●黒覇式 「……まさか。君だって理解しているのだろう? そう。そうだ。これは我々の為の我々のプロセスに過ぎない。 『結果的に』どういう効果がもたらされようとも、だ。君も『七派ルール』のくびきにはうんざりしていたのだろう? ならば十分な機会と思うがね。 まぁ、他ならぬ裏野部一二三ともあろう者が恐山の真似事をすると言うならば止めはしないが――」 携帯電話の向こうで露骨に苛立った声を上げた『話相手』に男は――逆凪首領、逆凪黒覇はあの独特な人を食ったような嫌な笑い声を上げていた。 「大変結構。では、何時振りか『絶望的な』競演としようじゃないか」 元より黒覇からすれば相手の反応は予測の範疇に過ぎなかった。人間を操作する事に長ける彼にとっては『直情傾向たる野蛮人』を操作する事等そう難しい事では無い。但し電話相手を御し切れているかどうかの結論は些か自意識が過剰で、些か自信が過剰である逆凪黒覇自身の言を元にしての話であるから、実際の所は定かでは無いのだが。 「兄者、首尾はどうだ」 湿度の高い不愉快な夜である。 暗闇の中を行くのは電話を切った黒覇とその弟、邪鬼。 彼の行動に常に随伴する『黒服』崎田竜司と彼の部下二人の姿もそこにある。 「一二三は動いたみてぇだが――」 「――予想通り、理由をつけては表に出ない恐山翁と『そもそも制御しようがない』黄泉ヶ辻京介以外の面々には話がついたとも。強いて言うならば一二三は少し骨が折れたが、最後は簡単な話だ。却って恐山翁が動かぬ事が彼を焚き付ける材料に十分だった」 黒覇の言葉に邪鬼は納得したように頷いた。 一二三は邪鬼より頭が切れるが、本質的な部分で二人は似ていない訳では無い。もし邪鬼がその立場だったとして比較に出されるのが恐山だったなら――これは中々の侮辱になるだろう。 「じゃあ、いよいよか。兄者らしいぜ、この手早さは」 「私は無駄な時間を過ごすのが嫌いなだけだ」 滅多な事では動かぬ七派首領を半数以上動かしたのだ。 手際の良さを褒めた弟にしかして兄は素っ気無い。 「『俺達』はどうするんだ?」 「物事は効率良く進めなければならない。 事業は意義のある形で取り組まねばならない。 六道のような非生産的探求も、裏野部のような意味の無い殺戮も、三尋木のような思い付きの気まぐれも実際馬鹿馬鹿しいではないか。 敢えて私とお前が動くのだ。そこには意味がなくてはならない」 首を傾げた邪鬼に構わず、黒覇は傍らの崎田に視線をやった。 能吏は主人から何かを言われるよりも先にその意図を汲んでいる。 「『ナイト&ナイツ』の動向は確認済みです。中核メンバーの大半が問題無く今夜『我が社』の仕掛けに掛かる事かと思われます」 「つまり、そういう事だよ。邪鬼」 黒覇は肩を竦めて言った。 「実に目障りに我が社との小競り合いを繰り返すリベリスタ集団。 先日は『係長クラス』が敗れたと聞くから実力は『それなり』だ。御誂え向きにアークとの協力関係も結んでいる。零細木っ端の問題外ならば捨て置いても構わんがね。折角『七派ルール』の及ばぬ夜なのだ。取締役として社員の問題を解決する必要があるならば――これは両得だとは思わんかね?」 「成る程な」 邪鬼は唇の端を邪悪に持ち上げた。 『ナイト&ナイツ』は構成員は中核戦力は十数名程ながら武闘派として鳴らすリベリスタ集団である。その他大勢は兎も角、少なくとも精鋭はそれなりの手応えはあるだろうし、何より。 「会いたいのはアークのリベリスタの方なんだろ? 兄者!」 アークが自身に協力する友好的なリベリスタを見捨てる事は考え難い。それは安いヒューマニズムだけを理由にしての判断では無かった。既にアークは『名声の高い』集団なのだ。彼等は自己の傘に多くのリベリスタ達を置いている。彼等はその面子と沽券を守らぬ訳にはいかないのだ。アークのリベリスタを急行させる為に無意味なテロリズムを引き起こし、意味の無い殺人で被害を撒き散らすより『社の厄介者を片付ける方が合理的』だと黒覇は言ったのである。同時に『それなりに名前の売れたリベリスタが逆凪に手を出した結果』が知れれば――丁度いい示威行為にもなる。これで一石三鳥という訳だ。 「ああ、何だか楽しい気分になって来たぜ。なぁ、兄者!」 「『何処までたいらげるか』はゆっくり決める事にして…… 邪鬼よ。お前も連れて来てやったのだ。私を失望させるなよ?」 「おうともよ。『この手の仕事』については任せておけよな!」 調子のいい弟の返事に黒覇は「やれやれ」と嘆息した。 今夜はアークにとってどれ位長い一夜になるだろう? (『喰う』のを何人にするかは――これから要検討といった所だが?) |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月03日(水)23:39 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●蛇の夜I 「……化け物め……!」 明かりも薄暗い室内に響いた小さな声は防音の壁に飲み込まれるように薄く散る。 男の――岸夜人の視線の先に在るのは暴虐の獣の巨体である。 武闘派リベリスタ集団ナイト&ナイツを仕切る彼が『敵』に相対する事は決して少なくない。日本最大のリベリスタ組織アークに比すればその組織規模等木っ端のようなものではあるが、彼を中心に多くの修羅場を踏んできた精鋭達は決してその力に劣るものではないという自負があった。 「化け物め……」 されど。二度、同じ台詞。 「化け物だぁ?」 やや間延びさせた問い返しは夜人を揶揄する意図を含んでいるのだろう。 隆々とした肉体に畏怖すべき威容を感じさせる獣は――逆凪邪鬼はまるで鼠を甚振る猫のような愉悦をもって。戦慄するナイト&ナイツの面々をねめつけていた。 「言葉は正しく使えよ。単にてめぇ等が話にならねぇ位弱ぇだけだろ。 尤も――『俺様が化け物じみて強い』のは事実だけどよ!」 実力があるからこそ、その本当の脅威は見えてくるというもの。 それは改めて確認するまでも無く、鉄火場に身を置く誰しもが『本能』で理解している事実であった。 即ちそれは、強者こそ強者を知るという――至極単純な論理である。 千葉県某所に存在するライブハウス――ナイト&ナイツの精鋭部隊が逆凪一派の企みを受けて動き始めたのは今夜の出来事であった。つい先日、逆凪の重要取引の一つを潰したばかりの彼等は意気揚々とこの対応に動き出し、結果的に凍りつく程の不運に出会ってしまったのである。 (何故、こんな所に逆凪黒覇が――これは罠か……?) 夜人は今夜の迂闊さにぎり、と歯を噛む。 『係長』クラスを圧倒出来たとしてもそれが『会長』クラスと『専務』クラスならばどうなるのか。答えは現場を見るからに明白で、多勢に無勢、半数の数の――それも『会長』は殆ど動いていないにも関わらず戦場はまさに逆凪の舞台に塗り替えられつつあった。 始まりは容易く、邪鬼の一撃に防御自慢のメンバーが『叩き潰された』事に起因する。 床の染みに変えられた仲間に恐慌したパーティはそれでも猛烈な反撃を開始したが、実際邪鬼の体力は化け物じみている。命中しない訳でも無いが、堪えている様子がまるで無い。それは人間の領域と呼ぶよりは最早アザーバイドやエリューションの類と言った方が近しい程だ。厳密に言うならば『革醒者とはフェイトを有したエリューション』ではあるのだが。 何れにせよ逆凪派は専ら大暴れする邪鬼を秘書達が支援する形。 黒覇はと言えば壁に寄りかかり、腕を組んだまま光景を眺めている程度なのだから――絶望はいよいよ深い。 「邪鬼。彼等は我が社の優秀な社員に煮え湯を飲ませた連中なのだよ?」 「おっと、すまねぇな。兄者! 弱過ぎる、は訂正しておくとするか!」 緊迫を強めるナイト&ナイツの一方で逆凪の兄弟は気楽なものである。 『苦言』を呈した黒覇の薄い笑みに応える邪鬼は如何にもご機嫌といった風。早々と三人の仲間を喪失した夜人達の様子に構わぬ圧倒的な余裕は絶対的強者のみが醸す風格とすら呼べそうであった。 「兄者。ところで『加減』はまだ要るかぁ?」 「勿論。我々はきちんと我々の目的を達せねばならない」 「チッ、じゃあ『ゆっくり』片付けてやるとしようかな!」 逆凪の兄弟の狙いは目障りなナイト&ナイツを処刑する事―― それは自社の邪魔になる敵を抹殺する事であり、自社の邪魔をする誰ぞに対しての見せしめであり、もう一つ。『親衛隊』との夜に咽ぶアークから『エースクラス』を引き抜く為の陽動であった。 アークは名実共に日本一のリベリスタ組織である。彼等は同盟相手を見捨てられない。彼等は彼等の名前に威信を持ち、彼等はその名前を錆びさせるような真似は出来ないと黒覇は読んでいた。丁度自分達がケイオス一派に『思い知らせてやった』のと同じように。面子の立たない組織に『八派』の責は勤まるまい。 「諸君に素晴らしい情報をプレゼントしておこうか」 邪鬼の猛攻を辛うじて食い止める夜人等に黒覇は言葉を投げかけた。 「諸君は己が命脈が尽きたものと思っているかも知れないが、それは違う。 程無くこの現場には『彼等』がやって来るだろう。招かれざる客ならぬ招かれた客がね。 そう、諸君等の愛するべき友人だよ。かの歪夜使徒(バロックナイツ)を二度破り、伝説を打ち立てた最高の援軍だ。 諸君等も良く知る国内最高のリベリスタが何人も、故に絶望にはまだ早い。 諸君等は全力で運命に抗うべきだ。彼等と共に諸悪の根源を討てばいい。 諸君等だけでは無理でも、彼等が居ればきっと叶う。彼等は使徒を討ったのだ。 この国を食い物にする逆凪黒覇を止めるのは、諸君の悲願の一つだろう? どうだ? 俄然やる気が出てきたのではないか――?」 ●蛇の夜II 「難しい状況だけど、やれるだけでもやるしかない」 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)の言葉は確認である。 「やるしか、ない」 彼女が漏らした一言は全員が知り、全員が心に刻まねばならぬ当然だった。 「大体の状況と――位置取りは掴めました。 ……正直、有り難い状況ではありませんね。ナイト&ナイツには既に死亡が三人。 逆凪一派は『遊んでいる』程度の構えです。つまり、私達の到着を待っているものかと」 涼子と『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)の千里眼が状況を探っていた。恵梨香が警戒した伏兵や罠の類は見通せない。敵五人がライブハウスの中に居る事からも――おそらくは存在しないと言っていいだろう。 「余裕だな。いや、余裕過ぎる……と言うべきか?」 『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)の言葉は僅かな苛立ちと期待感の双方を孕むものである。倍する敵を迎え撃つに小細工さえ要らぬと言わんばかりのその様はあの逆凪黒覇の傲慢を――絶対の自信を裏打ちするものと言えるだろうか。 「だが――故に『届く』ぞ」 鷲祐の言葉はこれまた自信に満ちていた。 逸る気持ちを隠し切れずに、唇の端を持ち上げて――それでも彼は油断する事は無い。 最高と称する敵を前に沸き立つような闘志を隠し切れていない、それだけで。 「……ま、『イイ貧乏籤』には違いねぇな」 肩を竦めた『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)が呆れたようにそう言った。 「こうなっちまったからにはやるしかねぇ。出来るだけ迅速に、出来るだけ完璧に、な」 運命は一度動き始めればその歩みを止める事は無い。 「……三高平にはお嬢様達がおられます。わたくし達は信じて役目を果たしましょう」 『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)の言葉は凛として、しかし半ば自分に言い聞かせるものでもあるかのようであった。『三高平にはお嬢様が居る。だから大丈夫』と『三高平にはお嬢様が居る。しかし、わたくしはその場に在る事が出来ない』。その二者は双方が真実であり、葛藤である。 リコルの反応を挙げるまでもなく、千葉に急行した彼等は既に三ツ池公園に展開した『親衛隊』の話を聞いている。確定的にこの現場から公園の救援に向かう事は不可能である。 「連中の事業が上手くいってしまうと、こちらの営業がしにくくなりそうだしな。 自分は駄目営業になるだろうが、動くべき場所くらいは理解しているつもりだ。 あとは、必要な事が出来るかどうかだが――」 それより何より。『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)の言う通り、彼等には彼等の敵が居る。仕事がある。アークに非ずとは言え、志同じくする同盟者が死の運命に襲われていると言うならばこれを救わぬ理由はリベリスタの何処にも有り得まい。 「親衛隊側の奴らが思う存分戦える様にしてやんねぇとよ。派手に喧嘩を始めてやろうじゃねェか!」 ――果たして、『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)の猛烈な気合で賽は投げられる。 罠の巣箱と化したライブハウスに鮮烈な『音(アクセント)』を刻んだのは、言わずと知れて『今夜の罠を罠と知りながらやって来た』アークの精鋭リベリスタ達の勇気であった。 「逆凪の首魁とご対面とはな。主役を張るタマでも無ぇが、今だけは派手に行かせて貰うぜ――」 ライブハウスの重いドアを『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)の小さな足が蹴り開ける。 「――別にドラマは求めちゃいねぇ。だがな、啖呵くらい切らせろや。 頼まれなくても混ぜて貰う。ここは引き受けさせて貰うってな?」 「アークでございます! ナイト&ナイツ様の救援に参りました!」 「岸君、この鉄火場アークが受け取りました。 そのまま下がってください。神の目が知らせたと言えば解るでしょう。リーダーなら仲間を守りなさいませ」 「その赤いシスター(ねえちゃん)が言う通りだぜ。 ……と言っても。この状況ではいそうですかとはいかんだろう。だから岸、リーダーであるお前の判断に任せる」 福松の、リコルの、『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)の――アークのリベリスタ達の介入に傷付いたナイト&ナイツから歓声が沸く。『誰にとっても当然予測されていた未来』はしかして、大きな意味を持っていた。 「来やがったな! いい加減、眠くなってきた頃だったぜぇ!」 吠えた邪鬼に攻撃が集中する。しかし、大して効いていない。 パーティに視線をやった夜人に彼等は言葉を投げる。 「悪いが撤退を勧めさせて貰うぞ。 そもそもお前達がここに踏み込んだ理由の『事件』は起こったか? それはあの首領が出てくるほどの情報だったか? 嵌められたまま相手の意図に乗って動くのは実力差以前の問題になる」 「今回の件は逆凪黒覇の示威の為の罠です。我々は謂わば釣られた魚といった所でしょうか」 「……悪いな。付き合わせた」 「いえ。これが任務ですので。但し、生贄にされる前にこの場を離れるべきでしょうね。 辛酸を舐めてでも生き残り、態勢を立て直して、改めて反攻の機会を待つ――意味は分かるでしょう」 鉅、恵梨香に続いて鷲祐が言う。 「すまんが、俺達にも余裕はない。究極的にナイト&ナイツはお前の判断でだ」 「……どういう事だ?」 「今夜は、俺達にも仕事が多いって事だ。 生かすために、岸夜人。力を貸してくれ。この名に賭けて、乗り越えたい」 鷲祐の言葉に夜人が頷く。 彼の『戦い慣れ』は確かに今夜が異常な事態である事を明敏に察しているのだろう。 『七派最高戦力』の一端を目にすれば無理に犬死にをしようという気も失せるか。 しかして、一矢報いたいと考える夜人の思考は言葉を介さずとも強く伝わっている。 それがどう転ぶかは『感情』の領域が故に分からない―― 「あからさまな罠だと解っていても捨て置く事は出来ない――利用してみせよ、と云わんばかりの動き方。 実際、恐ろしく有効な『囮』でした。七派の関係からこの手が可能とは思いませんでしたけれど…… 御招待頂けて光栄――とでも申しましょうか、逆凪黒覇」 黒覇とはついこの間に晩餐と共にして以来である。水を向けた『旧知』の『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)に友好的とさえ言える調子で「ようこそ」と笑った彼にアークの面々の顔が引き締まる。 地下のライブハウスに逃げ場は無い。建物の奥側に追い詰められたナイト&ナイツは逆凪派を越えねば撤退は叶わない。逆を言えばアークのリベリスタはナイト&ナイツと共に逆凪派の挟撃に成功したとも言えるが……敵が悪過ぎれば元より『撃破』は高望みなのだから状況は全く不透明であった。 「さあ、いよいよチンタラしてる暇は無ぇな――!」 猛の言葉にパーティは頷いた。援軍(アーク)の出現に瞬時の動きを決めかねるナイト&ナイツの面々より先に、余裕を見せる逆凪派より先に彼等は自分の為すべきを選び取っている。 「貴方様が邪鬼様でございますね!」 「あぁん?」 「――お相手、願います!」 アークの出現に半身で振り返った邪鬼に向かったのは巨大な双鉄扇を軽々と扱う『不沈艦』リコルである。 彼女のみならずパーティメンバーは各々が既に動き出しを見せていた。 その中でも誰よりも早く戦場の鏑矢となるのは―― 「……逆凪黒覇。一つだけ言っておく。俺は必ず『奴』を殺す――」 ――刹那さえ切り裂く雷光、誰の影も踏まぬと豪語する『神速』その人である。 彼の執念は妄執と呼ぶに相応しくその両目が見つめるターゲットは逆凪とも因縁浅からぬ『彼』である。 とは言え、今夜の彼の相手は逆凪側を支える部下達の方であった。 スピードを武器に瞬時に思考を戦闘モードへと切り替える。 有無を言わせず肉薄、集中から放たれた無数の斬撃が黒服の一人を脅かす。 「予定通りだ」 福松のエネミースキャンは敵の構成における『倒すべき順番』を決定付けている。 パーティが立てた作戦は防御に優れるリコルを邪鬼の相手に置き、その隙に黒覇の懐刀たる『黒服』崎田竜司を含めた秘書達を攻撃するというものであった。この攻撃の狙いは『最良の部下を追い込む事により黒覇に手打ちをさせる為の手段』である。最大の問題である彼については、些かの希望的観測を交えながらも『即時には動かない』という読みがパーティには存在していた。 (状況上、黒覇が動いていたならばナイト&ナイツは残っていない。 私達がここに駆けつけたとしても、それで話が解決する筈も無い。ならば、黒覇は――) 先の会談で悠月が知ったのは黒覇の超が付く程の合理主義である。 彼等が自身等の恐怖を知らしめるのが目的なのだとしたらば、ナイト&ナイツは『残される』可能性が高い。同時に「バランスを取る」と言った彼がアーク精鋭戦力の全滅を狙う事は無いだろう。冷静にして合理的な彼は一先ず戦いの様子を見る筈とも読める。『その為に』邪鬼を連れてきたならば、これは適任に違いない。 「……刈り入れ時はまだ早いと思いますが。簡単に退かせてはくれないのでしょうね?」 「貪欲なる――毒蛇の巣は初めてかね? ミス風宮」 「いいえ。良く知っておりますとも!」 ルーナ・クレスケンス――悠月の抱く三日月が無明に光の道を敷く。 魔術師の求めに従い、急速に世界を冷却したのは白鷺の羽根の舞いとも見紛う――無数の氷刃。 絶妙に『黒覇を外して』逆凪の秘書達を襲った冷気の渦が呪いの咆哮を帯びている。 それは美麗である。 唯、圧倒的に美しい――悠月が盗み取り、昇華した己が魔性。 「……面白い」 「……?」 悠月は首を傾げかけ、気を入れ替える。『それ所では無い』。 黒覇の呟きの意味をこの瞬間、解したものは居なかっただろう。 彼に構う余地も無くリベリスタ達はめいめいの動きを戦場に展開させていく。 「おおおおおおおおおお……!」 裂帛の気合を纏い、二メートルを超える巨体に膂力を爆発させるのはランディである。 その強引な戦い方、大斧を携え敵陣に飛び込む『やり方』はまるで邪鬼にも似ている。 足元から周囲を叩き巻く烈風に崎田の表情が曇る。 後方より魔力の砲撃(マジックブラスト)が間合いを薙ぎ、サングラス越しに恵梨香(めんどうなてき)を見た彼は一瞬だけ黒覇の様子を伺ってから部下に反撃の命令を下す。 「怯むな。此方には黒覇様が居る」 さもありなん。しかし、その主はまだ動かない。 「下がって。ここはささえる」 ナイト&ナイツに言葉を向ける涼子の瞳はターゲットとなる秘書二人を鋭く射抜いていた。 彼女の目論みはアッパーユアハートによる挑発で敵陣の動きを撹乱する事。 「相手にとって不足は無ぇが……ったく、ヘビィな任務だぜ!」 「オレの事は覚えておかなくていいぞ。邪魔はさせて貰うがな」 一方で嘯いた猛と福松はパーティの指針に従って秘書の撃破を狙うと共に抑え役のリコルのサブとして邪鬼の動きを両睨みにする役割を持っていた。 「神に祈るなんて糞食らえですが今は仕方ありません――」 やれやれとばかりに呟いた海依音(ふりょうしすたー)が傷付いたナイト&ナイツに賦活の奇跡を施している。 まさに流れるように展開するパーティの戦闘行動は限界まで引き絞った弓を解放するが如く。 何れも手練揃いの黒服達は猛攻に動じぬも、無傷で捌いた訳では無い。 邪鬼の存在感に飲み込まれ、彼に圧倒されたナイト&ナイツは兎も角。元より『人間の領域』にある秘書達を攻める事を決めていたアークに仕掛けられれば無勢の彼等に分があろう筈も無い。 「簡単に倒されるわたくしではございません!」 「しゃらくせぇ――! 女が――!」 邪鬼の丸太のような腕が自身の周囲を薙ぎ払う。 猛烈なる横殴りの打撃を鉄扇で受けたリコルの華奢な身体が衝撃に揺れる。 しかしそれでもバランスを崩し、壁に叩き付けられながらも膝を折らない彼女は――成る程、自身の能力をこれ以上無い位に戦場に発揮していると言えるだろう。 「――小娘如き組み伏せられないとは見た目に反して随分可愛らしゅうございますね?」 切れた唇に滲むのは濃い鉄分の味。 せせら笑うように言って――挑発めいた彼女は何本かあばらが折れているのを自覚していた。 「ああ。お兄様の指示が無ければ何も出来ませんか?」 「テメェ――!」 分かり易い程に分かり易く激昂する邪鬼はリコルが想定した通りである。 ナイト&ナイツ(ほか)に目をやらせない。彼女のヘイト・コントロールは彼女が興じる危険なゲイムだ。完全な解法を容易く見通す事の出来ないこの暗闇に、彼女が尽力出来ると思う最適解の一つであった。 『逆凪黒覇という完全な死』を間近に運命が踊る。 パーティの猛攻は秘書等を押し込み、邪鬼の暴威を決死のリコルが凌ぐ。 「チッ、頭が悪いとか聞いてたがそういう意味の弱点じゃねえのかよ!」 「嫌だね、この怪物はよ!」 首に掛けた弐式鉄山を僧帽筋に阻まれた猛と四肢を撃ち抜かんとするも筋肉で弾丸さえ止められた福松が――それでも全力でリコルを支えにいく。 ナイト&ナイツはアークの乱入の隙を突き、三人を入り口側へと移動させた。 敵の動きを注視しながらこれをフォローするのは鉅。 「ここは切り抜けろ。退くではない、敵の目的を挫けばそれはそれで勝利だろう?」 撤退への心理的抵抗を軽減する鉅の言葉に『武闘派』の彼等もその忸怩たる想いを飲み込んだ。 パーティの作戦は順調な推移を見せていた。ここまでは。 「――さて、諸君の『実戦能力』は改めて確認した。では、そろそろ本番に移る事にしよう」 壁より身を起こし、首を軽く鳴らした黒覇があっさりと言った――その時までは。 ●蛇の夜III 胡乱とした意識で鉅が見上げたその場所に黒いスーツの男が立っている。 「忌憚無く真実を述べるならば、私は別に諸君等を生かして帰す心算は無いのだよ」 断絶しかかった意識が聞いた傲慢な言葉は成る程、彼の現状を示すものである。 動き難そうな高級スーツ姿も、勿体ぶった性格も――嘘のように直線的である。 「アンフェアはつまらないから言っておくと――私は『一応』覇界闘士だ。 その武力はこの武技を元に生み出される。不肖の弟と同じようにね」 「……っ!?」 自身の腹にめり込んだ皮靴の爪先に鉅がくぐもった声を上げた。 ナイト&ナイツを逃がすに動いていた彼を黒覇が『刈り取った』のは数瞬前の出来事である。 彼と共に退きかかっていた面々もそれは同じ事。超人的な反応で辛うじて『見えないレベルの攻撃』に防御の反応を見せた鉅を除けば、床に転がされた三人の内、息がある者があるのかどうかをパーティは理解していない。 厳密に言うならば鉅は一閃目を防御した。 縋る運命無しに続け様に繰り出された『何か』を凌ぎ切れなかっただけである。 「諸君等は私が諸君等を見逃すと――勘違いをしていないかね? 欲して止まない人材がどうしても交わらない平行線に存在する事はこの上ない不幸だ。 諸君等はそこの木っ端連中とは比較にならない程に逆凪黒覇に魅力的、と考えられているのだよ。 実に不幸な事に。欲して止まないからこそ、それは私の大きな障害になるだろう」 黒覇の全身から揺らめく黒いオーラが大蛇の形を織り成していた。 かの黄泉ヶ辻京介にも、剣林百虎にも、裏野部一二三にも劣らぬ禍々しい存在感は『冷静で合理的な彼の本質』がどうしようもない程に危険なものである事を何よりリベリスタに分からせた。 「諸君等はナイト&ナイツと共にこの場を逃れようと思っていたかも知れない。 しかし、どうする? これで仲間を連れて逃れるのは簡単な話ではなくなっただろう? 一人で足りなければ二、三人。私も弟も目の前で倒れた仲間を抱えて逃げるのを許す程のお人よしではないのだが?」 遂に意識を手放した――鉅は逆凪にとっての人質のようなものである。 リベリスタ達が黒覇の性質を読んでいたのと同じように、黒覇もまたリベリスタ達の狙いを読んでいた。非常に優秀で非常に慎重なアークの面々が『首領級』と相対する時のやり方を読んでいた。 つまる所、黒覇はタダで逃がす心算が無い。 『彼の本意に拠らない』強引な脱出を試みれば少なくとも何人かが失われるのは確実か―― 「お互い面子の立て合いといった所かしら。それはともかく黒覇さん、お嫁さんのご予定は? 奥さんがアークに所属するなんて刺激的だと思いません?」 「成る程、退屈な見合いよりは随分魅力的な提案だ。 この場を切り抜けられる程の女傑とあらば、逆凪の老人達も快哉を上げてくれるだろうよ!」 「あはは、それじゃ一層頑張らないといけませんね?」 惚けた受け答えの中でも海依音は目の前の男の本気を知った。 かつて黄泉ヶ辻京介は「黄泉比良坂を駆け上がれ」と述べた事があったが、何の事は無い。狂人だろうと聡明な青年実業家であろうとその結論は変わらないらしい。 逆凪黒覇は言っている――ここは死線であると。 「諸君等は全力で私と戦う事を検討するべきだ。明日を迎えたいならば、そうする事をお勧めするよ」 「チッ――」 吐き気さえ催す程の殺気に舌を打ったのはランディだった。 「司馬!」 「――分かっている」 パーティは黒覇の気まぐれに全てを賭ける程愚かでは無かった。 『こうなる事』も想定して作戦を組んだ彼等はプランのBに移行する。 (奴を止め切る。運命はbet済みだ。絶対に、一手頂く。 震えも、畏れもある。爬の因子が、何かを伝えてくる。だが、それでも――) 鷲祐が猛然と黒覇に仕掛けていた。 「――我が名は、アークの神速! 貴様は、その踏み台に過ぎんッ!」 「囀るな。面白い!」 虚空を切り裂く無数の音達が刃より遅れて鼓膜を揺らす。 雷撃の如き鷲祐の無数の刺突に黒い皮手袋に包まれた黒覇の両手が応じた。常人には数を数える事も不可能であろう攻勢は、彼の掌打が全て刃の腹を叩くという有り得ざる結末をもって阻まれていた。 「――ッ!?」 弾かれ、バランスを崩した鷲祐は馬鹿げたものを見たとばかりに目を見開く。 「止まるな! こっちはこっちのやる事を――やるしかねぇだろ!」 半ば怒鳴るように仲間達を叱咤して――続け様、ランディが汗一つ無い黒覇に立ち向かう。 「喰らえ――流石にコイツはタダじゃ済まねぇだろ!?」 得物に集約した全力が――エネルギーが振り抜かれた斧の一閃と共に迸る。 一級のフィクサード(モーゼス・“インスティゲーター”・マカライネン)すら吹き飛す――まさに苛烈究極なる暴力の塊は彼の持つ最高の切り札の一つである。 「全く、その通り」 黒覇はコレを受ける事をしない。ムーンサルトを描くように跳躍し強烈な砲撃を軽く逸らした。 軽やかな爪先からの着地と共に僅かに乱れた髪に手をやって薄く蛇の笑いを見せていた。 「お噂はかねがね。益母君。君の戦闘破壊力を私は正しく理解している」 「さて、どうだかな。お前の思うより、俺は大分強いかも知れねぇな?」 「それは――実に楽しみだ」 嘯くランディの声に応えた仲間はそんな間にも崎田達との戦いを激化させていた。 (こうなった以上、他に手段は無い……!) 敵ホーリーメイガスを魔曲に捉えた恵梨香は眉を歪めた。邪鬼に対するリコルには殆ど余力が無い。黒覇と戦い始めた連中は言うに及ばずである。目には目を、歯には歯を。命脈を再び繋ぐには正しい手段が必要な事を少女は理解していた。 「――押し切る!」 確たる結論を述べた悠月の魔術が敵ホーリーメイガスを捉えた。 彼の有する魔術結界(マギウス・ペンタグラム)はその威力を全く寄せ付けないが―― その身を縛る四色の苦難の方は別である。 「――時間が、ないからね。悪いけど、沈んで貰う」 生み出された大きな隙に強く踏み込んだのは力一杯に拳を握った涼子であった。 (……イヤな汗だ。まるでおびえているみたいな。 チッ、それがどうした。わたしだって、いつも負けてばかりじゃいられない。 弱くても、それは負けていい理由にはならない。だから、かつ。わたしは――ぜったい!) 思考は刹那。迷いも弱気も遥かの彼方に置き去った。 ――味方の死人をへらす―― 彼女は何処までも単純にして何処までも難しいその目的を諦める心算は毛頭無い。 唸りを上げ、下から上にカチ上げるように繰り出された全力は涼子の心を表す蒼天の鉄槌である。腹部に猛烈にめり込んだこの上なく分かり易く――明快な一撃は堅牢な敵陣に確かにヒビを入れていた。 一方で邪鬼に相対する面々も死力を尽くしていた。既にナイト&ナイツの面々は半壊している。夜人を含む残ったメンバーと共にリコル、猛、福松等は暴れる獣の相手をせざるを得なかった。 「余所見は、高くつきますよ!」 邪鬼の巨体をリコルの鉄扇が狙う。 「ああ? 虫が刺したようなもんだな――こんなもん」 しかして攻めに転じた彼女の一撃はこの敵の前には余りに拙い。 衣装は破れあちこちからは血が噴き出している。しかしそれさえ何処吹く風――それが故の逆凪邪鬼。 豪腕で一撃を止められた彼女は至近距離からのタックルを受け、壁に叩き付けられ声も無くずり落ちる。 鉄壁を誇り、邪鬼をこれまで食い止めた彼女の健闘は為す術無かったナイト&ナイツの姿からすれば余りにも大き過ぎる。さりとて、運命の加護も永遠には訪れない。 (わたくしは皆様を連れて三高平に――お嬢様の元に……帰……) ……状況が急加速を見せているのは言うまでも無い事実であった。 逆凪黒覇、逆凪邪鬼、秘書崎田――三面の戦いはそれぞれが乱戦めいていた。 (全く――私がお祈りを捧げるなんて、これ何年分ですか) 不本意極まりない――海依音の神への助力嘆願もいよいよ休まる暇は無くなっていた。 「冗談じゃねぇ! 貰えるか、そんなもん!」 「全くだ。嫌だね、馬鹿力ってヤツは」 防御を主体に専ら邪鬼を抑える猛と福松の声からも余裕が消えつつある。 (倒すしかない) 恵梨香は考えた。 (倒すしかない) 悠月は考えた。 (それが――唯一にして最良の手) 海依音は、パーティはある意味でこの戦場の『攻略法』を正しく理解していた。 リベリスタ側の決死の攻撃が秘書の一人を打ち倒した。 残るレイザータクトと崎田の表情が歪む。 この戦場は『蛇の晩餐』と同じなのである。決して邪鬼を『退屈』させる事は無く、黒覇を『失望』させる事は無く。『正解』を引き当てるそんなコン・ゲーム。 「くっ……!」 ――パーティの思考が形になるよりも先に猛が邪鬼の一撃に沈んだ。 「おっと」と身を翻した福松の足元もふらついている。 「止めます。私が」 戦線崩壊の危機に前に出たのは魔力の障壁を全力で展開した悠月であった。 邪鬼の突撃を硬質の音が阻む。傷一つ負わずに馬鹿げたまでの威力を止めた彼女は真っ向から彼に視線をやる。 「……面白ぇ!」 『気に食わない弟』を思わせる新手に、奇しくも兄の口癖を叫んだ邪鬼の目は爛々と輝いていた。 夜人が悠月に目配せを送った。邪鬼の注意が逸れたなら、これは状況を打開する好機であった。 (まさか……) (ああ、仕掛ける) 夜人の視線がつ、と動いた先には鷲祐、ランディを早々と追い詰めつつある黒覇の姿がある。 岸夜人の持つ虎の子『バスター・イレイズ』は名の響く文字通りの大技である。彼が邪鬼にこれを使わなかったのは唯一度の機会を待っていたからに他ならない。 邪鬼を倒して話が済まないのであれば刃を向けるその先は黒覇以外には無いという事。 「直接俺らの力を見る為に首領のテメェが動ける舞台を整える。 目的の一部としても大仰すぎる――先に繋げる為に再度接触の機会を作ったか?」 「考え過ぎだな。話し合いたいならその旨を伝えればいい。それがビジネスというものだろう?」 「そーだな。俺らしくもねぇ。考えるのは止めだ、その面気にいらねぇから一発全力でブン殴る!」 仕掛けたランディの一撃がスウェーした黒覇のスーツを浅く切り裂いた。 神経質に眉を顰めた彼を真っ直ぐ。得物を放り捨て両手を重ねた夜人の砲の――その照準が捉えていた。 「――!?」 「吹き飛べ、逆凪黒覇!」 強烈な白い閃光が直線的に黒覇を呑む。 死角より放たれた必殺の一撃を流石に避ける事叶わなかった彼に――秘書が動揺の声を上げた。 一瞬、誰しもの視界を灼いた衝撃的な一撃の後には。 「実にいい技だ」 黒い皮手袋に包まれた両手を夜人と同じように構えた黒覇の姿が残されていた。 ダメージを負ったのは間違いない。完璧な仕立ての彼のスーツは破れている。本人の様子を見てもそれを疑う事は馬鹿馬鹿しい。しかし、必殺が必殺足り得なかったのは確かである。 その上。 「だが、こう撃てば『よりよく』なる」 あっさりとした言葉と共に黒覇の両手から黒い閃光が迸った。 慌てて身を捩った悠月と福松の至近を掠め――その先には夜人が居る。 「ぎゃ……」 悲鳴さえ呑み込む黒光が消えたその後に残った痕跡は今度こそ何も無い。 ●蛇の夜IV 「――」 「――――」 呆然、そして愕然。 ラーニングを習得する模倣者故か。 彼の一挙手一投足を逃すまいと意識をしていたが故にか。 「技を、盗んだ……?」 悠月の『理解』は誰よりも早かった。 同時に彼女の脳裏に過ぎるのは黒覇の言葉。「――私は『一応』覇界闘士だ」。 彼が己を称して『一応』の冠言葉をつけたのはそれに意味が無いからなのだろう。 「……ッ……」 ぞっとした。『自分は彼の前で白鷺結界を放っている』。 どうあれ、戦いは続く。 邪鬼の相手を悠月に任せた福松が遂にもう一人の秘書を床に沈めた。 黒覇は尚も襲撃する鷲祐を軽くあしらい、有り得ざる悪夢を再びこの世に蘇らせる―― 雑霊が弾丸となりリベリスタ達に襲い掛かる。嫌と言う程見たその攻撃は『あの』楽団のもの。 「例えば、これはどうだ?」 「――貴様ああああああああああああッ!」 激昂した鷲祐を打ち倒した光の波は過去パスクァーレ・アルベルジェッティの放ったものだ。 人材マニアたる彼が何故人材マニアであるのかを――リベリスタ達は痛感していた。 条件原理は不明ながら確実に、逆凪黒覇には他人の技を奪う能力がある。 『唯のラーニング等とは比較にもならない程に、総ゆる技を彼は使いこなす事が出来る』。 覇界闘士でありながら魔術を、恐らくは治癒の術さえ。貪欲なJörmungandrは全てを欲して飽き足らぬ。 ――全滅は必至か―― 絶体絶命にも見えたこの時間をしかし阻んだのはリベリスタ達の死力であった。 「……そこまでよ、逆凪黒覇」 色濃い疲労の乗る恵梨香の声に視線をやった黒覇は少女が言わんとする事を理解していた。 「成る程、実に合理的だ」 「これ以上、貴方がこの場で戦う利益はある?」 「宿敵を減らしておくのも悪くは無いがね」 「――貴方の会社の割に合うかしら?」 肩を竦めた黒覇は嘆息した。邪鬼、そして自身はリベリスタ側を圧倒したが――崎田を含む黒服三人はリベリスタ側の攻勢に遂にその膝を屈していた。黒覇がリベリスタ達を仕留める事は可能であろうが、リベリスタ達もまた崎田等三人を仕留める事が可能な状況になったという訳である。 「それでも、やる?」 その拳を存分に振るった涼子も肩で息をしている。 リベリスタ側の前衛は何れもが碌な余力を残していない。 「そうですね。今夜はお互いこのあたりで手打ちにしませんか?」 それでもパーティは――海依音はその提案が彼にとって非常に有効である事を確信していた。 「――崎田君達と私達のトレードでは『損』でしょう?」 「貴方の『会社』にとって」 続けた海依音を悠月がアシストした。 黒覇は既にナイト&ナイツを半壊させ、彼等に底知れぬ恐怖を刻んでいる。 アークの精鋭をこの場に引き付け、『親衛隊』のアシストを完成させている。 つまる所、彼は『もう最低限為すべきを為している』。 それ以上を求むるか否か。ちょっとした自己満足と崎田竜司等を天秤にかけて? 合理主義者がそんな『不合理的』な判断を下す可能性は皆無である。 黒覇がリベリスタを人質に取ったのと同じようにリベリスタもフィクサードを人質に取った。 痛み分けとは言えないが、不可能状況から『救いを掠め取った』のはパーティの成功だ。 否。最初から黒覇は『攻略の為の材料』を用意していたと言った方が正解か。彼は、優秀な人間が好きだから。 「忠実なる能吏は何にも代え難い。従って諸君等のアプローチは『正解』だ」 黒覇を覆う黒蛇のオーラが雲散霧消する。露骨に不機嫌に舌打ちした邪鬼も首を鳴らしてそれに従った。 「邪鬼を連れて来た意味、崎田を同道させた意味。 今夜の最適解を理解し、この死線を越えた事を私は評価するべきなのだろう。 故にゲームはクリアされた。今夜の私の仕事はここまで。中々清々しい気分だな。不満も無い」 破れたスーツの裾を眺め、その事実には少しだけ不快そうな顔をした彼は気を取り直すように言った。 「時に諸君は我が社で働く心算は無いかね? 必ず、いい条件を約束するが――」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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