● 「僕の提示した条件に何の不満がありました? 菱沼与一郎さん」 ほら、やはり気乗りのしない展開になって来た。 三尋木に属するフィクサード『蛇遣座』沙救・仁は内心溜息を吐きながら交渉を続ける。 此処で首を縦に振らせれば、無用な悲劇は起こさずに、穏健派らしく終える事が出来るのだ。 「提示金額は相場を大きく上回ってますよね。無論僕達にはあそこを必要とする事情があっての提示金額ですが、別に付近で開発計画があるから値上がりするとかって理由じゃないので他からこれ以上の良い話って来ませんよ? 誓っても良いです」 嘘は交えず、言えぬ事は言わず、仁は唯食い下がる。 まあ相手の、三尋木が求める山の持ち主、地主の菱沼の反応を見る限り交渉成立は非常に難しそうだけど。 「金額の問題じゃねぇ。あすこは先祖伝来の土地だ。どんなに困窮してもあの山だけは手放すなってのが爺様の遺言でな」 頑なに首を横に振る菱沼に、仁の内心の溜息が大きくなる。 想像通りの反応だけれど、気乗りがしない。嗚呼、嫌だ嫌だ。 「そんな場所を幾ら積まれたって、お前さん等みてぇな得体の知れん連中には譲れんて」 人当たりの良い容姿の仁は兎も角、彼の連れる護衛を見れば一癖も二癖もある……、簡単に言えばマフィアである事は直ぐに判るだろう。 だがそんな得体の知れないマフィアに囲まれても、頑として首を横に触れる菱沼に、仁はある意味で敬意すら感じる。 けれどそれでは駄目なのだ。菱沼は確かに勇敢だけれど、其の選択は確実に不幸しか残らぬ道だ。 「ねえ、菱沼さん。僕等は確かに得体の知れない連中ですけどね。……だからこそそんな相手に頑なに出ると不幸になりますよ」 仁は取り出したタブレットを操作し、映像を表示して菱沼へと渡す。囚われの姿となった菱沼の娘、田舎暮らしに嫌気が差し、或いは菱沼に反発して都会の学校へと進学した菱沼伽凛の今現在の姿を。 こんな暴力的な手段はあまり好きじゃないが、此処からは時間の勝負だ。 菱沼の娘を確保して居るのは『Crimson magician』クリム・メイディルと『群れないサーカス団』。 仁の属する聖杯の連中も利益の為なら非道に手を染めるを厭わぬ者が多いので余り偉そうな事は言えないが、それでも奴等はハッキリと危険である。 彼等も穏健派の名を冠する以上、人質を殺しこそしないだろうが、逆に言えば殺す以外は何でもしかねないとの印象を仁は持っていた。 怒りに満ちた菱沼の視線に、仁は今度こそ隠さず溜息を吐く。 「僕はね、穏健に行きたいんですよ。穏健に」 書類に判子を1つ貰えれば電話一本で制止は行なえる筈。唯それだけで全てが片付くのだ。あの山を常人が所持する意味は無い。 さあ願わくば、余計な悲劇の起きる前に。 ● 「さて諸君、仕事の時間だ」 集まったリベリスタ達を前に、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が資料から顔を上げる。 僅かに顰められた其の顔は、何時も通りに不機嫌そうだ。 では、さて。 「ある場所に自然深い山があるのだが、……ふむ、この言い方では上手く伝わらんな。まあ、種でも蒔けば通常に倍する速度で成長してしまうような異常に生命力溢れる土地だと思ってくれ」 如何に土の質が良くとも、水が豊富であろうとも、流石にそれは通常では在り得ぬ成長速度だ。 つまりは、要するに其の山には何らかの神秘が絡んでいるのだろう。 「古い文献を漁れば、その山は何らかのアザーバイドを封印した重しであるらしい。封印した対象の力を吸い取り山の生命力に変える事で相手を弱らせ封じる類のシステムだ」 リベリスタ達の前に並べられたは山の資料ともう一枚。 件の山が基本的に無害である事、立ち入った人間の革醒現象を促したりし無い事や、山の幸を口にしても問題無い事、E・能力者であればその山の生命力の恩恵(とは言っても僅かな物だが)に預かれるかも知れない事、他には温泉が掘れるかも知れない事等が記載されている。 だが問題は、そう、もう一枚の資料の方だ。 「ああ、その土地をフィクサードが狙っている。相手は主流七派が1つ<三尋木>の連中だ」 リベリスタ達の視線を受けた逆貫が頷く。 この国に巣食う七柱の悪の1つ、『穏健派』三尋木。 穏健派と言えば聞こえは良いが、寧ろ其れこそが彼等の狙いだ。他派に比して穏健であらんとするが故に、其の闇は見通しにくい。 隠れ潜む知恵ある獣、それが三尋木だ。 「奴等が何を目的としてその土地を狙うかは判らん。秘密裏に麻薬の栽培場にするなりなんなり、まあ使い道は幾らでもある場所だろうからな」 逆貫の言葉は僅かな嘆息と共に。 資料 フィクサードA:『蛇遣座』沙救・仁 三尋木に属する20代中盤~後半の人当たりの良さそうな男性フィクサード。嘗ては腕の良い、エースと呼ばれた外科医だった。 ジョブはホーリーメイガス。基本的に穏健派。 一般スキルとして魔術知識とマイナスイオンを所持。所持EXは『医は仁ならざるの術』、所持アーティファクトは『蛇遣座の聖杯』。 所持EX:『医は仁ならざるの術』 高速投擲された無数のメスが的確に急所を貫く、人体を良く知るからこそ成せる技。 物遠複。低威力、高命中、致命、必殺、出血、流血、失血。 所持アーティファクト:『蛇遣座の聖杯』 救うアーティファクト。けれど救いが過ぎれば破滅する。 このアーティファクトの周辺(半径100m)に居る敵味方はターンの頭にHPを失い、ターンの最後に失ったHPに倍する回復を得る。 蛇遣座の聖杯の発動してから最初のターンに失うHPは500、回復は1000。以降ターンが経過する毎に失うHPが100、回復が200増加する。 フィクサードB:『傘屋』 三尋木に属する30代前半の男性フィクサード。 ダークスーツ姿で和傘を持つ隻眼のデュランダル。彼の持つ和傘は閉じていれば打撃に適し、開けば盾代わりとなる特殊な武器。 超再生、起死回生。 フィクサードC:『扇屋』 三尋木に属する20代後半の整った容姿の男性フィクサード。 ダークスーツ姿で2枚の鉄扇を持つクロスイージス。 精神無効、麻痺無効。 フィクサードD:『琴屋』 三尋木に属する20代後半のクールな女性フィクサード。 ダークスーツ姿で大きな琴を持つマグメイガス。 高速詠唱、魔術知識。 フィクサードE:『飴屋』 三尋木に属する10代中盤~後半の妖艶な女性フィクサード。 黒いドレス姿で、何時もアーティファクトの飴玉を舐めているインヤンマスター。 戦闘指揮2lv、ESP。 「諸君等の任務はその山の地主と交渉中の連中を撃退、交渉阻止する事だ。都会に飛び出ていた地主の娘が誘拐されて交渉の道具になっているようだが、そちらは別のチームが派遣される」 随分と面倒臭く、厄介そうな任務である。 けれど彼等の目的が何であれそんな土地をフィクサードの手に渡す訳にも行かないだろう。 「ああ、状況は随分とハードだな。まあだが諸君等なら然程大きな問題はないだろう? 私は唯、諸君等の健闘を祈るよ。宜しく頼む」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月10日(水)23:02 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 地主、菱沼与一郎は混乱の極みに在った。 普段の冷静な彼であれば、1も2も無く相手の要求を飲み娘の安全を選んだだろう。 生きた愛娘と土地では天秤に乗る事すらないのだから。 けれど今彼は、事態を正確に飲み込めて居ない。 田舎でノンビリと暮らして来た与一郎には、マフィアに娘を人質に取られて脅されるという非現実的な出来事が受け入れられるキャパシティを超えていたのだ。 其れを読み取れなかったのは確実に『蛇遣座』沙救・仁のミスである。 穏健に事を終らせる事を望む気持ちが焦りを生んだか、それとも裏の世界、神秘の世界に染まりすぎた者には一般人の心はもう理解出来ぬのか。 どちらにせよリベリスタ達にとって交渉へ介入出来る隙間は其処しかない。 進み始めた時計の針は決して待ってはくれないのだから。 「よう、『お邪魔』させてもらうぞ三尋木ども」 「さって……好き勝手はいけないでござるな? 三尋木よ」 剣呑に光る刃を、身より溢れる力を隠そうともせずに割り込むは『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)に『家族想いの破壊者』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)。 濃厚な暴力の匂いと殺伐とした空気が与一郎の混乱を助長する。今より眼前ではじまるのは、彼にとってマフィア同士の抗争だ。 そんな事よりも娘はどうなる。思わずそう口走りかけた与一郎を止めたのは、 「ご機嫌麗しゅう、僕らもこの山の権利ほしいなって。競合会社ってとこ」 へらりと笑う『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)の言葉。 彼等もこの山を狙う者ならば、安易に動けば娘の身をより危険に晒すのではと恐れたのだ。 敢えて殊更に強い態度を取る彼等の狙いに、果たして仁は気付けたのか。 「はぁ、あの御厨夏栖斗が……、そうですか。アークも山をお望みと仰いますか。まあならそう言う事にしておきましょう。全く、時間が無いってのに。此れじゃあどう転んでも穏健には済みそうに無い」 溜息と共に嘆く仁の言葉に呼応して、彼の護衛達がのそりと動く。 そして仁の携える聖杯から光が放たれ、空に蛇遣座の星座を描き出す。 元より力も交渉のカードの一つならば、其れをぶつけ合う戦いも見方を変えれば交渉の変種だ。 思考せよ。駆け引きせよ。望む結果を引き出す為に。 星座に光に敵味方共に体力を失い、切り結ぶ刃に火花が散った。 ● 口火を切ったのは『無銘』 熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)の神速の早撃ち、バウンティショットスペシャル。 戦場を切り裂く乾坤圏に、『傘屋』が和傘を開いてやり過ごす。自付で己の力を高めながら。 「チーッス、沙救・仁。凛子ちゃんは何もせんでも綺麗だっぜ」 向けた指先を引く様に動かして『琴屋』から精気を抜き取るは『殴りホリメ』霧島 俊介(BNE000082)。 つい先日三尋木の首領と会ったばかりの彼の言葉に、けれども仁は苦笑で返す。 「そりゃ何よりで。でも其れは御自分で伝えてください。ほら、部下の口からだとおべんちゃらにしか聞こえないでしょう?」 彼の手には幾本ものメスが握られているが、だが其れはまだ放たれない。 仁は戦場を見据え、ただ待機して時を待つ。 「穏健派だろうが知ったこっちゃない! お前らはただのどこにでもいる腐ったフィクサードだ!」 一体何と重ね合わせたのか、怒りの声は炎の雨を呼ぶ。『母子手張』秋月・仁身(BNE004092)の放ったエル・バーストブレイクは敵の前衛を叩き、彼等の陣形をかき乱す。 しかし仁身の言葉と攻撃に対する三尋木のフィクサード達の反応は、酷く冷たい薄ら笑いだ。 其れは仁身の今更過ぎる、当たり前の事実を再確認したに過ぎない言葉に彼が見た目通りの子供である事を確信したから。 如何に強く、そして珍しい未知の力を持とうとも使い手が子供であるなら対処は易い。 この環境下での戦いに慣れたフィクサード達は先ず最初の犠牲者を選び定め、先ずは『飴屋』の符が創りし烏が仁身の身体を無数に啄ばむ。 特殊環境下で最適解を求めるならば、おのずと取られる戦術は似通ってくるのが道理だ。 フィクサード達が仁身を最初の犠牲者に選ぶなら、リベリスタ達が選び出した優先目標はマグメイガスである琴屋であった。 琴屋に向かって放たれた疾風居合い斬り、虎鐵の化物じみた膂力が生み出す驚異的な其れを、しかし全ての物理攻撃を遮断する魔力の壁、ルーンシールドが弾き散らす。 三尋木フィクサード達の身体から状態異常を拭うは『扇屋』のブレイクイービル。 キンバレイ・ハルゼー(BNE004455)の聖神の息吹が仲間達を癒し、けれども待機を抜けた仁のメスがリベリスタ達の身体を穿ち、其の身体に深く楔を打ち込む。 そしてその時、戦場を俯瞰していた男は呟いた。 「成程悪くない」 と。穏健を望みながらもいざ戦闘となれば実に容赦なく、躊躇いが無い仁の行為に、『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)は一つ頷く。 仁と同じ様に待機を選択し、だが彼よりも確実に後手を取れるシビリズの存在は、彼の保有する能力と相俟ってこの戦いに置いて実に大きい意味を持つ。 「私は狂おしい程に闘争が好きでな。貴様らの企み事を阻む為にも“過激”にいかせて貰うおうか!」 双鉄扇を振り翳し、彼が発動するはラグナロク。聖戦を戦い抜く力を、仲間達に。 ● 仲間達の底力を強力に引き上げるラグナロク。 ジャガーノートや聖骸闘衣、或いはルーンシールドに並んで大きな意味を持つ付与である。 ……あるのだけれど、だが初手から仁が致命を付与して来た状況で其の一手は大きな隙を作ってしまう。 致命のメスを身に差し込まれたまま、癒しを受ける事を封じられたままの幾人かのリベリスタ達には聖杯の癒しが及ばない。 癒しを得れねば、聖杯は唯奪うだけである。 手負いのままに次手を迎えたリベリスタ達を、フィクサード達は見逃さない。 潜り抜けた数々の修羅場が囁いたのか、押し寄せる波を察した伊吹は抗う様にB-SSを放つ。 だが強力な射撃にも怯まぬフィクサード達の狙いは、矢張り仁身だ。 強力な攻撃力と付与をブレイクする其の技術は見過ごせず、また彼の回避の苦手さも先程露呈してしまった。 つまりは狙わぬ理由が無い。 今回は待機を選ばぬ仁の全身から放たれる閃光、ジャッジメントレイがリベリスタ達を焼き、其の身の加護を引き剥がしていく。 容赦の無い隙を逃がさぬ一撃は、穏健派と言えども一度牙を剥き出せば裏社会に巣食う獣である事の証左の様に。 そして次いだ琴屋の必殺のシルバーバレットが眼前の風斗もろとも仁身の身体を貫いた。 運命を対価に踏み止まれど、フィクサード達の攻撃は未だ続く。 けれど飴屋がトドメの符を構えた瞬間、其れに先んじたのは癒し。仲間の危機に咄嗟に攻撃の手を回復へと切り替えた俊介が繰り出す聖神の息吹だった。 戦いは未だ序盤も序盤、この段階で仁身の範囲火力とブレイク能力を失うのは余りに辛い。俊介の聖痕が癒しを呼び、踏み止まりに拠って致命の消えた仁身の傷が癒えて行く。 其の癒しに遅れる事一手、飴屋の鳥が仁身を襲うが回復された体力に落とし切るまでに届かない。 傘屋に組み付く夏栖斗が射線と動きを抑え、この一時だけでも追撃を封じれば、間に合ったキンバレイの聖神の息吹に再び仁身の体力が何とか息を吹き返す。 仲間達の必死の献身に支えられた仁身が今一度放つは、何と無謀にも前衛等に並び前へ出てのエル・バーストブレイクだ。 琴屋のルーンシールドを引き剥がす炎の雨に、風斗と虎鐵、2人の凶悪なデュランダルに仕事の出番がやって来る。 そして誰よりも遅く動く男、待機していたシビリズのブレイクイービルはリベリスタ達を蝕む複数の異常を拭い去り……最後に聖杯は全てを等しく癒す。 さて事此処に至っては、自己付与、他付与、と言った加護の力は意味の大半を失った。 ラグナロク、ジャガーノート、聖骸闘衣にルーンシールド、在れば局面に大きな影響を与え得る付与等は、けれどもその影響故にすぐさまブレイクされるだろう。 三尋木フィクサード側には仁のジャッジメントレイを始めとして、単体に対してではあれど傘屋や飴屋も其の手段を持つ。 無論リベリスタ側にも仁身のエル・バーストブレイクに加え、俊介が仁と同じくジャッジメントレイを所持している。 所持するカードが一枚ならば状態異常で動きを封じる事にも考慮の価値がでるのだけれど、複数揃ってしまえばそれも非常に困難となる。 さてそうなれば、恐ろしいのが風斗と虎鐵だ。ルーンシールドを失った琴屋では、その2人の暴虐的な破壊力に耐えるだけのタフさは無い。自由に動かしてしまえば全てが終わる。 必死の高速詠唱で黒鎖を呼び、ジャガーノートの付与を失った二人を呪縛に縛るが、其れに躍起になりすぎれば今度は遠距離からの伊吹が、夏栖斗が、俊介が、仁身が、放り込んで来る遠距離攻撃が重たく彼女の体力を削る。 ● リベリスタ側は琴屋を、フィクサード側は仁身を、双方が真っ先に落とす相手を決めて薄氷を踏み渡るかの様なバランスのシーソーゲームが続く。 しかし、けれども予想外にも最初の脱落者となったのは其のどちらでもなく、……徐々に負荷を増す聖杯の破滅の力に限界を迎えたキンバレイであった。 体の全ての力を吸われ、膝をつく彼女。けれどキンバレイは血の気が引いて紫がかった唇を強く噛み締め、運命を対価にもう一度癒しの力を放つ事を選択する。 その癒しは、彼女自身にとっての意味は無い。如何に回復しようとも次回の聖杯の負荷は先程よりも更に重く、キンバレイの体力の上限を超えてしまっているからだ。 既に彼女は詰んでいた。足掻く事で得れる時間は僅か10秒。 其れでも踏み止まって彼女は癒しを放つ。自身に意味は無くとも、まだ戦いを続ける仲間達には何らかの意味があることを信じて。 聖杯の負荷が増加した事による影響は、決してキンバレイだけの物では無い。 後に倍する回復となって帰って来るとは言え、徐々に増す聖杯の吸い取りは全ての者に圧し掛かる。 中でも琴屋と仁身、互いの陣営でそれぞれ集中攻撃を受けるこの二人にとっては尚更だ。 消耗状態からはじまる1手順を、集中攻撃を受けながら凌ぎ切らねばならぬのだから。何時までも耐え凌げる物では当然無い。 先に根を上げたのは夏栖斗の飛翔する達人技、虚ロ仇花に加えて伊吹のB-SSを全身に浴びた琴屋。 血飛沫を撒き散らす限界間近が露骨となった彼女に対し、次手に動く事となった俊介は……、けれども技を放たず黙って出口を指差しニコリと笑む。 意味する所は明白で……、琴屋は惑う様にリーダーである仁に視線を送る。 さて沙救・仁と言う男は元医者である。それも腕の良い外科医で、彼が昔在籍した大学病院ではエースとすら呼ばれていたのだ。 彼は人を救う事を望み、医を仁術だと信じて邁進する若者だった。其の名が表わす通りに。あの日までは。 けれどどんな世界でも綺麗事だけでは成り立たない。政治があり、腐敗がある。 巨額の金の動く医療の現場ならば善性に隠れる其の闇は深い。 腕は良くても融通のきかなかった若き頃の仁は、ある日踏んではいけない地雷を踏み抜いてしまった。 治療を重視してばかりの彼はその後のフォローも不味かった事もあり、居場所を失い絶望する。 だが其れでも、マフィアに身を窶しても仁は未だに非道に成り切れて居ない。琴屋からの訴えに、黙ってすぐさま頷く仁。 『医は仁ならざるの術』と己が技に名付けた彼。けれど其の言葉は本来『務めて仁をなさんと欲す』と続くのだ。 棄て切れぬ何かが其処にはへばり付いているのだろうか。 蛇遣座とは人を救い過ぎたが故に、雷に打たれて命を奪われる事となったアスクレーピオスの果ての姿。 堕ちたとしても、無駄な死を好みはしない。部下を落とさずに逃がしてくれた俊介や、其の撤退を黙って見逃す甘いリベリスタ達に、仁は呆れ交じりの、けれど感謝をこめた視線を送る。 だが其れでも戦いは止まらない。 互いに目的を果たす為に全力を尽くすこの状況は変化しない。 飴屋の喚ぶ玄武の水気に仁身の体力が再度限界を向かえ、そして今度は踏み止まる事無く其の身体は地に崩れる。 そして風斗が、虎鐵が、2人の強力な攻撃力の保持者が、琴屋の離脱により漸く真の意味で自由となり、扇屋に対してその威力を遺憾なく発揮しはじめた。 メガクラッシュにデッドオアアライブ、襲い来る二本の牙。強力な攻撃群の前に扇屋の身体が僅かに傾ぐ。 ● 戦いの場から取り残された様に、1人タブレットを食い入る様に見詰める与一郎。 この戦いを別の方向から、終結させれる鍵となる彼は……、しかしじっと動かず耐えた。 其れを望む物がこのモニターの向こうに居たからである。 周りの戦いから一切取り残された彼にはこの場には唯一人の味方も居ない。 だがタブレットから漏れ聞こえる音の中に、明確に与一郎に呼びかけ、娘の救出を約束する声があったのだ。 見ず知らずの其れに頼る事は危うい賭けだけれど、余りに真摯な其の言葉は、与一郎の心を折らせずその場に繋ぎとめる糸と成った。 時計の秒針は更に進み、遂に3周目へと突入する。 「フフフ。いいぞ、もっと削って見せろ! ハハハハハッ!!」 刻一刻と負担を増す聖杯の吸い取りにも寧ろ楽しげに笑うシビリズの姿に、仁はあからさまにうんざりとした表情を浮かべる。 正直コイツがどうにもならない。確実に仁より後に動き、ブレイクイービルで致命を拭う。 かといって邪魔だからと攻撃を集中させようにも、キチガイ染みたタフさの前にしぶとく粘られる事は請合いなのだ。 蛇遣座としての仁との相性は正に最悪の相手である。 飴屋に呪縛を任せればシビリズの動きを封じる事も不可能では無いが、そうすれば今度は風斗や虎鐵の暴威を止める手立てに苦しむだろう。 シビリズを封じての致命で失っていくダメージに彼等が倒れるまで、扇屋が果たして持つかどうか。 少し危険な賭けである。 確実な手では無いとはいえ、俊介が回復に回った際の聖神の息吹はバッドステータスの除去にも効果が及ぶのだから長時間の呪縛は望めない。 風斗や虎鐵には劣るとは言え夏栖斗や伊吹からのダメージも侮れないものがある。何より彼等は随分と器用で、伊吹の聖杯狙いこそは溢れる光に阻まれて成せぬが、それでも彼等は着実に損害を放り込み続けていた。 そして一番の問題は、矢張りどいつもこいつも妙にタフでしぶとい事だ。 せめて時間を稼げば与一郎が折れるのならば未だ粘る価値はあるけれど、どうやら其れも難しいだろう。 仁の視線に気付いた様に、伊吹がさり気なく、僅かに与一郎の傍による。 無関心を装っては居ても伊吹は常に与一郎を気にかけ守っているのだ。 与一郎に直接働きかけるならば、先ずは彼の排除が必須らしい。本当に実に面倒な状況になって来た。 クロスイージスである扇屋は流石に硬く、未だ持ってばくれるだろうが……、状況を打開出来る手に欠けたままではそれも何れと言ったとこだろう。 「競合会議はそろそろ終わりでいいっしょ?」 そんな仁の葛藤を見抜いたか、夏栖斗が口にするのは予定よりも大分と早い降伏勧告。 状況は既に膠着している。このまま続けようとも其れは変わらず、時間のみが流れてやがては与一郎の娘の死と言う、誰も得をしない展開になりかねない。 仁にとって与一郎の娘はあくまで脅しの手段であり、殺してしまえば何にもならないどころか与一郎を頑なにさせるだけだろう。 何よりも仁は無用な悲劇の種を生む事を望んでいる訳ではないのだから。 「そっちも味方が削れていくのは割にあわないだろうし、このへんで手打ちがお互いにとってもいいんじゃない?」 続ける夏栖斗の言葉は……、まあ其れを飲めば一方的に敗北を喫するのは三尋木側なのだけれど、其れでも仁にはリベリスタ達に対して出来たばかりの借りがあった。 それに夏栖斗の物言いは、或いは仁を立てる為に敢えて引き分けを申し出ていると取れなくも無い。 ならば其れも含めれば借りは二つか。この場で清算するなら、大きな譲歩は必須だろう。丁度譲歩が可能な戦場はこちらとあちら、二つあるのだから。 アザーバイドの封じられたこの山を、否、正確にはこの山に湧くと言う生命力に満ちた温泉、革醒者であればその生命力の恩恵によって美容効果が得られる可能性があると言う其れを、首領に献上した際の功績を諦めるには多大な葛藤を必要とするけれど、それでも部下の命に比べて功績が重いとのたまえる程に仁の血は未だ冷たくない。 「解れよ、仁。穏健なら穏健らしく事を終わらそうぜ?」 夏栖斗の言葉を引き継いだのは俊介。熱くなってヤケになるならその本質は裏野部のゲスと変わらないとの彼の言葉に、仁は皆まで言うなとポケットから取り出した通信機を耳に当て、逆の手を上に挙げた。 穏健なら穏健らしく、其れがただの化けの皮に過ぎずとも、建前を守る事も時には重要なのだと口の端に笑みを浮かべて。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|