●血風の実験場 「伍長。アドラー伍長」 上官であるフリードリヒに声をかけられ、エルフリーデ・アドラー伍長は背筋を正した。襟足で切りそろえられた黒髪が揺れる。 「なんでありますか、軍曹殿」 「これらが、ゾエ曹長殿から賜った兵力かね?」 「はっ。そうであります」 月明かりの下、公園の駐車場にはガスマスクのようなもので顔を覆った、屈強な体つきの兵士が十人ほど並んでいた。 その横には、何故かスーツ姿の男性、エプロンをしたままの中年女性、学生服に身を包んだ青年など、様々な男女が列を成している。深夜に近い時間で、そんなちぐはぐな老若男女がいることも不自然だが、何より違和感を覚えるのはその表情だ。 生気がまるで感じられない、まるで屍のような顔だ。表情一つ浮かんでおらず、目は虚ろで、口はだらしなく開かれている。 「バウアーはまだしも、使い物になるのかね、こんな傀儡が。どう考えるね、アドラー伍長?」 「はっ。やはりブレーメ曹長殿の仰っていた通り、足止めと弾避けとしての使い方が良いかと考えます」 「やはり、そうするのが上策か。どれ?」 たぁん!! 刹那、乾いた音が駐車場に響き渡る。いつの間に抜いたのか、フリードリヒの左手には拳銃が握られていた。銃口からは薄く細い煙が立ち上っている。 糸の切れた人形のように、地面に倒れ臥すスーツ姿の男。どくりどくりと地面に紅く温かい液体が溜まる。辺りに、噎せ返るような鉄の臭いが広がった。 しかし、そんな光景を目の当たりにして尚、その整列は乱れることはなかった。それどころか、誰一人微動だにしない。 「前言は撤回だ、ゾエ曹長殿はやはり素晴らしい。このように統率の取れた兵隊を実践投入させてくれるのだから。まさしく、『雷神』に導かれし英霊と言った所だな。 ここは一つ、我々の力を連中に見せ付けてやるとするか。ロマンチストのベーレンドルフ少尉殿の為にも、完璧で清廉潔白な勝利を収めなければならないな 我々の本作戦での狙いは、この三ツ池公園の制圧にある。そろそろ状況を開始するとしようか」 「了解であります、軍曹殿」 ●強襲 本日何度目か判らない非常召集。一同はブリーフィングルームへと集められた。 「ごくろーさま。今日はホンットいっそがしいわね! ったく、こんな時間まで働いてたらお肌が荒れちゃうわ! ンもう!」 『艶やかに乱れ咲く野薔薇』ローゼス・丸山(nBNE000266)が眉間にしわを寄せながら出迎えた。しかし、さすがに現状を弁えているようで、すぐに真顔になる。 「今回の任務は、言うまでもないかもしれないけど、三ツ池公園に強襲をかけようとしている敵の撃破よ。 『親衛隊』って、もう知ってるわよね? 最近上手い事力を伸ばしてきたヤツらで、古臭~い時代錯誤な連中で制圧戦が得意みたい。そいつらが向かってるのよ。 ヤツらの狙いは神秘的特異点である、『穴』ね。まったくもう、お偉いさん方が暴れてくれちゃって、手薄のこの時を狙うなんて、なんて性格の悪いヤツらかしらッ! そんなんじゃモテないわよ、まったく! とにかくアンタたちは、駐車場からテニスコートへ向かってくる一団を迎撃して頂戴。 ぶっちゃけすっごくキッツいのは判ってるけど、でも許すわけにはいかないわ! 敵の集団は、軍服着たのが数人と、ゴッツいガスマスク……恐らくノーフェイスね。それが十人ほど。あと、一般人だと思われるのが二十名ほどよ」 「一般人がいるんですか?」 当然の疑問が投げかけられる。何故そんな場所・場面に一般人が巻き込まれているのか。 「どうやら、何らかの手段で操られているようね。これまでにも似たようなケースはあったわ」 「……助ける術は?」 「残念だけど。 無傷で取り押さえた事もあったけど、その後完全に発狂しちゃったわね。元には戻せないみたい」 あっさり言ってのけるローゼス。一同の顔に苦しげな表情が浮かぶ。 「操られた一般人は、躊躇なくこっちに向かってくるわよ。無駄な情けは捨てる事ね。 あっちもやる気が違うみたいだけど、とにかく、これ以上ヤツらの跳梁を許しちゃダメよ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:恵 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月03日(水)23:13 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●虚ろなる進軍 公園の一画にあるテニスコート。夜の帳が降り立ったこの場所に、数人の男女が何かを待つように立っていた。各々、表情は硬く、僅かな緊張感が見られる。 しかし、それらは決しておかしなことではなかった。平時とは全く異質の空気が、公園内を包み込んでいるからだ。 明らかな殺気が満ち、また、遠くでは銃声や爆発音までが聞こえる。まるで戦争でも起こっているかのようだ。 「機会と見るや一気に攻め込み。これだから優秀な軍人さんは嫌だねぇ。 表の世界ならいざ知らず、神秘世界でも残党とは言え、正規軍を相手するとは思わなかったぜ」 皮肉めいた笑みを浮かべ『さすらいの遊び人』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)が闇を睨みながら呟く。 否、その視線の先には、一糸乱れぬ足並みで進軍を続ける小隊が月明かりに照らされていた。 まさしく訓練された軍隊そのもののその動きだが、最前列を務める集団の服装に違和感を覚える。学生服、スーツ、Tシャツ……。服装だけ見れば、そのまま日常を切り取ってきたかのようだ。 そんなありふれた集団だったが、纏う空気は兵士のそれだ。一同には、それが、ただ辛かった。 「一般人を弾除けにしたりノーフェイスを道具扱いしてるのか、下衆野郎共め……! ここから先は進ませねーぞ……」 静かに怒りを宿す『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)。あまりの怒りに、一瞬彼の周囲の空気が揺らめいているかのように見える。 そんな一同の怒りを飄々と受け流し、一団の最後尾に立つフリードリヒが笑みを浮かべた。 「やぁやぁ、これはこれはお出迎えご苦労様、というやつだ。どうやら私たちの崇高な実験に付き合ってくれるようだな。 何やら険しい顔つきだね? どうしたんだね、ん?」 「御機嫌よう? 羽衣、貴方達嫌いだわ。弱者からしか狙えないだけなのに。難しい言葉は何時も臆病者に優しいのね」 そんなフリードリヒに対し、『帳の夢』匂坂・羽衣(BNE004023)は辛辣に言ってのけた。その言葉を聞いたエルフリーデが騎兵銃を構えかけるが、フリードリヒがそれを制する。 「ふふふ、お嬢さん、手厳しいな。 しかし、我らを弱者と言い、臆病者と罵るのならば。一般人を盾とすることが卑怯だと言うのならば、彼らをその手で救ってみたら如何かね? それを出来もせず吠えるだけとは、実に気楽な仕事じゃぁないかね?」 彼らを救う術は、今のアークにはありはしない。それを知って、フリードリヒは嘲っているのだ。悔しさと怒りが、再び一同の心に灯る。 「言いたい放題言いやがって、バカにしくさってる相手に随分必死じゃねえ? ……上等。てめえらがどんだけ面倒臭え敵相手にしてんのか、しっかり分からせてやるよ……!」 強く、強く、強く怒りを込めて『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)がフリードリヒを睨む。 ●交戦 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)の戦う理由は実にシンプルだ。 平穏に生きる人々を、その人々が生きるこの世界を守りたい。その一点の為に戦っているといっても過言ではない。 故に、それを侵し、無惨に踏みにじるような相手を、彼女は決して許しはしない。 しかし何故だろう。それを願う彼女の前には、老若男女様々な、平穏に生きる存在が立ち塞がっている。 「無駄な事を。こんな小細工を弄する暇があるなら……向かって来なさい、猟犬気取りの犬畜生が」 辛い。苦しい。悲しい。優しい彼女の心の中に、嘆きの感情が渦巻く。 だが、そんな感情を僅か一滴も表に出さぬよう言い放ち、ただ冷酷に、操られてしまった、本来守るべき存在をその手にした愛銃の射撃で撃ち抜く。正確に、命を散らされていく兵士達。そこに慈悲はありはしない。 そんな彼女と同じように羽衣もまた、迸る冷たい雷光を叩きつける。あっという間に、最前列を固めていた一般人は冷たくなり、倒れ臥す。 「……謝らないわ。羽衣が選んだんだもの。 貴方達を殺す羽衣を恨めばいい。羽衣は自分で下した決断を悔いたりしない」 凛と言い放つ羽衣。言葉の通り、その表情には迷いも後悔もない。しかし、その心の内は、決して見えはしない。 「ほぉ、素晴らしい。個の感情を排斥し、全体の効率を重視する。素晴らしいじゃないか。 なるほど、君達には傀儡は効果的ではないのか、覚えておくとしよう。 しかし、彼らを操り前線へと投入した私達と、そんな彼らをまるで枯れ木のように薙ぎ払う君達。そこにどんな差異があるというのだね?」 苦渋の選択だという事は、誰の目にも明らかだ。それを知りつつ、フリードリヒは更に一同を嘲る。 「何をふざけたことを……! 皆さんが、どんな決意でいるのかも知らないくせに……!」 七布施・三千(BNE000346)が強くフリードリヒを睨む。普段の物静かな彼からは想像もつかない、強い眼差しだ。 同時に一同に、十字の加護が宿った。彼の強い想いが、仲間の力となるかのようだ。 また、『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)も三千と肩を並べ、憤っていた。彼女もまた、三千と同じように後衛から仲間を援護する立ち位置だ。 故に、直接人々を手にかけることはなかった。それが、逆に心苦しく思える。 「……あたしは、皆さんを支える事しかできないのです……。だから、その役目だけは果たしてみせるのです!」 「なんだね、君達は実に心優しい人種なのだな。戦場で、しかも敵兵士を討つ事に苦しむとは。 だが敢えて言わせて貰おうか。 下らん。 この傀儡共は元が一般市民だからという理由で討ちにくいというのかね? 君たちの敵ではないか。突き詰めていけば、この傀儡共も私達も、君達も大きな差異はないのだよ」 まるで戯曲の役者のように両手を広げ、悠然とリベリスタを見渡すフリードリヒ。だが、その余裕のある仕草は、一つの怒号に打ち消された。 「ごちゃごちゃと何を言っているのでゴザイマスか! 貴様らのような下劣非道のファシスト共は片ッ端から『赤く』染めるのみ! ソノ首全部貰おうか!! урааааа!!」 手にした大斧をぶんと振るい、戦場に相応しい雄叫びを上げる『攻勢ジェネラル』アンドレイ・ポポフキン(BNE004296)。彼の声を聞き、皆に力が満ちる。なんとしても負けられない。 「はははは、面白いじゃぁないか。どれ、詭弁を弄して君達をからかうのも、少々飽きてきた。アドラー伍長。我々も本腰を入れるとしようか」 「了解であります、軍曹殿」 琥珀の冷たい大鎌が鋭く唸る。その刃は深く重く、プロテクターを物ともせず兵士の身体へと突き刺さり、薙がれる。 「ノーフェイスとはいえ、ガスマスクの下は人間なんだろ? 何が実験だ、ふざけるなよ……!」 顔を歪める琥珀だが、その手を緩める事は出来ない。敵を見逃せばどうなるか、考えるまでもない。 その一瞬の間隙を突き、別の兵士が手にしたハンマーが琥珀に振り下ろされる。 「くッ……!」 鎌の長さが裏目に出て、即座に反応できない琥珀。しかし、その一撃は琥珀に届く事はなかった。 「おいおい、大丈夫かよ?」 ブレスの手にした大型の機関銃につけられた刃が兵士達を切り刻む。琥珀に迫っていた兵士は、声ひとつ上げずに倒れ臥した。 「すまない、ブレス! 助かった!」 自らの得物を引き戻し、ブレスと背中合わせに周囲を睨む。まだまだバウアーは健在だ。その後方には軍服の集団も控えている。油断は全く出来ない。 「二人とも、しっかりしな!」 二人を叱咤する少女の手から、気糸が幾本も伸びる。愚鈍なバウアーは、反応しきれずに気糸に絡みつかれ、貫かれた。 (胸が痛まないって言やあ嘘になる……。ムカついてんのは敵にか、それとも、結局何もできない自分にか……畜生) ブレインフェザーの胸中にもまた、苦々しい感情が渦巻いていた。だが戦わなければならない。これ以上の被害者を出さない為に、そして前に進む為に。 バウアー達もまた、ただやられているワケではなかった。意思なき瞳を虚ろに燃やし、その手に握ったハンマーを、ナイフを振り回してくる。武器と武器がぶつかり合い、火花が散った。 「! ブレスさん、危ないのです! そのバウアー!!」 「ちィッ!」 後衛から戦場を見渡し、仲間の傷を癒していたそあらが鋭い声を上げた。彼女の鋭敏な感覚が、危険を知らせたのだ。 大きく跳び退るブレスだが、目の前で武器を交えていたバウアーの身が急速に赤く、熱を持つ。 次の瞬間には、轟音と共にその身を爆散させた。ブレスの身に、幾つもの破片が突き刺さる。周囲のバウアーにも被害は及んでいるようだが、そんなことはお構い無しのようだ。 (その為のプロテクターでもあるのかよ、クソッ!) プロテクターを四散させ、手榴弾のように殺傷能力を上げているようだ。内心毒づくブレスに、暖かな光が届く。戦況を広く見、仲間の状態を把握しようと動いていた三千が、即座に対応してくれたのだ。 「ブレスさん、大丈夫ですか!?」 「下がって。羽衣が代わりに遊んであげる」 ふわりと戦場を舞い、羽衣がブレスを入れ替わるように敵に肉薄する。 清らかな羽の乙女が、冷ややかに兵士達を睨んだ。 「元が罪なき人であろうと武器を持てばそれは兵隊! ナラバ慈悲は容赦は許容は一切欠片も致しませぬ! 我が鬨の声を謝罪の言葉と致しマセウ。ура!」 アンドレイの渾身の一撃が、バウアーの身体を真っ二つに裂く。これでは自爆もできまい。 その有り余る力で振り回される大斧は、確実にバウアーを弾き、薙ぎ、屠っていた。アンドレイの身にも幾つもの傷が刻まれているが、そんなことはお構い無しのようだ。 「頼りになるわね、アンドレイさん」 バウアーを吹き飛ばすアンドレイの横で、ミュゼーヌもまた愛用の銃を手に、狙いを定める。 照星越しに、フリードリヒと視線がぶつかる。未だに、戦場を楽しむかのような笑みが張り付いていた。 しかし彼女の狙いはフリードリヒではない。その横にいる、エルフリーデだ。 エルフリーデに照準を合わせると、フリードリヒもまた、手にした異形の銃を構え、こちらを睨んでいた。だがミュゼーヌは、構いはしない。 「さぁ、一緒に踊ってあげる。貴方達の鈍ら銃で私を倒せるのならね!」 彼女の意思の強さを表したかのように、鋭く真っ直ぐに跳ぶ弾丸。その一撃は寸分違わずエルフリーデに突き刺さった。 「アドラー伍長、大丈夫かね?」 「ッ……問題ありません、軍曹殿」 苦痛に顔を歪めるエルフリーデ。地面に血が滴った。そんな副官を心配しつつも、フリードリヒは銃を構えたままだ。 「ふむ、まぁ傷の治療を受けたまえ。ここは命を賭す場面ではなかろうよ」 その一言と同時に、フリードリヒの銃もまた、火を噴く。 ミュゼーヌとは対照的なその弾丸は、曲がり、うねり、まるで狡猾な蛇のように跳んだ。二人の弾丸に共通している事は、その鋭さと――狙いを外さぬ正確性だけだ。 「……ッ! やってくれるわね……!」 曲がりくねった一撃は、ミュゼーヌの背後から彼女に当たる。通常の射撃戦では考えられない、常識外れの射撃だ。 「有能な副官にくれた弾丸のお礼だよ、受け取ってくれたまえ。 その素晴らしい射撃の腕前に免じて、我がシュレーター・ボーザッツ・ラウフの二射目は勘弁しようじゃないか」 ●行動と結果 「ぐあぁぁ!」 気糸に絡められたところを、一枚のコインすら撃ち抜く正確な射撃が軍服の男を貫く。先ほどまで回復役を担っていた男だ。どさりと地面に倒れるが、どうやら生命までは失っていないようだ。くぐもった声が聞こえてくる。 「けっ、手こずらせやがって」 「まったくだぜ……」 そう言うブレスとブレインフェザーは、いや、一同がそれぞれ、満身創痍だ。大小様々な傷を負い、疲労感も如実に出ている。 だが戦う意志は折れることはない。それが支えとなり、立っているような状況だ。 しかし、それは相手とて同じ事だった。バウアーは累々と横たわり、軍服の集団もまた、それぞれが傷を負っていた。 「いやいや、見事なものだ。どこまで動けるかの実験を兼ねた行軍だったが、ここまでしてやられるとは思ってもみなかった。 さて諸君。ここでの実験はここまでだろう。そろそろお暇させてもらおうじゃないか」 相変わらず、一人悠然と言い放つフリードリヒ。そのフリードリヒも怪我を負ってはいるのだが、それでもその態度を崩そうとはしない。 「何を戯けたコトヲ! 我が名はアンドレイ・ポポフキン、その首を貰う者の名だ! 覚悟は良いかファシスト共、勝負でゴザイマス!」 そんなフリードリヒの態度に、アンドレイが激しく怒る。大斧を、まるで竹ざおのように軽々と振り回し、その集団へと踊りかかった。 「させない……!」 だがフリードリヒとの間に、エルフリーデが立ちはだかった。それどころか、周囲の猟犬たちも、それぞれの得物を手に飛び掛る。 次の瞬間、アンドレイの大斧がエルフリーデの胴を薙ぐ。間一髪構えたナイフのお陰で、上半身と下半身が泣き別れ、ということにはならなかったが、それでも遥か後方へ吹き飛ばされるエルフリーデ。 そんな成果を喜ぶ間もなく、取り囲んだ猟犬が突き出したサーベルがアンドレイを突き刺した。苦痛に顔を歪めるアンドレイ。 「アンドレイ! 大丈夫かっ!」 アンドレイに僅かに遅れて敵に肉薄した琥珀が、その鎌で猟犬を膾切りにする。飛び荒ぶ血煙。 「今治すのです! しっかりして!」 「な、なんのコレシキ!」 そあらからの治癒の光が、空いた風穴を塞ぐ。それでも当然ながら、その顔は苦痛に満ちている。 「うむ、見事なものだ。大丈夫か、アドラー伍長。 しかし、ポポフキン君と言ったか。 君は武人としては一流かもしれんが、軍人としては我々に劣るのではないかね?」 吹き飛ばされたエルフリーデを受け止め、フリードリヒがアンドレイを揶揄する。 「その涼しい顔。マジにムカツクぜ! 他人の命も自分の命もどうでもいいって思ってる奴に好きになんかさせるかよ!」 「他者を下等だと見下してるがお前らは、頭の固い自分本位の視野の狭い人間共にしか見えねーぜ?」 琥珀とブレインフェザーが、静かな怒りを瞳に秘め、戦場をかけた。気糸が、漆黒の鎌が、再び猟犬と交差し、怒号が巻き起こる。 「うぬぬ、小生とて言われっぱなしではいられマセン! 参りますよ羽衣君! 我等の力、魅せ付けてやりマショウゾ!」 「ぽぽちゃんと一緒なんて最高ね。 折角だし――ね、その心臓、撃ち抜いちゃいましょうか。 今日だけの特別よ、羽衣の事目に焼き付けて?」 翼の乙女と鋼の軍人。対極に位置するかのような二人が、まさに阿吽の呼吸で戦場へと舞い戻る。狙いは――手負いの副官だ。 庇い立てしようとする猟犬に、羽衣の手で展開された魔方陣から迸る光の奔流が突き刺さる。 「умри!!」 そして、最上段に構えられた、無慈悲の大斧が、エルフリーデへと振り下ろされる。 「ふふふ、『くたばれ!!』か。本当に熱を持った人だな、ポポフキン君」 しかし、その渾身の一撃は、フリードリヒによって止められてしまう。 だがそれは、先ほどまでの余裕に満ちたような雰囲気ではない。泥臭く、格好もつかない、間一髪といった具合の、身を挺した庇い方だった。フリードリヒの身に、大斧の刃が埋まる。 「やるじゃないか……。これは……正直きついものがあるな。 アドラー伍長、撤退だ!」 「申し訳ありません、軍曹殿。直ちに!」 その一言が飛び出るや、周囲で戦闘を繰り広げていた軍服の集団がパッと一塊になる。 「逃がすかよ!」 鋭く言い放ち、ブレスが愛銃を構えるが、相手の方が僅かに早かった。 「すまなかった、君達を見縊っていたよ。 今回は実験がメインだったとは言え、我々の負けだ。次回は、こうは行かんぞ?」 追い縋るアンドレイ達に、エルフリーデから爆発的な圧力が炸裂する。思わず蹈鞴を踏むアンドレイ。 銃を構えたブレスには、閃光弾が放られていた。 「くっ!」 思わず目を背けるブレス。その激しい閃光が収まった時には、軍服の猟犬は影も形もありはしなかった。 「やっぱ負けらんねーよ、こんな奴らにさ」 応急処置程度ではあるが怪我の治療を終えた琥珀が、ぽつりと呟く。 辺りは、未だに煙が燻り、生臭い鉄の臭いが溢れかえっていた。 「……ああ。絶対に許せねぇ」 粗野な口調ではあるが、強い想いを乗せ、ブレインフェザーも頷く。 「大丈夫なのです、あたし、さおりん以外に猛烈アタックされても簡単には落ちないのです。 だから、どんな猛烈アタックでも、熱烈アタックでも、跳ね除けてやるのです!」 口調こそいつものままだが、そあらもまた、強い決意を見せる。 「……ミュゼーヌさん」 皆から少しだけ離れたところに、ミュゼーヌは静かに立っていた。先ほどまでの激しい戦闘が嘘のように、静かだった。 が、次の瞬間、三千の胸に顔を埋め、肩を震わせるミュゼーヌ。 涙は流しはしない。辺りの噎せ返るような鉄の臭い。この選択をしたのは、他でもない彼女自身なのだ。自らが下した決断で、自ら涙するなんて、間違っている。 三千は、その腕の中で苦しむミュゼーヌを、優しく抱きしめた。彼女の苦しみを、僅かでも救えるようにと。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|