●対神秘戦用意 「腹立たしいな」 その男……親衛隊に所属する『総統閣下の魔術師』を名乗る男、ヨハン・ハルトマン少尉は苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。 先日、アークとの交戦においてイレギュラーを抱え込み大被害を出したのは彼にとって記憶に新しい。その苦渋を思い出し、自然に言葉が口を突いて出てしまったのであろう。 「少尉、何か仰られましたか?」 その言葉を聞き取れなかったのか、操縦桿を握る隊員がヨハンへ聞き返す。 「何でもない、気にするな」 正直その言葉が伝わらなかったことは、ヨハンにとっては幸いであろう。弱みを見せる形とも言えるし、あれは失態と言っても過言ではなかった。今回の作戦にあたり引き連れてきた予備戦力にそれを見せることは、ない。 尤も、その言葉が伝わる可能性は非情に低かっただろう。現在彼の周りには特殊車両の駆動音が騒音となって響き、僅かな物音を掻き消しているのだから。 「少尉、そろそろ作戦領域に突入します」 「わかった。今回の作戦は全体の行動の一部である。我々の戦果もまた、全体の利益となると知れ」 そう伝え、ヨハンは……ハッチを上げ、車外へとその身を躍らせた。 「聞け、親衛隊諸君。この作戦は重要なものである。リヒャルト少佐は我々に最高の戦果を期待しておられる。この制圧作戦はその一部なのだ」 随伴する歩兵に高らかに告げるヨハン。士気の鼓舞を行うのは何よりも、この作戦の重要性を示している。 「諸君、我々は優越の人種である。そしてそれに相応しいだけの武装と戦力も用意した。極東の犬の妨害もあろうが、決して屈するものではないと私は信じている! 共に進軍せよ!」 ささやかな鼓舞なれど、部下達は大いに沸きあがる。皆が知っているのだ、屈辱に生きた親衛隊が闇より再び復活するための第一歩がこの作戦なのだ、と。 その様子をヨハンは面白くもなさげに見る。単純な仕組みである今回の作戦において彼らは満足足る仕事をしてくれるだろう。それ故に高揚はない。わかりきった結果に高揚する研究者などは存在しないからだ。 (それに、この武装もある。そう不覚を取ることは……なかろう) 再び車内――それは戦車であった。ドイツの大戦中において、多数のトラブルを起こしながらも絶大な戦果を見せたティーガーⅡ、それを原型としたもの――に身を戻したヨハンは、そっと内壁を撫でた。 (不具合があるならば、車両そのものに対処させれば良いのだ) その撫でた内壁に刻まれていたのは……『EMETH』の刻印。 科学と魔術の融合。ヨハンの哲学である、その結晶の一つ。 ――ゴーレムと化した戦車と共に、大戦の亡霊は進軍する。世界の穴へと。 ●ブリーフィングルーム 「再び親衛隊が現われた。七派の首領連中が動いた機会を利用したか……今度は大規模な連帯行動のようだ」 アークのブリーフィングルーム。そこで『クェーサーの血統』深春・クェーサー(nBNE000021)は集まったリベリスタ達へ作戦の概要の説明を始める。 「連中が向かっている先は三ツ池公園。最早馴染みの戦場となりつつあるあの場所だが、連中も例によってあの世界の穴に用があるらしい」 深春は淡々と説明を続け、モニターを操作する。拡大されたロケーションが次々と親衛隊の進軍ルートを表示し、移動させていく。 「彼らは先日の作戦行動において、大田剛伝との結託で作り出した『覚醒新兵器』を多数使用していた。恐らく、それらの強化の為に神秘的得意点である例の穴を欲しているのだろう」 幾度となく狙われた三ツ池公園の穴。親衛隊もまたそれを狙い、動き出したのだ。 「だが、今回は連中もより大型の兵器を持ち込んでいるようだ。先日までの強襲を考えると、実力に劣る予備戦力では対抗しうるか怪しいものがある」 親衛隊によるリベリスタの襲撃。多数の命は精鋭の手で守れはしたが、同様に多数の命が奪われた。彼らといえど貴重な戦力であり、そして無駄にしてはいけない仲間の命なのだ。 「そこで今回は精鋭である諸君を矢面に立たせ対処する。首領の対処に向かった者達の力は当てには出来ないが……やむを得ない。ここに集まった諸君も精鋭、厳しい戦いになるとは思うが力を貸して欲しい。私も協力する」 深春はそこまで告げると、モニターの表示のうち一点を拡大する。そこには……路面をはがしながら進軍する、二輌の戦車の姿が映し出されていた。 「私と共に諸君にはこの敵の対処をしてもらう。この隊の指揮官はヨハン・ハルトマン少尉。先日も遭遇した、親衛隊の……魔術師だ」 そう告げると深春は次々とデータを表示する。今までに収集したデータ、そして万華鏡が予測したデータの群れを。 「先日までの『狩り』とは違い、投入した武装を含めて彼らの覚悟、そして戦いの質は大きく違うだろう。――我々のやるべきことは敵の目論見を打ち砕き、『最悪』を避けることだ。その意志、覚悟がある者は……私と共に戦って欲しい」 そう告げると深春はモニターの電源を落とし、リベリスタ達を真っ直ぐに見据えた。 この作戦に必要な能力を持ったものを。なにより共に命を賭けてくれる覚悟を持ったものを、見定める為に。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:都 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月03日(水)23:22 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●エンカウント 無限軌道の音が響く。 キュラキュラと耳障りな金属音、それが響き渡るのは戦場とはとても言えぬ光景の中。 立ち木に囲まれたその道は、普段ならば人々が行き交う、なんの変哲もない遊歩道である。否、だったと言うべきだろう。 その道は今、日本において最も神秘的危険地帯の一部となっているからである。 三ツ池公園。神秘的特異点と化したその地の遊歩道を戦車が進む。周囲を親衛隊の随伴兵が固め、通常速度で進軍していく。その光景は特異点と化した現在でさえ、異質である。 指揮するは親衛隊の一員でありアーネンエルベの残党、ヨハン・ハルトマン少尉。苦々しげな表情で進軍する彼は、これから行う作戦に対して想いを馳せる。この公園に固定されたその『穴』は彼の神秘に対する渇望をおそらく満たしてくれるであろう。 ただ、彼にとって皮肉な事といえば。苦々しげな表情を浮かべることとなった原因の片割れであるテロリスト。彼らもまた、現在行軍しているこの遊歩道において戦車を運用していた、という共通項がある、という点であろう。 尤も、進軍と防衛の差はあれど。 ――そう、親衛隊は進軍しているのだ。かつてのテロリストは……その時はまだ穴は存在していなかったが、守りの為にここに待機していたのだ。 「――止まれ」 張り上げることなく、されど全隊に伝わる声で。ヨハンが停止命令を出す。 作戦の地点には未だたどり着かず。ならば何故、ここで進軍を止めたのか。 ――答えは簡単。そこに守兵がいるからだ。 立ち塞がるはアークのリベリスタ。この激戦の最中、目立つ道であるこの遊歩道。そこに待ち受けるリベリスタがいないわけがない。 「……なんつーか、思わず笑っちまうような光景だなぁ」 戦車と直接戦うことなど、リベリスタでもそうあることではない。自らを他の者達と比べ経験が薄いと考える門倉・鳴未(BNE004188)が苦笑する。 「こちらも笑える光景を見た、と言おう。いかに革醒者といえど、『武器』ではなく『兵器』、ましてや人が運用するソレに立ち向かうというのは聊か蛮勇と言えよう」 ヨハンの言葉。だがリベリスタは蛮勇の誹りを受けようとも引く気はない。 「こちらもまさかティーガーⅡと戦うなんて思いも寄りませんでしたが」 嘆息するように『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)呟く。ドイツの誇る軍事技術。その中でも大戦末期において使用されたティーガーⅡは環境等もあり、かなりの戦果を発揮した機体である。 それを神秘的に改修したものが、ヨハンが随伴している二両の戦車……ゴーレム戦車なのだ。 「一般人がエリューションに無力でなくなるなら、数百年単位で見りゃ大躍進だがな、こいつも」 苦々しげな表情で『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)が言う。 「だが、今更七十年前の亡霊が復讐心を満たすためにそれを利用しようなんざ!」 優れた技術は優れた心の元に運用されることで、世界に利益を生み出すのだ。だが、歪んだ思想の元に動く過去の亡霊が扱ったところで導かれる運命は……何かしらの破壊である。 「まあ、それがあの人達の鉄の棺桶にならないといいですね」 何気に辛辣な言葉を放つ『おとなこども』石動 麻衣(BNE003692)。だが、リベリスタ達の誰一人として油断はしていない。相手の戦力、そしてこの戦場に勝利することの大切さを理解しているからだ。 「退きたまえ。今ならば見逃す事も吝かではない」 傲慢にして高圧的なその言葉。だが、リベリスタ達は引くことはなく。 「ここは通さない……」 『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)が拳を握り、正面から親衛隊を睨みつける。 歴戦の領域に達している悠里ではあるが、兵器と正面からやりあうという事態に恐怖を感じないわけではない。だが、譲れない。この場所を渡さないために。 「――通すわけにはいかない! ここが、僕が! 境界線だ!」 叫び、拳を突きつける。不退転の決意、リベリスタ総員の意思。それを代弁したかのような、宣言。 「ならば押し通る。――蹂躙せよ」 ヨハンが手を振り下ろし、通告した。親衛隊が一斉に銃を構え、ティーガーⅡのエンジンが唸りを上げる。 ――今よりここが境界線で。 ――――度し難い、戦場である。 ●アンブッシュ 「マトモに相手してられるか、速攻だ!」 影継が叫び、手にした奇怪な形状の斧を振りかざし駆け出す。 影継だけではない。悠里が、リセリアが。それぞれ拳を構え、抜剣し。一気呵成に親衛隊へと駆け出していく。 「愚かな、正面突破か。――磨り潰せ」 ヨハンの号令と共に、親衛隊の手にしたアサルトライフルが一斉に火を吹いた。凄まじい数の銃弾が、されどばら撒くではなく的確に獲物を食い散らかさんと飛来し、肉を抉る。 戦車の砲塔が軋みをあげて旋回し、リベリスタを捉え、咆哮をあげる。吐き出された榴弾は爆炎を生み出し、リベリスタを焦がす。 歯を食いしばり、銃弾を受けながらも突き進むリベリスタ。その刻まれた傷が、見る見るうちに塞がっていく。 「今は耐えて下さいまし!」 「やらなきゃいけねーんスよね、皆も、俺も!」 麻衣が、鳴未が、光を生み出し風を生み。旋律を響かせ傷を塞いでいく。敵に牙を突きたてんと立ち向かう仲間の為に、二人は癒し、支える。 「どけぇっ!」 悠里の拳が冷気を纏い、親衛隊へと叩きつけられた。打ち付けられた拳から冷気が相手へと伝わり、凍りつかせ、動きを縛り付けていく。 血路を開き、敵陣に食らいつき。目指す目標は―― 「まずはお前らからだ!」 だんっ! と力強く踏み込み、影継が宙へ舞う。その膂力は跳躍力へと変化され、眼下に親衛隊を見下ろし…… 斧より生み出された漆黒が、叩きつけられた。 まずは一人でも多くの隊員から。敵の頭数を減らすことで、敵の戦力をそのまま削ぐ。その為の特攻である。 「――踏みとどまれ。応戦せよ」 指揮を行いながら、ヨハンは手袋に稼動する歯車をぎちり、と鳴らし電流を生み出す。紡がれた術式をその奇妙な手袋が増幅し、身体能力を活性化させ再生させる電流となり、親衛隊の傷を癒し……同時にヨハンの身体を蝕み、傷つける。 ……術式が蝕む痛みに耐えながら、ヨハンの思考は冷静になっていく。この戦場における違和感。 敵陣に踏み込んだリベリスタが暴れるほどに隊員は傷つき、逆に隊員の反撃でリベリスタを傷つける。お互いのバックアップが傷を塞ぎ、戦う力を呼び戻す。 その一進一退の前哨戦に足りないもの、それは…… ――物量だ。 ヨハンは気付く。以前相対したリベリスタもそう。七派より聞いたアークの体制の話を照らし合わせても、そう。 数が、足りない。 遊歩道の進軍で射線が通らず、動くに動けぬ眼下の部下によって親衛隊の交戦者が足りないのは理解できる。だが、アークのリベリスタ達の人数も……情報からすると、足りない。 「――総員、伏兵に警戒せよ!」 ヨハンが叫び――時はすでに、遅し。 ――化け物じみた轟音が響いた。 轟音と共に薙ぎ倒される、遊歩道脇に立ち並ぶ林の木々。そして親衛隊に横合いより叩きつけられる……多重砲撃。 ティーガーⅡの砲撃にも負けずとも劣らない轟音と共に生み出されたその衝撃は、親衛隊の兵へと、戦車へと破壊の洗礼を浴びせかけた。 同時に炸裂したものは、魔力。凝縮された魔力は破壊へと転じ、炸裂し、戦車を、兵を抉り取る。 また、紡がれた気糸は林より伸び兵を絡めとり、切り刻む。遠方の攻撃とは思えぬほどの正確さでソレは獲物を巻き取り、傷つける。 「超重型のティーガーⅡがそれなりの戦果を残せたのは、当時のドイツ軍が受けに回った守勢に追い込まれていたからですよ」 淡々と持てる記憶の中より、知っている知識を語るのは。先ほどの大破壊を生み出した張本人、『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)である。 巨大な砲を片腕に装着したその姿はさしずめ人間戦車ともいうべき光景で、親衛隊の戦車との対比を持ってどこかシュールさを醸し出している。 「性能にケチつける前にその運用法が正しいか否かを視野に入れる事。次の教訓にしましょう」 そう言ったモニカは再び砲を構え、親衛隊へと向ける。 「時計を逆方向に刻む事に本気なのだから。熱意が理想を実現化するのは侮れないよね」 そのティーガーといい、とぼやくのは気糸を生み出した『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)。サングラスの下のグラスアイを油断なく親衛隊に向けながら、戦車の構造を見抜こうと目を凝らす。 その戦車が魔術を施されたゴーレムである、というのは知っている。ならば、古典的な手法ではあるが……真理を死へと変えることで、無力化出来るかもしれないからだ。 だが、その内部構造まで見通すことが出来ない以上は、未だ決め手に欠けていたが。 「例え熱意や理想を実現化しても、中身がない言葉だったら並べても虚しいだけなのに」 哀れむような言葉を投げかけるのは『帳の夢』匂坂・羽衣(BNE004023)。どこかロマンチズムな言い回しではあるが、そこにあるのは過去の亡霊に対する、憐憫。 「御機嫌よう、可哀想な負け犬さん。随分素敵な玩具だけど貴方達には過ぎたものじゃない?」 戦車を一瞥し、それは言葉上のものか、それとも本心か。 「嗚呼、それとも。大きな力が無きゃ怖くて何も出来ないのかしら」 煽る、煽る。力を持った相手を蔑むように、煽る。武装に依存したプライドだと断言するように。親衛隊の持つ誇りを、力に酔った暴挙であると断定する。 「――力は手段に過ぎんよ。それに酔う者は愚物と言える。力は適切に行使してこそ意味があるのだ」 ヨハンは答える。力もまた、知識の一部なのだと。英知こそがそれを生かせる唯一のものだと。探求し、研究し、学び。それ故に力が伴うのだと。 「その通りだ。だからこそ、その英知をふざけた理想で扱うお前達に好き勝手させるわけにはいかない」 ヨハンへ答えるのは『クェーサーの血統』深春・クェーサー(nBNE000021)であった。側面を突く班を指揮し、また不意を突く機会を伺っていた彼女。その手の内に生み出されたものは……光球。 それが、親衛隊の只中へと投げ込まれ……炸裂し。親衛隊へと衝撃を叩きつけ、目を焼き、耳を奪う。 「自由にさせるのも面白くない。……バウアー軍曹」 伏兵に対し、ヨハンが促すとトビアス軍曹が側面を叩きに現われた襲撃者を切り伏せようと、足を進める。 ――だが、その進路へ立ち塞がる者もいる。 蒼銀の刃を携え、正面より相手の刃を受け止め仲間への害意を防がんと。リセリア・フォルンが立ちはだかる。 ――交戦は、ここからが本番である。 ●デストロイ ――そこからの戦いは、地獄であった。 リベリスタの一撃が親衛隊を打ち据える。 親衛隊の銃撃が。ティーガーの砲撃、銃撃が。リベリスタ達を挽肉へと変えようと唸りを上げて襲い掛かる。 だが、お互いの攻撃は決め手を欠ける。それぞれの威力は高く、優に何度か死に足を踏み入れてもおかしくはないだけの流血が発生しているはずなのだ。 それを膠着状態へと変えているのは、双方の実力もさることながら――回復の厚み、であった。 (……正直ガチビビリしてるッスけどね) 鳴未が心の中で独白する。 今現在行われている戦闘は、彼にとって初めてともいえるレベルの激戦であった。 そんな彼ではあるが、ここで下がらないだけの理由は、ある。 (頼りにしてる、って言われたッスからね) 戦いに望む前に。お互い未熟であると、この戦いには足りないと。そう考えたのは鳴未と羽衣。 それでも今、ここにいるのだから。最大限に力を振り絞り支えるのだ。 鳴未が生み出す吐息は仲間の傷を大きく癒す。羽衣の歌う生の賛歌は、広く仲間の傷を癒す。 足りないと思う二人でも。それぞれの長所を活かし、この戦線を支えているのだ。 ――幾度目かの雷撃が戦場を奔る。 ヨハン・ハルトマン少尉が生み出した電撃はリベリスタを焼く。ルーンの英知と彼自身の内部にて稼動する機関を連動させ、増幅し。その身を焼きながらも生み出すソレは尋常ではない殺傷力である。 ……だが、屈しない。 一人たりとも倒れる人が出ないよう。そう心がけ、癒し続ける者がいる。 息吹を、吐息を、旋律を。変幻自在に生み出し、味方の傷を塞いでいく。電撃により動きが鈍った者の束縛を解き、万全へと変えていく。 いかなる障害も彼女を害することはない。だからこそ、害された仲間の為に全力を尽くすのだ。 (――それが私の戦い) その小さな体躯に、大きな決意を込めて。麻衣は戦線を支え続けていた。 ――バックアップが万全であればこそ、前衛は戦えるのだ。その点において、両者のパフォーマンスは最大限に発揮されていたと言えよう。 「――それは、振動剣? 実用化していたのですか」 刃を交えながら、リセリアが呟く。 振動剣。ある種、空想科学の分野に属する代物である。 刃に常時微細な振動を与えることで対象の分子結合を緩め、容易に切り裂くという理論に基づいた武器である。トビアスが携えている一対の軍刀。幾度かリセリアを掠めたその刃が守りを容易に切り裂いていくあたり……それは間違いないのだろう。 「……実用とは言えん。試作品だ」 「成程」 言葉少なく両者は会話し、それ以上に多弁に刃を振るう。 蒼銀の刃と微振動する刃が幾度となく衝突し、耳障りな金属音を立てる。 ――両者のスタイルは似通っている。ただ早いわけではなく。適切な体裁き、剣裁きをもって総合的な疾さを生み出す戦闘スタイル。奇しくも両者の戦い方は噛み合い……それ故に長引く。 この戦いは、お互いに。戦力を固定してしまう消耗戦であった。 ――決め手に欠けた戦いは、思わぬ長期戦となる。 だが、戦いとて無限ではない。この戦いは千日戦争とはならないのだ。 「七十年前の模倣品で満足する奴が……世界を変えようなんざ!」 親衛隊の兵は、精鋭である。だが、長引く戦いにはついていききれない。ましてや運命に寵愛されたリベリスタが相手では。 どれほどフォーメーションを変えようと。指揮官が血反吐を吐きながらその肉体を癒そうと。おのずと限界が訪れたのだ。 怒号と共に、敵陣を切り抜けた影継が手にした斧を一閃する。渾身の力を込めたその一撃は戦車へと叩きつけられ……その車体を浮かせ、押し込む。 重量級の車体が押し込まれることで戦線はじわじわ押し上げられ…… 「止まれぇ!」 悠里の叫びと共に叩きつけられた拳がその無限軌道を凍りつかせ、動きを阻害する。 いかに戦車といえども、寒冷地仕様のものではないのだ。凍り付けば動きはとまり、ゴーレムの自律性があろうとも行動は止まる。 そのまま悠里は戦車へと駆け上り……力任せにハッチを抉じ開けた。 車内の搭乗者と目が合うが、そんなものはどうでもいい。即座に車内を一瞥し……見つけた。 そこに存在するものは、『EMETH』の刻印。ゴーレムをゴーレムたらしめる刻印。真理を意味するその文字列を。 「――あった! この位置だ!」 叫ぶと同時に悠里の拳が電光を纏い……頭文字の『E』を削り取った。 瞬間、エンジンが失火する。ゴーレムの思考が消え去ることで、戦車はただの兵器に戻り。状態がリセットされた車輌は再起動を待つ状態に戻ったのだ。 当然この戦闘中にそのような余裕は、ない。実質上の無力化である。 「さて。アークとしては終末時計の方の針を戻さないとよね」 時計を逆方向に刻む、と表現した親衛隊に対する皮肉としてそう呟いた彩歌が極限まで練り上げた気糸を解き放った。 悠里が確認した真理の刻印。わざわざ車輌ごとに場所を変えるなどといった手間をしていない限りは……捕捉したも同然。 ならば、彩歌が。武装の演算を借りたその一撃を外すことは無い。 その気糸は的確に頭文字を削り取り――戦車の挙動を停止させた。 「――ここまで、か?」 ヨハンが呟く。 正直ここまで戦力を削られるとは思っていなかった。ヨハン自身さえ生存していれば最大戦力が失われたわけではないが。だが、これほどの苦戦を強いられるとは予測していなかったのである。 リベリスタの抵抗はそれほどに激しく……また、粘り強かった。 「やむを得ん、か。一度撤退を――」 そう呟くヨハンへ……モニカが放った砲撃が、あまりにも巨大な魔弾として、刺さった。 その一撃は、決してヨハンに通じるものではない。彼が纏う魔力の障壁は度重なる攻撃を持ってしても未だ解けておらず、その手の攻撃が通じはしない――のだが。 その一撃が与えた衝撃は、ヨハンに肉体的損傷は与えなかったが……彼自身の機能を、一瞬停止させた。 その機能とは、彼の持つ。常軌を逸した再生力。 「――がはっ!?」 瞬間。ヨハンの全身が裂け、鮮血を吹き出した。 ヨハンが行使する力は常に彼を蝕んでいる。それを再生力で強引に押さえ込んでいるような状態だったのだが……再生が止まれば、凄まじい勢いで彼自身を破壊する。 「くっ……ここは、引く! 全軍撤退せよ!」 ヨハンの号令と共に、親衛隊は蜘蛛の子を散らすように離散し、撤退していった。 ――泥沼の如き消耗戦ではあったが。 最後に勝利を飾ったのは、リベリスタ達の執念だったのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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