●逆凪カンパニー会長室 天空を衝く摩天楼の最上階。 資格無き者に立ち入る事叶わぬ『蛇の巣』は主たる男――逆凪黒覇の意を尊重し、常に静かな空間に保たれている。国内最大のフィクサード組織の中核においそれと手を出せる存在等あろう筈も無い。 「何だって――!?」 「大声を出すな、邪鬼。心配をしなくとも『お前には』説明してやる」 ……そんな『最も危険な会長室』で大声を上げて無事で済む者は多くない。 裏を返せば反射的に怒鳴り声にも似た一言を吐き出した巨躯の男――彼の実弟である逆凪邪鬼は、黒覇にそれ位の事を許される男という事でもある。 「兄者が何も考えてねぇとは思ってねぇよ」 鼻を鳴らして憤慨した顔を見せた邪鬼は兄の口にした『お前には』の台詞が何処に掛かるかを知っていた。現時刻、逆凪カンパニーの会長室には黒覇と邪鬼当人とを含めた四人の人間が存在している。残る二人の内、黒覇の秘書である『黒服』崎田竜司の存在は当然だ。邪鬼が苛立ちを隠さないのは残る最後の一人が彼にとって実に面白くなく不愉快な存在だからに他ならない。 「第一、何故コイツがここに居るのか……俺は納得していないぞ!? 素直に倫敦の女でも追いかけていたらどうなんだ。え?」 「……俺もその話の意図を聞きたいな、黒覇兄さん」 邪鬼が視線を向けた先で彼等の弟――逆凪三兄弟の末弟たる凪聖四郎が苦笑いを浮かべていた。何事にも如才無い彼は何かと突っかかってくる次兄を上手く避ける事に余念が無い。黒覇がそう見越した通り、聖四郎は長兄の発言の意図を理解していたが、それを言えば『角が立つ』。 「フン。面白くも無い反応だ」 「想像はつくけれど、それは邪鬼兄さんも同じだろう。 生憎と俺が簡単に読める程、黒覇兄さんは簡単な人じゃないだろうし」 「私はお前のそういう――兎に角『噛んでも味がしない』所が嫌いではないよ」 何かと邪鬼を煽り、自身との競食を望んでいるかのような兄の『悪趣味』に聖四郎は警戒をせざるを得ない。『誰よりも逆凪である男は、逆凪の名を持たない男の本質を恐らくは知っている』からだ。彼が圧倒的と言う他は無い自身の力に絶対の自信を持っている事も間違いない。つまる所、『凪の起こさんとしている逆凪』を当主は楽しんでいるという事で―― 「――つまり、どういう事なんだい?」 ――聖四郎は詮無い思考をそこで止め、嫌な笑いを浮かべる帝王に水を向けた。 「そうだ! 兄者、どうする気なんだ!?」 会長室に兄弟を集めた黒覇が口にしたのは青天の霹靂の如き提案だった。 「アークの連中を『ここに招く』ってのはよ!」 邪鬼の言葉にも涼しい顔のまま。黒覇はくつくつと笑い声を漏らしていた。彼が何処か悪戯気な雰囲気を帯びている理由は何故か。言うまでも無い。 「――我々と彼等の付き合いも些か長くなってきたからね。 この好機に、顔が見たくなった……では不足かね? 逆凪邪鬼を食い止め、凪聖四郎を阻み…… 蝮原咬兵、パスクァーレ・アルベルジェッティ……そして、我が親愛なる社員達に数々の因縁を生じさせた彼等に興味が沸いておかしい理屈も無いだろう?」 (下手な冗談だ) 当然尺然としない邪鬼の一方で聖四郎は内心肩を竦めた。 たった今、兄の口にした台詞の内、聞くべき所は一箇所だ。確かに人材マニアの兄のこと。言った通りの興味を抱いているのは確かだろうが、彼がこのタイミングでそんな事を言い出したのは一点に尽きる。 それは即ち『この好機に』に集約される。 蛇は非常に執拗に懐疑的である。 己が力に絶対の自信があったとて、他人を信用するような事は無い。 『つい最近、どんな約定を交わしたとしても』フィクサード同士の同盟が常に万全に機能する等と考えるのは愚か者ばかりである。 (……と、なれば黒覇兄さんの考える事は……) 聖四郎は食って掛かる邪鬼を楽しそうにいなす黒覇を眺めて嘆息を吐いた。 ……確かにハサミは使いようである。 彼は自分の体験から知っていた。『アークは手強い』。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月13日(木)23:20 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●『平和』な日I 摩天楼は見上げる程に高い。 その威容はまるで天に挑むバベル――『持ち主』の傲慢を物語るかのようであった。 この国に暮らす人間の『大半』が一度は聞き及んだ事がある『サカナギ』の名と、この国の神秘的悪を統率する『逆凪』の名前は簡単にイコールするものではない。明媚にして現代的、機能的な本社ビルと怪しげな『神秘』なる世界は見事な程に食い合わせが悪いのは確かだった。 「本社、ですものね」 『敵本拠』を前にした『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)の一言は全く合点がいくと言わんばかりであった。 成る程、そこは確かに『蛇の巣』なのである。 丁度、悪夢の跡地に再建された三高平が――同様の姿を見せているのと同じように。時代が変われば人も変わる。遥かな過去では『胡散臭い』事がステイタスであった神秘界隈も隔世の感があるという事だ。 逆凪黒覇にとっては商売も悪事も等しくビジネスだという事なのだろう。些細なイメージの話でしかないが、本社ビルの佇まいは凛子が獏然と抱く黒覇の印象と合致している。 (つまる所、彼は基本的に損得勘定が勝っている性格で――) ――『気まぐれにしか思えない此度の晴天の霹靂』もその性格と無関係ではない、と彼女が考えたのは当然だ。 凛子が――仇敵である筈のアークのリベリスタ達が――今日、堂々と国内フィクサード主流七派が一柱である逆凪の本拠地を訪れたのには無論理由がある。 「……少々緊張するでござるが何時も通りの拙者で行くでござるよ」 「折角の機会ですもの、楽しまなければ勿体無いわ」 「同感ね。足元を見せると思ったら大間違いだけど」 『家族想いの破壊者』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)に涼やかに応えた『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は黒と赤を基調にしたドレスを纏い、白い髪を蝶の髪留めで結い上げている。同様に余裕めいた調子で言う『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)もめかし込んでいるという意味では――沙織に見せる時と同等に――十分で、此方は黒と青を基調に糾華と揃いになるものを纏っていた。 お洒落をしているのは彼女達だけでは無い。 先の凛子は――此方は何時も名前の通り『凛』としているのだが――男性用のスーツを纏っているし、 「マナーは勉強してきましたけど……おかしくはないですよね?」 裾を指先で持ち上げた『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)も少しだけ居心地が悪そうにドレス姿を披露している。 何よりもそんなお洒落以上に今日のリベリスタ達の違和感になっているのは―― 「仮にも逆凪黒覇が言葉にしたのです。信じさせていただくとしましょう」 「僕達を殺してもアークと決定的に断絶されるっていうデメリットの方が大きいだろうし。 他でもない黒覇はそんな愚策をしやしない。頭では分かってるんだけど、ね……」 ――『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)の言葉に、敢えてその先の『怖い』を口にしなかった『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)の言葉が向く先の方である。リベリスタにとって日本国内で最も危険なエリアの一つであると容易に推測出来る『逆凪カンパニー本社』へ出向いた彼等は『全く武装していない』。 理屈では分かっている。そこには殆ど間違いは無い筈だ。しかして。 (天使の加護がありますように……) 悠里が鉄火場のルーティーンと同じように唯一持参した大切な銀時計(アーティファクト)の螺子を巻いたのは胸を温めるプロセスである。『臆病』な彼が、それを見せまいとする一つの大切な儀式であった。 「きっと大丈夫だよ、うん。大丈夫!」 ワイン色のワンピースドレスが鮮やかな『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)が自分にも他人にも言い聞かせる調子で『彼女らしい大きなアクションで』頷いて見せた。 「それにしても、食事会とは……ううむ」 唸るように呟く虎鐵は難しい顔をしたままだ。 些か遅まきながら結論を言えば、リベリスタ達が敵本拠地に臨んでいるのは黒覇の『招待』を受けたからである。 当然、罠である可能性を完全には否めない相手ではあるが――アークからすれば断続的に続く『親衛隊』による脅威に七派が関わっているであろうという事実を考えれば、これは打開のチャンスであると言えた。『相模の蝮』事件より此方、フィクサード同士の結託が時に脆いのは良く知る所であるからだ。 「まぁ、何を考えているかは読み難い相手ではあるがね」 「逆凪総帥直々の招待。裏の思惑が溢れてるんだろうけど、ここは誇ってもいいかもね。 総帥が自ら動くほど、アークが評価されてる事には」 それでも敢えて自身の目的を『敵を見極める事』に置く『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は不敵に笑い、一方でフォーマルなドレスに髪を下ろした四条・理央(BNE000319)は満更でも無さそうに言った。 「鉄十字の件は気になりますが――今宵は『楽しい』夕食会に致しましょう」 何処まで本気か、そんな風に嘯いた凛子に仲間達が頷いた。 現時点で逆凪黒覇の真意を知る者は居ない。 彼が何を考えて今日の日をセッティングしたのかは夕食会(とおくないみらい)に見えてくるのだろうが―― (私は基本的にフィクサードが好きじゃないけど…… 裏野部や黄泉より――秩序のある逆凪はそこまで嫌いじゃないかな。 今日の食事会で逆凪の事をもっと知って――出来れば好きになれると良いのだけれど……) ――内心だけで呟いたセラフィーナの『望み』が叶うかどうかは全く霧の中である。 そろそろかと足を踏み出したリベリスタ達を出迎えた受付も、社員達も――大半がフィクサード。 「ようこそ、お待ちしておりました」 黒服を纏う崎田竜司は如才なく時刻よりも前にエントランスでリベリスタ達を待っていた。 「本日は良くお越し下さいました。会長は上の部屋でお待ちです」 崎田とリベリスタ達のやり取りに視線を注ぐ社員達は如何にも面白気な様子である。 その中には見た顔も、交戦した顔も、因縁のある顔もあるのだから――馬鹿丁寧に賓客(VIP)を持て成す態度を取る崎田の態度にも、肝胆が寒くなるのは致し方ない所だろうか? ●『平和』な日II 「Croyez-vous en Dieu? Je ne crois pas en Dieu. 同じ誓いを立てるならば――“逆凪黒覇”自身に誓いを立てて貰えるかしら?」 「Je ne crois pas en Dieu.いいだろう、了解した。『私自身に誓って』興冷めな手出し等しないとも」 何処か挑発めいた氷璃の言葉に――会長室の主は楽しそうに笑ってそう応えた。 逆凪カンパニー本社ビルの最上階、専用のエレベーターの辿り着いたその先は豪華絢爛なる『王の間』である。十人のリベリスタ達を出迎えたのは白いテーブルクロスの掛けられた長い机と、一面ガラス張りの窓から眼窩都会の街並みを一望出来る素晴らしいまでの眺望だった。 「程無く夜景を楽しめるものと思うよ。私はここから『見下ろす』のが大好きでね」 『見下ろす(みおろす)』にアクセントを置く黒覇は眼鏡を指先で持ち上げて短く笑った。 「喜んでくれて結構だ。この場所にリベリスタが足を踏み入れたのは初めての事なのだから」 その実彼の『見下ろす』は『見下す(みくだす)』に近いのかも知れないが―― (邪鬼と、聖四郎もやはり居るな) ――オーウェンは相変わらずの苛立ちを隠せない邪鬼と、困ったように曖昧な愛想笑いを浮かべる聖四郎の双方を確認して一つ小さく頷いた。 「黒覇様。この度は御招き頂きまして、有難う御座いました」 心を許した調子とも――かと言って慇懃無礼とも異なる調子で悠月が一礼した。 「この度は招いてくださりありがとうでござるよ」 「此度は夕食会にお招き頂き、誠に有難う御座います」 「お招き有り難う。お互いに有意義なひと時になると嬉しいわ」 「お招き頂きありがとう。設楽悠里だよ。よろしくね」 「さて、本日はお招き頂き光栄だわ」 「はじめまして、セラフィーナ・ハーシェルです。本日はお招き頂き、ありがとうございます」 「はじめまして、本日はお招きをありがとうございます」 その言葉を合図にするようにリベリスタ達はめいめいに招待への感謝を述べる。 腹の底を見せないのはお互い様。軽い自己紹介を交えた時間は温く、冗談のように穏やかだ。 「自己紹介は要るか?」と問うた悠月と、リベリスタ達の挨拶に鷹揚に頷いた黒覇はグラスの奥の瞳を細める。それでも『敢えて自分を名乗る事をしない』彼からは強烈な自負とプライドが垣間見えた。顎で促された邪鬼は兄のそんな性分を知っているのか渋々といった調子で口を開く。 「逆凪邪鬼様だ。覚えとけ」 「凪聖四郎です。今日はまぁ――色々あったけど宜しく」 (聖四郎さんに挨拶、挨拶……) 聖四郎の方はこんな状況ながらあくまで如才ない。不機嫌さを隠し切れる筈も無く、鼻を鳴らした邪鬼に見咎められないように注意を払い、旭は『顔見知り』である彼に小さく目礼を送った。 「……聖四郎も久しぶりでござるな」 「意外な所で会うものだ、とは言っておこうかな」 「『この間』は悪かったわね。悪趣味な蜘蛛のやりようと言ったら」 「……気にしなくてもいい。気にされるのも却ってやり難いじゃないか」 虎鐵と氷璃に応える聖四郎は苦笑い半分といった所。 成る程、アークと彼の間で『色々』あったのは確かである。 特に敢えて氷璃が牽制の為に口にした『倫敦』との事件においてはかのモリアーティの企みのままに恋人をその手から奪われるという――彼にしては中々面白くない結果が生まれたのも事実である。 (だ、大丈夫かなぁ……?) ハラハラする旭の視線の先で、しかして聖四郎は大人の対応を見せていた。『此処で争えば主催者の顔に泥を塗る事になる』のは改めて確認されるまでもなく彼としては理解している事柄だ。 そして何より、凪聖四郎という男は『別段リベリスタを恨んでいない』。紫杏個人の心身を思えば卑劣なる『倫敦派』に怒りを覚える事はあれど、それさえも理屈ではやり口の見事さに感心をした位である。 「さて、今日は気楽に――ゆっくりと時間を過ごして貰おうか?」 黒覇の促しに応えて面々は長いテーブルにそれぞれ着席した。 敵同士の――それもこの国の悪の大物を目の前にしての時間にしては奇妙極まりないのは確かであるが、『自身に誓った』黒覇は元よりリベリスタ側にも今回ばかりは敵意が無い……と言うよりも敵の言を容れ、武装まで解除したのだから敵意を向けるだけ無駄である。 「飲めるならどうぞ。飲めないならば代わりを用意させてもいい」 「あら」 「うん?」 「いいえ、何でも」 テーブル上のボトルにはSALONの文字が刻まれている。主人の言葉に応えたシェフが成年のグラスに最高級の白を注ぐ。気障な男はシャンパンが好きなのか、と氷璃は軽く思い当たる節があった。 「いただきます!」 旭の元気の良い声に空気が和らぐ。 自身は当然と言うべきか遠慮した所も無く、足の長いクリスタル・グラスの香りを楽しむようにした黒覇はリベリスタ達に構う事無く、軽く杯を傾けた。 「一応超一流のシェフにフレンチを用意させたが、別に好みがあったら言ってくれても構わない。 問題無く――すぐに別のプランを用意させるから」 「お構いなく」としか返しようの無いリベリスタに彼はマイペースなままである。 食前酒に続いてオードブルがテーブルに配された。白いシンプルな皿の上には料理の色彩が踊っている。 「楽団の襲来の一件に於いてのご協力に、真なる感謝を申し上げる」 来日から幾らかが経っているとは言え――やはり洋風なマナーの方が得手になるオーウェンはフォークを器用に扱いながら話題の取っ掛かりにかねてから考えていた『それ』を口にした。この日本をケイオス率いる『楽団』の脅威が襲ったのはつい先日の出来事である。アークと逆凪――黄泉ヶ辻を除く主流七派――はその事件において事実上の共闘状態にあった。勿論両者は仲間等では無かったが、彼等を日本から駆逐せしめたのは呉越同舟に互いの力が合わさっての事業であるとも言える。 「ケイオス率いる楽団に対して、共闘体制を取って頂いた事にお礼を申し上げます」 「楽団との戦いではお疲れ様」 「貴殿等のおかげでアークはこうして今も生きてるでござる」 オーウェンに続き丁寧に言った理央、軽く言った悠里の一方で虎鐵は軽く黒覇等を持ち上げた。 「礼もおべっかも結構。我が社としては必要な仕事をしたに過ぎない」 二番目の前菜となる茸とフォアグラを銀のナイフで切り分けて品良く口に運ぶ。 黒覇の台詞は素っ気無く、同時にハッキリとした意思を持っていた。『共闘状態』になったのは確かだが、『楽団を叩き出す』というミッション自体は七派にとっても同じだったのだから『手を貸した』心算は無いという事か。 「それでもよ」 シャンパンの代わりにフレッシュジュースを口にした糾華は物怖じをせずに言う。 「お互いやるべきを行い、倒すべきを倒しただけで。礼や恩と言うべきでも感じるべきでもないとしても。 それでも、お礼を言いたい事はある。お陰でアークも日本も助かったわ。ありがとう」 黒覇は糾華の言葉に「ふむ」と思案顔をする。 そこに口を挟んだのは氷璃である。 「パスクァーレ神父にヘリを手配したのは貴方ね。彼の介入が反撃の嚆矢となった事実は明白だわ」 「……我々は売国主義者ではないのだよ。この日本は私のマーケットだ。 日本を軽く見る外国人『風情』には怒りを覚えるし、それが『我が社』を軽んじる者であれば尚更だ。礼を言われる謂れは無いが、諸君等がそう感じるならば好きにすればいい」 「先日の同盟は今は……」 「『対楽団』の不可侵を言っているならば当然、その効力は切れている。 諸君も我が社の『経済活動』を看過する気は無いのだろう?」 「むぐ」と詰まった旭がそれはそうかと頷いた。 オードブルに引き続き、配膳されたのはオマール海老の冷製スープである。 一つ一つの品に大層手が込んでいる。完璧主義者に仕えるシェフの気苦労は知れる所であった。 (やれやれ……) 冷静に穏やかにリベリスタと歓談する黒覇の一方でやはり落ち着かない調子なのは邪鬼だった。彼が時間そのものに――或いは『きちんとしたフランス料理のコースに』苛立っているのを感じ取ったのは、はじめから彼の動向に注意を払っていたオーウェンであり、セラフィーナだった。 セラフィーナの直観は人並み外れて捨て目が利く。 「……ええと、マナーはこれで良かったのでしたっけ?」 少しわざとらしい所が無い訳では無いが、彼女が口にした『機転』は若干邪鬼の居心地の悪さをフォローするものになったらしい。表情から少しだけ毒気を抜いた彼にすかさず悠月と旭が水を向けた。 「日本に響く邪鬼様の武勇は私共も聞及んでおります」 「うん、すっごく強くて楽団をやっつけたって聞いたよ! 身体も大きいし!」 「……は、あんなモヤシ共俺様の敵じゃねぇよ!」 「大したものだわ」 相槌を打った糾華は空になっていた邪鬼のグラスに『なみなみと』次の一杯を注ぐ。 「実際、詳しく話を聞きたいのは本音だよ。神秘界隈では善悪どうあっても先輩だしね。 そういう人の経験談なら、ボクみたいな若輩者にとって糧になるかも知れないから」 口にした理央の言葉はその実、間違いの無い本音だった。 (これだけの大物なら対応自体には却って信がおける位だし、プライドの高さを考えれば尚更) あくまで今日は――あったとしても交渉までだろう、そんな確信が理央にはある。 そんな彼女が心よりそう言ったからなのかどうなのか―― 「……チッ、気分の悪い集まりだと思ったら、ちった分かるヤツも居るじゃねぇか!」 邪鬼は黒覇や聖四郎を褒めるより先にリベリスタが自身の武力に言及した事が気に入ったらしい。 逆凪邪鬼は逆凪の血を分けた確かに一流のフィクサードである。しかし、ある意味で逆凪らしくはない。 歓談の場が温まってきたのは悪い事態ではない。 「戦いってのはパワーなんだよ。せいし……雑魚がチマチマ何しようと踏み潰せばそれでいいんだよ!」 雄弁なる邪鬼の主張は賛否がかなり分かれそうな部分が大きい。 黒覇は不肖の弟の扱い易さに「くく」と笑い、聖四郎はと言えば肩を竦めるばかりであった。 幾ばくかの緊張を孕みながらも『順調』に夕食会は進んでいく。 「これは……凄い腕でござるな!」 「確かに。完璧な仕事は何事も素晴らしい、荒事も料理も」 虎鐵を見た黒覇はシェフの用意した見事なフィレ・ステーキに賞賛を述べ『褒美』を約束する。 「あなたにとって『逆凪』はどんな場所ですか?」 「我が社だ」 「悪い居心地じゃねえな」 「……俺は『分家』だからね。遠慮しておく」 旭の言葉に三者三様の回答が返る。 「一つ質問があったのだったわ。勿論、黒覇さん個人への質問と言うか…… 組織の長としてこういう場では言い難いものがあると思うのだけれど。アークと七派、バロックナイツに関してどう考えているか……聞かせて貰っても構わないかしら?」 「拙者も興味がある所でござる。黒覇から見て他の七派の首領はどんな人なのでござるか? 拙者も会った事はあるのでござるが中々人となりが分からないでござるしな……」 「あくまで私の意見である事は念頭に置いて貰うが―― アークは毒でも薬でもある。バロックナイツは諸君等とは違う招かれざる客といった所か。 そうだな。剣林百虎は気持ちのいい好漢だ。そう頭は良くないが、それは好悪何れも孕んでいる。 恐山斎翁は食えない老人だ。あれ程、己の事しか考えていない爺様を私はそう知らない。とは言え、彼は理性的だから十分に御し切れる部分もある。要は本人に損が無ければいいのだから話は早い。 三尋木凛子は……女らしいと言えば女らしい、そんな人物だ。年齢の話と美容の話は厳禁としよう。女だてらに鉄火肌と言えば聞こえはいいが、酷い気分屋だ。尤も彼女も七派では『穏健』だがね。 六道羅刹は己がルールのみで動く分かり易い逸脱者。彼の中には善悪の概念がきちんと存在している。それでいて、必要に際すれば間違いなく踏み越える厄介さを持っている。分かるかね。彼は善を理解するから捨て犬の面倒を見る事も、体の悪い老人を労わり、その荷物を持ってやる事もする。しかして、『己の道の為ならば』感謝する老人を動かぬ肉の塊に変える事も躊躇わない。 ああ、裏野部一二三や黄泉ヶ辻京介については私よりも諸君の方が良く知っているのではないかね?」 「他の七派に対しての印象はほぼ首領に対しての意見をなぞる」と黒覇は糾華、虎鐵への答えを結んだ。 一方で聖四郎は因縁浅からぬリベリスタ達と何とも複雑なやり取りを重ねていた。 「そう言えば――直接は初めてになりますね、聖四郎様」 「間接的には良く知っているような口振りだね」 「それは……まぁ、貴方は『有名』ですからね」 「どう有名かは聞かない方がいいよ、お互いに。『星の銀輪』風宮さん」 「あの、聖四郎さん、『直刃』も逆凪の一員と考えても……」 「……いや、俺の『子飼い』って意味じゃそうだけどね。その話はこの場に相応しくないだろう?」 聖四郎は旭の話に珍しく言葉を被せた。 殆ど意味が無いとは言え、兄の手前余り『目立ちたくない』のは道理である。 「男の方はとかく野心的ですからね」 ある意味自分を見透かしたかのような凛子の言葉に聖四郎は一瞬だけ表情を変えた。 『逆凪』という言葉に凛子の抱くイメージは反逆者や革命者である。この聖四郎にしろ、黒覇にしろ――『そう見せないだけなのではないか』という部分は強い。 「フン。そうとも、男児たるもの克己心を持たねば生きる意味が無い。なぁ、邪鬼」 「当然だ。中には女を寝取られて泣き寝入りするようなうらなりもいるみたいだがな!」 凛子の言葉に黒覇が口を挟み、邪鬼が混ぜっ返す。 「こちらを利用するも頼りにするも言い方一つ、お互いに化かし合いも一つでしょう。 『倫敦』が姿を見せたその時にはお話出来る事もあるやも知れませんが――」 更に自身にだけ告げた凛子に聖四郎は「考えておく」とだけ言葉を返した。 「……お疲れ様です」 何とも言えない表情でそっと告げた悠月に聖四郎は「よしてくれ」とばかりに小さく頭を振る。 (野心は兎も角状況には同情も感じますが。この男は――それでも往く心算なのでしょうか) そんな聖四郎が何やら逆凪に拠らぬ己が企みを図っているのはアークの知る所である。尤も、嘲笑と共に悪罵を向けた邪鬼は兎も角、目の前の黒覇がそれに気付いていないとは思えないのだが。 何せリベリスタ達は『何故、今日夕食に招かれたのか』を未だ掴み切れていない。アークはこのタイミングから考えて『親衛隊』に関わる何かがあるのだろうと推測を立てていたがこの『外交』において黒覇がここまでそれを切り出してくる事は無かったからだ。 「教授、生きる伝説、指揮者、猟犬と僅かな間によくも日本を荒らしに来るものです」 「諸君等は『穴』の価値を軽視しているのかね? それは過小評価と言わざるを得ない。 数十年――或いは数百年に一度とも言われる極大特異点、大量の『賢者の石』、そして『あの』魔女とジャック・ザ・リッパー級の能力者が施した儀式によって作り出された垂涎の代物だ。 バロックナイツ共はバロックナイツだからこそ――その上を欲する。何とも正しい『餌』じゃあないか?」 この返答には敢えて七派と『親衛隊』の結びつきに知らない顔をした悠月も眉をぴくりと動かした。 彼女はアシュレイの件に何かを答える心算は無かったが、何処まで知っているのか黒覇の口振りはまるで魔女の狙いを見抜いているかのようである。黒覇自身は『食えない』悠月と同じく、そんな問い掛けをした所で決して答える事は無かろうが――貪欲が底知れないという意味では彼は確かに『恐ろしい』。 「そう、親衛隊と言えばね。最近は連中の所為で忙しくって」 悠月が作り出した切っ掛けを逃さず、悠里がここで踏み込んだ。 「親衛隊も厄介だけど、彼らを後援してる大田剛伝が厄介だね。 心配しなくても――ああ、してないと思うけどね。アークは勝つけど。 そうだな、僕は弱くて臆病だから多少なりとも楽に勝てるなら多少の代価を払ってもそうしたいね」 悠里はこれまでのフィクサードのやり口から考え、黒覇の目的が『親衛隊』とアークに二股を掛ける事だと考えていた。確かにそれはどちらが勝っても逆凪に損が無い『冴えたやり方』にも考えられる。悠里はやや惚けたそんな言葉から二つのメッセージを黒覇に向けた心算であった。一つはアークは大田剛伝と『親衛隊』の動きを掴んでいるという事実と、もう一つは黒覇がラブコールを送るならば検討する余地は十分にあるという個人的な見解である。第一は言っても影響が無い範囲であるし、第二については言質を与えるものではない。彼もこういった場での『やり方』はある程度弁えている。 「アークと逆凪も今回のように、もっと交流を持てると良いですね。例えば恐山の千堂さんはアークに良くいらっしゃいますし、剣林とは試合をします。アークはお人好しが多いですから、交流を深めれば色んな所で融通が効くようになると思いますよ。政治と暴力。どちらも上手く使うのが逆凪でしょう?」 「日本を軽んずる親衛隊は兎も角、神秘界隈に直接的な影響力を持った大田が何をするかなんて想像に難くない。国内九柱目が生まれるなんて事は御免だからね」 「大田老としては『八柱目』に時村老が立ったのが納得いかないのだろうさ」 試すようなセラフィーナの言葉と悠里のカマかけに黒覇は含んだ笑みでそう答えた。 彼はリベリスタと臨む危険な会話ゲームを心底から楽しんでいるかのようだった。 人材マニアとして知られる逆凪黒覇は兎角優秀な人間を愛好している。それは部下であろうと敵であろうと――『己がコントロールを外れた暴走車』であろうと変わらない。考えてみればつい先程目の前でシェフに『褒美』を約束した彼の言葉は『日常』のものと何ら変わらないのだろう。 「親衛隊をどう思っているの? 連中は余りにも引き際が良過ぎる。彼等はこの国の神秘探査力を測っているのではないのかしら?」 氷璃の言葉は『万華鏡のみならず』の意味を含んでいた。 つまる所彼女は『親衛隊が狙っているのはアークだけではない』と告げたい部分がある。 「決して愉快な連中ではない。しかし、話せない相手では無い。 少なくとも私の前に現れたクリスティナという女は頭が切れるし、外交相手にならない訳でも無い。 しかしね、我が社は『時代遅れの亡霊』の言を鵜呑みにして動く程、愚かではないのだよ。 そして、これは諸君等が恐らくは――最も聞きたい話になるのだとは思うがね」 黒覇は手をつけていた魚料理に舌鼓を打ち、ナイフとフォークを置いてから面々の顔を見回した。 「私が何を考えて諸君等を呼びつけたかについて」 ●『平和』な日III 「――これはテストに過ぎないのだよ」 黒覇はハッキリと合点の行かぬリベリスタに説明するようにゆっくりと言った。 「私は諸君等を直接知らない。諸君等と逆凪は因縁浅からずとも、この黒覇は違う。 故にこの目で諸君等を見てみたいと考えた。諸君等が私の考える人間であるか、私が『何らかの期待を寄せるに足る』力量を持っているか。確認する為に今日の日を用意した訳だ」 「受験を希望した覚えはないけど――」 「――望まぬとも運命は転がるものだ」 理央の言に応える黒覇はリベリスタが呆れる程の傲慢に満ちていた。天上天下己より優れた者等居ない、と確信仕切っているかのような大上段は彼のイメージを何ら裏切るものでは無い。嫌味も皮肉も――無論、冗句も無く。率直にそうとまで言い切れる人間は狂人、勘違い含めても然程多くは無いだろう。 「此方には決定権は無いよ」 「分かっている。元より決定させる事も無い。諸君等に必要な仕事は私の話をアークに持ち帰るまでだ」 釘を指した理央に黒覇は軽くそう答えた。 「さて、それよりも――そも何故テストが必要だったか。 まず重要なのは無論この日本の現況だ。諸君等の何人かは鋭敏に事態に思案を巡らせたものと思う。 親衛隊の来日、的確な情報支援を得た彼等の攻撃活動。この国で組織立って外国人(よそもの)に支援等しようものならば七派が黙っていないのは明白だ。従って支援規模、支援事態を鑑みるに『犯人探し』は簡単だろう。果たしてそれは正解だ。我々七派は現在『親衛隊』と武力衝突を避ける方針で合致した。又、邪魔な対アークにおいての情報提供をする『見返り』を受け取る事も約束している」 リベリスタに緊張が走る。 黒覇の口にした事実は改めて言われないまでも『ほぼ確信されていた』事態である。 しかして、敵首魁が言質を与える格好で敵対を宣言するのは特別な意味があると言えるからだ。 「親衛隊はアークを襲撃していますが、色々と引っかかりますね。 彼らの目的は、彼らの理想とする祖国の再生でしょう。それに――日本での活動が何の意味を持つのか。その為にアークを打倒するというのは遠回りな気がします。何か理由があるんでしょうね?」 動揺を見せないセラフィーナの言に黒覇は「それだ」と指摘した。 「まさに私もそれを考えた。彼等は何処から来て何処へ行くのかとね。 彼等に協力者が必要なのは確実だ。そしてそれは理由の一端たる。 彼等の目的は祖国の奪還と敵国への復讐だろう。『枢軸国』に位置していた日本がその報復対象から外れるのは自然な事態であるとも言えるが。しかしだね。己が都合の為に他を侵せる者を人はフィクサードと呼ぶのだよ。『彼等の最終目的が何かを私は考えた』」 「つまり、その結果――黒覇さんはアークのテストが必要だと考えた……と?」 「その通り。『ご配慮』に痛み入る」 遠回りに論理を構築する黒覇の言葉をセラフィーナは整理した。聖四郎等は涼しい顔のままだが、案の定邪鬼の方は彼の言を理解しているようには見えなかったからだ。恐らく黒覇の言はそれを揶揄してのもの。 「何だってそんなテストが要る!? こいつ等の力はハッキリしてるし、組むなら兄者が言えばすぐじゃねえのか!?」 「事態はそう簡単ではないのだよ」 黒覇は漸く口を挟めた邪鬼を面倒そうにあしらうだけ。 「……短期目標は『穴』と剛伝の存在か。 親衛隊は大田重工の最新設備で新兵器を開発し、やがてこの国でも幅を利かせる心算でしょうね。 政治家の権力欲は度し難いもの。剛伝が伍長閣下の再来とならなければ良いのだけど」 「件の大田氏と七派と親衛隊。三者を結び付ける者は必ずいるわ。 政治力と組織力とを共に手を携わせ……人種主義にあるまじき警戒心と柔軟さを持った敵の頭脳が」 氷璃と糾華の言葉に黒覇はこれまた機嫌良く首肯した。 「親衛隊の目的を私は『一般人にも使用可能な革醒新兵器の開発』と聞いている。彼等の主張を信頼するならば、神秘的特異点を持つこの国をベースにして軍需産業に大きな力を持つ大田老と結託する事は正しい選択だ。彼等がその『新たな力』で現体制に敵対姿勢を取ろうとする――『短絡的な理屈』も分からなくは無い。実に原始的で非効率な――所詮テロリスト風情のやり口ならばその程度で限界だろうが。しかし、相手はバロックナイツ。そして、私が相手にしたクリスティナという女は狂人の気配等微塵も見せてはいなかったのだ」 「……どういう事かな?」 「簡単だ。クリスティナという女――親衛隊は元から叶わない無謀な作戦を立案しては居ないのさ。 七十年も地下に潜って妄執を巡らせ続けたもぐら共は玉砕する心算等無いのだよ」 「……と、言う事は?」 黒覇は「これはあくまで推測だが」という断りを入れて尋ねた理央と悠里に続ける。 「それよりはもう少し分のある、より現実的なプランを有している。『特異点たる日本をベースにした新兵器の開発』以上の狙いがそこにはあるのだ。もし現実に寡兵で今の世界地図を塗り替える手段を検討しろと言われたら、諸君等は何を考えるかね? 方法は多くは無く、それは唯の一つしか無い」 黒覇はそこまで言ってから話を少し前に戻した。 「ああ、何故テストが必要だったか――その話をしていたな。 要するに私には二つのプランがあったのだよ。一つは諸君等が考えた通り、親衛隊とアークを天秤にかけ双方と『組む』プラン。私が親衛隊とかわした契約は互いの武力衝突を避ける事、彼等の作戦に必要な必要な情報を『我々の都合で』提供するまでであり、諸君等と通じぬという約束はしていないからだ。 一つ目のプランに加え、私には二つ目のプランが存在した。それこそが今、私が採択したものだ。 この夕食会は――諸君等の胆力を、諸君等の頭の回転を、諸君等の実力を測る為のもの。無論、異世界の動乱に関与し、多くの七派勢力を阻み、二人ものバロックナイツを仕留めた諸君等の実力は『聞き知っている』。しかして、私は自身で見たものしか信じない主義でね。 諸君等に大した実力が無いと分かれば第一のプランを通じて戦力の均衡を図り、諸君等を御すと共に親衛隊の頭を抑えても良いと考えた。しかし、結果として直接合間見えた諸君等は少々優秀過ぎる。諸君等は番犬として十分な力を持っているが、諸君等はこのまま生かしておくには余りに危険だ。我が社にとって、必ず将来の害になる。 従って、二つ目のプランだ。私は諸君等に親衛隊の情報等を提供するが、それは一方的なものだ。 分かるかね。我が社は諸君等と手を組む事をしない。依然として敵対状況を保持する。 我が社は諸君等を叩き潰す為の計画を実行し続けるし、平和で安全なのは今夜だけだ。 だが、私が話したい情報はやはり――話したい程度に伝える事にしよう」 難解極まる黒覇の物言い。 しかし、リベリスタの中には一人だけ完全に一瞬で合点がいった人間が居た。 「成る程、我等を呼び出したのはそういう心算での事か」 「理解頂けたかな? Dr.Tricks」 「重々にな。というよりは――多少の紆余曲折こそあれ、予め想定していた範囲と言える」 オーウェンは眼鏡を持ち上げる――黒覇と似た仕草をしてそう言い切った。 元より逆凪派との情報提供の協力が出来ないかと思案していた彼である。同時にその反応を見る事で逆凪派がアークと親衛隊の実力比をどう見ているかも読める……そう考えていたオーウェンである。 故に彼の灰色の脳細胞はその回転を早めるまでも無く、一つの結論を導き出したのである。 「……次会う時も敵じゃないと嬉しかったんだけどな」 悠里の声にも諦めが多分に混ざっていた。 「御当主殿は共倒れをお望みか」 「素晴らしい! 故に私は二つ目のプランを最良と考えたのだ!」 逆凪の敵たるアークと契約こそ結んだものの持て余す存在である親衛隊。その双方が共に倒れれば逆凪としては最良である。よしんば親衛隊が倒れなくても、よしんばアークが勝利しても。より激しく双方を争わせる――激戦を演出すれば後の逆凪には何の損も無いのだ。『ビジネスに嘘を嫌う』逆凪は契約を遵守し、それも満足。完璧主義の黒覇に言わせれば一石二鳥であり三鳥といった所だろうか。 「まさか――彼等の狙いは」 息を呑んだ悠月が彼女には珍しく大きく目を見開いた。 彼女は確かにラ・ル・カーナで見たのだ。真に世界が滅び去らんという様を。 まさにこれは同じだった。破滅を望む力の持ち主がR-typeなのか人間なのか、その差しか有り得ない。 逆凪黒覇がアークを番犬に阻みたいものは、自己の不利益である。 彼は言った。「フィクサードとは己の為に『世界を侵せる』ものである」と。 「一般人にも使用可能な革醒兵器の開発・量産。そこから生まれる多大なる利益は副産物に過ぎん。 或いは彼等が手にする武力もまた、最大の目的ではない。 彼等の『言わない目的』を私はミリタリーバランスの破壊と見る。 ――表の世界でも酷く扱いに困る連中が幅を利かせているではないか。 米英が死力を尽くして支える『戦略』に影響を与える武器があったらどうなると思う? 『破滅と再生を望む死の商人が計画を成功させたなら何が起きると思う?』 それはある意味でのビジネス・チャンスと言えるのかも知れないが、我が社の不利益になる確率は――極めて高い」 黒覇は熱を帯びた会話に少し冷めた料理を再び口に運んだ。 それからゆっくりと最後の一言を吐き出すのだ。 「全世界的テロ、全世界的闘争の広がり、国家は国家を憎悪し――崩壊は伝播する。 どれ程の『確率』があるかは別にして。彼等は『祖国』の為に文字通り『世界』を侵すだろう。 人類の黄昏を人は――第三次世界大戦と呼ぶのだよ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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