す少女が低く笑う。 「あのね。理想も誇りも、力が無いならただのお飾りなのよ、律」 立ち向かわぬから奪われるのだ。少女は酷く剣呑な色を宿した瞳を細める。嫌なら戦え。力を示せ。裏打ちするものを見せろ。それが出来て初めてあの上官は誇りを認めてくれるのだから。 「罪なんかないです弱いんですって言えば護られるならずっとそうしていればいいのよ。でも、マリーにはそんなの関係ない」 「そりゃあ違いない。強くなければ生きられない。此処はそう言う世界だ」 弱者は常に蹂躙されるものだ。そう呟いて、刃が帯びるのは闇より暗い黒。敵を見境なく喰らい磨り潰すそれをばら撒いて、いりすは茫洋とした瞳を薄ら細める。戦闘狂の双子。恋をする程惹かれはしないけれど、如何だろうか。第一印象が悪い方が燃える事もあるのだろうし、答えは未だ分からない。 「もっとも。小生が好きになった相手は大抵、死ぬんだが」 さてさて。この感情はどのように変わるのか。戦いの趨勢の先さえも見通す様に。グレーの瞳が緩やかに瞬いた。 ● 振り被られた断頭台の刃。標的を地に縫いつける為の片刃が真っ直ぐに狙うのは――首。寸での所で己の腕を挟んだ幸成は、一気に地面へと引き摺られながらも半ば反射的にその首を反らす。ついさっきまで、己の頭があった位置。そこを通り抜けた肉厚の刃が深々と肩の肉を抉り取った。 ぼたぼたと、溢れ落ちるあかいいろ。滲む脂汗を拭う間もなく跳ね起きて、返しとばかりに踏み込む足。漆黒が、同じ色の影が、音も無く刻む告死の踏破。また散る鮮やかな紅が少女の翼を染めて、互いの視線が交わった。 「貴殿を抑え切る事こそ自分の至上の忍務、まだまだお付き合い願おう!」 「ねえ、貴方はなすべきことの為なら自分を捨てられる?」 もしそうなら最高に好みだ。まさしくあの上官のようではないか! 少女の口角が釣り上がる。どんな事よりも優先すべきは任された仕事の達成。効率的に能動的に。戦果のみを求める者であるという点において、猟犬と幸成は酷くよく似ていた。同属嫌悪ならぬ同属への興味とでも言えば良いのか。俄然楽しそうな色を増した少女の横。 ぐるぐは未だ、分の悪い戦闘を続けていた。ぶわ、と増えるピンク色。とにかく手数を。倒れても良い。逆境こそ至高だ。最高の気分だ。目を回せ。酷く不快げな少女が仲間の癒しで正気を取り戻したのを確認する。じゃあまだまだもう一回何度でも。ああ、まだ勝てる。冷静に廻せ。勝ち筋はお前の懐にもある。まだ諦めるのは早い。さあ。 けれど。一度限界を迎えた身体は酷い重さを覚え始めていた。痛い。痛い。追い込まれるほど精度を増すぐるぐの行動をけれど、いい加減に飽きたとでも言わんばかりにウルリケの剣が捉える。切っ先が触れた。そのままずぶり、深々と。 「楽しかった? でももうおしまいね」 「ギヒ! まだ、まだボク達あそべるんらって……っ」 突き立てたそこから広がる虚無。心身ともに破壊する冷たい魔力が剣を伝って。ぶつり、とぐるぐの意識は其処で断ち切られる。其の儘、崩れ落ちる小さな身体。けれどそれに意識を払う余裕は、今誰にも無かった。中継車が軋みを上げる音に喜ぶ暇さえも無い。 定石とも言うべき癒し手潰し。それは、この戦場でも当然のように行われようとしていた。軽やかに踏み込んだ剣士とバウアーが真っ直ぐに向かうのは遥紀の下。それを予期し、その身を挺し続けていたのは真琴だった。 「っ……駄目です、通しません……!」 膝をつく。眩暈がした。もう運命は飛んでいて。とっくに身体は限界だった。幸成と刃を交える少女が見える。彼女と戦った日。痛感したのは己の力不足だったのだ。だから。彼女の相手は出来ないのだとしても。護る事くらいは。 バウアーが向かってくる。僅かに感じた熱。何もかもを巻き込み炸裂した爆風の煽りは激しく、けれど、遥紀は未だ無傷だった。代わりに地に伏す真琴の姿。爆破から仲間を庇った彼女の傷を癒す間もなく、バウアーは再び遥紀に迫る。庇う手はもうない。ならばせめてと。 「悪い、後は頼むよ、雛宮」 選んだのは、その力の譲渡。ひよりへと、流し込めるだけの魔力を流し込んで。直後、炸裂した再びの爆発に、遥紀の意識は容易く奪われ地へと伏せる。生温い血が地面をべったりと濡らしていく。爆炎の名残が髪を煽る。ひよりに傷一つないのは、ひとえにフランシスカの尽力だった。 「……大丈夫そうね、安心した」 「大丈夫なの。聞いてね――わたしがうたってあげる、妖精の子守唄」 ひよりの手の中で、鈴がしゃらしゃらと謳う。どんな傷さえも容易く癒し誰かを救う為の、慈悲深き神の奇跡を。このうたごえと音色に乗せて。どうか今此処に。視界を焼く白と共に、フランシスカの傷がほぼ跡形も無く消え去る。 バウアーは残り少ない。ノーフェイス化の見受けられる一般人も、躊躇う事無く片付けた。あと少しだ。あと、本当にもう少し。祈るように伏せた瞳を開けば、ふと。視線を感じてそちらを向いた。見覚えのある、蒼だ。 「……この間はあなたのこと誤解してたかもしれないの。満たす唯一が無いのではなく、今は手が出せないのかもって」 違和感があった。忠義を尽くす妹に比べて、姉と呼ぶべき彼女が抱く感情は決してそんなに綺麗なものではない。満たす唯一。それを、きっとこの少女は知っていて、欲しがっていて、けれどそれは手に入らないものなのだ――今は、未だ。 ウルリケの瞳が瞬く。続けて、とでも言うかのように傾げられた首。細い指先が示したのは、手に握り締める銀の刃だった。 「その厄介な剣で生存率を高めてるのは、最後に少尉を独り占めするためだよね?」 「――御名答。みんなみんな覚えて居てあげたいけど、私が一番欲しいのは少尉なの。でも、あのひとは負けないから手に入らない」 矛盾していた。渇望と、安堵にも似た何か。私と貴女の秘密よ、可愛い妖精さん、と少女の声が小さく笑った。その横で、爆ぜたのは紫電。律の鉄線が描く雷のラインが、中継車を軋ませる。 「ふむ。これが"戦場"、か。成程、決して楽しい、とは言えないが……凪ぎ甲斐はありそうだね」 悪くない。そんな彼女の声を追うように。夕陽を弾いて鈍く煌めいた血狂いの刃。軽やかに踏み切った足が近くのバウアーを足場に跳ね上がる。一直線。いりすの全体重を乗せた一撃が、其の儘中継車へと叩き落されて。 即座に車体を蹴って離れる。音も無く足が地面につくのと、凄まじい爆発音が響いたのはほぼ同時。リベリスタの攻撃を重ねられた中継車は、遂に完全に破壊された。 ● 「あら、残念ね。……マリー、『帰る』わよ」 「……また、また少尉に喜んでもらえないわ……!」 親衛隊の判断は早かった。ウルリケの短い台詞に従う様に、即座に退く足。逃亡用だろう、学校の外に置かれた車の方へと走り出そうとした少女達の背へと。 「ああそうだ、伝えておいてくれないか? 君達の上司に、弟の血はそう容易く消えるものではないぞ、と」 投げかけられる律の声。見た訳では無くとも知っている。刃を交えて、傷をつけて。最後の最後まで戦い続けてその血を浴びせて負けぬままに去った弟の姿を。誰よりも色鮮やかに。そんな言葉に、僅かに足を止めた少女達は、全く同じ動作でリベリスタを振り向いた。 「じゃあ、貴方達も覚えておいてね」 「一度見つけた獲物を、私達『猟犬』は絶対に逃がさない」 次に死ぬのは誰かしら。同じように笑い交わして。其の儘一気に駆け出した親衛隊の姿は即座に見えなくなる。後を追う事は無かった。まだ、『後始末』が残っているのだから。黒い影が踏み込む。刃についた血は、また新たな血が洗い流してくれるのだろう。幸成の鮮血の舞踏に続く様に。 ぐるりと回されたアヴァラブレイカーが唸りをあげる。吹き荒れる風は暗く重く。唸って呻いて重さを増して暗く暗く澱んで濁って。そのまま一閃。何もかもを薙ぎ払う様なその一撃が、一気にバウアーの間を駆け抜ける。鮮血さえ残さず喰らい尽くす黒と、同じ色が続け様に零れ落ちた。 「……ま、気分良くは無いわね、こう言うの」 「嗚呼、――足りないな」 この程度では、喘ぐ飢餓感のほんの少しでさえも満たしてくれやしない。肩を竦めたいりすが、もう幾度目かの漆黒を生み出した。音も無く広がるそれが、生き残ったバウアーを捉えて。其の儘刃を一閃。ぐちゃり、と。跡形も残さず溶かす闇の瘴気によって、ついに敵の影は無くなった。 けれど。沈黙は落ちない。けたけた笑う声。可笑しくなった一般人は、電波中継車が壊れようとも元には戻らない。未だ僅かに残った、狂っただけの子供を見詰めて。ひよりは小さく、小さくその首を左右に振った。 「……この力じゃ、助けてあげられないの」 ごめんね、と囁く代わりに。しゃらりと優しく謳う鈴が齎す魔力の矢が、救えぬ命をぷつりと断ち切った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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