●北の国から 「北海道でエキノコックスのEビーストを撃滅してください」 作戦司令部第三会議室。 フォーチュナー『悪狐』九品寺 佐幽(nBNE000247)は見るからに狐ビスハである。 どよんど鬱屈とした空気に構うことなく、佐幽は資料を掲示した。 立体映像ディスプレイに映し出されたのは北海道の冷涼な大地、そしてキタキツネだ。 「エキノコックスは寄生虫でして、主に牧羊地帯に発生しやすく、日本では北海道で気をつけるべき感染症として有名なのです。その寄生主は主にキツネ、野ネズミといわれています。 革醒したエキノコックスは目に見えないサイズに過ぎないために脆弱であり、繁殖力もE化している分、大きく低下しています。厄介なのは、この点ではございません。 E化したエキノコックスの革醒現象が伝播することで宿主まで革醒する、これが最大の脅威です。未然に予防せねば、Eビーストの大量発生のできあがりにございます」 予想シュミレーションが表示される。 もし初期予防に失敗した場合、感染の拡大がつづく。繁殖力が高くて小さくどこにでも潜りこむ野ネズミなど特に厄介この上なく、黒死病もかくやという大災害にもなりうる。特に、野ネズミが直接E化せずともE化エキノコックスの温床&輸送ルートになりうるのは脅威だ。 「万華鏡を介すことで予知した結果、初期段階での発見に成功することができました。――というわけで、北海道に行ってきてほしいわけですが――」 佐幽は貴方たちの表情を確かめる。 感染症、エキノコックスと嫌なキーワードの羅列にテンションは軒並み地の底だ。 ――だって、ねぇ? 佐幽は一考する。 「……見事に依頼達成の暁には、北海道での休暇一泊二日ごちそう食べ放題ツアーをプレゼント」 「マジで!?」 テンションうなぎ昇り。 「カニ食べ放題」 「おーっ!」 「ウニ食べ放題」 「うおーっ!」 「夕張メロン食べ放題」 「うおっしゃーーっ!」 お祭り騒ぎのリベリスタ達をよそに、佐幽は虚ろな微笑を湛えるのだった。 チョロい、と。 ●這い上がれ我が子よ、千尋の谷より! 「あーかいーあかーいー♪ あかいキツネのV3♪」 冷涼にして青々とした北海道の夏の大地を、るんるん気分でスキップ刻む少女がひとり。 “落ちる姫獅子”千尋ヶ谷 了子(ちひろがだに りおこ)は今年で十一歳の女の子。今日は偉大なるお父様の命令で北海道キタキツネ牧場にひとりでやってきた。 レオポン(獅子と豹の混血種)のビーストハーフである了子は、仔獅子そっくりの人懐っこい丸顔をにこにこさせ、豹柄の尻尾をふりふりと上機嫌にも蝶と戯れさせていた。 「わぁ……!」 北海道の某所にあるキタキツネ牧場は、緑豊かな牧場に百匹前後のキタキツネが放牧されている。赤や黄の色彩豊かな花々が自生している中を、のびのびと赤茶毛のキタキツネたちが戯れる。毛づくろいに勤しむ親子など、なんとも微笑ましくて心癒される。 「はぁ……なんて素敵なのかしら」 感嘆の溜息をついて。 「お父様はわたくしにこの光景を見せたかったのですね! ああ、なんて優しいお父様……」 そう、敬愛する父上へと想いを馳せる。 そして青森でかつて出逢ったアークのとっても素敵な先輩リベリスタ達のことを――。 「了子は立派なリベリスタを目指して! 皆を守れるクロスイージスを志して努力の日々です! ああ、またアークの先輩方といっしょに戦えるだなんて了子は感動です~!」 左右をきょろきょろ見回して。 「――けど、敵ってどれです?」 それらしい標的は、全然ちっとも見当たらない。了子は途方に暮れている。 と、その時だ。 三匹の子供のキタキツネが、野ネズミを追いかけ猛ダッシュする。 微笑ましい狩りの風景。だが、一匹は木の根っこですっころび、一匹は居場所を見失い、一匹はとろくて野ネズミに追いてけぼりを喰らった。なんてまどろっこしい。 「ふっふーん、了子がお手本を見せてあげるのです」 ザッ。 羽のように軽く、風のように疾く、獅子のように猛る。 瞳をギュンと細め、獣の因子を存分に発揮してすばしっこく巧みに野ネズミを追い詰める。三匹の子キツネたちは目を丸めて、お手本をじっと見つめる。 「つっかまえた♪」 そして了子は野生の勢いで野ネズミをパクッと食べてしまった。 ゴリッ。 メキョメケ。 ゴックンッ。 「……ありゃ、わたくしってばお転婆さん、てへっ♪」 了子はこつんと首を傾げて、茶目ッ気たっぷりに笑い、愛嬌で己をごまかす。 この三時間後、恐ろしい事に――! ●お土産 と、一連の恐ろしい緊急事態について佐幽は語り終えたところで。 「ああ、お土産はお忘れなく。他の職員にも配りますので、ささやかでもいので必ずなにかお土産をお持ち帰りください。もちろん自腹で」 そう催促すると、救出すべき対象についてはとくに深い感慨を漏らさず、貴方たちに北海道行きの飛行機の搭乗券を手渡した。 「――新幹線? はて、何のことでしょう」 妙だ。なぜか狐に摘まれた気分がする。ともあれ――。 これよりすぐに現地急行だ。 いざ北の大地へ。 ●旅のしおり:撃滅編 総じて炎熱に弱い。 ただし戦場は牧場、延焼対策なしに炎熱系の技を乱用することは避けるべし。 寄生虫は主に経口感染を主とするため、注意すればアークのリベリスタの感染は心配ない。ただし万一のこともあるため、多種多様な非戦スキルによる防疫措置が欲しい。 ・Eビースト・フェーズ1『革醒エキノコックス』×無数 革醒した寄生虫エキノコックス。目に見えないほど小さい。 強い弱い以前のレベル。熱に弱く、煮沸することで除去できる。 宿主を傷つけずに極小の寄生虫を除去するには工夫を要する。 また索敵が難しいため、その発見や識別には非戦スキル活用をオススメする。 なお、革醒エキノコックスは脆弱なために通常のアクセサリー類を活用しても撃滅できる。 ・Eビースト・フェーズ2『パラサイトフォックス』×2 革醒した寄生虫エキノコックスに感染、革醒することで寄生虫と融合した個体。 グロい。背中や口腔などより鋭利な刃つきの触手が飛び出してきたりする。 毒、猛毒、神経毒(麻痺)を得意とする。素早く攻撃が激しい反面、耐久力は低め。知力は低い。 ・Eビースト・フェーズ1『パラサイトマウス』×12 革醒した寄生虫エキノコックスに感染、革醒することで寄生虫と融合した個体。 グロい。小型だけに余計にグロい。けど弱い。衣服や建物の内部に潜り込むことができる。 好戦的ではなく、逃走を優先する。ただしパラサイトフォックスの命令には従順に従う。 ・『パラサイトレオポン』 寄生体に体のコントロールを奪われたリベリスタの少女。 ビーストハーフ×クロスイージス。フィジカルよりテクニック重視、素早くてそこそこ固い。 寄生体に操られているが運命を消費することで完全な支配下はまぬがれている。 自意識がまだハッキリしているため、会話などはできるが意志に反して攻撃してくる。 クロスイージスと一部の覇界闘士の下級スキルを使用。ステータスは本来より向上、フェーズ2並みに強化されている。 ・『キタキツネ』×100 北海道キタキツネ牧場に放牧中のキタキツネ達。 未感染、感染しつつも表立って変化のない個体などが混じっている。 襲ってきたり戦ったりする必要はないが、内部に潜伏する革醒エキノコックスは除去必須。 人に慣れているため、大抵の人間には懐く。 ●旅のしおり:旅行編 ご褒美の旅行編である。 迅速丁寧に敵撃滅が達成できればBパート(後半)では一泊二日の北海道旅行を堪能できる。 もし手こずった場合はAパート(前半)が長引き、Bパートは短くなる。失敗時は没収。 ・食べ放題ツアー。 北海道名物の毛ガニ、ウニ、メロンなどをご堪能あれ。他ご要望に応じて色々手配します。 ・宿泊は温泉地 ホテルに宿泊、のんびり温泉に浸かって疲れを癒すことができます。 ・観光地巡り 二日目は観光地巡り。(尺に余裕があれば)二箇所まで観光地を訪ねることもできます。 ただしAパートが長引くと削られます。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月30日(日)22:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●VS蟲狐 1/2 涼風は草木を薙いで走る。そう、初夏の一風は見えざる獣の疾駆するかのようであった。 その狐は異形の形で野を駆ける。 瞳の中に瞳が沸く。口の中で口が開く。そうと分からぬよう風体を繕っても、寄生虫と融合したパラサイトフォックスは歪な気配を殺しきれない。 キチキチと蟲の蠢く音が奥底より聴こえる。右の目玉が裏返り、三点シリンダー状の三つ目と化して醜悪にも突き出した。その三眼が見据えるのは――。 神々しい神威の燐光を纏い、軍勢は現るる。 ギャラルホルンの笛が響き、番神ヘイムダルに成り代わって告げる。 ラグナロク。世界を終焉に導くあまねく敵対者に、淡き美しき燐光は速やかな敗北を約束する。 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)を筆頭に、箱舟の軍勢は北の大地を踏み進む。 問答無用だ。 速やかな会戦にはじまり、戦いは最初からクライマックスに達していた。 二対の寄生狐が鋭敏に走り、一行を翻弄としようとする。何処からより湧き出してくる多くのパラサイトマウスが木石の陰に隠れて隙を窺う。しかしだ。 彼らには、絶対に負けられない理由があった。士気高き戦士たちは魂に火を灯す。 “後半の尺は、絶対に確保する!” 鋼鉄の結束が、今ここに結実する。――それだけでは無いことを願おう。 「突撃! 北海道ッ!!」 「おー!」 『興味本位系アウトドア派フュリエ』リンディル・ルイネール(BNE004531)は魔弓を引き絞り、雷の矢を番い放つ。蒼穹の天を突いた雷の矢が暴れ狂う雷鎖の蛇と化して大小の敵を薙ぎ払った。 負けじと新田も神秘の言霊に魂の叫びを込めて、蟲鼠を釘づけにする。 『夢を追いかける少女を、虫けらの仲間になんて絶対にさせるか!』 言霊一声。 約半数の蟲鼠が新田へと毒牙を向けるが、元より堅牢鉄壁な上にバリアとラグナロクを重ねた彼は泰山不動、まるで揺るがない。絶対者には木っ端の毒など通じるべくもなく、前歯もかえって傷つくばかりだ。しかしながら力強い言霊の戒めは、さながらレミングの集団自決のように過酷で無謀な攻撃を繰り返させるのだった。 ●狐狩り 時は少々遡る。 “狐狩り”レイナードは童謡『メリーさんの羊』を口ずさみ、猟銃を背負って忽然と現れた。金髪緑眼、ハンチング帽を被った青年は狩りを嗜む英国貴族といった風貌だ。 『倫敦の蜘蛛の巣』の構成員である筈のレイナードがなぜ、ここに居るのか。 「貴様……いつぞやの×××(某国語で罵倒)貴族!」 「催眠術で超スピードな展開してるなー」 『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)は強く警戒と憎悪を露にし、『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)はマイペースながらも驚嘆を示す。 「まさか、お友達になりにきてくれたとでも?」 『痛みを分かち合う者』街多米 生佐目(BNE004013)は即座に読心を試みる。断片的に得たヴィジョンに、レイナードがこちらを攻撃しようという意志は含まれていなかった。 強く警戒する三者に、他の面々も青年を敵として警戒した。レイナードは愛想笑いで応じる。 「ソー警戒しないで。改めまして、ボクはレイナードです。今は悠々自適に休暇を過ごしてるだけの、ただの外国人観光客ですヨ」 二、三問い詰めても結果は同じ。戦う意志はなく、本当にただの偶然だという。生佐目の高位読心も新田の超直観もそれを裏付ける。 レイナードは強敵だ。しかし倫敦の蜘蛛の巣では末端の一本の糸に過ぎず、もしリスクを度外視して捕縛を試みてもリターンは割りに合わないだろう。 「他人の狩猟に横槍を入れるのはボクの流儀に反する。美しくないからネ」 不敵に笑ってそう告げると、狐狩りのレイナードは野山に消えた。 ●VS蟲狐 2/2 「どうでもいいけどカレーが食べたい」 春津見はマイペースだ。 「ぱーふぇくとがーど~」 しかし蟲鼠もキツネも新田に殺到、無風地帯。やることがない。 「……あ、いたっ」 がじがじ春津見のスネをかじるネズミが一匹。春津見はちょっとだけ嬉しい気分になった。ポイと引き剥がして、本命のキツネ目掛けて十字光弾を撃つ。けれど軽々とかわされた。再度試みると、今度は当たりこそすれど全然通じてない。 「あ……」 その時、春津見は自らの『弱点』を、あるいは限界という壁を直視してしまった。 魔杖ヴリルシュタープを中心として幾重にも魔陣が展開されていた。 『ヴリルの魔導師』レオポルト・フォン・ミュンヒハウゼン(BNE004096)は厳かに詠唱する。 「我が血を触媒と以って成さん……我紡ぎしは秘匿の粋、黒き血流に因る葬送曲!」 黒の暴流。 幾つもの標的を黒血の調べは呑み喰らい、第一の蟲狐を葬り去った。そう想った刹那、最後の力を振り絞った蟲狐がレオポルトを強襲する。 魔弓『Kresnik』が閃く。 漆黒の光矢は滅した。今まさに口の中の口を剥き出して、醜悪な第二の歯牙を晒した狐を。 『アッシュトゥアッシュ』グレイ・アリア・ディアルト(BNE004441)は苦笑する。 「その悪趣味さ、ホラー映画に出てくるべきだったな」 一目散に逃げ去ろうとする蟲鼠。しかし残る蟲狐が吠えると一斉に逆襲せんと迫ってきた。 ビンゴ。 作戦は大正解だ。 「雪やこんこん霰やこんこん!」 『ピンクの変獣』シィン・アーパーウィル(BNE004479)はエル・フリーズを大盤振る舞い、フィアキィと一緒にぴょんぴょこ舞い踊りながらネズミの氷づけを作る。 「降っても降ってもまだ降り山田にゅっ!?」 すってんころりん。氷ついた足場で自爆する。さすが珍獣。 「うおおっ!?」 横回転で緊急回避、蟲狐の大鎌触手が次々とシィンの頭があった場所を刺し貫く。すごいね珍獣。 「同志! 今助けるぞ!」 閃光明滅。 間一髪、あわやというところで蟲狐の目が眩み、刃はシィンの頬を掠めるに留まる。 「目がっ! 目がぁっ!」 が、シィンはまだまだ転がっている。これでこそ珍獣。 「Welcome to the darkness」 生佐目の死亡宣告。蟲狐は闇霧に閉ざされる。 黒箱という密室で執り行われる処刑がいかに残酷か、それは死者のみが知る。 ●レオポン救出作戦 戦わずして勝つ。 まさに上策。その要こそヴリルの魔導師レオポルトがわざわざ調合した駆除用ベイトである。 「うーん、北海道で作るカレーも雄大で爽やか」 春津見お手製のカレーを皿に盛りつけ、ベイトを仕込む。ぱたぱたと団扇で匂いを漂わせれば、すぐに野生のレオポンこと千尋ヶ谷 了子は現れた。 「ふしゅるるるー」 ものの見事に触手がしゅるるってる。依頼が依頼ならば触手プレイにぴったりだ。 「うーーー」 低く唸り、周囲を警戒する。一同遠くから見守る。 食べた。 がつがつ食べてる。しかも犬食いだ。皿まで舐めてる。 「あとは×××(某国語で排泄物)を出すまで観察だな」 遠くの茂みに隠れたベルカは卓越した五感でレオポンの生態を実況する。 「あの、これってボトムの常識では犯罪ではない、のよね?」 「同志リンディル。戦場では、糞便の始末ひとつで居所や食料事情まで突き止められた結果、時には小隊壊滅の危機に瀕することもあるのです」 「は、はぁ」 「それにもし排泄物を見失った場合、焼却処分は必須な以上、その捜索をせねばならない。即ち、私は目視ではなくこの猟犬並みの嗅覚を頼りにレオポンの×××を探さねばならない」 そして鬼気迫る表情で。 「同志リンディルは、私に十一歳の少女の×××をくんかくんか嗅げと仰るか!」 「お、仰らない!」 「そうか……」 監視をつづける二人。が、食べてすぐ排泄する訳もなく、やがて昼時に差し掛かった。 そこへ桃色の珍獣シィンと生佐目が差し入れを届けにきた。 無論、カレーだ。 リンディルが蒼ざめて遠慮する中、全員が普通にカレーを食べている。 「で、首尾は」 「順調だ、同志生佐目もぐもぐ。そろそろ×××を出す頃合だ」 「作戦もぐもぐ成功ですね」 「いやーカレーライスは日本人のソウルフードですなー」 「……うん、シィンさんあたしと同族だから、フェリエだから」 おかしい。こんなの絶対おかしい。 勇気を出して、リンディルは問題点に言及する。 「ね、ねえ! どうして平然とカレー食べてられるの!?」 「便所飯よりマシだし」 「? 凍ってるレーションより断然マシだろう?」 「はい、質問」 先んじて本人の名誉のために明記しておく。シィン・アーパーウィルは記憶喪失者である、と。 「どうして×××の話してる時にカレー食べちゃいけないの?」 それは誠に素朴な疑問であった。 そう――、カレーに罪はない。 ×××とカレーに因果関係を見出すのは、我々の心が穢れているからではないだろうか? ●省却処分 革醒エキノコックスを駆除用ベイトで排泄させ、焼却する。 この作戦は見事に成功した。一匹ずつ体調チェックを行う等して万全に駆除を完了する。 その地味で意外と苦労する工程は、しかし地味であるがゆえに省略されるべきだろう。 徹頭徹尾、×××の話題で埋まった報告書を見たいのであれば、その限りではないが――。 ●メロン編 「まもなくメロン狩り園到着でございま~す」 千尋ヶ谷家のリムジン車内で揺られること数十分、アーク北海道ツアーの参加者たちは和気藹々と過ごしていた。なお、バスガイド役は旅行大好きリンディルだ。 「せめてもの恩返し、了子の用意した北海道ツアーを存分にご堪能くださいまし」 「ん?」 この北海道ツアー、アーク主催だったのでは。 「え? さゆー様? どちらさまですか?」 罠だ。 恒例の罠だ。あの悪狐は「了子のお礼で北海道ツアーを楽しめる」ことまで予知していたのだ。 『……見事に依頼達成の暁には、北海道での休暇一泊二日ごちそう食べ放題ツアーをプレゼント』 ただし、贈るのは千尋ヶ谷家であって、アークは一銭も支払う気がなかったわけである。 「あンの妖狐めぇ! それに比べてレオポン子は可愛いなぁ!」 「てへへー」 ベルカに撫でくりまわされて了子のほっぺは林檎色だ。 園の温室は、青々とした緑にそこはかとなく漂うメロンの香気に満ちていた。 「チョロリスタも悪くない」 新田ら一行は深呼吸しつつゆっくりと園内を見学する。メロンを食べすぎて海の幸を食い損ねるのは本末転倒。無茶な金額でない限りは千尋ヶ谷家が費用を全面負担してくれる、ということなので控えめに数点、お土産のメロンを三高平に届けてもらうよう注文する。 「ん、これは……メロン・リキュール」 新田が酒類コーナーを職業柄ついつい注視している頃、温室内では。 「ベリーメロン」 「ベリーメロン!」 謎のV字ポーズが流行してたとか、しなかったとか。 ●夕食編 旅館の宴会場で振舞われる、海の幸オンパレード。 きらきら煌いてさえみえる豪華な夕食に、カニ料理ウニ料理に一行は大はしゃぎ。 「うンめぇっ! 生のバフンウニ! 濃厚芳醇とろける旨味! たまんないな!」 酒も入って新田のテンションはここにきて大爆発だ。 隣席のグレイとレオポルトも、浴衣に着替えて海鮮料理に舌鼓を打つ。 「こいつは……確かに大違いだ。日本人がありがたがるのも分かる」 講釈を述べる口さえ次第に食べるに励み、しばし無言でグレイは食に没頭した。大いなる北海の幸が、五臓六腑に染み渡ってくるではないか。 北海しまえびの塩ゆで、トキシラズ鮭の刺身、いずれも三高平ではそう食べる機会もない絶品だ。 「グレイさん、酒は呑めるかい? 日本酒と併せるとさらに倍率どーんだ!」 「ああ、余り慣れていないが折角だしな。一献頂こう」 一方、レオポルトも豪勢な食事に魅了されていた。 「これはッ……! 海の旨みをまるごと閉じ込めたような濃厚な味わいのウニ……! 甘くコクのある、“食べている”と実感できる肉厚なカニ! が、頑張った甲斐がございましたなっ!」 きゅーっと杯を傾け、感動と美味にレオポルトは打ち震える。 「ささ、もう一杯」 と、お酌をして巡るのは了子だ。 重ねて感謝を表した了子は暫しレオポルトと打ち解け、あたかも孫娘のように親しげに接する。 「ああ、それではレオポルト様は了子の“レオポン”に親近感を感じてくださってご依頼に」 「確かに、それもございますが」 酔いが巡っているせいか、レオポルトはいつになく言葉が湧き出してくる。 「お嬢さんには家族がいらっしゃる。だからですかね、ついつい他人事と知りつつも己に重ねてしまうのでしょう。他の誰かが赴いても、千尋ヶ谷さん、貴方を救うことはできたかもしれません。ですがね、この手でだれかを助けなければ、わたくしめの心までは救われないのです。 ――誠に救いようのない、呪いじみた物語にございます」 了子は言葉に惑い、悩み、うまく返せずにただお酌を勧めることしかできなかった。 宴の終わり際、静々と呑んでいるレオポルトの元にまた了子はまた戻ってきた。 三つ指を折り、丁重に布に包んだ一品を差し出す。 「どうぞお受け取りを」 封を解かれた贈与品は、魔術知識に長じた彼オポルトには一目で破界器だと理解できた。 黒、無紋の魔術手甲。 これは術者の行使したい魔術に応じて、変幻自在に紋様を象る仕組みだ。やや使用感があるものの、かえって古きを重んじる魔術の世界ではちょうどよい。 「これを、わたくしめに?」 「はい。『黒獅子』と、父はそう呼んでおりました。先々代、当家の祖父の愛用していた品だそうです。黒獅子という怪異の鬣や皮を材料として編んだそうで。然るべき工房で修繕と改修を施して、了子に与えてくださると父上は仰っていたのです。けれども、これは未熟な了子の手に余ります。 ぜひ、よろしければ貴方様の手で再び息吹を吹き込んでくだされば、と」 「しかし、そのような代物を軽々と」 「――いいえ」 了子は毅然と、そして柔らかに言葉する。 「これは千尋ヶ谷家第十三代当主、千尋ヶ谷 終よりの――父よりの預かり物です」 手渡された書状を一読する。 そしてレオポルトは厳かに、黒獅子を受け取った。 ●温泉 1/2 「は~びばのんのん」 露天風呂で星空の下、春津見は露天シーフードカレーを満喫する。もちろん食材は北海道さん。 ひとりの時間。 ほんのすこし、春津見は夜空のスクリーンに悩める心を投影する。 『弱点』 自覚はあっても、己の弱点――命中精度の低さ、という点を直視する機会など、これまでそうは無かった。短所もあれば長所もある。一長一短なのだから他の取り得でチャラにできる。普段はそう片付けるけど、レイナードのせいで妙にもやもやする。 「さっぱりポンです」 と、不意にどやどやと他の女性陣一同がやってきた。 「温泉ってカレー食べてもいいのです?」 「ない。絶対ない」 「祖国では凍った川を泳ぎながらボルシチを食べる猛者もいたなぁ。私だが」 「スイカもひもひ」 自由すぎる仲間たちに、春津見はくすっと笑っていつものぽんわりペースを取り戻す。 「ところで同志カレースキー、祖国ではよく私はボルシチをライスに掛けて食べ――」 「絶対に許さないよ」 ●温泉 2/2 月に群雲、星に湯煙。 乙女の玉肌はほんのりと白桃のごとき彩りを帯びていた。 湯の薫りにほろほろ酔いて、かしましくも華やかに明日の旅路を物語る。 「がっかり名所の札幌時計台、かえって気になりはしないか?」 月より丸く豊かなベルカの胸の谷間へと、滴る汗が吸い込まれていく。 髪を束ねたリンディルは火照った頬をにやりと歪める。 「がっかり度だけは保障つき」 「それは楽しみだな!」 ※この後、ベルカの晴れやかな笑顔は見事に曇ったのであった。 「西瓜ー、西瓜はいかがっすかー」 「おいしー」 キンキンに氷で冷やした西瓜を露天風呂でしゃくしゃくと堪能する。春津見と生佐目は仲良くマイペースだ。西瓜の汁が、唇を伝い落ちて重力に従ってゆく。 「シィンは小樽でチョコ食べてー、ガラス細工やオルゴールも欲しいです」 負けず劣らず、すいカップのシィンも浮力がぐいぐい働いている。 「ホワイトラバーズ・ブラックは?」 「もちろんお土産に!」 がしっと握手するベルカとシィン。ふたりの中間点はまさしく桃源郷であろう。 とかく、女子の温泉模様というのは格別である。ただそれだけをひたすらに綴った報告書だって一枚くらいあってもよいのではないか。 がしかし、残念なことに旅に終わりはつきものである。 「お姉さんはね……」 最後に、旅行お姉さんリンディルの夢見る壮大にして(尺的に)無謀な旅行計画で締めくくる。 「まず特急オホーツクで旭川経由で札幌に旭川で降りて食事して! あ、ラーメンも有名だけど江丹別の蕎麦が美味しいの。でね、札幌についたらジンギスカンでビールを一杯!〆に味噌ラーメン! スープカレーも行きたい! で、特急スーパー北斗びゅーん! 室蘭でやきとりを! やきとりなのに豚なのが斬新よね、函館についたら海鮮丼でしょ、新鮮なイカそうめんもいいよね! 夜景も見て帰らないと! 函館から特急スーパー白鳥で新青森、青函トンネル通ります! 金魚の箱に入った新青森の駅弁が美味しいの! そんでもって東京駅でオムライスの駅弁買って三高平にGO! て、どう?」 ――無理っす。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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