● 呻き声が聞こえた。這いずる音。もっと、と強請る声。 「もう我慢出来ないの? 駄目な子」 ほら、口を開けて? と。甘ったるく囁いて。唇を寄せる代わりに冷たい硝子を押し付けた。 流れ落ちるあかいいろ。喉を鳴らして貪る姿に吐息交じりにくすくす笑った。 「ね、気持ちいいわよね。もっと味わって、こっちだけみて?」 大丈夫。此方を見ているのなら。見ている限り。愛そう。心の底から。その時だけは。あなただけを見ている、と。 そうっと指を絡めた。部下を振り向いて、愛らしいピンクに染まった唇が弧を描く。 「さあ、オシゴトを始めましょ。喉が焼けつくくらいの愛を。頭がおかしくなるくらいの快楽を。ね、素敵でしょう」 早く行きましょうと立ち上がった。ふわふわ、金の髪が波打って。恋人を招く様に、細い手が繋いだ手を引く。 どろり、と濁った眼が、少女を追うように動く。素敵な日になると良いわねと、笑う声はやはり重い甘さを含んでいた。 ● 「どーも。今日の『運命』よ。興味あるならどーぞよろしく」 ひらひら振られる手。『導唄』月隠・響希 (nBNE000225)が差し出したのは、何時もより何処か薄い資料の束だった。 「やってもらうのは、とあるアーティファクトに影響された人間の殲滅。……『殲滅』よ。助ける手段はあるかもしれないけど、現状その策を探す余裕はないから。理由は分かるでしょ? あんたらに向かって貰うのは、廃ビルに囲まれた広場、及び其処に続く路地。路地の途中と、広場に居る人間を倒して欲しい。内容は、言ってしまえばそれだけ。 ただ、……現場には、元凶と呼ぶべき存在が居る。そっちの対応は依頼外だけど、まぁ向こうは当然あんたらにちょっかいかけて来ると思うわ」 親衛隊との抗争が続く現状なのに、災難は全くもって待ってくれない。面倒なことだと肩を竦める。 「……最近力をつけてきた、フィクサード集団がある。詳細は不明。予知範囲内の情報になるんで、情報不足は勘弁して頂戴。現場に居るのは、その集団の一人で『破軍』と呼ばれる少女。 ヴァンパイア×ホーリーメイガス。攻撃に秀でたタイプ、ではあるけど勿論回復も出来る。結構な実力者で、彼女がこの事件の主犯。――識別名『phobetor』。瓶に詰まった液体型のアーティファクト。 彼女はこれを使って、一般人をおかしくしたの。これは、飲んでも飲んでも無くならない。で、飲んだ対象に『抗えない快楽と大幅な身体能力の向上』を与えるの。 だから、一般人だろうとE能力者と戦えるレベルの力を持てる。その上、麻薬と変わらないから……一度覚えた快楽を忘れられない対象は、そのアーティファクトを求め続け、アーティファクト所有者の言う事を第一に聞くようになるわ。 まぁ、当然良いものじゃない。これの代償は二つ……『アーティファクトへの依存』と『投与上限を超えた飲用者は死に至り、同時にバグホールを生む』事。一人二人でも面倒なのに、こいつらは複数人にこれを使ってる。 面倒この上ないでしょ。だから、始末して貰わなきゃいけない。依存から抜け出す方法が分からない以上、仮に捕縛しても奪還されたら最悪だから」 此処までいい? と短い状況確認。頷いたリベリスタを見回して、フォーチュナは小さく溜息を漏らした。 「アーティファクトの処理は、今回はまぁほぼ無理だと思う。持ってるのは『破軍』だけど、彼女がわざわざ手元に握ってる筈もないしね。ついでに、部下っぽいのも従えてるから……まあ、出来る限りの最善策をお願い。 嗚呼、因みに目的は、よく分からないわ。……悪いわね、分かってるのはこのアーティファクトの効果が『破軍』やこの組織にとって、好ましいものである事くらい。 ……そのほか、細かい事はそっちにあるから確認して頂戴。じゃ、後は宜しく」 言葉を切って立ち上がる。気を付けて行ってらっしゃい、という声と共に、ひらりともう一度手が振られた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月22日(月)22:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● コンクリートとブーツの底が擦れ合う音。続け様、鋼鉄の刃が砂利を跳ね上げながら空気を裂いた。全身の膂力を乗せて振るわれた大斧が描く金のライン。混濁した瞳はそれを見ているのかいないのか。確認する術も無いままに巻き起こった烈風によって深々と傷付けられた飲用者を一瞥して。 『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)が漏らす溜息は明確な苛立ちを含んでいた。内側を引っ掻き続けるこの怒りは何処に向けるべきものか。叩き付ける先を持たない激情は只々静かに胸の内で息づかせるしか今は未だ無いのだろうか。幾度も巡らせた思索を振り払い、路地の先を見遣る。七人の幹部。彼らが磨くものは己かその身の内の『業』か。 「……この女は快楽か愛憎の業か」 「それに巻き込まれたのであれば気の毒ではありますが……」 今尽くすべきは最善。憐憫は無意味と切り捨てて。『黒犬』鴻上 聖(BNE004512)の指先が放る白と黒。正確無比な一撃が腕を吹き飛ばせば、上がるのは悲鳴にも似た呻きだった。中毒に陥り完全に指示に従うばかりの彼らはけれど、まだ人の枠を出てはいないのだ。 飛び散る血。呻き声。それに何かを感じる前に。指先が、サングラスを押し上げる。七業。北斗の彼らはもう既に揃い踏みだ。 「破軍に向かって戦えば負け、逆に背を向けて戦えば勝てるらしいですが」 それは所詮伝承だ。この先で相手取るのは只のフィクサード。果たすべきは目的阻止。背を向けずに、進むしかないのだ。戦線を広場へと押し上げる様に。ランディの足が前へ出る。後ずさりかけたその背を追うように、カソックを翻した聖も続いた。 仲間の交戦する音だろうか。銃声。固いもののぶつかり合う音。微かに聞こえるそれを感じながら『禍を斬る緋き剣』衣通姫・霧音(BNE004298)は軽やかに敵と只中へと飛び込む。揺れる紅と黒、閃く銀。瞬きさえ許さぬ太刀筋が纏う風が、其の儘敵を喰らって。 縫い止められた足。その一瞬の隙さえも逃さぬ様に聞こえた銃声は重ねて2発。直後、爆ぜ割れた頭蓋から零れる脳漿と、けたたましい絶叫に、『足らずの』晦 烏(BNE002858)は軽く肩を竦めた。 「生ける死体、まさにゾンビの類だな、こりゃ」 死してなお操られるか生きたまま操られるか。両方こうして見る機会を得たけれど、一体何方の方がましなのだろうか。そんな事を考えて、どちらも御免だと溜息交じりに煙草に火をつける。 明らかに鈍った動きは、これが何時ぞやの楽団に操られていた死体とは違う事を示していた。そう、これは生きた人間なのだ。頭さえ吹き飛ばせば動きは止まる。それを易々と許してくれるかどうかは、さて置いて。 耳を澄ます。広場から響く足音は未だ存在しないようだった。動きを見せない敵。それを気に掛ける烏の目の前で、同じく敵の頭を狙い斬撃を放った霧音は僅かに、本当に僅かにその表情を翳らせた。愛欲。それはある意味で大きな武器である事を知っている。 本能は抗いがたいものだ。そして、容易く利用出来るものでもあった。少女と言うべき年齢の霧音であっても、有効に使える程に。細い指先が胸元を掴む。少し前なら許容しただろうその手段は、けれど今の自分にはもう見過ごせないものだ。 「――救えないのならせめて死を以て解放を」 それがきっと、最善だ。足を止めぬ彼女らの気配を、その鋭敏過ぎる程の感覚で感じ取りながら。『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)の足が描くのは紅き死への踏破。只々敵の命を奪う事だけを考えて。服の一つさえ無駄に揺らさぬ舞踏は万が一にも敵の生存を許さない。 「……面倒が増えるだけ、になりそうだしね」 半端に生かせば足元を掬われるのは自分になりかねない。そんな彼女の髪を、舞い上がらせたのは爆ぜる紫電。狭い此処で使える最適解。掲げた杖の周囲で荒れ狂う魔力の粋を一振り。一気に拡散し荒れ狂う紫電が敵を呑み込み地へと叩き伏せる。指先一つさえ動かさなくなったそれを、僅かに見下ろして。 『境界のイミテーション』コーディ・N・アンドヴァラモフ(BNE004107)は表情一つ動かさぬままに、路地の先を見遣る。破軍――ベネトナシュ。全天で煌めく北斗の星の名を冠す敵は、本当の年齢こそ知れずともごく普通の少女の姿をしていると言うけれど。 「棺を引く娘にも例えられるが……なるほど違いない」 藍らしい唇から紡がれる甘ったるい言葉に乗せて。彼女が引きずるのは愛情と言う名前の死だ。その先に何を望むのかを知る事は今は叶わないけれど。それを確かめんとする様に、金の瞳が僅かに細められた。 ● 「っ――悪い、遅くなった。こっちも片付いたぜ」 ぜ、と。荒い息が通信に混じる。滴る血と共に重い足音は二人分。『悪童』藤倉 隆明(BNE003933)と『ピンクの変獣』シィン・アーパーウィル(BNE004479)は、運命を燃やして繋いだ意識を奮い立たせる様にその足を進める。 狭い路地において自由に使える術は多くは無く。隆明の拳から放たれる弾丸が敵の頭を吹き飛ばした事で辛うじて突破を叶えたものの、只管に殴り掛かられ続けた二人の身は満身創痍。 「くそ、厄介な連中だなオイ。アーティファクトの薬とか碌なモンじゃねぇ」 躊躇も容赦も必要ない。中毒者には痛みも何も無意味だ。只々薬を望むばかりの兵隊が酷く厄介な事を、裏社会で生きていた隆明は知っている。彼の躊躇いの無さが、まさしく2人を救ったのだろう。その後ろから続いたシィンが、短く息をつく。 「……本当に、気分の悪くなることをしてくれたですね」 薬を飲ませて他人を玩具にする。理解も許容もし難いそれに眉を寄せて。重い魔本を抱え直した。同情はしても、この手ではどうにもならないもの。彼らに待つのは死のみだ。魔力で織り上げられた頁が、風も無いのにはためくのはその心に反応してか。 上がった息を整える様に深呼吸。仲間の返答を聞いて一気に駆け抜けて、広場に足を踏み入れれば最初に聞こえたのは嘲りを交えた高い笑い声だった。 「御機嫌よう? 貴方達がアークって言うのよね」 愛らしい少女のかんばせに乗る明確な蔑み。随分遅かったのね、なんて笑う声が示すのは接敵を待ち構えていた者の余裕だろうか。広場への突入タイミングを揃えた事で各個撃破こそ避けられたものの、明らかに余裕をもって此方を迎え撃つ少女の周りには五芒星の零す淡いきらめきが躍っていた。 けれど、それにも足を止める事は無く。地を踏む足は重くも素早く。数多の血と死を折り重ねて鍛え直した墓堀の刃が唸りをあげた。巻き上がる烈風が含むのは、鉄壁さえ砕く全力。少女の盾の目前で荒れ狂ったそれが敵を一気に薙ぎ払う。 「そいつは通り名よな? 是非とも名前を教えて欲しいんだが」 「なーいしょ。知りたかったら捕まえて?」 笑い声交じりのそれはけれど、僅かな焦りも含む様だった。其れに続く様に、飛び込み揺れる艶やかな黒と白いリボン。しなやかな指先が描き出す気糸が飲用者へと伸びて、手を握り込めば音も無い儘に敵を縛り締め上げる。 七業の面々ともう幾度顔を合わせたのか。全員とは言えずとも、強者であろうソレに興味は尽きず。なかなかに楽しませてくれるのは彼女も同じだろうか。その唇がうっすらと弧を描く。 「今回、も心行く、まで楽しませてくれる?」 「ええ勿論、と言いたいけれど……残念、あんまり興味が湧かないわ」 此処に長居する義理もない。笑いながら肩を竦める彼女を視界の端に収めながら、隆明が握り込む拳で煌めく化け物じみたナックルダスター。躊躇わず止まらず何処までも真っ直ぐに。握り込んだ拳を叩き付けて骨さえ砕く程の一撃を。 目前の飲用者を地面へと叩き付けて。拳に纏わりついた肉片を振り落した。 「真っすぐ往って、ぶん殴る! これ以上なんてねえよ!」 叩き付けるのならば最もこの手に馴染んだものを。小細工なんて一つもない。己の拳だけを信じて敵を殴り飛ばせ。その身が負う傷など、厭わずに。ついで襲い掛かった鉄パイプが額を掠めて、視界を染め行く紅を隆明の手が雑に拭った。 ● きん、と高い音が鼓膜を激しく揺らした。金の髪の合間。少女の耳元で煌めく銀を撃ち抜いた弾丸を放った烏が、此方を向く瞳にひらひらと咥えていた煙草を振って見せる。 「耳元で、なんて。やだ、おじさまったらテクニシャンなのね?」 「そりゃあ光栄だ。折角だ、その目的とやら、おじさんに教えちゃくれないか?」 それは駄目。甘ったるい笑みに含まれる僅かな苛立ちを、烏は勿論見逃さない。出来る限り己に引き寄せて、足を止める為に。挑発めいたそれを横目に捉えながら、崩れ落ちたのは隆明だった。フィクサードに裂かれた傷から零れる血は決して少なくはない。鈍い音を立てて地面に沈む身体を、後衛へと引き寄せて。 周囲で舞うフィアキィと共に、シィンが奏でたのは癒しの旋律。未だ回復以外を齎さない少女の傷が、何もせずとも癒えていくのが視界に入った。金の髪。獰猛な龍に愛された美しい少女はその身を人ならざるモノへと変えられるのだ。 「その力、獰猛な者の寵愛、って所ですか」 「そうよ? 愛してくれるなら愛されただけ。この身体はトクベツになるの」 楽しくて仕方ないと言いたげな笑い声。妖精を謳う少女の力の深淵を求める様に目を凝らした。解析するには余りに手が足りず、けれど、妖精だと言うのならばシィンには退けない理由がある。指先が、傍らで舞う翅ある友人を撫でた。 「人を弄ぶ悪い妖精が貴女でしたら、自分と相棒で人を助ける良い妖精になるのです」 探れ。取り込め。その力を己のものに。願い望んで伸ばす手はけれど、ソレを掴むには足りない。弧を描いた少女の唇が紡いだ詠唱が、戦場にばら撒いたのは視界を焼き尽す程の白だった。ぐらり、と膝が折れる。視界が回って。声を立てる間も無いままに、シィンの身体も地面へと崩れ落ちた。 癒し手を失った。その事実を冷静に受け止めながら、聖の指先が放った白と黒が一直線に少女へと伸びる。きん、と響く高い音。それは五芒星を砕くには至らずとも少女の頬を薄く裂く。流れる様に此方に向く視線。くすり、と笑う声がした。 「なぁ、あんたの神と俺の神、やっぱり違う神なんだろうな?」 「残念、無神論者なのよね。カミサマの愛って綺麗すぎるでしょ?」 飲用者の呻き声。のたうちまわりながらもただ只管に愛情を乞う彼らの姿こそ至上の愛。悦楽と甘ったるい毒にも似たことばから逃げられない、哀れな姿。素敵、と少女は笑う。攻撃の合間。そんな彼女へと目を凝らしたコーディは頭へと流れ込む情報から必要なことだけを選び出す。 特定の状況を作り出し、それによって己を強化する。それが、彼女が告げた己を癒す術なのだろう。条件は――彼女に付き従う、敵の数。そして、もう一つ。妖精の園と嘯くそれの中身を手繰り寄せんと目を細めて、不意に笑った少女と目が合った。 「ねえ如何だった? 予想通り? それとももーっと素敵かしら」 「――嗚呼、実に面倒な事だ」 溜息にも似た吐息と共に吐き出される言葉。妖精の園。舞い踊る可憐なそれは気まぐれに人を選び、愛と言う名のこの身を縛り付ける悪戯を仕掛けるのだ。厄介な事この上ない。眉を寄せて、首を振った。 そんなコーディの視線も意に介さず。少女は小さく、周囲の部下に聞こえる様に何かを囁いた。即座に、下がる足。撤退だ。それに気付いて、けれどその足を阻む事をリベリスタは是としない。仕事は、あくまで此処に居る虫食いの原因になりうるものの始末なのだから。 ひらひら、振られる手。そのまま逃げようとして、けれど追いすがるように放たれた霧音の斬撃がフィクサードの一人の膝を折る。生け捕り。それを目論んだ一撃は、けれど。 「痛い? ほら、手貸して? ……うふふ、もう平気よね」 伸びる白い手。口付ける様に寄せられた唇が紡いだのはまさしく先程読み取った妖精の声なのだと、コーディが悟る。甘ったるいそれはその身を石へと変え、砕け散らせるのだ。悲鳴も上げられぬままに絶命したフィクサードから手を離して。少女は改めて御機嫌ようと手を振った。 それを横目に、己が身さえも傷つける爆弾を放った天乃がその目を向ける。嗚呼、最後までやれないのは残念だけれど。 「……伝えて、またやりたい、と」 少女と。そして、彼女と並ぶ、七つの星と。その声を聞いて、やはり少女は薄く笑って。待っていてね、と。やはり甘ったるいばかりの声を残してその姿は路地の向こうへと消えた。 ● 気付けば広場には滑る血で生温い湿り気を帯びていた。其処に転がる物言わぬ死体は3つ。癒し手こそ早期に失ったもののの、火力に秀でるリベリスタ達が残った飲用者に等負ける筈も無く。あと少し。任務達成は目前で、けれど与えられる死をそのまま是とする程敵も甘くはない。 悦楽を。薬を。愛情を。求めて求めてもがき苦しむジャンキー。己の身さえ掻きむしりもっともっとこの胸をこの身を満たしてくれと、その手が伸びる。邪魔立てするものを追い払おうと。ただ我武者羅に、その身には過ぎた力を叩き付けんとするのだ。 足掻きとばかりに、投げつけられた鉈が既に運命を燃やしていた聖の意識を容易く断ち切る。ぐるりと回る視界。伸ばした手は己が信じる神への祈りだったのだろうか。けれど、運命は笑わない。地面へと崩れ落ちた彼の横。鞘に収めたままの刀に手をかけて。霧音が短く、裂帛の息を吐く。 抜刀の瞬間さえ見えぬそれが齎したのは風の様で。けれど、空気を裂いた斬撃は何処までも敵を逃さぬ死の魔弾へと姿を変える。一直線。甘い薬を求めて呻くばかりの人の姿をしたものの頭を、それは容易く跳ね飛ばした。 「その毒で穴を生まないのは……それに至ってないだけなのか、それとも兵隊を作る事が目的なのか、ね」 答えは知れない。彼らに毒を与えた少女はもう居らず、幸福そうに毒を飲み干した人間はもうとっくに全てが事切れていた。救えない儘に。弄ばれ終わらされるしか無かった命。鮮やかな蒼が痛む様で、微かにその目を細める。 静けさのもどった広場。仲間の傷を確かめながらも、コーディの視線が向くのは、少女達が消えた路地の向こうだった。目的も素性さえも良く知れぬ彼女達。その行動は、バラバラなようで一つの目的を目指す様でもあった。 「今回も異界との穴を作る手段だったな、……一体何をしたいのか」 その術を、己の手で制御し切れると彼女達は本当に思っているのだろうか。投げる事の出来なかった問いを抱く金の瞳の先で、飲用者の死体を確認していたランディは出て来た携帯電話へとその思考を滑り込ませる。情報を。目的、構成、なんでもいい。探す様に思考を彷徨わせて。 けれど、ろくな情報を残して居なかったそれを、そっと地面へと置いた。分かった事と言えば、既に事切れた彼らの身元程度。確かめたそれを脳内で反芻して、もう幾度目かの溜息を漏らした。 「碌な収穫は無いな、……戻るぞ」 低く告げる声に含まれる感情は読み取れない。今日もまた新たな血に濡れた大斧を仕舞ったランディの足音に続く様に、仲間を背負い上げたリベリスタの姿も路地の向こうへと消えていく。 人の気配を失ったビル街の路地には、何時もの様に温い風が吹き抜けて。けれど消えない血腥さだけが、重く暗く澱む様に其処に漂っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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