●同一執着 昔から、全部一緒が好きだった。 他人と違う事が嫌だった。他人と自分が隔絶している事が許せなかった。 流行の服を着て、音楽を聴いて、勿論話も合わせるの。 昔から、全部一緒になりたかったんだわ。 世界には個ばかりが存在している。全部違うのは当たり前で。私は何時も不安で、苛立って、分からない事が唯只管に怖かった。 だってそうでしょう? 世界には個しかないならば、誰だって皆一人なんだから。 「だから、思ったのよね」 自身を睨み付けるリベリスタ達に温く笑った彼女――小野寺舞は言った。 「全部溶けてしまえばいいんだって。溶かしてしまえばいいんだってね。 全部溶かして一緒くたのスープになって、混ざり合えば皆同じ。 誰一人別にはならないし、誰一人はみ出す事も無いわ。 悲しみも、怒りも、不安も、恐れも無い。私の望む私の世界」 指先から滴る緑色の液体が黒いアスファルトを食んで犯す。 ほんの僅かな焼き音とタールの溶ける臭いが過敏になったリベリスタの意識に危険信号を打ち鳴らしている。真昼間の都会で凶行に及ばんとするフィクサードは然程多くは無い。『皆溶かしてスープにする』等という目的と、彼女の語る事情が常人には到底理解出来ない範疇にあるならば、それは人間の形をした化け物である。 「それで――アザーバイドと『融合』したのか」 乾いた声で漏らしたリベリスタの声色が状況を正確に告げている。 『逸脱者』と言われる連中の持つ危険をリベリスタは嫌と言う程知っている。格別の偏執から超常識的能力を身につけた『事情』は『強敵』の絶対条件ではないが、可能性が極めて高いのは事実であった。ましてやそこに――『完全なる化け物である敵性アザーバイドとの融合』等という条件が付帯すればそれは言うにも及ぶまい。 アザーバイド『グリード・カクテル』と不幸にも出会い、格別の相性を見せた彼女はそれを取り込み、同一化し、まさに平和な日常を混沌のスープに変えようとしているのだ。お洒落なバーテンダーが作り出す色彩豊かな『芸術品』にならば付き合いたくもなるのだが…… 「お友達と『一緒』になれて、嬉しいわ」 舞はデートの相手としては魅力的。 しかし、彼女の場合は美醜を問うまでもなく完全に『別』である。 舞の指先から滴る液体が意志を持って動き始めていた。 リベリスタが現場に急行するよりも早く――散った『とかすおんなのこ』達は誰もが守らんとする平和な世界を侵食しつつある。故に彼等は要求されているのだ。小野寺舞という化け物を仕留め、同時に少しでも――少しでも少ない被害でこの状況を食い止めるという難題を。 「――大丈夫よ、皆一緒なら怖くないから」 白昼の戦場に女の壊れた笑顔が浮かぶ。 湿度が高く蒸し暑い――六月の外気がリベリスタの肌を撫でていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月17日(月)23:43 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●マーヴルI 日常の風景の中に『在ってはいけないもの』が溶け込んでいる。 出鱈目に材料をぶち込んで、雑に煮詰めた混沌は――現実と幻想のマーヴルする狂気のスープ。 人通りのある白昼の駅前という日常と、無差別を向く惨劇の非日常。その組み合わせはとても似合うものでは無い。否、それは恐らく『通常ならば在り得ない組み合わせだからこそ』の暴挙と言えるのかも知れないが。 ともあれ―― 「ご機嫌麗しゅう、日常のカクテルなんておしゃれだね」 ――『童貞ネバーギブアップ!』御厨・夏栖斗(BNE000004)は自身の金色の瞳に映る『女』がどういうものかを本能的に、どうしようもない程に絶対的に確信していた。 見た瞬間に『解っている』。アレは、居ては行けないモノだ、世界の『毒』だと。 「でもこれ以上『君達』を自由にすることはできないよ」 日頃は何処か三枚目ながら――フェミニストを気取る少年が、 「……逸脱は羨ましくすらある。だが、命どころか存在の尊厳を侵すものは、等しく俺の敵だ!」 ある種の羨望と共に『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)が口にしたその一言は断固とした排除の意志に満ちていた。 滴る毒液に焼け付くタールが嫌な臭いを上げていた。 湿気を含んだ六月の空気は危険な予感と共にリベリスタの肌をじっとりとした汗に濡らしていた。 眩暈と吐き気さえ覚えるような――そんな邪悪がそこには在った。 「皆と違うのが嫌、一人は嫌、はぐれるのが嫌か…… まあ分からんでもないし、極端で身勝手な事を除けば至った結論も理にかなっていると言えなくもない。 しかし、世の中には俺みたいに一人はぐれたところでのんびりしてる方が好きなのもいるんだ。 ……こうも余計な事に巻き込まないで欲しいものだな」 「――大丈夫よ、皆一緒なら怖くないから」 『気休め』に強結界を展開した『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)の言葉を受け、白昼の戦場に女の壊れた笑顔が浮かぶ。 彼等が今日、戦場として臨むのは壊れた女が望む――些か有難くない鍋の底だった。 「フィクサードとアザーバイドの融合……って、ンな事あり得るのかよ。 元々厄介だった奴が、さらに厄介に何ざ笑えねぇ冗談だぜ」 「ひとりは不安で、溶けてひとつに混ざり合いたい、か。 意外と、その想いは皆持ってたりするんですが――貴女のそれは狂気の領域……」 呆れたように言った『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)の一方で、『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)はその唇を奇妙な風合いに歪めていた。 「これは必然なのでしょう。ゾクゾクしますね、なんて素敵な化物だ」 猛が、レイチェルが――リベリスタ達が対面した女は――フィクサード・小野寺舞は二人が言った通り『人間だったもの』である。拒絶を憎み、恐れ、全てが同一の揺り篭の中に閉じる事を望んだ女は人の世界を踏み外した『逸脱者』だった。そんな彼女の目の前に『グリード・カクテル』なるアザーバイドが現れたのは不幸な偶然であり、幸福な天佑だったのだろう。かくて危険なアザーバイドと『意気投合』した舞は全てを一のスープに溶かす、今日という非日常を生み出さんとしたのである。 (違うからこそ価値を見出すことができる…… 小野寺舞は自分と異なる他者に価値を見出すことはできなかったのね。 それが良かったのか悪かったのか……いいえ、任務の前にはどんな思想も過去も関係の無い事) 拒絶を恐れる気持ちは『分からないでは無い』。 さりとて舞の主張は『余りにも秩序の外にある』。 「……立ち塞がる敵はただ排除するのみね」 『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)は自然の内に頭を振ってそうとだけ言葉を紡ぐ。 奇しくも先日、逆凪の首領は言った。フィクサードは自身の為に世界を侵せる者であると。 「――全てと溶け合って一つになる。 曖昧に溶け合うのでもなく遠大な何かに溶けるのでもない。 『世界の全て』を『自分』に溶かそう……なんて」 『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)の理解した舞は、確かにフィクサードらしい傲慢に満ちていた。 そこにある彼女の『想い』が害意の無い『純粋な好意』だったとしても、生み出される結果は膨大な人命を狂気の中に飲み込む惨劇ばかり。当然、見過ごせる筈もない凶行に他ならない。 「……人は……こんなモノにさえ、なり得るのね」 自身の望みを他者のそれと摩り替える狂人は――世界(そと)を飲み干す貪欲を隠していない。 「同じじゃないから色々ありますし――ソレが人生というものだと思いますけど」 「それが嫌だって言ったでしょう?」 「……他の感情もきっとあったのにね……」 苦笑い混じりの『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)をじっと見つめる舞の瞳には深淵の底冷えを抱いている。 「全てが『個』に過ぎないから、争うのよ。そこに不安も、恐怖も生まれる」 「ほーん、で? いちいち同意求めんなカス」 常人と如何にも噛み合わぬ舞の言を『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)の声が一刀両断した。可憐な外見には些か似合わぬ悪態は彼女らしいと言えば彼女らしい。 物事を非常に最短距離で直線的に判断する彼女の言はある意味で面倒を省いた正解である。一般的な理屈の通じる人間が死毒を湛える緑色のスライムと同化する事を選ぶだろうかという問いの答えは簡単だ。『逸脱』は元より踏み出してはいけない一歩を踏み出したが故の有り様だが、舞の場合は尚更で――永遠に交わらぬ平行線が横たわっているのが確実ならば戯言も全ては詮無い。 「おっと、萌えキュンなメイドキャラともあろう者が台詞のセレクトを間違えました。 ところでそんな感じのネタ、昔のアニメやゲームでよくありましたね。 個人の壁を取っ払って一つに溶け合う事が人類進化の理想とかいう。所謂一つの社会現象型セカイ系」 「ざけんなよ……そんなカッコにならなくてもな……一つにはなれんだよ!」と、続けたモニカは言うだけ言ってから家族の名誉の為に「これ以上はやめときます」と言葉を結んで温く笑った。 「全く、本気かよ……!」 敵を見据える鷲峰 クロト(BNE004319)が呟いた。 舞の全身からドロドロと滴る緑色の汚泥は周囲の侵食を始めていた。 産み落とされた『とかすおんなのこ』の処理も含めて――迅速な対処が必要なのだ。 リベリスタが戦いの構えを見せた瞬間、全ての事態は加速する。 互いが互いの動向を睨み合う、戦いの前の極一瞬の猶予が最早尽きようとしているのは明白だった。 「お話で分かった事は一つね。 要するに私達は分かり合えないし、やっぱり一つになるには溶け合うしかない。 そうしないと貴方達は私を理解出来ないし、私は貴方達を許せない。 ね? 簡単な話でしょう。その為に私は今、特別のスープを作ろうとしているんだから!」 狂気の煮えた女の声が高らかな――開幕のベルになる。 舞の周囲に蟠る緑色の闇が活性化し、辺りに騒然とした気配が満ちた。 駅に程近い『日常』の中に拡散された『とかすおんなのこ』達は食い止めねばならぬ確かな異物。 「作戦通りに――」 恵梨香の声に一斉に仲間達が動き出した。 燃える炎の赤を湛える彼女の千里眼は遥かまでをも見通す魔眼。 目の前で戦闘態勢を見せた舞目掛けて飛び出した夏栖斗、慧架、リセリア、クロトは本体たる彼女を抑えに掛かる為の戦力だ。一方で残る鷲祐、鉅、猛は恵梨香と共に既に散った一帯の分身体の処理を行う。残るモニカとレイチェルは――路地裏を特製の装甲車で封鎖し付近のフォローをすると共に『おんなのこ』の現況以上の拡散を断固として防ぐバックアップの構えを見せていた。 「俺らのやる事は何時も通り。 ……要するに、だ。どれだけ強かろうが、今日この場で倒しちまえば問題ねえって事だよなぁ、おい! って所で――行くぜぇ!」 烈火のように吠えた猛の目が来る戦いに光を増した。 駆け出した彼の意識の先には平穏を溶かす悪魔達が居る。 リベリスタの勤めが誰かの為の世界を守る事ならばそれは間違いなく倒すべき敵の一つであった。 ●マーヴルII 「行くぜ――!」 フェザーナイフを両手に備えたクロトの全身が『加速』した。 ソードミラージュの面目を果たすかのように――十分な速力を秘める彼の踏み込みはあくまで鋭く、敵が本格的な動きを見せるより早くその行く手を遮るもの。 「あなたが最初なの?」 「出来れば最初も最後も遠慮するけどな」 茫洋と小首を傾げた舞に応えるクロトの言はにべもない。 敵の本体たる舞に対抗するリベリスタはまずは四人。舞への対応と分身体の対応を半々に分かつレイチェルとモニカを加えても六人である。『逸脱』の上にアザーバイド化を果たした舞を押さえ込むにこの戦力が十分充当しているか否かは戦い慣れた彼等にとって考えるまでもない問題である。 故にリベリスタ達はこの戦いに素早い立ち上がりを求めなかった。 「……簡単にいくとは思いませんが」 「古武術、合気道形式の戦闘方法で合間見え――その動きを確かに見切る!」 三重の敵の抑えの一端を担うリセリアはクロトと同じように――全身の反応感覚を鋭敏に研ぎ澄ませる。中国晋代の『神仙伝』に記される、或いは武術における究極の奥義の一として知られる『縮地』さえ極めた慧架もまた、寡兵で敵を食い止めねばならぬこの状況にその全身のギアを引き上げていた。 「皆一緒なら寂しくない。 けれど全部同じになった先にあるのは孤独だ。人は一人では生きていけない。 マイナスの感情はまず自分を蝕むんだよね、全く――度し難い事にさ?」 まず初手での『前』を任せた夏栖斗が舞の傍を固める複数の『おんなのこ』の注意を自身に引き付けた。 敢えて舞本体以外を自身に向かわせる夏栖斗の狙いは他三人の前衛と織り成す分断の連携か。 「唯、倒せば片がつく話でもありませんからね――」 一方で路地裏奥の舞に正対するモニカとは逆に路地裏の向こう側に視線をやったレイチェルはその素晴らしい直観力で状況を見極め、被害を最小に留める為のプランを猛烈な勢いで組み上げていた。敵との距離、保護対象との距離、仲間のスピード、状況、被害発生確率…… 彼女は怪異に悲鳴を上げた人々に避難を促すと共に強烈な白光を放ち『おんなのこ』達を牽制している。 「……うん、流石。速過ぎ」 レイチェルの視線は自身の動きに合わせるまでも無く動き出し、青白く『深化の電撃』を纏う鷲祐の背中を見つめていた。路地裏の外に飛び出した仲間達は恵梨香を司令塔に各々の担当する方角に向けて動き出している。 「嫌だなあ。あくまで邪魔をする気なのよね?」 状況に合わせた『棋譜』を作戦通りに展開するリベリスタに対する舞も大いなる危険を開始する。 肯定的評価は彼女の本気度を告げている。舞の全身から滴る『グリード・カクテル』がその量を増した。一帯の地面に瞬間的に侵食した緑色のスープは戦場を彼女の庭に変える。『生きた汚泥』は路地裏全体を腐敗の毒沼に仕立て、足元からリベリスタ達の生命を脅かすのだ。 「いきなりEX(それ)ですか――」 「だって、皆を溶かすのは中々大変そうなんだもの」 リセリアの眉が顰められた。 場に残り続ける『スープ・ガーデン』はフィクサードの次元を超えて非人間めいている。さりとてそれが故の『融合(あざーばいどか)』である事は言うまでも無い。ダメージと毒で対象を蝕むその領域は『本体』たる舞の動向に構わず範囲に捉えた獲物を食らう第二の敵。敵の攻撃が二重を織り成せばその危険も倍になる。『解除』するには恐らくは本体を倒す以外他に無い。 「全く、悪趣味な。クリーニング代は経費で落ちるんでしょうね?」 自身は大分距離を置き、それでも戦いに挑む以上は状況を避けられない――モニカが心底面倒そうに口を開いた。自前(かいしゃ)で造った高機動装甲車をバックに此方は敵に正対している。 殲滅式自動砲なるこれまたキュートなメイドには似つかわしくない大型対物重火砲(ばけもの)を軽々と取り回し、引き付けられ夏栖斗に纏わりつくようにした『おんなのこ』達を狙いに定める。 「そんなに一緒が良ければ全部同時に同じ様に始末して差し上げますよ――」 声は『蜂の巣を突いたような騒がしさ』に掻き消えた。 「――では、纏めて吹き飛んでいただく方向で」 威力を突き詰めた驚異的なフィジカルはバスト65、ウェスト50、ヒップ72のその身体からは俄かに信じ難いものである。精度よりも制圧的側面を重視した一撃は『おんなのこ』達に小さくない衝撃を与えていた。 状況上、パーティも『想定外の強制的消耗』は否めないが、それでも作戦を崩す愚かは無い。 「ブロックは任せるぜ――」 「ええ、まずは私が――食い止めます」 近接する敵に厄介な毒気を撒き散らす舞を相手にドッグファイトを仕掛けるのは愚策である。 縮地法による高速戦闘を得手とする慧架がクロトからブロッカーを引き受けた。舞の抑えとなる彼女は更に全力防御を展開し、あくまで舞の壁として立ち塞がる。 パーティは消耗度合いに応じてブロッカーをローテーションする有機的連携に戦いの活路を見出していた。慧架へブロッカーをスイッチしたクロト、そして一度は前に出たリセリアは素早い後退を見せ―― 「これならば――」 「――『反射反撃』も貰わない寸法ってな?」 ――鮮やかなる空中殺法を展開する。 残像さえ残し影も踏ませぬ華麗な舞踏(ソード・エアリアル)の競演は確かにこの状況にうってつけだった。高い精度を誇る二者の斬撃も舞を翻弄するまでには到らなかったが、セインディールの青き輝きと羽のように軽やかに閃いた二条の銀光は彼女の肌を薙ぎ斬り、傷付ける事に成功している。 「……『逸脱』しても血は赤いままなんですね」 何とも皮肉な現実にレイチェルの言葉は幾らか冷えた。 手近な一般人を現場から引き離し、周辺の『おんなのこ』を制圧した彼女の美貌に浮かぶ嫌悪は、他人を害する化け物への強い感情だ。或いはそんな化け物を『酷く殺したがる』同属嫌悪。 例えば兄ならばこの舞にどんな言葉を掛けただろうか――過ぎる考えもまた、馬鹿馬鹿しい。 「舞ちゃん。君はトモダチと一緒になりたいというのに――君だけどうして『個』のままなの? 結局は小野寺舞という人格が根底にあるなら――君はどれだけ融け合っても『一つ』じゃない」 モニカの砲撃に痛んだ『おんなのこ』の内の数体を夏栖斗の『徒花』が撃ち抜いた。 虚空を奔る蹴撃は空気を巻き込み唸りを上げてやがては本体たる『個』に到達し、その上半身を仰け反らせる。 しかして、血の華を咲かせた美しい女は夏栖斗の言葉も一撃も何事でもないかのように呟くのだ。 「それは、この先の課題だわ。私は私でなくなっても一向に構わないのだから」 それが故の『逸脱』。『逸脱』孕むが故の死線である。パーティの連携はまず戦場に素晴らしいアクセントを点したが、それで終わるならば今日の敵は今日の敵では有り得ない。 「――あなた達、嫌いだわ」 一言は厳然と響く。 「だから、好きになれるように努力するわね」 舞から弾けた溶解の飛沫は意志を持っているかのようにリベリスタ陣営全てに降り注ぐ。 比較的近距離に居る四人は言うに及ばず、距離を持つモニカもこれを蒙るのは否めない。辛うじてレイチェルは一撃の間合いからその身を外してはいたが、パーティの損耗は小さくない。 回避に優れる前衛達ですらこれをさばけたのは慧架だけ。 腐食の毒液は衣装を侵食し、肌を焼く。『持久戦』に優れぬ今回の編成は全く予断を許していない。 (せめて、一手でも長く抑え切る――) リセリアの瞳に決意が揺れる。さもなくば『化け物』に勝つ術等、最初から無いのだから。 ●マーヴルIII 「……四時の方向、猛さんお願いします」 「おうっ!」 アクセスファンタズム越しに響く猛の声に恵梨香は小さく頷いた。白昼の駅前を舞台に引き起こされかけた惨劇の予感は作戦に持つ戦力の半数をその防止に当てるというリベリスタ側の『勇気ある対応』により大いにその被害を減じていた。 「居やがったな!」 恵梨香の通信を受け、駆けた猛の視界に一人の少女を溶かす『おんなのこ』が居た。 もぐもぐと咀嚼するように蠢くスライムからおかしな方向に曲がった手足が生えていた。 人間の肉が溶解される臭いがこれ程鼻につくものだとは――『知る』人間が多いとは思えない。 ……一帯あちこちに散らばった『おんなのこ』達を少数で捌いたならば被害はこの規模では済まなかっただろう。さりとて、少数の被害を『必要なものだった』と割り切れる程、猛は老成してはいない。 「この野郎、ふざけやがって――」 猛烈な勢いで間合いを詰めた猛はその拳に燃え盛らせた赤い炎を真っ直ぐに『おんなのこ』に叩きつける。アザーバイドらしい生命力の高さはさて置いて、戦闘力には然程優れない『おんなのこ』は幾攻防かの末に猛に撃破されたが、肩で息をする彼もまた多少の消耗を顔に表していた。 (……あと、何体……?) 周囲を見回し索敵を続ける恵梨香の表情にも焦りの色が見え始めていた。 状況が厳しいのは元より承知の上である。それは彼女も舞の抑えに残ったリベリスタ達も同じである。しかして、舞が『フルメンバーで望んでも手強い敵』であるのが確実な以上、抑えるリベリスタ達の苦戦はほぼ確実な未来である。恵梨香等に求められるのがスピードである以上、焦れる気持ちは如何ともし難い。 「逃げて下さい。凶悪な殺人鬼がこの近くに居ます」 嘘ではない、しかし真実の全てではない恵梨香の一言に一般人が頷いて駆け出した。 ある種、ある意味おいては『共感せざるを得ない』舞の言葉が却って恵梨香(こどくなしょうじょ)を苛立たせる。 「任務を失敗する訳にはいかない。……でも、今日はそれ以上だわ」 逃げ出した彼とは逆に進んだ恵梨香は哀れな犠牲者を飲み込む『おんなのこ』に冷たい視線を注ぐ。 憎むべき、身勝手なフィクサードの理屈で産み落とされた『それ』は呪いのようである。 「……痕跡は明白だな。故に、お前達を捕まえるのは難しい仕事じゃない」 粘性の『おんなのこ』が道路に、建物に残す『痕』は決して鉅の直観力から逃れられるものではない。 彼の指先は時にアザーバイドから生命力を掠め取り、時に不吉なる月の輝きで己が敵を焼き払った。 (間に合うか……?) 幾体目か『おんなのこ』を仕留めた鉅が咥えた煙草のフィルターを噛む。 (間に合わせる……!) 時同じく、凛と自分に言い聞かせたのは素晴らしいスピードで己が遂行に臨む鷲祐であった。 縦横に駆け回り、面倒な仕事を潰していくという局面においては彼を上回るリベリスタはそう多くない。自身が絶対と頼むスピードは獣騎への進化と電撃戦(ブリッツクリーク)の展開により驚異的な行動力を彼にもたらしていた。鷲祐の一撃は唯の一撃に非ず、二度閃き敵を切り裂き、斬り刻む。 「はッ――俺は止まらん――!」 果たして。 果たして――死力を尽くしたリベリスタ達の遂行は気合に等しい戦果を挙げていた。 「急行して下さい」 恵梨香の指令を受けるよりも早くさもありなん、リベリスタ達は惨劇の中心点へと駆けていた。 猛が、鉅が、鷲祐が、そして当然恵梨香が――次々とあの路地裏へと駆けていく。 「――――」 幾度目か敵の攻撃に息を呑んだモニカ、レイチェル――その双方の目の前に青い影が飛び込んだ。 「待たせたな――!」 驚くべきか、庇う動きも一度に二人。先に戻らせたにも関わらず急行は一番手。 ミラージュエッジで毒液を阻んだ鷲祐が見得を切れば、 「遅いですよ。ご自慢のスピードは――鈍りましたかね?」 「いや、今のは中々――実際、とんでもない動きだと思いますよ」 彼と仲の良いモニカは何時もの悪態で嘯き、レイチェルは逆に感心して笑って見せた。 「フッ、冗談を言え。俺の速度はまだこんなもんじゃない」 「速いだけか?」は褒め言葉。ニヒルに笑う鷲祐の視線の先で、舞は尚大いに健在。 路地裏での戦いは――成る程、壮絶な状況を示していた。 ●とけあうおんなのこたち 小野寺舞と足元から絡み付く死の蔦(スープ・ガーデン)は大いにパーティを苦しめた。 前衛は舞の抑えと攻撃に尽力し、後衛のレイチェルとモニカは全体攻撃による制圧で戦場のコントロールを図っていた。しかし、全力の殲滅を嘲笑うように増える『おんなのこ』達は尽きない悪夢のようである。 如何な守りに優れようとも、如何な体力自慢であろうとも。人間である以上、超えられぬ壁は確かにある。パーティは強敵を相手に寡兵で良く健闘していたが、戦いが長引けば危険が加速度的に高まる事は止めようが無かったのである。 ローテーションで舞を食い止めんとした前衛四人も体力の消耗を隠せない。 敵射程を意識しながらヒット&アウェイで弾幕を張るレイチェルと全力で支援砲撃に走るモニカはそれぞれ潤沢なEPと継戦能力で状況を支えていたが、我慢比べでは不利な否めない所だっただろう。 しかし、運命さえ瞬かせ、リベリスタが作り出した時間は辛うじて希望を次に繋いでいた。 散ったメンバー達の帰還による増援はパーティが反撃の機会を見出す十分な意味を持っていたのである。 「もうひと頑張りかな?」 「……まだまだやれるけどな」 「ええ、これからです」 「は――ッ!」 夏栖斗の言葉にクロト、リセリアが応え、気を吐いた慧架が間合いを『掴み』舞を強かな一撃を加える。 「悪いが加減はできん。そのまま潰えろ! つまり――」 毒の沼さえ躊躇わずに駆け抜けた鷲祐が猛烈な速度と共に斬り込んだ。 「――貴様だけ死ね!」 戻ってくるのは鷲祐だけではない。 更に続く戦いの中で次々頼もしい顔が現れた。 「まとめて――砕け散れ」 鉅の抱く赤い月の輝きが纏めて敵陣を焼き払う。 「こんな手合いと長期戦は死亡フラグだぜ……! 生憎と長く付き合う気はねぇよ。さっさと終わらさせて貰う!」 猛の弐式鉄山が間合いに裂帛の咆哮を上げ、 「我が敵を撃て、魔曲の調べ――」 ハイ・グリモアールを開いた恵梨香が四重の魔術を組み上げを舞を撃つ。 加速的に高まったパーティの攻撃力は舞の余力を急激に削ぎ始めていた。 長く戦線を支えたリセリアが遂に倒される。 戦いは続く。あくまで続く。 「これで、最後か!?」 多重残幻剣で複数の敵を斬り払ったクロトが鋭い視線を舞に送る。 気付けば殲滅力を増したパーティは『おんなのこ』達を駆逐していた。 本体たる舞は健在のまま、更にフェイトを損耗したパーティの残存余力は遂にレッドラインを踏み越えようとはしていたが―― 「誰一人別にはならないはみ出さない……か。 なるほどね……あんたってさ、誰からも認められた事なかったんたじゃね?」 ならばと挑発めいたクロトがそんな風に言葉を投げた。 「他人と違う事を嫌ったり許せないんじゃない、ほんとは恐れてたんじゃないのか? だからそんなアザーバイドに縋ってまであんた『だけ』の世界を作ろうとしてるんじゃねーのか?」 舞は微笑んだままだ。 「――あんた、可哀想な人だな?」 「最初から言っているじゃない。怖いって。認めてるわよ、そんなの全部」 「……ッ!?」 舞の肌から噴き出した無数の細い触手が最後のブロッカーとして奮闘していた夏栖斗の全身を絡め取った。 「な……!?」 「可哀想かどうかは知らないけど、一緒に溶けたら君も私と一緒よね」 舞の腹がぱくりと割れた。その内部で蠢くゼリー状の『何か』はおぞましく。人が人を食らうとはこの事かとリベリスタ達に『恐怖』の存在を確信させた。 「個だからこそ――相手を慮れるんだ!」 あくまで抗う。業火を帯びた夏栖斗の拳が舞の『大口』を撃ち抜いた。 それでも彼女は止まらない。「でもこれからは一緒だから必要ない」。そんな悪趣味な冗談が夏栖斗の肩口から喰らいつく。彼の悲鳴と共に響いた轟音は運命を分かつ分岐点(ターニング・ポイント)。 「――異常にしぶとい、そのからくり。気付かないと思いましたか?」 声の主は自動砲より煙を燻らせたモニカだった。 攻勢一辺倒で動いた彼女自身、もうボロボロである。 それでも『敵が多く居たならば』彼女の仕事は殲滅だ。『敵が一人になったなら』次なる仕事は死神の魔弾を放つ事だった。 圧倒的威力による制圧戦を得手とする彼女のもう一つの芸――十三番を刻む自身最高の一撃(たんたいごろし)は舞の大口――脇腹の半分ばかりを吹き飛ばしていた。 小野寺舞は腐食を好む。グリード・カクテルの性質を得た彼女は地面に広がる毒(スープ・ガーデン)を密かに飲み干し続けていた。なればこそ、モニカの狙った致命は展開を急激に動かす意味を持っていた。 最早猶予は無い。リベリスタの余力が尽きるか、舞を押し切るか。 時間の勝負となった戦い、確かな好機にパーティは最後の力を振り絞る。 「一つになるなどゴメンだ。一人だからこそ、ここまで戦ってきた。 超えるべき仲間と、敵と――個の力、その身に刻めッ!」 鷲祐が叫ぶ。 「喜びも、勇気も、愛情もある。私の望む――私の世界です」 凛と慧架が言い切った。 「言っただろう? 俺はのんびりはぐれているのが好きだって」 鉅のエナジースティールが傷んだ舞から生命力を掠め取る。 「落ちやがれッ!」 全身全霊を込めた猛の一撃は彼女の世界をぐらりと揺らし―― 「――燃え尽きなさい」 断罪の如く迸る恵梨香の炎は産み落とされた『おんなのこ』ごと舞の影を紅蓮に包む。 仲間達はこれを叩き、叩き、叩きまくった。一筋の勝機を広げんとするそれは剣の意思。 強敵を前にリベリスタが上回った部分があったとしたならば、瞬間に見せた集中力だったに違いない。 おおおおおおおお……! 響き渡るおぞましき声が舞のものなのか、グリード・カクテルのものなのかをリベリスタに知る術は無い。 「溶け合うのも悪くないけど、人は選びたいんですよ――」 地面に溶けていく『スープ』を眺め、レイチェルはあくまで冷たく言い放った。 「――貴女と一緒のスープなんて、ごめんです」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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