●近場の悲劇 三高平市は、リベリスタ組織『アーク』の本拠地である。 ここでは多くのリベリスタ達と共に、また数多くの関係者達が日々を過ごしている。 荒尾浩二もそんなリベリスタの関係者の一人だ。 彼自身に特別な能力は備わっていないが、アーク所属のサポートスタッフとして陰に陽にリベリスタ達を支援している。 ある時は現場まで彼らを送り届ける運転手として、またある時は一般市民の避難誘導の先導者として。 見様によっては花形とも呼べるリベリスタ達に比べればその成果は微々たる物だが、彼は縁の下の力持ちとして力を振るっているのだ。 そんな彼には、愛すべき妻がいた。 三高平で出会い、三高平で式を挙げた最愛の妻、陽奈子。 日常に非日常が同居する三高平の、アークでの生活を。彼女の存在はその名の通り温かく彩ってくれる。 「アナタの仕事は、運命に負けない様必死に戦うリベリスタの皆様と同じ、立派なお仕事よ」 そう言って微笑んだ彼女に、浩二はどれ程癒された事か。救われた事か。 二人は互いに愛し愛されながら、ともすれば命のやり取りの現場にもなる三高平で、慎ましくも幸せに暮らしていたのである。 だがそんな幸せは、余りにもあっさりと崩壊する。 ある日、帰宅した浩二は陽奈子が具合が悪そうにしているのを発見した。 すぐさま寄り添い、その安否を気遣おうとして、彼は気づいた。 彼女の瞳に、背中に起き始めている変異。――革醒、即ちエリューション化であった。 エリューション化した存在は段階を経て能力を強化し、最後には崩壊する。バグホールという世界崩壊の種を残して。 ごく稀にフェイトを得る才覚を持つ者がその進化の呪いから逃れられる事があるが、多くの者が辿る運命を彼らはよく知っている。 そう、彼らはそれらについて正しい知識を持っていたのだ。 「アナタ、一つお願いがあるのだけどいいかしら?」 陽奈子が言う。弱々しくも笑顔を作って。 その後彼女の口から語られたのは小さな願いと、 「自分の仕事を、忘れないで」 確かな、そして悲壮な覚悟だった。 「……分かった」 その後、浩二は自らの手でアークへと連絡し、こう言った。 ――どうか、私の妻を殺して下さい。 ●職務という理屈 「……以上が、皆さんに集まっていただいた経緯となります」 手元の資料から目を離し、フォーチュナ――『運命オペレーター』天原和泉はリベリスタ達の方を向いた。 「現在、荒尾陽奈子さんは夫である浩二さんと共に、思い出の場所。お二人が式を挙げた三高平市内の教会へと向かっています。既に関係者各位に連絡は届いているので、人払い等の心配は必要ありません。事を起こすのに邪魔になる様な事は、何も」 事を起こす、というのが何を指すのか。それはもう分かりきっている事だ。 アークはエリューション事件の解決を目的とした組織である。そこにエリューション化した存在が居て後の脅威となるのなら、これに対処するのが彼らの役割だ。 「皆さんにお願いするのは、ノーフェイス、荒尾陽奈子さんへの対処です」 ノーフェイス。エリューション化し、フェイトを得られていない人間の総称。リベリスタ達の討伐対象である。 「現在彼女は正気を保っており、抵抗の意志もありません。ですので対処には労力をあまり必要としないでしょう」 殊更に淡々とした調子で和泉は話を進めていく。しかし彼女の瞳は泳ぎ、リベリスタ達を直視できていなかった。 「一点。浩二さんが立会を希望していますが、最終的な判断は皆さんにお任せします。では、皆さんの準備が出来次第、作戦を開始いたします」 感情を込めずにそこまで言い終えると、後に残ったのはじっとりとした静けさと重々しい空気のみ。 その沈黙に耐えかねて、一人のリベリスタが口を開く。 彼女がフェイトを得られる未来はあるのか、と。 和泉の表情が歪む。しかし彼女は自らの職務を正しく全うした。 「現状、そのような未来を視たフォーチュナは存在しません。そもそもが自主的な報告を受けての案件でしたので……」 歯切れが悪さは、自らの力不足を憂いてか。それとも、万華鏡が万能ではない事を嘆いてか。 「未来が不透明である以上、アークとしては事態の悪化を防ぐため早急に対処しなければなりません。荒尾夫妻もそれを覚悟の上で、報告なさったのだと思います」 それは組織としての在り方を示す物である。絶対、あるいはそれに近い確証が保証されないのならば、危険を排斥する為に動く。であればそれに殉じる彼らは、まさに職務の鑑と言える振る舞いを見せているのだろう。 「……ですが」 そこまで言って、和泉はハッとした様子で慌てて咳払いをする。一体何を言おうとしたのか。それは彼女も人であると思えば想像は容易だろう。 和泉もまた、己の職務に忠実であろうとしているのだ。 「………」 期待している様な、気遣っている様なそんな複雑な目をして和泉はリベリスタ達に乞う。 「事態への対処、よろしくお願いします」 彼女は、最後まで討伐とは口にしなかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:みちびきいなり | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月05日(金)22:49 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●思い出の教会で 準備を終えたリベリスタ達を乗せたワンボックスが、三高平の公道を進む。依頼主である荒尾夫妻が向かった教会まで、あと少しといった場所。 車内には先程から深い沈黙の時が流れていた。皆の顔色こそ違えど、等しく口を開く者はいない。 平静その物の『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)の様な者を除いても、その多くは冷静さを顔に浮かべて、いや、張り付けようとしていた。 (メタルフレームたるもの、感情に流される訳にいきませんね) 視線は遠く景色の向こうに送り『ふらいんぐばっふぁろ~』柳生・麗香(BNE004588)は己の右腕に力を込める。 同じ様に窓の外を眺めていたクラリッサ・ベレスフォード(BNE003127)が視界の端にちらりと捉えたのは、一件のブライダルショップ。 純白のウェディングドレスを二つのガラス越しに見つめ、思い浮かべるのは彼らが歩んだだろう思い出の切れ端のイメージか。 「できるなら、……」 彼女の小さな呟きは、誰にも聞こえなかった。 『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)と『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は誰とはなしに隣り合って座り、寄り添い合っている。 ただ座して前を見つめる龍治の腕に、木蓮がその手の平を重ねていた。 木蓮の胸中に浮かんだ気持ちに、婚約者である彼が気付いていないはずはない。彼は彼なりに、その意思を今、彼女に示しているのだ。 (執行人は迷ってちゃいけない、んだよな?) 交わさぬ視線からも木蓮は悟り、静かに覚悟を新たにした。 そんな二人から、しまったといった風に視線を外した『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)だったが、もはや手遅れ。 もし同じ事が自分の大切な人に起きたら。考えない様にしていた物がもうハッキリと彼の脳裏に刻まれてしまった。 荒尾夫婦に舞い降りた不幸。運命の気まぐれでその命を落とす事になるなどまさに事故で、確かにそれは世界に溢れている事なのだが。 その運命を事前に察知したとして尚、それを世界の為だからと受け入れる覚悟が、自分には持てるだろうか? 自問自答に答えが出る前に、ワンボックスは現場へと到着する。荒尾夫婦が待つ三高平の教会へ。 車から降り、リベリスタ達はその敷地へと足を踏み入れる。緑の芝生が柔らかく、そして温かく彼らを迎え入れる。 「失礼します、アークです」 それらをくしゃりと踏み進んだその先に、二人は並んで待っていた。 穏やかに、微笑んで。 (――ホント、世界っつーのは優しくねぇなあ。……チクショウ。) 誠実に、敬意を持って振る舞おうと心に決めていた。が、今のエルヴィンに、上手く顔を作れている自信はこれっぽっちもなかった。 ●粛々と、ただ粛々と 各々に名を名乗り、礼を取る。 厳かに、そして粛々と進む場は、リベリスタ達の見せた夫婦への配慮であり敬意から来る行動である。 返答する夫婦は先程よりも少し緊張した様子を見せたが、エルヴィンやクラリッサの纏う優しげな空気に次第に元の調子を取り戻した。 「お手間を、お掛けします」 そう言う夫、荒尾浩二の格好は、彼らリベリスタ達には見慣れたアークの支給している男性用のスーツだった。 聞けば妻、陽奈子のリクエストなのだという。職務に従する夫が、一番好きだったから、と。 薄茶色のワンピースといった出で立ちの彼女と並んで、アンバランスな様で、自然に映った。 「少し、聞きたい事が」 木蓮がそう切り出して、陽奈子を少し離れた場所へと連れて行く。 「何でしょう?」 「実は浩二……さんが、最後まで同席したいと言ってるんだ」 「はい。聞いています」 「本人から話はされてたんだ?」 じっと向ける視線に、ほんの少しだけ探る気配をさせて木蓮は陽奈子の顔色を窺う。 その事について、彼女がどう思っているか知りたかった。 「念の為、協力をお願いします」 タイミングを同じにして、麗香が浩二にボディチェックを実行し、万が一の危険要素が無いか調べ始めた。 その最中、エルヴィンが浩二に改めてその意思を問う。 「立会いを希望との事ですが、それですとどうしてもその瞬間を目撃してしまう事になると思います」 「……はい」 その瞬間とは何と言わずとも、その意味は相手に伝わった。 「それでも、よろしいですか?」 その問いかけに、浩二はすうと鼻から空気を吸い、そして数秒の後に、吐息と共に頷きを返した。 「ボディチェック、問題ありません」 浩二の返事から幾らかして、一通り確かめた麗香はそう結論付けた。事が済んだ後の葬儀等については、聞く事を取り止めた。 今、みだりに刺激する様な真似は避けるべきだと、皆が思っていたからだ。 そして視点は妻の方へと戻り、 「本当の処を言うと、あまり見て欲しくは無いんですけれど」 木蓮が見たのは、陽奈子のほんの少し困り顔の、はにかんだ笑みだった。 「浩二さん。見ても見なくてもきっと後悔するから、それならせめて、好きにさせてあげないと、って」 ぽつりぽつりと零すような声には、微かに申し訳なさの様な気配があって。 「苦しむ姿なんて、あの人の為にも見せられないんですけど、ね?」 木蓮は見た。交わした視線の先には、ゾッとするくらい、綺麗な笑顔が浮かんでいた。 自分の命の終わりを知って、それでも思うのはただ相手の事ばかり。そんな覚悟をした者だけが見せる事許された絶世がそこにあった。 もう何も言えなくなって、木蓮はただ首を縦に振るだけだった。 (――見事な覚悟だ) 二人のやり取りを見守っていた龍治は、静かに頷き、感嘆を胸に抱く。 彼女が至った覚悟の、その深さ。そこに至るまでの過程に思いを馳せながら、同時にこうも思う。 果たしてそれが、彼女の本意なのかと。 (いや。例えそれが実体を伴わぬ絵空事だったとしても、だ) 彼女の出した答えには素直な賞賛を贈ろう。そしてその覚悟に見合った働きを、己もしなければならないと気持ちを新たにする。 奇跡と言ってしまえば簡単な言葉だが、それを得る事の難しさを、龍治は知っているつもりだった。 (この覚悟を軽視してまで手を伸ばせる程、青くはない) それが、彼の選んだ答えだった。 「そろそろ、教会の中に行きましょうか」 続けて陽奈子のボディチェックも済ませた麗香からの提案に、一同は頷き歩き出す。 先に建物に入っていった幾人かのリベリスタ達を見つめ、浩二は思う。 (彼らの意志は、本当に頼りになる。けど) なぜだろう、今だけは。 (どこか遠く、感じてしまうな) 「アナタ?」 呼びかけられた浩二は頭を振り、陽奈子の手を繋いで共に教会の中へと歩みを進めた。 そう遠くない過去に多くの祝福を受けた場所で、死が二人を別つまでと誓った場所で、今日妻は、死ぬのだ。 ●さざ波の小石 事前に連絡が行き届いていた為に、教会に人の影は無い。 運命の時は、着実に近づいて来ていた。 「陽奈子……」 「アナタ、思い出話はもう充分したでしょう?」 「っ」 中程まで歩いた所で、陽奈子がやんわりと浩二を離した。そのまま一人奥へと歩みを進めていく。 あの時と違い絨毯の敷かれていない道は、彼女が歩けばカツンという音を返して。 振り返り、彼女は真剣な眼差しをリベリスタ達へと向ける。 後はもう、ただ実行するだけだった。 浩二の心音の乱れを察知して、龍治はそれを手早く仲間達へと伝えた。応え、浩二が何をするより早く、その肩をエルヴィンとクラリッサが支える。 集まった六人の内、明確に彼女に終わりを与える意志を示していたのは龍治と、葬識の二人。 その龍治も葬識の動きの補佐に回るつもりでいた為に、実質ここからは葬識が主導して動く事になる。 そんな彼は今の今までただじっと、皆の動きを、夫婦の動きを観察し続けていた。そして、 「ねぇ」 それは唐突に、投げかけられた。 「荒尾ちゃん、運命に抗いたくないの?」 「え?」 言葉を受けた浩二のきょとんとした表情を見ているのかいないのか、いかにもな調子の言葉は続く。 「小を捨てて大を取るアークのやり方に不満はないの? 愛してる相手を目の前で殺されるのに耐えれるの? 俺様ちゃんは愛する事と殺す事は同じだけど、普通の人はそうじゃないでしょ?」 殺人鬼でもソレくらい知っている。と、言葉が締め括られる。 誰の目にも、浩二の動揺は明らかだった。それ程までに心を揺さぶる言葉だった。しかし、誰一人としてそれを咎める事が出来なかった。 (わた、しは……!) クラリッサが奥歯を噛む。現地に向かう途中、自分が何を思っていたか。 (助ける事が出来るなら、助けたい。そう、思っていたのに!) この瞬間この時まで、消極的だった自分に、具体的に踏み込む事をしなかった自分に深い後悔が生まれる。 それはクラリッサに限った事ではない。 葬識の言葉を止められなかったのは、ここに集ったリベリスタの全員が、僅かばかりの奇跡がある事に期待していたからなのだ。 その最初の一歩を踏み出したのは、誰であろう殺人鬼の一族の末裔、殺しのスペシャリストであった。 浩二の逡巡を確認した葬識は、体を陽奈子の方へと向き直し、再び口を開く。 「奇跡を願う事も、祈る事も罪じゃない。だけど殺す事は罪だ」 殺して欲しいと願った者は、その罪を誰かに背負わせようとしている事を知っているだろうか。 「願いが、祈りが奇跡を起こす事だってある。だから……」 呪いと祝い、それはどちらも解放の道だから。 「逃げないでよ?」 呪いを負うべくして存在しているのが殺人鬼なのだとしたら、世界が彼女を許す事が、きっと。 「少しだけ貪欲になってこの世界で生きる事を選ぶなら、俺様ちゃんみたいな殺人鬼は必要はないよ」 小首を傾げ、ゆるゆるとした笑みを葬識が浮かべる。自然体の、無邪気な笑顔がそこにはあった。 射抜かれた様に、陽奈子は目を見開いていた。 会ってから今まで、初めて見せる強張った表情だった。葬識のよく知る、顔だった。 皆が固唾を飲んで見守る。 陽奈子は、ワンピースの裾を強く握りしめ震えていた。 浩二はその様子を、ただ見つめていた。 しばらくして、陽奈子はぎこちないながらも笑みを浮かべて、言う。 「私は……そんな、強くは、ないんです」 今にも泣きそうな、苦しげな顔で。 「あなた達の様に、強くなんて……なれない」 そんな彼女に声を掛ける者も、葬識の言葉に続く者も、誰一人として居なかった。 そして、その瞬間が来る。 「う、ぐっ!?」 「陽奈子!!」 陽奈子は急に胸を抑えて苦しみ始めた。顔にはじっとりとした汗を掻き、今にも体内の水分の全てを吐き出さんばかりだ。 誰の目にも、もはや時間などないのだと明白だった。 「葬識様、龍治様!」 クラリッサが悲痛に顔を歪めて進言する。陽奈子に終わりを与えるべきだと。 苦しみもがいている陽奈子の傍には木蓮が付き、取り乱し愛する者の名を叫び続ける浩二はエルヴィンが抑えている。 「陽奈子さんに明確なフェーズ進行の兆候が見られます!」 麗香が冷静に状況の進捗を伝え、予断が立ち消える。 「葬識」 「………」 龍治の呼びかけに、葬識は緩慢な動作で大鋏を構える。 苦しむ陽奈子も、叫ぶ浩二も、彼の目には等しく緩慢に見えた。 ただ一度だけ、仲間の一人の顔を見てから。彼は己の業を実行に移す。 (一瞬で、痛い思いなんてさせない) その為に、狙うのは彼女の首。そこを武器に宿した暗黒の魔力で、心ごと、魂ごとに断ち切ろう。 「さようなら、奇跡見たかったんだけどな」 踏み込み、寸分の狂いも無く葬識の武器は陽奈子の首へと吸い込まれていく。 手応えを求めて、葬識の腕がより前へと進んだ時。それは首とは違う何かを切りつけた感触を彼に与えた。 「……っぅ!?」 大鋏の刃が切り付けていたのは、陽奈子の傍に立っていた木蓮の腕だった。 「そこは、ダメだろ!」 痛みに顔を顰めながらも、彼女は言う。 「確かに痛みも感じないで済むかも知れないが、そこは、残された人を必要以上に傷つける!」 もしも今の一撃が成功していたならば、きっと木蓮は自分の中にあった悪い予感が的中しただろうと確信があった。 「人って絶望に支配されるとさ、頭で思ってるだけじゃ自分を止められない事があるから。念の為、な?」 脱力感に霞む目で、それでも伝えるべき事を伝えて木蓮は笑う。 「うううう!」 いよいよ陽奈子の呻き声に人ならざる気配を感じ始める。もはや一刻の猶予も無い。 最善を尽くすべくここで動いたのは、龍治だ。 銃を構えて、狙うはただ一点。陽奈子の心臓部に射線を通す。 「うあああああああああ!」 叫び、陽奈子が両手を天に仰いだ瞬間。龍治は引き金を引いた。 鳴り響く銃声。何かを貫いた音。 「――ッ!?」 撃ち抜かれた者は、時を置かず石造りの床に崩れ落ちた。 頼まれていた依頼が、完了した瞬間だった。 ●今はただ、前に 昼空の下で、浩二は教会の壁に寄りかかり座り込んでいる。 その姿をクラリッサと麗香は痛ましげに見つめていた。 「私。結局ただ、見ているだけでした」 陽奈子の討伐を進言し、その後の一部始終をクラリッサは目に焼き付けていた。ただ、じっと。 回復支援を得手とするホーリーメイガスである彼女は、己が技量では相手を殺し切れない事を知っていた。 「それを理由に逃げて、自己嫌悪すら出来ず、ただ見てるだけ」 そんな自分は、彼女に比べてとても醜く思えた。 あの刹那に見せた彼女の迷いに、自分は答えを用意していなかった。それだけが酷く悔やまれる。 「助けたいと、思ってたのに」 出来る出来ないではなく、するかしないかなのに、それでも。 (多分、陽奈子様の意志の強さに嫉妬してたんだ、私。もし、私だったら――) もしそれが原因だったのだとしたら、そこでようやく私は自分を責める事が出来るのだろうか? クラリッサの表情は、誰にも窺う事は出来なかった。 (……いっそ、夫婦一緒に革醒した方が幸せな気もするんですよね) 消沈し、動かない浩二を見つめ、麗香は思う。 (映画のラストみたいに二人は手を取り合って教会から逃げ出すの。まあ、一人が二人になって、私達が処理する事に変わりませんけどね) それでも、今別たれる苦しみよりもどれだけの救いがあるだろうか。 例えここで彼女が救われたとしても、待っていたのはリベリスタとして運命を削り戦い続ける生涯だったかもしれない。それは本当に幸せと呼べるのだろうか。 そんな疑問は口には出さず、遠巻きに寄り添う二人に視線を向けた。 その視線の先にはもう二人、エルヴィンと葬識の姿もあった。 「これで、良しっと」 傷を負った木蓮と葬識の治療を終えて、エルヴィンは申し訳なさそうに言った。 「悪い。本当なら俺が負うべき傷だった」 「気にするなって、こっちこそ葬識の邪魔する形になったし」 「俺様ちゃんは気にしてないよ☆」 「何にせよ、大事がなくて良かった」 四者四様に言葉を交わし、ほんの少し、意思の疎通が上手くいっていなかった事を反省する必要を確認する。 作戦行動における微細な打ち合わせの難しさを改めて知る事になった。 「悪いついでに重ねるが、ちょっと浩二さんの所に行ってくる」 三人に断って、エルヴィンは一人動かない浩二の元へと駆け寄っていった。 「浩二さん。隣、いいですか?」 「……ああ、ええ。どうぞ」 了解を得て、エルヴィンは隣に座る。 彼には聞きたい事があった。 「まずは、ご協力ありがとうございました。迅速な判断に感謝いたします」 事が終わって、成果だけを見れば組織として理想的な結果を導き出している。それ故にエルヴィンのこの言葉に嘘は無い。 「いえ、私もアークの構成員ですから」 弱々しくも浩二はエルヴィンに笑顔を見せる。ここで笑えているなら、彼は自分以外の物が見えている証だ。 少しだけホッとして、エルヴィンは言葉を続けた。 「ひとつ聞かせて下さい。貴方は、今後どうされるおつもりですか?」 今後、と聞いて、浩二は視線をエルヴィンから外し、空を仰ぎ見た。 三高平市は革醒を起こした者達が集まる場所。市の周囲では特にエリューション事件が発生しやすい所でもある。 エルヴィンの言葉には、ここでの生活を続けた場合の危惧が含まれていた。 「エルヴィンさん。ひとつだけ、愚痴みたいな事を言ってもいいですか?」 浩二の言葉は、彼の予想とは少しだけ違う物で。しかし迷わず聞くべきだとエルヴィンは頷いた。 「もしもあの時、葬識さんの言葉の後に……私に本音を叫ぶ勇気が、我儘を言う勇気があれば」 息を呑んだ。浩二が言わんとしている事は、余りに自分を傷つける。 「浩二さん」 「……私には、出来なかったんです」 エルヴィンの呼びかけに、彼は言葉を変えて締め括った。そしてまた、弱々しい笑みを浮かべて、口を開く。 「この仕事は続けます。自分に出来る最後の最後まで。陽奈子が、仕事をしている私を立派だと言ってくれていましたから」 「そう、ですか。不躾な質問失礼しました」 そこで会話は終わって、二人して昼の空を見上げた。 雲は相変わらずゆっくりと流れていて、頭から、心から落ち着いた思考を与えてくれる。 今の彼に必要なのは、ただただ前へと進む事なのかもしれない。 どうかその道の先に、新しい輝きがある事を、エルヴィンは願って止まなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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