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女神の睫毛


「ジューン……それは雨に彩られたレイニーな蒼さが若い過ちとともに哀しみを降らせるララバイ。
 誰もまだ到達したことのないほどのハッピーなレジャーを体験したアンラッキーたちのガラスの鳥籠。
 ――鳥籠というのも無粋かな。その繭は女神の睫毛。サクリファイス、犠牲者の苦痛なんてない緩やかな死へのネバーランドだ。主のためにひとを取り込む、甘い罠(スイートペイン)。彼らのブラッドレインはレディにとってスイートなパラダイス・カクテル、飲み干せば次のグラスが欲しくなる……このまま来訪者たちの晩餐会を続けさせていいわけがないんだ、そうだろう?
 だが、硝子のレディとのlove affairは一筋縄ではいかなくてね。
 こちらのアタックに熱烈に答えようとするあまり、急いで食事を終わらせようとしてしまうんだ。
 レディのお食事を邪魔するのは気が引けるが、まったくこればかりはどうしようもなくてね。
 ――もっとも、ゆっくり堪能していただくのもひとつのメソッドかもな。
 囚われのお姫様を救い出すなら、次に飢餓の虜囚になるのはディナーを取り上げられた硝子のレディだ。
 ヒステリーを起こした女性は手を付けられないね、日を開けてお迎えに行くべきだろう。
 満足そうな食事風景を堪能しながら舞踏会と洒落こむのも、いいんじゃないかな。
 さあ、選択は君たちの手の中だ。どうする? リベリスタ」

●翻訳
 6月某日、未明。夏に向けて開放されたばかりのキャンプ場で、それは突如発生した。
 見た目はガラスの糸で編まれた繭のようなもの。不幸にも既に数名が取り込まれてしまっている。その正体はどうやらアザーバイドが餌を捕食するためのもののようだ。ハエトリグサのようなものだと思えばいい。取り込まれた人間の意識レベルは極度に低下し、朦朧としている。被害者は苦痛は感じていないようだが、ゆっくりと血液を吸い取られている。この被害者たちが死んでしまえば、アザーバイドは次の食料を探すだろう。このままでは被害は拡大する一方だ。
 だが、本体たるガラス質の少女のような外見をしたアザーバイドは、攻撃を受けると怪我の回復のために被害者の血を貪るだろう。
 救出作戦として考えるなら、長引かせることは得策ではない。
 ――討伐作戦としてなら、確実に倒すための犠牲だと割り切ってもいいだろう。
 救出を優先した場合は強化の上で暴れだすことが予想される。その際は別個に討伐隊を出そう。 
 今の、食事のために油断しているタイミングを好機と見て撃破を優先しても構わない。
 どちらを選ぶか、それは君たち次第だ。


 机の上に書類を広げたまま『駆ける黒猫』将門 伸暁(nBNE000006)はリベリスタたちの顔を見回す。
 それから、にっと笑ってみせた。
「――個人的には。お前達はヒーローであって欲しいけどね」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:ももんが  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年07月11日(木)22:38
久しぶりの伸暁なのでがんばってみました。ももんがです。
成功『だけ』を狙うのであれば、決して難しくはないでしょう。

●成功条件
・囚われた一般人の救出
・アザーバイドの撃破
上記のどちらかを満たすこと。

●アザーバイド『硝子の少女』
長髪の、細身の少女の裸体に酷似。ただしその体は透明な硝子に近く、何の対策も行わない場合、姿が見えにくいため諸々の判定に影響が発生します。
臭いや体温は存在せず、周囲の空気と違いはありません。足音は存在します。
感情その他はあり、会話も不可能ではありませんが、説得は無意味だと思われます。
バグホールは既に閉じています。
繊維状に伸ばした体の一部を、糸や鞭のように扱って攻撃してきます。
DAは低いですが、素早さに長けており、なおかつ武器そのものも見えにくいです。
華奢な見た目で油断すると、痛い目を見ます。

一閃 近・範・神 不運
振り乱し 近・単・神 弱点 連撃
硝子雪 遠・全・神 ダメージ小 麻痺 不吉

繭に対し攻撃や奪取等を行うと、以下のスキルが追加されます。
糸の剣 近・単・物 命中大 ダメージ中
蛹糸 遠・全・物 ダメージ0 命中大 崩壊 氷像

●繭
見た目も目的も、蜘蛛が獲物を捉えた結果の糸玉と大差ありません。
頭の先と足の先が出ている大仰な、赤い糸巻きのような外観です。
もっとも、その赤は哀れな被害者の血液の色ですが。
保存のためか、地面に腰まで埋められています。
捉えられている被害者は男3名、女2名。
若いカップルと、小学校低学年の少年を連れた父母です。
神秘無効。
物理攻撃による破壊は可能ですが、戦場でそれを行う場合は被害者にもダメージが及ぶでしょう。
無事の救出を望むのであれば、急いでアークへと持ち帰る必要があります。

戦闘の際、硝子の少女はこの繭から体力回復を試みる可能性があります。

●戦場
山の中、キャンプ場として開放されている沢。
増水等の突発的な不利は発生しませんが、すぐ側を流れている川は深い所で大人の膝程度と浅いものの、水流は全く無視出来るようなものではありません。
また、他の客が来る可能性はかなり低いでしょう。
繭は五角形を描くように配置されていますが、硝子の少女がどこにいるのかは、何らかの手段で探らない限り事前にはわかりません。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
スターサジタリー
雑賀 龍治(BNE002797)
クリミナルスタア
曳馬野・涼子(BNE003471)
ソードミラージュ
セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)
マグメイガス
レオポルト・フォン・ミュンヒハウゼン(BNE004096)
覇界闘士
テュルク・プロメース(BNE004356)
ホーリーメイガス
鰻川 萵苣(BNE004539)
ホーリーメイガス
レディ ヘル(BNE004562)
プロアデプト
型 ぐるぐ(BNE004592)


 良い匂いがした、と彼女は思った。
 そのトンネルの向こうから漂う、その芳しい匂い。

「うあーん、痛いよぉ!」
「コケたところが悪かったな、石が尖ってたんだ……母さん、傷薬持ってきてくれ!」
「あら……って、ちょっとこれ、深く切ったみたいね。血がなかなか、止まりそうにないみたい」

 迷い込んだトンネルの先からの音と匂いに、出口を悟って彼女は足を早めた。
 その時の彼女が知るよしもなかったが、それは、ボトムチャンネルの人間の、血液の臭い。
 ――彼女からすれば、素晴らしく美味な蜜の匂い。


 警戒することなく歩きまわり、繭のような姿の被害者たちの側から側を飛び回っている――蝶が花の蜜を吸うため舞うように。『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)が耳を傾ける先では、ざり、と砂を踏む音がし、鼻歌に似た声がする。『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)が目を凝らした先、石が時折深く沈み、蹴飛ばされるように弾ける。――万華鏡で位置が絞れなくてもしかたのないことだった。自由を謳歌している少女は、さっきから一処に留まることがない。水ではしゃぎ繭に寄り添い、顧みれば、奪還者が現れる可能性などに思い至ってもいないのだろう。
 目を凝らせば、人を戒める硝子糸の、首に近いあたりから赤に染まった端が時折持ち上げられ、その度、『繭』の顔がわずかにゆがむ――どこかむずかるようなその表情が表すのは痛みではなく、違和感だろう。陽光が、ボトムの人間には見えづらい訪問者の姿をぎらりと照らしだした。
 繭糸をストローのようにして、硝子の置物のような少女はその液体を飲んでいた。
 周囲の視線が何故か一瞬、自分の口元に集中したことに気がつきながらも『アカイエカ』鰻川 萵苣(BNE004539)は咥えたストローを離さず、ただ蛇腹を折り曲げ直す。
 繭が五角に配置されたその内側で、少女は自作の酒池肉林を楽しんでいるようだった。
 時折血の色に染まった繭に寄りそうように見えるのも、異世界の住人にとっては美味なカクテルを見つめるようなものなのだろう。
 繭が埋まっている深さを目測で確かめ、『中古 20GP(箱・取説無し)』型 ぐるぐ(BNE004592)が左右に小さく首を振る。映像でも見ていたが、腰までとは、子供のものであっても決して浅くない。引きぬくにしろ、掘り返すにしろ、多少の時間を要するだろう。『一般的な少年』テュルク・プロメース(BNE004356)が運転手要員と最後の作戦調整を行なっていた。トラックは幻想纏いに押し込めても、人を押しこむことは出来ない。この場からの搬出は戦闘のできるリベリスタが運転者である必要があるが、その先であれば難しいことではないはずだ。少なくとも、
「目の前の少数の人を助けるのか、彼らを見捨ててアザーバイドを倒し、より多くの人を救うのか……。
 私は前者を選んだ事もあるし、後者を選んだ事もある」
 幻想纏いの向こうから、『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)の声が聞こえる。
 それは誰かに聴かせるための言葉ではなく、ただ音として拾われただけのもの。だが、続けた言葉ははっきりとした意思をもっていて。
「その結果が良かったのかは分からないまま。どちらが正しいのか、正解なんてきっと無い。
 けれど、もし両方が救える可能性があるのなら、私はその道を選ぶよ。
 それが、私の目指すリベリスタだから」
「例えそれが難しいものであろうと、試す前に諦めていては成せるものも成せませぬ。
 一般人の救出を第一とし、要らぬ犠牲をこれ以上増やさぬためにアザーバイドの殲滅も狙う……。
 これが、目指すべき終着点かと存じます」
 物陰に身を潜めた『ヴリルの魔導師』レオポルト・フォン・ミュンヒハウゼン(BNE004096)が、僅かな笑みを含んだ声でセラフィーナの通信に続ける。テュルクも、呟くように続いた。
「両方やらなければいけないのが辛いところだ……とは誰の言葉でしたか。
 何にせよ命がけです、かっこつけてナンボですよ」
 覚悟はいいか――とか続けて誰かが通信のノイズに紛れ込ませた。
 そのやり取りに、涼子は一度目を閉じる。
「ヒーローなんてのがいたらよかったね。でも、いないなら、だれかが代わりをやるしかない」
 誰もが、頷いた気配がした。
「英雄を気取るつもりはないが。――出来る事をするまでだ!」
 龍治が一声、吠えながら硝子の少女へと球状のものを投げつける。レオポルトが人払いの結界を広げ――それによって初めて、少女は『誰か』が近くにいることを知ったようだった。


 何がぶつかったのかと、少女は自分の体を見つめ、それから少し呆然としたのだろう。
 体にべたりとついた蛍光オレンジは、自然界にそうそうある色ではなく――オロオロとした動きを見せる。
「特殊塗料は、水では落ちんぞ」
 龍治の耳は小さな砂利を蹴る音さえも拾い上げる。それを頼りに投げたカラーボールは、少女のみぞおちから下半身にかけてを見事に染め上げてみせた。
 真っ先に飛び出したセラフィーナは自らの体内をめぐる電気信号を制御し、赤い目を細める。
「貴方も餌を巻き込みたくはないでしょう?」
 硝子の少女に近寄りつつも、どこか遠ざかるような、すり足にも似た移動。そのセラフィーナの動きが繭からアザーバイドを引き離そうとする動きだと、アザーバイド自身にはまだ気が付かれていない。
 セラフィーナに続き硝子の少女に姿を見せたのは龍治、そして萵苣。
 ――他の5人は未だ姿を隠している。そしてその5人に硝子の少女が気がついた様子はなかった。セラフィーナより後衛に位置しつつ、アザーバイドが目前に現れた3人に気を取られていることを確信し、龍治は心中で頷く。
「そこの、一般人を助けに来た。そちらから見れば餌だろうが、俺たちからすればそうでもなくてな。
 このままだと、一般人を――餌を傷つけることになる。少し――」

「――――――――――!!」
 硝子を爪でひっかくような叫びを、少女はあげた。

「餌! 餌ガ餌ヲ、助ケニ来タ! ワラエル!」
 それが異世界の住人の笑い声なのだと、その自己申告でリベリスタたちは理解した。
 繭の犠牲と引き換えにした回復能力を持つのなら、繭と彼女との位置を引き離すことを目指そうと。
 引き離して戦う者がいる間に繭を、犠牲者を救出することが出来たらと。
 リベリスタたちの作戦は、そのためのものだった。そのために5人は未だ隠れていた。
 決定的なことをひとつ、忘れたままで。

 彼女にとって、ソレは緊急回復用の薬草ではない。
 今食べている最中の食事なのだ!

 新しく供された料理が、今食べている料理を返せと言っている。
 彼女の目にはそうとしか映らなかった。
 この捕食者にとって、餌の抵抗はただの調味料だ。
 言葉は通じても説得は無意味。フォーチュナの言葉の意味が今更になって脳に響く。
「助ケテ? タスケテ? ――! アゲナイ、餌! 新シイ生キノイイ餌、明日ノ分?」
 耳障りな笑い声を交えて、少女は手近な繭――母親だったか――にしなだれかかる。
 盾にしている!
 救出を最優先に考えていた萵苣が、怒りに鼻に皺を寄せながら、魔術陣を表示したタブレットを握りしめた。一般人の救出を。それだけは、どんな状況においても。
「――諦めるわけには行かない!」
 召喚と共に吠える。己自身と姿の見えているセラフィーナ、龍治の3人に、光翼が舞い降りる。
 硝子の少女がまた笑い声を上げる。
 ヒキコーモリは、アザーバイドが天に向けて手を広げるのを確かに『見た』。その直後、雪のような物が突如周囲に舞い散り始めたことも――それによって主の動きが封じられたことも。
 それは明確なまでの、敵対の合図。
 それを受けて真っ先に飛び出した翼は、しかし借り物ではなく。
 セラフィーナが投げつけた輝く羽は、炸裂する瞬間確かにアザーバイドの姿を照らし――それだけだ。だがその感触にセラフィーナは、当たりどころが良ければ何かしらの影響をあたえることはできると、そう確信する。その直後再び、光翼を受けたリベリスタたちを硝子の雪が覆った。
 輝く雪を被った龍治が弍式を構え、撃ち放つ。蛍光オレンジが踊るようなステップでその銃弾を回避し、
「かかったか」
 にやりと、龍治は口元だけで笑む。その銃弾は、罠に追い込むためのもの。
 気糸は絡め取った少女に麻痺毒を確実に流し込む。
「――!?」
 その叫びは、笑い声ではなく困惑の色を強く含み。
「さあ、出番にございますぞ!」
 今がその時とばかり、機を見ていた5人が立ち上がり、繭に駆け寄った。


 レオポルトが持ってきていたトラックはキャンプ場の近くに隠すように配置されていた。繭を運ぶには、どうあっても多少の時間は必要になるが、少し離れて身を隠している、運転を担当するスタッフがこっそり乗り込むにはその方が都合が良い上に、なにより、硝子の少女は今、繭にもたれかかるようにして五角の内側、つまりできるなら配置したかった場所に存在しているのだから。
 それでも、今を逃せばもう被害者たちを救う機会はあるまいと。
 レオポルトは魔術詠唱を開始する。召喚する魔術弾の目標は、アザーバイドがもたれかかる繭――の、埋め込まれた周囲の地面。
 それを皮切りにテュルクが、涼子がスコップを取り出して繭を傷つけないよう掘り返し始め、レディ ヘル(BNE004562)は斧型の魔力杖を振るい、ぐるぐは慎重を期して引き抜きにかかる。ひとり1つずつ、繭を救出できるように散らばって。
 気糸から逃れた異世界の少女は、地団駄を踏む。どうやらその光景にひどく怒りを覚えたようだった。
「餌ノ分際デ!」
 一番御しやすそうな、小柄なリベリスタ――つまり、ぐるぐ――が引き抜こうとしていた繭に掴みかかりながら、再び降らせ始める硝子の雪。それは今度はすべてのリベリスタへと襲いかかり、彼女の狙い通り桃色の髪のメタルフレームは体を痺れさせてしまう。己の側の繭に手を伸ばしながら、にやりと、硝子の顔が笑ったのがぐるぐには見えた。
「させないよ!」
 再び魔力の閃光が迸る。雪が降るのとほぼ同時にセラフィーナの放ったそれを、しかし硝子塊は辛うじて避けてしまう。もし痛みを伴うものであれば、まったくの無意味ではないのだろうが――今はそれを口惜しく思っている場合ではない。
「とうめいなひとには、このボトムはどう見えるのかな。……べつに、かんけいないか」
 涼子が少女を一瞥し、掘り返した『少年』を抱え上げ、担ぐように走りだす。
「――――!!」
 怒りに満ちた叫び声を上げてそれを追おうとするアザーバイドが、しかしまたも絡みついた気糸に足をすくわれて倒れこむ。その気糸の主である龍治は、あまりに狙い通りに動く少女の無様を小さく鼻で笑った。
「この方も頼みます」
「一度に運ぶには、さすがに二人が限度でございますな。すぐ戻りますぞ」
 その間にレオポルトも、自分とテュルクが掘り返した繭を担ぎ上げてトラックへと急ぎ、テュルクはぐるぐの掘り返そうとしていた繭に取り掛かりはじめた。
 痺れに打ち勝った萵苣が高位存在の力の一端を喚び、具現化したその癒しがぐるぐの体をめぐる邪気を取り払う。だが。萵苣は残る繭を見て焦りを覚える。
 痺れによって引き抜けなかった繭、掘り返すに適していると言い難い斧型杖で掘り出そうとしている繭。
 ――まだふたつ、残っている。
「落ち着いて冷静に。私が出来る事をやる」
 萵苣の焦りを感じ取ってか、ぐるぐが――おそらく、自分にも――言い聞かせるように呟いた。
「今度は、だれも巻き込まないで済むね」
 三度投げつけられたセラフィーナの羽は、今度こそ硝子の少女の動きを縫い止める。その閃光に、衝撃に、蛍光オレンジに塗れたままの足がもがいている。
「――!?」
 初めて明確なダメージを受けた少女の悲鳴は、しかし相変わらず硝子を引っ掻く音の様。


「許サナイ! 許サナイ、コノ、餌ドモガ! オトナシク、喰ワレテイレバ良イモノヲ!」
 餌を奪われた怒りか、傷つけられた屈辱か。己を苛む痺れや衝撃を振り払って立ち上がった足が、強く地を踏みしめて。少女が吠えた。
 宙空に、ぎらりとした光が幾筋も飛び交い、この場に残るリベリスタたちを包み込み始める。
 それは繭を創りだしていたあの硝子糸にとても良く似て――否、おそらくそのもの。
「しまった……!」
 それは誰の悲鳴だったのか。
 飛び退き躱したセラフィーナが周囲を見回した時、その場にいるリベリスタで動けるものは、彼女とテュルク、二人のみ。
 龍治、萵苣、ヘル、ぐるぐ。その四人が、冷気すら感じる硝子に絡め取られていて。
 ぞくり、と。セラフィーナの背に冷たいものが走る。
 ――トラックを五角の外に置いたのは、結果として正解だったとさえ言えた。位置は近くとも荷台の中、つまり回収のために動いていたリベリスタたちを見ることが容易ではなかったから。放り投げるわけに行かない荷である繭。あれを運んだリベリスタがこの場に戻るまで、あと10秒はどう見積もっても必要だ。
 足止めが急務と悟ってもう一度投げた輝く羽が――3回に一度その動きを止めさせたものが、最も必要な今に通用しない。透明な顔がにいと笑ったのが、なぜだかその時、よく見えた。
 例えテュルクが繭をかばえたとしても、ひとつ。
 あとひとつは。
(崩界を齎す因子よ。故郷へ帰る術を失った以上、ここで朽ち果ててもらう)
 意識をそらそうとヘルが投げかけたハイテレパスも、その足を止めることはかなわない。
 悠々と。
 悠々と少女はヘルが引き抜こうとしていた『母親』に近寄ると、その首元から鮮血が吹き出した。
 母親の血が、少女の顔の形を赤く染め抜く。
 その首を噛みちぎり、鼓動が止まるまでの僅かな間赤いシャワーを浴びた少女が、嬉しそうに笑った。
「美味シイ。モット早クコウスレバ良カッタ」
 どさり。
 支えるには細くなりすぎた首が、その頭を重力に任せて放り出す。鈍い音が、やけに響いた。


 その先に語るべきことは、それほど多くはない。
 氷像化していたリベリスタたちが動けるようになるまでに長い時間は必要ではなかったし、トラックに繭を運んだリベリスタたちも、通信の向こうで何が起きていたのかはわかっていたのだから。
 もうひとつの繭もトラックに運び込んでしまえば、繭は急いでアークへ向けて運ぶだけ。
 トラックにひとり残ったぐるぐの、いくつも持参した輸血パックと献身的なまでに呼びかけ続けた福音とが、残された人々を皆生きながらえさせることに成功した。
 4人は、皆、生き延びたのだ。
 ――戦場も。血を浴びた硝子の少女は実に見つけやすく、セラフィーナのフラッシュバンはもうその相手を逃さなかったのだし、龍治の呪弾と併せてしまえば、そう何度もその拘束から逃れることはない。
 涼子の拳はこの上なくまっすぐにアザーバイドをぶっ飛ばしてかなりの深手を負わせたし、テュルクの拳は冷気を纏って打ち込まれた。そしてレオポルトの奏でた禍つ曲の四重奏は、その大火力で硝子のようなアザーバイドを塵と化したのだ。
 それまでに、時間だけはいくらか必要とした。その間にヘルが読み取ったアザーバイドの思考はただ食事のことで満ちていて――どうやら、繁殖のためとにかく栄養を必要としていたらしかった。
 それがわかった所で、決して相容れぬ存在である以上この殲滅が間違いということだけはありえない。
 しかし。
「人事は尽くしました、それでも、僕は――」
 萵苣は苦々しい顔で、ただひとつ残った繭を見据える。
 すべての血を地面に流してしまったのだろう。あれほど赤かった繭は、今はただ白く、ただの細長い硝子が巻き付いているようにも見えて。
 萵苣はストローの蛇腹を曲げ直した。

<了>

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
このような結果となりました、お疲れ様でした。
成功以上を狙ってくださった姿勢は、STとして本当に嬉しかったです。
ご参加いただき、ありがとうございました。