● ぎらぎら輝くネオンサイン。 店からこぼれてくる大音量のBGM。 酸化した食用油の臭いに、きつい香水の臭いが混じって気持ちが悪い。 配られるティッシュの広告はけばけばしい蛍光ピンクで、みんなその辺に捨てるから、ひわいなモザイクに見える。 それは、いつもあたしの後ろにいる。 あたしを狙って、ありとあらゆるところに罠を仕掛けてる。 恐怖に耐えかねて、交番に飛び込む。 「助けてください!」 おまわりさんが見に行ってくれる。 もう一人のおまわりさんがいやな顔をするのはどうしてだろう。 「あのね、お嬢チャン。お友達達にも言っておきなさい毎日かわるがわる交番に飛び込んできておまわりさんをからかっちゃだめだろうこのへんの学校じゃないねどこの学校おまわりさん達も忙しいんだよ君昨日もおとといも来ただろう大丈夫君を追っ駆けてくる人もいないしトイレに隠れてる人もいないし更衣室に仕掛けは無いし――」 見に行ってくれたおまわりさんが戻ってくる。 「大丈夫だよおかしな人はいなかったよううちはどこ念のために送っていってあげるおうちの人に連絡しようね電話番号を教えてくれるかな――はいこちら――センター前の派出所ですお宅のお嬢さんがうちに女の子はいないってどうう言うことですかえはいあの確かに住所はこれこれ――」 あああ、おうちにかえりたい。 おうちは毎日変わるし、電話番号も、メールアドレスも、おまわりさんも毎日変わるし、追いかけてくるのだけがかわらない。 そうしてだれもきがつかないの。わたしがころされたらたいへんなのにどうしてどうしてどうしてどうして!? あの死んだ人達があたしをあたし達をみんな引きずり込もうとしてるのにどうしておまわりさんたちはきがつかないのののののののののおおおおおおおっ!? 誰そ彼。 空は、どこまでもどこまでも赤黒い紫色。 ● 「繁華街って、雑多な思念がわきやすい」んだってね。俺、行ったことないからよくわかんないんだけど」 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)が最もにがてとしていそうな場所をあげよ。 答、猥雑な繁華街。 女の子が好きそうな店の横にさりげなく罠が潜んでいそうだ。いや、実際潜んでいるのだろう。 「この町を訪れる女の子の繁華街に対する恐怖心が積もり積もって、E・フォースを形成かぁ。ホント、神秘って怖いねぇ」 『あたしの友達の友達の話なんだけどぉ』 友達の友達は、怪しい路地に入ったり、たまたま入った店でそれは不幸な目に遭う。 でも、自分たちは大丈夫。 まるで、自分たちの身代わりするように、女の子達は「友達の友達」が酷い目に合う話をする。 その形無き「友達の友達」が実体化してしまった。 「刻々と姿を変える女学生。見た目も一致しなければ継続的記憶も一致しない。決まってるのは、毎日同じ時間に交番に飛び込んで、追われてる。助けを求めるとこだけ。名前も住所も電話番号もでたらめ、すぐ入り口から逃げていく。それを追いかけてってくれる? 追いかけている内、念積体の世界に紛れ込める。酷いところだね。見てるだけで吐きそう。『友達の友達』が遭う災難で満ち溢れてる。でも、戦闘は気兼ねなく出来る」 四門はこんなことあるんだあ。と、ため息を付いているが、アーク正式始動からこのケースは二度目だ。 「友達の友達」の実体化。それは、崩界の進行を意味している。 だから「友達ノ友達」は、現実の女子高生の代わりに死ななくてはならない。 そうすれば女子高生たちの不安は、しばらくの間は霧散するだろう。 「放置すれば、早晩、このE・フォースは別のE・フォースに殺される。『友達の友達』がやられるのは必然だけど、それに味を占めたイレギュラーな殺戮者が、現実の女子高生を襲い始めると困る。殺戮者E・フォースが下特殊空間から現実に流入してくる前にそっちに行って殲滅してきて下さい」 そう言って、モニターに映し出されたのは、死体の群れ。 「参考映像」 「――死体?」 リベリスタは、ここ最近ようやく聞かなくなったニュアンスの単語を聞き返す。 「死体。E・アンデッドじゃない」 昨年晩秋から今年の春にかけて、癒しきれない傷跡を残してくれた「楽団」を想起させる。 「想起させるんじゃなくて、『楽団』 のせいなんだよ」 現場となる繁華街の周囲の地図。赤く印をつけられている。 「これ、実際に楽団の犠牲者が消えた現場」 女子高生が数人消えてる――と、四門はいう。 「えっと、楽団員の一人、『一人上手』バルベッテ・ベルベッタが、この街のこの屋内駐車場で一悶着起こしたんだよね。そのとき四人女子高生が犠牲になってるんだよ」 幸い、作戦は成功し、このときバルベッテ・ベルベッタがフィクサードの手駒を手に入れるのは阻止している。しかし、二人分の女子高生の死体がミンチ肉になり、二人分の女子高生の死体が連れ去られた。 その二体は後日仙台で確認され、その先は大量の死体にまぎれて、どちらにしろ、三高平でバルベッテ・ベルベッタの死体は殲滅されている。 「――そこから話は加速する」 四門の目が天井をさまよい、あふれる声色は少女のよう。 『アタシの友達の友達の話なんだけど。その子の友達が失踪したんだって。で、赤い服を着た外国人の女の子と一緒に歩いてるの見たっていう目撃情報があったから、その子、自分でこの街に探しに来たんだって。『@@チャン』 って聞き覚えがある声がするから、振り返ったら、おなかから色々はみださせたいなくなった子がニコニコ笑いながら立ってたんだって!』 『で、その友達の友達、どうしたの』 『必死に逃げて無事だったって。でも、ずっとそのいなくなった子から電話やメールが送られ続けてきて、おかしくなって、今、病院にいるんだって!』 なんてかわいそうな友達の友達。 四門は眉をひそめた。 「死体の群れも面倒だけど、『友達の友達』も面倒な相手だよ。相手をかく乱する。言ってることに一貫性はない。自分のこと、念積体とか思ってないしね。実際、鏡に映るし、触れるし、人間と遜色ない。泣くし、喚くし、逃げ足速い」 でも、見失わないようにして。と、四門は言う。 「両方倒さなきゃ、帰ってこられない。『友達の友達』も死体も。『楽団』の亡霊も、都市の澱みも、完膚なきまで叩き潰して帰ってきて。崩界が進むってこういうことでもある訳だ」 バロックナイツマジ面倒。と、ベキバキと噛み砕かれるペッキ。 「特殊空間から出られなくなる可能性もある。難しい仕事だけど、どうにか。待ってるから」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月28日(金)23:46 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)は、嘆息する。 「どうして人は悪い噂が好きなのか……どうせなら良い噂の方がいいのに……」 幸運も不運もゼロサムで、誰かに幸運が舞い込めば自分のところには回ってこない。 だから、噂話は自分からぎりぎり離れた悪いもの。 そうすれば、自分の周囲からは不運は遠ざかる。 「噂を象ったEフォース。そういう形で広まり続ける限り、何時までも生まれ続けるのですね……」 『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)が、応じた。 「噂では、まだ死体に囚われ殺されるには到っていない。死体が噂に則った存在であるなら、まだ彼女を捕らえられない筈だけれど……それも時間の問題か」 『あ、ちょっと、君! 待ちなさい!」 交番から飛び出してくる女子高生。見る間に人ごみにまぎれる誰でもあって誰でもない、実体化してしまった念積体。 リベリスタたちは目をかわして走り出す。 「大丈夫、見失わないよ」 『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)は、くるくるかわって悪酔いしそうな「友達の友達」の感情の尻尾を捕まえる。 うかつさ。慢心。ちょっとした不運の象徴。 ピンの道を歩く赤頭巾。 扉を開ける仔山羊。 捧げられなくてはならない。 本物の子羊の代わりに。 現実の女子高生達が受ける災厄の身代わり。 私の大事な「友達の友達」 噂話の中で、災難に遭い続ける、影響が出ない程度に近しい存在。 水に流され、火にくべられる守り雛。 『友達の友達』 それは、永遠に続く人柱。 ただ、たまにそれでも足りないことがある。 人柱に飽き足らず、現世に出てこようとする災いが凝り固まる。 ならば、災いを狩り、役立たずの『友達の友達』も狩らなくては。 お天気に出来なかった照る照る坊主の首をはねるように。 そうすれば、少しだけ現世は落ち着く。 少しだけ。目に見えないくらい少しだけ。 ● あたしの友達の友達の話なんだけど。 女の子――小学生くらいで関西弁だったんだって――「その噂話、うちも知っとるよー」って近寄ってきたんだって。 「それな、最後に『グレさんグレさん助けて下さい』 って言うといいんや。そうすると、小さな女の子が世界にとって悪い物を倒してくれる」 って、すっごいドヤ顔で言うんだって。 「ただし、お礼を言わないと自分も襲われるから、注意せないかんで」 なにそれ、って突っ込む前に、その子、いなくなったんだって。 で、その子の足首に灰色の長い髪が絡み付いてたんだって。 ● 「friend of a friend……都市伝説にも色々あるわけやけど、これは気分が悪くなるタイプやね。ハッピーエンドにとはいかへんけど、きっちり終止符打ってこか」 『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728)は、救いの無い都市伝説は嫌いだ。 作戦開始前に現地に入り、可能な限り女子高生のグループに接触した。 放課後から四時過ぎまでの短い時間。 (――不思議な子が演出できれば、自然と「回避法」の噂は広まるやろ) 噂から生まれたものは、噂で殺す。 祈りにも似た方法に、椿は自分と仲間の命運のいくばくかをかけた。 「夕暮れ時の赤い世界な……まさか、自分から飛び込むことになるとは思わんかったわ……」 常人には把握できない勘を働かせてすいすいと人ごみを泳ぐように走っていく。 「「友達の友達」を五人程経由すると誰とでも繋がるって言うけど、彼女のような存在の場合、不幸の手紙よろしく情報が変質していそうね」 『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)がそう言うのに、椿は頷いた。 「それ、狙ってるんやけど――」 うまくいくとええんやけどな。と、椿はつけ加えた。 「曖昧に聞いた不確かな噂。あるいはその場限りの話題目的の嘘八百――」 『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)は、いつかの夕暮れの中でつぶやいた言葉をもう一度「友達の友達」に贈らんとする。 「私の常日頃からその手の情報は信用しない事にしています。そんな情報持ってくる人間は――と、今回も言ってやりたいところなんですがね」 右目を覆うモノクルに光が反射して、メイドの表情をあいまいなものにする。 「楽団という確たる害悪が現実に生み出した惨劇が元となると話は別です。ただの虚実でない事は残念ながら私もよく知っているわけで」 そこから派生した噂話の産物なら、楽団関連と言えないこともない。 少なくとも彼らに崩された底辺世界への悪影響の一端だ。 「他人の死体で人様に迷惑掛けるに飽き足らず、自分達が死んでもなお人様に迷惑掛けるとかあの人達も徹底してますね」 「少し前の事なのに、何だか懐かしいね」 『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)の表情は、言葉に反して暗い。 「私のせい……いや、楽団のせいですが。この都市伝説の当事者の一人とは言えますか……」 旭は、『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)の呟きに頷く。 「二度と会いたくなんてなかったけど」 彼女達には心当りがある。彼女達も噂に関与している。 (バルベッテちゃん達の残した噂。友達の友達の、失踪したお友達) はらわたをぶら下げながら、「@@ちゃん」と友達を呼んだ女子高生の死体。 (それはきっとわたしたちが会ったあの子たちの誰か) 正確に言えば、旭が焼き払い損ね、黎子が切り裂き損ねたた内のどちらか。 もしくは、旭が仙台で焼いたかもしれない。数が多くてそれどころではなくて、忘れてしまった。 ● リベリスタは、「友達の友達」を追う。 午後四時過ぎ。 夏の空はどこまでも青く、日の暮れる気配などない。 「友達の友達」は、歩行者天国を掻き分けるようにして、必死に逃げている。 リベリスタたちは懸命に追う。 ルナが自信を持って指差さなければ、あっという間に見失いそうだ。 姿が、瞬きの内にころころ変わる。 栗毛ポニーが黒髪ショート金髪ツインテ、ブラウスがベストにジャンパースカート、紺ソックスが生脚、コインローファーが踏み潰したスニーカー、黒のエナメルストラップ。 逃げる足。逃げる足。逃げる足。 「少し、辛いね。こういうの。ただ倒されるために生まれてきた――なんて」 しなくてはいけないことが多くて幻視が使えないルナは、尖った耳を隠すために入念にフードをかぶり直しながら、バイデンに追われて助けを求めながら死んでいった年若の『妹』達を思い出す。 あの頃の自分たちは、今とは比べ物にならないほど弱かった。なぜ、あんな心だったのかと疑念さえ抱いてしてしまうほどに。 『何で殺されなくてはならないのっ!?』 必死に逃げる『友達の友達』の後姿に、いつかの姉妹の思考波がよみがえる。 おまえが死ぬと、『本当に生きている』連中の心が少しだけ和らぐ。だから、お前はそこで死ね。 友達の友達は、そういう存在だ。 「その存在、些か哀れだとは思うが……やむを得ん。事後の依代の呪いとやらが通じるのを祈り、全力を尽くすのみ」 『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)の言葉に、ルナの意識が底辺世界へと引き戻される。 「私たちは任されたんだもん。だったら、ちゃんとあの子に応えてあげないとね」 それが、殲滅という形になろうとも。 繁華街をすり抜けるリベリスタに、人々は軽く視線を送るが立ち止まることもない。 日暮れの気配もなかった空が。 (郷愁と不安と曖昧さを感じる夕闇。そこは現実と想像と記憶が混じり合う時間) 脇を走る人影は、仲間なのか、通りすがりか、異形の者か。 「『友達の友達』だというのに、助けられないというのは――少し、悔しいですね」 『やわらかクロスイージス』内薙・智夫(BNE001581)は、そんな言葉と共に、二度目の夕闇に墜ちていく。 特殊空間に取り込まれる感覚に、もう一般人の目はないと、智夫は意識の有り様を変え、戦う乙女の声色で加護を呼ぶ。 リベリスタの背につけられる、仮初めの翼。 ユーディスから振りまかれる、世界の終わりの戦いに備えるための加護。 ここが、終わってしまう世界であることには変わりない。 倒せなければ、無事に帰ることもままならない。 赤黒い空の中、リベリスタが影に飲まれることのないように。 ● すれ違う人はみんなのっぺりとした影法師で、でも確かにそこにいて歩いている。 それ以外は、建物も道路も変わらないように、リベリスタには見える。 でも、心がざわめく。 赤と黒の世界。他の色が付いているのは、リベリスタと「友達の友達」くらい。 いや、他にもいる。 「@@ちゃん」「ひさしぶりだね」「元気だった?」「あたしはね」「死んじゃったよ」 口々に話し出す、女子高生の死体達。 セーター、ベスト、ブレザー、セーラー、タイにリボン。チェックのプリーツ無地のボックスプリーツピンストライプのタイトはちょっとお姉さん。 私服の学校だろうと、女子高生は制服っぽいものを着る特権がある。 この街だけではない、日本全国を荒らした「楽団」に殺された女子高生という概念が凝り固まって出来たもの。 この場にいるリベリスタ達が涙を飲みながら磨り潰した死体のエッセンスだ。 腕はちぎれ、頭は割れ、ひざがなくなり、腹は割れ。 それでも軽快に人懐こくしゃべる死体が数人がかりで影を食らうと、それも新たな死体女子高生になる。 「あたしたち、ズッ友だよ」「死んでも友達」「友達は一緒にいようね」「一緒に食べよう」「慣れれば結構おいしいよ」 「いやあ、いやあ、こないでぇ、こっちごだいでよぉぉおぉぉぉおぉぉ」 声をにごらせながらうめく友達の友達を見ると、どうしようもなく沸いてくる生理的に湧いてくる嫌悪感。暴力誘発性気質。 畜生、黙れ、耳障りだ、黙れ。今すぐ消えてなくなれ。 「助けに来たわ!」 そんな衝動をねじ伏せて、恵梨香が叫んだ。 「ねえ、あなた。ちょっとさっきの話聞かせてくれませんか?」 黎子も、努めて柔らかく声をかける。 「安心してくれていいんです。あれに追われるのは今日で終わりになりますから」 二人は嘘は言っていない。少なくとも、死体に四肢を引きちぎられて貪り食われるという死に方はしなくてすむ。 いや、恵梨香に関しては、嘘さえ言うことはいとわないのだ。信じようが信じまいがかまわない。 ただ退路を断ち、壁に追い詰め、撃破を目指す。 編み上げられる魔法系統は四本。 とりあえず目に付いた死体をぶち抜く。 死体は毒に犯されない、死体は不運も意味がない、死体は出血しても意味がない、死体は麻痺などしない。 それでも、叩きつけられる魔力の奔流だけで十分に死体は消し飛ぶ。 「ぎあああああああっっ!!」 飛び散る肉片の雨に、『友達の友達』は絶叫する。 スプラッタ・ムービーで仲間の足を引っ張り続け、結局自分も死んでしまう足手まとい。 かわいそうな存在だと思うのに、理性でも感情でも理解できるのに、本能的に相容れない、穢れ、よどみの集大成。 「生憎と、逃がしてやる心算は無い……!」 葛葉が急速に「友達の友達」との間合いをつめる。全力移動から更なる加速。載った速度が相手を殺す。 共鳴するシードが薄い布を切り裂くような高音をあげる。 「いだぁいっ!! いだいよ、いだいっ! 馬鹿、なにすんだよ、しんじゃえっ!」 鼻水を啜り上げ、えづいた口から胃液さえ吐き出しつつ、『友達の友達』は毒づく。 とめどなく湧き出してくる嗜虐心で、「友達の友達」に相対するリベリスタの頭の中が真っ赤に染め上げられていく。 ルナの願いを受けたフィアキィから振り落とされる光の粉が凝固して出来た光球が、「友達の友達」に撃ち込まれる。 派手に上がる悲鳴、下がる溜飲に気がついて、ルナははっとする。 怒りに囚われることがないルナでさえそう感じるのだ。他の仲間の心はいかばかりか。 探査する感情、わきあがる複数の、沸騰する鍋の中にごった煮にされた感情の坩堝。焦燥感と恐怖と怒りと悲しみと絶望感と疲労感と欺瞞と楽観と自己破壊衝動と被虐と好奇心と罪悪感と義務感と――。 逃げようときびすを返す。 「やだよ、死にたくないよ、こわいよ、たすけて、お父さんお母さん――」 顔から流せるものは全て流しながら、『友達の友達』が逃げを打つ。そんな人はいないのに。恐怖が父、不安が母。 誰も、助けてくれる者はない。リベリスタさえ、お前を殺す。 「グレさんグレさん助けて下さい……なんてな?」 椿は、呪文を口にする。 それを本物にするには、不思議な女の子が勝たなくてはいけない。 都市伝説の最初は、いつだって『本当』から始まらなくてはいけない。 だから、『友達の友達』 を殴るのは、椿本人でなくてはならない。 ただまっすぐ行ってぶっ飛ばす。通すべき道理がよどんだ世界の象徴に突き刺さる。 符術士との二束のわらじを履く椿の拳は、物理的破壊は呼ばない。 ただその拳の跡が儀式の基点となるのだ。 (この状態じゃ会話も説得もできません。嫌な気分ですよねえ、嫌な気分です) 黎子の手の中に、勝敗をつかさどるダイス。 (まるで今度は私が「友達の友達」を襲う不幸になったのようじゃありませんか) 然り。「友達の友達」は不幸に見舞われて死ななければならない。現実の女子高生に不幸が降りかからないように。 実際、今確実に「友達の友達」は、不幸なのだ。 黎子の間合いにいる攻撃対象は彼女だけで、宙を転がる数多のダイスは全て彼女めがけて転がり爆裂の花を咲かせるのだから。 「事が済むまで、鬼ごっこと行こう」 葛葉が、女子高生のテンプレートリストをめくるように姿を変える「友達の友達」に告げる。 「しにたくない」 暗い瞳をした死人のような顔が、そう言った。 思考の本流。吐き気がするほど雑多な思考の奔流。 いうなれば、J・エクスプロージョン。 ● あふれる死体、あふれる死体の壁、のしかかるような物量。 (前列三メートルの死体を焼き尽くす) 旭に付きまとう既視感。 死体の動きに特性があるとすれば、これは知っている死体の動きだ。 背後からあふれてくる白い光。 「一般の方に被害が及ぶ前に倒します!」 決意に満ちたミラクルナイチンゲールの声が更に既視感を掻き立てる。 死体が、焼け焦げた死体の腕を手に持って、バッドを振り回すようにして襲い掛かってくる。 腕や足は結構重い。それで殴られたら普通なら死ぬ。 ミラクルナイチンゲールが注意深く前衛が押さえつけている死体の群れの特性を看破する。 「よくしゃべる死体。精神無効。麻痺・呪い・体勢無効。道具を使うくらい器用で、遠距離から臓物を投げてくる死体――」 そうやって死体を操ったネクロマンサーを知っている。 「『一人上手』バルベッテ・ベルベッタの死体――!!」 叫ぶミラクルナイチンゲールの声に、その場にいるリベリスタの一部の身の毛がよだつ。 「バルベッテにあたる部分が存在しないか探して、そこを攻撃して下さい!」 無限に沸いてくる死体。なぜ沸いてくる。そこにネクロマンサーがいるからだ。しかし、噂にはネクロマンサーという要素は出てきていない。 「赤い服の外国人の女の子です!」 フラッシュバック。夕暮れの屋内駐車場、深夜の三ツ池公園、昼下がりの欅通り、丑三つ時の三高平商店街。 『ご縁があるのね』 あの時は女子高生ばかりじゃなかった。 『お友達になりたいわ』 垣間見える死体の波の中に赤い服を着た外国人の女の子。 「バルベッテちゃ――」 声が、炎の勢いに掻き消える。炎の壁が、旭の視界を覆う。 違う。噂の元になった『楽団員』バルベッテ・ベルベッタではない。あの、印象的な孔雀石色の瞳ではなく、外国人と聞いて日本人が想起しがちな金髪碧眼。顔だって――。 顔の印象がない。薄っぺらな存在。色は分かるのに、目鼻立ちが思い出せない、唇を吊り上げて笑い印象だけが脳裏に焼きつく。 それはあくまで「外国人の女の子」 その女の子が死体を操っていたなんて『真相』を知っているのは、覚醒者と一部の関係者のみ。 ここにいるのは、あくまで噂の一部だ。 『外国人の女の子と一緒なのを目撃されて――』 ジョシコウセイハ、イジンサンノオンナノコニツレラレテイッチャッタ。 旭にすがりつく死体女子高生の群れ。 火柱の変わりに、旭の血柱が吹き上がった。 きっぱりとした声が旭のぐるぐる回る思考の迷路をぶった切る。 「赤い服の外国人の女の子ね、了解!」 旭の炎に飲まれない距離を計算しつつ、彩歌が気糸をアサルトモードで繰り出した。 攻撃が届かない死体はあえて無視して、直近の危機を処理にかかる。 彩歌の技がミクロの芸術なら、モニカの技はマクロの芸術だ。 規格外の弾薬の炸裂で死体は粉々に吹き飛ぶ。それが隙間なく蜂の巣のように正確に視界いっぱい並べ立てられるのだ。 「ひぎいぃぃいいいいいっ!?」 「友達の友達」も、モニカの獲物だ。攻撃せずにはおくものか。 「気の毒ですが貴女はここで『虚実の噂』という事で滅んで貰いますよ」 射程範囲に据え置かれている以上、モニカの銃弾から逃げられない。 有象無象と一緒に銃弾を浴びるのだ。 「こんな血生臭い現実をまた味わうのは、我々だけで十分ですから」 死体の群れなど現実などに来させてたまるか。 お前を殺すのは、幻の死体ではなく、確固たる生者だ。 弾幕が消え去った跡には、びちびちとのた打ち回る肉片しか残らない。 だが、死体は減らない。食われた影が死体女子高生に変わって、リベリスタに迫る。死体は際限がない。死体は増える死体は街を呑み込んで大地を埋め尽くしながら来る。 楽団は確かに世界を盛大に崩していった。余計な法則を上書きするくらいには。 前衛三人で道幅いっぱいに広がる死体を抑え切れる訳がない。 つかみ掛かってくる傷を癒すために、ミラクルナイチンゲールは回復詠唱を続けるが、専門ではない分回復量には限度がある。 焼け石に水。前衛三人の恩寵は早々に砕けて散った。 満身創痍の前衛を迂回した死体が後衛に陣取ったモニカに迫る。 「行かせませんよっ!」 ミラクルナイチンゲールは、モニカの面制圧力を信じた。三人の傷が多少深くなっても、ここでモニカを失ったら総崩れになる。 死体に突破されないことが最優先。ならば、避けに関しては絶望的なモニカを守らなくてはいけない。 神威の光が死体を撃ち、死体の動きを鈍らせる。 鈍ったところに、モニカの砲弾のごとき銃弾が打ち込まれる。 肉塊になった死体を踏み越えて新たな死体が次々と肉になるためにやってくる。肉の山とモニカの距離はどんどん狭まっていく。 わずかずつ下がってはいるが、下がりすぎれば友達の友達を掃討中の連中の間合いに入る。 ということは、「友達の友達」が死体の攻撃対象になる可能性が出てくるということだ。 そのためにユーディスが陣取っているが、彼女が有効に対応できるのは単体のみだ。 「ちょっとだけ、お手伝い」 ルナの二体のフィアキィ、ディアナとセレネが要請に応じて、もつれ合うようにしながら大きく旋回した。飛び散る大量の鱗粉に火がともり、加速する。 モニカの銃弾を追いかけるように、火炎弾の雨が横合いから殴りつけるように死体達を弾き飛ばして将棋倒しを起こさせる。 それでも、死体が多すぎる。 早く、「友達の友達」を片付けないと、リベリスタが物量に負ける。 いつだって、殺し合いは数の問題なのだ。 目が足りない。 死体の海の中から、外国人の女の子を探す目が。 生きていない者の中から、生きているものを見つけ出す目が。 ミラクルナイチンゲールが声を上げる。 「恵梨香さん!」 ● 殺しても殺しても、脱皮をするように姿を変える「友達の友達」は、致命傷さえ脱ぎ捨てるようにしてなかなか消えてなくならない。 『自分だけは死にたくない』 『自分の友達も、死なれたら辛いから死なないといい』女子高生達の自己愛の産物のよどみをたっぷり浴びせかけられて、リベリスタは物理衝撃に変換された思考奔流に何度も弾き飛ばされていた。 それでも互いの位置を確認しあい、『友達の友達』の逃走を許さない。 それは嗜虐心の産物かもしれない。 もしも、ルナが怒りに駆られて癒しを怠っていたら、甘美な嗜虐の罠に囚われたリベリスタたちは自滅していたかもしれない。 「うちはいっぺんに一人しか相手して上げられへんし」 あんた担当や。と、銀髪の隙間から赤い血を滴らせつつ、椿は断罪の銃弾を練成する。 「あんた、かわいそうやなぁ。うちがつけんでも、もう不吉で不運やもんねぇ。そのあんたをなおのろわなあかん」 愛用のリボルバーは精度を上げたロングバレルバージョン。 「救いがない都市伝説は、心底嫌いやわ……」 泣き叫ぶ声さえも刻々と変わる「友達の友達」を見ていると、イライラが抑え切れない。 椿は、無性にタバコが欲しくなった。 「今を象る貴女を貴女として救う事は出来ません」 破邪の白い光が、ユーディスの紅玉と金を飾られた槍を輝かせる。 目まぐるしく姿かたちを変え、泣き喚き怒り笑い、一瞬たりとも同じ姿ではない「友達の友達」に槍を突き立てるのは、スロットマシーンのボタンを押すのにも似ている。 「故に貴女を討ち『今の形』を霧散させます」 お話の中で殺されるれば十分存在意義を果たすもの。念積体になったりはしないものだ。 「――願わくば、新たな噂の貴女に救いが与えられん事を」 百の声色、百の姿、百の衣装の断末魔。 ようやく消える「友達の友達」 それによって発生する確定事項・「『友達の友達』は、死体に食われて死んだりはしない」 これで、死体が女子高生の味を覚えることはない。 「「…『友達の友達』は消え、それを語る『友達』もいなくなる。これでやっと本当のお終いです」 後は、死体を殲滅すれば終わりだ。 「さようなら。もう追われ続けないで済むわよ」 少なくとも、しばらくの間は。と、恵梨香が言った。 ● 死体からは守りつつも殺さなくてはいけなかった「友達の友達」から解放されたリベリスタが、死体の群れに向き直る。 赤い服を着た外国人の女の子。 横を掻き分け、縦を掻き分け、恵梨香の千里眼が死体の中からそれを見つける。 「あそこ――っ!」 恵梨香の声の語尾が掻き消える前に、彩歌の気糸、モニカの銃弾がぶち込まれる。 きびすを返し、逃げる外国人の女の子。 既視感。 三高平商業地区での、バルベッテ・ベルベッタの最期に似た様相。 「死体を殲滅しながら、元凶を追い詰めましょう!」 リベリスタ、転進。 追撃が開始された。 旭が、地面を蹴る。 背中の仮初めの翼を駆使して精度を増した蹴りが、死体の列を割り広げ突破口とする。 「さあ、後は炎腕に専念するよ!」 死体を焼いて焼いて焼き尽くす。 本物のときもそうだった。 だから、幻も遺さずきっちり焼こう。もう孔雀石色の瞳の楽団員に遭うことはないように。 リベリスタめがけて死体女子高生が我先にとつかみかかる。 髪の毛を引きちぎり、目玉に指を突きこもうとし、のど笛を噛み千切ろうとし、てあしを引きちぎろうとし、はらわたを抉り出そうとする。 傷ついたリベリスタめがけて、ルナのフィアキィが癒しの粉を振りまき、ミラクルナイチンゲールの祈りが福音をもたらす。 死体女子高生めがけて、モニカの銃弾と彩歌の気糸が襲い掛かり、まだ動く肢体にユーディスと黎子と椿が止めを刺して回る。 仲間が切り開くわずかな隙間に旭が見境なき炎の切っ先をねじ込んでいく。 「やれやれ、楽団とは決着もついたと思ったのだが……」 葛葉は、手甲のベルトを締めなおした。 「厄介な置き土産を置いて行ってくれたものね……」 恵梨香も高位魔道書の該当呪文のぺージを熟練の指先がぴたりと繰り出す。 『楽団』を倒しても、崩された世界は戻らない。 放置すれば崩れていくばかりの世界をうがつ小さな穴をふさいで回るより他はないのだ。 「死体は、残さず全滅させる」 恵梨香の周りを中型魔方陣が取り囲む。収束する魔力は貫く光の槍だ。 「閃拳、義桜葛葉──推して参る!」 地面を蹴る足が次の刹那には複数となり、リベリスタを取り囲む女子高生に脚が届く全ての背後に立つ。 俺は葛葉。お前らを一気に削り落とすために、ここに来た。 「楽団の操る死体であればともかく、残留したカケラに負ける様な真似はせん!」 複数でつかみかかってくる死体の群れの前に立つにはそれなりの覚悟がいる。転倒すれば、ほぼ終わりだ。 立錐の余地なく迫ってくる死体をつま先の体重移動でいなしつつ、微細な動きで気糸が死体を貫いていく。 「路地裏とか静かな店内とか」 彩歌は、ありがちな噂のパターンを読んでいる。 『薄暗い路地の奥から声がしたんだって』 『カフェのパラソルの影になったとこから呼ばれたんだって』 「バリエーションとしては十分ね!」 気糸がわだかまる黒を貫いて、潜んでいた死体を分断する。 切り裂かれても死に切れない死体の只中に足を踏み入れる黎子の周囲にころころと転がり続けるダイス。 今日の黎子はついている。上向くダイス目は7か11。 絶対勝利、ナチュラル・ウィン。 爆散するダイス、巻き込まれる死体、四散する肉片、終わっていく死体遊戯。 始めてしまったのなら、この手で終わらせなくてはならない。 外国人の女の子はコルネットを吹いたりしない。誰もそんなのを見ていないから。 死体の海の中で見え隠れしているだけだ。 霊魂のチャクラムを飛ばしたりもしない。 死体の海の中で溺れているだけだ。 ただいるとしか噂の中に登場しなかった。 だから、力を持たない。死体が動く理由と暗示されているだけの存在。 意図されず発生した「楽団員」の不出来な複製。 魂さえ霧散した本人なら、別物よ。と、各々別の口調で言うだろうか。 「彼らは強かった、故に──あれらに勝った俺達がその紛い物に負ける訳にはいかんのだ」 剣を持たないソードミラージュが、間合いに外国人の女の子を納める。 視界に入る全ての死体を巻き込んで、外国人の女の子は引き裂かれる。 もう死体は増えない。その原因がなくなったから。 もう死体は動かない。その原因がなくなったから。 だから、後はわだかまる念積体を滅するだけなのだ。 凝り固まった思念の塊を荼毘にふす。 「死者の居るべき場所はあの世。生者の世界へ迷い出て来るものじゃないわ」 恵梨香の宙で点滅する中型魔方陣の産物は、密閉されたフライパンの中のポップコーンのように、死体の群れを内側から破裂させる。 蒸発する血液、吹き飛ばされる手足が建物の壁にぶち当たってから、下に降り注ぐ。 「そのうちアタシもそっちへ行くから、それまで向こうで待ってて頂戴」 恵梨香本人は気づいているだろうか。 その台詞、十六歳には早すぎる。 ● 気がつけば、人目につかない路地裏に重なり合うようにして、リベリスタは現実世界に戻ってきていた。 日はまだ暮れていない。 未だに燦々と太陽はがんばっている。それほど、時間は経過していないらしい。 体がだるい。 椿は、はっと思い出した。 自分の撒いたネタの始末はしなくてはならない。 「おおきに、グレさん。きっちり終止符や」 礼言うたから、襲わんとってな? ちょっとした軽口だ。疲労困憊のリベリスタの間に笑みがこぼれる。 『どぉいたしまして……?』 京風のあやしい関西弁。 きゃはははは……と、遠ざかる女の子の笑い声。 きちんと御礼を聞いた『グレさん』 は、どこかに去っていった。 椿の足元に千切れた灰色の髪。 もし礼を言っていなかった、どうなっていたのだろう。 新たな都市伝説の誕生である。 「誰でもないというなら、誰でもあるという事でもあるから」 彩歌は、願う。子のいる親なら、誰でも持つ願いだ。 「きっとその誰かは無事に家に帰れているといいね」 『友達の友達』、君の存在は悲しいけれど、決して無駄ではない。 君が肩代わりする百万の災難によって、今日も誰かが無事に家のドアを開けている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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