● 「――あ、どS曹長」 「すげーよな、あの拡声器」 日本人の連中は、曹長が日本語が堪能なのを知らないようだ。 すれ違いざまそう言うのに、日本語が出来る部下は恐る恐る曹長の様子を伺った。 「どうやら誤解があるようだ。私はサディストではないのだよ」 「――はい」 あいまいな相槌を打つ部下に苦笑しながら、テレーゼ・パウラは言を継ぐ。 「サディストというのは、加虐されて苦しむ被虐対象の反応に快楽に繋がる傾向にある者を指す。ならば、まったく私は該当しない」 ニコニコと、穏やかに微笑む曹長。 実際、とても人当たりがよく、面倒見もよく、部下に慕われているよい上司だ。 「私は純粋に、本気で、まじめに、心の底から、罵倒しているだけだ。連中に対する嫌悪感を吐露しているに過ぎん。そこに快楽など生じない。汚いゴミを見て気持ちよくなる人間がいるか?」 まったく心外だと呟くテレーゼ・パウラは、骨の髄から「親衛隊」の人間なのだ。 「私が職務に快楽を感じるところがあるとするならば、だ。われらの実験結果が評価されたその瞬間だな。どうだ、上等兵。先日の実験が花開く。実を結ぶ日も近いな。我々の手にかかれば黄色い猿のお粗末な工作も、至高の装備と変わるのだ」 そう言って顔をほころばせる上司は、部下の目から見ても真実喜びに輝いていた。 「はい、曹長殿」 ● リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイター以下親衛隊の狙いは、「第三次世界大戦の誘発」であると、逆凪・黒覇は告げたのだ。 世界のパワーバランスは破壊する手段としての「一般人にも扱える革醒兵器の量産」が彼らの当面の目的。 日本の軍需産業に大きな力を持つ大田剛伝と結託した彼等は日本での活動にバックアップを得ると共に国内主流七派との武力衝突を巧みに避け、敵を崩界阻止を第一義とするアークに絞っていた。 「毎度おなじみ、三ツ池公園~」 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)の表情はすっとぼけていたが、口元のペッキが口内に消えていく様子を見るとまったく楽観できない事態のようだ。 「神秘の操作には、特異点である『穴』は有効だから。覚えたよ、うん。ちゃんと資料は読み込んだ」 四門が資料を配り始めると同時に、三ツ池公園の映像が背後のモニターに映し出された。 今は、穏やかなものだ。 「連中、こっちを襲いながら、戦闘力や展開力を計算してたらし言っていうか、それが目的だったんだろーね。うちの弱点――分かる?」 四門は、はい制限時間さんにぃいちと指を折る。時間切れ。 「アークの構成員は、性質上、かなりの率で普通の人が革醒後保護されたってケースが多いんだよ」 俺みたいに。と、四門は自分を指差した。 「フィクサード組織と違って非戦闘員、あるいは戦闘員として登録はしたけど練度不足って人がすっごく多いの。がんばってみたけど、やっぱだめだったって人もいる。反面、功績を挙げる連中はどんどん上げる。結果、「エース」に頼りがち。戦力構成も展開的にも。そういう連中があっちこっちの戦場を転戦することになる」 心当りのある人~? と、四門は、リベリスタを見る。 「だから、今回はちょっとやられた。彼等は『七派の首領が前に出るという偶然生まれた好機』に一気に行動を開始してくる」 だよね、俺でもそうするよ。と、四門の顔に暗い笑みが浮かんだ。 「七派の首領を抑えるためには、エース級を差し向けなくちゃ意味がない」 表示された日本地図に、三高平から各地方に矢印が引かれる。 「そうなったら、三ツ池公園には参戦できない。物理的に無理だし、よしんばできたとして、連戦できるほどぬるい相手じゃない。つうか、ヘリ移動するんだったら、俺ならそのタイミングで撃ち落とすね。リベリスタでもその高度からおっこったら大体死ぬ」 四門はマジだ。目元になんか盛り上がっているがそれは見てみぬ振りをしてやる。 「強力な新兵器を開発し、武力を増し続けている『親衛隊』に対抗するには強力な個の戦力が不可欠」 ふざけてる訳じゃない。と、四門はモニターに、ここしばらくの親衛隊との交戦記録の分析データを表示した。 「細かい説明は端折るよ。分析の結果、制圧戦を得意とする彼等に実戦経験のほとんど無い三高平の予備戦力をぶつけるなんて、未必の故意の殺人以外の何物でもない」 そこで言葉を切った四門。べきばきとペッキを噛み砕く。そうしたら、こうなるといわんばかりだ。 「だから、首領対応に回らない戦力を投入する」 何かが目尻から転げ落ちたが、見てみぬ振りをしてやる。 「連中のくそふざけた兵器を片っ端から食い止める最高の盾になってくれ。アークは崩界の敵だ。戦争なんて『完全な秩序の破壊』、始められていい訳ない。だろ?」 ● 「オートバイ小隊実験分隊の精鋭諸君。少佐殿は、我々の新型装備プランを承認してくださった。この装備により、一騎当千の諸君の力はヴァルハラの戦士の域に達し、更なる改良によりより強力な機体に至った! これも諸君の日頃の努力と研鑽の成果である。私は酔う部下を持った。心から諸君を誇らしく思っている!」 テレーゼ・パウラは、部下はほめて伸ばす主義だ。 「我らの機体に、鋼鉄の翼が宿り、その真価が引き出された。かのホルテン229の隠避性とジェットエンジンの咆哮を宿した我らの前に敵はない!」 「Ja!(はい)」 「はい、曹長殿、そのとおりです!」 「その上で、驕り高ぶることなく、敵を侮ることなく、どこまでも真摯に誠実に任務を遂行するであろう精鋭諸君を私は誇りに思う! この任務が成功の暁には量産化され、我々の仲間にもこの福音がもたらされることが確定した! 我々の失敗はこの素晴らしい装備の永遠の欠番を意味する! もちろんそんな事態が起こり得ないと私は確信している!」 フリッツヘルムをかぶった隊員の顔に法悦が浮かんでいる。 信頼をもって任務を全うせよと命じられることに喜ぶを覚えるように訓練されている。 「では、親衛隊オートバイ部隊の紳士淑女諸君――」 それは、曹長も例外ではない。 「我らの勤めを果たしにいこう。完璧にだ!」 ● 「――みんなの担当は、ここ」 引き続き説明する、四門の顔色が悪い。 「売店前道路からいこいの広場だね。突入は北門から」 ベキバキと噛み砕かれるペッキの粉がテーブルの上に散乱した。 「親衛隊曹長にしてオートバイ小隊実験分隊長、『アステロイド』テレーゼ・パウラ・メルレンブルク」 モニターに映し出される、金髪美女。 サイドカーに乗り込み、メガホン片手に戦場を縦横無尽に駆け抜ける。 「すっげえ口が悪い。というか、アッパーユアハートが半端ねえ。いや、肉体的ダメージは0だけどね」 戦闘報告書を見て共感しすぎたらしい。さっき我慢していた何かがどうどうと頬を伝っている。 「敵を引っ掻き回すほうに特化したレイザータクトだね。彼女は戦場を徹底的にアウェイにしてくれる。みんなが本来の力を出しきれるかが鍵かな」 更に、と、モニターに映し出される軍用バイク。 「この間、遭遇したときより更に高性能。んーと、『乗っただけで、一般人もソードミラージュ!』 って言えば、分かる?」 親衛隊が作ろうとしているのは、『一般人にも扱える革醒兵器の量産』だ。 大田重工製のものを『親衛隊』が神秘カスタムした新兵器の開発中といったところか。 「すれ違いざまソニックエッジかましてくバイク。分身攻撃してくるバイク。こっちの攻撃範囲外から無挙動で間合いに入ってくるバイク」 悪夢だ。と、四門は眉をひそめっぱなしだ。 「敵のソードミラージュとしての能力は上級と判断した。それが、四台。更に、サポートとして、こないだの『絶対走破』が二台。指揮車が一台。全七台。池を縦断して、穴を確保する気でいるらしい。ちょっと飛べるからっていい気になんなよ、こんにゃろう。」 べきぼきばきっと噛み砕かれるペッキ。憤っているらしい。 「――俺ね、今度奥地さんとバイクでツーリング予定だったのね。今回の件で無期延期になっちゃったけどね。バイクをこういう使い方されるの気に食わないし、アーティファクトをこういう使い方されるのも気に食わない! この戦闘であっちが勝ったりなんかしたら、量産してくる!」 そうなるだろう、戦争は数だ。 「――これは、どこまでも俺の私情なんだけどっ!」 四門は、リベリスタに頭を下げた。 「俺のかわりにこいつらを池に出さないで防ぎきってきてくれない? ぼこってくれれば更に嬉しい」 よろしくお願いします。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月01日(月)23:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 「私にも嫌いな人の1人や2人は居ますし、あまり強くは言えませんが」 『Dreamer』神谷 小夜(BNE001462)は、そう前置きした。 「民族とか特定の国民とか、纏めて嫌ってしまっては見えるものも見えなくなるのですけれども、ね……」 のんびりと生きて生きたい小夜にとっては勤勉に世界を滅ぼそうとしている『親衛隊』は止めざるを得ない。話し合いで済ませたいのはやまやまではあるが、連中相手にはそうも行くまい。 「世界大戦だなんて物騒なお話ね。ま、亡霊が夢見るには丁度いいのかもしれないけども」 来栖・小夜香(BNE000038)は、世界を護るだなんて大層な事は言わない。 「ただいつものように皆を支え、護る。それが世界を護る事に繋がるってだけの話よ」 『貴族も軍人も果たすべき職務は一つ。国を護ることだ』 誇らしげに父は語っていた。と、『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)は思い出す。 (それは土地であり文化であり民であり家族であるのだと) 「私は強欲なのです。この醜くも美しい世界を愛してやまないくらいには」 「僕も何かかっこいいこと言いたいけど」 『やわらかクロスイージス』内薙・智夫(BNE001581)は、浴衣の裾を戦闘の邪魔にならない程度に端折った。この闘将、目的を果たすためには、割と手段とか装備とかを選ばないタイプだ。 「無理。空っぽ頭だし」 伏せた顔からは表情がうかがえない。 「助けて、ミラクルナイチンゲール!」 気恥ずかしくてそのまま言えない言葉も、そう叫んだ後なら大丈夫。 「たとえ頭空っぽであっても頑張るのがミラクルナイチンゲールの努めです。いいじゃないですか、夢をたくさん詰め込めて」 前を向いて戦える。 「私は前衛。前衛を突破されぬ事を最優先、次に戦闘不能者を出さぬ事を優先し行動します!」 そこに脱走王の面影は無い。 「怒りで釣られないよう心構えをしておく」 『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)は軽口を叩く。 そうでもしないと、場が持たない。 「俺も褒めて伸ばされたいなぁ。けど俺は「アークのエースが不在中に残った雑魚」認識なんだろ? 雑魚返上をまずは果たさないと駄目かなぁ? ――って感じに先読みしてみたんだけど、どうだろう!?」 なかなかいけてます。と、小夜は返した。 「だいたいのことは言われても平気じゃないと、巫女なんてやってられませんよ?」 やっぱ、神社だと、悩み相談とか。と、まじめに返す琥珀が感心したように、ほえーと言う。 (……最近はもう、“パンツください” なんて、ド直球勝負の参拝客まで居ますから) と、つけ加えられなくなってしまった。 「さて、では無理をしていくことにしようか」 『黄昏の賢者』逢坂 彩音(BNE000675)がナイトビジョンの下から、いつもどおり芝居がかった調子で微笑む。 全員が頷いた。 ● 怒りは継続し、人の目を曇らせ、我を忘れさせる。 己の自尊心が傷つけられれば、なおのこと。 「そこの指揮官。戦う前にいくつか言いたいことがある!」 『ジェネシスノート』如月・達哉(BNE001662)は、先の戦場で、激しく『アステロイド』テレーゼ・パウラ・メルレンブルクに侮辱された。 その意趣返しをするべく、彼は闘志を燃やしていた。 ゆえに、誰よりも、チームのソードミラージュより早く叫んだのだ。執念の賜物といえよう。 『親衛隊』のバイクが消えた。 ――と同時に、達哉は跳ね飛ばされていた。二度、三度と宙を舞う。 命中精度を上げられた戦闘用バイクからの攻撃は、後衛に陣取ることが多い達也が対応できる速さではない。 「戦いの前にだと? そんな時間は存在しない」 テレーゼ・パウラは、なにを言っている。と、首をかしげる。 「ここは優雅な古代合戦場ではない。野蛮で卑劣な近代戦争の場だ。互いの姿を認めたが最後、一瞬でも早く相手の脳味噌地面にぶちまけさせてやるのが礼儀だ」 失笑。嘲笑。 達哉が恩寵をもって立ち上がるも、なお新たなバイクがそれさえも蹂躙した。 互いが合間見えて、十秒経っていない。 フォーチュナが言っていた、「乗れば一般人もソードミラージュ!」というのはこういう意味だったのかと改めて実感する。 「誰も、ピザは注文していない」 テレーゼ・パウラのニフルヘイムの視線が、それでもぎりぎり逃走の側に踏みとどまっていた達哉の全てを否定した。 戦線離脱。高い代償になった。 「上等兵。確認するが、アークの戦闘単位には明確な上下関係はないとのことだったな?」 「はい。収集した情報によりますと、作戦には個人単位の志願制。作戦運用はその寄せ集めの合議制らしいです」 「では、連携訓練なども――」 「打ち合わせはしているでしょうが、実地訓練をするには時間不足と考えます」 「なるほど」 曹長は、メガホンを掲げる。 「親愛なるオートバイ小隊諸君! 君達の日頃の訓練の成果を存分に見せ付けたまえ! 戦争素人に玄人の仕事を教えて差し上げろ。冥土の土産にな」 ● (誰かが集中攻撃されたら、アッパーで攻撃誘引するつもりだったのに) 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)のギアをあげるタイミングは完璧だった。 同じタイミングで『親衛隊』が動いただけのことだ。 全員が自分と仲間の力を賦活するのに専念していた。 「慈愛よ、あれ」 達哉への視界は通っていた。幸いなことに。 小夜香は、流れてくる死の臭いに粟立つ肌を押さえられない。 「誰一人死なせるものですか――」 何もしなければ、本当に死ぬ。 誰かを守ることに己の存在意義を見出し、力の源にしている小夜香にとって、目の前で人が死ぬ事態は、己の今回を揺るがす耐え難いことだ。 「運命よ――」 唇が、そこまで言って止まった。 何を願う。何を望む。 救世か、救命か、敵の壊滅か、兵器の破壊か、新たな仲間の創造か!? 悪戯に運命を捻じ曲げる事願うなかれ。 覚悟なく、確固たる方向性もなく、運命を捻じ曲げることを夢見るなかれ。 代償を支払え。運命の女神の機織場を荒らした代償を。 小夜香の指の間からすりぬける恩寵の気配。 運命とは捻じ曲げるものでなく、己の力で引き寄せるものだ。 倒れ伏した達哉の存命がリベリスタの救いと課題になった。 回収にいかなくてはならない。しかし、行ったら先程のような集中攻撃に遭うだろう。 すでに、間合いはつめられている。 「機先を制すことは出来なかったけれど、挨拶はさせてもらいますよ」 『非才を知る者』アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)の投擲する手投げ弾から閃光。 WW2の夢の残滓が断ち切られたバイク、3台。 「MAI†HIME、グローバルにKOU☆RIN!」 舞姫が恐ろしく挑発的な仕草を取りながら突出する。 「親衛隊」の聖地が戦場というのなら、それを徹底的にこき下ろす。 それが、「上から目線のてめえのゆるいとこ、下から突き上げる」ということだ。 日独ハーフの戦乙女の名を持つ剣士は、いい感じにドイツ人の民族的急所をえぐりこんだ。 「アークきっての戦う美少女、獲れるもんなら獲ってみなさい!」 釣ったバイク、3台。 精密に舞姫の回避を妨げる援護射撃の後、畳み掛けられる音速の壁越えの連続攻撃。 まともに食らった舞姫は、まだ余力はあるものの体の動きが極端に鈍っている。 「アークの諸君。腐ったりんご――敗残兵をくれてやろう」 この隙を突いて達哉を回収するリベリスタに、テレーゼ・パウラはメガホンで口元を隠しながら笑う。 「さあ、道を切り開け。閃光弾でおねんねするほどやわではなかろう。我がオートバイ部隊の諸君。水上での起動実験を始めようではないか」 メガホンを口に添えると、一言叫んだ。 「傾注!」 曹長殿の号令は、兵を戦場に叩き戻す。 「ドSとか口悪いとか威勢のいいお姉さんは好きなのに、親衛隊の外道さが救われねーレベルなのが残念すぎるぜ」 琥珀は歯噛みする。 (突破狙いで動いてくる可能性が無いわけじゃないとは思ってたのに――) アークの戦闘行動が、戦争ではないことを痛感する。 それでも、指をくわえて見てはいられない。 大鎌を取り回し、目に映る敵を切り刻んで、辺りを血の海にするのが琥珀の仕事だ。 浴衣の袂を押さえた智夫の手から放たれる投げ槍には、「ホルテンHo229の心臓」とバイクとのリンクを切断する縁切りと氷結の呪いがついている。 もち肌でぱっと見分かりにくいが、上腕二頭筋はきっちり男子だ。 抉られたバイクは急な速度減に一瞬の隙が出来、アーデルハイトの血の鎖の餌食となる。 リベリスタの損耗がまだ少ない内に、どれだけオートバイ兵の数を減らせるか。 勝負はそこにかかっていた。 統率の取れた、オートバイ兵の動き。 訓練されていることもあるだろうが、それに指揮官の効果も確かに重なっていた。 口元にメガホンを当てて、テレーゼ・パウラは時折鋭い手振りを繰り返す。そのたび、オートバイ兵の動きが良くなっていった。 獅子の心臓を持っているかどうかは分からないが、テレーゼ・パウラの心臓に毛が生えているのは間違いなさそうだった。 ● リベリスタたちは奮闘した。 しかし、空間を占有する前衛の数が足りない。 オートバイ小隊の練度は高く、バイクから叩き落してもすぐ別の機体に相乗りしていくため、敵の攻撃手段は減ることはなかった。 また、前衛が互いの孤立を恐れ密集していたために、どうしても動きが鈍くなり、戦線は縮小される。 結果、側面が大きく開き、テレーゼ・パウラは手駒を二手に分けた。 前衛の後方四メートルに陣取っていたアーデルハイトの目が見開かれる。 迂回、側面から敵。 前衛と後衛を巻き込む両側面からのバイク集団の斬撃。 いや、目に映るほとんどは幻影。しかし、斬撃は本物だ。 ある程度予想していた桐の動きに迷いは無い。 バイクは見えていない。見えているのはフリッツヘルムをかぶり、片手に銃を握って突っ込んでくる現代の騎兵、乗り手のみだ。 「貴方方が速く、強靭に、どこまでも何処までも飛べる翼を欲するのなら」 丸くて薄い不恰好な刃を闘気で丸く膨れ上がらせ、透明なカウルをぶち割り、振りぬく。前に直進するバイク。取り残され、後ろに吹き飛ばされていくバイク兵。 「私達は引きちぎり、叩き落し、地に這わせてあげましょう」 横倒しになるバイクが一台。 「世界の安寧を妨げる力を私達は討つ為にいるのですから」 たて直そうとしているバイク兵に追いすがる。 我、汝に生死を問う。 「紛い物の翼がそんなに大事ですか? また乗せたりしませんよ?」 桐の致命に至る刃を他のバイク兵が受けた。 刃の下でぶつぶつと粟立つ細胞の気配。 急速代謝促進。皮膚の表面から大量の水蒸気。嗅ぎ慣れたたんぱく質が消費される臭い。 桐と同じ道を選んだ。この兵士達は高速再生を持っている。 その間に、バイク兵は血反吐を吐きながらも車上に復帰する。 「上等です。何度でも叩き落してあげますよっ!」 アーデルハイトは、とっさに跳ね上げるマントの下に小夜香を隠し、守りを固める。 マント伝いに滴り落ちるアーデルハイトの血の気配。 「癒しよ、あれ」 とっさにマントを掻き分け、小夜香は出来うる限りの視界を確保し、癒しの微風を呼んだ。 首の後ろが冷える 獣の直感、3割の狐因子に感謝を。 しかし、小夜の体術では突き刺さる刃は全て急所をえぐる。 目の前が急に暗くなる。 その小夜に迫る疾風怒濤。 フリッツヘルムの下、むき出される獰猛な笑い。 ミラクルナイチンゲールの頭の中でさまざまな要因が天秤にかけられる。 「前線が突破され混戦となった以上、戦闘不能者を出さないことを優先します!」 (たすけて、ミラクルナイチンゲール) 声にしない言葉が智夫の脳裏をよぎる。 小夜をオートバイの進路から突き飛ばして、代わりに轢かれた。 びきばきと細かく骨のへし折れる音がした。 「後衛までは行かせません……それがミラクルナイチンゲールの……」 倒れている訳には行かない。回復手は足りないのだ。 「私の務めですから」 小夜に向かって微笑む顔が凍りついた。 肩越しにバイク兵。 速さのあまり、凍てつく空気。 小夜の詠唱も間に合わない。 ミラクルナイチンゲールが沈んだ。 ● 「見捨てたらどうだ、その男。そうやってかばい続けていれば、じきに死ぬぞ。お前も、そいつも」 銀色のウェーブの髪が赤く濡らし彩音は、ふんと鼻で笑った。 彩音の足元に細く呼吸を続ける達哉。 「こんなところで死ぬつもりはないし、ここをくれてやるつもりも無い。当然、仲間も死なせるつもりは無いのだよ」 不敵に笑う彩音の恩寵もすでに消し飛んでいる。 「欲張りは、全てを失うぞ」 オートバイ兵は、リベリスタの陣の達哉を時々思い出したように攻撃しに来た。 縦横無尽に、いこいの広場を駆け巡るオートバイ兵。 その連携は孤立という言葉を知らない。常に誰かが誰かのフォローに入っている。 それらの動きを読み、最も効率的に視界にオートバイが入るタイミングを待ち受けていたのだ。 「そちらもな!」 オートバイ兵の死角から彩音の気糸が襲い掛かった。 「数少ない好機で最大限の効果を。悪かったな、欲張りで」 桐によってバイクから弾き飛ばされなかった兵の方が少なかった。 彼らが機体を確保し続けられたのは、ひとえに桐に複数攻撃手段がなかったからの一点によるものだ。 「さあ、踊りましょう。土となるまで、灰となるまで、塵となるまで!」 アーデルハイトは、よく回復役の二人を守った。 結果、確かにオートバイ部隊が当初予定していたタイムテーブルから離陸の時間は後方にずれ込んだ。 とうに恩寵は 「灰になるのは貴女の方です。奥方様」 ヘルメットの下、靴元に獰猛な笑みを浮かべたバイク兵が慇懃に言う。 「シュピーゲル家の死なないご令嬢。吸血鬼の最期とはそういうものではありませんか。そろそろヒトとしては程々の人生と存じます。定命を越え真正の化け物になる前に、土にお還りになるという選択肢はいかがですか?」 答えを待つこともなく腸をえぐりこんでくる音速の――いや、音速が刃。 滴り落ちるアーデルハイトの血。 「あり得ません。そんな選択」 流れた血は黒い鎖に。オートバイ兵を死に誘う葬送曲。 だが、そこまでが限界だった。すでに魔力がもたなかった。 供給源は絶たれている。 「ちっくしょ……」 琥珀の顔色がみるみる悪くなっていく。 初手からずっと振るい続けている大鎌が急に重たく感じてくるようになった。 もうどのくらい斬っただろうか。どのくらい時間がたったのだろうか。 ひどく寒い。腹の底に氷を抱いているような感じさえする。 「このぉ……っ!!」 最後の力で道化のカードを投げた途端に、体から魔力が失せ果てた。 カードが命中したオートバイ兵が、草に車輪をとられてこけたのを見て、琥珀はわずかに方を揺らして笑った。 (ここまで、かよ。ここまでかよぉっ!?) 敵に悟られてはならない。奥歯の奥で湧き上がってくる言葉をかみ殺す。 魔力の枯渇。リベリスタ戦闘不能四名を超えた。 リベリスタ達に撤退勧告がされたのはそれからまもなくだった。 ● リベリスタの攻撃が散発的になり、徐々に後方に下がり始めたのを見て、初めてテレーゼ・パウラの「意気軒昂」がリベリスタの移動近接攻撃の間合いに入った。 「ああ、残念極まりないな。いい機体なのに」 リベリスタではなく、破壊された「絶対踏破」から火柱が上がる。 朗らかにさえ聞こえるテレーゼ・パウラの口調は、穏やかであるがゆえにリベリスタの神経を逆なでした。 オートバイ小隊も、もちろん無傷ではない。 戦闘不能となった部下を部下のリアシートや自分のサイドカーに乗せ、テレーゼ・パウラは空になった「疾風怒濤」にまたがると、満身創痍のリベリスタたちを睥睨した。 一矢報いることは出来るだろう。うまくやれば、テレーゼ・パウラを殺害することも出来るかもしれない。 だが、ここで退かねば、おそらく全員戻ることはできまい。 「恨みに思うぞ、アークの諸君。私の部下をここまで損耗させた挙句、期待の新機体を放棄しなくてはならない私の悲しみがどれだけか」 ここで不意に、「アステロイド」は言葉を切った。 「いや、すまない。大人気ないことを言った。君らごときに壊されているようではいかんのだ。更なる改良が必要ということだな。自分の力不足の八つ当たりをしてしまった。許せ」 大破した「疾風怒濤」からも火柱が上がる。 腹の底と負った傷に響くエンジン音。 「それでは、失礼する。君らは汚い戦争に向いていない。他の職を全うすることをお勧めするよ!」 テレーゼ・パウラ達が池を渡っていく。 後には、為す術を失ったリベリスタが残った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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