● 作戦名・「壇示案件・流れる海産物・大山童掃討戦」――リベリスタ達の間では、イカタコでとおる作戦は最終段階を迎えていた。 ここは壇示に設置されたアークの簡易陣地。 幾度と無く現れたエリューション――識別名「空飛ぶ海産物」――の迎撃のために設置された場所だ。 エリューション達の正体は「大山童」と呼ばれる神秘存在に呼ばれた「餌」だった。「大山童」は倒さなくてはいけない訳だが、真っ向から戦って勝てる相手とも言えない。 「餌」である全てのエリューションを倒して、エネルギー源を断つ必要がある。 当初の目的は達せられ、兵站を絶たれた。 天狗の鼻岩で開戦の報が入ってから二十八分。 最終チームが、奇岩石室跡に移動を開始していた。 ● ああ、絶望だ。絶望だ。 もう死ぬしかないのだ。匂いだけが漂って来る。噛み砕きたかった生き物の精気の、はるばる着てくれた幾千もの精気がことごとく灰と成り果てた。 ああ、ああ、ああ。 腹が減って腹が痛い渇いて咽喉が焼ける。 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。 しななくてはならない誰も祭らない神は死ななくてはならない生きていてはいけない人に討たれて化け物として死ななくてはいけないああ帰りたかった帰りたかった母なる海に帰って神ではない生き物に戻りたかったああああああ死にたくないのにもう死んでしまう腹がすいて死んでしまう前に人に狩られて死ななくてはならない。 あ、あ。 いやだ。殺されて死ぬのはいやだ。このまま朽ち果てれば祟れる絶たれるたた讃た帰りたいいいいいかえるかえる飢餓するこのままシネバ帰れる孵る還りたい返り討ちそして死ぬ海を目指して死ねば心は海へ死にたく神託しにたくないないなあなななんあんあふぐるうな家るるるるうりえかえいるかえれるりる――。 死にたくない。 体がなくなってもこの世界に残りたい。そして、海へ。 ● 祖父の代から船乗りなので、船酔いなんか絶対しないと豪語していたフォーチュナが、げろ袋とお友達になるほど気色悪いものが見えたらしい。 担当が、こいつでよかった。イヴたんをそんなかわいそうな目にあわせるわけには行かない。 「――いっとくけど、ほんとはね、みんなにはゆっくり休んでてもらおうと思ってたんだからね! 別件で他の現場にリベリスタいっぱい送らなくちゃいけなくならなかったから仕方なくなんだからね!?」 ノイズが入る。 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)は、空っぽのブリーフィングルームで、はなをすすっているのだろう。 「――翼の加護要員の人が、インスタント・チャージとか回復できる人がいたのもたまたまなんだからね!? ああ、もう、ベッドで寝ててよ! 完徹で仕事したいとか、みんな厚生課の人に叱られちゃえ!」 べきばきぼきばきと咀嚼音が聞こえる。口直しもかねているらしい。 「――大山童だけど!」 モードを切り替えたようだ。 「最後の力を使って破れかぶれで呼んだ海産物が全滅した。体も限界。心も折れた。ほっといても死ぬ」 かれこれ全く供物もない状態で、半年近く放置されていたのだ。 「でも、うち捨てられる神はきちんと退治しないと念を残すって。そういうの、祟るって言うんだって!」 熱に浮かされたようにしゃべっている四門は、正確に伝えていた。 大山童は、今まさに、集落・壇示の民に捨てられている最中だ。 「放置したら、E・フォース化するよ。みんなが負けても、E・フォースになっちゃうからね」 よろしくお願いします。と、いきなり改まった。 「対象は、戦闘能力もどん底だけど、でかいのはそれだけで武器だから。手足振り回すだけで十分危険! はらわたぶちまけることになるから、気をつけてね! 勿論、もぐもぐとかされないでよ!」 げっほごっほとむせている。 「――で。海に向かって歩いていこうとしている。もう信仰とか契約とか、大山童を縛るものは何もないんだって」 だから、海へ。 とはいえ、その方向には――。 「高速道路の高架橋が通ってるんだよねー!」 以前、大山童の鱗がこの高架橋に降り注ぐのを阻止したこともある。 「――ここだけじゃないよ。海まで、すごく遠い」 その間、どれだけの人目に触れることになるか。崩界を促進させるようなことがあってはならない。 「本作戦は、完全遂行まで戦域からの離脱を禁じます」 四門は、今にも泣き出しそうな顔をして言う。 「大山童の戦闘能力は高くない。リベリスタの予想損耗率は通常任務の域を出ない。だけど、やられたときは食われる」 最悪の結末が待っている。そして、不退転の作戦だ。 「これで終わらせて帰ってきてな。俺、待ってるから」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月06日(木)23:57 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 10人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 「海は――あちらですね」 雪白 桐(BNE000185)は、地図を片手に方向を見定める。 眼下に高速道路が細い光の線を連ねているのがかすかに見えた。 そちらに背を向けるように桐は立つ。 「神と言われた大物討伐――こういうのがやりたくてアークに入ったんだよな、燃えてきたぜ!」 緋塚・陽子(BNE003359)は、目をキラキラさせている。 ここに来るのはもはや残骸と化した奇岩石室を破壊したとき以来だ。 「重傷がなんだってんだよ!」 そういって地面を蹴り、宙に浮かび上がったのは浮かれているからではない。 大山童は、地面の下から来る。 地面崩壊に巻き込まれるわけには行かなかった。 「四門には感謝しないとな。あの海産物を降らしてた相手にようやく会えたんだから」 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)のアクセントが、「あの海産物」についてしまうのは仕方がないことだ。 アークの戦場でも、劣悪な環境の十指に入る天狗の鼻岩でどれだけの銃弾をバラ撒いたかわからないし、どれだけのタコの吸盤で体を貫かれたのかも覚えていない。 ほんの30分前まであの断崖絶壁の上にいたのだ。銃身がさめる暇もない。 『やわらかクロスイージス』内薙・智夫(BNE001581)――いやさ、ミラクルナイチンゲールはスカートの下にばっちりアンダースコートも着用で来ていた。 (智夫さんは置いてきました。この戦いには耐えられそうもありませんから) 別人格ではない。あくまで智夫の理想――倒れない、汎用性のある癒し役――が、たまたま魔法の看護婦さんだっただけだ。 任務遂行のためなら、自らを殺せる智夫は闘将の号にふさわしい。方向性に難があるのは否めないが。 桐も、男子だがスカート愛用者なので、智夫のスカートに別段の反応は示さない。 「涼しいですよね」 「ね。神殺しだからスタイリッシュにって言われたので、スカートにしてみましたっ」 今日のコスチュームはフリル控えめ、その分キラキラ生地でである。 自分が何気なく発した神殺しという単語に、ふっと智夫を表情を曇らせた。 「信仰する人がいなくなった時、神は滅ぶという話を聞いた事がありますが……大山童さんが、そういう状態なのでしょうか」 「崇め奉ってどうかここにいて下さいとお願いしたのに、自分達の都合で神様さえも簡単に捨てちゃうんだ。人間って勝手だよね」 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)は、悪気なくニコニコ笑っている。 「時の流れは残酷ですね」 悲しげな表情を隠すように、智夫――ミラクルナイチンゲールは暗視ゴーグルを装着した。 「でも、それでもオレは人間側で戦うよ☆」 終は、笑った。 その方が、ハッピーエンドに近いから。 「時代は何れ変わるもの。御大の身をここで屠る事で、時渡しの儀を終わらせましょう」 桐がきびすを返す。 古き神をあがめる時代は終わり、神亡き人の時代が訪れる。 「巫女は本来、神を奉るお仕事です。――が」 『Dreamer』神谷 小夜(BNE001462)は、手の中の和弓を握り締める。 「神が人の世に害なすというのであれば、それをお止めするのもまた、使命であると心得ます」 そして、微笑んだ。 「どんなことをしてでも、皆さんを守ると決めていますから」 その小夜と行動を共にする『他力本願』御厨 麻奈(BNE003642)は、詭弁かも知れんけどと、前置きする。 「ウチは神殺しにきたんやない。お疲れさん言うて感謝の気持ち伝えて送ってやりたいだけや」 (ちょっとぐらい気が引けるかもしれん) 麻奈は、自分の気持ちが揺れるのをそうやって受け止めた。 「ま、同情してまうけどしゃあない。これ以上醜態晒す前に、神として送ったらなあかん」 うむ。と、『黄昏の賢者』逢坂 彩音(BNE000675)が腕組みをしたまま首肯する。 「皆、頼りにしているよ。私は未熟だが……負けるつもりはもちろん死ぬつもりもないからね」 足元で地鳴りがする。 仮初めの翼は配られ、リベリスタたちは地面を蹴った。 「では、来たまえ、今は奉られぬ神よ。ここが君の最後の舞台だ」 だから、どうか最期は、神らしく。 ● それは、来るとわかっていても恐ろしいものだった。 「来ます……!」 魔力の泉を想起させながら、小夜が短く警告した。 ビスケットのようにたやすくひび割れていく地面の底から、干からびた手のひらが、腕が突き出される。 黄ばんだ爪は幾枚にも割れ、水かきが干からびて、しなしなと指と指の間にまとわりついている。 ばさばさに乾いたコケとも体毛とも判別しがたいものが頭部を覆い、極端に離れた落ち窪んだ眼窩の奥に、赤黒い光点が二つ、かろうじて確認できる。 鼻はない。八の字に裂け目があるのを確認できるだけだ。 口が前に突き出し、くちばしのようだが、その中に肉食魚のような歯がずらりと並んでいるのが見えた。 あの歯でイカやタコを噛み千切り、腹に収めるはずだった。クラゲやウミウシでも食ったかもしれない。 皮膚からみずみずしさなどかけらもなく、ささくれ立ち角質化し、骨の上に垂れ下がるたるんだ皮膚がここ半年一切の恵みを受け取れなかったことが容易に知れた。 いや、この壇示という土地に搾取されたといってもいいかもしれない。 皮をかぶった全長20メートルの骨が身を起こし、地の底から這い出てきた。 穴から這い出るため、四つんばいになっても低空飛行しているリベリスタよりまだ高い。 振り回す腕も筋肉が削げ落ちているとはいえ、リベリスタの胴などより遥かに太い。 『でかさは武器だ』 フォーチュナが言っていたのは、戯言ではない。 識別名「大山童」 E・ビーストなのか、アザーバイドなのか、新米フォーチュナは判別できなかったと言った。 少なくとも、その活動は秘匿された神秘を周知にさらし、崩壊を促す存在である。 放置すれば、タタリガミという名のE・フォースとなる存在である。 ならば、そうならないようにするのが、アークのリベリスタの勤めであった。 「堕ちようが祟ろうが、一度は崇められた存在だ。相応の敬意をはらって、叩き潰す!」 『男一匹』貴志 正太郎(BNE004285)は、神殺しの仁義を切る。 大音声とハイテレパスの二本立てで叫んだそれが、大山童の心に響いたかどうかは分からない。 (聞いてねえなら、それでも構わねえ。認めた相手に喧嘩の流儀を貫くのは、オレ自身のケジメだ) 自らの手で殺す者への最低限の礼儀だった。 ● (狙いは足だ、脚だ、足の裏側の腱だ。立てなくしてしまえばそれだけで脅威は半減する) うわごとのように繰り返す。 「ようやく、ようやくか。やっと会えたな」 「ようやく会えたな。親玉」 小さな翼を酷使して、手と足の隙間を縫うように飛ぶ。 本物の――フライエンジェとその深化種――のようには飛べない。 一瞬でも気を抜いたら、間抜けな蝶のように叩き落される。 それでも。 背面に回りこんで近接した伊吹と、正面に回り、距離を置いた杏樹の口から同じ言葉が漏れた。 「因縁の対決っちゅう奴やね」 二人の呟きを受信した麻奈は、額に上げていた暗視ゴーグルを目元に下ろした。 大山童の巨体にさえぎられて極端に光量が落ちたのだ。 麻奈の仕事は、彼らを最適な戦闘状況で戦わせられる環境を維持することだ。 『複数とか域攻撃がおっかないから効率良く皆を動かしたい所。遮蔽物を上手く活かしたいね』 全員の頭の中に、麻奈の関西なまりの思考波が響き渡る。 『戦闘指揮しつつ戦うで。あんじょうよろしゅうしたってや』 「『あの時』の石室以来だ」 伊吹の声から、歓喜がにじむ。 (顔を合わせるのは初めてだが、俺の中の『記憶』は貴様を知っている) 一人だけ温泉に入れなくて悲しいとかいう瑣末な記憶を覆い尽くすように湧き上がる異質な気配への恐怖。 あの時、『彼』達が助けた調査員はいまだリハビリ中だと聞く。 残された負の記憶を癒してやるときが来た。 「待ちわびたのは貴様だけではない。ようやく決着をつけてやれる」 『彼』が最後を見られなかった案件。 その決着を。彼がし残した仕事のうち、明確なものの一つはこれだ。 二対の白い腕輪が旋回する。 (人体構造とは異なれど、バランスを崩す部位を狙う。鱗を剥ぎ、穿つ) アキレス腱。そこを立たれれば、物理存在は歩けない。 肉体を持っているのだから、それで歩くことに支障が出るはずだ。 高架橋への脅威が激減する。 やせ細った腱に狙いを定めて、かき切る一撃。 「血と鱗を撒き散らせ――!!」 ばくりと割れる傷口。 一拍おいて、吹き上がる血柱。 その血に、伊吹の血も混じった。 割れた鱗が報復とばかりに、伊吹の体も切り裂いたので。 「アークのリベリスタは神殺しの大罪くらいじゃ怯まないよ!」 終は、大山童の脚に取り付いた。 手にした二本のナイフが音速の壁を突き破り、伊吹がアキレス腱をぶった切った脚をさらに破壊するべき切り刻む。 切るたびに跳ね上がる鱗が終を切り裂くが気にしない。 終の口数の多さと反比例して、その動きには無駄がない。 人が一つことを動かす間に、二度動く。 速度が終のナイフを後押しし、刻み続けたその果てに、何か白くて太いものをぶつりと切った。 空気の振動、すなわち悲鳴。 何か、取り返しがつかない怪我をさせたのだということは理解できた。 普通なら、痛みに体が麻痺して、もう動けないだろう。 でも、妄執が大山童の存在を絶対のものとしている。力でねじ伏せるしかないのだ。 例えば、魅了。例えば、混乱。 何がなんだか分からない内に殺してやることもできない。 桐がまっすぐに地面に付いた脚に向かう。 手にした武器は、不恰好な魚をさらにつぶしたような剣。 破壊神をその身に宿した桐の前にびっしりと刃と化した鱗を生やしたふくらはぎがある。 (目の前の足だけでなく他の足や口の位置にも注意し踏まれたり噛まれたりしないように――) 20メートルの大山童に対して、人類はそんなに小さなものではない。 切り裂く意思と闘気を刃にこめて、乾き切った皮膚と薄くなった肉と骨を粉砕させる一撃が叩きつけられる。 その闘気に吹き上げられるように割れた鱗の破片が桐の皮膚を鑢でこすり上げるように切り刻む。 白い頬から赤い血が吹き出した次の瞬間には、傷は固まり、かさぶたに変わる。 強制的に高められた代謝機能により、傷ついた細胞は自死し、出来立ての細胞が隙間を埋める。 戦い続けることに主眼を置いた桐の選択は、肉体再生――怪我を広げないことだ。 「この身をとして、いざまいらん」 大山童の片足が死んだ。 それでも、前に這うのをやめない。 ● 祀られている限り、神はそこに封じられる。 壇示の衆は、自分たちの土地がやせていることを知っており、それでも他の集落のように餓死者が出たり、子供を間引いたりしなくて済む程度に何がしかの実りがあったのは、そこに『なにか』 がいるからだということを漠然と知っていた。 そして、それがお社に祭って公にするような類の何かではないことも感じていた。 山から出る変わった黒い石は、里に持っていくとよく売れた。 山で迷った旅人が集落に迷い込んだ年は、田畑がよく実った。 壇示の衆が何かをしている訳ではなかったが、それでも村はずれの石室のあたりの異臭は確実に何かがあったことを示していた。 それでも、誰も石室を崩そうとしなかった。 それは禁忌であり、原始的な恐怖の対象であり、それが去った後の荒廃を予感させ、誰も天秤を傾けようとしなかったので。 それは、物の価値が変わり、もはや名もない『何か』がもたらすものが害悪でしかなくなった今の今まで変わることはなく。 結果、アークによって『大山童』と名づけられた存在は、今の今までこの場に縛られていた。 海産物を呼ぶことしかできなかったのだ。 どうか、『この集落に、何事もしないでくれ』 という言葉に縛られて。 ● アウトレンジから放たれる、飴玉も買えない小さな硬貨に穴をあげる精密射撃が、飢えた河童の顔面をえぐる。 「私は、神を名乗る相手に一発も外す気はない」 杏樹は、彼女の銃をもうしばらくは冷ましてやるつもりはない。 いつか、彼女の神の顔面に拳骨をねじ込んでやる気でいるのだから。 「――桐君のおかげで、すでに『致命』 は発生しているようだね」 彩音は、気糸を繰り出し、大山童の目をえぐるにかかる。 気糸は目のうえに垂れ下がった体毛のカーテンをかいくぐり、その水晶体に突き刺さる。 自前の翼の機動力が役にたつ。 急速降下してきた陽子が、その気糸の輝きを追うようにして大山童に向かって突っ込んでいく。 指先には、死の刻印。 その赤黒い眼球にエンドマークを刻み付ける。 陽子好みの大穴狙い。 銃弾、気糸と執拗に攻撃された大山童がかをの前に手をかざすのが少しだけ早かった。 そして、巨大な腕が振り回される。 邪魔をするな。もはや、ここまでなのだ。 ならば、行きたいのだ。 海へ。 ● 手始めは鼻先にいた陽子と正太郎が地面にたたきつけられた。 脚に取り付く仲間から注意をそらすべく、正面にいた智夫もなぎ払われた。 振り回される腕は切り裂かれた足の周囲にいた伊吹、桐、終を打ち払う。 バリバリと目の前でスパークする雷光に、ああこれは神罰であるのだ。と、やけにゆっくりとした考えが脳裏をめぐる。 『しっかりせえ! ぼんやりしてると踏み潰されるで!?』 気糸を駆使し、自分に攻撃を集中させようとしている麻奈の叱咤が各々の脳裏に響く。 戦場だということを瞬時に思い出した。 「動きをよんでとか、防御重視の手堅い動きとかしょうに合わねーよ!」 生粋のギャンブラーである陽子の抗議に、麻奈は噛み付き返す。 『泣き言は聞かんで! そこはきっちりせなあかん。性にあわんでも聞いてもらわな命が縮むで!』 小夜が召喚した、柔らかに吹き行く癒しの風。 本当は目を閉じたかった。 たとえこれから討つ相手であっても、「神様」に失礼があってはいけない。 けれど、神秘は『見て』 初めて発現するもの。 両の目でしっかと見開き、神秘を下ろすべき相手を認識しなければ、小夜がここにいる意味はない。 (「どんなことをしてでも」 仲間を守ると決めたのだ) ならば、巫女としてより、リベリスタとして為すべきことを為す。 だから、せめて、口にする祝詞は森羅万象に祈りを。 この神楽舞は、これから倒される「神様」を鎮めるための刃を保つためのもの。 かけまくも、かしこみかしこみ。 かけまくも、かしこみかしこみ。 「――頭の方にいる人は、私が治します」 智夫が、福音を召喚する。 「仲間を踏まれちゃかなわないな」 杏樹がすべるように大山童に近づく。 「ちょっと、下がってもらおうか」 杏樹がふと目線を落とした先に、魔銃バーニー。 描かれた黒ウサギに強烈なドロップキックをかまさせるシードがない。 振り回したときに落としたのか、どこかにいってる。 AFの表示にも欠落の文字とビープ音。 脳から血がひく音がした。 『――よう分かった。みなまでいわんでええ!』 麻奈の思考波が全員を鼓舞する。 ハイテレパスは便利だ。考えまで筒抜けだ。 『脚組は、もう片っぽもおんなじように頼むわ! その後は腕や。匍匐前進も止めるで! 頭組はとにかく感覚器つぶすのに全力注いでや!』 「――上等だ――」 正太郎は、口にたまった血を吐き出して立ち上がった。 「神の生け贄なんぞになるのは御免なんでな。EX発動の可能性は、わずかでも減らせるようにすんぜ」 あいにく、雷ごときでふにゃふにゃになるほどやわではない。 あちらも絶対者なら、こちらも絶対者だ。 「うぜえ部位狙いばっかりのオレが狙い撃ちされるなら上等よ!」 賞金稼ぎの一撃が、大山童の顔面を襲う。 間断ない銃声がしばらく止まることはなかった。 ● ひもじい、悲しい、恨めしい、帰りたい、切ない、許せない、諦められない。 だらだらと流れる感情の波に痛いと苦しいが加わり、懐かしい海の臭いがすると思ったら、それは自分の血の臭いなのだ。 殺されねばならない。殺されたくない。まだ生きていたい死にたくないせめて海を見るまでは。 ● 脚を切り裂いても腕で進もうとするので、腕も切り裂き、指で地面をつかんで進もうとするので、手のひらも切り裂く。 前を見て進もうとするので、智夫がジャベリンを投げて目玉を潰した。 海の波の音を聞きつけて進もうとするので麻奈が気糸で耳も潰した。 潮の臭いをかぎ分けようとするので、彩音が鼻も潰した。 目そぎ耳そぎ鼻そぎ、手裂き脚裂き。 古来の拷問じみた手段になるのは致し方ない。 リベリスタが全力でかかっても、大山童はあまりに大きすぎて局所への攻めにしかならず、あまりにも大山童がもろいため、それは取り返しのつかない有様にならざるを得ない。 いや、取り返しがついては困るのだ。殺しに来たのだから。回復する手段も暇も与えぬよう、リベリスタ達は注意深く大山童になけなしの血を流させ、致命に至る傷を負わせ続けている。 それでも大山童は、前に進む。 なりふりかまわぬ動きに、リベリスタは奥歯を食いしばるしかない。 「狙う相手が違うんじゃないか? あれだけ対応してきたから、あのクラゲやイカを灰にした相手は知ってると思ったんだけど」 杏樹は、天狗の鼻岩で、鯨が撃ち出していたりして。なんて、軽口を叩いたこともあった。 答えは、まだ振り回せる頭での壮絶な頭突きだった。 抵抗はやまない。抵抗はやまない。抵抗はやまない。 だから、リベリスタは全力で応戦するしかない。しなければ、誰かが死ぬ。 喉は枯れ、腕も上がらなくなるほどに回復詠唱を続けなくては、誰かが死ぬ。 自分の意識が消失しまいそうな頻度で他人の意識に同調し、魔力を水増しして流し込まなくては、誰かが死ぬ。 この目の前の馬鹿でかいのが身じろぎするのを止めなければ、この場にいる誰かが死ぬ。 この場にいる奴がやられれば、もっと多くの誰かが死ぬ。 伊吹は、もうみえもしなければ聞こえもしない大山童の鼻先で言い放った。 「腹が減っているようだな。ならば俺を喰らうが良い。貴様をこの地に留める最期の供物だ」 赤毛のフォーチュナが聞いたら、絶叫する。 そんな簡単に命を投げ捨てるような挑発をするから、娘に「お父さんなんて大嫌いっ」と言われるのだ。 まったくその気がないなら尚更だ。 ただ生き物の気配がする。それだけで、大山童の前に突き出した口吻が開く。 その鼻先を陽子の死の刻印が爆発させる。 「ダブルダウンからの勝ちってね」 赤い髪が、夜に舞う。 「速度は落ちてる。もうちょっと猶予ができたよ。ガンバロっ☆」 手首の腱を切りたてながら、終が明るく聞こえる声を出す。 (敵の大きさも考えると少なくとも100m手前までで止めたいとこ) 「後ろにぶっ飛ばすから、ご協力ください☆ 巻き込まれないように、下がってね☆」 ナイフは、二本。 「たった数人でこの巨体を押し戻せる訳無いとか思った?」 神秘の力は、大山童が必死に稼いだ距離を灰燼に帰す。 「ははっ☆ オレは人の倍動けるんだよ!!」 振上げられるナイフ。鱗のない部分を狙い済まして叩き込まれる連続攻撃。 押し戻せるのだ。絶対に海になど行かせない。 大山童の咆哮。溢れ出る瘴気。 麻奈の根拠のない確信が、次の瞬間、四方に思考波を飛ばす。 『すうたらあかん! これは、死に至る毒や!』 一分かからずお陀仏だ。 笑いが止まらなくなる。苦しいのに、息が詰まる。ひどい病気だ。 「毒、解除――、いけるな、小夜さん」 息も絶え絶えにひざを折るリベリスタ。 立っていられるのは、毒の影響を受けない正太郎と、破壊神の権化の桐、射撃距離を保ったままの杏樹の三人だ。 みなの回復をするため、散開する仲間を均等に視界に納めなくてはならない小夜と智夫も瘴気に巻き込まれている。 いや、小夜は無事だった。麻奈が体をはってかばった。 小夜は頷くと、高位存在に正気の解除と回復を誓願する。 「――神殺しを為すというのならば、限界くらい超えて当然だろう?」 恩寵を代償に立ち上がる彩音の頬に血の気が戻る。 終は、全力で大山童の間合いから外れると、回復を受けて、再び戦線に戻る。 「誰か、戦えなくなっちゃった人いる? 俺連れてくるよ?」 動けない人、手を挙げて☆ の声に、手を上げる者はいない。 みな当然のものとして、恩寵を代償にして立ち上がる。 『みんな、まだ戦えるな。こんなん何度もくらっとったら、こっちが持たん。畳み掛けるで!』 大山童の払った代償に見合う程度に、リベリスタもまた傷ついた。 はじけとんだ恩寵。 後がない。 殺しきれなければ、大山童はタタリガミに変わる。 ● 桐から水蒸気の発生がとまらない。 自己修復が止まらないのだ。 常時回復に従事できるのは小夜のみ。 智夫は回復に加え、精神力の譲渡、翼の加護の維持と多方面に別系統の術を駆使している。 受けるダメージに比べれば圧倒的に少ない回復量。完治はない。 陽子が落ちた。 陽子を加えて噛み砕こうとする大山童の口吻に、悲鳴のような絶叫と共にリベリスタの攻撃が殺到する。 石筍のような歯が割れて砕けて、リベリスタの上に降り注いだ。 「やっとツラ拝ましてくれたな。正面から殴り合おうぜ!」 正太郎の拳が、更にもろくなったあごを打ち砕くその足元に転がる陽子の体を終がさらって、懸命に走る。 「麻奈ちゃん、よろしくね☆」 『任せえ。絶対死なせん! かばいきったる!』 (可能なら戦闘域外とは言わんけど遮蔽物の陰……離れた茂みとかの中に隠したい) だが、そこに移動して陽子を隠し戻るまで、小夜が完全に無防備になる。 小夜は、回復のため、この場から一歩も引けない。 「ごめんな、小夜さん。かばうの、動けん陽子さんを優先させてもらうわ」 「かまいませんよ。みんなで帰るって決めたんですから」 『翼、付け直します。皆さん、私の視界内に入ってください。その間、回復から抜けますね』 智夫は、ミラクルナイチンゲールのままだ。 かたくななまでの状況保全。 今、翼が途絶えたら、全員死ぬ。今、魔力が尽きたら、まともな斬撃は撃てない。 地味ながら、戦場の下支えをしていたのは、智夫だった。 「水面を優雅に舞う白鳥のごとく、優雅に柔らかく、振り回す手足をいなします」 景気づけにはいてきたスカートの裾が可憐に揺れた。 「これがナイチンゲール・ブロッキング!」 白鳥は、水中を掻く脚を意識させない。 やわらかく状況を受け止め、優位に状況を維持する智夫は確かにクロスイージスだった。 ● さっきの通信から大して時間がたっていないのに、やけに遠く感じるのは戦闘で時間間隔が麻痺してきているからだろうか。 二分間隔で、翼が消えたらどうしようと心が悲鳴を上げる。 加護をくれる仲間はまだ詠唱することが可能なのだろうか。 背中に、それの感触が戻るたび、息を吸い込み、獲物を握りなおした。 海に、何があるというんだろう。 杏樹は前を見据える。 もがく大山童。ひざも半ば落とされ、手首は支点にならず、今はひじで進もうとするので、ひじに斬撃がくわえられている。 顔面をただの穴にしたのに、それでも大山童は間違わずに進んでいるのだ。海へ。 これ持ってってと、そのフォーチュナはいつも菓子を最後に机の上に出す。 (帰ったら、いっぱいお菓子を持って、ただいまを言おう) 「私達にも守りたい場所があるんだ」 杏樹は、知らず呟いた。 共通の帰りたい場所がある。 帰るんだ。帰りたい。 同じ思いを抱き、その気持ちは理解できるのに、それをかなえるためには、どちらかが死ななければならない。 「すまねえな……」 正太郎は拳を固める。 「海には、帰してやれねえんだ……!!」 (思えば哀れな奴かもしれん。土にも還れず海にも還れず、この世界と相容れず――) 伊吹は、だからこそ武器を繰る手を止めない。 「山の神よ。悪いが俺はお前のようなモノにこのような遇し方しか知らんのだ」 生き物としての死を。 「もう眠れ大山童、貴方の存在は忘れない。今までかかわった皆がずっと覚えている」 でなければ、もっともっと、なくなるまで切り刻まなくてはならない。 真正面から、桐は大山童の限界を誘う。 壇示の衆は嫌いではなかった。 実りがあれば、石室に酒が奉納された。 もしも、腹が減らなければ、ずっとあの穏やかなまどろみの中にいられたのだろうか。 何で腹が減ったのだ。そんなことはなかったのに。 何かが通り過ぎ、しばらくしたら腹が――。 「潔く鎮め」 低い声が眠気を誘った。 それが、最後の思考だった。 彩音が、歌い始めた。 通りませ 通りませ 行かば 何処が細道なれば 天神元へと 至る細道 行きはよいなぎ 帰りはこわき 我が中こわきの 通しかな (ああ、無念はあるだろうが、滅び行く君に他者を付き合わせてはやれないんだ。ここは通らせていただくとしようか) リベリスタは、帰らなくてはならないのだ。 待っている人たちがいるから。 ● 八つ裂きという言葉がぴったりだった。 どれほど切っても、どれほど撃っても、カタツムリが進むほどの速度になっても、決して止まってくれなかった大山童をとめようと奮戦しているうちに、そうならざるを得なかった。 大山童の体はあっという間に朽ち果てて、ぎりぎりのところで持ちこたえていたことが容易に知れた。 残ったのは骨の一部と体毛の一部。 杏樹は、それを拾い上げた。研究材料にするのは忍びなかった。 村で祀ってもらえないかとも思ったが、もう壇示の衆は大山童を受け入れることはできないだろう。 同じことの繰り返しになるよ。と、フォーチュナが言った。 「海に――水葬してやろう。魂だけでも安らかに眠れるよう」 「神も生まれ変わるのなら……次は平和な時代に生まれ変わりますように」 今度生まれてくるのなら、海の中。 誰にも縛られない生き物に。 「海は、あちらでしたね」 無傷の高架橋。大山童は、目と鼻の先のところにも届かなかった。 海は、見えない。その遥か彼方にある。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|