●ノスフェラトゥは静かに暮らしたい ノスフェラトゥは本を読んでいた。 ざんねん、雨だと外に出かけられない。 今日は街にお気に入りのパンを買いに行こうと思ったのにな。 ●吸血鬼と黒猫の城 「いつからそこに居たのかは、定かではありません」 地図上の一点を指差して、『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)は語る。ちょっとした山の中の、古城のような場所。一昔前のテーマパークのような、誂えられた古めかしいちいさなお屋敷。人のいない静かなそのお城に、あるじがひとり。一見して穏やかな暮らしに変化が訪れたのは、つい最近のことだった。 「この屋敷の住人――いえ、主人、と呼ぶ方が適切かも知れません」 元々誰がどのように住んでいたかはいざ知らず、今その屋敷に住むのは若い娘ただ一人。短く切り揃えられた黒髪に、白い肌、赤い唇。綺麗、という表現が似つかわしい娘だった。 「彼女はアザーバイドです。所謂、吸血鬼でしょうか」 崩界を招く存在であるそれを、リベリスタ達が看過することは許されない。なれば、その存在が明るみに出たのは、本来喜ばしいことであるはずなのだが、話を聞く者達の中には複雑な表情も見えた。 好物はパン、趣味は散歩。無口であったが愛想も良く、時折訪れる麓では、人々にも愛されていた。陽の光だって怖くはないし、人の血も吸わない、まるで吸血鬼らしからぬ、そんな彼女が、どうして今回の討伐対象となったのか。 「もう一人、いえ一匹、アザーバイドが確認されています」 どこから来たのか、それは黒猫のアザーバイド。黒猫は吸血鬼の娘を唆し、人を襲うようけしかける。 「黒猫を連れた彼女は、麓へ降りて来て夜のうちに人を襲います。今まで人々と良好な関係を築いていただけに、大きな被害が予想されます。皆さんは、それに先んじて対象に接触して下さい」 山道とはいえ、問題の屋敷まではそれほど遠くない。すぐに辿り着けるだろうし、基本的に人目もない。できることなら、戦いの場はその屋敷が良いだろう。 「吸血鬼……ノスフェラトゥの娘は、激しく抵抗します」 その理由はとリベリスタが問う。 「黒猫は、彼女に『人々が吸血鬼である彼女を危険視し、今夜殺しに来る』と告げます。今の穏やかな生活を脅かされたくない彼女は、人々を殺めに行く、というわけです」 ディメンション・ホールは既に閉じている。一人と一匹の元居た世界がどんなところかは分からないが、いずれも送還は不可能。なれば、討伐することが求められる。 ノスフェラトゥの娘は見た目によらず機動力に長ける。鎖を扱い、ある程度の距離なら薙ぎ払うことができる。生存への意志が極端に強く、リベリスタ相手にも限界まで抵抗してくるだろう。吸血鬼であるからには、接近を許せば吸血される恐れもある。また、彼女の強い執着心が鬼火のようなエリューション・フォースと化し、麻痺や業炎を与える。黒猫の方も非常に俊敏で、呪いを宿した爪や牙でリベリスタ達に向かってくることが予想されている。 「ノスフェラトゥとは意思疎通が可能です。難しいかも知れませんが、抵抗の意志を和らげることができれば、エリューション・フォースの出現を防ぐことができます」 折しも外は雨。 どんよりした空気を破ったのは、自分達が行こう、というリベリスタの声だった。 どうして、殺されなきゃダメ? 何も悪いことはしてない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:綺麗 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月27日(木)22:18 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●灰色の空 (あの、運命の日も雨だったのを覚えています) 時を止めたその日のままに、忘れ得ぬ傷跡を抱いて、少女の姿で『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)は居る。 (だけれども、雨は優しく心の涙を隠してくれます) 時は朝方。ノスフェラトゥの住む街を訪れて、海依音はしとしとと絶え間なく降り続く空を見上げていた。 「あの口数が少ない彼女がずいぶんとこちらのお店を推していたので、気になりまして」 女性の守備範囲は揺り籠から墓場までと豪語する『変態紳士-紳士=』廿楽 恭弥(BNE004565)がミサの知り合いだといえば、パン屋の女主人は屈託の無い笑顔で迎えてくれた。 「無口だから誤解されやすい所が有って心配していましてね……この町ではどうですか」 「こないだ、ずいぶん浮かない顔をしていたけど……ところでお嬢ちゃん、ひとつ食べてみるかい」 「ほんとにっ!?」 並ぶパンはどれもおいしそうで、『ひーろー』風芽丘・六花(BNE000027)は目をきらきらと輝かせていた。こんにちはー!と元気な彼女は、街の人にも歓迎された。 (吸血鬼、か) アザーバイドとなれば、リベリスタである御津代 鉅(BNE001657)とは似て非なるものではあるが、なんとなく近しく感じていた。それが、加減や遠慮をする理由にはならなくとも。ICレコーダーのかすかな稼働音を確かめて、視線を戻す。 「俺も彼女に会うのは久し振りでな。息災にしているだろうか」 今日初めて出会った彼らの言葉よりも、人々の好意的な言葉を直接聞かせる方が、吸血鬼に付き従う黒猫の嘘も暴きやすい。 (しかし、要らん時に開くくせに、穏便に済ませる事も出来るかもしれない相手の時に開かんとは、ゲートも融通が利かんな) (平穏に過ごしたい……そんな願いすら叶えてあげる事が出来ない……世界は残酷に出来ておりますね) 今日の彼女は、いつものお嬢様に仕えるメイドの装いではない。『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)は女性の好きそうな品物を取り扱う店を訪れていた。 「彼女は無口でしょう? 街の方々と上手くやっているか心配なもので……」 いつかゆっくりお話してみたいものねー、と、雑貨屋の店主は語る。花と小物を手に、リコルは礼を告げて店を出た。 ささやかな暮らしが奪われる痛みを、彼は知っている。『ヴリルの魔導師』レオポルト・フォン・ミュンヒハウゼン(BNE004096)は、静かに控えていた。仲間達を手伝いこそすれ、じっと黙したままでいた。彼らは、彼女らは、リベリスタである以前に、一個の人として、運命に翻弄された存在——。 黒猫は、娘に殺せと言った。 (黒猫の言葉を聞いて行動した彼女) (彼女はその運命を選んだのか、それとも選ばされたのか) 義手の鳥頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)は、今は幻視の力で普通の女性と何ら変わらない。そんな自らを、彼女は“死神”と形容する。 「私達という死神を前に死という結末は不可避に見えるけど……果たして」 それは、救われる命か、或いは、奪われる命なのか。 (崩界を招くアザーバイドをそのままにしておく。……これは許されないことだ) 『アッシュトゥアッシュ』グレイ・アリア・ディアルト(BNE004441)は思う。殴って解決するならば殴って解決する性質である彼が、今回は仲間達のしたいことに任せていた。彼は、為すべきことを為さねばならない。 「さ、行きましょうか」 足元のぬかるみを踏まないようにと、海依音が翼の加護を施す。 「特に悪い事してない奴ぶっ飛ばすとかヒーロー的に駄目駄目なのだ」 どんよりとした空の下でまっすぐにちいさな背をぴんと伸ばして、その目はしっかりと前をとらえて、六花が言う。 「みらくるを信じろ! 気合なのだ、根性万能主義なのだー」 いたいけな少女の願いが叶わないかと、海依音は何処にいるのか解らないカミサマにでも祈る。 (でも、貴方が祈りを聞き届けることはないのでしょうね) 戯れに、理不尽に、神は世界を屠るけれど。人の起こすわずかな希望を望み、願いを祈った。 門前できちんと雨露を払い落とし、恭弥はそっと扉を叩く。 「突然の御無礼をお許しください。少しお話をよろしいでしょうか?」 ●灰の雨、上がりて テーブルはリコルの持参した花と小物で彩られ、雨の日の食卓に華やかさが咲いていた。 「ミサっち、ほら、すっごくいい匂いなのだ!」 身を乗り出さんばかりにする六花に、娘の表情が微かに緩む。 「いっただっきまーす!」 毒なんて入ってないのだ、と六花が行動で示す。 (そんな意図無いけどな!) 「お、食べるか? マタタビあるぞー」 少し雨に濡れてごわごわした黒猫は六花にマタタビをもらい、前足でつんつんと触れ、つつきまわしていた。 「良い所ですね……ここは」 恭弥が口火を切る。 「……世間話をしに来たのでは、ないのですよね」 娘がティーカップを置く音が、いやに響いた。 「ええ……話と言うのは、我々が貴方の命を奪いに来た事です」 がたん、と音を立てて、娘がただならぬ雰囲気で立ち上がる。 「ちょっと待ったー!」 ちっちゃな全身をいっぱいに広げて、六花がミサとリベリスタ達の間に立ちふさがる。ちゃんと話をする前にバトりたくないのだと、むぼうりょくうんどーだと、全身全霊で訴える。椅子を引いて座り直す娘の手が微かに震えたのを、レオポルトは気づいていた。遠巻きに様子を伺いながら、敵対者を目の当たりにする恐怖を、年若い彼女が理不尽にも感じた恐怖を、感じ取っていた。 「理由は二点。異界の者は、その者の意思に関わらず世界を滅びへ導くという事と、貴方が人々の殺害を決意した事です」 続く恭弥の言葉を、ミサは押し黙って聞いていた。 「街の人間が自分を殺しに来るから、か?」 グレイに問われ、娘は些かの動揺を隠せない。 「そうですね、貴方を襲う町の人なんていない……とはいえませんね」 海依音の言葉を耳に、娘の顔に躊躇の色が浮かぶ。 「ねえ、黒猫さん、貴方は予知能力があるのかしら」 こちらをじっと見つめる黒猫に、海依音は語りかける。 「だとしたら、その予知能力は悪い方に転がりましたね 貴方の判断は町の人ではなく、リベリスタという世界の綻びを正すモノを呼んだんです」 セカイの、綻び。娘にとって予期せぬ物であったろう、その壮大で重過ぎる言葉。 「ダウトー! ダウトなのだ、町の人は悪い事考えてねー」 六花が続ければ、娘の顔が曇る。 「でもフェイトねーお前等がこの世界に居ると、皆死んだり化け物になったり、くるくるぱーになるから、そうなるとお前等たおさにゃなんねー」 ややあって、娘が口を開く。一度黒猫に目を向けて、テーブルの上に視線を落とす。 「この子の言を疑うわけじゃない……でも」 みんな、とても優しかったし、とても良くしてくれた。けれど、雰囲気の違う彼女を受け入れない者もいたし、そんな人がいてもおかしくはない。 「元の世界に帰る方法があったら倒さなくて良いンジャねってアタイは思うんだけど、心当たりないかー?」 そう六花が問うも、歯切れが悪い。 「街の人は好きかー? この世界は好きかー?」 この世界が好きで。みんなのことも、好き……。 「麓の人は貴方を傷つけたりはしない」 幻視を解除したエーデルワイスが、目を見て問いかける。 「貴方の事をとても好いているわ……そんな環境を、世界を壊してしまったのは貴方自身。黒猫の虚言で行動した貴方の決断こそが、望んだ平穏を破壊する楔よ」 「貴方の為人は聞きました。それだけに、残念です」 恭弥が続けて静かに畳み掛ける。 「抵抗せずに死んでくださいと言うつもりは有りませんが、我々を退けたとしてもこの世界に居る限り、貴方に平穏は戻らない……それが事実です」 無力感と罪悪感を植え込み、抵抗の意思を削ごうという意図だった。細い手が鎖に触れて金属音を立てる。鉅が人々の言葉を録音してきたものをミサに手渡す。彼女の目に小さく涙が溢れた。 「街の方々が貴女様に向けている感情はとても温かいものばかりでした。彼らの気持ちだけは疑わないで下さいませ……」 ミサを案じる人達からの預かり物と言葉とを、リコルが真摯に訴える。結果が変わらないとしても、気持ちまで行き違ったままではないように……。 「このままここにい続ければ、町の人々にも良くない。悪いがボトムのために倒させてもらう」 本意でないだとかは、言っても仕方がない。必要なことのみに留めた方が、理屈としてまだ受け入れ易いだろう。 娘は突然立ち上がり、踵を返す。 「ミサ様……どちらへ」 彼女が逃げ出すことを案じていたリコルがミサの行く手を遮る。強硬突破を試みる娘を、頑として通さず、『双鉄扇』で華麗に受け止める。 「私は、逃げ続ける。生きられる限り、生きていきたい」 (「生きたい」……それは一つの生命としてなんと正しい叫びなのでしょうか) 不安の影に怯え、躊躇い、今も尚揺れる娘の姿を、レオポルドは見守っていた。娘の武器たる鎖に触れた手は、離れないまま。 (片や安寧の為に全力を以って殺し、片や生きるが為に全力を以ってそれに抗う、原始的な全力と全力のぶつかり合い、殺し合いこそが、互いの傲慢を押し付けあう我らの決着にふさわしいのではないでしょうか……?) 「死にたくないのはわかります、穏やかに日々を過ごして吸血もせずにただそこにいるだけ……そんな存在でも世界にヒビがはいります。本当にカミサマは 気分で運命を操る、ぞっとします」 海依音は心底そう感じていた。およそ吸血鬼らしからぬ彼女にさえ、運命は魔の手を下す。 「個人的にはお前さんに恨みはねェが……。まァ、仕方ないな。これもアークの仕事だ」 最早交渉は決裂したと、グレイが退魔武装『Kresnik』を握る。 「黒猫がお前さんを唆さなければ……。まあ、詮なきことか」 「あなたたちを倒して、私は逃げる」 「けれども、人はお前を殺そうなどとはきっと思っていなかったはずだ。……救いにはならないだろうけどもな」 彼らに背を向け、鎖を握るミサの手が止まる。街の人達の気持ちは、しっかりと彼女に伝わっていた。だからこそ、揺らぐ。何よりも生きたいと願ったけれど、今は。大切なものが、気がかりなことが、できたから。 娘が仕掛けるより早く、鉅が無銘の長刀『無明』を携え懐へ踏み込む。 「同じ吸血鬼だ、せめてその間合いで戦うさ」 咄嗟に受け止め切れずに、まともに受け止めたミサに苦悶の表情が浮かぶ。黒き刀に付与された神秘は、着実にミサの心身を抉っていく。 「ミサは強いよ。君達を退けて逃げられる」 黒猫の言葉は、誰に向けたものか。 「この世界はとっても矮小なの、今の貴方を許容できないくらいに」 言葉はミサに、狙いは黒猫に。世界法則さえも捻じ曲げる自身のルールを抱いて、エーデルワイスの鎖がしなる。 「口は災いの元って知ってる? 貴方に声は勿体無いわ、括りなさい」 愚かな黒猫に、断罪を! (黒猫は誑かしたのじゃないんでしょう) 愛しい天使の呪いは、手に馴染む。『白翼天使』の杖を持つ海依音が放つ裁きの光は、目映く輝いて辺りを焼き尽くしていく。 (動物は危機には敏感です、だから優しい彼女を守りたかったのでしょう。それが、ただワタシたちだっただけです) 「可憐なる不死者よ。願わくば、我らを赦してくれるな。生きることを諦めてくれるな。我らの為に大人しく死ねなど、傲慢な暴言以外の何物でもないのですから」 レオポルトの『ヴィリルシュタープ』が、いくつもの魔陣を描く。仲間の尽力を尊重し、決して口にしなかったが、思わずその思いが溢れ出る。 「我が血を触媒と以って成さん……我紡ぎしは秘匿の粋、黒き血流に因る葬送曲!」 溺れるほどの血液が黒鎖となり、娘の鎖とぶつかる。全身に伝わる衝撃は、生への衝動。生を賭して戦う娘に、レオポルドも全身を持って応える。情動と魔曲の激流に呑まれた黒猫に、遂にレオポルドの激情が迸る。 「何故唆した! 彼女が貴様の嘘によって無辜の人々を殺すことを決意してしまったせいで、万華鏡が反応してしまった! 観測された以上、我々は彼女を殺さねばならない! 全ては貴様の嘘が招いた結果だ! 貴様はこれを望んだと云うのか!」 「ミサなら倒せるさ。君達も……ね」 平穏な生活を望むよりも、戦いの中に身を置かせることを望んだ、と。黒猫の答えに燃え上がるように、激流は黒く渦巻いた。『超ドラゴンな紋章』が英霊の光を放つ。ぐいと踏み込んだ六花は、ミサの傍近くで黒猫の爪を受け止める。幼子はただ、望まなかった戦いに必死で、夢中で――。その意志の中にも、奇跡を信じる力は宿り続けていた。果敢に最前線に立ち、仲間達の状態を良好に保ち続けるのはリコル。敏捷に立ち回る黒猫の行き先に、白木の杭が突き刺さる。 「……お前が唆さなければ今日こんなことにはならなかったかもしれねェな。 けれども、そうなってしまったんだ。……テメェも、まァ、報いを受けるんだな。唆してそのままで済む、とも思ってなかったろう?」 唆したという言葉に、報いという言葉に、黒猫は首を傾げる。まるで悪びれる風もないそれは、悪意というより、最早発想の大きな隔たりに思えた。 入念に集中を研ぎ澄ました恭弥の暗黒の瘴気が、二人と一匹を覆う。尚もその中からきっと現れるミサに、グレイは言った。 「……けれども、オレはやらねばならない。確かに悪いことはしていない。 それでも、……世界がお前の存在を許さない」 悪いな、とは言わない。恨んでくれても構わない。 (来世では……心穏やかに過ごせると良いな) 祈りが自己満足だと知りつつ、祈る。娘を撃ち貫く痛みは、自分の体も確かに感じている。彼女と同じく、自らも痛みを負うべきなのかも知れないと、少しだけ思ったから。 「コスモス様、伺ってもよろしゅうございますか?」 その力を振るう前に、リコルが問う。 「貴方様は結果的に嘘はついておられません。ですが、貴方様がミサ様を唆さなければミサ様はまだ平穏を享受していた筈。なのに何故?」 「ミサには人を従えるだけの力がある。いずれこの世を追われるのならば、それを燻らせたままでいるなんて、勿体ないだろう?」 「せめて、お友達の黒猫と一緒にいけるように」 清廉なる聖騎士の意志と膂力が、一点に集中する。リコルの終焉の一撃が、輝いて爆ぜた。そこに海依音の裁きの光が降り注ぐ様は、まるで雨のようで。 「ねえ、貴方」 未だ膝を折らぬミサと対峙し、エーデルワイスは笑みを浮かべる。いざ、本命の吸血鬼よ。 「貴方も鎖を使うそうね? 私の放つ憎悪の鎖とどちらが優れているのかしらね」 絶対的有罪を下し、心身を喰らうエーデルワイスの鎖。重々しい空気よりずっと重い鎖の音が地を打ち風を切って、ぶつかり合う。 「鎖と鎖が撃ち鳴らす音、うふふふふふふふふ」 我が鎖がミサを打ち据えるごとに、ミサの鎖が手許をかすめる度に、不思議な高揚感がエーデルワイスを押し上げていく。 「なんだか楽しくなってきました、一手御教授いただこうかしら?」 二人の鎖使いは、まるで踊るように。いつの間にか夜を迎えた屋敷から見える黒い空、月明かりにシルエットが揺れる。 「貴方はどう? 最後の時、私と鎖で踊り明かしましょう♪」 邪魔する黒猫の首は、飛ばしてしまえ。縛り首だ! 月が高くのぼる。月が傾く。天秤が傾くように、舞台は閉じようとしていた。 「……灰は灰に、塵は塵に、貴方達を屠るにはこれ以上ないでしょう」 一説では、吸血鬼は灰になるのだと聞く。海依音は相見えた者達を送るに一番ふさわしい方法を選んだ。 「待って……待つのだ!」 遂に地へ墜ちたミサを、六花が咄嗟に庇った。彼女の必死さが、行動に駆り立てたのか。あたたかい血を流し、肩で息をし、もう散りゆく命だということは、六花の目にも明らかだった。 「……ああ、なんと無慈悲な運命よ。……或いは、無慈悲であることこそが運命なのでしょうか」 レオポルトは初めて沈痛な面持ちを露にした。こみ上げてくる堪らない想いが滲み出たような表情で、散りゆく命を静かに看取り、黙祷する。その灯火が消える前に、恭弥は自らミサの血に触れ、そして軽くその身体を抱き起こす。自分の首元にミサの口を近づけると、静かに囁いた。 「血を、吸って下さい」 力無い娘を抱きかかえるようにして、首にぷつんと小さな手応えを受ける。 「……これで、貴方は一人ではありません。貴方には、私の命が流れています。 ……そして私にも、貴方の命が流れます……貴方の存在したという事実は消えません」 ミサの身体が、屋敷のベッドに寝かせられる。 「雨の音が、聞こえますか? この世界から貴方へ贈る子守唄です。おやすみなさい……良い夢を」 海依音が灰に還し、静かに眠るはずだったミサの身体に、目映い光が灯る。ふわりと舞った灰は、とても美しかった。 戦いを終えた後、ばたりと倒れてしまった六花は戦いの様子を何も覚えていなかった。しかし、介抱されて目覚めた六花は、不思議な気配を感じた。 「ミサっち……?」 後に、屋敷を訪れ、遺品の鎖を手にしたエーデルワイスから、ある知らせが届いた。あの屋敷に、生命の気配があったというのだ。それは黒猫でも鬼火でもなく、人の気配だったと。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|