●大好きだから箱に詰めたい ――ギシッギチッミチッ―― 耳障りな音がする。押し込んでも押し込んでも閉まりきらず、ため息と共に蓋を取り外した。ごめんねもう少し我慢してねと声をかけ。 ――ピキッベキッゴキッ―― 腕をありえない方向に曲げ、折りたたむように隙間に押し込んでいく。ああこれなら入りそうだ。満足げに蓋を載せて錠をかけていく。 ――グジッビチッカチッ―― 溢れた血肉を押し戻し、最後の錠の音を聞いて。男は優しく微笑んだ。よく頑張ったねと愛しい箱にキスをして。 男が愛しげに抱き抱える箱は40立方センチメートルに満たないサイズ。透明のためその中身がよく見えた。赤く血に染まった髪の下で見え隠れする肉の抉れた肘の骨も、顔の横から突き出た両膝も、無理やり押し込んだために飛び出た眼球も、全部が愛しい――美しい僕の箱。 「君のことが大好きだから。だから箱の中に大切にしまうんだ。これからずっと飾ってあげるからね……えっと」 ……しばらく考える。けど駄目だ。中身の名前が出てこない。まぁ仕方ないよね。だって出会った時から箱に入れることしか考えてなかったのだから、名前くらい覚えて無くても些細なことだ。 「大丈夫。僕は間違いなく君のことが大好きなんだ。だって、一目見たときから箱に入れたくて仕方なかったのだもの」 この愛は本物だ。大好きだから大切にしたい。大切だから――箱に詰めたい。詰めたくてしょうがない。嗚呼、箱に入った君はなんて素敵で美しいんだ。 君の部屋に案内するねと大切な箱を抱えて歩き出す。テーブルの上に残った中身の残骸を無造作に払い除けて。男はそのまま薄暗い部屋を出て、隠された地下への階段を降りていく。 その先に部屋がある。彼の大好きな、大切にしたいと思った、『彼女たち』の箱がある。 ――彼の『大切な』箱がある。 ●箱に詰めたいほど大好き 「初めはどうだったンでショーね。彼の言うとおり、大好きだった彼女を大切にするために箱に詰めたのか。それとも大好きな箱に女性を詰めたかったのか」 少し考える素振りを見せて、どちらでもイーネと『廃テンション↑↑Girl』ロイヤー・東谷山(nBNE000227)は肩を竦めた。 「現状の彼は女性を無理やり箱に詰めて殺し、自宅の地下に飾って楽しむフィクサード。討伐対象デースよ」 彼に関してはこれ以上言うことはないと目を閉じて。ロイヤーはこれから起こる未来を語っていく。 「皆さんがこのフィクサードの自宅に到着した時、連れ込まれた彼女はまだ殺される直前デース」 付き合ったばかりの恋人の自宅に招かれて、その日の内に殺される彼女。救うにはギリギリだから急いでねとウィンク一つ。 男は一軒家に一人暮らし。近所の目は無く、数部屋ある自宅のどこか、この薄暗い部屋で犯行に及ぶ。暗視の他、影潜みの力を持って近づく者を警戒しているだろう。 「彼の戦闘技術は、まぁそれなり程度。駆け出しなら苦労はしようも、並みの実力があれば問題ないでショーね」 スキルを使い、あるいは女性を人質にし、脱出しようとするフィクサードを逃がしてはならない。 「人質の安否は問題だが、敵が一人ならなんとかなるか」 「そうでもありまセーンよ」 リベリスタの言葉を否定して、ロイヤーは4体と口にした。 「これ、自宅のどこかにある地下室の奥で眠る箱の数デース」 意味はわかりますよネと呟いた。 「エリューション・アンデットか」 「イエス。フェーズは2になりかけの1。その実力は一体一体がフィクサード以上の強敵デース。戦闘に特化しているので同じ人数では危ないかもしれまセン。そして厄介なのかそうでもないのか……」 一呼吸入れて特徴を告げる。 「彼女達、皆さんよりむしろフィクサードと人質の女性を狙うようデース」 殺された無念か、自分には助けが来なかったのにという怒りか。同じ部屋に入れてしまえばどうなるかわかったものではない。 「皆さんが介入しなかった場合、フィクサードは地下で彼女達に嬲り殺されるようデースね。まぁその場合女性は普通に殺されてしまっているので困るのデースが」 救える命を救い、救えない命に眠りを。そして外道に正当な報いを。期待してますよヒーローとウィンクと共に送り出して。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月28日(金)23:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●大好きだから―― ――不愉快だ。とても。 愛してる。大切だ。そこに偽りはないのだろう。 だけど。だけどひとつ、たったひとつ、嘘がある。 それがどうしようもなく――不愉快だ。 町外れの一軒家。広さは外から見える分には10部屋程度といったところか。 外から見て取れる部分に怪しさはない。この奥で、幾人もの女性が偏愛の犠牲になったなどと誰が思おうか。 十分に観察し、予測を組み立てる。『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は考えているのだ。『フィクサードならば獲物をどこに連れ込み、どこで犯行に及ぶのか』を。 勿論鉅とフィクサードの思考に共通する部分などない。自分ならば、ではない。冷静に、物事を具象として捉えれるのが鉅という人物だ。自身の趣味嗜好として犯行部屋やコレクションルームを作るようなフィクサードならば、屋敷の外見だけで思考を想像するのは難しくない。 ――出来ることは出来る限りするべきだしな。 軽く息を吐き、当たりをつけた場所を、そこにいるであろうフィクサードの人物像を思う。 『大好きだから大切にしたい。大切だから箱に詰めたい』 ……ため息しか出ない。 「大切にする方法が随分直接的、そして過激だな」 愛情表現は人それぞれと言えよう。だが、人の枠を外れた愛情表現を勝手にしてくれなどと言えるものか。 「大切にしたいなどと体の良い事を言っておりますが、結局の所は単なる殺人が為の殺人」 それがシリアルキラーというものでございますよと『ヴリルの魔導師』レオポルト・フォン・ミュンヒハウゼン(BNE004096)が頷いた。 レオポルトに正義を名乗るつもりはない。けれど秩序の枠組みを逸脱する外道は排除されなければならないのだ。 それぞれの準備が整った。明かりを手にレオポルトは仲間に小さく頷いた。 「いざ、参りましょうぞ」 扉を蹴破って一斉に動く。どのみち特殊な能力でもない限り気付かれずに進入することは不可能だろう。フィクサードに逃げる時間を与えない、それには迅速あるのみだ。 暗視ゴーグルを着用して仲間に続く『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は、薄暗い屋敷の中で確かなモノを感じていた。 人の感情を読み取る綺沙羅。新しい箱を、大切な愛を目の前にした箱男の、その高ぶりこそが最も強く輝いて。綺沙羅は嫌悪を隠さなかった。 「愛してるのは箱で中身じゃないじゃん」 吐き捨てる。思うことはひとつだけだ。 ――そんなに箱が好きなら自分が詰まってればいいのに。 嗚呼――不愉快。 突入したリベリスタの一団、その中から3人が抜け出した。 先頭を走るは見通す眼を持つ者。『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は自分達に課した役割の先を見据え。 ――大切なものだから鍵を掛けた箱に詰める。たとえそれが人であろうとも……か。 実にフィクサードらしい。愚かで、浅はかで…… 「元より歪んだ思考回路を理解しようとも思わんがね」 鼻を鳴らして吐き捨てる。 「天城、どこまで見えた?」 背後の声は『童貞ネバーギブアップ!』御厨・夏栖斗(BNE000004)のもの。探索に得手のある仲間を信じ、暗闇を物ともしない眼はいち早く危険に立ち向かう為と位置付けし。 「全部、だ」 櫻霞は装着した暗視ゴーグルを示す。ぽっかり空いた地下の空洞、その奥に安置された4つの箱。隠されている以上入り口は探す必要があるが、当たりがついていれば楽なものだろう。 場所を共有するためAFで仲間と連絡を取り始めれば、代わりに前に出たのは『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)。自分たちの役割が仲間がフィクサードを討つまでの時間を稼ぐことならば、己の役目はエリューションの攻撃を一身に引き受けることだから。 全力で走るアラストールのその表情は変わらない。変わらないけれど。 「好きと大切、普通に取れば善い言葉ですが。これ程都合良く碌でもなく介錯出来るとはいっそ感心します」 自分の快楽の為だけの好意。訳も判らず圧殺された、彼女たちの意思はどこ? 愛も情もなくただ殺され宙に浮いた無念。……アンデッドにもなろうというもの。彼女たちは討つしかない。それは揺るがないこと。だからアラストールは表情を変えない。 変わらないけれど、鞘を握る手に力がこもる。死してなお彷徨う魂を救う、その決意に。 ――大好きだからコレクションしたい? 「巫山戯るな」 言葉を口にした。言葉は意思だ。意思を表すことも出来ず奪われた命を思って口にした。 恋人はおもちゃでもアクセサリーでもない。なぜそんな当たり前のことをわからないやつがいるんだ? 走る夏栖斗の耳に櫻霞の声が届く。「その先だ」とたった一言。それで十分。 この先にいる。戦わなくてはいけない存在が。覚悟を決めなくてはならない存在が。それでも。 「名前も忘れるくらいの愛のないコレクターに捕まった女の子が可哀想だ」 想う心を、捨てたくはない。 ●大切だから―― なんてことだろう。これからが一番大事なところなのに。大好きな大好きな大好きな――嗚呼、早く箱に詰めたいのに。 箱男は歯噛みする。目の前の餌を前に、けれどそれどころではない事態に。 リベリスタに嗅ぎつけられる事態は勿論考えていなかったわけではない。むしろ常に想定してきた。狩場であるからこそ、侵入者に備えて部屋数と扉を増やして逃げやすくした。 ……侵入者は固まって行動しているようだ。裏口から一目散に走ればあるいは……いやダメだ。それでは大切な『彼女たち』を置いていくことになる。 「……ここを動いちゃいけないよ。いいね?」 音のする方を見ながら女に念を押す。もっとも、手足を縛られた彼女が動くことは不可能だろうが。女の怯えた眼も、くぐもった懇願にも、何も心は動かない。最早これを箱に入れるのは不可能だろう……そう思えば、これにはもう何の価値もなくなってしまった。 ――だったらせいぜい役に立ってもらうしかない。 「以前、好きだから食べるという奴を相手した事があるのよ」 「……へぇ。それで?」 室内の物音をその耳で、全身でかき集める。フィクサードの居場所を探りながら『薄明』東雲 未明(BNE000340) が口にした言葉に『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891) は曖昧に返事をした。 「あの時はね。少しだけ……少しだけよ? 共感できたの」 そこに感じられたのは本当に愛だった。自分勝手なエゴでも、一方通行でも、確かなものがあった。 ――でも何故かしら、今回はそういうのが全然ないわ。 懐中電灯で先を照らしながら呟いた言葉に、ヘキサが鼻を鳴らして答える。 「知らねぇよ。オレにわかるのは歪んだクソみてェな野郎だってことだけだ」 走りながら明かりを灯す。影を味方とするフィクサードへの対策ならばその影を消していけばいい。周囲の異常に気を配りながら先へ…… 未明がリベリスタたちを手で制した。未明の耳が、人の呼吸を感じ取り。 一度頷いて――扉を蹴破る! 部屋に入った未明の目に入ったのは縛られた女。そして箱――それだけだ。 視界の情報を脳で把握する。それはほんのわずかな間だろうが……脚が止まる。 瞬間走った斬閃は空間を斬っただけ。危険を察知するのはウサギの特性だ。未明を突き飛ばしたヘキサがそのまま明かりを投げ込んだ。 掻き消えた影に舌打ちしてフィクサードが現れる。手にしたナイフの向きを人質の女へと変えて、「動くなよ」と歪んだ笑み。 ――やっぱりね。 冷めた感情を自覚して。未明は机の上のそれを指差した。 「その箱、棺桶と一体何が違うのかしら?」 あたしはこの男には共感できない。 愛してる。大切だ。偽りのない言葉の向けた先。男の愛情の主体は箱の方にあるからだ。 箱に詰まった女を愛す……でもそれはすでに、人ではないのだ。 女を見る箱男の目が物語っている。ああ、嗚呼、なんて哀しい野郎。 「心まで箱詰めしちまってンだろォな」 突然の言葉に眉根を寄せた箱男に構わずヘキサは続ける。 一方的な気持ちを押し付けて。相手の気持ちは考えない、あることすら、気付かず――っ! 「――クソ野郎!」 今はいい。余計なことは考えない。今はただ。このムカつく野郎を蹴ッ飛ばしてやりたいだけだ! 「これ、かな」 床を軽く叩いて。反響した音に仲間と顔を見合わせれば、夏栖斗の表情は確信へと変わる。 箱を地下へと運ぶなら『中身』の残骸の処理はしやすいほうがいい。それが地下室がキッチンにある理由かどうかの確証はないが……考える必要のない話だ。 中を覗いてみれば、横には3人が並ぶのは難しい程度の通路。ただし地下へと続く道だけあって縦には余裕がある。射線は通るようだ。 「ここで警戒して待つのがよいでしょう」 地下に進む必要はない。使命が護ること、時間を稼ぐことであるならば、アラストールにとって戦いやすいこの場にとどまる方がよい。 勿論、いらぬ接触をしてエリューションを活発にさせたくないという想いもあったのだが。 「残念ながら、ゆっくりは出来ないようだな」 櫻霞の嘆息は大型の二丁拳銃を抜き放つ音に呑まれて。その見通す目がすでに捉えているのだろう。通路を駆け上がる異形の存在を。 「騎士子ちゃん行こうか」 夏栖斗に頷き、アラストールは暗視ゴーグルを装着して通路を封鎖せんと横に並ぶ。地下から響く音は4体とは思えぬほど無数。異常な速度で駆け上るそれが渦を巻くように音を反響させて。 先に何かが見えた。瞬間、2人の頭上を火線が走る。描いた線が螺旋を作れば、通路に広がった炎の壁。 「死体は火葬に限る、何より楽でいい」 櫻霞の声が炎に降り注げば、突き破り飛び出した肉の塊。手ともつかず、足ともつかず、物質の法則を無視して走る四角の異形に。 「どんな姿でも女性は女性、もう少し淑やかに」 右手に意思を、左手に祈りを。聖言を唱えるアラストールの身体に何かが重なる。纏った決意は、その眼差しは、アラストール自身とよく似ていた。 影を封じればフィクサードに逃げ道はない。けれど、人質を取る相手に迂闊な攻撃は出来ず――力づくで動くのは一か八か。護らねばならない戦いでそれは余りにも分の悪い賭けだった。 「この建物は完全に包囲しました。無駄な抵抗はやめて投降しなさい!」 レオポルトが語った所謂お決まり文句。それはわかりやすく公権の意味を成すと共に、もうひとつ大切な役割を担う。 フィクサードを囲むリベリスタの数は多い。全てを視界には入れきれぬほどに。だから。 わずかでも気を引けば、放たれた閃光弾がそれに答えた。悲鳴を飲み込む閃光。薄暗い部屋に住む影を友とする箱男は焼きつく光に絶叫を上げ――綺沙羅が放ったそれに一斉に続く。このチャンスを見逃すリベリスタなど誰一人いはしないのだ。 視界を失った箱男がそれでも最後の命綱を引く。女に悲鳴のひとつでも上げさせればあるいは――振りかざしたナイフが肉を切り血を浴びて。 ――もっとも、未明にとってその程度は痛みにも入らない範疇であるが。一般人を庇い、突き出した腕がナイフを振り落とした。 箱男が何かを叫ぼうとした。だが言葉は意味を成さない。潰れた気管はかろうじて空気を吐き出すだけ。 影を纏い影を練り上げ。瞬きのうちに箱男の背に回った鉅の気糸がその首を縛り上げる。 くい込み、抉り、完全にその行動を完封し。考えることも、逃げることも許されない。 「お前は正直前座だ、さっさと沈め」 人の枠を外れた末路、冷たく深く響かせて。 床を強く蹴った。踏み抜き砕けたそれがその脚力と瞬発力を現し。全身をバネに、跳ねて爆ぜたその躍動こそ彼の武器。 首を絞められて硬直する身体、そのがら空きのボディに。 ――愛とか大切とか、うるせェよ―― 「テメェはタダの、クソッタレな殺人鬼でしかねェ!」 純白の脚甲が炎に染まる。ウサギの如く高く跳ねたヘキサの、その豪快な蹴撃! 鈍い音を立て、その全身をだらしなく弛緩させ。 ついで2撃目を決めようとしたヘキサが訝しげに眉を寄せた。それを手で制し、綺沙羅がその呼吸を読み取って。 「……完全に意識を失ってるね」 「……なんだそりゃ」 唖然とするヘキサに、「前座も前座か」と鉅が苦笑した。 ●大好きだけど―― 部屋を飛び出す未明とヘキサ。身を張ってエリューションを抑える仲間の元へわき目も振らず駆け抜けて。 2人を頼もしげに眺めていたレオポルトは女の悲鳴に意識を戻した。神秘に直面し、命の危機から開放された一般人に冷静でいろというのが無理な話か。 バチンと音をたてて、倒れる女を鉅が支えた。使用したスタンガンを無造作に放り。 「わたくしめの愛車に運びましょう」 レオポルトに頷いて。危険がないという確証がない以上、一般人の保護は最優先だ。 「そいつは任せていいな」 鉅の言葉を背に、綺沙羅は指先で軽快な音を立て。 データの演算完了。産み出された影人は2人。 気絶した箱男の手足を拘束させて――冷たく見下して背を向けた。 手が迫る。いや足か。ありえない場所からありえない向きでありえないものが迫り来る! 2本、3本、同時に掴まれ引き込まれ――通路を防ぐアラストールの身体がまるで箱女の一部のように。 叫び放った夏栖斗の蹴撃がアラストールから箱女を引き離す。その身体にも同じように手足が取り巻いて。 「これは、骨が折れますね」 捻じ曲がった箱女の腕を見て言ったのかはともかく、恨みつらみを吐き散らし迫る箱女は強力で。 引き倒された夏栖斗を庇い傷つくアラストールの口調こそ落ち着いてはいたが、誰の目にも劣勢は明らかだった。 「もう少しだ! 未明たちが来てくれる!」 寸前に入った通信を仲間に伝え、ぼろぼろの身体を奮い起こして夏栖斗が咆えた。 3人で倒すのは不可能だ。だが防ぐのは無理じゃない。無理にはさせない。通路に並ぶ箱女を一蹴にて蹴り穿ち、再び激戦に身を躍らせ。 ――大切だから閉じ込めて。誰の目にも触れさせない。 所詮エゴ。愚かな独りよがり。全く――何を求めてこんな凶行を繰り返したのやら。 「無事ですか天城殿」 アラストールの声が眼前に感じられて。意識が遠のいていたことを頭を振って自覚する。 ――少し傷を負いすぎたか―― 「問題ない」 撒き散らされた腐臭腐敗の何かに身体は激しく傷ついて。遠のいた意識を運命で引き寄せた櫻霞が、戦場に響かせる銃撃で答えた。 味方が少なければ敵の攻撃は集中する。降り注ぐ何かが音を立て腐臭と苦痛を撒き散らし、それでも。 ――今更問うた所で死者は何も語らない、か。 二丁を構え、飛翔する炎が苦痛を浄化して。 「エリューションは殲滅する、一匹残らず確実にな」 「喰い千切れッ! 兎の、牙ァァアッ!」 上空より飛び込んで、ヘキサの襲撃が箱女を弾き飛ばす。 壁に足場を取り、苦しみの声を心に残して。 助けてはやれないから、せめて。 「解放してやるよ、その、汚ェ箱からなァ…ッ!」 増援に沸く仲間に笑いかけて、ヘキサと逆側の壁に立ち。 「さて、始末をつけましょうか」 未明の大剣が空間を自在に泳ぎ斬閃を描く。姿を見失った箱女が近くの同類を襲ったのを確認して次へ。 流れは完全にリベリスタに移った。この機を櫻霞は、アラストールは逃さない。 「これ以上手間を増やしてくれるな、さっさと落ちろ」 「我が剣にて天の扉に至らん事を」 針穴穿つ銃弾が、大いなる意思の光剣が、前衛の箱女を浄化せしめた。 飛び出した残りの箱女を呪力の雨が押さえつけ。 綺沙羅の支援を受けて走る。固めた拳に氷を纏い。 「復讐、したいよな。でもそんなことをしても君達は元には戻れないんだ」 叩き付けた場所から箱女が凍りつく。その様を、夏栖斗はしっかりと焼き付けて。 「もっと早く見つけてあげれたら助かったかもしれない」 ――ごめんな。 振り抜いた蹴りが身を砕き。 「我が魔力、万物万象の根幹へと至れ……」 駆けつけた新手が、詠唱を一つ進めるたびにその魔力は膨張し。 金切り声をあげ迫る箱女の、その身体が赤の月に呑みこまれ。 「眠りの時間だ」 無銘の長刀を振り切って、鉅が終わったのだと道を空ける。 その先で、高め振るう魔力の渦はレオポルトの紡ぐ黒の旋律。 「我が血を触媒と以って成さん……我紡ぎしは秘匿の粋、黒き血流に因る葬送曲!」 詠唱の終わりこそ、哀れな死者の浄化の証。 目が覚める。 静かだ。俺は助かったのか。 笑みが漏れる。まだまだ愛する女を……箱を作っていけるのだ。 箱男は身を起こし――ぎょっとする。 少女が頬杖をついてこちらを見ている。逃げようとして気付いたのは、自身の体を固定する影の存在。 「箱。好きなんでしょ」 何を言っているのかわからなかった。示された場所に箱がある。いつもの、俺の。 「見本は見てきた」 にこりともしない。ただ淡々と。影人たちが俺の身体を引きずって。 箱へと。 ――不愉快だ。 愛してる。大切だ。 そう思い込んでいるだけ。綺麗に飾りつけた汚い言葉。 愛しているのは―― 「い、嫌だ! 俺は、死にたくない! 箱になんか入りたくない!」 「ほら、やっぱり嘘つきだった」 キサはね――嘘つきな大人は大嫌い。 少女が背を向ける。最早――初めから興味もないけれど。影人は淡々と指示をこなす。悲鳴はもう聞こえない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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