●limit 00:10:00 その日、三ツ池公園には確かに『絶望』が満ちて居たのだろう。 猟犬たちがその嗅覚を生かし、箱舟のリベリスタへと襲いかかったのは未だ記憶に新しい。クリスティナにとっては己の主の弾丸を弾き飛ばす『噂通り』の姿を見れた事はその戦力を把握するに十分役に立ったのだが。 「此度の好機、『偶然』であれど――いえ、偶然であるからして活かさないではおけません」 発した声音はその外見からかけ離れる事が無い凛としたものである。応じる『二人』の男の声を聞き玲瓏なる美貌を歪ませ、形の良い唇を釣り上げた女は視線を背後に存在する装置へと送る。 「えぇ、えぇ、存じておりますよクリスティナ中尉」 へらりと嗤った男のかんばせにクリスティナは獰猛な野獣の気配を感じ、小さく頷いた。彼が研ぎ澄ませるナイフは常に鋭く――敵を捉える事を忘れないだろう。 「無論、果たすべき責務であれば幾らでもこの手を尽くしましょう――所で中尉殿、進言がひとつ。我が親愛なる部下からの提案についてなのですが」 一度、狙撃主としての鋭い視線が向けられる。手渡される資料はクリスティナは未だ目を通した事が無いものであった。 ――遠隔操作兵器 及び その発展による自律式―― 「これは……」 「彼の研究の発展に、この公園に満ちる気配と言う物は実に大きな影響を与える様でして。以前お話した通りです、ご協力を願えますか、中尉殿。成功すれば我々にとっての戦力になる事はこのアルトマイヤーが保証致しましょう」 その研究がどれ程有用であるかを己が保証すると言うのだから。常に気高き男がその約束を違えるとは思えない。ならばこそ、ソレに返す言葉は一つだけだ。 「成程。では、成果を期待しましょう。良い報告を待ってます」 女の手が魔道書をしかと抱き、その端正な美貌を歪めて嗤う。 「此度のバックアップは私が行いましょう。任せますよ――くれぐれも、失敗せぬ様」 「Jawohl,クリスティナ中尉殿! まぁ、お任せ下さいよ。やる時はキチンとやるのが俺の信条ですから」 「Jawohl,我が親愛なる中尉殿。ご期待に添えるだけの『戦果』は持ち帰りましょう、それ以上は私の気分次第と言う事で」 各々の返事を聞き、女の瞳は一度伏せられた後、開かれる。 「作戦名はCerberus――それでは各自、配置へ。御武運を。Sieg Heil」 「「――Sieg Heil!!」」 百樹の森の碑周辺に展開した『神秘エネルギー収集装置』はこの後の作戦にも重要なものだ。 特異点たる穴を手に入れる事がどれほど重要であるかを革醒者であれば誰でも知っている事だろう。 『中尉、装置の展開完了いたしました。エネルギー収集開始します』 兵器の威力を試すには先ず『テスト』が必要だ。どれ程までにこの神秘エネルギーを活用する事ができるであろうか。配置についたであろうアルトマイヤーとブレーメへとエネルギーを転送し、その効果を十分に確認させる。此度の任務の重要性は彼等も理解している事だろう。 「『ソレ』は今後にも非常に重要な装置となります。判ってますね? ルーナ少尉」 『Ja、クリスティナ中尉。ルーナ・バウムヨハン。命に代えてもこの任務、成功致しますわ!』 『重要な取引相手』との結託は武力を増加させるには十分だ。『親衛隊』に対抗すべき戦力は少しでも削ぐに限る。 此度が好機だ。此れこそ、重要な作戦を決行するに限る夜ではないか! この『狩り』は生半可なものではない。完全なる世界の秩序の破壊の足場を固めるべくはこの時に限る。 作戦行動『Cerberus』。クリスティナが指示を出したのはルーナ・バウムヨハン少尉らによる『神秘エネルギー収集装置』の動作チェックだ。同時に、その動作が上手くいく事でアルトマイヤーやブレーメ側の兵器増強にも繋がる。十分に役に立つ兵器を作る為の土台となるだろう。 ――この場に『邪魔』が紛れこまないとは限らない。別部隊に指示をし、『エネルギー砲』を発射までの時間のサポートも万全だ。 詰まり、この作戦は成功しなければならない。そう、任務達成は軍人としての第一条件なのだ。 『これより、1分40秒経過後、エネルギー転送準備に入り、2分30秒経過後、エネルギー転送完了予定ですわ。更に3分20秒後に1度砲撃可能に致します。 Jawohl,麗しのクリスティナ中尉。以上の予定――無事完遂いたします』 その言葉に女が「任せました」と静かに返す。上空から部下の動きを見下ろす女の傍に今は主は無く。 魔道書を指の腹で撫でた女は長い黒髪を風に揺らし通信機越しに一つの声を聞いた。 『――リミット00:00:00、作戦開始致します!』 ノイズ混じりで響く声。ぽかりと開いた大穴近く、静かに見下ろす美貌はただ歪んでいた―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月04日(木)23:44 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●limit―― 喧騒が支配する夜が始まったばかりだと、『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は実感していた。リベリスタを始めた頃、日の光に映えたグラデーションショコラの髪は今はこの『夜』に溶け込む程の黒髪に色を変えている。己の決意の表れか、普段から纏うバトルドレスは大好きで大嫌いな赤色であった。 「だいじょうぶ……。だいじょうぶだよ。ぜんぶぜんぶ、きっと……」 自身を勇気付けるかの様に口にした言葉に小さく頷いたのはこの場で仲間達を癒す手立てを持っていた『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)であった。国内フィクサード七柱のうち、五柱の首領たちが一斉に動き出したこの長い夜に更なるスパイスが足されたとなると少女らのかんばせが暗く曇るのも致し方ない話しなのであろう。己の兄や養父も忙しさに出払い、普段であれば携帯電話でメールを送付する少女はその暇もない位にこの『夜』に翻弄されていた。 「正念場、って訳だね……ここで私達が負ける訳にはいかないんだ」 穏やかな晴天を想わす大きな蒼い瞳に浮かんだ決意は紛れも無くこの『夜』に向ける覚悟であろう。腰にまで掛かる長い黒髪を硝煙の臭いが混じるこの三ツ池公園の風に靡かせた『先祖返り』纏向 瑞樹(BNE004308)は髪を飾る福寿草に指先で触れ、其処に込められた思いを感じとる様に目を伏せる。願わくばこの長ったらしくも忌々しい『夜』を越えて、朗らかな朝の優しい光を受けたい物である。陽光(とわのしあわせ)に込められた切なる願いが果たされる様にと少女は一人決意を固める様に白妖の柄を握り締める。 「正念場……うむ、そうだな。全く『こんな時』にこの場所を攻めるなんて酷く合理的で恐れ入る」 こんな時――雷音が頼りにする仲間達がで払ってしまっているこの時に、今、日本へと攻め入ってくる酷く合理的な『バロックナイツ』の部下たちは同じ場所を攻め込んできたのだ。焦りを浮かべながらもハイ・グリモアールを抱き締めた雷音は現場となる百樹の森の碑の周囲へと歩を進めながらその向こう――大橋の向こうに存在している小高い丘の事を考える。 「……『閉じない穴』、か」 呟かれた言葉に、忌々しいと言わんばかりに『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)が息を吐いた。閉じない穴の有用性は今まででも幾らだって解かれてきた。それが神秘界隈に置いて途轍もない影響を及ぼす者であると銀騎士は知っていた。無論、神秘に造詣が深く深淵を覗く魔術知識を有する雷音にとってもソレは『常識』の範疇であったのだが。 「……あの穴は本当に恐ろしいものを呼び寄せるのだ。そんなもの、渡してなるものか」 「ええ。しかし、忌むべきものであっても今のわたくしに消す術はありません。穴が消せぬなら他に消すものは何であるか。……無論、答えは決まっているでしょう」 ゆっくりと紡ぐ言葉に、ノエルは鮮やかな紫色の瞳を伏せる。彼女に何を消すのかと聞くのは愚問と言っても等しかった。ノエル・ファイニングは『世界』に依存していると言っても過言ではない。 世界を守る術は己の手にあった。己は何であるか。己が世界のものであれば。世界の敵を穿つ槍はただその手が握りしめるものだ。其処に生半可な感情など必要はない。澄み切った瞳は其処に迷いなど無いと言う様に真っ直ぐに前を見据える。 「――用いようとする『悪』は全て、消すまで」 ある意味でアーク内で小さく噂される『ミス全殺し』という呼び名は本当に適したものであるのかもしれなかった。己が価値をハッキリと理解しているという点ではこの場のリベリスタの誰よりも優れているであろう。 「ええ。何にせよ、私達はあまり喜べない『早い再会』を迎える事になるのですが」 戦場を楽譜と見立て其処に音符を据え置く『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が果て無き理想を握りしめ、何処か緊張した様に言葉を紡ぐ。奇妙な縁だと称したのは向かう先にある装置にではない、その場に居る『哄笑プリマドンナ』と呼ばれる傲慢な女に向けた言葉だ。 喜べぬ再会に一喜一憂してはいられないと溜め息交じりに「往きましょう」と囁く少女の隣、白い翼を広げてくすくすと笑う『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)がやだね、やだねと口ずさむ。 流れる赤みを帯びた銀髪に、鮮やかな橙に、幼さを何処か感じさせるかんばせを歪めた灯璃は赤伯爵、黒男爵を握りしめて地面を蹴る。 「さあ、皆。見事に釣られちゃったねー。でも折角だから歓迎しよっか?」 「ミステリには『招かれざる客』というのは常に存在しているのかもしれないのだわ。 歓迎するなら、折角だからアークなりの流儀を見せつけてさしあげませう」 『SegnFeuerwaffe』エナーシア・ガトリング(BNE000422)の履くタクティカルブーツの底が地面を蹴る。土に食い込む爪先に力を込めて、タクティカルライトがマウントされた愛用の銃へと視線を滑らせる。 「ちょっとオレのカッコいいとこでも見てもらおっか? ルーナちゃんにね!」 指抜きグローブに包まれた指先が指し示す方向、流れる様な金髪の女が其処には立っている。にたりと笑った『SHOGO』靖邦・Z・翔護(BNE003820)の方を向いた女は彼等にとって見慣れ始めた古臭い『亡霊』を想わせる軍服を纏って、ゆったりと微笑んだ。 「御機嫌よう! 『正義狂い』の皆様方、さあ、ショータイムと参りましょうか?」 「お前のショータイムは一度は見てやった。二度目は特に嬉しくはないがな」 小さく吐き出された『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)の言葉に『親衛隊』のルーナ・バウムヨハンが笑いオフィーリアの切っ先を青年へと向けた。 ●limit 00:00:00 タイムリミットがあると言うのは軍人らには馴染みがあるのであろうか。軍人として世界を敵に回しても祖国の為に闘うと言うその信念には『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)は批判的では無かった。寧ろ好意的であると言っても過言ではない。 何処か複雑な思いを胸に抱きナイフを握りしめるゲルトの隣で風に靡く銀髪を揺らしたノエルの瞳が殺意を映し出す。目の前の世界の敵をその槍で穿つだけ、己の正義を貫くのみだと言う様な姿勢は彼女らしいものだと想わずには居られなかった。 「参りましょう。わたくしは『正義』を貫くだけ。彼等の正義と私の正義は定義が違うのでしょう」 「ああ、彼等が祖国の為にとその正義を振り翳すなら俺達は己の誇りの為に正義を振り翳す」 唯それだけだと云い捨てる言葉を嘲笑する様に前線に存在した親衛隊フィクサードが真っ直ぐにリベリスタの元へと突っ込んだ。いち早く反応したミリィがソードミラージュと思わしき男の剣を果て無き理想で受け止める。キン、と高く鳴る音が早速少女の楽譜を彩った。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう――」 その言葉に続く様に、リベリスタ達は在り来たりな円陣を組むではなく、わざと乱戦に持ちこんだ。親衛隊フィクサードが得意とする足止めを回避するためだ。魔術に長ける雷音が後衛から少しばかり浮き上がり、敵陣の中央にある『神秘エネルギー収集装置』を翡翠の瞳で見据える。 「雷音さん、『アレ』はかなり面倒な構造をしているようなのだわ」 「ああ。しかし……機械には弱点がつきものだ。その弱点を上手く覆い被る装甲を壊せば、此方のもの」 頷き合い、観察眼を駆使したエナーシアの言葉を自身の知識と構築していく。この作戦自体に好意を示すでなく、何処か馬鹿にしたような雰囲気のエナーシアに同じ女としてルーナが反応しない訳が無い。 「頭が中々良いんですわね? 『正義狂い』。それはわたくし達の攻撃を防ぐ為の布陣?」 「もう一つ、頭の良い予言をしてあげませう。貴方達が持ちかえるのは実験データではなく嘗て精密機械だったガラクタだわ」 BANG! その言葉に笑ったのは翔護だ。パニッツュが繰り出す弾丸は動く針の穴さえも打ち抜くと言う精密射撃を繰り出した。彼を狙う親衛隊の攻撃は「2枚目のイゾルデ」で受け止めるが――そのたびに色男は表情を歪めて小さく溜め息を漏らす。 「まいど、キャッシュからのパニッシュ☆だよ!」 何処かふざけた雰囲気のまま弾きだす攻撃をベルントが受け止めて、舌打ちを漏らす。 同時、灯璃の赤伯爵(ベリアル)はその切っ先を『神秘エネルギー収集装置』へと向ける。真っ直ぐに、只精密に弱点を狙ったソレを受け流したのは指揮官として戦場に立っていたベルント伍長である。戦場に置いて、アタッカーとして攻撃を行う事に特化しているルーナと比べ、戦闘指揮を駆使し、仲間を鼓舞するベルントの存在は実質上で『庇い役』として適して居たのだろう。 「ナイスタイミング。全部破壊しちゃうんだからね? ようこそ、三ツ池公園へ! お代は命で払って貰うね!」 「命まで欲しいだなんて傲慢な『正義狂い』の皆さまだこと!」 金色の髪を靡かせて、オフィーリアが吐き出す弾丸は装置を狙う事に特化していると思われる灯璃個人を狙い撃つ。弾丸の下をすり抜けて、一気に敵陣へと突っ込んでいく瑞樹が簡易護符手袋をはめた左手を白妖を握りしめる右手へと添える。 「その、首飾り面倒だね? でも、そんな玩具がある方が夜は楽しくなるのかも――なんてね」 くす、と笑い燻らせる紅い月。疑似的なソレが齎す不運がベルントの『首飾り』諸共全てを狙う。数減らしという戦闘を出来ないのはリベリスタ達の布陣に寄るのかもしれなかった。大業物を握りしめ、前線へと特攻していく禅次郎は闇のオーラを纏い、周囲の親衛隊からの攻撃を受け流す。傷つき、溢れる血を見る度に只攻める事だけを一つ、考えた。 (専門の癒し手が居ない以上、長期戦は不利だ……前のめりで行く他、道が無いなら――!) 「行くぜ! 神風ってのを見せてやる!」 「祖国の為にとかそーゆう『難しいこと』は判んないけど、わたし、あなたに興味があるんだよ? ルーナさん」 流れる黒髪を揺らし、禅次郎の近くへと密林靴を履いた足で真っ直ぐに突っ込んでいく旭は拳を地面に打ち付ける様に焔を燃やす。親衛隊フィクサードを巻き込み、その攻撃で開けた陣形の『穴』へとリベリスタが前進する。反射される攻撃が旭にとって微弱なものであれど積もり積もればソレは大ダメージへと変化するのだ。その『穴』へと滑りこんだのはアタッカーとして優秀な火力を持つノエルだ。彼女へと与えられる攻撃を受け流すゲルトとのコンビネーションにより、ノエルへと与えられるダメージ分散を上手く行っている。 「祖国か、祖国の為というのは『良い言葉』だとは思う。だが、この状況はその『難しい事』すらないな。 今の『祖国』の為に闘っているとは言い難い――俺はソレが無念だ。ルーナ・バウムヨハン!」 鋼鉄の洋灯が照らしだす周辺は、土が露出した場所であった。何処か足元の不安を覚えながら、地面を蹴り、ノエルがベルントへと近付けるようにと進んでゆく。 「邪魔をしないでください。煩わしい。貴方はわたくしの正義に不要です。ベルント」 「こちらも任務なのでね」 そうですか、と伏せられる紫には許しなど無い。その任務が『悪』だというならば、穿つのみ――! 煌めくConvictioが周囲の親衛隊を薙ぎ払う。体が吹き飛び、木々へとその背を打ちつける男に興味も無く、ヒールが砂利を踏みしめる。跳ね返される痛みなど、ノエルにとっては只の余分な噛み傷だ。小動物が牙を立てたに過ぎない。尤も、己が『世界』にとってそれと同等である事等、知っていた。 「わたくしは貴方達に一縷の望みも抱かない。わたくしは、貴方方が『悪』だとそう認識してますから」 「正義か悪か。己の物差しだけで測るとは流石は劣等だ!」 せせら笑う親衛隊の声にもノエルは笑いもせず、怒りもせずさも当然であるかのように振る舞った。リベリスタらからの攻撃を受け続けるベルントに周囲の親衛隊フィクサードはフリーになっているために彼らへと攻撃を加えて行く。 一見してリベリスタの不利にも思える状況ではあるが、遠距離主体の面々の攻撃が『核』を狙い――つまり庇い手たるベルントを攻撃し、ソレに合わせ前線に侵攻するリベリスタ達の狙う対象も一つに絞られた状況はリベリスタ達にとって幸運でもあった。 それは彼等が警戒するベルントの所有物を無効化すると共に、第一の条件となる装置の停止に最も近い作戦であったのだろう。 「ベルント! よろしいですわね? 耐えて耐えて耐え凌ぐのですわ! 判っておりますわね? それはクリスティナ中尉からお預かりしたものなのですからね!」 「Ja、ルーナ少尉!」 親衛隊の会話を聞きながら、くすくすと笑う灯璃が地面を蹴る。低空飛行で浮かび上がった視線は真っ直ぐに『神秘エネルギー収集装置』へと向けられていた。 シューターは見逃さない。その瞬間瞬間、獲物が一つ一つの動作をする事を見逃しはしない。鉤十字を揺らし灯璃を狙う攻撃に、彼女が体を捻り避ける。 「あっぶないなぁ。眩む様な月に照らされて居ても、まだ灯璃が欲しくて堪らないの?」 「ハハッ、急かすのが得意らしいぜ? 急かすなよ、慌てるSHOGOには貰いが少ないの。無職だけど」 ソレ、貰ってないよねと楽しげに告げる灯璃の声に翔護は笑う。指抜きグローブから覗く白い指先がパニッツュを握りしめ打ち続ける。だが、前線に飛び込んだ彼がシューターである事を把握されている状況では狙われ続けるのも致し方はない。 射線を塞ぐフィクサードに笑う翔護はワザとらしく決めポーズ。「キャッシュ&パニッシュ」と告げる声に親衛隊のフィクサードは馬鹿にした様に笑った。 ●Unternehmen “Cerberus” この世界には二種類の人間が居ると言う。先に往く者とソレに従属する者。それは人種という壁があるのだと、そう論ずる人々が居た。 「世界が優しくなればいいのに。誰かが劣り、誰かが優秀だと決めつける事の無い世の中になればいいのに」 両親が死んだ時、友達が少ないと孤独を感じた時、水槽の中で泳ぐ金魚を見詰めた時、店番として小さな犬が現れた時――仲間が己を必要としてくれてると気付いた時。 実感し続けた言葉だった。世界が優しくなればいいのに。誰かが傷つく事が無ければ――いいのに。 願う様に、仲間達を癒す事にばかり手を裂いてしまう。悔しさに唇を噛み締める雷音を攻撃しようとする手からエナーシアが滑り込み、庇う。 乱戦状況で、数の多い敵からの攻撃を受け流すには禅次郎も翔護も優れているとは言えない。仲間達の作る間を掻い潜り、暗黒の魔力が精神をも蝕む。跳ね返される痛みが蓄積していく事に聊か苛立ちを隠せずには居られない。 「ッ、ヤロッ……!」 ノックバックで開く穴があれば飛び込んでいく。劣勢を覆す精神力も、死んでも絶対に倒れない覚悟も、運命でも何でも全てを犠牲にしたってこの場を保ち続ける意志だけは強い。 「前回は上官ばかり構ったのであったな? 強欲な主演女優(プリマドンナ)ばかりでなく脇役にスポットを与えてやるのも忘れずにおいてやる、よッ!」 叫ばれる声にベルント以下、彼に付き従うフィクサード達が攻勢を強める。回復手である雷音を狙うそれとシューターである翔護と灯璃を狙う攻撃に二分化されるソレは10名のリベリスタの乱戦という作戦として合理的とは言い難い陣形を更に乱す事を狙い続けている。消耗戦になれば不利だと言う事を誰よりも悟っている禅次郎はその中でも、目の前に相対するフィクサードを倒し続けた。 「おっと、集中狙いしちゃう位にSHOGOが男前なのは知ってるって!」 「あら、じゃあ、わたくしに勝利したら何処かでお茶でもしません事?」 薄らと浮かんだ笑みは自身の敗北を知らぬ『傲慢』な女の笑みだ。その女が勝利を確信しているのは実に合理的な理由があるのだとミリィは知っていた。ソレは一度見えた時、彼女が連れていた部隊の編成と現在の部隊編成が違っていた、ソレだけの事である。 たったそれだけの事であっても、彼女たちにとっては『目的を果たす』為に実に適した戦力を用意したと言う事であろう。 「実に防衛目標を守るのに適していると言えるでしょう。とても合理的で、そして軍人らしい」 「お褒め頂き結構。勿論の事よ。わたくしたちが何のためにこうしてここで闘っているのか」 作戦の遂行だけが目的であると言う様に笑う女にそうですね、とミリィが小さく紡ぐ。自身がやるべきを知っている少女は前線に向かうノエル達の目前、未だ親衛隊のブロックが厳しい所へとフラッシュバンを投擲する。――だが、それに畳みかける様にルーナは自身の部下諸共ノエル達へとフラッシュバンを与えたのだ。 「残念だが、その作戦は此方には聞かなくてな」 くつくつと咽喉を鳴らし笑うゲルトが構えた盾の向こうで厭らしく笑う。ロザリオの下につけられる少女の手形が何の意味を齎すのか。未だに彼は知らない。ソレが呪いであるのか、それとも、他の感情で付けられたものであるのか。どちらにせよ、『その証がある以上』自分が、その少女に目標を告げた以上、それを為さぬ訳にはいかない。 「俺は、それで足を止めない。そして、その歩みを遅らせるものから俺は誰かを救いだす事が出来る」 その言葉に一歩引いたのはベルントだ。目の前に飛び込む銀騎士の麗しさと言えば、何と言う物であろうか。微笑み、前線で自身の往く先を塞ぐ男の体を跳ね退ける。 遠距離から反撃する様に癒しを乞い続けるフィクサードに構うことなく、ノエルは一度にたりと笑った。 「さあ、此方の番です」 「――あら、ソレで勝利を確信するとは、何とも情けないことでしてよ、『正義狂い』!」 ルーナがリベリスタを『正義狂い』と称すのには何か理由があるのか。ぼんやりとそう考える旭は女の目をじ、と見据える。戦闘慣れなどしてなさそうにも見える、甘い雰囲気のする女を見詰め、こてんと首を傾げた旭は「ねえ」と優しく微笑んだ。 「別に正義なんて大義掲げてないよ。したいよーにしてるだけ。それが正義っていわれるだけなんだ。 あなただってそーでしょ? したいようにして、それが自分のやるべきことだって知ってるんでしょ?」 「戯言を……!」 旭が一度仰け反る。傷ついた腕から溢れる血に、動きが鈍くなる事を悟った。視界を濡らす赤は額から溢れたものであろうか。背後で瑞樹の掲げる月がまた別の夜を想い返す様で、心の中で一つ呟いた。 “赤”なんて、だいきらいだよ。でも、とっても、だいすきなの―― 「私達は歩み続けるのみ。さあ、行こう? もう少しだから!」 踏み込む瑞樹の胸の中で燻る想いが燃えがある様に広がった。誰かに託された。知っている様で、知らない気持ちが胸の中で穏やかな時を想わせる。 白妖の煌めきに、自身が昇らせた擬似的な紅い月が告げる不吉に小さく笑う。乱戦状況で、疵を負いながらも、攻める事を辞めない少女の背後、攻め込む様に黒き力を纏う禅次郎が大業物を振るった。 「負けてらんねぇんだよ……!」 「うん、私は託されたこの想い全てをかけて、一気呵成――打ち抜くのみ!」 信頼しきった人の言葉はどうしてこうも勇気付けるのか。ホーリーメイガスが回復を回すたびに、不利を悟る。逆境をも跳ね返すのものが何よりも『自分自身の勇気』だと、そう思えた。 スターサジタリーの矢が足を狙う様に飛び交う。避ける様に、飛び、同時に双剣を投げ入れた灯璃が集中狙いに攻撃の手を辞めた。受け流せないソレに、自分が狙われている間に誰かが、辿りつければ良いと望みを託す。 「どんなに厚い装甲だって紙切れ同然、そんなのって誰でも判ること。百も承知だよ!」 そこで攻撃を受け続けるのはシューターとして目立つ攻撃をしていた灯璃だけではない、集中狙いを受け続け、翔護の足が震える。倒れる事を厭わず、運命を投げ出したのは一度だけだ。打ち出そうとする弾丸が逸れる。上手く合わない射線に畜生と小さく声が漏れた。 「何時だってSHOGOに合う舞台は其処に用意されてるんだよ……! 知ってた? starは一人で良いんだってね!」 滑り込み、真っ直ぐに核を狙うその手。パニッツュの打ち出す弾丸が一直線に、飛び込んだ。機械を庇い続けていたベルントの体を吹き飛ばす、ずれ込んだ体に対し、人の中を掻い潜り、凍りつく視線を見せるミリィは彼等の作戦を食い破る。 「我慢の時間は終了だよ……!」 声を張り上げ、瑞樹が昇らす月が親衛隊全てを狙い続ける。回復を施される以上、消耗戦に為りがちであったリベリスタは一気に攻め込む事を始める。庇い手の居なくなった兵器へと滑りこむように親衛隊が現れる。それを跳ねのけるノエルが視線を送れば背後からエナーシアが「核は其処なのだわ!」と指示を送った。 「そこなのだ! はやく――!」 タイマーが進んでいく。焦りを覚え、雷音はハイ・グリモアールの頁へと指を添わせた。紡ぐ言ノ葉に込める心優しき少女の一寸した足掻きは凍てつく氷となって降り注ぐ。 「來々氷雨!」 支援される様な氷の雨の中、頬を濡らす涙雨に滑り込み、ゲルトは装置の核へとナイフを振り下ろす。光り輝くソレが核の装甲を叩き、パキリと音を立てる。 「此処で負けてちゃ男が廃るってね!」 息も絶え絶え、翔護が繰り出す攻撃がフィクサード全体へと降り注ぐ。だか、全体攻撃を行える青年の体力も最早限界であった。傷つき、それ以上闘えない翔護の体が倒れると同時、ひょこりと顔を出す灯璃が「BANG☆」と子供の様に囁いた。 「エナちゃん! あそこだよねー? ――嫌な音がするな」 ぴくり、と灯璃の耳が揺れる。何処か遠くから聞こえる音が連れる不吉の気配に彼女は核を狙い撃つ手を止めずに警戒を緩めない。何処までも真っ直ぐに飛ぶ刃にフィクサードの攻撃の手も緩まない。戦闘慣れした彼らによって着実に体力を削られる灯璃や禅次郎は猛攻の中、運命をも投げ捨てた。 「『正義狂い』な、それでもいいさ。じゃあ、その狂った俺から一つの助言をくれてやるよ。 ――此処は俺達の勝ちだ!」 運命にだって縋ってやる。そう告げる禅次郎がフィクサードの体を切り裂いた。同時に突き刺さる刃に唇から溢れる血が地面へとぼたぼたと垂れ続ける。青年の体が揺らぐと同時、何度となく、跳ねかえる攻撃に旭の膝が付く。回復を行うことが出来る雷音がその手を尽くしても旭の奮い立たせ続ける事は出来ないだろう。 「ねえ、『親衛隊』のルーナさん。わたしのこと、覚えてくれる? 『正義狂い』でもなく、『プリンセス』でもなく旭だよ。わたしは、旭……覚えといてね?」 その言葉にルーナが笑い、オフィーリアを向ける。あ、と灯璃が声を漏らすと同時、狙い撃たれた攻撃が旭の額を目掛けるが、最後の力を振り絞り、少女は体を捩る。項垂れていた頭を上げ、身体を捻る事で、弾丸は肩を貫通する。ふらつく足が、それ以上の力を出せないと、其の侭、地面へとへたり込む。 少女の体を乗り越える様に、エナーシアの弾丸が飛ぶ。纏う服は何処か親衛隊に似たコスチュームだ。目を奪われる様に親衛隊が彼女へと視線を送れば、くすくすと『面白そう』にエナーシアは笑う。 「この服は昔仕事で使ったものでSchutzstaffel――皆さんとは全然関係ないのですよ?」 私は一般人ですし、とあくまで己が普通である事をアピールする事を忘れない。エナーシア・ガトリングは一般的な『革醒者』である。ソレを普通の人間と形容するかと言われれば答えは無情にも、否だ。 彼女の声に合わせ、銀の軌跡を残す女の槍が核を貫いた。畳みかける様に突き刺さる弾丸に――ピキッ、と『割れる』音をさせ、装置が沈黙する。 「銃が使える只の一般人が皆さんに祝福を差し上げませう! Bless you! カマセはおねむの時間よ!」 ●limit out 沈黙しながらも記憶媒体が動いている事をゲルトは知りながらも傷つき、疲れ果てた体では此処からの戦闘は厳しくもあった。 踏み込む瑞樹の足が揺らぐ。癒しを与える雷音を庇い続けるエナーシアの限界も近かった。スイッチする様に庇うミリィが戦場を見回し、幻想纏いを手にする。 幻想纏いを通して、アルトマイヤー、ブレーメ両名と闘うリベリスタへと連絡を送る。残り時間は30秒――丁度、そのエネルギーを転送しているギリギリの所で壊す事が叶ったそれは少しでもあちらで戦う者たちの手助けになればと瑞樹は伝えた。 「……、負けて、られないんだ」 与えられる一斉攻撃は前線へと存在する瑞樹へと与えられる。幾重にも重なる攻撃に、瑞樹の足が震える。未だ攻撃の手を緩めず撤退を行わない親衛隊へと彼女は揺らぐ蒼をでしかと見据え声を張り上げた。 「ねえ、貴女達が言う所の『極当の劣等種』が集ったぐらいで壊れる程度の装置、それにこれ以上拘る価値は? 私達が壊せるソレに、態々、増援の手を掛ける価値があるの?」 ぜいぜいと息を漏らし、そう告げる瑞樹の体を貫く『オフィーリア』の音波。わなわなと震えるルーナをも巻き込み前線で踊る様にステップを踏むノエルが残す銀の軌跡が鮮血と混ざり合う。 だが、そのステップを踏めたのも一度だけだ。それ以上はゲルトを巻き込む以上、使用する事が出来ない。渾身の力を込めて生と死を分かつ攻撃を続けるノエルの瞳が緩やかに細められる。 「極東にあって兵力が限られている軍が無理をしてよろしいのですかね。 ピュロスの勝利すら得られませんよ。それでもよければお相手しますが」 「ッ、皆、あっちの方向――!」 ハッと顔をあげる瑞樹の言葉は其処までであった。ぐらりと揺れる体を受け止めたゲルトが輝くナイフを彼女を襲う親衛隊へと突き立てる。 瑞樹が指し示す方向から現れる増援に灯璃が身構え、エナーシアが全てを撒きこむように弾丸を弾きだした所へと、全体を見据え、足止めを行っていたミリィが傷を負いながらも武器を構えたままの女へと向き直る。 「私達に『由緒正しき戦闘』をご教授して下さると、前、言っていたではないですか」 どちらも傷だらけ、リベリスタの方が傷が深いと思われる。傷を負いながらも果て無き理想を掲げたミリィの目は、その戦場の指揮を最前線で取るルーナに向けられた。 戦闘を続けることで消耗したのはリベリスタだけではないとミリィは知っていた。初期にルーナが連れていた下官達の数は少なく、あちらこちらから顔を出す増援達をとっても、負けを覚悟せずには居られない。 「確かに私達は、これ以上の戦闘は無理でしょう。ですが、『無駄』を作るには……勿体なくはないですか?」 幼さ残し、子供らしい騒がしさをも持ち合せるミリィと対照的に外見は深窓の令嬢を想わせる様な少尉は金髪を初夏の――硝煙と戦場特有の気色の悪さすらも感じる風に揺らし、ルージュをひいた唇を歪めて笑う。 「このままわたくしたちが推し切れば何れは戦力差で『其方』が倒れる事等明明白白……。 けれども、『正義狂い』はどうやら頭は良いようですわね。ええ、わたくし達の目的は」 「実験データを持ちかえり、アルトマイヤー、ブレーメ両名へと支援を与えること……大きな口を叩いて、クリスティナ中尉に任務遂行を誓ったのは何処の誰だったのかしら」 笑い、地面を蹴る。体を横にし、陣形の穴を掻い潜る様にエナーシアが繰り出した弾丸が親衛隊の増援達へと降り注ぐ。増援部隊はリベリスタを殲滅する動作以外に、装置が稼働している時、その装置の庇い手を担当し、していない時は――ルーナ・バウムヨハンが己の部隊を安全に的確に引く事が出来ると言う『安全装置』的な役割でもあったのだろう。 「作戦目標を失って、尚も戦線に留まる心算ですか? さて、これではどちらが本当に教授が必要だったのか分かりかねますね」 「……引き際を弁えている、この事もご教授して差し上げねばわかりませんこと? 『正義狂い』!」 装置が物云わなくなったこと、副官が倒れたこと。隠した増援が現れ、それ以上に戦闘を行うならば親衛隊の勝利は約束されていたものだった。だが、『意味の無い戦闘行動』で『戦力を疲弊する』程に、彼女とて馬鹿では無い。 その姿だけを見れば深窓の令嬢をも思わせる美しさに、何処かあどけなさも混じる大人しい女でしかないが、立派な軍人である以上はその引き際もきちんと弁えているのであろう。 虚勢に警戒を解かぬままのリベリスタ達は彼女が明確な撤退を行わない限りは意地でも闘い続ける事を決めていた。 それ程にこの場所――三ツ池公園が大切だとしかと認識していたのだろう。 前線で数減らしの為に戦い、蓄積するダメージと己の攻撃で消耗する体力に攻撃を受け続けることで、意識を失った禅次郎は己の命を擲ってでもこの場所を守り切るとそう決めていたのだから。 「……どうなさいますか? 私達は、何処までも闘うのみ。貴女が『正義狂い』と称する様に私達には信念があるのですから」 ハイ・グリモアールをなぞる指先が氷の雨を振らせようと身構える。銃を構えた其の侭に、幼さを感じさせるかんばせが歪められる。 其処までの声は『何処か』で聞いていたのであろう。ノイズ混じりに彼女たちが所持する通信機から漏れたのは『不吉』とも思わせるほどの澄み切った女の声だ。 『――了解しました。装置を確保し、直ぐに撤退を行いなさい。状況は後程……』 ルーナの持つ通信越しに聞こえる声は玲瓏なる女の美貌を直ぐに浮かばせるソレであった。 「Ja……申し訳御座いません、クリスティナ中尉」 『……それでは、また後程』 ザザッ――…… 上空を見上げ、傷だらけのままに灯璃は口を開く。色付く唇が切れ、流れる血がルージュの様に赤々と光る。自嘲する様に浮かべた笑みはその目が映し出さない『居る筈の誰か』へと向けられていた。 「ねぇ、中尉。なんだかんだ言ってこの国の革醒者舐めてるよね? 逆凪の望みはさ、共倒れだってさ。 言ってたよ、逆凪と会った『アイツ』がそうだって言ってたんだ」 複雑な感情だけが胸の中を支配した。片割れの名を名乗り、灯る色と相対する薄氷を演じ続ける『アイツ』の事を口にする日が来るだなんてと灯璃の燃える様な橙の瞳が細められる。 嗚呼、なんて気分だ。サイアクだ。折角、この梅雨時に空が晴れ気持ちいい夜を迎えられているのに。 嗚呼、なんて気分だ。気持ち悪くなる程の硝煙の香りが辺り一帯を支配し続けてるではないか。噎せ返る臭いは余り好みではないのだから。かといって、薔薇のポプリの嫌になる位香る臭いだって好きじゃない。何事にも限度があるという事だ。 「――本当につられたのは誰だと思う?」 通信機越しにでも伝えられればと倒れたフィクサードの胸元から拝借したそれから漏れだす雑音(ノイズ)に一つ、女の吐息が混ざる。 聞いてる。聞いているのだとわかる。向こうに、『彼女』が居る―― 「ねぇ、中尉。大田重工の防衛戦力は十分? 首領以外の七派の連中だって『あの』楽団員を撃破してるんだよ? 此処まで言えばわかるかなぁ……二兎追う者は一兎も得ず。信じるも信じないもお好きにどうぞ?」 くすくすと笑みを浮かべ、膝をつく。 ザ、ザと繰り返されるノイズに混じり小さく聞こえた女の『早急に撤退を』という声の後、通信はプツンと切れた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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