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<相模の蝮>灼熱の砂嵐


 はっ、わかっちゃいるさ。
 俺もオマエも悪党だ。世間様の言葉を借りれば外道のクソヤロウさ。
 どんな死に方、どんな殺され方をしたって文句なんざ言えた義理じゃねぇ。

 けどよ。
 んなこた知った事じゃねぇんだよ。
 あぁ、オマエが死んだのは弱かったからさ。馬鹿が油断しやがったんだ。
 だからなんだ。オマエの死が自業自得だからって、俺の気持ちがおさまるわけじゃねぇんだよ。
 あぁ、火吹。勘違いするなよ。
 俺はテメェの為にこんな真似をするんじゃないぜ。
 寧ろ逆だ。俺は、俺について来れなかった弱いテメェを許さねぇ。

 だからよ。ンな顔して化けてデネェで寝とけ。

 馬鹿な真似ってのは判ってるさ。でもな、死んでも忘れるんじゃねぇぞ。
 悪党ってのは元々馬鹿なんだよ。こんな生き方しかデキネェから悪党なんだ。
 自分だけはお綺麗ですって澄ました面してやがる蝮も、お利口さん風吹かせてやがる千堂も、一皮剥けば何もかわんねぇ。大馬鹿のクソヤロウさ。
 でもな、だからこそ、俺達は強ぇんだ。いや、強くなくちゃいけねぇんだ。

 光って奴を前にすりゃ、運命までもがそっぽを向きやがる。
 けど関係ねぇよな。馬鹿な俺等が信じるのは力のみだ。
 憎しみの、欲望の、怒りの熱が生み出す力だ!

 そうさ、俺もオマエも、そして匡だって、泥塗れで、泥を啜って、泥に潜って生きて来た。
 それでもこの身を焦がす熱が泥を乾かし砂にした!

 なぁ、火吹。もう一度言うけど死んでも忘れるな。
 俺は砂潜りの蛇、黄咬砂蛇だ!
 それを一番知ってるのはテメェだろ。
 だから、心配とかくだらねぇ事してないでさっさと寝とけよ。
 オマエの事は忘れねぇからよ。


「砂の兄弟、ウィウが手配した物持って来よったわ」
 岩喰らいの匡の声に、熟睡していた砂蛇が目蓋を開く。
「お前よ。もう少し俺に気を使ってゆっくり連れて来るとかしろよ。俺が今日の為に何体の砂人形作ったと思ってんだ?」
 寝起きで機嫌の悪そうな砂蛇の言葉にふとその数を思い出し、
「……めっさ創っとったの。正直はじめて兄弟の馬鹿さを怖いと思ったわ」
 匡は呆れ顔になる。そして、その後何かを思い出した様に、
「まぁ兄弟の眠気とか体調とかは如何でも良いんじゃ。砂の兄弟はGoサインさえ出してくれればそれでええわい。後は俺が全部ぶっ潰したるけ、な」
 何時か何処かであったやり取り。けれどあの時とは違い、瞳の底からは抑えきれぬ本気の殺意が滲み出ている。

 組織に雪花を差し出さず、復讐の為に釣り餌とする事を選んだ砂蛇は、実は追い詰められている。
 これは普段の彼なら、どんなに怒りがあろうと決して選ばぬ方法だ。組織の中で点数を稼ぎ、狡猾に立ち回れば、アークを潰すだけの戦力を確保する事は、容易くはないが不可能でもない。
 問題は件のカレイドスコープのみだが、其れへの対処方法も存在すると言う話だ。けれどその対処方法こそが砂蛇を後先の無い道へと走らざるをえなくした原因であった。
 砂蛇の聞いた噂が真実であるとすれば、3年後、否、1年後にはアークなんて組織は存在していないだろう。
 アークへの復讐を目的とするならば、今を逃せばその機会は永遠に巡って来なくなる。今砂蛇の抱く憎悪は、他人の手で成された復讐で溜飲を下げれる程にぬるくは無い。
 復讐はあくまで砂蛇自身の手で果たさねば意味が無い。

「けど匡よ、別にテメェやウィウまでこんな事に付き合う必要はねぇんだぜ?」
 匡と、そして不意に背後に現れたウィウに対して砂蛇は僅かに表情を曇らせる。
 利と力を持って繋がりとして来た彼等。けれど今回の一件にメリットと呼ぶべき物は存在しない。けれど匡と、口を覆う布をずらしたウィウは、
「はっ、萎えるわ。ええか、砂の兄弟。ワシは前回な、どっかの貧弱な兄弟がダウンしたせいで一人も殺しとらんのじゃ。ワシはやりとうてやる。無用な気遣いじゃ」
「貴様が失敗すれば貴様の首を手土産に組織へ帰る。成功すれば貴様に責任を押し付けて、その功績だけを持って組織に帰る。何時もの通りだ」
 揺らがない。

「はっ、そうかよ。まあ良い。なぁ、どうせ万華鏡とやらで見てるんだろう? 早く来いよ。テメェ等の面も見飽きたんだ。そろそろマジで殺してやるからよ」
 唇を笑みの形に歪め、夏栖斗や朱子、新田やイスカリオテ等、前回の戦いに参加したリベリスタ達の名前を一人ずつ呼ぶ砂蛇。
「あぁ、それとマリー・ゴールド。……テメェは死んで火吹の玩具になって来い。アイツも随分暇みたいだからなぁ」
 最後にちらりと見えたのは、拘束を受けぐったりとした雪花の姿だ。そしてその頭には、少し汚れた赤い帽子が。


「以上が砂潜りの蛇からの……伝言」
 集まったリベリスタ達を、『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)が正面から見つめる。
「彼等は広い空き地の真ん中に建った、今は廃墟となったビルで皆を待っているわ」
 そしてそのイヴの隣に並ぶのは、『戦略司令室長』時村沙織 (ID:nBNE000500)と、……『相模の蝮』蝮原 咬兵だ。
 異様な緊張感の中、それでもイヴは表情を変えずに言葉を続ける。
「ビルは3階建てで、それぞれの階に敵が居るの。空き地と一階に見えたのは多分砂人形が100体位。2階に見えたのは2つの棺桶と『夜駆け』のウィウ。そして3階には囚われた『相良・雪花』と、黄咬砂蛇に『岩喰らい』の匡」
 けれど、そこまでは淡々と話していたイヴの口が急に止まる。
 何か言い辛そうな彼女がちらりと視線を送ったのは、瞳を閉じたままに沈黙を守る蝮原 咬兵。
 しかし彼女の使命はリベリスタ達に少しでも多くの情報を与える事。それだけが彼女に出来る戦い方。
「本当はもう一つ見えた物があるの。囚われの、相良雪花は、皆が到着すると同時に、砂蛇に手首を切られる……」
 切られた手首より流れ落ちる鮮血。それがイヴの見た『確定された』未来。砂蛇の仕掛ける、相良雪花の命を賭けた復讐ゲーム。
 拘束された雪花はその傷口を手で押さえる事も出来ずに、時間と共にやがて失血死するだろう。

 ぎしり、と何かを擦り合わせる様な音が作戦室に響く。
 ゆっくりと開かれた蝮原 咬兵の瞳は憤怒に燃えている。
「1Fは俺達が切り開く。……お嬢は、頼む」
 搾り出された咬兵の懇願。本当は咬兵も自らの手で雪花を救い出したい。
 けれど咬兵が3階に辿り着けば、恐らく砂蛇は雪花の命と引き換えにリベリスタ達を相手に戦えと要求してくるだろう。
 そしてそうなれば、咬兵は断る事の出来ぬ自分を知っていた。砂蛇が約束を守らぬ事など承知の上でも。
 故に咬兵は、
「俺達はお前達の作戦に口を出さない。俺達はお前達の作戦に聞き耳を立てない。ただ道を作るだけだ」
 雪花の運命をリベリスタ達に託す。

「今回の件は凄く未来が揺らいでいて万華鏡も完全な未来は捉えれていないの。どんな事が起きるか判らないから充分に注意して」
「ん、まぁそう言う事だな。詳しくは今から配布する資料を読んでくれ。随分厄介な、手強い任務になると思うけど、まあお前等なら大丈夫。信頼してるさ」
 ひらりと手を振り、張り詰めすぎた空気を切り裂いた沙織が、イヴと共にリベリスタ達を送り出した。


空き地と1F:砂人形100体以上。(砂人形に関しての詳細は『<相模の蝮>血染めの砂嵐』に記載)
2F:棺桶2つ。中身は『雷帝』(『<相模の蝮>朝に轟く稲妻の音』に登場)と八千代(『<相模の蝮>リベリスタとチョコレート工場』に登場)の思念が憑依した死体。
   動き出した二人の死体の支配権を持つのは『夜駆け』のウィウ(『<相模の蝮>殺戮の砂嵐』に登場)です。死体を操作する『死繰り』の腕輪を新たに所持しています。
3F:『砂潜りの蛇』黄咬砂蛇(『<相模の蝮>血染めの砂嵐』と『<相模の蝮>殺戮の砂嵐』に登場)と『岩喰らい』の匡(『<相模の蝮>殺戮の砂嵐』に登場)、そして砂人形が3体居ます。
   黄咬砂蛇は新たにナイフのアーティファクト『運命喰らい』を所持。
   相良・雪花も3Fに囚われ拘束を受けている。一定時間経過で雪花は死亡予定。
   3Fに居る砂人形はそれぞれミヤビ、刃金、火吹(『<相模の蝮>殺戮の砂嵐』に登場)を模して作られた特別品。力は彼等に遠く及ばないが、スキルは同じ物を使う。

アーティファクト:新規は2つ。以前から出ていたが、今回で判明したのが一つ。
『死繰り其の参』:しぐりそのさん、と読む。腕輪型アーティファクト。強い力と執着や心残りを持って死んだ者の思念を、他人の死体に憑依させて戦わせる事が出来る。ただし所有者が出来るのは戦闘対象を定めるだけで、基本は勝手に動く。ただし1つの思念を呼び出すためには、人間一人分の血液が必要(今回は既に必要量が棺桶に注がれている)で、憑依させる為の死体も別に必要。
『運命喰らい』:ナイフ型アーティファクト。刃金と言う名の鍛冶師がフェイトを得た革醒者を殺し続けて創った魔性の武器。この武器の所持者からの攻撃を受けた者は、残りフェイトと同じだけの追加ダメージを受ける。この攻撃が痛打(150%ヒット)もしくはクリティカルだった場合、ダメージを受けた者はフェイトを2点失う。※この武器の所持者は、1日に1度はフェイトを持つ者を攻撃しなければならない。それが成されなかった場合、所持者はフェイトを1点失う。
『生命の砂時計』:所持者に複数の能力を付与する強力なアーティファクト。中に入っている砂は、所持者の生命力から換算された残り寿命を表す。このアーティファクトが破壊されて中の砂が全て無くなった場合、所持者は死ぬ。また、砂蛇の操る砂人形達はこの砂時計の砂の一粒を核としており、文字通り砂蛇の命の一部である。この砂時計は現在砂蛇の体内に存在する。

EXスキル:新規は二つ。
『灼熱の砂嵐』:砂蛇が使用。敵全体に業炎と麻痺効果付きの強力な攻撃。
『爆砕装甲』:匡が使用。纏う装甲を爆発させ、破片で敵全体に強力な攻撃。ただしこの技を使用したターンは、再び装甲を纏う事ができない。



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:らると  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年07月16日(土)23:33
 今回は情報量が超多いです。頑張って整理してください。ちなみに相談期間は少し短いです。

 1Fに時間をかけると雪花は死にます。2Fに時間をかけると雪花は死にます。廃ビルには対空用トラップが多数あります。
 空き地から1Fの砂人形に関しては、真っ先に切り込む別働隊{蝮と、蝮を慕うフィクサードの中から選ばれた精鋭(九条や蘭子等の数名)}が何とか2Fまでの道を切り開いてくれます。2F以降は皆さんで何とかしてください。勿論一階に戦力を割いて蝮達を援護する作戦でも自由です。

 2Fの『雷帝』はどくどくさんに、八千代はももんがさんに御貸し戴きました。酷く強力な二人です。ご注意下さい。真っ当に全員で相手をしても倒し切る前に雪花の命は尽きるでしょう。

 また雪花を長持ちさせたい場合は声をかけてあげてください。当然ですが3Fまで行かないと拘束されてるので声はかけれません。
 体力もですが、気力も時と共に削れていきます。

 3Fのミヤビ達を模した砂人形は、殺した相手と同じ顔をした敵は気持ち悪かろうと嫌がらせの意味で砂蛇が作成しました。思い入れは特に無いらしく、爆破を躊躇う事はありません。
 それでも並みの砂人形よりは大分強化されてるのでご注意下さい。

 砂蛇の本当の目的はやってきたリベリスタ達からアーク本部の情報を強奪し、戦力を拡充してからアーク本部への強襲を仕掛ける事。つまりはアークの壊滅が彼の復讐の最終地点です。
 その際は無数の自爆砂人形が三高平市へと押し寄せるでしょう。

※今回の依頼では、フェイトの残量に関わらず死亡する場合があります。殺す時は殺します。

 このシナリオは一連のイベントの、第一幕のラストとなるそうです。
 自分の怪我とかどうでも良いから、追撃がしたいって勇者が幾人かいました。
 死がちらつく中での不利な状況でも出撃を望むとか、尊敬モノです。ほんとに。重傷をおしての追撃とか死んじゃいますよ。

 望まれた形とは多少違うかも知れませんが、全力でぶつかりましょう。
 目一杯の殺意を込めました。皆さんと満足にぶつかるにはコマが足りないと他のSTさんにも泣きつきました。
 ほんと勇気ある皆さんには敬意を。だからもしPLさんに恨まれようと本気でやります。
 砂蛇との戦いは、これが最後になる可能性が高いです。マジになった砂蛇、味わってみてください。

 ではお気が向かれましたらどうぞ。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
デュランダル
宮部乃宮 朱子(BNE000136)
マグメイガス
高原 恵梨香(BNE000234)
インヤンマスター
四条・理央(BNE000319)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
プロアデプト
イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)
ナイトクリーク
アルカナ・ネーティア(BNE001393)
ナイトクリーク
クリス・ハーシェル(BNE001882)
ホーリーメイガス
ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)
デュランダル
マリー・ゴールド(BNE002518)


 砂蛇達が潜む廃ビルの空き地前に、黒塗りの高級車が2台止まる。
 中から出てきたのは、『相模の蝮』の盟友である山楝蛇 蘭子と『菊に杯』九条徹。更に『相模の蝮』蝮原咬兵本人と、彼に付き従う仁蝮組構成員の精鋭5人だ。
 廃ビルを睨みつける一同に、仁蝮組構成員の山田と西尾が素早く杯を配っていく。そしてその杯を満たすのは酒ではなく水だ。
 水杯とは、死に別れ等で二度と会えない事が予測される戦いの前などに結束を確認する為に行われた儀式。
 けれど仁蝮組での其れは世間一般の物と少し意味合いが異なる。
 嘗て仁蝮組の最盛期、組に先代の長である相良橘平が居た頃、ナイトメアダウンの爪痕の影響は裏世界にまで及んでおり、大規模な抗争や暗殺等が相次いでいた。
 相良橘平と仁蝮組の組員達は、裏世界の影響を表世界を巻き込まない為、幾度も過酷な戦いに身を投じた。
 その出陣の際に行われたのが水杯だ。最初は勿論死に別れを予期しての水杯だった。
 けれど相良橘平の統率力、蝮原咬兵の桁外れの戦闘力、組員の高い結束力は、その数々の戦いを犠牲者を最小限に乗り切っていく。
 そして何時しか仁蝮組にとっての水杯は、命懸けの戦いを必ず生きて勝利するとの縁起を担いだ儀式へと変化する。
 相良橘平が亡くなり、久しく行われる事の無かったこの儀式。
 一同に言葉は無い。既に敵方には捕捉されて居り、無数の砂人形達がビルの中から、あるいは空き地の地面から這い出しこちらへと迫り来る。
「……行くぞ」
 飲み干した杯を地面に叩きつける咬兵。その後に続く組員、蘭子、徹。
「「「オオオオオオッ!」」」
 咆哮を上げ駆け出した一同の猛威に、砂人形の海が割れていく。

「……来たか」
 顔の傷を親指でなぞり、『砂潜りの蛇』こと黄咬砂蛇が目を開いて立ち上がる。
 窓から見下ろす其の先で、『暴れ大蛇』を使い砂人形を薙ぎ払った咬兵と砂蛇の視線が絡む。
「兄弟。どうやらアレは囮の様じゃ。ビルに別働が10人程入ったとウィウが言うとる」
 2階からの階段をドスドスと踏み抜きそうな音を立てて上がって来た、岩喰らいの匡の大声。

「若頭! リベリスタの連中が無事にビル内へ突入しました!」
 咬兵に向かって振り下ろされた砂人形の長ドスを、割り込み、ガチリと銃把で受け止めた組員・伊東の声に、咬兵は視線を戦場へと戻す。
 此処までは凡そ作戦の通りに上手く行っている。けれど、だからこそ感じるキナ臭さ、違和感。
 敵が手を抜いてる風には感じない。寧ろ砂人形達の圧力は予想の他強く、無理にと付いて来た蘭子や徹が居なければ此処まで切り込むことは出来なかっただろう。
 しかしそれでも咬兵には今の状況が上手く行き過ぎている様に感じてならない。
 だが咬兵は同時に今の自分の精神状態が正常でない事も自覚していた。雪花が攫われてから既にかなりの日数が過ぎている。
 彼女の身を案じ続け削れた心。敵対組織であったアークに投降し交渉する事で感じ続けたプレッシャー。どんな道を選んでも付いて来る配下や仲間達への責任感。
「若頭!」
 組員の声に、身の内に生じた疑念と雑念を消し去る。今は悩む時ではない。戦いの時だ。呼吸を整え、
 咬兵は再び大技『暴れ大蛇』の体勢を取り、迫る砂人形達を睨み付ける。
 その、時だった。

「S57爆発だ。以降、指示無しでの爆発を許可する。シークエンスは3番を使え」
 ブツブツと呟く砂蛇の視線の先で、不意に地面から伸びた手に足を拘束咬兵が爆風に包まれる。
「殺ったんか? あの、相模の蝮を」
 匡の声に混じるのは驚きだ。砂蛇の実力に疑いを抱かぬ匡でも、簡単には信じられない出来事。裏世界での蝮の名前はそれ程に大きい。
「未だだ。だが足はもう使えないだろうから時間の問題だな。そもそもあんまり興味もネェよ。俺等の敵はアレじゃねぇ」
 窓の外の戦場から室内の雪花へと視線を移す砂蛇。此処数日間で心と身体を痛めつけられた雪花はもう声も発しない。
 けれど目だけは揺るがずに砂蛇の視線を正面から受け止めている。
 砂蛇の背をゾクリと快感が走り抜ける。出来うる事ならこの目が許しを請うようになるまで痛め続けたかったが、残念だが時間切れだ。この勝負に関しては素直に負けを認めよう。
 自分は雪花の心を折れぬままに殺すしかない。
「奴等の大好きな万華鏡もさっきので底が割れた。どんな万能な道具でも扱うのが人間なら情報量を多くしてやれば見落としも出て来る。トラップの一つも見逃してしまう」
 ナイフを雪花の手首に当てる。ピクリと震える雪花の手。
「俺等の敵はリベリスタだ。精一杯フィクサードらしく行こうぜ。……この勝負は俺等が取る」
 砂蛇は構わずに刃を滑らせた。深紅の鮮血が雪花の指を伝いコンクリートを染めて行く。
 拘束を受け、吊るされた雪花はゲームオーバーまでの時間を刻む血時計だ。

● 
「ひっひっひ、哀れだねえ。こんなショッパイ作戦の為に呼び戻されるなんて、情けなくって涙が出るぜ。なぁ、『雷帝』さんよぉ」
「何でも構わん。敵を寄越せ。斬り伏してくれよう」
 アーティファクトの力で呼び戻された二人の死人が棺桶の蓋を開けて這い出て来る。
 嗅ぎ慣れた死の匂いが2階のフロアを満たす中、夜駆けのウィウは1階より近付いて来る複数の気配に練り上げた呪力を解き放ち始める。
 先の戦いでリベリスタ達を脅威だと正しく認識したウィウの一手目は、手持ちの中で最大の切り札、即ちバッドムーンフォークロアの使用。
 階段を上りきった10名のリベリスタ達が目にしたのは、待ち切れぬとばかりに襲い掛かる雷帝と八千代、そしてフロアの天井に禍々しく輝く赤き月だった。

 光がリベリスタ達を貫き、全員に大きなダメージと不運を与える。
 階段を上りながらも集中を済ませており、吹き飛ばしを狙った『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)の全身のエネルギーを集めたメガクラッシュに対し、その対象となった雷帝は練り上げられた唯一つの技、ギガクラッシュを叩きつける。
 ぶつかり合い、噛み合うブロードソードと大太刀、エネルギーと雷。打ち合いに破れたのは朱子のメガクラッシュだ。
 ガァン! 落雷の音が鳴り、雷帝の大太刀が朱子の身体を切り裂く。走る電撃。
 横手から、朱子と同じく集中付きで雷帝に斬りかかった『グリーンハート』マリー・ゴールド(BNE002518)のメガクラッシュも、威力はあれど命中に難のあるマリーでは吹き飛ばすには至らない。
 最も、彼女達の戦術は二人が共に吹き飛ばす事で、この階からの叩き出しを狙った物なので、例え吹き飛ばせていても後は続かなかったのだけれど。

 敵陣へと切り込んだ『有翼の暗殺者』アルカナ・ネーティア(BNE001393)のギャロッププレイはウィウに影潜りの腕輪の効果を使わせたが、其の後に続く筈の『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)の神気閃光が不運を付加されていた為か発動に失敗する。
 そして不運は連鎖したかの様に『影使い』クリス・ハーシェル(BNE001882)の天使の歌をも失敗させた。

 一方八千代と対峙したのは『イケメンヴァンパイア』御厨・夏栖斗(BNE000004)と『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)、そして四条・理央(BNE000319)の3人だ。
 夏栖斗の土砕掌を掠めながらも掻い潜った八千代の姿が消え、其の一瞬後、快の首から鮮血が噴出す。超スピードで敵の背後を奪い、其の喉首を掻っ切る八千代の得意技であるナイアガラバックスタッブだ。
 快が懸命のブレイクフィアーを放ち、仲間達の不運や感電、出血の症状を消し去り、『鋼鉄魔女』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)の天使の歌が仲間全員の傷を癒すが、何れも完全に仲間達を復調させる事は出来ていない。
 そんな中、八千代の進路を防ぎながらも雷帝へと放たれた理央の呪印封縛は、朱子やマリーの攻撃が目晦ましになって居た事もあり見事に雷帝の動きを縛る。けれど吼える雷帝の意思の雷光が、次々に彼を縛る呪印を焼いており、恐らく拘束は僅かな時間しか意味を持たないだろう。

 リベリスタ達の誤算は唯一つ。敵が待ち構えると考えていた事だ。けれど敵にはそんな余裕は無く、寧ろ追い詰められた挑戦者として挑んで来ている。
 そしてやれるべき手は色々と試す事は時に有効だが、貫き通す心算の無い奇手は余裕の無いギリギリの戦況では一手の遅れへと繋がりかねない。
 リベリスタ達が次なる攻撃を繰り出そうとした其の時、
「駄目。雪花さんの反応が鈍いわ。皆は3階へ急いで!」
 千里眼とハイテレパスを用いて3階の雪花の様子を確認し、励ます為のコンタクトを取ろうとしていた『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)は仲間達への警告と指示を飛ばす。
 恵梨香が見た物は吊るされた雪花から滴った血でコンクリートが真っ赤に染まる光景だ。そして弱々しくも気丈に、恵梨香の励ましに必死に応じようとした雪花の思念。
 その言葉に一斉に階段目掛けて敵を突っ切り駆け出したリベリスタ達だったが、其の背中に縛られた雷帝以外の攻撃が、ウィウのバッドムーンフォークロアと八千代の斬風脚が降り注ぐ。その結果、他の仲間達に比べて耐久度に難のあったイスカリオテとゼルマ、更に八千代の斬風脚を背中に受けた快が一度は限界を向かえ、倒れ掛ける。


 階段を上り3階へと向かったリベリスタ達の背後を護る様に、恵梨香、理央、ネーティアの3人が階段の前でクルリとウィウ達に向かって振り返る。
 恵梨香は3階へと上る仲間の一人が酷く心配げに自分達を見ていたことを思い出し、
「大丈夫よ。別に倒してしまっても構わないんでしょう?」
 ふとそんな言葉が口に出る。でも本当に、例えば命を賭けて、相打ちとなってでも其れを成せば、彼は褒めてくれるのだろうか?

 だが決死の覚悟で立ちはだかるリベリスタ達に浴びせられたのは、八千代の嘲笑だ。
「おいおい、爺さん。まさかこれは殿軍って奴かよ」
「是だ」
 敵は減ったが其の分嬲りがいのある若い女ばかりが残った事で機嫌の良い八千代と、単純に斬る相手が減って不機嫌な雷帝。
「殿軍ってのは捨て駒なんだよな。爺さん」
「それもまた是だ」
 じろじろと品定めをするかの如く、八千代の視線がリベリスタ達の身体を嘗め回す。
「カーッ、残飯処理たぁついてネェ。まあ俺は食べ残しはしない主義だけどよ」
 八千代は言葉とは裏腹に嬉しげにべろりと舌で口の周りを舐める。
「さて、其ればかりは斬ってみねば判るまい」
 そして雷帝が身体を縛っていた最後の呪印を引き千切り、大太刀を再び構え直す。

 八千代達の言葉に、ネーティアの唇が笑みを浮かべる。眼鏡のズレをクイと直して構えた理央に、グリモアールのページを開きゆったりと詠唱を始めた恵梨香。
 双方共に、自分達が勝利する未来を疑わない。

 2階での戦いは第二ラウンドへと突入しようとしていた。


「うっす、ご機嫌麗しゅう。これで最後のデートにしようぜ」
 3階へと辿り着いたリベリスタ達。最初の言葉は、砂蛇とは長く因縁を持つ夏栖斗の口から発せられた。
 其の言葉に、ゆっくりと立ち上がる砂蛇、其の顔は殺意と歓喜に彩られている。傍らに立つ匡は既に岩の鎧を身に纏い、刃金、ミヤビ、火吹の3体の砂人形も陣形を組んで待機している。
 そして……、
「俺たちはアークのリベリスタだ! 貴女を助けに来た!」
 快の言葉はあの時と同じく雪花に向けて投げられた。快の顔はあの時以上に決意に満ちて頼もしく引き締められているが、それでもあの時以上に深い優しさを滲ませている。
 あの時果たせなかった約束を今度こそ。俯いていた雪花の顎が、僅かに持ち上がり其の唇を笑みの形に歪める。そこに込められた感情の意味は信頼。
「約束と、帽子を取り返しに来た。もう少し頑張れるか?」
 マリーの呼び掛けに、雪花は残る力を振り絞り小さく頷く。彼女がこの数日間の責め苦を耐え切れたのは、御守りだと被せられたこの帽子が傍にあったからこそなのだから。
「……さて、そろそろ良いか?」
 リベリスタ達の雪花への呼び掛け間、砂蛇が何をするでもなくただ沈黙を守ったのは、死に行く雪花への、そしてこれから殺すリベリスタ達への餞別の心算だ。
 報告に聞いた人数よりも、上がって来た人数は少ない。つまり2階に足止めを置いて来たと言う事だ。ならば捕獲は2階のウィウが済ませてくれる。自分達は、何の遠慮も無くリベリスタ達を殺せば良い。
 辺りを砂が舞い始め、雪花や匡、砂人形達の姿を覆い隠していく。
「俺もさ、テメー等とはいっぺんゆっくり話してみてぇんだが、でもお前等もお急ぎだろう? だからそろそろ始めようぜ。お別れの時間はもう直ぐだ」

 砂蛇の言葉を合図にしたかの如く、敵味方が一斉に動き出す。
 真っ先に砂蛇の結界に突っ込んだのは、やはり彼の能力への耐性を持った朱子だ。そして朱子は砂の盾に止められる事が前提のオーララッシュを放つ。
 彼女の役割は砂蛇を引き付け、尚且つ砂の盾を発動させる事で砂の結界を阻害し続ける事。
 朱子は砂蛇との戦いの度にこの役割を担い続け、そして其の度に苦渋を飲んだ。
 オーラに包まれた朱子の剣が寄り集まった砂に受け止められ、その向こうで砂蛇が笑う。
「なんだ。随分良い攻撃をしてくれるじゃねぇか。朱子ちゃんよ」
 剣を向けて来る朱子に対しての砂蛇の声は、何処か親しげですらある。
「ちなみにな。今まで俺の前に3回も立った奴はいねぇ。大抵の敵は1回目で死ぬしな。3回目は新記録だわ。自慢して良いぜ。おめでとう朱子ちゃん」
 けれども、反撃にと奮われたナイフは過去の2度よりも更に鋭く、塗布された毒は、毒を無効化出来る朱子にすら僅かな、染みた程度の痛みを感じさせる程に強力だ。
 何よりそのナイフ、『運命喰らい』が身に潜りこんだ瞬間、朱子の身の内で彼女の運命が食い散らかされる音がする。そして身体を貫く今までに感じた事の無い異質の痛み。

 開けた視界の先から、偽の火吹が、偽のミヤビが、全体攻撃を併せて放つ。
 けれどリベリスタ達は一度本物の彼等との戦いを潜り抜けている。夏栖斗は、朱子は、快は、既に炎による攻撃を克服している。そして、
「所詮偽者か」
 炎を真っ向から浴びたマリーも、ダメージを気にした風も無く偽の火吹に向かって吐き捨てる。そう、本当の火吹の炎はもっと熱く、ミヤビの光はもっと暗く、深く、邪な光だった。
 更に引き付けを目的とした快のジャスティスキャノンが匡に向かって打ち込まれ、相手の陣形をコントロールする。
 快の特徴は、どんな状況でも対応できる柔軟さと、身を焦がす熱情の中でもクレバーさを失わない頭脳だ。彼よりも防御力、耐久力に勝るものは少なくは無い。けれど強力な火力に吹き晒される中でも、常に仲間全体の損傷度を把握し、時には庇いダメージと戦況をコントロールする冷静さは彼特有の物だ。
 故に、降りかかる匡の巨大な拳にも快は恐怖を覚えない。ただ冷静に捌き、敵を観察して隙を窺っている。
 突っ込んできた刃金の妖かしの剣は夏栖斗の身体を深々と抉るが、それでも夏栖斗はダメージをこらえてミヤビに向けての斬風脚を放つ。
「殺した相手に二度も会うなんてぞっとしねえ」
 彼を欲し、彼の手で死んでいったミヤビの表情は、彼の心に今も傷となって残っている。けれど、今は其れを振り返っている余裕は無い。夏栖斗は体の痛みも、心の痛みも、両方を堪えて攻撃の手を緩めない。
 そして満を持してじっと集中を重ねていたイスカリオテが前に進みで、神気閃光を解き放って砂蛇陣営を薙ぎ払う。辺りを覆い尽くす勢いの白い光の衝撃に、砂蛇や匡は兎も角砂人形達はショック状態に陥った。
 そんなイスカリオテに続く様に前に出たのはゼルマとクリスだ。二人の声が輪唱の様に同じ旋律を時を置いて刻む。描き出される2重の魔方陣。降り注ぐ天使の歌の祝福。
「すぐにぬしを助けてやる。妾らは死力を尽くす。ぬしも意地を見せよ、相良雪花」
 仲間達の傷を癒すその効果は、ゼルマとクリスの意図により雪花を巻き込む形で発動された。雪花の頬に赤みが戻り、雪花に術が効果をもたらした事で二人の顔に笑みが宿る。
 けれど雪花の身を案じての二人の行動は、結果的に砂蛇の暴走を呼ぶ事に繋がってしまう。

「あーあ、治しちまいやがった」
 その砂蛇の小さな呟きが聴こえたのは朱子のみ。砂蛇にとって雪花はリベリスタ達に焦りを与える道具であるのと同時に、ゲームオーバーを知らせる為の時計でもあった。
 焦りを与えれなくなった道具を、時を刻まなくなった時計を、壊さずに残して置く意味は最早無い。
「匡! やるぞ! ズルして治した分は減らさねぇとなぁ!」
 それは一度は予測された筈だった。雪花を救い出さずに回復を施せば砂蛇が如何出るか判らない事は、確かに一度は予測された。
 けれどもそれでも雪花を救いたい彼等の想いは、その判断に勝ってしまった。
 砂蛇の指先から真っ赤に焼けた砂が放たれ、雪花を、リベリスタ達を飲み込んでいく。
 必死に雪花を庇おうと走る朱子の足よりも尚早く、砂は朱子を追い越し、朱子を切り裂きながら雪花へと到達する。
 灼熱の砂嵐で放たれた砂は一粒一粒が弾丸の様にその速度を持ってリベリスタ達の身体を穿ち、そして内部に残って業炎を発する。目から、口から、鼻から、ありとあらゆる体の穴から中に入りその者の行動を縛る。
 更に砂蛇の攻撃には、その所持するアーティファクト、運命喰らいの力が乗せられており、リベリスタ達の運命を喰らい、その身に更なる爪痕を残す。
 そして匡も砂蛇の合図に合わせてその身に纏った装甲を爆砕させていた。怒りの対象である快も勿論その破片の対象となっている。
 吹き荒れた猛威の後に、倒れ伏したのはゼルマだ。イスカリオテもダメージによる限界は迎えていたのだが、自らの歯を噛み砕く程に食い縛り、薄い確率を意志の力で潜り抜けて踏み止まった。そして彼等よりも耐久度の多いマリーと朱子、クリスさえも踏み止まる為の対価、フェイトを消費する羽目に陥る。
 しかしそんな彼等を絶望させたのは己の身に刻まれた傷でも、喰われ、失われた運命でも無く、……拘束ごと吹き飛ばされ、ずたずたに切り裂かれて血塗れになった雪花の姿だった。


 2階での戦いは、リベリスタ達に圧倒的不利な状況で進んでいた。
 再び走る雷光に、理央の眼鏡が砕けて落ちる。次いで放たれた八千代の首を狙った斬撃は、何とか愛用の盾で受け止めた物の、三度月から放たれる赤の光が其の身を貫く。
 積み重なるダメージに理央の膝が、心が、折れかける。
 崩れ始めた仲間の様子に、一刻も早くウィウを落とそうとネーティアのギャロッププレイがウィウに対して放たれるが、ウィウの所持するアーティファクトの効果でするりと回避されてしまう。次いで放たれる恵梨香のマジックミサイルが問題なく命中している事は救いだが、けれどもウィウに比べれば圧倒的に理央のダメージ蓄積が早すぎた。
 せめて腕を掴めばその影への退避を防げるのではと考えたネーティアだが、武器や術での攻撃も当たらぬ相手を其の手で捉えようと言うのは些か無茶な話である。
 
 リベリスタ達の基本戦術は理央が雷帝を抑え、その間にネーティアが近距離から、恵梨香が遠距離からウィウを叩くと言う物だ。
 作戦の鍵となるのは攻守共に豊富な技を使い分ける事の出来るインヤンマスターである理央。彼女が上手く雷帝を無力化する事が出来れば、次は八千代。それも無力化できれば、残りの二人に回復、或いはウィウに対しての攻撃参加が可能になる。
 実力が劣る事を自覚し、それでも同数で戦わざるえない彼女達のギリギリの選択。
 けれどこの作戦の穴は八千代がフリーになる事と、無力化には一度一度集中を掛けてからの呪印封縛を放つ必要がある為、フィクサード達の火力が高ければ攻撃前に落とされかねないと言う事だ。更にはバッドステータスへの対策も皆無であったのも大きな枷となり響いている。
 個人回復用の手段もあるにはあるが、回復量よりも敵の攻撃で受けるダメージの方が遥かに大きいジレンマ。

「これがお主にとって意味のある行動ということかの?」
 少しでも戦意を挫ければとウィウに言葉を投げかけたネーティア。けれど切り結ぶウィウの瞳は揺らがず、口元を覆う布の向こうに隠された唇は何の言葉も紡がない。
 ウィウとて、強敵であると認めた相手からの問い掛けには答えてやりたいと思う気持ちも無くはないのだが、けれど口元の布を戦闘中にずらしてまで喋ろうと思うほどに彼はお喋り好きでは無い。
 唯せめてもの返事にと、ウィウはクイッとネーティアの背後の空間を指先だけを動かし指し示す。
 次の瞬間、背後から吹き付けた強烈な殺気に、ネーティアは持ち前の反射神経を活かして必死に身を逸らそうと試みるが、
「お前、スカートの中身丸見えだったぜぇ? 誘ってんだろ?」
 満面の笑みを浮かべて迫る八千代の刃が、一瞬早くネーティアの白い喉にずぶりとめり込んだ。

 理央が雷帝の斬撃の前に落ち、踏み止まったネーティアも八千代の粘りつく様に執拗な攻撃の前に沈む。
 一人となり、寧ろ遠慮なしにフレアバーストを連発して戦い続けた強気の恵梨香も、3人を相手にし続けることは叶わず、限界に近いダメージを受けている。
 けれど、届かない。足りない。力が、戦力が、圧倒的に不足している。

「ところで御主、本当に我等に勝てる気で居たのか?」
 それでも諦めずに3階への階段を其の身体で防ぐ恵梨香の姿に、ふと雷帝が問い掛けを発する。
 元々の戦力が違いすぎた戦い。斬る事にしか興味のない雷帝も流石に不憫に思ったのだろう。
「ええ、勿論よ」
 だが恵梨香の返事は簡潔だ。何の迷いも無く、心の底から。
「御主の仲間は既に倒れ、御主の命も残り少ない、今でもか?」
 一度死んだ身だからこそ疑問に思う。何故この娘達の心はこんなにも強いのか、と。
 ウィウからの命令は捕獲。情報を引き出す為、成るべくなら殺さず捕らえるのが2階の彼等の方針だ。
 八千代の玩具にされる可能性はあるとは言え、命乞いでもすればこれ以上無駄に傷付くことは無い。
「くどいわ。勿論勝つわよ」
 けれど最後まで自らの、仲間達の勝利を信じる少女は、決して諦める事無く、震える声で淡々と詠唱を開始する。
「そうか。汝、見事なり」
 雷帝の口から漏れたのは、心からの賞賛。そして彼の刃は恵梨香の胸を貫き、その動きを停止させた。


 ずたずたに引き裂かれた雪花。如何足掻いても死を避けられぬ傷を負っても尚、彼女はリベリスタ達の戦いを見詰めていた。

『だめ!』
 雪花は装甲を失った匡に切りかかる快を見て思う。悔しさと怒りに咆哮を上げる快に何時もの冷静さは存在しない。
 何時もの彼なら、装甲を失ってからの匡の動きがまるで流水を思わせる滑らかな物へと変化し、快の攻撃に対してのカウンターを狙っている事に気付けた筈なのに。
「壱式迅雷!」
 突如疾風にも負けぬ圧倒的な速力を発揮した匡が、雷撃を纏った武舞を快に向け、周辺の空間ごと叩き潰していく。
 流水の構えのその先にある、強力な範囲攻撃。爆砕装甲を放ち、その隙を突かんと寄って来た敵を纏めて叩く壱式迅雷が、匡の多人数に対する必殺のコンボだ。
 寧ろその技をたった一人に出させた快。ゆっくりと崩れ落ちていく彼は、匡にとって多人数に匹敵する相手だったとも言える。
 
『だめ!』
 雪花は怒りに炎と化して砂蛇に切り掛かる朱子を見て思う。
「憎い……」
 雪花を守れなかった朱子は呟く。
「お前だけじゃない……。私は悪が、全て憎い」
 振り回される剣は、けれども怒りに飲まれて砂蛇を捉えらて居ない。
「お前たちを、悪を全て滅ぼすまで、私からあの日が……私から全てを奪った火が消えない!」
 呟きは、やがて叫びに。
「救いも未来も運命も、もういらない。悪を滅ぼす力だけがあればいい! 私は正義の味方じゃない。……悪の敵だ!!」
 感情のままに朱子の全体重をかけた大振りの一撃は、けれども敢えて避けずに砂の盾で受け止めた砂蛇の身体を僅かに傷つけただけに終わり。
「……可哀想だな。朱子ちゃんよ。もう良いわ。見てらんねぇ。そろそろ眠って楽になれよ」
 優しげに体に差し込まれる運命喰らい。朱子の体の力が抜け、膝が地に落ちる。

 マリーも、夏栖斗も、クリスもイスカリオテも傷付いている。
 土砕掌で偽の刃金の動きを止めた夏栖斗が、直後の自爆によって大きく吹き飛ばされた。そしてその余波を受けたマリーも。
『どうして? 何故? 嫌よ。駄目よ。私は諦めたくない。私の事は良い。でもこの優しい人達がこのまま殺されるなんて、駄目よ!』
 自らの命が尽きようとしている中、それでも雪花はリベリスタ達の身を案じて誰にも届かぬ叫びを上げる。
 けれど、その時だ。
『嫌だの、駄目だの、ピーピー喚くんじゃねぇよ。雪花。納得出来ねぇなら、腹に力を込めて立ち上がれ。欲しい未来は自分の力で勝ち取れ。儂等は、そう教えた筈だ』
 雪花の耳に確かに届いた、酷く懐かしい声。
『おじい、……ちゃん?』
 雪花の目は確かに見た。組だの何だのとは一切関係なく、常に彼女を優しく、時に厳しく育ててくれた、大好きだった御爺ちゃん、相良橘平を。そして橘平に付き従う逞しい2人の男、河口と岩井の姿を。
 もう会える筈の無い、雪花にとって大切だった人々。思わず雪花は3人に向かって手を伸ばす。けれど、
『待って!』
 雪花の呼び掛けを無視し、3人は背を向けて歩き去っていく。
 けれど雪花は知っていた。橘平のこの行動は、雪花を見捨てたからでは無く、雪花が自分で立てると信じているからこそなのだと。
 昔、雪花が幼かった頃、橘平との散歩の途中でこけ、泣きじゃくる雪花を前にした時も、橘平は背を向けて歩き去ろうとした。
 そして、置いて行かれまいと必死で立ち上がった雪花を振り返り、とても優しく、誇らしげで、嬉しそうにこう言ったのだ。
『そうだ。雪花。良くやった。お前は儂等の誇りだ』
 次の瞬間、世界に色が戻って来る。前衛を失ったクリスとイスカリオテが、偽火吹の特攻自爆を受け、吹き飛ぶ光景が瞳に写る。


「黄咬、砂蛇ッ!」
 爆風で淀んだ3階フロアの空気を切り裂き、鋭い声が砂蛇を呼ぶ。
「あ? ……ぐあぁぁぁぁあ!?」
 最後のリベリスタを下し、気の抜けた砂蛇が振り返り見た物は、彼を鋭く貫く雪花の瞳。砂蛇が最後まで折る事の叶わなかった其れは、今朝までは持ち得ていなかった凶悪な魔力を備え、物理的な力と化して砂蛇を貫く。
 テラーテロール。暗黒街の住人達がそう呼ぶ技と全く同じ物を使いこなした雪花だが、彼女にその自覚は無い。ただ、魂にまで刷り込まれた祖父の教え通り、『喧嘩は引いた方が負ける。腹に力を込めて相手を睨みつけろ』を守っただけだ。
 覚醒したばかりの雪花の視線には、砂蛇を傷付けるだけの力は無い。しかし殺した筈の雪花が攻撃して来たと言う驚きが、砂蛇に大きなショックを与え、隙を作らせた。

 まるで天文学的な確率を引き当てた、と言うべきなのだろうか。
 彼女が革醒を果たしたのは砂蛇の与えた致命傷の所為か、それとも神秘の吹き荒れる戦いの風故か。
 気まぐれな運命の真意は分からぬが、この場に重要なのは唯一つ。雪花が、もう守られるばかりの存在でなくなったと言う事のみ。

「優しい人達、リベリスタさん達、聞いて! 私は戦うわ。けど、一人じゃ届かないの。だから、虫の良いお願いだけど……私を助けて!」
 鎮まってしまった筈の戦場に響く雪花の声。

 その声に、リベリスタ達は、
「はは、頼まれちゃったな。どうする?」
 仰向けに倒れ伏し、力尽きた筈の快の口が笑みを浮かべ、 同じく傍らで力尽きた夏栖斗に問い掛ける。
「聞くなよ。助けるに決まってんじゃん。最初からその為に来たんだぜ? 快だってそうだろ」
 夏栖斗がよろめきながらも立ち上がり、快の軽口に応える。
「聞いただけさ。じゃあもうひと頑張り、行こうか」




















「良く意地を見せた。良かろう妾が助けてやる。イスカリオテ、起きぬか」
 ゼルマが着物に付いた砂埃を振り払い、傍らのイスカリオテに呼びかける。
「ご冗談を。あの程度の小物に私がやられるとでも? 少し休憩していただけですよ。それに……」
 食い縛りすぎた奥歯を噛み砕き、起き上がったイスカリオテは震える膝を殴りつける。
「この程度の地獄、百度は見た」

「約束したんだ」
 蝮原咬兵と交わした、雪花を助けるとの約束を胸に、クリスが目を開く。
 咬兵が一時とは言え敵であった事は忘れない。でも、それでも彼を信頼すると決めたから、先ずは彼の大事な者を守り抜こう。
「今度は絶対助けるから……、助けてみせるから」
 そして朱子の胸に秘めた火が、もう一度激しく燃え上がる。そう、彼女は『消えない火』鳳 朱子だ。

「私は弱い」
 マリーは呟く。倒れた自分を悔やむ様に。
「でも……」
 言葉にならない想い。言葉に出来ない程、想いは多過ぎ、想いは熱すぎる。
「頭に帽子がないのは落ち着かない」
 素直になれぬ彼女の口からはこれが精一杯。けれど、
「助けるって決めたんだ」
 揺らぐ事の無い真実の想い。

 一度は力尽き、地に倒れたリベリスタ達。けれど彼等は運命を対価とする事で、全員がもう一度限界を踏み越え立ち戻る。

「ハッ、幾らなんでもそりゃズルイだろ」
 呆れた様に呟く砂蛇の表情は、僅かに諦めと、そして何故か笑みを。


 静まった筈の3階から再び戦いの音が聞こえて来た事に、階段を上らんとしたウィウ。
 しかし、不意にその足首がガシリと掴まれる。
「……何処へ、行く心算だい。ボク達はまだ終っちゃ居ないよ」
 足首を掴むその手の先は、血溜まりの中から身を起こす理央の姿が。
 普段は愛嬌に満ちた彼女の顔は、眼鏡を失い、血に塗れた事で、背筋が凍る様な色気を醸し出している。
「言ったでしょ……。私達は必ず勝つって」
 胸に風穴を開けられながらも身を起こし、再び雷帝を睨み付ける恵梨香。
 
 驚くウィウの体に、回される手。
「漸く捕まえれたのう」
 まるで恋人への抱擁の如く、ウィウを後ろから抱き締めたネーティアが耳元で囁く。
 階段前に折り重なって倒れていた筈の3人の復活に、ウィウの身を貫いたのは今までに感じた事の無い恐怖。
 強敵や、死の危機を前にした時の、慣れ親しんだ恐怖とはまるで違う、理解不能の恐ろしさ。
 冷静に考えれば、フェイトを対価に立ち戻ったとは言え、傷だらけのリベリスタ3人を相手に、ウィウ達3人が負ける要素は何処にも無い。
 けれどウィウは思う。自分はリベリスタ達を殺す事は可能だろう。だが彼等に勝つ事は、恐らく出来ないと。
 ボロボロの姿で立ち向かってくる3人に、ウィウは呪力を練りながらも、砂蛇の作戦が失敗に終る事を、予感する。

 そしてウィウの其の予感の通り、3人は3階の決着が付く其の瞬間までウィウ達を相手に戦い続け、彼等が3階に行く事を阻み切った。


「1度は読み、2度は語り、3度で刻み。砂蛇、貴方の探求はもう十分だ。ここで燃え尽き、朽ちて逝け」
 長きに渡った因縁に蹴りを付けるべく、イスカリオテの放つ技。彼の指先から真っ赤に焼けた砂が放たれ、砂蛇と匡、そして最後に残ったミヤビの砂人形を覆う。
 砂蛇と思考のやり取りをし、何度も対戦を積み重ねて来たからこそ可能となった技の模倣、ラーニング。
 吹き荒れた灼熱の嵐は、耐久度の減っていた偽のミヤビを砂へと返していく。




















「終わりにしてやろうぞ! 黄咬砂蛇!」
「お前の未来はここで終わりだ」
 ゼルマとクリスは再び輪唱を開始する。彼女達二人の今回の戦い方は、攻撃ではなく癒す事。癒した仲間が敵を倒せば、それは即ち彼女達の勝利だから。
 2重に放たれた天使の歌が、踏み越えて来たばかりのリベリスタ達の体力を大幅に回復する。
「お前がどんなに強くても、それに対して弱い奴があがくことほどの強さはない。運命を引き寄せるのはこっちだ」
 砂の盾を、夏栖斗の土砕掌が貫き、砂蛇の身体を捉える。
 慌てて援護に向かおうとした匡の前には、
「俺は弱くて平凡なリベリスタ。だからこそ、俺たちが信じお前達が目を背けた『光』の強さを示す!」
 落ち着きと自信、そして頼もしさを取り戻した快が立ち塞がる。
 快の鉄壁のガードに匡の足が止まった瞬間。

 再び放たれた砂蛇の必殺、灼熱の砂嵐を傷だらけになりながらも突っ切る朱子とマリー。
 ずぶり、ずぶりと、二人の剣が砂蛇の身体を貫く。
「兄弟!」
 雄叫びを上げ、傍に駆け寄ろうとする匡に対し、けれど砂蛇は、
「来るな! 俺等の負けだ。これはくつがえらねえ。てめぇは退け」
 血を吐きつつも後退し、その身体から二人の剣を引き抜いた砂蛇は、運命を対価にまだ倒れる事を拒否する。
 まだ、倒れる訳には行かない。この敗北は自分のせいだ。自分が弱かったから、負けたのだ。
 まさか自分がこれ程に違和感無く敗北を受け入れる日が来るとは思わなかった。
 どうしようもない。圧倒的で、理不尽だ。けれど何故か僅かに心地よい。
 生き残った奴が強い奴だ。奴等の方が強かった。ただ、それだけの事だから。

 けれど匡やウィウをこのままリベリスタ達の手に落とさせる訳には行かない。自分の弱さに、他人を巻き込む等、自分の誇りが許さない。
 せめて足の遅い彼を退避させる準備をしなければならない。
「なぁ、リベリスタ達よ。何でテメー等は抗うんだ? 俺に殺された方が、本当はよっぽど楽なんだぜ」
 この先に彼等を待ち受けるであろう地獄を思い、砂蛇はリベリスタ達へと問い掛ける。
 返答を期待した問いでは無く、ただほんの少しの時間を稼ぐ為に。
「弱いヤツが強いヤツに抗うほどかっこいいことなんてねえからだよ」
「俺の力は、誰かの夢を守る力だからだ」
 けれど夏栖斗と快が前に進み出て答える。その答えが彼等のリベリスタとしての信念だったから。
 そんな二人に、砂蛇は僅かに目を見開き、溜息を吐く。
「そうか。答えてくれて有難うよ。じゃあ俺はそろそろ逝くわ。テメー等は来んなよ。もうテメー等みてぇな理不尽で怖いのとはやり合いたくねぇからよ」
 カチリと、一階の支柱に仕込まれた爆弾のスイッチに点火する。砂人形の自爆を煙幕に、負けねば使う心算でなかった揺らぐ未来をカーテンに、万華鏡から見逃された砂蛇の下す幕。
 ズン、と轟音が響き、廃ビルが傾き、ゆっくりと自壊して行く。

「くっそ、最後まで嫌がらせかよ!」
 誰かが心の底からうんざりしたように吐き捨てた。
 リベリスタ達は2階に倒れていた3人の仲間達を回収し、大急ぎで脱出を試みる。
 こっちには来るなと言っていた砂蛇の言葉とは裏腹に、断続的に起きる爆発は逃げるリベリスタ達をも容赦なく巻き込み……、彼等が命を存えたのは、アークの司令代行の放った『矢』、そして蝮達が、己の身の危険を顧みずに行った救助のお陰であった。

 匡、ウィウの姿も現場から消えており、後日、瓦礫の下から発見されたのは夥しい血痕のみだった。

■シナリオ結果■
大成功
■あとがき■
 多く語るのは無粋でしょうが、少しだけ。

 死亡フラグは甘酸っぱい匂いも感じたので未回収です。もし想い人なりなんなり居るなら叱られてきなさい。
 雪花のテラーテロールまじで怖いです。何度心折れそうになったか。
 最後に匡が装甲脱げば入れ食いだと思ったらそうでもなかった件。やっぱり脱ぐのは女性じゃないと駄目ですね。キャストオフからイメージを。

 さて、結果はこうなりましたが、如何でしょうか。
 砂蛇とは、何だか妙に付き合いが長くなってしまいましたが、皆さんにとって彼はどんな存在だったでしょうか?
 僕的には、大好きか大嫌いのどっちかだったら嬉しいです。

 それではご参加有難う御座いました。