●ベース 三ツ池公園北門―― 開けた駐車場の辺りに臨時の司令部が立てられている。 戦場各地に散る味方小隊を統率し、情報と的確な命令で支援する――『親衛隊』の頭脳と呼ぶべきベースには当然、その司令官の姿があった。 「成る程、首尾は良いようだ。流石に愛国者の軍団だけはある」 その、リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイター少佐は鷹揚に頷いて機嫌良く部下達を労っていた。国内主流七派その首領五人が動き出したこのタイミングは『親衛隊』にとっての『偶発的好機』である。無論、如何な神に愛されたアーリア人種と言えども簡単に天文学的確率を引き当てられる道理は無い。人の運命を人が切り開くのはある種当然で、それを許されているが故に自分達は優性人種なのだと彼は心から信じていた。 「『百樹の森の碑』ではクリスティナ中尉が準備を進めています。 中尉の支援するアルトマイヤー少尉、ブレーメ曹長の作戦も程無く『里の広場』の東西から展開の見込み。三位で<Ritterkreuz Cerberus>を織り成す、といった所ですかね」 「結構。僕は精強なる諸君が間違いの無い勝利を掴み取ると確信している」 親衛隊ベースのテントの中には高性能な神秘型通信機を備えた通信兵達が居る。通常の手段で極めて傍受が難しく、通常の手段で遮断する事が困難なそれは謂わば大田重工の手で造り出された『アクセスファンタズムの代わり』である。真白智親程の天才には至らないが、大田の資本力・技術力とアーネンエルベの残党を取り込んだ『親衛隊』の知識が組み合わされば創成を受ける装備は多いのだ。それは僅かな期間で驚く程に、目覚しい程に事実となって現れている。 「リベリスタ――アーク側の展開も想定の通りですね。 少なくとも我々が警戒対象に置いていた『幾つかの顔』は戦場に居ません。 この国の言葉で『馬鹿と鋏は使いよう』と言うようですが、成る程。極東のサルも切れ味のいい鋏程度の役には立つようで……」 「『同盟相手』をこき下ろすのは感心しないな、バウマイスター伍長。彼等は上等なサルなのだ。その生存権を認めてやらんでは無い程度にはな」 『親衛隊』の面々はリヒャルトの言葉に「流石は少佐殿!」と快哉を上げていた。成る程、黒覇もこのリヒャルトもお互い様の部分は大きいか。 「我々は軍人だ。軍人は油断をしない。連中は僕の砲撃で半数残った位しぶといのだ。戦場の有利は確実だが――引き続き水も漏らさぬ覚悟で戦場の情報を集積したまえ。何、安心したまえ。諸君等の忠勇の前に敵はいない」 リヒャルトの目は爛々と野望の色に輝いていた。『親衛隊』が戦域を制圧したならば、最後は自分の役割である事を理解している。指揮官が唾棄すべき劣等と直接戦うような愚策は気分のいいものではないが、特に防備の固められているであろう『大穴』近辺を吹き飛ばすにリヒャルト程の適材は無い。 「――さて、精々抗ってみせたまえ。我が鉄十字の夜、その牙に!」 猟犬達は勝利を咥えて戻ってくるだろう。 リヒャルトは何処か恍惚と上等な歌劇のような夜にその背筋を震わせた。 ●強襲作戦 「……と、まぁ。状況はお話した通りです。 『親衛隊』の攻撃を首脳として取り仕切っているのは北門ベースです。 そこにはリヒャルト様が居る訳ですが、放っておくとこれは本当にヤバイですね」 戦場と化した三ツ池公園に珍しく同道した『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)はリベリスタに真剣な顔でそんな見込みを伝えてきた。 「『親衛隊』は軍人ですから。規律の取れた動作を取らせるとこれがまた上手い。十分な作戦と準備の裏打ちをして攻め入って来た彼等を食い止めるのは元々簡単じゃありませんが、そこはそれ。確かこの国でもあったんでしょう、本丸を叩く奇襲作戦が。えーと、そう。オケ、オケ……」 「桶狭間、な。今回に当てはまる訳じゃないが」 「そうそれです。それ。 つまり、皆さんにはリヒャルト様が陣取る親衛隊のベースを襲撃して頂きたく。彼等は絶対に攻め込まれる事を想定していません。たっぷり油断している筈です。何故ならばそれは」 「リヒャルトがそこに居るからだ」 アシュレイの言葉にリベリスタは苦笑を浮かべた。 リヒャルトという絶対のカードがそこに在る以上、『親衛隊』はその堅牢さを疑うまい。同時に先の戦いで示威を見せ付けた彼はそのプライドの高さ故にリベリスタが自身を狙う事等考えてすら居ないだろう。 「まぁ、その通りです。しかし、何もリヒャルト様を倒す必要は無いんですよ。ベースを襲撃して敵の連携を乱せば戦略的には大いに有利です。上手く痛打を加えればリヒャルト様の進撃、砲撃を防げるかも知れない。危ないですが、危なくない戦場は今夜ありませんしねぇ!」 調子のいいアシュレイにリベリスタは小さく唸る。 「例の無限回廊は」 「種が割れた手品は、多分クリスティナ中尉には通じません」 「あの――アハトアハトはどうする?」 「あんなもの、近距離戦(ドッグファイト)でポンポン撃てると思います? リヒャルト様にとってもアレは大技の筈ですしね。 ……いや、より厳密に言うならまぁ――『一発なら撃たれても私が(多分)何とかします』。但し一発ですよ。『来ると分かっているもの』を使い切りのアーティファクトで誤魔化すだけですからね。 威力も殺し切れませんし、それでも十分並の人からすれば必殺です。 まぁ、しかし何れにしてもそこがミソでして。 あの方はああいう性格ですから。『二度目のフロック』があれば確実に隙が出来る筈です。 リヒャルト様の意識を引き付け、ベースを効率良く攻撃するんですよ。はい、私は残念ながら矢面に立てませんが、フォーチュナですし。ええ、可能な限りのバックアップは頑張りますけど!」 アシュレイの言葉にリベリスタは二度目の苦笑をした。 確かに攻撃が成功すれば一定の効果が現れるだろう。よしんば作戦が完全に上手く行かなかったとしても状況が幾らか好転する目はある。 バロックナイツにただ挑めと言われれば無茶だが、アシュレイの言を返せばバロックナイツが味方に居るのも事実である。 「あ、でも気をつけて下さいね。砲撃が無くても、彼はまぁ……」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月04日(木)23:49 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●死中へ 「この公園の景色も見慣れたもんだぁ」 何処か惚けたように『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)が息を吐く。 湿度の高い空気は肌に汗を浮かばせて。 「ま、碌な思い出は無いんだけどねぇ」 やはり事態よりは随分気楽に零した自称『戦闘屋』の肝はとうの昔に座っていた。 死中に活を求める―― 口にすれば余りに容易い一言が、実際に容易かった試し等無い。 それが必要でないならば、有り得ない。それが必要だるならば、可能性はいよいよ下がる。『死に飛び込んで生を得る』謂わば無謀な行為を肯定するのは『そうせざるを得ない苦境』なのだからそれも当然だ。 果たして。 軍靴が鉄の賛美歌を奏でる暗い夜に『九人の』リベリスタが得た戦場はまさにそう呼ぶに相応しいものとなっていた。 「親衛隊ベース…… アレに打撃を与え司令部機能を一時的にでも麻痺させられれば。 各所で戦う皆への大きな援護になる筈です」 「勤勉な事だな。尻で椅子を磨く仕事をしないとは」 真剣な表情で彼方北門駐車場付近の『敵ベース』を見据えた『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)の一方で『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は半ば呆れたようにそう言った。 「イタ公並みの慢心でバカンス気分か。紙一重の大物だな、妄想狂は」 「……例えリヒャルトが居ようとも、やらねばなりません」 肩を竦めるユーヌと唇を噛んだリセリアは同じものを見ながら、実に対照的な反応を取った。 ――純然たる事実として、かのベースにはリヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイターが存在している。 「リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイター……バロックナイツの第八位にして『親衛隊』の首魁。 今回のアーク襲撃から続く事件の首謀者か。私は初めてだけど、やっぱり考える程気に入らないわね。 アークが、アークのメンバーが良いように嬲られたのもそうだけれど…… 手前勝手に錆付いた時代錯誤の選民思想が何より最悪そのものね。潰し甲斐があるわよ、その思惑」 『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)の可憐な美貌に乗る表情が不快感を隠していない。 「前回は守りきれなかった。守られた命だけど。次はもうしくじらない。 穴も命も好きにはさせない。戦争なんて馬鹿げたこと、させてたまるか――」 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)の唇から零れた言葉には並々ならぬ決意が滲んでいた。 (……会いたくなかったけど、もう会いたくなかったけど、でも……) 杏樹の、そして睫をそっと伏せた『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)の瞼の裏には敵の主砲の――絶望的なまでの火力が焼き付いたままだ。少女達の心に傷を刻んだ苦杯は痛恨の一敗である。しかし、怯まなかった。痛みを押し退けて――押し退ける為に杏樹はここにやって来た。胸の前で指揮を取る『彼』に貰った指輪を抱きしめるようにしたそあらは敢えてこの戦場に志願したのだから。 「でもあたしは逃げずに立ち向かうのです。三ツ池公園は渡さない。 皆の為にも――あたし達が勝たなければいけないのです!」 ……如何な精鋭リベリスタとは言え僅か十人の戦力で使徒(リヒャルト)を撃破する事等夢物語である。 故にリベリスタ達の望む作戦とは彼を仕留める為の攻撃計画では無かった。 集団での軍事行動に優れるプロである『親衛隊』を手足の如く操るのは件の北門ベースにどっかりと居座ったリヒャルトである。リベリスタ達の目的はこのベースを強襲し、戦線に指示を飛ばす首脳部にダメージを与える事。願わくば中枢通信網を破壊し、敵連携を乱す事。アークは各種の条件から致命的な不利が否めない今回の苦境を逆転する為の手段として『塔の魔女』アシュレイの立案したこの司令部強襲計画を承認したのだった。 「アークを舐めるな。この死地、一丸となってぶち壊す――」 宣誓の如き『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)の一言に一同が力強く頷いた。 敵主砲アハト・アハトを封じる策はアシュレイによる唯一度の助力と危険を顧みない超近接戦闘(ドッグ・ファイト)にかかっている。バロックナイツの懐に飛び込む等ぞっとしないが、元より『絶望的な』夜なのだ。運命を覆さんとするならば奇跡に奇跡を重ねて初めては間違いが無かろう。 「……猟犬如きに狼は倒せぬよ。 月は出ているか? さぁ楽しい楽しい宴の時間だ。 通信兵だろうがリヒャルトだろうが全力で――潰す!」 「いよいよだ。リヒャルト狙いの『劣等らしい悪足掻き』。実に無謀な突撃は!」 嘯いた御龍と、惚けた『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)の口元が皮肉に歪んだ。はてさてリヒャルトがリベリスタ側の狙いを読み誤ったならば重畳である。 時間は一瞬毎がダイヤモンドのように貴重で、疾風迅雷の素早さはまさにこの夜こそが欲するピース。 まさに今始まるのだ。今夜の――最大の作戦が、乾坤一擲の鉄槌が。 (臆病で弱虫の僕にも譲れないものがある。 この場所は花子さんや色んな人が命をかけて守った場所なんだ。決して、退けない一線がある) 高まる緊張感は『その時』の訪れをリベリスタ達に自覚させた。 『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)の双眸に炎が揺らめく。 何が出来るかでは無い。全ては何をしたいか、何をするか――強くは無いが分からない程弱くも無い! 「絶対に、誰にも、渡すもんか! 行こう――みんな!」 ●特攻I 「司令部、『恐らくは』敵襲です――!」 北門ベースに接近したリベリスタ達を早々と察知した歩哨がドイツ語で鋭い通信を飛ばす。 ベースであるテントの外で警戒する敵戦力は二名。彼等の注意をこれでもかとばかりに引いたのは、 「ごめんよニューSHOGOカー、新車なのに早速鉄砲玉なんだ!」 主力である九人のリベリスタ達とは敢えて別行動を取り、囮役を買って出た十人目。オフロードトラックのハンドルを握り、強引に北門ベースまでの通路へと吶喊した『SHOGO』靖邦・Z・翔護(BNE003820)の存在感であった。 「やー、盛り上がってるねぇ!」 得物を手にする敵の注視が己に向くや否や翔護はかえって快哉を上げた。 彼が助手席に乗せるのは残念ながら可愛い女の子では無い。 「オーッと……!」 『可愛い女の子(ユーヌ・プロメース)が造った陰陽人形』が銃撃の構えを見せた歩哨に応じて車体を庇いに飛び出した。それも気休めだ。銃撃の連射に容易く撃ち抜かれた影人は、だが十分に時間を稼いだ。 「今日はキャッシュからの――ヘビーパニッシュ☆」 ハンドルを大きく切り車体を横に滑らせた。『もたない』事を素早く察知した彼はそのままドアを開け車体から飛び出して――アスファルトの上を一回転しながら『パニッツュ』の曰くを刻む己が得物を乱射した。 「テントの連中も動き出した! リヒャルトを含む四人! ヘビーになるよ!」 「分かったのです! そちらも気をつけて!」 千里眼で敵側の動向を察知した翔護の言葉がアクセス・ファンタズムで通じたそあらに状況を報告する。 派手、派手、兎に角派手ならば――この男よりも適任な人間は中々居ない。しかして派手に派手ならば、危険も一層大きくなるのは言うまでも無い。 時同じくして注意の逸れた歩哨達の隙を突き、パーティの主力本隊が動き出した。 蜂の巣にされる翔護のトラックはさて置いて――『それが攻撃を受けている以上』彼等をパスするのは決して難しい仕事では無かったのである。 パーティは全速力で駐車場を走り、ユーヌは作戦の性質上、可能だった前準備で用意した影人を状況に気付いた歩哨のブロックに張り付けた。 僅か数十メートルの距離が瞬く間に縮まっていく。 「馬鹿な、敵襲だと……?」 「おいでなすったなぁ」 敵影の一つに御龍が舌なめずりをする。 「気をつけろ――!」 黒い軍服に身を包んだ金髪の軍人――リヒャルトの存在感を優希はすぐさまに察知した。 ベースとリベリスタ達の中間地点でこれを迎撃する構えの敵は四人。虚を突かれ、前を突破された歩哨達と合計して駐車場内の戦力は計六人。炎上するトラックの向こう側の翔護を除く九人がこれに相対する形である。 「御機嫌よう、リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイター。 この国には貴方達の様な遺物は必要ないわ。お引取り願えないかしら? ……なんて、話が通用する相手とは思っていないけれどね!」 「『アレ』が来る前に仕遂げるぞ!」 些かの芝居っ気を見せた糾華とベルカがリヒャルトに聞かせるように『無謀な突撃』をアピールする。 同時にベルカが投擲したフラッシュバンがリヒャルトを含む『親衛隊』の足元で炸裂する。 「フン、こんな小細工――」 炸裂する閃光から咄嗟の反応で視界を守ったリヒャルトが鼻で笑う。 さりとて、ベルカの攻撃の優秀な精度は巻き込んだ通信兵の一人の動きを確かに奪い去っていた。 リベリスタ側も元より使徒がその程度で止まるとは考えていない。 「邪魔はさせない――」 前に出かけた通信兵の一人を氷気を纏う悠里の拳が迎撃した。 敵もさるもの、通信兵と言えど『親衛隊』に弱兵は無し。鍛え上げた悠里の一撃を避け切る事は叶わずもそのダメージを殺す事には成功している。 しかし、悠里の今の一撃は道を開ける為のものでもある。 「――リセリアちゃん!」 「はい! 参ります――」 悠里の声に応え、疾風のように戦場を駆け抜ける――リセリアの刃の切っ先が生暖かい空気を切り裂いた。 急速に冷却された世界が無数の銀の煌きと切断の霧を作り出す。 ソードミラージュの剣技、その奥義が織り成す怪しくも美しい幻霧を、 「小賢しい!」 しかしてリヒャルトは腕の一振りで吹き飛ばしていた。 掠った程度のダメージではこの敵を食い止めるには遠く、遠く到らない。 「貴様がリヒャルトか! 先の戦で蒙った、仲間の仇を返してくれる!」 更に噛みつくように吠え掛かり、速力を増したのは優希であった。 傲慢なるリヒャルトを阻まんとするようにその前に立ち、素晴らしいスピードから無数の雷華で夜を彩る。武技に瞬く青い閃光が敵陣に次々と突き刺さり悲鳴を響かせた。 但しこれも右手の大型兵装(アハト・アハト)で攻撃を弾いたリヒャルトを除いての――話だが。 リセリアの柳眉が僅かに歪む。 (やはり、直接的戦闘での戦果はかなり無謀――) 唯の数攻防でそんな事実は嫌と言う程分かってしまう。 リヒャルトは加えられた攻撃を『完全に見切っている』。 激し易いその性格と戦闘力が正しく比例するという事実は――この場には余りに重い。『圧倒的に攻撃力重視』である筈のリヒャルトが見せる『防御能力』は彼の立つステージを表すものである。 (つまり、『戦闘タイプ』のバロックナイツには当たり前の芸当ですか――) 例えばケイオスやアシュレイ、ひょっとしたらばモリアーティは直接戦闘能力に長けてはいないかも知れない。しかし彼等にはそれを補って余りある『芸』があるだろう。ジャック然り、リヒャルト然り。そういった『芸』を持ち合わせないタイプが何故バロックナイツ足り得るのかと言えば、それは。 (――唯、只管に強いから) パーティの主な作戦は優希、悠里、御龍、このリセリア等前衛が主にリヒャルトを引き付け、総合火力に優れる後衛陣を中心とした戦力でベースを叩くというものである。とは言え、状況上役割は完全には固定化されてはおらず、遊撃めいた立ち位置を取るユーヌやベルカも含め、フレキシブルな対応と有機的連携が鍵になるのは言うまでも無い。 何れにせよ始まった戦いが熾烈なものになる予感はリベリスタ達の共有する確信に違いなかった。 まずは数の差を頼みに敵側戦力を抑えたリベリスタ戦力――ユーヌがベースに玄武の水気を叩きつける。 「お勤めご苦労。退屈な仕事に差し入れだ」 制圧を目標とした無差別範囲攻撃は然したる耐久を持たないテントを破壊し、内部の敵戦力を外へ叩き出す事に成功した。されど『革醒兵器の一種たる』敵大型通信機はその攻撃にも破損した様子は無かった。 (大型の中枢アイテムに加えて、小型の携行用をそれぞれの兵隊が持っているのか。 つまり……兵隊連中も倒せるか否かもスコアの内か?) ユーヌの視線が鋭く通信兵達の装備を確認した。 「さあ、ゲームを始めましょう。 蝶が猟犬に喰らいつけるかどうかというゲームを…… Betは運命或いは命。勿論、くれてやる命なんて存在はしないけれどね――」 敵迎撃をすり抜けた糾華が更にベースに肉薄する。 「――貰ってあげる方は、吝かじゃないわ」 ベース付近の通信兵もろとも、強かに敵陣を叩くのは彼岸ノ妖翅が成す蜂の百刺しである。 流麗にして可憐、告死の蝶が舞い踊るのは彼女の為の夜かのよう―― リベリスタ側の攻勢の目的は何処までもハッキリしている。 最良最上は中枢通信機の破壊と、兵隊の除去、そして主砲リヒャルトの機能不全化。 しかしてそれは…… 「……難しいかも知れんな」 ……ベルカの呟きが悲観的未来と殺気を帯びた空気を震わせる。 彼女の見据えるリヒャルトの失われた顔の半分が――機械の顔、その目が爛々と赤い光を宿していた。 「バロックナイツと二度会うのは、なかなか心臓に悪い経験だな」 怖気立つ魔人に言葉を投げたのは杏樹だった。 「二度目?」 「あの時、居たんだ。私は――」 リヒャルトはせせら笑う。 「――ああ、死に損なった虫の一匹か。何故、その幸運に感謝しない?」 「神様を信じていないから」 挑発に応じる事は無い。杏樹の魔銃バーニーが『火』を吐いた。 敵陣――視認が確認可能だった全て――に降り注ぐ炎は赤々とその存在感を際立たせる。 彼女は一矢報いんとここに来た。一矢を突き立てる為にやって来た。 燃える赤い矢は一矢所の話では済まさず、彼女の忸怩たる想いを晴らすかのように荒れ狂う! 「苛立つぜ。信じ難い連中だ!」 「焦っているのか?」 優希の言葉をリヒャルトは一笑に付した。 「焦って等、居ないさ。僕が驚いたのはこの島国にはここまでの馬鹿共が居るのかという呆れだ。 この僕の存在を知って尚、こんな無謀な攻撃を仕掛ける劣等が――心底理解出来ないだけだとも。 胸クソの悪いハリウッド野郎に言わせれば『クレイジー』。 貴様等のカミカゼ気質は何十年経っても変わっていないと見える……」 リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイターの冷笑は触れれば燃え上がらん程の怒りを帯びていた。 「……やはり、劣等には消去消滅がお似合いだ。その存在、完全、無欠、完膚無きまでに!」 ――それは、Schuldig―― ●特攻II 「皆が安心して戦えるよう癒しの息吹を届けるです。もう誰も……」 そあらの祈りが暗い夜の空に吸い込まれていく。 「誰も……死なせたりはしないのです……!」 リベリスタの――三ツ池公園の命運を決める最大の戦場は酷い乱戦の様相を呈していた。 リベリスタ側は数に勝るとは言えど、元よりそれは十対八の僅差である。 敵陣に複数のリベリスタが張り付かざるを得ないリヒャルトが存在する以上、数的優位は解消され、差は無いに等しいとも言い切れる。敵ベースを攻撃するというパーティ側の目論みは即ち、『敵のみを攻撃する』リヒャルト側よりも面倒な工程を有しているという事でもある。事前準備と先制攻撃の有利から当初こそ勢いを持っていたリベリスタ達の攻勢ではあったが、その有利は戦いが続く程に失われようとしていた。 「食い止めねばな――」 ベルカは強力な神秘の閃光弾(シャイニング・ウィザード)で敵陣を白く灼くが―― 「……これ、はっ……」 必然的にテント近くでの単独遊撃の形を取る事になった翔護が遂に親衛隊側の攻勢に捕まっていた。 攻撃する事は兎も角、然して防御に優れない彼は必死でこれを迎撃するも――それを逃す程敵は甘い存在では無かった。 「遊ぼうか? 小娘一人と戯れて――まるでイタ公のようだぞ?」 翔護の危機を挑発によるヘイト・コントロールで回避せんとしたのはユーヌであった。 彼女の抜群の身のこなし、その技量は並の敵ならば寄せ付けない程のものがある。しかしそれは相手が並の敵ならばの話でもある。装甲を削った戦闘機のような彼女は実にナンセンスな危機を敵前に晒し続ける存在でもある。紙一重の攻防に長い黒髪が揺れ流れた。 「……これも、あちらも薄紙一枚か」 呟く彼女の無表情にじんわりと汗が浮かんでいた。 繰り返す。戦いは乱戦めいていた。 (少しでも数を減らさねば。ここで叩けねば勝ちは――薄い!) 気を吐いた優希が猛然と通信兵に襲い掛かる。逃れんとバックステップを踏んだその敵は『間合いごと』自身を掴んだ優希の手に気付けば地面の上に叩き付けられていた。 「しぶとい……!」 フェイトの加護はアークのリベリスタの専売特許では無い。激動の時代、戦争の世紀を生き抜いた『親衛隊』ともなれば、縋る運命位は持ち合わせているものらしい。 「……くっ……」 兵隊とのサシの勝負ならば分はあるが、臍を噛む優希は自身等に圧し掛かるリミットを知っている。 一方でリヒャルトと対峙するリベリスタ達は特にその神経を研ぎ澄ませていた。彼に相対する面々は肌を突き刺すような破滅的なイメージを頭から消し去る事は出来なかった。緊張感が吐き気のように喉の奥から競り上がってくる。どれ程止めようにも止まらない。 それでも―― (倒すは目標ではないが出来るだけ傷を負わせる――ゲシュタポ野郎はすぐ頭に血が上りそうだからな) そんな中でも『戦闘屋』の自負を持つ御龍は一度は叩きのめされながらも運命に縋り、粘る構えを見せていた。「闘いこそが我が全てよ!」と実に果敢に猛々しくリヒャルトに攻めかかってはいたのだが―― 「なんとぉ――!」 「しゃらくせぇ!」 ドイツ語で悪態を吐いたリヒャルトが彼女の震動破砕刀を装備した主砲で跳ね上げた。 馬鹿げたまでの威力を誇る御龍の斬撃ごと強引に彼女を振り払う。 「チィ、このデカブツが――」 怪物めいた御龍の膂力をもってしても――攻撃に精度を伴わねばまるで彼には通用しない。 右の鉄槌をリヒャルトは振り上げた。態勢を崩した御龍を重き死の砲で叩きのめす。 頭からアスファルトにめり込んだ彼女はそれで動きを失った。 更に。 「――――ッ!」 息を呑んだリセリアが己に迫る危険を知覚したのはやや遅きに失していた。 リヒャルトの左手にはルガーP08が握られていた。 正確無比な銃撃は反応する事叶わなかった彼女を撃ち抜き、アスファルトに少女の体を叩きつけた。 「……どうした? 劣等でもあるまいに。この程度、挨拶ではないか」 「リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイター少佐……」 よろりと起き上がったリセリアが咽るように血を吐いた。 圧倒的強者として君臨するリヒャルトは確かに使徒の面目を保っている。 果敢なる近接戦闘を挑んだリベリスタ側の覚悟は彼に主砲(アハト・アハト)の使用を躊躇させてはいたのだが――彼の威力は主砲であろうとルガーP08であろうと変わらない。リベリスタを跡形も無く消し飛ばすか、それとも必要な程度に殺すに必要な威力か――精々がその差でしかないのだから。 「少佐、貴方は……戦争を起こす心算なのですか……っ……」 「はん?」 「世界を壊し、壊れた世界で最後の勝利者となった後…… 新しい世界、理想の帝国を作るとでも? それは誰の為の世界なのですか」 耳を擽る同郷の言葉にリヒャルトは機嫌を良くして答えた。 「『皆の為』に」 リセリアと同じ流暢なるドイツ語で、何処か御高く止まったそんな調子で。 「八十年前も戦争は起きたさ。『誰かの都合』で」 「――――」 「僕の愛するベルリンの街並みは無慈悲に焼かれた。 街の花屋のフロイラインも、気安いお気に入りの仕立て屋も。 これは――誤りを正す為の聖戦なのだよ」 「馬鹿げている……時計の針は戻らない……!」 「愛すべき戦友が死んだ! 心を捧げた敬愛するあの方も!」 帝国主義の交差が破滅的な戦争を引き起こしたのは事実である。 退屈な一般論と言われようとも、戦争に絶対的な善、絶対的な理性が存在しないのも事実である。 とは言え――リヒャルトが望んだ千年帝国が『悪では無かった』とは到底言えない。 彼等に憎悪を燃やした人間が、彼等に希望を奪われた人間が一体如何程居たか。それぞれの命が、人間が、誰にとっても平等に尊いものである等、『親衛隊』ならずとも笑うしかない幻想なのだとしても―― 「そんな遺物なんて、僕達だけで十分さ――」 余力を失したリセリアに代わった悠里が猛然と吠えた。 懐の懐中時計を確かに感じて、なけなしの勇気を振り絞って。 「――かかっておいでよ、名前だけの負け犬優良種!」 韻、と。 粟立った空気が静寂に軋む。 「ほう……?」 悠里の吐き出した『決して許されない一言』はリヒャルトの顔を壮絶な悪鬼のそれへと変えていた。 交戦する『親衛隊』の悉くから表現の仕様の無い悪意が滲んでいた。 怒気を撒き散らす普段の姿とは違う。歪んだ理想、歪んだ誇りを踏みにじる挑発は劇的な効果を発揮していた。バロックナイツの一に数えられる彼が他人よりそんな言葉を受けた事はついぞ無い。それ程の勇気を発揮出来るリベリスタも――少なくともアークの前には居なかったのだから。 悠里の安い挑発はしかし――安いなりに彼等の琴線をかき乱したのだ。間違い無く。 「諸君! 分かっているな!」 「ja!」 リヒャルトの声と共に緊張が迸る。 「来るぞ……『アレ』が」 ベルカの声は自然の内に乾いていた。 彼が肩に担いだ主砲(アハト・アハト)は敵味方の撃ち分けが出来る程器用な性質をしていない。 眼前の敵、後方のそあら等リベリスタ――リヒャルトが『何処』を撃つのかは知れないが、何れにせよ着弾から一帯を吹き飛ばすに違いない一撃は『親衛隊』の兵隊も例外にはしないのだ。 リベリスタ側は準備の動作を取るリヒャルトを攻め立てる。 必死の攻撃はリヒャルトの誇り高い軍服に傷を刻む。 『劣等如き』に負傷する事の嫌悪感を、彼の怒りは上回っていた。 想定される被害範囲より距離を取り始めた通信兵達を追撃する。 リベリスタも『親衛隊』も結果として戦場を散る格好にはなっていたが―― 「ここを……動く訳にはいきませんね」 「ああ。自分で選んだ役割だ」 リヒャルトを決して自由に動かさせない――リセリアは、悠里は、 (頼んだぞアシュレイ……) 何処かからこの戦場を見つめているであろう魔女に祈るような気持ちで念を送った優希はこの戦いのフロントラインを崩す心算は無かった。パーティが司令部強襲計画に頼む最後の切り札はアシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアの存在だ。掴み所が無く、底も知れない。信用していいかも分からない――彼女は言ったのだ。「一発なら撃たれても私が何とかします」と。 主砲の一撃が再び必殺足り得なければリヒャルトに隙が生じる可能性は高い。 山よりも高い彼のプライドは二度目のフロックを簡単には許すまい。即ちリベリスタが勝負を賭けるに足る瞬間は、最大の好機はすぐそこに迫っている―― 「時間だ、劣等。祈るまでも無く――家畜共に神は居ない」 ――目を見開き、歯茎を剥き。全身からオーラを放つ魔人は目の前の敵にピタリと照準を合わせていた。悠里を、リセリアを、優希を、彼等を支援するそあらや杏樹を――更には余波で自身をも巻き込みかねない砲撃は彼が鉄の誇りを託すに足る最強最悪の一撃だ。 「――――」 そあらがすぅと息を吸い込んだ。 神に祈る代わりに、諦める代わりに――力一杯に希望を叫ぶ! 「――出番です、そのすっごいアーティファクトいつ使うのです? 今でしょ!」 ●特攻III 耳をつんざく爆音と。 「はーい」とシーンに幾分か軽い返事が響いたのは殆ど同時だった。 リベリスタ達の中心に青い菱形のキューブが出現する。唸りを上げる爆炎をキューブが吸い込み爆ぜ割れた。噴き出した火気は周囲に迸り、対象を持たぬ暴力は周辺を焦がし、運命の華が咲き乱れるが―― 残った。 既に傷んでいたリセリアは地に伏せたが。悠里が、優希が防御の姿勢のその向こうから口の中で悪態を吐いたリヒャルトを見据えていた。 「癪だが――消し炭になっていない以上、御の字という訳だ」 「今の内なのです!」 ユーヌが薄く笑う。そあらの激励の声は勝負機の訪れを告げていた。 主砲の余波に自らもダメージを蒙ったリヒャルトが次の動作を取るより先にリベリスタ達は猛然と動き出していた。 「Amen。私達にも、お前達にも神なんて居なかったさ」 そあらを庇う動作から身を翻す。幾度目か放たれた杏樹の裁きの弾丸がベースの中枢通信機を火炎に包む。 「私達に……アークに手を出した事を必ず後悔させてみせるわ。必ず、ね」 狼狽した通信兵を纏めて――幾度も強かに。 運命をbetすればリロードの止まらない――糾華の弾幕の嵐が叩く。 「ここまでだな?」 嘲笑を浮かべたユーヌが敵が落とした携行用通信機を踏み潰す。 止まらない。これが正念場。ここが最後のチャンス。 「届け……ッ!」 吠えた優希が余波を嫌い散る事で防御の緩んだ敵ベースを全力で破壊にかかる。 「一発は――やらせて貰う!」 状況を理解するより先に為すべきがある。舌を打ったリヒャルトをベルカの凍り付く眼力が貫いた。 やや仰け反る動きを見せたリヒャルトはバランスを立て直し、やや前傾に体を沈ませる。 地面を蹴り上げた悠里はそんな敵を真っ直ぐ直線上に捉えている。 「世界最強を倒せるなんて思っていないさ。 だけど、少しでもお前を阻んでみせる。弱い力と笑われたって――」 ボロボロの彼の動きはそれまでの彼の動きとはまるで違う。 まるで距離さえ縮めるように速く。逆境を駆け上がる彼は低い姿勢から全身の膂力を解放した。 「――負けるもんか! ここが、僕達が!」 撃ち抜いた拳がリヒャルトの頭蓋を揺らす。 小さな力の一刺しは彼を脅かすには余りに無力だったけれど――効かない事は有り得ない。 「僕達が――境界線だ!」 ――三ツ池公園に展開した『親衛隊』の司令ベースはかくて混乱に包まれた。 敵通信兵二名が戦闘不能。敵ベースの機能の30%程度が喪失。 『塔の魔女』アシュレイのサポートを受け撤収したリベリスタ側の『死者は』ゼロ。 リベリスタ側の決死の攻撃は幾ばくかの成果を上げ、敵司令系統に一定の混乱を与える事に成功した。 しかし、アーク側の作戦も又、彼等が望んだ目標値を達成せず。 三ツ池公園の激戦は、いよいよ最終章を迎えようとしていた―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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