● 妻と別れたのは、娘に対する虐待が切欠だった。 無論、俺にも責任はある。 仕事が忙しかったとはいえ、子育てに追い詰められていた妻の心情を慮れなかったこと。 そして、娘の異変に気付くのが遅れたこと。 幼い子供が心と体に負った傷を考えると、娘には詫びても詫びきれない。 あれから、俺は男手一つで娘を育てるために職を変えた。 当然ながら給料は下がったが、残業続きの生活では保育園の送り迎えもままならないため、この際やむを得ない。ある程度の貯えはあるし、今は父娘ふたりの食い扶持を稼ぐことが出来ればそれで良かった。 休日になれば、娘を連れて公園に行く。 楽しげに花冠を作る娘の隣に座り、夕暮れまで親子水いらずの時間を過ごす――それが、お決まりのコースだった。遊園地や動物園にも誘ったが、賑やかな場所はどうも気が進まないらしい。 実の母親に手を上げられた娘の、心の傷は深い。どんなに時間がかかっても、俺は娘を癒してやりたかった。 夢中になって花冠を作っていた娘が、ふと手を止める。 ゆっくり天を仰ぐと、彼女はしばらく虚空を見詰めていた。 「どうした?」 声をかけると、娘は俺の方を見て。 「ううん、なんでもない」 少し笑って首を横に振り、再び花冠を作り始める。 一瞬、娘の瞳が紫色に見えたのは――俺の気のせいだろうか? ざわり、と風が吹く。いつの間にか、娘の周りには蝶や小鳥が集まっていた。 何か、嫌な予感がする。もう少ししたら帰ろうか、と言って、俺は娘の手を取った。 ――何があっても、お前は俺が守ってみせる。お前だけは。 ● ブリーフィングルームでリベリスタを出迎えた『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)の表情は、いつにも増して冴えなかった。 どことなく嫌な予感を覚えるリベリスタを前に、数史は話を切り出す。 「今回の任務は、ノーフェイスを始めとする敵性エリューションを残らず撃破することだ。 ……場合によっては、途中で数が増えるかもしれないが」 正面のモニターに映ったのは、幼い少女と、30代半ばと見られる男性の画像。 「ノーフェイスは梁川真砂(やながわ・まさご)、6歳の女の子だ。 休日、父親の敦郎(あつろう)と公園に遊びに出かけたところに革醒し、間もなくフェーズ2に移行。 増殖性革醒現象により、周りにいた虫や小鳥が次々にエリューション化するという事態を招く」 このまま真砂を放っておけば、敦郎もまたノーフェイスになってしまうという。 一刻も早く真砂を討ち、これ以上の被害を食い止めねばならない。 「ただ、真砂はE・ビーストを味方につけている上、革醒したてとはいえ自分の力を本能的に使いこなすことが可能だ。 命の危険を感じれば全力で抵抗するだろうし、父親である敦郎の存在もある」 敦郎は真砂を心から大切に想っており、娘を守るためなら我が身を犠牲にすることも厭わない。 幸い、E・ビーストが彼を傷つける心配はないが、ここで問題になるのは真砂が持つ能力である。 「真砂は『強い絆で結ばれている』敦郎を強力な力場で包み、自分を守らせることが出来るんだ。 この力場に包まれている限り状態異常は効かないし、攻撃は反射されちまう。 さらに、真砂に関する神秘的な変化を無条件で受け入れ、それを不思議に思わなくなる」 つまり、革醒した娘の変化を訴えて敦郎を説得するのは非常に困難ということだ。 「勿論、力ずくで何とかするという手はある。 力場といっても、無限に攻撃を受け止められるわけじゃないからな。いずれは限界が来る。 加減を誤れば力場が消滅した際に敦郎を傷つけてしまうし、最悪の場合は即死もありうるがな」 そして、この力場が生きている状態で一定時間が経過すると、敦郎はノーフェイス化してしまう。 そうなれば、彼も撃破対象の仲間入りだ。 「……敦郎は1年前に離婚しているが、原因は妻が真砂を虐待していたことにあるらしい。 以来、彼は心に傷を負った娘の幸福だけを考えて生きてきたし、 真砂もまた父親を誰よりも慕い、頼りにしている――」 ただ、真砂を救う術は無い。どういう手段をとるにせよ、そこは覆らない事実だ。 増殖性革醒現象を促すノーフェイスを、放っておくことなど出来ないのだから。 ブリーフィングルームに、沈黙が落ちる。僅かに目を伏せて、数史はすまない――と告げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月21日(金)22:35 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 花冠を作る少女と、それを見守る父親。 二人の周囲を緩やかに旋回する、蝶や小鳥たち――。 「アークに来て早々に面白い事件ですね?」 その様子を遠目に見た『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)が、皮肉げに呟く。 増殖性革醒現象を引き起こすノーフェイスの少女・梁川真砂。父親の敦郎すらも革醒の危機に晒している彼女を倒すことが、今回の任務だった。 晴れていた筈の空は、いつの間にか翳っていて。 『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)は思わず、「儘ならねえもんだな」と零した。 リベリスタになってから、幾度となく口にしてきた言葉。誰の所為でもない、ただ『間が悪かっただけ』で大切なものを理不尽に奪われる――そんな人間を、どれだけ多く見てきたことだろう。 「ま、いつもとやる事は変わらねえか。行くかね」 そう、自分に言い聞かせるようにして。彼は、仲間達を促した。 ● 真っ先に飛び出した『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が、神秘の言葉でE・ビーストたちの注目を集める。 彼らが一斉にざわめいた瞬間、敦郎が弾かれたように立ち上がった。真砂を背に庇う彼の全身を、白い光が包む。 「あぁ、良い勘してるね、アンタ」 咄嗟に娘を守ろうと動いた敦郎と、防御用の力場で父親を覆った真砂を交互に眺め。猛は、努めて淡々と告げた。 「普通に登校していただけなのに、車に轢かれる。或いは、悪い病気に侵される── 理不尽だと思うだろ? けど、それに対抗する術はない」 魔力鉄甲に覆われた両手を打ち鳴らし、決定的な一言を口にする。 「……娘さんには、死んで貰う」 刹那、『ファッジコラージュ』館伝・永遠(BNE003920)がE・ビースト目掛けて暗黒の瘴気を撃ち出した。その軌跡を追うように、『Sword Maiden』羽々希・輝(BNE004157)が駆ける。 梁川父娘に肉迫した彼女の手元で、蒼き氷の如き【Freeze Maiden】の刀身が閃いた。弾けたエネルギーが敦郎を吹き飛ばし、父と娘を引き離す。 「パパ!」 手を伸ばし叫ぶ真砂の体から、透明な鎖が奔った。娘が行使する超常の力を目の当たりにしても、敦郎がそれを訝ることはない。彼を包む力場――“絆の守り手”の効果で、真砂に関するあらゆる神秘的事象を『自然なこと』と思い込んでいるのだ。 「真砂……!」 娘のもとに駆けつけようとする敦郎よりも数段速く、『0』氏名 姓(BNE002967)が彼の前に立ちはだかる。舞姫が引き付けきれなかったE・ビーストのかく乱に動く姓に続いて、『夜色紳士』ダグラス・スタンフォード(BNE002520)が愛刀の柄に手をかけた。 「自分のすべてを投げ打ってでも娘を守る、か。 気持ちは分からなくもないよ。私にも娘がいるからね」 得物を抜き放って真空の刃を生み出し、力場を削る。灰色の瞳で敦郎を見据え、彼はしかし――と続けた。 「――君がどんなに頑張っても、私たちはあの子を殺すだろう。確実にね」 「娘を……真砂を殺すだって!? 正気で言ってるのか!」 殺すなら俺にしろ、娘に手を出すなと喚く敦郎を遮り、姓が「梁川さん」と声をかける。 名を言い当てられて驚く彼に、姓はあえて冷徹な口調で告げた。 「貴方、娘への罪償いの為に代わりに傷つこうとしてるだけではないの? 娘を救いたいなら、私達に立ち向かってきなさい」 焚き付けるような事を言うのは、彼の後悔を僅かでも軽くしたいから。 父親として、娘の危機に抗って欲しいから。 そうすれば。少なくとも、『娘の死を前に何もしなかった』という傷だけは残さずに済む――。 「あなた達にも、色々思う事はあると思うけど……私は、私の仕事をさせてもらうわね」 銀色に煌く愛銃を構えた『百合色オートマトン』卯月 水華(BNE004521)が、見得を切って運命を引き寄せる。 何も思わぬ者など、この場には一人も居ない。 それでもなお、各々に課せられた役目を果たすしかなかった。 アークのリベリスタとして、この世界を守るために。 ● 三つ編みにしたツインテールを風に靡かせ、『さぽーたーみならい』テテロ ミミミルノ(BNE004222)が仲間達に小さな翼を与える。 呪符を手に印を結んだ諭が、戦場全体に守りの結界を張り巡らせた。 「ピラ紙一枚で効果があるとは、神社の御札が悪徳商法に見えてきますね?」 シニカルな笑みを浮かべ、重火器代わりの砲塔を両腕で構える。その先には、姓に体当たりを仕掛ける敦郎の姿。 ここまで待機していた猛が、蒼き雷を纏って駆けた。 「目的の邪魔になるってぇなら、容赦はしねえぜ……!」 その身を疾風と化し、迅雷の武舞をもって打撃の嵐を巻き起こす。周囲のE・ビーストもろとも敦郎の力場を砕きにかかる彼を横目に見て、舞姫がさらに動いた。 E・ビースト達の狙いを自分に引き付けたまま敵陣の側面に回り、彼らから見て他の仲間が視界外になるよう誘導する。 隻眼隻腕の戦姫――彼女の胸にあるのは、ただ一つの思い。 (敦郎さんは、絶対に死なせはしない。革醒もさせない) そのためには、彼がノーフェイスと化してしまう前に、“絆の守り手”の力場を破壊せねばならない。 E・ビーストの妨害で時間を浪費するのは、避けたい事態だった。 伝承の宝具を模した白き腕輪“乾坤圏”を操る『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)が、E・ビーストの群れと敦郎を同時に撃ち抜く。 暗黒の瘴気でダメージを重ねていく永遠の瞳が、大きく揺らいだ。 (僕は『父から子を奪う』のですね) 幼かったあの日、フィクサードに父と母を殺された自分が。 今度は、リベリスタとして子殺しを行おうとしている。 敦郎にとっても、真砂にとっても、互いの存在は唯一無二である筈なのに。 それを、奪わねばならないのだ。他ならぬ、自らの手で。 「……やむを得ないのですね」 痛みを刻む懐中時計を胸に抱き、少女はそっと目を伏せる。 強烈な霹靂の一閃を敦郎に浴びせた輝が、彼を真っ直ぐに見詰めた。 「この結界を解くか、壊さなければ。貴方も彼女と同じ、世界を害す存在になります。 そうなっても、そこに愛が残るかは判りません。 ……最悪、貴方の手で彼女を害してしまうかもしれない」 「結界? 世界を害す? さっきから何を言ってるんだ!? 俺はあの子の父親だ! 守りこそすれ、決して傷つけるものか!」 己を取り巻く神秘を『不思議なことと思わない』敦郎は、輝の言葉に耳を貸そうとしない。 真砂に対する彼の思い入れを考えれば、「娘を殺す」と言われて冷静になれる筈もないが――構わず、彼女は続ける。 「全てを賭してでも、娘さんを守りたい気持ちは解ります。 娘さんが貴方を想い、信じる絆も」 それでも剣を取ったのは、世界を護るためだ。敦郎の命を、繋ぐためだ。 だから――。 「私達は……娘さんを殺さなくてはなりません。何があろうとも」 「この、冗談も休み休み……」 声を荒げた敦郎を制するように、諭が言葉を投げかけた。 「冗談と思いますか? 現実ですよ」 巨大な砲塔の銃口から式神の鴉を飛び立たせつつ、彼は事実のみを告げる。 「――娘さんは此処で殺される。 神秘の毒に浸されて、世界に愛されることもなく。貴方の愛も届かない」 それは、敦郎にとって娘の死刑宣告に他ならなかった。 この世界に満ちた神秘を理解は出来なくとも、武器を手にした人間達の殺意は伝わる。 ゆえに、彼は『自分が連中を引きつけているうちに』愛娘を逃がそうと――そう、考えた。 「真砂、逃げろ!」 恐怖で立ち尽くす娘に向かって、声を限りに叫ぶ。 そうはさせじと、姓が地を蹴った。敦郎のブロックを仲間に委ね、真砂の抑えに回る。ここで彼女に逃げられては、元も子もない。 煌くオーラの糸が、蝶の翅を、小鳥の翼を、父娘の脚を、一斉に貫く。 激痛に咽ぶ真砂の声に、敦郎の絶叫が重なった。 数多の名で塗り潰された卒塔婆で敦郎を示し、姓は静かな声で真砂に問いかける。 「お嬢さん。君とお父さん両方が死んでしまうのと、お父さんだけは助かるの、どっちが良い?」 はっとして顔を上げた少女に向けて、ダグラスが諭すように言った。 「君は病気になってしまったんだ。君の病気がパパにうつってしまったら嫌だろう?」 狙いは、真砂に父親の危機を悟らせ、“絆の守り手”を解除させること。 疾風の居合いで力場を斬り裂き、彼は優しげな声音で囁く。 「私たちはパパを守るためにここに来たんだよ。わかってくれるかい?」 しかし。真砂は首を横に振った。 盾を消し去った時、リベリスタ達が攻撃を止めてくれる保証は無い。皮肉にも、彼女は『父親の命を守るために』それを拒絶したのだ。 説得の切り口を変え、姓が再び言葉を紡ぐ。 「私達がやっている事は、君にとってお母さんがやった事と同じだろうね。 お父さんは、それ以上の痛みを君の代わりに受けているんだよ。それでいいの?」 心の傷を抉られた真砂の表情が、たちまち凍りついた。 「やめろ! 思い出させるなッ!」 鼓膜を震わせる、敦郎の怒号。彼の身を覆う力場を撃ち砕きながら、輝は父娘の強い絆を想う。 かつて家族と友人を一度に喪った彼女にとっては、羨ましいとすら思えて。それゆえに、願わずにはいられない。運命の言いなりになるのではなく、自らの意志で結末を選び取って欲しい――と。 「貴女を護っているお父さんを、真砂ちゃんはどう思いますか?」 しゃくり上げる真砂は、輝の問いに答えない。 「頼るのはもう止しなさい」 祈るような思いで紡がれた姓の一言も、とうとう泣き出した少女には届かなかった。 撃ち出された不可視の槍が、回復の要たるミミミルノを庇う水華の胴を貫く。 運命の恩寵で自らを支えた彼女の傷口から、鮮血が滝のように流れ落ちた。 「『残酷な運命』……なんて言葉は、当事者じゃないから言える事よねぇ?」 自嘲にも似た呟きを舌に乗せ、口中にこみ上げる鉄の味を呑み込む。諭が放った式神の鴉が、鋭い嘴で力場を穿った。 身体能力のギアを上げてE・ビーストを翻弄する舞姫が、泣き叫ぶ真砂の姿を見て唇を噛む。 あの子はまだ、生きているのに。必死になって、助けを求めているのに。 「なんで……、なんで」 わたしは、真砂ちゃんを助けてあげられないのよ――! サングラスの奥で、伊吹が僅かに目を細める。 「……親子とも、恨むなら存分に恨んでくれて構わん」 迷いなく投じられた“乾坤圏”がE・ビーストを屠り、力場を大胆に削った。 前に踏み込んだダグラスの全身から、無数の気糸が伸びる。 白い光が弾けた時、敦郎の首に巻きついた糸が彼を一瞬のうちに絞め落としていた。 ● 「パパ……パパぁ!」 父親が倒れたのを目の当たりにして、真砂が慟哭する。 彼女から伸びる幾本もの鎖は、一本一本がその激情を宿したかのように戦場を荒れ狂っていた。 深手を負った水華と庇い役を交代した永遠が、透明な鎖に傷つけられながら真砂を見る。 かの少女の痛みは、頼るべき手を、“絆”を失った寂しさだろうか? (僕も――いたかった) 俯く永遠の背で、ミミミルノが聖神の息吹を呼び起こした。 「みなさんがんばってください、ですっ!」 大いなる癒しで体勢を立て直した水華が、“S.N.S.”を構え直す。 「それじゃ……ここからは、反撃させて貰うわよ?」 心に引っかかるものはあるが、今は余計なことを考えても仕方が無い。一刻も早く、こんな仕事は終わりにしてしまいたかった。 神速の射撃が、残るE・ビーストの一体を落とす。瞬く間に真砂との距離を詰め、舞姫が彼女に語りかけた。 「真砂ちゃん、ごめんね。お父さんとお別れしなくちゃいけないの」 “黒曜”を抜き、光散る刺突で攻撃を仕掛ける。虚空を奔る蹴撃でE・ビーストを全滅に追い込んだ猛が、ダグラスの手で後方に運ばれた敦郎を肩越しに振り返った。 完全に気を失っているらしく、戦闘中に目を覚ます気配はない。もっとも、その方が彼にとって幸いなのかもしれなかった。 真砂の身に起こった変化を納得出来たとしても、最愛の娘に待つ死の運命を受け入れられる筈もないのだから。 息吹が、真砂の背後から一撃を浴びせる。激痛と恐怖に怯えた少女は、泣き叫びながら神秘の鎖を解き放った。 全身を締め上げる呪縛を受けて、ダグラスと諭が運命を削る。 「子供の前で倒れるのは情けない――なけなしのプライドぐらいはありますよ?」 折れかけた膝を気力で支え、諭は再び砲塔から鴉を羽ばたかせた。 父親に残したい言葉はありますか、と問う彼に続き、舞姫が真砂に懇願する。 「お父さんのこと大好きだよね。 お願い、お父さんに『生きて』って言ってあげて? 真砂ちゃんの分まで」 それを6歳の少女に求めることの残酷さを、舞姫は理解していた。 だが、真砂の死後、敦郎の心の支えになり得るのは彼女の言葉をおいて他に無いだろう。 「そうすれば、お父さんは助かるかもしれないんだよ」 意識の同調で回復役を支援する姓が横から助け舟を出すも、ひとたび恐慌に陥った少女が我に返ることはなかった。 「……パパ……たすけて……」 泣きじゃくる真砂を前に、舞姫は沈痛な面持ちでICレコーダーの録音を止める。 胸に氷が詰まったような感覚をおぼえながら、輝が【凍てつく乙女】を構えた。 世界はいつも残酷で、運命はいつも不公平で、悲劇はいつも理不尽で。 全てを喪い、父娘の絆を引き裂いて。それでもなお、自分は剣を取ることを選んだ。 ここで歩みを止めれば、あらゆるものが意味を失う――! 視界を染める、雷の蒼。真空の刃で真砂を刻むダグラスが、気絶したままの敦郎を一瞬見下ろした。 父親の腕の中で最期を迎えさせてやりたかったが、それも叶わぬことか。 「世界の敵は、僕の愛憎の往く果て。だから――真砂様のこと、僕は愛します」 ありったけの慈愛と痛みを込めて、永遠が止めの一撃を繰り出す。 ――だいすき。 放たれた呪いの槍が、一人の少女に終わりを告げた。 ● 遺体の身支度を整えた舞姫が、真砂の顔についた砂を払う。 手当てを受けた敦郎が目を覚まし、娘と対面するまで――誰も、何も言わなかった。 「真砂……痛かったろう……ごめん……ごめんな……」 娘の亡骸を抱き、肩を震わせて詫びる敦郎。その姿を、嘆きを、姓は己の記憶に焼き付ける。 『そうせねばならなかった』からといって、人を殺めて良い筈がない。そんな権利は、誰も持ってはいないのだ。誰も。 暫くして、水華が敦郎に歩み寄る。 事のあらましを簡単に説明した後、彼女は自分をまったく見ようともしない彼に一言、こう告げた。 「この先、どうするかは……みんなの話を聞いた後にでも決めると良いわ」 踵を返し、重傷の身を引き摺るようにして公園から立ち去る。 敦郎がどのような結論に至るにせよ、それを聞くのは、とても耐えられそうになかった。 水華を見送った後、輝が控えめに口を開く。 「敦郎さん。貴方は娘さんと共に死ぬ事を望みますか」 彼女の後を継いだ諭が、努めてさりげなく言った。 「私は他の方より上手く殺せませんが、命を絶ちたいなら叶えましょう。 ですが――真砂さんはどう思うでしょうね?」 元より、口が上手い方ではない。敦郎を納得させる自信など、まったく無かった。 もっとも、これで一件落着に出来るとしたら、それは話術というより詐術の類かもしれないが。 「君が死んでしまったら、あの子のことを思い出す人が誰もいなくなってしまうよ」 ダグラスの言葉を聞いて、敦郎が初めて顔を上げる。 「新たな連れ合いを見つけて子を成し、幼くして亡くなった姉の話を聞かせてみては? その方が、あの子も――」 「ふざけるなッ!!」 激昂した敦郎が、怒りに身を震わせながらダグラスを睨んだ。 「さっき、娘がいると言ったな。自分の娘の前で、同じことを言えるか!? 言えるのかよ、あんたはッ!?」 口を噤んだまま、猛が拳を強く握り締める。かける言葉など、ある筈もなかった。 あるいは、娘と一緒に死なせてやる方が救いなのかもしれない。 それでも――諦めたくなかった。敦郎に、早まった決断をしてほしくなかった。 「あの子を殺したのは、わたしです。 殴るも、蹴るも、どうか、敦郎さんの気が済むように……」 身を投げ出すように膝をついた舞姫に続き、永遠が声を絞り出す。 「同情なんて致しません。奪ったのは、結果を与えたのは僕ですから」 敦郎にとって、真砂の代わりは何処にも居ない。 心救うことが叶わぬなら、せめて―― 「どうぞ、怨んでください。……永遠です。えいえんの『とわ』」 貴方が守ろうとしたものは正しい。 そして僕は、貴方の目の前にいる悪役です――。 沈黙の後、敦郎は強張った表情で口を開いた。 「……帰ってくれ。あんた達がいると、真砂がゆっくり眠れない」 リベリスタに背を向けて。彼は、声を詰まらせる。 「寝かしつけるのも、弔うのも……この子には、俺しか居ないんだ……」 これが、限界だった。 少なくとも、敦郎は真砂の葬儀を終えるまで死を選ぶことはないだろう。 そして、『その先』は――もはや、自分達の手が及ぶ範囲ではない。 彼の心境に変化が生じることを祈りつつ、リベリスタ達はその場を離れるしかなかった。 「……ごめんなさい」 己の無力に絶望しながら、舞姫が去り際に囁く。 「こんな任務は……辛いです」 輝の呟きは、限りなく苦かった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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