●発端 ある日、三高平市中央エリアのセンタービル宛に無記名の封書が郵送された。 危険物である可能性もあると見て、警備室にて一通り調べられた末開封されたその封筒に、 詰められていたのは掌サイズの小瓶と砂、その中に折り畳まれ封入された手紙であった。 さらさらと、毀れたその砂に触れ警備員は総毛立つ。 それは砂ではなく、遺灰。全てを焼かれた末に残る、死した人間の残滓。 慌てて手を引いた際、倒れ転がった小瓶から折りたたまれた紙が毀れて落ちる。 記されていたのは朱で引かれた一文。 『 私は あなた達を 絶対に 許さない 』 ●血で血を洗う ぱしゃぱしゃと、両手を擦る。運動場の脇にある水飲み場で大きく息を吐く。 夏の大会が迫っていた。この試合の結果によってインターハイへ行けるかどうかが決まる。 部員の士気も上がって来ている。練習は苛烈を極め、それこそ息吐く間も無いほど。 けれどその疲労が心地良い。太陽は今だ燦々と輝いており、初夏の熱気が身を包む。 滴る汗が健康と溌溂さに裏打ちされた若い肌を滴り落ちる。 県下屈指の女剣士と称される彼女に在って、今年の大会はとても大切な物だった。 その勝利を捧げるべき人が居る。だから、決して負けられない。 昨今の練習ぶりを、人は鬼気迫る勢いだ等と言う。顧問の先生にも心配されてしまった。 けれどそれは違う。今ですら、手加減するのに四苦八苦している。 彼女は一人ではない。彼女には、尊敬する姉が付いている。 「流石、お姉ちゃんだよね」 一人ごちて、嘆息する。姉の力はとても大きい。大き過ぎて時折押し潰されそうになる。 決して負けられない。そのプレッシャーは重い。未だに剣を握ると手が震える。 けれど、それを意志と意気で捻じ伏せる。何度も何度も、熱した鉄を打つ様に。 ぱしゃぱしゃと、両手を擦る。消えない甘い香りを消す様に。 校舎裏に転がるのは、身体に歯車を着けた奇妙な少年の骸。 彼女の“先生”はそれを、エリューションと呼んだ。人に在って人を辞めた物。 世界から弾かれた世界の異分子。これにも2種類居るらしいけど、そんな事はどうでも良い。 既に物も言わなくなったそれを丁寧に埋め直し、彼女は剣道部の練習へと戻って行く。 「もう少しだよ、お姉ちゃん」 大好きな姉の為に。もう二度と戻っては来ない、大切な家族の為に。 彼女は血で血を洗い、鉄で鉄を打つ。何度でも何度でも。本当の仇に届くまで。 鬼気に迫る位じゃ足りない。私は――水瀬光は、鬼にでも悪魔にでもなってみせる。 ●復讐鬼 小瓶と、遺灰と、手紙。テーブルに並べられた3品を前に、 沈黙を保っていた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がゆっくりと振り返る。 「……今回のターゲットは、2人。どっちも別の理由で油断ならない相手」 モニターに表示されるのは男女1名ずつ。 片や顔の半分をピエロのお面で包んだ、銀髪長身の成人男性。 片やセーラー服を着込んだ、見た感じ普通の女子中学生である。 「一人目、男の方は海外では割と有名なフィクサード。バッドダンサーって呼ばれてる。 本名含め詳細不明。愉快犯的な行動が目立つ危険人物。何で来日してるのかは分からない」 ピエロお面の男を指差し、イヴが告げる。正体不明と言う意味では確かに酷く怪しいが、 どんな害があるのか現時点では分からない。 その上、続いて示されたのはどう見ても普通の女子中学生である。 「……二人目、水瀬光、この間14歳になったばかり。市外の中学校に通う女子中学生。 革醒してフェイトを得た人間を、この2週間で既に3人殺してる」 空気が凍る。フェイトを得た人間。それは本質的には死ぬ必要の無い人種であり、 殺人に他ならない。フィクサードに襲われた結果の正当防衛ならともかく、である。 「うん、蝮の対応で探知が遅れたみたいだけど、この子は能動的に殺してる。 どうやってかは分からない……どうもその辺にこっちのフィクサードが関わってるみたい」 リベリスタになるか、フィクサードになるか不明の人間が減れば、 確かに、相対的にはフィクサードの減少に繋がるかもしれない。 けれどそれは同時に、リベリスタの減少にも繋がる。放っておく事は出来ない。 「……この子、水瀬光もつい最近革醒したばかり。分類上はフィクサードなのかもしれない。 けど、説得出来るならした方が良いと思う。ただ……」 ただ。そこでイヴは言葉を濁す。言葉を濁さざるを得ない。 並んだ小瓶、遺灰、そして手紙を一瞥し、感情を殺した言葉が流れる。 「彼女は、以前討伐したフェイズ1のノーフェイス、水瀬優貴の実の妹。 殺人動機は、姉を殺した相手への復讐」 つまりは、彼女は姉を失ったことで革醒し、姉を殺した仇討ちの為に人を殺している。 そしてその本来の仇は“リベリスタ”であると言う事。 突き付けられた事実はとても単純で、単純だからこそ―― 「説得は、困難を極めると思う。必要であれば捕縛。最悪、討伐も考えて」 負の連鎖。そんな単語が浮かぶ。奪った者が、奪われる。奪われた者が、今度は奪う。 それでも、無辜の人々を殺める彼女をそのままにはしておけない。 「……バッドダンサーの方は、出来るだけ刺激しない方が懸命かも。 動機が動機だからかな……この2人、強いよ」 実質動いている側が止まれば、愉快犯は去るだろう、それは消極的な選択かもしれない。 ただ、イヴが敢えて明言する以上、真っ向勝負では達成が困難な仕事と言う意味でもある。 後は集まったリベリスタ達であるとは言え、あくまで任務の目的は一つ。 「フィクサード、水瀬光の凶行を、止めて。これは、私達がつけるべきけじめだから」 はっきりと告げ、2人のデータが纏められたファイルを差し出す。 ●適者生存 「さテ、これデ数日中には網にかかルでしょウ。 準備は万端、仕込みは上々、後は結果ヲ御覧じロと言う所ですネ。愉快愉快。ハ、ハ、ハ」 「……はい、先生」 市外の郵便局裏、小柄な少女と長身の怪人、どこかちぐはぐな2人組が壁を背に佇む。 奇妙なイントネーションで軽妙に話す半分がピエロ仮面の男と、 沈痛な面持ちで視線を落とす制服姿の少女。 そこには外見以上の異物感が入り混じる。間近に居るのに、乖離している。 「これで、お姉ちゃんの仇が討てる……」 「えヱ。その通りでス。貴女が集めてくれタ不幸は実に上質でス。 はハ、無惨な運命の果て二、得られた祝福を奪わレさぞ無念だった事でしょウ。 ですガ結構。大変結構でス。この世界は無惨な程、無情な程二残酷ダ。 適者以外生存すル権利が無イ。貴女の行為は正しイ、文句無しに正しイ。ハ、ハ、ハ」 人を殺した事を笑う。そんな人間が信用出来る筈も無い。 光はとっくに気付いていた。自分は利用されているだけであるだろう事を。 けれどそれでも良い。彼だけが、姉が誰かに殺されたと言う事実を信じてくれた。 信じてくれただけじゃない。手段と、目的をくれた。復讐する相手を見定めてくれた。 携帯電話から聞こえた最後の言葉“君達はここで終わりだよ”と言うその声を忘れない。 「私は、あなた達を、絶対に、許さない」 底冷えする声と共に、腰に吊るした短剣の束を握る。手段はある。私は、負けない。 これは既に終わった物語が遺した残響。為されたセイギのその裏側。 賽は、投げられた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月09日(土)22:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●運命交差点 二人は仲の良い姉妹だった。 しっかり者で優秀な姉を、妹は心から尊敬していた。 姉も妹をとても可愛がっていた。 歳の近い姉妹にありがちな軋轢すら、二人には関係無かった。 だから突然姉が失踪した時、妹は何処までも混乱した。 姉が行きそうな方々に当たりを付けては駆け回った。 その時の胸の痛みを憶えている。 ある日何の前触れも無く家族が居なくなるなんて考えた事も無かった。 彼女は何処までも、ただの子供でしかなかったから。 「だから本当に大丈夫だって、遥も一緒だし」 その電話に、どれほどほっとしたか知れない。 姉が帰って来る。それだけの事を神様に感謝した。 何があったか姉は言わない。多分何か事情があるのだろうと思いながらも、 それだけが少しだけ気になった。 「うん、もう少しだけしたら帰るから」 だから帰って来たら、目一杯怒って、泣いて、問い質そうと。 「可哀想だとは思うんだけどね――」 ――そんな、 「君達はここで終わりだよ」 ――――醒めない夢を、見た。 ●罪ノ在リ処 「こうしてセイギノミカタを目指した岡崎君はリベリスタの正義と決別し、 世界を壊す化物になった遥くんは彼に討たれたのでした。おしまい」 『偽りの天使』兎登 都斗(BNE001673)の声だけが朗々と流れて行く。 説明が終わっても、場の誰一人として微動だにしない。 物音もしない深夜の駐車場、かたかたと、金属がぶつかる音が聞こえる。 「おまえの気持ちはわからないでもない、復讐を考えるなとも言わない。 だが、こいつの言いなりで、無差別に殺すのはよせ」 『がさつな復讐者』早瀬 莉那(BNE000598)が矛を向けた先には無言で佇む長身の怪人。 ピエロのお面で顔の半分を隠したバッドダンサーと呼ばれる男に向けられている。 彼はこの対面が始まって以来一言も口を開かない、半笑いの様な表情を浮かべては、 集まったリベリスタ達一人一人に目線だけを向けている。 何をしているのかは分からない、が―― 「……いで」 それを割る声。かたかたと、からからと、鳴っていたのは手にした太刀。 彼女、水瀬光は真剣を片手に俯いていた。震えている、太刀の先が地面と擦れ音を立てる。 「私は復讐を否定しない。復讐心は誰もが持つ物だからだ。だが――」 『おっぱい天使』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)が、 嘆息しながら剛弓を構える。これは言っても無駄だ。理解し、痛感する。 「……けないで」 彼女は既に一線を越えているのだ。あらゆる意味で、何もせずには終われない。 「……そんな正義の味方ごっこで、私のお姉ちゃんは殺されて、 それで納得しろとか、分からないでもないとか、ふざけないで――!」 「須く、復讐の果ては因果応報。身の破滅のみ、と言っても……聞こえてない、か」 抜き放たれる三本の短剣。応じてシルフィアが即射した矢は、 まるで意志でも宿っているかの様に舞う短剣達に避けられ中空を射る。 「ちぃっ、やっぱ言葉じゃ何言っても無駄か!」 ラキ・レヴィナス(BNE000216)が後衛へ退き、思考の伝達速度を引き上げる。 「全く、ホンット正義の味方も楽じゃないよ」 その傍ら『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)の影が蠢き始め…… けれど。 「その……声……」 それを聞いて、光が戸惑った様に目線を向ける。 「……そっか、そこに居たんだ」 浮かんだのは笑い。人は他人を憎む事でも笑えるのだと。 何度思い返したか知れないその声に、愛しい恋人でも見つけたかの様に、光の矛先が向く。 「どんな道を選んでも楽はできないね」 前衛に立った都斗がこれを阻むも、その話を彼女は固唾を呑んで聞いていたのだ。 大切な姉に止めを刺した偽りの天使。躊躇など、ある筈もない。 「お姉ちゃんの痛み、思い知れ」 振り下ろされた剛の剣がやや小柄な都斗を弾き飛ばす。 その一撃は女の細腕とは到底思えないほどに重く、そして何より―― 「――!!」 斬撃を追う様に迸る三条の閃光。殆どのメンバーが準備をした事によって、 ぽっかりと空いた間隙を、破界の短剣が切り刻む。 一撃、二撃、三撃、最初の剛剣には劣る物の、切迫する程の衝撃が翼を、体躯を縫い止める。 「……次は、誰」 暗闇に瞳だけが輝く。深淵から湧き出る様な声音に、リベリスタ達の動作が凍り付く。 ●罰ノ在リ方 「まったく、手間をかけさせてくれるのぅ」 『鋼鉄魔女』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)の癒しの息を受け、 血塗れで意識を手放し掛けていた都斗が身体を起こす。 「……痛いのは嫌いなんだけどね、ほんと死ぬかと思ったよ」 運命の祝福があればこそ、何とか無事を保った物の先の四連撃にはぞっとする。 完全な形であれが決まれば、この場の誰一人として二度保ちはしない。 だがそれでも―― 「貴方が全力で向かってくるなら私も全力でお相手します」 器用に爪を操りかまいたちを織り交ぜる『フィーリングベル』鈴宮・慧架(BNE000666)と 光の太刀が交わっては離れ、続けて放たれる空飛ぶ短剣。 撃ち落すは、ラキの気糸による精密射撃。 「復讐の為とか、個人的な理由に興味は無い。戦う以上はただ殺すだけ」 そうと教わり、それしか知らない。 『死徒』クローチェ・インヴェルノ(BNE002570)が放った気糸が、光に絡みつき絡めとる。 けれど彼女は止まらない。我武者羅に気糸を引き摺り更に踏み込む。 「許さない、許さない、私はあなた達を絶対に……!」 その勢いにクローチェが一瞬追撃を躊躇う。それが彼女に不足する物。 彼女が捜している、自分の存在を定義する程の熱である様に思えて。 「ぼさっとしてんな! 死ぬぞ!」 莉那が割り込みながらも幻影を織り交ぜナイフを突き出す。相手は実質一人。 アーティファクトさえ無ければ、恐れる程の相手ではない。 一方、ラキは弾き落とした短剣に駆け寄り手を伸ばしていた。それは難無く掌に収まる。 「……行ける、か?」 可能であれば回収をと、思った矢先に短剣が震える。何をか、それは宙へと浮こうとしていた。 彼の剣は自動制御にして七本一対。全てを手にする事無く主を変える事は無く。何より―― 「や、ば――避けろ!」 「な、愚か者、何を――」 今まさに魔弾を放たんとしていたシルフィアへと、ラキの手元から放たれた短剣が突き刺さる。 それは祝福を奪う為の狂剣。不幸の七本は、祝福された英雄の雛には到底扱えない。 全く予想外の場所からの攻撃に姿勢を崩すや、続く短剣が飛来する。二本、そして三本。 回復の暇も無い連打に、シルフィアが地面へと倒れ伏す。 「どうも、随分面倒な仕組みみたいだね」 多角的に弾丸をばら撒いていた喜平が呟くも、気分が乗り切らない為か覇気が足りない。 理由は分かっている。喜平自身、決して割り切れてはいないのだ。 「運命だ何て、仕方なかった何てそんな簡単に言える物じゃない。分かってます! でも! こんなやり方で本当に良いんですか!?」 声を上げながら慧架が業炎撃を叩き込む。 叫びながら斬り込み続けた光の動きが、止まる。 「人は悲しければ涙を流す。憎ければ人を殺す。それだけの事じゃ」 それを当然と受け入れられる程には生きてきた。ゼルマにとっては自明の理に過ぎない。 彼女の復讐を誰も糾弾しない。それは誰もが分かっているからだ。 「復讐だろうと強く願えば生への糧となる。それはそれで正しいのかも知れない」 クローチェが踊る様にダガーを振るい、動きの止まった光に朱線を引く。 けれどその言葉に彼女は真っ向から牙を剥く。剥かざるを、得ない。 「なら――だったら死んでよ。正しいなら! 間違ってないなら! お姉ちゃんの死を償ってよ! でないと私、ここから一歩も進めない!」 間違ってはいない、けれどそんな理由で死ねるのか。答えは否だ。 人は綺麗事だけでは生きられない。そして綺麗事だけでは――死ねない。 ●罪ト罰ト償ト 「何を選ぼうと君の自由だし、仇を討ちたいなら討てば良い。でも」 「それがいつも成せるというわけではない」 奇しくも、体勢を立て直した都斗が踏み込み紡いだ言葉をゼルマが継ぐ。 言葉通りに、振り下ろされる死神の鎌。お返しとばかりに放たれたオーララッシュが、 少女の体躯を無惨に切り裂く。あと一撃で倒れそうなその姿にも、都斗は何ら感傷を憶えない。 「返して……よ……」 太刀を杖に、それでも復讐の意志は折れない。 凄絶とすら感じられるその姿はそのまま、愛情の裏返し。 彼らが奪った命は、世界から切り捨てられた一人の少女は、けれど。 ここまで、誰かに愛されて居たのだと。その想いのままに、放たれた命賭けの一撃を―― 「―――ぐっ」 進み出た男が受け止める。歯を食い縛り、臓腑まで届かんと、我が身を抉る真剣に身を晒す。 光が追い続けた影が、迷いを抱えたまま立ち尽くしていた。 「……後ろめたい事を、してきた訳じゃないつもりなんだがねぇ」 奥歯を噛み締めながら喜平が苦く、何処までも苦く、笑う。 器が小さい自分では、どうにも割り切れない。何が正しい何て大上段には構えられない。 悟った様に眺めていられない。命を奪った事を糾弾されれば、罪悪感にも苛まれる。 「……何で、」 乾坤一擲の一撃は、けれど決して会心のそれではない。退かれれば、追う体力など無かった。 なら、何で。光の腕の震えが体に喰い込んだ太刀に伝わり、喜平の表情が痛みに歪む。 何でも何も、無い。迷っていたから避け損なった。多分、そんな無様でも。 「水瀬光」 名を呼ぶ。自分の咎を確かめる。リベリスタをしていると希薄になりがちな、 殺す事の重みを胸の痛みと身体の痛みで確かめる。 「……すまなかった」 言いながら、倒れる。その太刀は重く。余りにも重く。喜平は起き上がれない。 からん、と。地に落ちた金属の音が、響いた。 「やめてよ……謝ったり、しないで……」 太刀を取り落とした光の隙を見逃さず、慧架がこれを蹴り飛ばす。 「……貴女は、泣いています。ずっと、そんな気がしてました」 「やめてよ……同情しないで! 貴方達が殺したんじゃない! 貴方達が奪って行ったんじゃない! 分かった様な事言わないでよ! お姉ちゃんを返してよっ!!」 駄々を捏ねる子供の様に、血を吐きながら彼女は叫ぶ。理屈ではない、感情ですらない。 失った物を認め切れない、擦り切れる様な衝動のままに。 分からなかった訳じゃない。復讐何て無意味だと。 けれどだったらどうすれば良かったのか。 大切だったのだ、大好きだったのだ、向ける所を失ったその気持ちは、 死を受け入れてしまったなら、一体何処へ行ってしまうのか。 「ミナセよ。おぬしの気持ちはわかる。じゃが、それが世の全てではない」 喜平を癒すゼルマの声に、光が涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。 分からない、何が正しいのか。けれど決定的に間違い無い事は。 「……そんなの、分からないよ――」 彼女を支え続けた物がこの時、折れてしまったのだろうと言う事。 「――Bravo」 ぱち、ぱち、ぱち。そうして響く拍手の音。 ●運命考査点 目線がピエロのお面の男へ向く。 彼は笑っていた。とても愉快そうに、痛快そうに、満足そうに。 「お見事、いヤお見事だヨ。これデ彼女は前へ進めル。 復讐で以っテ姉の死ヲ乗り越えたイと言ウ、君の望みハ今適っタ。ハ、ハ、ハ」 何処までも芝居がかり、まるで舞台俳優の様に男は謳い上げる。 「さテ、英雄予備軍諸君、漸く挨拶が出来るネ。 僕はバッドダンサー、曲芸師サ。どうだっタだろウ、僕のショーは。少しは楽しんデ――」 言葉を切って身を翻す。気糸を放ったラキが、怒りに滾った目線を向ける 「何ヲするんだイ、僕はきちんと観客二徹しただろウ?」 「煩ぇよ、最初からぶん殴りたかったが今ので火ぃ点いたぜ。 観客ならタダ見はイケねぇだろ、お帰りの前にお代を払ってもらわねぇとなっ!」 言って駆ける。それも一人ではない。復讐に賭ける必死の想いを笑い飛ばす。 その姿を、絶対に許せない人間がもう一人。いや、二人居た。 「アタシはフィクサードが嫌いだ……その中でも自分の手を汚さず人を利用するだけ利用して、 使い捨てるやつが特に嫌いだ!」 「飽きたら玩具を捨てる様に放り出す……捨てられる側の、気持ちが分かるか!」 幻惑する様な莉那の斬撃と、クローチェの放った黒いオーラが頭部と胴部を同時に抜く。 が―― 「ハ、ハ、ハ、馬鹿ヲ言ってはイけないヨ。挨拶二手土産は必要だろウ? にしてモ、いや愉快だネ。これだケ揃えバ壮観ダ」 離れて見ていた都斗とゼルマ、慧架は気付く。ピエロの仮面の瞳が青く輝き―― 時間差の連撃はいずれも空を切る。あたかも“攻撃される場所が分かっていた”かの様に。 「けど確か二、観客に御代は必要ダ。言われルまデ気付かナかったヨ。 すまないネ、では僕モ一つお返シをしよウ。It's Showtime」 仮面の瞳が黄色く輝く。近距離に居るラキは、気付かない。気付けない。 胸元から取り出したるは一本の短剣。見れば分かる。貫かれた者なら尚更に。 それはつい先ほどまで飛び交っていた破界器と全く同じ物。 「させるか!」 放たれたピンポイントがこれを射抜く。手元から弾き飛ばされる短剣。 「君達ガ余りにモ恵まレ過ぎていル事は良く分かっタ。 倒れテも立ち上がレば良イ。正しク英雄的決断ダ。素晴らしイ。 だがネ、僕は英雄と言ウ輩が大嫌イなのサ」 地面に落ちた短剣が割れる。それは精巧に作られたフェイク。 こうすればこう反応する。それが“分かっていた"かの様に。 後ろ手から放たれる、不幸の短剣、その数七本。狙いは―― 「しまっ――」 「馬鹿者! ボサっとするでないわ!」 ゼルマが駆け寄った光――ではない。それを庇う様に立っていた、慧架。 斬光が連鎖する様に奔り抜ける。降り注ぐ。一撃、二撃、惨劇死劇誤劇碌劇櫃劇―― ほんの数秒で視界が染まる。血と、血と、血と血と血に塗れ、ゆっくりと。 余りにもゆっくりと、慧架が倒れる。 「ハ、ハ、ハ。どうだイ、喜劇だろウ。その辺ノ三流役者と一緒二しないデ欲しイ。 僕はネ、悲劇ハ苦手なんだヨ」 最近涙脆くてネ。言っては興味を失った様に踵を返す。宙に浮かんでいた短剣は何処。 正しく曲芸の様にその痕跡すら見当たらず―― 「あの人……何処かで見覚えが……」 クローチェの脳裏に、最後の声が反響して聞こえる。 何かを忘れている様な、そんな錯覚。 かくて復讐の鬼は落ち、嗚咽する少女が残される。 負の連鎖は綻び弾け、一つの残響が幕を下ろす。 けれど人の縁に終わりなど無い。縁は縁を、善意は悪意を招き寄せる。 そして深く――より深くへと。 彼らは未だ、届かない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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