● 「君、用意は」 「そりゃあもうばっちり! 少尉のご希望通りに?」 小さな指先がくるくると、プロペラを回して遊んでいた。辺りに散らばる翼に車輪に小さな軍人を模した人形。 その中心に座り込む、丸い紫の瞳が楽しそうに随分と高い位置にある碧眼を見上げた。 「ねえねえ少尉、ゼロが良いかな、それとも九九? あ、でもやっぱり忠実に特攻専用機にしてあげるべきだったかなあ」 けたけた。哂い声と共に拾い上げられた人形が模型の飛行機の操縦席に収められる。ひどく子供じみた、けれど何処までも戦いを求める様にぎらつく紫を見遣って、男は小さく肩を竦める。 「好きにやり給えよ、わたしはブレーメ曹長に用があってね――何、君なら上手くやるだろうが」 派手さなど必要ない。美しさも無意味だ。語るべきは正義ではなく、求めるべきは力であり、示すべきはこの身に流れる気高き紅のみ。 己の愛銃を背負い上げて。男――アルトマイヤーは冷やかに笑った。 「『戦果』を頼むよ、エルンスト。私は面倒事が嫌いでね」 彼の偉大なる少佐殿にお叱りを受ける様な事だけは勘弁だ、と。告げる声に応える様に、幼い笑い声が響き渡る。 軽い音とともに、翼を折られた『彼の有名な』日本の戦闘機の玩具から、ころりと転がり落ちるパイロット。其の儘放り投げられたそれのプロペラが、くるくると回る。 「Ja、必ず満足いくだけの『戦果』って奴を持って帰るよ」 年端もいかない幼い顔が、歳不相応に歪んだ笑みを浮かべた。 ● 『どーも、悪いけど急ぎで今日の『運命』よ。聞きながら向かって。大丈夫、内容はものすごく単純明快だわ』 ノイズ交じりの声に滲むのは微かな皮肉と焦りだった。資料を捲る音と共に『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は口を開き直す。 『『鉄十字猟犬』リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイター。名前くらいはもう知ってるでしょ。……彼が率いる『親衛隊』に、任務に出たアークリベリスタが襲われた。 って言うか、任務内容自体が『はめられた』って言うに相応しいわ。七派フィクサードの鎮圧に向かったけれど、ついた頃には事件は影も形も無かったそうよ。 ――通信はそれが最後。直後、総勢8人のリベリスタは現れた『親衛隊』と交戦。連絡が取れなくなった』 彼の厳かな歪夜十三使徒が第八位は、過去のどの脅威とも違った。驕らない。アークを『過小評価』しない。倒すべき敵として此方を認識した彼らが狙うのは、確実な戦力の減少。 何処までも効率的に此方を狙う姿勢は、ここ最近繰り返され続けていた。 『神秘問題ならアークが出向かない訳にはいかない。其処を逆手に取られてるんでしょうね、……七派フィクサードと上手い事やってるって話もあるし、厄介な事この上ない。 現状、こっちの対抗手段はこうやってあんたらに後から向かって貰うしかない。……じゃあ、こっからは戦場情報。良く聞いてね』 一枚、紙の擦れる音。敵についてね、とフォーチュナは短く告げる。 『戦場に居る『親衛隊』は合計5名。特に目立つ敵はエルンスト・アウエンミュラー。ヴァンパイアのダークナイトで、実力は折り紙付きね。遠距離戦闘を得意とするタイプ。彼がこの戦場の指揮官。 ……まぁ、此処の本来の指揮官は別みたいなんだけど、そいつは此処には居ないわ。加えてレイザータクトに、ソードミラージュ、ホーリーメイガス、デュランダル。 それぞれ個々の能力も勿論だけど、統率がとれてる。エルンストの指示もきちんと聞くから、甘く見ない方が良い。……で、後もう一個。厄介なものがある』 兵器、とでも言えば良いのかしらね、苦い声。資料を辿る指先が、ラジコン飛行機よ、と小さく告げた。 『爆弾詰んで、飛ばせば自動で敵を追う小型の飛行機。これを持ってきてる。優れた命中精度を持っている所と、死角を付いて来るところが厄介。……数自体はそこまで多くないし、ランダムに飛ばされるみたいだけど、軽視出来ない。 っていうか、これと『親衛隊』の攻撃で、……8人いた筈のリベリスタは多分、あんたらがつく頃には2人になってる。それくらい面倒な武器って事。 細かい事はそっちに転送しておくからよく確認して。……とにかく、生き残った2人を助けた上で、彼らを撃退して欲しい』 短い溜息。資料を置いたのであろう音と共に、フォーチュナは気を付けて頂戴、と囁く。 『無事の帰りを待っているわ。……いってらっしゃい、後は宜しくね』 ぷつり、と、ノイズの混じった通信音が途切れた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月13日(木)23:14 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
■サポート参加者 2人■ | |||||
|
|
● 破裂音。ついで響いた、空気を裂く鉛玉の音。只無慈悲に一直線に伸びた鈍色のラインは、間違いなくもう弱り切ったリベリスタの命を断つ筈だった。仲間が死に、逃げる事も叶わず。出来るのは痛みと共に迫り来る死への覚悟のみ。 此処までかと目を伏せて、けれどやってこなかった衝撃に、恐る恐る瞼を上げた。濃い、グレイの髪が揺れていた。ぽたり、と滴るのは僅かに裂けた頬から零れた紅。表情一つ変えぬままに、『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)は背後の少女を一瞥する。 「――さっさと立てよ、ひゅりえ。小生が護ってやる」 本音を言うのならば。いりすは異世界の少女達が嫌いだった。その心の在り様は己と相容れないものであるのかも知れず、けれど、今その感情を挟むべきで無い事は、いりす自身が一番よく知っていた。血狂いの刃がすらりと抜かれる。 「まぁ、仕方ない。護るからには護る。きっちりな」 「さぁ、戦争を始めましょう――錆び臭い鉄十字の駄犬共の『お家』には、Walhallaがお似合いよ?」 呆然と、状況を把握出来ぬままに現れた援軍を見遣る先遣隊の後ろ。歌う様な詠唱と共に、真白い指先から舞い上がる鮮やかな紅。魔女を護る夜の天蓋がふわりと回って、拡散した魔力と共に力を得たそれが荒れ狂う漆黒の縛鎖へと姿を変える。 手の届く限りをすべて呑み込み縛り呪って。『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)は、まさしく氷の美貌にうっすらと笑みを湛えて目を細めた。 ――Ahnenerbe。懐かしく。けれど故郷と呼ぶには忌々しい名前だった。自分達を生み出したモノに繋がる相手と戦う機会が巡ってくるだなんてこれもまた愛おしくも厭わしい『運命』の悪戯なのだろうか。形容しがたい感情を呑んで。氷璃は、その笑みを崩さない。 感謝しなければいけないのだろう。この手で彼らを叩き潰し、もう居ない姉妹達への手向けと出来る運命に。そんな彼女達を見据えて、あまりに身の丈に合わぬ武器を抱えた少年は、驚いた様にその瞳を瞬かせる。 「まさか本当に来るなんてね、足手纏いは切るって戦術の基本じゃない? 箱舟って変なところだね」 実に非効率的。面白い面白いと笑う彼の横で大剣を構える男へと、不意に伸びたのは、一筋の気糸。頼りなくさえ見えるそれはけれど、逃れる間さえ与えず絡み付き締め上げその命を奪わんとする。 音ひとつ無い暗殺術。其れと共に敵の眼前へと立った『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)の表情はもう既に忍びの其れだった。迅速に無駄無く。護るべきものを護れる最善手を。何処までも冷静に冷徹に忍びに徹する彼の手甲が、飛んで来たソードミラージュの刃を寸での所で受け止める。 「覚悟成されよ、此処からはもう一つたりとも奪わせぬ!」 誰かを失う事が無い様に。己の仕事に徹する彼の後方。きらきらと、光を帯びた妖精が躍った。空気を震わせる鳴弦と共に先遣隊の傷を癒さんと、『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)の手が傷ついた先遣隊へと伸ばされる。戦争。策略。略奪。殺戮。この世界には溢れかえるそれを、少女は決して良くは知らなかった。 護る為では無く侵す為に力を振るう意味。理解の範疇を超えるそれに評価を与えるのならば、卑怯と言うのが最も相応しいのだろうか。その瞳がもう動かない、仲間だったものを見遣って僅かに、翳りを帯びる。 「……無念だったろうね」 間に合わなくてすまない、と囁く声ももう届かないとは知っている。喪われたものに出来る事は殆ど無くて。だから代わりに、もうこれ以上奪わせない事を誓う事しか出来ないのだ。遺された仲間は、必ず護る。そんな少女の囁きに応じる様に、聞こえたのは未だ幼い少女のこえ。 得意では無い旋律は拙く、けれど戦場に響くどんな音色よりも確かな優しさを持っていた。荒れた空気に喉は痛んで。けれどそれでも、『尽きせぬ祈り』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)の奏でる福音は止まない。 「頑張りなさい。貴方達だけでも連れて帰るわ。……絶対に」 漁夫の利だなんて気に食わない。それに歯向かうだけの力をまだ持たないと知っている少女は、だからこそ只管に歌うのだ。この喉が枯れるまで。何一つ失わない為の祈りのうたを。 傷が癒えていく。敵の様子を見極めながら、リベリスタは離脱のタイミングを待っていた。 ● 銃撃の嵐だろうと何だろうと。通さないと決めたら通さない。開かれた鉄扇と共に、貞淑なメイド服がふわりと舞う。じわじわと下がる先遣隊へと攻撃が集まるのはある意味で予想の範疇だった。そして、予想が出来ているのなら、対策もまた用意済み。 ただ只管に庇い守ると言う役目を引き受けた『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)はけれど大した傷も負わぬままに、鉄壁の役目を果たしていた。 「ご安心下さいませ。必ず最後までお守り致します」 護る事に長けた彼女と、誰よりも早くその手を護るべきものに届かせたいりす。この二人の行動は親衛隊の目論見を外すには十分だったのだろう。面倒そうに舌を打ったエルンストの指先が鳴る。聞こえる、微かなプロペラ音。灯りの合間に、視界の端にそれを捉えようとも、一直線に駆け抜けるそれを捉える事はほぼ不可能。 己に迫る危険を、本能が察知するのだろう。考えるよりも先に身体が動いて。ぎりぎり足元で炸裂した爆弾と共に飛んだ破片が皮膚を裂いた。仲間に声をかける暇等ありはしない。本能が教えてくれるのは、『己に迫った』危険のみ。 僅かに歯噛みして、背後で爆発するそれの音を振り切るように手を掲げた。純白の刃から、一滴。落ちたのは血の色にも似た濃い紅。ざわり、と怖気を覚える程に冷たい、紅の月光を滴らせながら『先祖返り』纏向 瑞樹(BNE004308)は己の口元から零れた血を拭い取った。 「飛ばせば自動的に目標を狙う……誰が飛ばしてるのかな?」 「いやいやそれは企業秘密だよ、まぁ……飛ばす権限は僕にあるとでも言えば良い?」 相変わらず飄々と。人をからかう様な笑みを絶やさない男の気を引く様に紡いだ言葉は、今から完全に撤退するであろう仲間の為。完全に射程外へと出る先遣隊を、僅かに振り返って。護れたのだろうとそっと目を細めた。 間に合わない命もあるけれど。こうして、この手が届く命もあって。それがどれ程痛みを伴うのだとしても、手を伸ばさない理由にはならなかった。 まさしく、空気を裂く程の抜刀が、真っ直ぐに戦場を駆け抜けた。正確無比なそれが、漸く恐らくは生命線であるホーリーメイガスの意識を断ち切る。面倒そうに舌を打つ指揮官はけれど、これで条件は同じだろうと低く笑った。 これで、3度目だと『禍を斬る緋き剣』衣通姫・霧音(BNE004298)はその互い違いの瞳を細める。その効率重視のやり口には慣れてきたつもりだけれど、まさか任務そのものが罠だとは。やってくれると苦く笑った。実に効果的だろう。罠だろうと罠でなかろうと、アークは危険を無視できない。 驕りによって負けた指揮者とは違う。此方を狩りに来る存在。それは恐らく脅威であるのかもしれないけれど。 「上等ね、本当に過小評価してないか試してみましょう――ほら、もっと私と踊って頂戴」 対峙するソードミラージュに薄く笑った。禍を切り裂く刃が、右目が、熱いのは失われた命を想う誰かの声なのだろうか。けれどそんな感情を嘲笑う様に。指揮官と繋がった重機関銃が、動く。 「ほんとにさあ、甘く見てない? 前に出るばっかりが火力の示しどころじゃないんだよね、こーゆー場合」 轟音と共に放たれた弾丸が切り裂くのは『空間』。僅かに開いた隙間からどっと流れ込む死の風が、後衛に向けて吹き荒れる。ぐじゅぐじゅと皮膚を侵し腐らせていく異界の伝染病。愉快愉快と哂う彼はけれど、唐突に振り下ろされた脅威に即座にその身を屈めた。 てらてらと、手入れの行き届いた刃が光っていた。敵を見据える隻眼にあるのは、狂気と呼んでも差し支えない程の熱。仲間の攻撃を、防御を、徹底的に補佐した『攻勢ジェネラル』アンドレイ・ポポフキン(BNE004296)は、滾るその感情を叩き付ける様に凄絶に笑って。 「урааааа! 悪逆非道の貴様ら等、我が刃で『赤く』染め上げてくれるわ!」 さあさあ戦争の時間だ。大胆不敵痛快素敵超常識的且つ超衝撃的に。齎すべきは勝利の二文字。自分しか見えない程にただ只管に叩き込む断頭将軍を背負い上げ直して、遥か北方の兵卒は敵を睨み据える。正義はこの手にある。恐れる事など何一つなく。口汚く言うのならばさっさと『ぶっ殺す』。 後方から動かないが故に誰にもその行動を阻まれる事の無かった男の表情が僅かに歪む。その横で戦い続ける霧音に迫る、レイザータクトの一撃はけれど、割り込んだ鉄扇が弾き返した。東洋人と言うには白い肌に跳ねる紅。けれど、『トゥモローネバーダイ』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)のかんばせに浮かんだのは、痛みでは無く呆れだった。 「なんというかまあ、進歩のないものね。――何十年前よ?」 この身には確かに半分はその気高きアーリアの血とやらが流れているけれど。それだけで優れているだなんて思った事もない。血がその人の価値を決めるなど、随分と呆れた話だった。誇りとは何処にあるのか。優劣を決めるものは何なのか。それの答えなど、もう今の時代ならとうの昔に誰もが知っているのに。 何処までも旧時代から抜け出せぬ彼らは知らないのだろう。理解ろうとしないのだろう。だからこそ彼らは『亡霊』なのだ。遠き日に縛られたままの生きた亡霊。未だ撤退の兆しの見えぬ戦場で、レナーテはひどく、呆れを含んだ溜息を漏らした。 ● プロペラの回る音がする。幾度目かの特攻隊。それを完全に避ける事が出来ているのは、幸成のみだった。本能で避ける瑞樹や、些細な音さえも掻き集めその目を凝らしたレナーテもその危険を軽減してはいたものの。 多くはその爆撃に巻き込まれ、傷付き。その上、エルンストによって幾度もばら撒かれた毒がその身を蝕む。鈍く、咳き込む音がした。ヘンリエッタの膝が崩れる。運命は既に燃えていて。その身体に力は戻らない。けれど、最後の一手、と伸ばした指先で舞うフィアキィ。歌い続け疲弊したシュスタイナへとその力を分け与え崩れ落ちた彼女の横には、後衛を庇い続けた瑞樹が既に伏していた。 「神風特攻隊の真似事? 面白いことするのね、親衛隊って」 「そうそう良く分かってくれたね! 良い趣味だろ? もっと如何?」 日本人らしい霧音の姿に、実に素晴らしいと笑う声。蒼く染まる片目に、もう片方と同じ紅が流れ込む。運命の残滓と共にそれを拭い取って。良い趣味してるわと小さく笑った。熱くて痛いのは傷だけでは無くて。それを呑み込むように、首を振る。 そんな中で。身を蝕む毒の痛みを感じながらも、氷璃はその余裕を崩してはいなかった。既に運命は飛んでいて。けれど、此方の有利はほぼ『確実』である事は明白。 「取り回しの不便さは予め改善しておくべき欠点だったわね、曹長」 紡いだのは、嘲りにも似た挑発だった。この場にそぐわぬ新兵器の試験運用なんて効率重視の弊害。試験と実践を同時にやるだなんてそれこそ無駄以外の何物でもない。鮮血が染めた蒼い瞳が、面白いと笑って細められた。 「それとも上官のお下がりだから尻尾を振って弄らずにいたのかしら?」 「悪いね、これは僕の趣味なんだ。ついでに言うなら、極東の君達の大好きな気高い武士道精神って奴をプレゼントしたくてね。美しいよねえ、お国の為なら命を捨てる。尊い尊い自己犠牲――」 ――自己満足甚だしくて反吐が出る。けらけらと笑いながら肩を竦めた少年は、その幼いかんばせに嘲りを乗せて小首をかしげた。 「それにさあ、一回でも『自分で避けられて』から大きな口は叩きなよ、結束固い箱舟さん」 重機関銃に手がかかる。込められるのは呪詛だった。浅くはない傷を受けたその痛みを。憎悪を。全て乗せて、撃ち出す忌まわしく悍ましい一撃。内側から広がる殺意のまじないが、氷璃の身を焼いて。その意識が、ぶつりと途切れる。倒れていく仲間と、未だ撤退の兆し見えぬ敵。冷静な幸成の瞳に僅かな焦りが過って、けれど。 酷く軽い、足音がした。視界に収められたのは、鮮やかな黒と赤だけ。圧倒的な加速は残像さえも実体を残すようで。触れる事さえ叶わぬ姿が、次に見えた時には血狂いの刃がエルンストの肩口を抉っていた。驚きに揺れる瞳に、けれどその足は止まらない。 ダブルアクション。速力と、そして只管な執着心とも言うべきそれが齎したもう一度が、全力をもって叩き下ろされる。大量の血が飛んで、けれどそれを意にも介さず。いりすは再び、音も立てずに地に降り立った。 「狗っころが。破界器だけは優秀だな……さて、漸く小生『らしい』ことが出来そうだ」 やはり守るのは性に合わない。雑に纏わりついた鮮血を振り払って。戦場に戻った竜は楽しみだとその笑みを深めた。 ● 駆動音を感じた時にはそれはすぐ目前に迫っていた。対象に向けて急降下。まさしくその身を捨てる形で飛び込んで来た小さな特攻機を認めて、アンドレイが取ったのは回避ではなかった。 「Здрасти,сукин сын! 『死ナバ諸共』も教テてやル!」 掴んだ細腕が抵抗する間もなく。爆ぜる灼熱と耳を劈く轟音。決して己の分だけでは無い鮮血が溢れた傍から水気を失い、肉が焼ける酷いにおいが鼻を突いた。眩暈にも似た感覚と共に崩れ落ちかけた身体からすり抜けた敵将の傷は浅くはなく。 けれどそれ以上に傷を負ったアンドレイの瞳に揺らめく燃え飛んだ運命の残滓。鮮血を伝わせ艶やかにその刃で灯りを照り返す断頭台の刃が、己が身を支える様に地面へと突き立てられる。じわりと、口の中に溜まった血反吐を吐き捨てた。 「ドウダ痛いだろう、生キてる証拠だヨカッタナ」 さあ、ついでだその首此処に置いて行け。躊躇い等何処にも存在しなかった。勝利の為ならどんな手でも。絶対に倒れず1人でも多く敵を斃し1秒でも長く敵と戦う。纏う衣装を染め行くのは『Красная』。美しくあかい誇りのいろ。 振り上げた刃が唸りを上げた。大胆不敵にけれど鋭く。敵の弱点を抉るように叩き付けられた将軍は歓喜に震える様にその刃を染め上げる。嗚呼今日こそ処刑の日。笑う瞳にあるのはやはり狂気にも似た勝利への渇望だった。 足掻きとばかりに、重機関銃が動く。向いた先に居るのは、癒し続けたシュスタイナ。苛立ちも呪いも全てを込めたそれが、一直線に駆け抜ける。身構えて、けれど、その痛みはシュスタイナを傷付けはしなかった。 「悪いわね、これが私の仕事なのよ」 その身は細く。けれど、護る為に伸ばした手が持つ覚悟は、そうそう撃ち砕けるほど脆くは無かった。身を割り込ませる様に射線を遮ったレナーテの鉄扇が、その腕から伝い溢れる血で汚れる。けれど、彼女は其れを意にも介さなかった。 喪われていく血の冷たさも。負う傷も。護ると決めたのならば受け止めるべきものだった。喪わない為に足掻くと決めた日から。その身を苛むであろう痛みを、彼女は厭わない。 「さあ如何なされる、これ以上の追撃はさせぬで御座るよ……戦うと言うのであらば、貴殿らも相応の覚悟を成されよ!」 声と共に放たれる、執拗に死を狙う黒い影。倒れたデュランダルの姿に、エルンストの瞳が僅かに彷徨う。ざり、と。一度軍靴が下がれば、後は一瞬だった。短い舌打ちと共に紡がれる撤退の合図。 「まぁ、生憎未だ命は惜しいからね。――覚えておくよ、アークのSoldat」 ぶつり、と引き抜かれたコードが揺れる。満身創痍なのだろう。鮮血と、重いものを引き摺るラインを引きながら。その身体は闇夜へと消える。 けれど、深追いをする余裕はリベリスタ側にも残っていなかった。錆びていく鉄のにおいと共に、漆黒の軍服はぴたりとそろった軍靴の音と共にその戦場から離脱していった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|