● 役目を果たした穴が閉じていく。 ぐるぐると唸る巨大な虎、革醒でその毛並みを真っ黒に染めた黒虎を前に、男は歓喜の声を上げた。 「おお、ハッピーバースデー。我が下僕」 男の名前は天音司。ビーストマスターの異名をとるフィクサードだ。 司は指につけた怪しく光る『獣繰り』の指輪を翳しながら、目の前の黒虎に語りかける。 「貴様を手に入れるのには随分苦労したのだ。その分たっぷりと働いて貰わねばならん。これからは忙しくなるぞ」 数々の獣をエリューションと化し、『獣繰り』を使って手駒として使い潰してきた司にとっても、これ程のサイズの虎をエリューション化したのは初めての経験だ。 世界の理から外れた存在であるエリューションと言えども、その能力は矢張り素体の能力に影響を受ける事が多い。 その為に今回の素体は大枚をはたき、外国から特大の大虎を密輸したのだ。 「では先ず貴様に名前を与えねばならんな」 のそりのそりと近寄ってくる黒虎に、司は思案をめぐらせる。 けれど司は一つ思い違いをしていた。 ……がぶり。 「……え? あ? ぎ、ぎゃあああああああああっ!?」 ゆっくりと近付いてきた黒虎は、『獣繰り』を司の手ごと噛み砕く。 今までE・ビーストの支配をしくじった事の無い司にはその事実が信じられない。悲鳴をあげ、食い千切られた腕を捨てて逃げながらも、司の頭には混乱しかない。 フェイズ2までのE・ビースト一体を完全に支配下に置き、そのビーストのフェイズ移行に働きかけ遅らせる『獣繰り』。その唯一の欠点が、フェイズの移行に働きかけれない、『E特性』を消失したビーストは支配下に置けない事。 非常にまれなケースではあるのだが、黒虎は革醒で知能を高レベルに発達させ、そして運命の導き、フェイトを得た。つまり『獣繰り』の支配下には置かれていない。 咆哮を上げ、駆け出す黒虎。高い知能を得たとは言え、その倫理観、価値観、行動理念はあくまで肉食獣の其れ。 今の黒虎には、司は無力な獲物にしか見えていない。 ● 「こうして哀れなフィクサードはくろ虎さんの餌になりました。めでたくなしめでたくなし」 僅かに皮肉を含ませ、『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)は呟く。 「でもそれはまだ起きてない未来。皆が現場にたどり着く頃は、まだ天音司は必死に虎から逃げているところ」 ただし、 「当然だけど、この話は黒虎が天音司を喰い殺したら終わりなんかじゃない。この先も人間を餌として襲い続けるであろう黒虎を、アークは己の欲の為に力を奮う者、フィクサード『シャドウタイガー』と命名した」 人ではなく、大型の虎の肉体を持ったフィクサード。 「革醒した皆と、革醒した虎、フェイトを得た者同士条件は同じ」 つまり、リベリスタとシャドウタイガーの間には、そっくりそのまま人間と虎の実力差が存在するという事だ。 けれど、そんな危険な存在をそのまま放置する事も出来る筈が無い。 資料 シャドウタイガー:黒い大虎(ジーニアス)のフィクサード。高い知能と強靭な肉体、そしてナイトクリークのスキルを使いこなす。特に好むスキルは、シャドウサーバントと影潜み。 天音司:ビーストマスターの異名を取るフィクサード。E・ビーストを操る事で戦力としていた為、自身の戦闘力は低い。現在使役中のE・ビーストは無し。スキルはファミリアーや式神使役、バグホール作成等。 獣繰り:ルビーのはまった指輪型アーティファクト。強力なアーティファクトだったが既に破壊済み。フェイズ2以下のEビースト1体を支配下に置き、そのフェイズ進行を遅らせた上で所持者の意のままに操る力を持っていた。欠点としては支配しようとする相手がE特性を喪失していると支配できない事。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月11日(月)23:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 逃げ惑う天音司の肩が爆発する。 黒虎の放った其の技の名は『ハイアンドロウ』だ。 オーラで作られた死の爆弾を植え付け炸裂させる其の技は、まともにぶつければ司を殺す事も可能だった。 けれど、司は痛みに呻きながらも身体を起こして再び逃走を再開する。 その後をのそりのそりとゆっくり追う虎。 野生動物が獲物をジワジワ嬲って狩りの練習をする様に、虎も司を嬲って自分の得た能力を試しているのだ。 必死の司の逃亡の先にあるのは、絶望。虎が嬲り飽きるか、司が諦めるか、どちらが早くても結末は変わらない。 しかし丁度其の頃、命懸けの鬼ごっこが行われている廃ビルに8つの人影が侵入していた。 「虎すらにも運命を与える、世界はなんとも酔狂なことだ」 其の中の影の一人、リベリスタ『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が小さく呟き、廃ビルを覆う強結界を張る。 関係のない人間が迷い込み、神秘を垣間見る事がない様に、そして万が一にも犠牲になる事など起き得ぬ様にと。 「猛獣の調教と行きますか」 仲間達を鼓舞するかの様に、自信に溢れた言葉を口にしたのは『《力》よ在れと叫ぶ者』斜堂・影継(BNE000955)。 駆ける彼の瞳は、透視により壁の向こうで正に今、黒虎からの攻撃を受けようとしている司の姿が写る。 紫電の光の前に爆散する壁。立ち止まって『ギガクラッシュ』で壁に穴を開けた影継を追い越し、次々とリベリスタ達が黒虎と司の間に割り込んでいく。 そして、 「我々はリベリスタ。君を助けに来たよ」 司を振り返った『アンサング・ヒーロー』七星 卯月(BNE002313)はそう告げた。 ● フィクサードである司にとって、リベリスタが助けに来るなど想像の外の出来事だ。 何かの罠か? しかし今の無力な自分を罠にかける必要なんて、一体何処の誰にある? 表情の窺い知れないマスクの向こう側。其の裏に秘められた卯月の想いは、司には窺い知る余地も無い。 けれど失血と疲労で既に限界に達していた身体は、命の危機が一時的とは言え遠のいた安堵感に糸が切れたかの様に崩れ落ちる。 選択の余地は無い。司は唯、只管に、死にたくなかった。自分を助けてくれるなら、今の命の危機が少しでも遠ざかるなら、相手がリベリスタだろうとアザーバイドだろうとエリューションだろうと縋りつく。 そんな司の卑屈さが伝わったのだろうか? 少しでもおかしな動きを見せれば攻撃を加えようとしていた『ガンスリンガー』望月 嵐子(BNE002377)が司から興味を失い黒虎に注意を向けなおす。 司に対して、こいつは自分の力では何も出来ない。撃ち込む弾丸すら惜しい存在。唯の小物だと正しく認識したからだ。 突然の闖入者に対して黒虎の対処は慎重な物だった。 野性の勘が告げる。こいつ等は自分に対抗する力を持った者達だと。 革醒によって得た知能が教える。油断をせず敵を見極め、持つべき最大の力をぶつける時を探れと。 中でも特に黒虎が警戒したのがリベリスタ達が手に持った光を放つランプや懐中電灯だ。なんとその数ランプが1に懐中電灯11。『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)に至っては、1人で半数近くの懐中電灯を携えて来ている。幾らなんでも一寸やりすぎ感すら漂う徹底振りだ。 明らかに己の能力を制限しようとの意図が見て取れるそれらの品々に、黒虎の頭は忙しく働く。 大きく下がって距離を取り、自らの影を動かして己を強化する黒虎。 慎重と言えば聞こえが良いが、ともすれば臆病とも言える黒虎の行動にリベリスタ達は一斉に攻撃に移った。 雷音の『守護結界』が仲間達の防御力を底上げし、全体に戦闘行動の指示を飛ばす卯月は更に『翼の加護』を使用する事で仲間達に回避能力と飛行を与えた。 翼の加護により、低空を飛行状態で進むリベリスタ達。完成する黒虎の包囲網。 先ず最初に黒虎に対して切り込んだのは、そのまま真っ直ぐに切り込んだ影継だ。攻撃方法は勿論、自らへの反動をも恐れずにギガクラッシュ一択。 紫の雷光が再び放たれる。けれど黒虎自身の鋭い動きと、其の身に纏った蠢く影に邪魔をされ、影継の攻撃は黒虎を掠めただけに終った。 次の攻撃手と成ったのは、「人間は銃があれば虎に勝てる」との誰かが言った言葉を聞いて、ならば「ならアタシが負けるわけないよね」と豪語した嵐子。 銃の扱いに対する絶対の自信が名乗らせる称号『ガンスリンガー』の名に恥じぬ流麗な動きで構えられたリボルバーから吐き出された弾丸は、的確に黒虎の前足にめり込む。 しかし、順調に続いていたリベリスタ達の攻撃や、完成された包囲網も実は黒虎の狙い通りだ。 全てのリベリスタが黒虎に対しての攻撃が届く距離から黒虎を取り囲んでいる。それは裏を返せば全てのリベリスタに黒虎の攻撃が届くと言う事。 黒虎はこの位置にリベリスタ達を誘い出す為にわざと包囲されやすい位置での自己強化に手番を費やしたのだ。 「ガルッ、ゴァァァァァァァアッ」 咆哮を上げる黒虎の全身から立ち上る呪力が、廃ビルの天井に赤い月をを作り出す。 黒虎の異常とも言えるナイトクリークへの適正と、人間の其れとは比べ物にならない身体能力が成し遂げさせた、リベリスタ達にとっては未だ未知の技。 全てのリベリスタ達を貫いたその赤き月の光は、彼等に真の不吉を告げる。 そして黒虎の行動は其れだけには留まらない。全体攻撃を予測していなかったリベリスタ達に出来た一瞬の隙を突き、黒虎は包囲の一角を成す、未だ実戦経験に乏しく自信の無さを漂わせていた逢乃 雫(BNE002602)に目掛けて突撃する。 咄嗟に放たれた雫の黒いオーラ、『ブラックジャック』が突っ込んでくる黒虎の顔面を捉えるが、けれど黒虎はその痛みを無視して雫の肉体を其の牙の餌食とした。雫の色白の肌に食い込む鋭く長い牙。 周囲に居る先輩達から戦い方を学ぶ心算で、足を引っ張らぬ様にと精一杯だった彼女だが、これは訓練ではなく実戦だ。不必要なまでの謙虚さは自信の無さの現われでしかなく、その自信の無さが生む隙を黒虎は見逃さない。 行動プランを自分の中で組み上げ切れていなかった雫に、黒虎への対抗手段を咄嗟に捻り出す事は不可能だった。 小さく華奢な雫の肉体は、巨大な黒虎が咥えたままに運ぶのに丁度良い。突き立った牙を伝い、口腔を満たす雫の血液の味にそのまま食事と行きたくなる気持ちを押さえ、僅かにもごもごと咀嚼をしながらも黒虎はそのまま破れた包囲を駆け抜けようとする。獲物は後でじっくりと喰らえば良い。 咄嗟に黒虎に対して自身の持つ最大火力、陰陽・氷雨を放とうとした雷音だったが、黒虎の口に咥えられたままの雫の姿に其の動きが硬直する。基本、陰陽・氷雨は術者の意に沿わぬ者を巻き込む事はない。けれどあれだけ近く、ほぼ一つの目標となって居ればどうなるかは、試して見なければ判らないし、よもや雫の命を賭けて試す訳にもいかない。 けれど其の時、駆け出そうとした黒虎は、自分の体に細い糸の様な物が絡み付いている事に気付く。 「巻き込まれた立場の虎には悪いが、流石に其れはさせれんで御座るな」 黒虎に向けて言い放ったのは、『ニューエイジニンジャ』黒部 幸成(BNE002032)。そして黒虎に絡みつくのも、幸成の指先から放たれた気糸、『ギャロッププレイ』だ。 万一の黒虎の逃走に備えて気配遮断で目立たぬ様に気配を絶ちつつ、逃走経路となりそうな場所を潰す役目を自認していた彼。最後の包囲の一枚としての彼の機能が無ければ、黒虎は無事逃げ延び、雫は其の食事となっていただろう。 「草食獣がいつでも喰われるだけだとは思わないことね」 枯れ木にしか見えないパワースタッフでトンと床を突き、『畝の後ろを歩くもの』セルマ・グリーン(BNE002556)はくるりと回した杖の先端を黒虎に向ける。 そして彼女が杖で突いたその床からは、『ブレイクフィアー』の邪気を退ける神々しい光が溢れ出し、仲間達を捉えていた不運を消し去っていく。 「貴方も災難だったわねえ。ただの虎でいられればよかったのに」 それはセルマの本心だ。欲の為に人間に囚われ、売り払われ、そして道具とする為に革醒を強いられた。この状況は全て人間達の手によって、人間達の都合で作られた。 人間にとっては非常に不都合な黒虎の行動は野生の動物としては極自然な物であり、善悪を問われる類の事柄ではない。 其の境遇には深い同情を覚える。けれども欲望のままに暴れようとする黒虎をそのまま放置する訳には行かない。 黒虎が知性を得た後も野生の法則、力のある者が弱者を喰らうに従って動くならば、それを止めれるのは人間が作り出して振り翳す倫理等ではなく、同じく力のある者だけだ。 黒虎の視線が忌々しげに、七海が床に転がした懐中電灯に飛ばされる。丁度影のラインを絶つように転がされた懐中電灯が、黒虎の影潜みによる逃亡を不可能としているからだ。 そしてその懐中電灯の持ち主、七海は黒虎の苛立ちや敵意等意に介した風も無く唯只管に彼の持つ最高の攻撃、『アーリースナイプ』を放ち続ける。 狩人は、射手は、揺るがず騒がず、黙々と自分の役割をこなし続ける。 ● 再び完成した黒虎への包囲網。 その包囲網への黒虎が取った対抗策は、先程と同じ『バッドムーンフォークロア』で赤の月を生み出す事。 しかし其れは黒虎の手札が尽きて来た事の証左に他ならない。苦し紛れの同じ技を喰らって同じ隙を作る程、リベリスタ達は甘い存在ではない。 雷音は強力な傷癒術で特に傷の大きかった者を対象に順々に癒して行き、セルマのブレイクフィアーが先程と同様に不運を払う。 反撃と打ち込まれた影継のギガクラッシュ、紫電の一閃は今度こそ正確に黒虎を捉え、黒虎は苦痛に口を開き雫の身体を取り落とす。 そして絡み付く幸成の気糸が黒虎の口を開いたままに固定し、七海のアーリースナイプが、卯月の『ピンポイント』が、嵐子の『1$シュート』が、正確に、その開いた口の中に次々に叩き込まれた。 息も吐かせず体内に打ち込まれた連続攻撃に、一瞬で耐久力の限界を向かえた黒虎の巨体がどさりと地に横たわる。 「あれで死なぬとは、凄いで御座るな」 元々黒虎の命をあまり奪いたくなかった幸成は、感心だけでなく安堵も含めた呟きを漏らす。 簡単に捕獲を狙える相手ではなかった為に結局全力を叩き込む事にはなったが、その厄介な生命力故に息絶えることは無かった。 ふさふさの尻尾を引っ張り、雷音は黒虎が完全に意識を失っている事を確認する。傷付き倒れた黒虎は彼女に大切な養父を思い出させ、少し心を痛ませる。 「全く厄介な相手でしたねえ……ともあれ、お疲れ様でした」 そんな仲間達を見ながら、ねぎらいの言葉を投げるセルマ。彼女は本当はこの黒虎は処分すべきだと考える。何故なら、恐らくこの黒虎は人の味を覚えてしまったから。 けれど仲間達の様子に敢えて其れを言い出す事はせず、彼女は判断をアークへゆだねる事を決めた。 雫や、ついでに司の手当ても終えたリベリスタ達は廃ビルから撤収していく。 片腕の司は兎も角、気を失った黒虎を搬送するのは、先程の戦闘にも負けぬ程困難だ。 帰り際、雷音から養父へと送られたメールには、 「今日は虎さんと戦いました。少し貴方を攻撃してる気分で心が痛みましが、しっぽは貴方に負けないほどのふさふさでした。早くかえります」 と、書かれていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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