● 「かかったな、王子よ。次元の果てに飛んでいくがよいわ!」 強烈な魔力で編まれた迷宮の虜囚となった救世の王子は、何とか脱出しようと解呪の呪文を詠唱するが、魔力が乱されうまくいかない。 「謀ったな、魔王!」 「ふ。魔法陣の認知判定に失敗するような未熟者が何をほざいても聞こえぬなぁ」 「畜生、必ず戻ってきて、お前を倒すぞ。憶えてろ~!」 ……まず、言葉遣いから直そうか。 ● 「呪われた迷宮から救世の王子を救い出して」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、淡々と依頼内容を口にした。 「補足する。D・ホールからの流出で、とある廃ビルの地下がダンジョン化している」 はい。 「その中に、アザーバイドがいる。意思の疎通可能。言語は通じないから、身振りになるけど。ちゃんと記録してきてね。資料にするから」 ごとごと。撮影機材がテーブルに置かれる。 「このアザーバイド、救世の王子。この王子の所属するチャンネルの核となる人物。彼が魔王を倒さないと、その次元が遅かれ早かれ崩界する。この次元にもいずれよからぬ影響が出ないとも限らない」 迷宮の様子はオーソドックスな石造り。 「彼を化け物がうろつく迷宮深部から救い出し、侵入口近くに発生しているゲートからもとの世界に戻して。迷宮は彼が元の世界に帰れば、自然に消える」 後は、元に戻ったビル地下を普通に戻ってくればいい。 「これから魔王との最終決戦が控えているから、彼に怪我をさせたり、戦闘させたりしないように。こちらの回復術は効果はない」 は~い。 「で、これがその王子。身長大体一メートルくらい」 二頭身。素材はコットン100%。はらわたは綿で、毛糸の髪の毛。おめめはボタンじゃないかしらとか思うんですけど、どうでしょう。ていうか、お口がありませんよ。おててはミトンみたいだし。 すっげえ抱き心地よさそうだね。 「布製のお人形に酷似しているけれど、違うから。そう見えるだけで生物だから」 だって、この王冠とか鎧とか、アルミホイルで出来てるような気がします。 「そう見えるだけ。向こうの世界の最高硬度の金属」 そこで、はっとしたイヴは、 「いっとくけど、こっちの世界の武器持たせて帰したりしちゃだめ。バランス狂っちゃうし、そもそも重くて持てないし」 と、釘を差した。 「はらわたが片寄ったら大変だから」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月10日(日)23:06 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 方位磁針が北を指し示す。 『勇者は余が育てた。』大魔王 グランヘイト(BNE002593)の目は千里を見通し、深遠なる闇も支配者の前には全ての秘密を明らかにする。 見た物全てをグランヘイトはせっせと方眼紙に書き写していた。 ペンの音が迷宮入り口の石畳に響く。 「では、私が何分岐目かとどっちに曲がったかを書きますので」 「私が地図とすり合わせた印を書きますね」 『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)と蘭堂・かるた(BNE001675)が迷宮の壁にマジックで印をつける算段を相談している。 「タコイト……」 『音狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)は、迷宮脱出のキーアイテム、糸巻きに巻かれた生成りの丈夫な糸を用意し、 「赤い糸……繋がる先は、どこでしょう……」 『ドラム缶型偽お嬢』中村 夢乃(BNE001189)は、アリアドネよろしく迷宮様式美的にクリティカル、通常概念的には触れてはいけない領域の糸を用意していた。 「我が闇の英知の一端を垣間見て、驚愕するがよいわ」 グランヘイトは地図に牢と雑魚の位置を書き込み、最短ルートを書き込んで行く。 地図も揃った。 「拙者らはさしずめ、迷宮に放りこまれた餌のようなものでござるな」 古の地中海。怪物を封じ込めるために作られた迷宮。年少女たちが餌として送り込まれた。 「獲物になるのはあちらの方でござるが」 怪物を倒した英雄も、餌に成りすましたのだ。 犬の耳と犬の嗅覚。敵はケダモノ。ならば、その動きが感知できない訳がない。 『ニンジャブレイカー』十七代目・サシミ(BNE001469) がパーティの前に立って、不意打ち判定の準備もしてる。 灯りも、『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)が懐中電灯。 そして、正しく迷宮的に、『白雪姫』ロッテ・バックハウス(BNE002454)がろうそくを。 頭の上に。可憐な金髪美少女の頭にろうそく。 ああ、なんて正しく迷宮的なんでしょう。 ● 分岐点。 全く気配を感じさせない動きで、サシミが辺りを窺う。 静かに息を潜めて足音を忍ばせて。 (ああ、忍者らしいムーブでござるな) サシミ、ちょっとジーン。 忍ぶ機会がある仕事に当たるとは限らない。 辺りに敵影なし。 前進を仲間に示すと、すばやくうさぎとかるたが壁に取り付き、壁にマジックで情報を書き込み、地図にも書き込み、現在位置を確認する。 夢乃とリュミエールは、入り口に結び付けてきた糸が千切れていないのを確認し、目立たないように端に寄せて糸をかせから繰り出して行く。 目と鼻の先に、牢屋の間。 鼻先をワンダリングモンスターが通り過ぎていくことはあってが、戦闘はない。 グランヘイトは、目の前の観音開きの大扉の先に王子が閉じ込められている牢があるのをしかと見届けた。 サシミの耳には、獣の獰猛な鼻息とひづめの音が。 ここ。と、手振りで知らせると、ニニギアが先んじて魔力生成の詠唱を始めた。 ● 王子が小さくてかわいい牢屋の柵に手をかけて立っている。 王族を閉じ込めるにふさわしい強靭さと格調と魔法陣の役割を併せ持つ、美しい幾何学模様を描いた牢。 その中には、絹の肌とカシミア毛糸の金の髪。 目のボタンは大きすぎず、きらりと光る黒蝶貝製。 身長一メートルの、抱き心地も十分そうなぷっくりボディー。 目に見えないミスリルの糸と馬鹿にはつまめない光の針で、望みうる中でもっとも微細かつ強靭に仕立て上げられている。 銀紙っぽい王冠と鎧。ちゃんと伝説の剣だって佩いている。 素晴らしい。 まさしく、救世の王子の名にふさわしい高級っぷり。 ぼそぼそ繊維が飛び出したクズ綿でてきとーに織ったと思しき布でごわごわのフェルトを補強。 そこらへんにおっこってた鉄くずをタコ糸と針金でつないでみました的ひづめと角に、割れたブリキボタンの目。 ネームド中ボス級とはいえ、所詮怪物。 手間のかけ方が違うよねっ!! 赤ちゃんは、ママが縫って作るんだよ! 「大魔王たる余に牙を剥くとは所詮は獣か」 せっかくダンジョンだもん。そういう前口上大事だね、グランヘイト……へ、いか。 「闇の王たる余が光の王子を助ける事になるとはな。まぁよい。このような戯れもまた一興よ」 ● 「ミノタウロスはお任せします」 握りの先に幅広の刃が付いた南方の武器カタールを手に、うさぎは手前にいる方の漆黒の四足牛ゴルゴーンに突貫を仕掛けた。 腰にぶら下げた懐中電灯が、仲間達の射撃攻撃のよすがになった。 「任サレタ」 加速したリュミエールが床を蹴る。 「ユッケ……カルビ……塩タン……ハラミ……ロース……ミノ……ヤッパマズソウダカライイヤ」 牛肉の部位を呟きながら、明らかに粗製品のミノタウロスに駄目を出す。 あさっての方向の壁、対角線上の天井、更に落下地点の床。 跳ね回りながらばら撒かれる銃弾は、まさしく斬撃のごとく、ミノタウロスの堅い表布を切り裂いて行く。 「防御は中村さんがおられますので」 闘気を体に纏わせて、かるたはミノタウロスの前に走りこみ、迷宮の中でも取り回しやすい小太刀と短剣が、更に大きくミノタウロスの骨身をえぐる。 「早く王子様に会うのですぅ!! そこを退いてもらいますぅ!!」 ロッテの小さな影がミノタウロスの脇を走り抜ける。 大打撃を確実に入れられる場所を計算し、そこに攻撃するための行動をプロットして実行する。 計算で戦うプロアデプトならではの技が、ゴルゴーンの前足一本を吹き飛ばした。 前足を折りつつ、背中をリベリスタたちにむけたゴルゴーンの背中の皮がざわざわと逆立ち、ボコボコ波打つ。 次の瞬間、攻撃態勢に入っていたもの全員に、金属製の尖ったボタンの弾丸が降り注いだ。 「大丈夫よ、みんな。すぐに癒すわ」 ニニギアの詠唱で、薄暗い迷宮に慈悲ぶかき福音が響き渡る。 「神話のように退治とはいかんでござるが、これで勘弁でござるよ」 ゴルゴーンの弾幕を隠れ蓑にして、床すれすれまで下がった黒牛の頭に、サシミは命と気を練って作った符を貼り付ける。 轟爆。 四足の牛の首がもげ、迷宮の闇の底に転がっていった。 「この大魔王グランヘイトの前に平伏せ。闇に抱かれて朽ちるがよい!」 従僕が巻き込まれて怪我などしたりしないよう気をつけて、詠唱するべき呪文を選定するのがグランヘイトへいかの素晴らしい所。 打ち出された魔法の矢は、残るゴルゴーンの眉間に刺さる。 ミノタウロスがどすどすと地響きを上げて、先ほどゴルゴーンの足をへし折ったロッテに迫る。 癒されたとはいえ、ロッテの傷は浅くない。 今ミノタウロスからダメージを受ければ、迷宮の闇に沈んでもおかしくない。 振り下ろされる、轟々と炎を宿した棍棒のような腕。 「あたしは盾です」 夢乃はロッテをかばい、ミノタウロスの前に身をさらす。 厚い装甲と魔法の盾が、炎を散らし、叩きつけられる衝撃を和らげる。 (みなの囮になれれば、幸い) 腕の中からロッテを逃がし、牛の化け物共が、仲間達に無防備な横腹をさらすように、すっくと立って赤い布の代わりに煌々と光を放つランプを振り回す。 「さあ来なさい、怪物たち! 王子はあたしたちが守ります!」 間髪いれずに夢乃に打ち込まれる無数のボタン。 「覚悟!! プリンセスアターック!!」 ロッテの小さな手が、ゴルゴーンのほころびをうがつ。 うさぎの手がその穴に爆弾をねじ込み、脇腹が爆散。 残るは、ミノタウロスただ一匹。 その腹には、王子を閉じ込めた牢の鍵が眠っている。 ● 一人は守り、一人は癒す。 一頭のミノタウロスに六人のリベリスタが襲い掛かっていた。 「皆さん。そろそろとどめですが、腹に鍵があるので、そこらへんは避けていただけると」 うさぎの声に、みなが頷いた。 サシミの爆弾が右腕を。 牛の頭を、リュミエールがなます切りにした。 かるたの双刃が足を切り飛ばす。 左腕だけ残したトルソのようなミノタウロスは、鍵を取り出す役目を担ったうさぎに託された。 ミノタウロスの腹の皮にカタールの切っ先を入れると、案の定、はらわたは綿状の物質だった。 もふもふもふもふ。 うさぎとかるたがその中に手を突っ込んで程なく、豪奢な意匠が施されたぺにゃぺにゃの鍵を探り当てた。 「それでは、後はお任せします」 うさぎは、それをニニギアに手渡すと武器を納めて牢から距離をとる。 「護衛は、拙者におまかせ下され」 サシミは、王子の牢に背を向け、大扉に向き直る。 「なにぶん、拙者、忍者ゆえ。心を通わせたりはしないのでござる」 非情に徹しなければならない過酷な生業。 キリッと表情を引き締めるサシミ。よっ、十七代目! カタカナニンジャとは、覚悟が違うね! 「あまりそういったのは。不慣れな気がする」 リュミエールも距離をとる。 「精々励むがよいわ」 グランヘイトへいかはやんごとない大魔王なので、気安く光の者と口を利いたりなさらないのだ。 説得に向かうのは、ニニギア、ロッテ、かるたの三人。 夢乃は、とっさにかばえるように、三人の近くで警戒に当たることになった。 (マイナスイオン……でてるかな? 見えないし、自分じゃよくわからないけど……目は口ほどに物を言うというし) ニニギアは、癒しオーラを放出しつつ、王子のボタンみたいな瞳をみつめる。 王子のおめめがぴかんと光り、ふにっと小首が傾げられる。 きゅん。 ニニギアの胸がキュン鳴きした。 「王子様ぁ……ッ!」 ロッテは、優しく優しく、王子様の手を握って微笑んだ。 ぬいぐるみ的王子様に、触れたら壊れそうなお人形のようなお姫様然とした女の子。 絵になる。 魔法にかけられた王子の呪いを解く童話のようだ。 (わたしたち)、(王子様)、(助ける)。 (一緒に)、(ここ 出る)ダッシュと腕を振る。 (魔王)(倒しに)(行く)再びダッシュポーズ。 (ボディーランゲージで頑張って伝えるのですぅ!! 伝われ、わたしの想い!!) それにニニギア、バックアップ。 (私たち、みかたです) にこっと笑顔。マイナスイオン、大量放出。 (ここを、出ましょ。元の世界に、戻って、あなた 戦う) 剣を指差し、しゅばばっと振る仕草。 (あなた、英雄) きらぴかーっと、指をひらひらさせて、王子から光が出ている演出。 (だいて、お連れする) ひょいッと抱き上げる仕草。 (ね?) と、王子と同じように小首をかしげた。 かるたは、ノートと万年筆を出すと、王子の前に広げて見せた。 (絵心は人並み程度ですが、現在の状況と帰還までの動きを絵で伝えられれば) ぬいぐるみ的王子に伝わっているかどうか、一心に目をむけ、少しづつ絵を描き、身振りを重ねる。 もとより、敵ではなさそうなのは想像が付いていた。 ただ来た助けが、仲間ではなく、予想外にぬめぬめで、ごつごつした巨人族だっただけで。 でも、巨人は王子を礼節を持って扱った。 王子の世界の巨人族のようにいきなり抱き潰したりもしないし、襟首を持ってぶら下げたりしない。 描かれた絵には、この迷宮からの出口に魔方陣が出来ると記してある。 例え罠でも、ここは乗るしかないだろう。 王子の決断は早かった。 抱き上げてくれと、手を伸ばす。 その手に、反射的に応じる三人。 (抱っこしたいのです……ほっぺにちゅってしたいのですぅ…!!!) ロッテはプルプルしている。気合が入っている。 だって、本物の王子様なんだもん! 「お三方。これから戦闘あるかもしれません」 うさぎの声に、ニニギアがにっこり笑って王子を抱き上げた。 「私は回復しなくちゃいけないから、ロッテさんにお願いしましょうか。かるたさんも武器は両手持ちでしょう?」 そう言いながら、かるたに王子を託す。 ちょっと位みんなで抱っこさせてもらってもいいよね? 「そうですね。ロッテさん、王子をよろしくお願いします」 そうっと、ロッテの手に王子が託された。 ● 「糸ノ結ビ目」 「ここが、最初の場所のようで御座るな」 迷宮の出口は、元の世界に戻る入り口。 サシミとリュミエールは、油断なく最後の角を曲がり、背後から付いてくる仲間を促した。 ロッテの腕の中であっちだ、こっちだとと指し示す王子の案内に従い、最短ルートをたどってこれたが、それでも、怪物と行き会うのは避けられなかった。 体は綿であろうとも、爪も牙も当たればこちらの肉が吹き飛ぶ。 最終決戦を控える王子を守るべく、最善の場所を計算して移動した王子を抱きしめるロッテを夢乃が全力で庇いきった。 グランヘイトが撃ち出す爆炎を皮切りにして、うさぎとサシミとリュミエールが、炎に巻かれる怪物たちの間にわって入り、片端から翻弄し、切り刻み、吹き飛ばした。 行きに無傷で迷宮を踏破したため、牢を守る怪物たちを効率的に倒せた。 一連の結果として、チームには余力が十分あったのだ。 背後の迷宮も王子の帰還と共に、ボトムチャンネルから消える。 力を入れすぎないように、それでも精一杯守れるように。 王子を抱き続けていたロッテは名残惜しげに王子を石畳の上におろした。 「さて、後は王子に幸運の加護を祈ります。どうか判定が回りますように」 全く表情が変わらないうさぎが、ぺこりと頭を下げた。 「頑張ってくださいね、王子様。きっとあなたの世界にも、帰りを待っているお姫様がいるんですから!」 こちらの世界では、夢乃がいつか来る王子を待っている。 「世界を救ってくださいね。応援してます」 指先に残る柔らかな感触を思い出しながら、ニニギアが微笑んだ。 「御武運を」 例え、言葉は通じなくても。かるたの武人の気迫は王子にも伝わる。 王子は、優雅に腰を折って礼を見せた。 その後、ロッテに向かって手を上から下に振る。 「かがめって言ってるんじゃ……?」 ロッテが王子の顔の位置まで腰をかがめると、王子はぽてんと自分の額をロッテの額にくっつけ、そのままD・ホールに飛び込んでいった。 「今の……」 「王子様、お口がなかったから。ひょっとしたら、キスみたいなものじゃないかしら?」 何か言う間もなかった。 背後でポン。と小さな音がした。 振り返ると、そこはリノリウムの床と白熱電灯のごく普通のビル地下。 王子を閉じ込めた迷宮の魔法は解けたのだ。 ゲートブレイクしながら、リベリスタは思う。 どうか、救世の王子の上に勝利の栄光が輝かんことを。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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