● 幻想を、抱かれることがある。 例えば其れは或る依頼で、運命を絶やした仲間を殺した日に。 例えば其れは或る日常で、親と離れた子供に寄り添った日に。 例えば。 例えば、それは。 「お逃げ下さい」 ハッキリと、告げられる。 眼前には少年の姿。あどけない顔立ちに似合わぬ厳めしい軍服の彼は、朗々とした声をして私に逃走を呼びかけた。 「既に勝敗は決しました。我々は彼の軍勢に敗れ、死に絶えるでしょう。 元より貴方は我らとは関わりない存在だ。生き延びることさえ出来れば、元の場所に戻る手段はあるかも知れない」 「……ん、わかった」 こくん。躊躇いもなく頷いた。 対する少年は、それに何処か安堵の笑みを浮かべている。 ――数ヶ月前。戦時中の此の世界に突然『降ってきた』私に対し、詮索も糾弾もせず、只無上の信頼を以て歓待してくれた彼と、その国は、今滅びようとしていた。 何故と疑うべきもない。彼らは戦地に立つには優しすぎた。 その齢の低さという直接的な問題ではない。唯永きの平穏に於いて、彼らは憎悪し、憤怒し、慟哭すると言う負の側面を、彼らは衰えさせてしまったと言うだけ。 優しいだけのセカイなんて、そんなもの。 ひとつぶの悪意が混じってしまえば、それは即座に混濁し、泥濘にも劣る醜悪なカタマリを形作る。 嘗て。 そんな底辺世界を守ろうとした、私のように。 「……」 装備は確認した。 身体にも問題はない。 糧食は――流石に貰うのに気が引ける。錆びたサバイバルの知識でも、まあ十分だろうと考えて、私は別れも告げず、その場から逃げ出した。 「――――――え」 単音の、声を聴く。 鎧のような軍服に包まれた、責任感のカタマリのようなそれは失せ、その時ばかりの少年の声は、正しく只の子供のよう。 ――嗚呼、これが聞きたかった。 「生憎、今まで一度も逃げたこと無いから、やり方がわかんないんだ」 けろりと笑って、『其処』に立つ。 あてがわれた部屋の窓から飛び降り、翼を使って城門前へ。 眼前には幾多の敗者の骸と、悠然と並び立つ勝者の軍勢。 「だから――『前に向かって逃げ延びる』」 頭上には蒼穹の彼方。 届く事のない故郷を想起して、嗚呼、と歎息する。 死線程度で諦観を抱くなど、何たる軟弱さか、と。 「止められるなら、止めてみろ」 声に出す。 地を踏みしめる。 万群の前に立つヒトリは、そうして『逃走』を開始した。 ● 「――あ、うん。もうこんな時期か。 わかった。早い内に手配するから。……ん? ああ、それも面白そう」 携帯電話を片手に、ぼそぼそと何かを呟くのは『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)である。 幾らかの応対の後、「それじゃ」と通話を切った少女は、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達へくるりと振り返り、しゅたっと手を挙げる。 「そう言うわけだから、よろしく」 「いや説明しろよ」 絶対反応解ってて言ってる。 そうした胸中を知って知らずか、うんうんと頷く彼女は近くの椅子に座り込んだ。 「昔……プロト・アーク時代に、そこそこ強かったリベリスタが居てね。 彼女はナイトメア・ダウンの直後を境に開いたあるD・ホールを対処しに行って、破壊と同時に向こう側へ引っ張り込まれちゃったの」 「それが?」 「うん。で、飛び込んだ先、何か戦争してたらしいのね。 彼女はその二大国の内一つに保護……と言うか庇護して貰ってたらしくて、その恩義を返すべく、当時優勢だった敵対国の主力部隊を殲滅した。生命と運命、残さず完璧に燃やし尽くして」 「――――――」 言葉こそ軽やかな其れであるが、その簡素な説明に潜む凄絶な覚悟は、リベリスタの身近にあるものと同義である。 故郷に帰れない恐怖。命を失う恐怖。そうした諸々を、唯一人で打ち克ち、勝利したその有り様は、およそ英雄と呼ぶに相応しいものではないか―― 「うん、それ」 「……は?」 「だから。それ。その件を切欠に彼女を匿ってた国は勝利して、当の彼女も伝説の英雄扱い。 で、先にも話した『王国』。実はあれ以降も、年に一回のペースでゲートを開いちゃうんだけど……」 「……いや、おい。まさか」 今現在も握っている携帯電話を見ながら、リベリスタ達は問う。 「うん。それに合わせて向こう側も彼女を弔うお祭りとかやっててね。 エレメントというかフォースというか、そう言うのが綯い交ぜになった彼女は、年に一回、こっちで受肉する」 言って、イヴは携帯電話のキーをぽちぽちと押していく。 次いで聞こえたのは、先ほどの会話の録音データのようだった。 『あ、もしもしー? うん。今年もこっちに来ちゃったから、現地のリベリスタに頼んでちゃちゃっと倒しに来てね』 『――あ、うん。もうこんな時期か。わかった。早い内に手配するから。』 『それと、自信あるならやり合ってあげても良いよ? そっちがどれほどの練度かにもよるけど。悲しいけど今の私生前より強いから、その辺り覚悟してね』 『ああ、それも面白そう。解った。それじゃあその方向で』 切れる音声。 何勝手に約束してるんだお前と言いたい気持ちを堪えつつ、リベリスタは恐る恐る問う。 「……つまり、俺達の相手は」 「十数年前、万を超える軍勢に一人で勝利した『英雄』。……まあ、そのカケラみたいなものだけど」 酷え依頼もあったものである。 勝手にセッティングされた『厄介事』に肩を落としたリベリスタへ、イヴが冒頭の一言を投げかけた。 「そう言うわけだから、よろしく」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月20日(土)23:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 時刻、深夜十二時を少し過ぎた頃。 場所は三高平公園の広場。芝の敷かれた場所でなく(当人曰く『景観を乱す羽目になる』とのこと)小石が幾つも転がる地面の上に、大きなビニールシートが敷かれていた。 「……いや、私も相当極楽とんぼだとは思うけどさ」 胡乱げな瞳で『相手』を睨む女性が、次いで頭に手を当てた。 「気楽ね、アンタら?」 「そう急ぐ話じゃねぇだろ? 少なくともこの中にゃ、アンタを迷惑に思ってる奴は一人もいない。それに……」 にひ、と意地の悪い笑みで応えるツァイン・ウォーレス(BNE001520)は、言葉と共に――およそこんな場所には似合わない――芳しい香気を上げるミルクティーを、彼女に差し出した。 「久しぶりにこっちの味、食べてみたくねぇ?」 「いや別に欲しいワケじゃないんだけど持ってこられたなら食べてみようかなーとはちょっとばかり」 「解りました、お下げします」 「すいませんでした」 にこやかな笑顔でそっとカップを取り上げる『騎士の末裔』 ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)は、眼前で平伏する女性に苦笑を交えながらも、小さく独りごちる。 「何と言うか……敵いませんね、本当に」 ――実際に『命を捨てて国一つ護って見せた』なんて。 当人を前に、流石に浅慮の過ぎる言葉だけは堪えることが出来た。 今居る彼女は、その在りようがどれほど自身等に近くとも、『偶然で出来たヒトガタ』未満であることに違いはないのだ。 が……実際に告げられたそれだけでも、彼女が苦笑するには余りある。 「それを言うなら、アンタらも相当なモンでしょ。 命を捨ててでも一つ国を――世界を守る。アークは元よりそう言う組織なわけだし」 「それをしたって、万を超える軍勢を一人で勝利、かぁ」 視線を宙に泳がせる『群体筆頭』 阿野 弐升(BNE001158)もまた、その感情に確たる尊敬の念を乗せていた。 「すごいなぁ、憧れるし痺れるわ。それを成し得る力量に、さ」 「本当に。私みたいにのほほんとリベリスタやってる身では考えられないようなことを、色々と経験してきたのでしょうね」 流石に針の筵と成りつつある彼女を前に、『Dreamer』 神谷 小夜(BNE001462)はぼそぼそと「私もその。覚悟が足りない、という程ではないと思いますが」とフォローを飛ばしたりしつつ。 「伝説の英雄を倒せば、俺たちも伝説になれるのかね? そんな事より、おねーさん可愛いね! お名前は? 仲良くしようよ!」 「……本当気楽ねえ。アンタら」 相手の斟酌など見事に考慮せず、清々しい程の笑顔でナンパに走る『合縁奇縁』 結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)にリーガルチョップを叩き込みつつ、彼女の側は忘とした表情で何気なく呟いていた。 「プロト・アーク時代は、そうではなかったと?」 「言うねえ。『万華鏡』がどれほどの化け物か解ってる? あの頃はフォーチュナも碌にいなかったし、依頼前は、それがどれほど易しいものであろうと常に――死ぬ覚悟で挑まなきゃ行けなかった」 茶器を口に運ぶ『誰が為の力』 新城・拓真(BNE000644)の手が、ぴたりと止まる。 「今私が言われた行いも、まあ半分くらいはそれが理由。死ぬって事に対して、感覚がマヒしてた。 だから――それを英雄の行いと称されるのは、むず痒いし、苦しい」 眇めた目が、何かを見ている。 其れは在りし日の自分か、それとも今を生きるリベリスタ達かは、彼らには解らなかったけれど。 「……でも、今向こうでアンタを祭ってる云々は兎も角、祭り自体は嫌いじゃないだろう?」 「まあねえ。久々に美味しいものとか食べてみたいわ。このお茶がそうじゃないってワケじゃないけど。 ……さてと、続きは終わってから飲むとしましょうか」 「続き?」 「敗北条件、決めてきたんでしょ? 私が勝った後にゆっくり楽しんで、それから消して貰えば終わりじゃない」 「……言うね」 ツァインの返答に繋げ、余裕綽々の声で為された勝利宣言に、『ならず』 曳馬野・涼子(BNE003471)が小さく鼻を鳴らした。 「でも、そうだね。いいチャンスだから少しだけつきあってよ、センパイ。 わたしたちが勝たなきゃいけない相手は、きっともっと強い」 「上等」 けらけらと笑いながら、彼女は何時からか繊手に武器を握っていた。 「位置取りは好きになさいな。準備が出来たら開始よ」 ひらひらと手を振りつつ、一旦リベリスタ達と距離を取る。 「――――――」 茫洋を見る瞳で。 『銀の月』 アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)が、その後ろ姿を見つめている。 身一つを以て弱きを救った彼女。 その行いを英雄と、誰もが呼ぶであろうとも。 「ならば。私も、前に進むことしかできないのです。 夜闇の帳に潜み、鮮血の湖に佇み――冥府の道を歩むことしか」 奪った命、見殺しにした命、救えなかった命。 腐り果てた泥濘は満身にこびり付き、今更陽の光を浴びる自らを灼こうとする。 だから、進むしかなかった。より深い魔への路を。 否、正確にはそうすることを自ら選んだのだ。 英雄の進む道、魔物こそが歩む道。どちらにも、どちらかにしか成せぬ事が在るのなら。 ――双方が面と向かう。 距離にして最前衛から10mの位置に彼女は居て。 構えのような構えすら取らず、ひゅん、と小石を投げた。 石が宙を舞い、 次いで、地を叩く。 瞬間、両者の血肉が、唸りを上げた。 ● 「さって、お腹も膨れた所で一丁おっ始めますかい!」 「リベリスタ、新城拓真。……模擬戦などと言う心算は無い、いざ、尋常に!」 堂々と名乗りを上げて前に突っ込んだのは拓真、そしてツァインの二人である。 二人がかりで行く手を塞いだ両者に対して、対する彼女はにやりと笑った。 「おーけーおーけー。早死にをお望み?」 「は――」 反駁しかけた拓真を襲ったのは、スキルの効果もない拳の一撃である。 純粋な拳打ではなく、装備を起点に魔力を織り込んだ神秘攻撃。くぐもる身体をどうにか堪えつつ、二足で立ち続ける彼を見て、彼女は訝しげな顔で見る。 「穴開けるつもりだったんだけどねえ……アタッカーが硬くてどうすんのよ」 「ご冗談を!」 言った小夜が、全員の背に一対の翼を形作るも、その表情は瞠目の其れに近い。 クロスイージスというジョブの傾向に関わらず、神格と呼ばれる強固な念で織り込まれたその身は、単純な能力が化け物並の性能を作り上げていた。 ともすれば、浮かぶ其れは敗北のイメージでも。 「……負けても仕方ない、なんて、言える筈もありません」 「おうさ、いくぜユーディス! イージスの新しい力、見せてやろうぜッ!」 言い放ったユーディスが、神々の黄昏を戦場に打ち鳴らし、 応えるツァインもまた、神秘を以て投影した聖骸布を身に包み上げた。 「何それ、私のと同質……上位互換?」 「他にも種族深化つって見た目も変わったりするんだぜ? アンタも気合入れれば六枚羽になれるんじゃね? なーんてなっ」 「……向こうの連中が私に抱くイメージに因るわねえ」 「だろ?」 得意げに返されたツァインに対して、彼女は「ん?」と小首を傾げる。 「ウチの故郷は英霊や神の話が身近だから少し分かるんだ。英雄って呼ばれた人だって普通の人だ。悩んだり間違ったり……。 それでも何かを成したから、多くの人の心に残ったから、そう呼ばれるんだ」 「……」 「祭りを楽しむ人達の笑顔は…アンタが守ったんだぜ?」 微かに、気が逸れた。 後ろ目に眺める彼女自身の羽を、その時銃弾が軽く掠める。 射線の先にいたのは涼子である。屹然とした瞳で飛行を阻害せんと放たれた銃弾を、彼女は真っ向から受け止め、小さく笑んだ。 「直情かと思ったら搦め手派ねえ。役割解ってるじゃん!」 「そうでも、無いけど……!」 浮かんだ、明確な死のイメージ。 振り下ろされたリーガルブレードは肩口から手元までの皮膚を一気に刮ぎ取られ、故に夥しい量の出血に膝を着いた涼子へ、彼女は初対面同様、気楽な笑みで涼子を嗤う。 「どうしたの、逃走者に跪くのがお好み?」 「――、くたばれ、糞野郎」 屈託無い笑みを色濃くした彼女の双手を、その時黒鎖が絡め取った。 「――さあ、踊りましょう。土となるまで、灰となるまで、塵となるまで」 アーデルハイトが告げると同時、その双腕が引きちぎられた。 驚愕は、仕掛けられた側ではなく仕掛けた側にある。 それでも、それは一瞬のこと。 肩の断面からの出血が鞭のように腕へ絡み、即座につなぎ合わせられる。 元が思念体ならではの化け物技である。鼻で笑った彼女だが、その額に小さな汗の粒が浮かんでいることを、リベリスタ達は見逃さない。 「俺に、アンタのような生き方は出来ないだろう」 自嘲のような声が聞こえた。 告げたのは竜一。担う一刀一剣をしゃりんと擦らせ、小夜を庇い続けるボジションから二条の飯綱を繰り出す。 「するつもりも、必要もないが。 ナメられようが知った事じゃないしな!」 「達観してるわねえ、ガキんちょ。『そういうの』は大いに歓迎よ!」 吹き出した血に、寧ろ喜びを浮かべながら、彼女もまた拳を振り抜く。 振り抜いて――撃ち込まれた『全力全壊』のエネルギー弾を、真っ向から打ち砕いた。 「あー……いい加減腕痛くなってきた」 「同感ですよ。うん、楽しいなぁもう」 弐升が放ったアルティメットキャノンをして、この反応である。 傾いだ身体を持ち直した彼女も、その余力がどれほどかは怪しくとも、気力に於いては未だに意気軒昂と言って申し分ない。 「っし、じゃあそろそろ本気出すわよー」 それでも。 彼女は笑いながらそう言って、ぐ、と身体を傾がせた。 告げたのは、嘗て自らの死の間際にも言った一言。 「――止められるなら、止めてみろ」 ● ツァインの身体が、宙を舞った。 リベリスタ達に理解できたのは、その『結果』と、 「良い具合に固まっててくれるわねえ、アンタら」 ――中衛四人に肉迫していた彼女が、地面に豪烈な拳打を叩き込んだ瞬間、である。 撃ち込まれた振動は至近。地を伝った衝撃波は唯の一撃でアーデルハイトのフェイトを燃やし、弐升の身を瀕死に近づける。 ユーディス、涼子もその体力の大半を削られた。傾いだ身体に容赦はせずと、彼女が更の一撃を叩き込もうとした瞬間。 「く――オオオオォォォォォォ!」 何をしても目に焼き付ける。そう思っていた拓真が、視界に失した姿を負い、次いで双剣を振り抜いた。 背中へ交差されるそれらを、同じく双つの盾で受け止める彼女は、じ、と拓真を見つめている。 「反応は兎も角として……対応力は高いわね?」 「俺は、負けず嫌いでな……特に、格上の相手となれば尚更だ」 凄絶な笑みを浮かべる拓真は、次いでこうも言い放つ。 「俺の心が折れるか、英雄よ……!」 賞賛を求めず、名誉も求めず、望んだのは嘗ての幻想唯一つ。 それを……叶わないと知り、尚剣を振るう拓真に、拓真の言葉に対して、 「――イヤ。『折りたくない』」 自らの意志を込めた其れを、易々と切り捨てる彼女に、拓真の表情が凍った。 「アンタの技量は、肉体は強いね。けれど、惜しいなあ。 その意志に剛さはない。届かないものを届かないからと、手を伸ばすことを諦めた大人を、私達みたいなコドモはなんて言うか知ってる?」 ――『つまらない』って、そう言うんだ。 拓真自身は、自らについて何を語ったわけでもなく。 それでも、僅か数合の斬り合いの中で、彼女は拓真を理解しきっていた。 「求めなさいな。最上のユメを。諦めなさんな。最高の理想を。 誰かの為、何かの為で動く人間は、時に最高に格好良いけど――人に因っちゃ、無様極まりない」 防いでいた剣を、振り払う。 「そーいう意味じゃ、或る意味其処のアンタのような裏表無い跳ねっ返りは好きなんだけどねえ……」 「ま、お互い人のことは言えないだろう? 生き方はそれぞれだ。 前に出る逃げ方をする奴もいれば、真正面から正々堂々とぶつかるやつもいる」 言葉を返した竜一は、未だ絶えず小夜を守るポジションから離れはしない。 役割を守るという其れ一点。其処に如何なる邪道を潜ませようが、それこそが、彼にとって今居る場所を守るための唯一つの手段なのだから。 「俺の生き方はどうかと言えば、邪道を好む性質だってことだけだ。 あるいは、リスクを好まない臆病さか。どちらにしろ……」 「その通り。アンタは私の真似をする必要はないし、そんな義務も在りゃしない!」 前傾姿勢からの吶喊。 再度見せられた『逃走』に、竜一が弾き飛ばされ、ノーマークとなった小夜へ間断無き拳の連打が撃ち放たれる。 こぱ、と吐き出される血の滝、落としたと笑みを浮かべた彼女に、背後から寄る弐升が、その首目掛けて大鎌を振り下ろす。 除けもしない。その気力もないのか。脊髄から溢れるピンク色の骨の欠片は空に溶け、それと共に彼女の身体も再生を始める。 「自分らしさを曲げたら、それは死んだのと同じ意味ですわ。 だからこそ、どんなに馬鹿なことであろうと自分らしさを、ってことで」 「咆えるわねえ、後悔したら祟るわよ?」 「マジっぽいので勘弁してください」 ――この戦闘の敗北条件は、戦闘不能者が五人以上発生すること、である。 が、戦闘が始まって二分ほどが掛かる現在、リベリスタの側にフェイト使用者は居ても、膝を屈した者は誰一人としていない。 それがリベリスタ達にとって――或いは彼女にとって、何を意味するかなど、問うまでもなく。 「……なあんで、さあ」 『全員に満遍なく』攻撃を与え続ける彼女が、其処でぴたりと拳を止めた。 「こんな戦いに、運命燃やしてるのよ、アンタら」 言って、拳がデコピンの形に変わる。 弾かれたのは、先ず涼子だった。 そして、アーデルハイド、弐升、小夜と、最後にユーディス。 「その状態でぶっ倒れたら、ガチで拙いことになるっての。 『踏み台』で全力使って、目標飛び越えられない……なんて、勘弁しなさい」 浮かべた顔は、あきれ顔でも、苦笑であった。 「でも、まあ……うん。嬉しいかな。 何だかんだで、こっちに干渉できるのは今年じゃこれ一度だし。それに全力を出す礼儀は嬉しい。でも、ここまでね」 事実上、『お前は戦闘不能者だ』という事だろう。 実際の戦闘なら倒れている――そう判断された者は順次戦闘から外され、残る三名が眼前に立つ。 「で? 勝率結構低いけど、残るお三方はどうするの」 「……俺が立つ理由は勝敗じゃない、生き様の問題だ」 真っ先に応えたのは、先ほどあしらわれた拓真である。 「俺がナメられるのはいい。が、プロト・アークのあんたに、想いはしっかりと受け継がれてるってことは、示して見せなきゃ申し訳が立たないからな」 歎息と共に笑みを浮かべて、得物を構え直したのは竜一。 「すまん、プロトの時より増えてるんだよ、こーいうの。付き合ってくんね?」 言って、残るツァインもまた、自らの身に奇跡の聖衣を身に纏った。 「……後で抱きしめたいわ、アンタら」 幾度目の苦笑か。彼女もまた、そうして彼らの側に飛び込む。 残る戦いに、そう時間は要らなかった。 倒れる者が誰かも、恐らくは分かり切っていたこと。 それでも、倒れる者、立ち続ける者、見届ける者。 彼らの瞳に、後悔は無く、唯一つ、歓びだけが湛えられていて。 だから、この戦いの幕切れは、何れにせよ、幸福な終焉だったのだろう。 ● 「まったく――何というか、敵いませんね。本当に」 総てが終わった後。ユーディスが零した言葉は、最初に放ったそれと同じものだった。 戦闘の結果、残る三名も幾らかの善戦の後に倒れ、残る彼女は瀕死ながらも最後に立ち残る存在となった。 ……最早自身が居られない世界を、私達が守れると。 そう宣言したかった。自らの意志と、実力で。 無念さを隠しきれず、溜息をついたユーディスの傍で、そっと腰を下ろしたのはアーデルハイドだった。 「……嗚呼、貴女は大馬鹿者なのですね。否、ここには大馬鹿者しかいない」 空を見上げ、独りごちる。 彼女は、既に残ったリベリスタ達によって消滅させられていた。 次に会えるのは一年後。その時までに、自分達が何処まで成長できているかは、解りなどしないけど。 ――ならば、その愚直さに見合う力をこそ。 「アンタが前に逃げ続けると言うなら。 それが言葉どおりの意味じゃないことは分かっていても……それでも」 わたしは逃げたくない。そう言った涼子に対して、去り際の彼女は、笑って言った。 『信じて、思いこみなさい。自分は逃げてないって。 強さは大抵其処から生まれて、力は大抵其処から湧いてくる。アンタに多分必要なのは、一つ所に拵えるココロよ』 伸ばした手は、月に届かない。 それは今であるのか、果たして未来までもか、あくまで決めるのは自分なのだと、そう彼女は言っていた。 ――セカイは、未だ彼らの手に余る。 先行きは不透明で、人のことを慮る余裕など在りはしない。 それでも、一先ずは拳を交えた相手に、礼を告げる余裕くらい、在っても良いだろう。 ツァインはそう思って、笑う。笑いながら、終幕の一言を大声で言った。 「じゃあな英雄さん、よい祭りを!」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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