● 何でもない夜、だった。 スーパームーンは照らさない。まして赤くもなりはしない。 まあ常以上に照り返しの強い三日月だったかもしれないが、それでも禍々しさなんてなくて。 アルバイトの許される時間ギリギリまでやらせてくれ、と頼んだのは、きっとこれからくる夏への備えだった。 何しろ期末も終わり、あとは夏休みを待つだけなのだから気楽なもので。 そんな夜闇に流れるオルゴールの音なんて、ホラーですらなかったのだろう。 忽然と現れたのは、人形二体。成る程非常に精巧だが、球体関節とガラス球の様な瞳が、少年少女ではないと物語る。 当然だ。そんな時間に子供が居れば即座に届け出なければ。 オルゴールが響く。 人形が踊りだす。それらの出来事が不思議だと思う前に、『その感情』が不思議だと感じ始めた。 「あれ……」 霞んだ目元を拭おうとしてそれに気づく。涙だ。大粒の。 何に喜び何に悲しんだのかは解らないが、どうやら泣いているようだった。……自分が。 ところで、目元に手を伸ばした目的は何だったか。忘れてしまった。取り敢えず帰ろう、どこに? 涙は止まらない。 家? 家とは何だったか。家族とは誰だったか。明日という概念はなんだ。そも、がいねんとはなんだったか。 尻餅をつく。立とう。どうすれば立てたのだったろう。そもそも、立つとはどういう状態なのか。 呼吸が出来ない。仕方がわからない。呼吸とはどうするんだったか。そも呼吸とは何だったか。 わからないばかりに、それは現実的ではなく。 今喘いでいるという事実に戸惑いながら、止まらない『それ』で目が見えないまま、視界が暗転した。 『うごかなくなってしまったね』 『そうだね。それにしても脆くてかなわない。これでは喜ぶことも出来ないじゃないか』 『あんなにだらしなくてはいけないね。みずがもれているじゃないか』 『つぎをさがそう、とびきり丈夫なのを』 カタカタと動く人形が、雄弁に語っていた。 何を為して何を求めたかわからないまま、夜は巡る。 ● 「……つまり」 「彼らの踊りに感情を動かされ、『泣いた』人間は涙と共に記憶を漏出させてしまうようですね。それこそあらゆる記憶です。記憶には四種類ほどの分類がありますが、それらの別を問わず、というのですから大概酷いものです。その最たるものがこのケース。生存本能の忘却、とはまた……」 リベリスタ達が状況を理解するより早く、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)が口を開く。やれやれと首を振る彼の様子からは、この出来事の陰惨さにではなく、短絡的な行動にこそ批判の重きをおいている様にとれた。 「アザーバイド『クライムドール・カクリ』及び同『マガモ』。球体関節人形タイプで、自分たち以外も人形の類であると捉えているらしく、基本的に善悪の区別をつけて行動してるわけではないようです。ただ目の前の人形に自らの踊りを見せることに喜びを感じている部分がある、というところですか」 「よくわからんな。人形同士で踊り合って何が楽しいんだか……俺らの価値観には合わん」 「まあそんなもんだと思いますけどね。異世界の相手と分かり合うのも考えものです」 肩をすくめた彼の様子からは、侮蔑にも似た無理解が透けて見えた。つまりそういうことなのだ、という証左。 「厄介なところから説明しますと、彼らの行動は概ねが踊りを起点にしているということ。つまりは、常にこちら側に対し揺さぶりを掛ける形になる、ということです。それによって、強い忘却能力……ランダムですが、スキルなどの使用、攻撃すべき対象などに対して一時的な混乱を起こす可能性がある。それを差し引いても、彼らはそこそこに強力です。力押しで行こうとすれば、同士討ちや予期せぬ能力行使で痛手を被る可能性があります。慎重を期して戦闘を行って下さい」 「話し合える可能性や送還は?」 「……無駄でしょう。それより何より、こちら側に犠牲を与えた異邦者を無罪放免、とはいかないでしょう?」 夜倉の目には光がない。サングラスに遮られた向こう、感情の一切を感じさせないそれがまっすぐ、リベリスタへと向けられていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月16日(火)23:17 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 月の機嫌はよくないらしい。地上を照らす光に乏しい様子からそれは明らかだったが、さりとてそれがリベリスタ達に些かの感傷を呼び起こすものではなかった。 夜気似混じり吹き付ける風はオルゴールの音をとりわけ大きく響かせ、そこが戦場であることを忘れさせもする。 ……そこに不似合いの駆動音と感情のないガラス球を嵌め込んだ人形が居なければ、の話なのだが。 『あれはなんだろう?』 『新手だろう。ナリが少し違うだけで変わらないよ、ここのは。喜ぶ前に壊れてしまう……あんなに楽しくさせているのにね』 カタカタと動く人形二体。『クライムドール』と定義されたそれらには感情が伺えない。 感情という機構が存在しないのだ。 だからだろうか。楽しませる、という意思に楽しい、という感情がまるで追いついていない。楽しむということは脆い存在が自壊する過程であるとすら思っている。 「善意のつもりで人を傷付けるとか、一番厄介な手合いの連中ですよな」 そんなクライムドール、『マガモ』の側へ銃口を向け『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)は仮面の奥で嘆息する。 理解できないものを理解しようとするからそうなるのだ。善悪以前の問題に手を出せるはずもない。 「道理が通じぬ輩は力で排除する他ない」 『おやおや、あれはこちらの武器だったかな。戦う気なのだよ彼らは、踊るだけの僕らと。酷いねえ、酷いから対応しなくちゃいけないか』 白兎を自動人形に向けた『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)は、返す手で赤烏を構えカクリへと明確な敵意を叩きつける。これが己だと言わんばかりに。意識せよと言わんばかりに。 「無罪も有罪もあるまいよ、その道理すらないのだから」 「害意が有ろうが無かろうが、相手を喜ばせたかろうが無かろうが。自分の喜び第一でやってる以上、相手が全く見えてねぇって事でオッケーか?」 『……困ったなあ。彼らの言葉はわからないけど何を言おうとしているのかはわかるぞ。彼らは僕達を愚弄している』 碌な構えをとるでもなく、相手へ向けて挑発に似た敵意を差し向ける『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)の様子は、カクリに明らかな警戒をさせるには十分すぎたといえるだろう。 反射的に構えたステッキに神秘が篭るのを見て取れば、すでに臨戦態勢であることは明らかだ。……問題があるとすれば、声は聞こえど意思疎通は完全ではないということぐらいで。拳で語る火車には、何ら重要ではないことだったが。 「綺麗な綺麗な人形さーん♪ 今日は貴方達がジャンクになる日なのですよー、くっくっくー☆」 『カクリ、あれすごくたのしそうだよ』 『……他のとは違うようだな。心の底から楽しんでいるというやつか。心というのがわからんが』 緊迫した空気を『悪い意味で』引っ掻き回すのは『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)である。いい意味でも引っ掻き回すとどうなるか分かったものではないが。 呼吸するようにトリガーを引く彼女の銃弾はすでに当たるでもなく撒き散らされているが、それに何らかの感情を向けるクライムドール達でもない。 当たって痛いと意思表示するかも怪しいものだ。神経の通わない器にそんな意識すら無いだろうに。 ……ついでに言ってしまえばその、何故格好が在りし日の包帯野郎なのか。暑いだろ。 (私の記憶を……記憶の中にしかいない朱子を奪わせはしない) 大きく息を吸い、『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)は双子の月を握り直す。 『魔法使い』である自身の存在意義はそこにある。記憶の中で自らに課した楔が絶たれた時に何もできない自分であるのは怖い。それは心を失うことと等しくもあるだろう。 視界に入った二体、どちらを狙うかなど今更ながら。 「夜に動く人形なんてホラーじゃないですか! 夏が近付いてから出てくるなんて狙ってませんか?!」 静かに、しかし確かに踊りの形態をとって動き出す二体に如月・真人(BNE003358)はすっかり及び腰である。神秘に人並み以上には触れていても、割り切れない恐怖というものはあるものだ。 それが恥とは誰も言うまい。そういうものなのだから。 ……そして、臆病であるからこそ誰かを水際から救い出すこともできるのだろう。きっと。 「――つまりは、鑑賞せし者がどのような感想を抱こうと、対価として命を奪う、ということでございますか」 『何を言ってるか分からないけど凄い敵意だね。この中で一番なんじゃないか』 状況を淡々と言葉に変換し、相手へと視線を向ける『ヴリルの魔導師』レオポルト・フォン・ミュンヒハウゼン(BNE004096)の気配は酷く鋭いものだった。 一方的で、傲慢。それが彼がクライムドールへ感じたものの一旦だったといえよう。 「……では、敢えてお伺いしましょう。貴方がたは……このボトムで殺戮を行う為の対価、入場料をお支払い頂けたのですかな?」 『なにかいってるね。わからないけど。すこし、うっとおし――』 「っていないのでしたならお支払い頂きましょう……他でもない、貴方がた自身の命を!」 絶叫に似た咆哮とともに、彼の呼び慣わすところの『ヴリルの魔弾』が放たれる。殺す、と明確に。言葉ではなく行動で理解した彼らがまっとうな反応を示すはずもない。戦端はすでに開かれているのだから。 「ねえ、夜倉」 『綺沙羅君!? 状況はどうなって』 「あいつら、人形なんだよね?」 『え、ちょ、今聞くことじゃ……』 AFから漏れる戸惑いの声に聞かないふりをして、『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は駈け出した。片目を塞いだ暗視ゴーグルは幸いにして調子が良い。 綺沙羅ボードⅡを構えた手の甲に書かれた言葉を再確認し、彼女は大きく、その角を振り下ろす。 ● 先んじてカクリに接敵した小烏が、得物を振るってクライムドール二体の間に割りこむように立ち塞がる。このタイミングで車両を引っ張り出せれば上等だったろうが、生憎と彼らの位置取りはごくごく近い位置にある。 無理やりに解き放てば、それに自分が押し潰されても文句は言えない……移動を許さない布陣への布石を打っただけでも、行動としては大したものだ。 「あんた、カクリって言うんだよね? そんなに踊りを披露したいならこっちへ来てじっくり見せてくれる?」 『……何故わざわざ言いなりになる必要がある?』 明らかに挑発されている。カクリにはその自覚が確かにあった。軽く舞を踊りながら、滑るように綺沙羅へ踏み込む彼のステッキが重々しく少女の胴を打ち据えようとする様はしかし、挑発を敢えて受け、縊り殺してしまおうかという意思が透けて見える。ある意味、綺沙羅の狙い通りにその人形は『踊らされて』いたのだから笑い話にもなりはしない。じり、とゆるやかに、しかし確実に移動しつつある時点で、第一段階としては悪い状態ではなかった、ということか。 「言って分からないなら、撃って分からせるしかないですかのう?」 反響する音を頼りに、九十九は銃口を向ける。踊りによる精神撹乱を、『見ない』という選択肢で遮蔽する。着眼点としては至極真っ当なそれは、完璧に、とは言い難いまでも、一定の効果があることを彼の感覚に伝えていた。 視界を遮った分、音で判別するしかない状況は、一端の能力者でも窮することが少なくない。だが、強化された彼の聴覚と……未来予知に等しい直感との組み合わせが成れば、完全とは行かぬまでも対処は容易だ。 『なかなか当たらない、ねぇ……そっちばっかりズルいよ』 「球体間接共め、音があからさまに違うんですよ」 本能に近い射撃に於いて、音の違いが絶対的要因を満たす訳で無いにせよ。 九十九は、確実にマガモとの間合いを見据え、交錯する一射に優位を見出しつつあった。 ……尤も、相手の動きを読んでいるということは裏を返せば、その『動き』を理解していることでもある。長くもつかは、彼次第か。 「踊り狂え 木偶が」 『ああ、こわい! こっちのてはもえるのかい! すごいなぁ!』 『爆』の字を顕現させた拳を大きく引き絞り、火車はマガモへと拳を突き出す。 呑気そうな声を上げるマガモだが、しかしその肘は彼の拳を受けて赤熱化している。下手を打てば破壊されかねない勢いだ。 だが、それでもその人形は笑い声を上げることをやめない。踊りと思しき幾何学性を感じさせる動きを、やめようとはしない。 「んだそりゃ? サッサと踊れよ 面白くもねぇ」 『おにーさん、おどるのがうまいねえ! みずはながさないのかな……!』 けたけたけたけた。 熱情を持って爆発力と成す火車の拳が回転をあげる。マガモの舞の回転力が増す。咆哮を上げる拳に込めた力がひときわ強く炸裂したのとほぼ同時に、マガモの身から強烈な斥力が発生し、その場のりベリスタ全員を襲うが……それすら、彼には些末事だ。 (僕は回復役なんだ。敵の妨害があっても回復できるようにしないと……) 戦闘の激化は、回復手段が乏しい状況を鑑みれば必須に近い。 故に、その決意は神聖術師として至極正しく、重大な決意と言えるだろう。 臨機応変に行動を起こすことを考えれば、次に誰を癒すべきかを真人は間違いなく『その瞬間までは』心得ていたに違いない。 「……あれ」 だが、その頬を伝う筋を彼自身が認識した瞬間にそれは敢え無く瓦解する。展開された魔術機構が弾き出した回復の波長は、本来使うために展開したそれの数分の一に過ぎないことは彼自身が認識していた。 当然、それがどういう経緯によって起こり得たのかも織り込み済みだ。 誰を、どうやって、癒せばよいのだったか? 震える肩は、魔力を練り上げるに頼りないが……心は未だ砕けていない。 涙の跡を中空に引きながら、マガモを挟んで火車の対面に黎子が踏み込んでいく。百八十度背後へと向けられたその首は、次の瞬間に視界いっぱいに広がったダイスの波の意味はわからない。 ……が、その攻撃の位相をわずかにずらすことで、直撃をかろうじて避けていた。 (朱子の事を忘れたら、私に戦う理由はないのか?) 目元を拭いながら考える。分からない、なにもかも。 奪わせたくはない希望があり、しかしそれを失った時に残るものについて彼女が思案した際に、その胸の奥に蟠るのはそれより先に生まれていたはずの決意と感情である。 滂沱と流れる涙が記憶を押し流す中で、自らの決意すら奪い去ってしまうその手前、彼女を戦いに駆り立て、魂に焼き付けた『何か』―― 何かのために戦って、何かのために得たかった力の根源とはなんだ? 『こわれないね、たのしんでくれているのかな?』 「……鬱陶しい……!」 腹の底から絞り出し、削り取られた記憶の分、更に深層から引きずり出す。 未だ、精神は崩れない。 「愉快痛快トリガーハッピー♪」 けたけたと笑い声を上げながら、エーデルワイスは断続的に引き金を絞る。勢いと感情で撃ちまくる彼女のスタイルは、しかしこの状況下では相性が余りに悪い――はず、なのだが。 銃口が、踊りを視界の端で受け止めた途端にぶれる。力技で押し戻す。 その一瞬のぶれが盛大なずれを発生させる。それすらも予期し、次弾を放つ。 狙いは関節。球形となり可動性の高いそれを次々潰すことで、その優位性を徹底的に奪うのが狙いだ。 「ここをぶっ壊されても踊れるのかな? 貴方達から踊りを奪ってあげちゃうね♪」 『おおこわい。なにをいっているかはしらないけど、カクリがおこったってああはくるわないね!』 引き金狂い(トリガーハッピー)の銃弾は、あちこちにぶれつつも数発に一発、致命的なタイミングを狙いに来る。 狂気の中に隠された正常な判断力が、駄々漏れ、流れ落ちた狂気の代わりに顔をだす……ある種の脅威。 「我紡ぎしは秘匿の粋、ヴリルの魔弾ッ!」 ひゅう、と吸い込んだ息を吐き出すと同時に魔力を紡ぎ、その粋を一撃の弾丸に変えてレオポルトはマガモへと叩きつける。 命は粗末にされてはならないものだ。それは彼ならずともしっている。彼が殊更に怒りを顕にする理由とて、知らぬものはそう居まい。 それらすべてを差し引いても。 一方的な遊戯の対価に支払われる命や記憶などあってはならないのだ。僅かな涙に混じって狂う認識の位相の向こう、彼の過去が零れ落ちていく。 引き戻すには労を要すだろう。何より端的に、マガモを、カクリを、倒さなければならないのだろう。 そして、彼らが奪った分を彼らから奪い去るのだ。そこまでして、やっとだ。 『……! なっ……』 マガモが、違和感に声を上げる。 ばきん、と乾いた音と共にその腕の一部を吹き飛ばされたからだ。 だが、それで踊りを止めることを彼はしなかった。踊りを止めるという概念が彼らにはなかったから。狂ったオルゴールのように、彼らは踊ることしか知らなかったから。 代価を要求しなくても、払う奴は無条件で払うのだ。 「……まさか命乞いなど、興の削がれるようなことは……される筈もないですよな?」 『何を言っているのかは知らないけど、君たちが生意気だというのは分かるよ』 「下手くそなダンスしか見せられない情けない人形が言うことじゃないよね、ってこと。それとも、もう少し楽しくできるとでも?」 『成程、何にせよ君たちが命知らずなことだけは改めてわかったよ』 凄絶な表情で相手を追い詰めるレオポルトを見るにつけ、カクリには彼らの行動原理がさっぱり理解できなかった。 楽しんではいないのだろう。勝手に死んでいったくせにそのくせ、奪われたことを言葉に乗せて怒りとして吐き出す彼らのことが、カクリは心底理解できない。言葉が通じるのなら知っていたいとも思ったが、生憎とコンタクトを取るにも飛んでくるのは暴言だ。 彼らの倫理観念がボトムと全く違うがゆえに、彼らは何も理解できずに死んでいくのだろう。 『……割と本気で君たちを痛めつけたいと思ってしまうくらいには』 ただ。 彼らがそれを唯々諾々と受け入れないだけの話だ。 ● 「体を張るのは悪くねぇ、生きているって実感が持てる」 ぼろぼろと涙を流しながら、小烏の表情筋を刺激するのは笑みの波長だ。 癒しの能力が十全に発揮できないことを差し引いても、自らのスキルの有り様に疑念をいだいてしまっても、カクリをそこから通さないという決意だけは潰えない。 それを考えれば、肉体を蝕む痛みなど適度な刺激に遠くなく。 綺沙羅も、黎子もエーデルワイスも。 戦う少女達というのは斯くも力強く映るものだと笑いが溢れるものなのだ。 (あの世へ持ってく土産話が、先に死に、殺した者達との約束が消える……それだけは、) 失いたくないと運命が吠える。 『――――あ゛ぁァ……!』 「サッパリ解んねぇなぁ! 心底ツマラン奴だテメェは!」 異界の言葉だろうと、咆哮や悲鳴の波長が大きく変わることはない。余裕すらもかなぐり捨てて暴れるマガモのそれを、火車は心底心地良いものとして受け止めてすらいた。 何故? 戦うことが彼の本質であり、下らない駆け引きなどお呼びではないからだ。 エーデルワイスが幾度か吹きとばそうと試みた関節へ叩き込んだ拳が硬い感触を伝え、会心の重圧を与えてくる。 流れ弾……否、明確に黎子を狙ったであろうそれが、彼女の頭部で炸裂するのを確かに彼は視界に収めた。いくらリベリスタと言えど、気易く受け止めるダメージではないと見えた。 「まだ先あんだよ! オレに任せときゃ良い! 控えてろ!」 気遣うとか、そういうのではないだろう。より効率よく戦うために声を上げた彼に、返されたのは『全く見当違いの方向からの』彼女の声だ。 「何を言います。ここからが本番じゃないですか、宮部乃宮さん」 頭部を貫かれた幻影が掻き消えると同時に、マガモの頭上にダイスの雨が降り注ぐ。 先程よりも明確に、強烈に爆ぜるそれらは彼女の意思の現れだ。 妹を、その記憶を守りたいと思うより前にあった根源にして本質。家族を守りたくてできなかった、力への渇望。魔法使いを目指した本懐。この程度で足を止めたくはないと思う感情が。 マガモの叫び声すら爆音の向こうに押しつぶす。 「さあ、異邦人よ。観客の期待にお応え下さい」 「あなた方の芸は、こちらの世界では少し刺激が強すぎたんですよな」 レオポルトが大きく手を広げ、魔力を装填する。 九十九が仮面の奥、目を閉じてその他の感覚を総動員し、カクリへと銃口を向ける。惑わされない。目をつぶっていたって当てられる。神秘に足を踏み入れてから付き合いが長い技倆に惑いがあろうはずもない。 カクリの片足が吹き飛ぶ。しかし倒れない。 『この程度で……!』 「うん、この程度で逃げ出したら情けないよね」 カクリの怒りを引き受けるように、綺沙羅がノートPCの角を振り上げる。 打ち据えられたショックに動きを止めたそれを襲うのは、十重二十重に展開されたリベリスタ達の神秘の波濤……決着は、何より呆気無く終わったのだ。 「オルゴールまだ鳴るかな?」 『……あの、綺沙羅君?』 「ん? ああ。家の玄関に飾ろうと思って」 通信機の向こうの夜倉が唸るのを構わず、綺沙羅はカクリを持ち上げた。 それが本部行きか彼女の玄関先かは、また別の話である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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