● 僕と彼女の間には、透明な硝子の壁があった。その中央には、大きな扉。 互いの姿は、壁越しに見えている。でも、声は壁の向こうに届かない。 彼女が硝子を叩いても、その音すら聞こえてこない。 その前で、僕はただ立ち尽くしている。 どうすればいいかは知っていた。ずっと前から、僕は自分の想いに気付いている。 彼女と僕じゃ、到底つり合いはしない――そう何度も言い聞かせても、この気持ちは消えなくて。 前に進むことも、後に戻ることもできないまま、微妙な距離を保ち続けてきた。 踏み出すのが怖い。今の関係までも壊れてしまうのが恐ろしい。 この世界は――だから、そんな僕に罰を与えたのだろうか? 扉にかけられた南京錠が、どこまでも強固なものに思える。 僕はまだ勇気を持てないまま、硝子の壁をただ、見詰め続けていた。 ● 「今回の任務はアーティファクトの破壊と、それに囚われた一般人の保護だ。 特殊なギミックが絡んでくるんで、説明をよく聞いておいてくれ」 ブリーフィングルームで、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)はそう言って話を切り出した。 正面のモニターに、南京錠の画像が映し出される。 「こいつが、そのアーティファクトだな。見ての通りの南京錠で、壁と扉を作り出す力がある。 で、壁を隔てて2人の一般人がそこに囚われてる、と」 アーティファクトは人間の生命力を吸い取る性質があるため、あまり時間はかけられない。 だが、これを物理的に破壊するのは今回は不可能だという。正確には、『物理的に破壊した場合、囚われている人間は一生抜け出せなくなる』のだそうだ。 「壁のあっちとこっちで行き来は不可能だが、第三者が外側から侵入することは可能だ。 そこで、今回は2チームに分かれて壁の両側からアプローチをかける。もう一方のチームは、月鍵の担当になるが――」 まず、現場に着いたらドアノブに触れて目を閉じる。そうすると、リベリスタは1人1人、異なる特殊空間に飛ばされることになる。 「そこに現れるのは、自分自身の幻影だ。姿も能力も、まったく同じ敵と戦わなきゃいけない。 ただ――有利に戦う方法がないわけじゃないんだ」 現れる幻影は例外なく臆病であり、自分の思うことや感じることの全てと逆の『不幸』を告げてくる。そして、臆病であるがゆえに『大切な思い出』を喪うことを何よりも恐れるのだ。 「自分の大切な思い出を抱いて戦えば、その思いが強ければ強いほどに幻影は弱くなる。 逆に、そういった思い出が無い場合は幻影は強くなるから、戦いではいたく不利になるな」 幻影を倒したメンバーは、特殊空間から脱出できる。6人中4人が脱出を果たせば、鍵の1つを手にすることが可能になるようだ。 2チームで2つの鍵を手に入れ、両側から扉を開けることでアーティファクトは破壊され、囚われた2人の一般人は解放される――というわけである。 「先にも言った通り、今回は1対1の戦いだ。人の助けは借りられない。 想いを強く持って幻影と向かい合い、これを倒してほしい」 念を押して説明を終えた後、数史は少し困ったような顔をして再び口を開く。 「……で、これは任務には直接関係ない話なんだけど。 一般人が2人囚われてるって言ったよな。壁を挟んで、男女がこう、向かい合ってるわけ。 でもって、どうやら2人は好き合ってるらしい、と」 微妙に歯切れが悪い数史の話を纏めると、つまるところ彼ら2人は両思いなのだが、お互いが今の関係が壊れることを恐れており、その想いを口に出せずにいるようだ。 「アーティファクトが破壊されたら、2人を隔てる壁はなくなる。 でも、このまま元の関係を続けるのもよろしくないと月鍵さんが強く主張するわけです……」 お節介を承知で、2人が互いに歩み寄れるよう働きかけてやって欲しい――と数史は言う。 「女の子の方は月鍵のチームが対応するから、皆は男の方になるな。 ……まあ、うん、そういう訳なんでよろしくお願いします」 ごにょごにょと言って頭を掻きつつ、数史はリベリスタ達を見た。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月07日(金)00:16 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 透明な硝子で隔てられた部屋と、その両側で向かい合う男女。 互いの姿は見えているのに、難儀なものだ。男女の仲も、この状況を生んだ破界器も。 「とりあえずは破壊と救出、すべてはそれからだな」 『白銀の鉄の塊』ティエ・アルギュロス(BNE004380)に、『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)が頷きを返す。まずは、特殊空間に赴き、自身の幻影を破らなくては。 「負ける道理の無い相手です。手早く済ませましょう」 『一般的な少年』テュルク・プロメース(BNE004356)が淡々と告げると、『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)はドアノブにそっと手を伸ばす。 「さあ、『お祈り』を始めましょう――」 厳かに響く、『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の声。『マグミラージュ』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)は、静かに瞼を閉じた。 ● 四方を硝子の壁に囲まれた空間。この場所もまた、破界器の一部なのだろうか。 「物理的に破壊してしまわないよう、気を付けないとな」 壁までの距離を測りつつ、ティエは愛剣を抜く。充分な広さがあるため、よほどの事がなければ大丈夫だろうが、念を入れるに越したことはない。 黒い刀身が波打つ“グラトニーソード”を構え、眼前の敵に視線を戻す。自身の偽者と相対するのは、これで二度目だ。 『剣を取り、盾を掲げ。そうやって騎士の真似事をして、臆病な“私”に何ができる?』 偽者――ティエを模った幻が口にするのは、鏡映しの不安。己に潜む弱さを自覚しているからこそ、彼女は逃げることなくそれと向かい合った。 「ネガティブな偽物に負けたくないものだなッ!」 鉄靴で床を蹴りつけ、鈍い金属音を響かせて幻に肉迫する。禍き剣が鮮烈な輝きを帯び、光と闇の斬撃を敵に浴びせた。 ティエが抱く思い出とは、ボトム・チャンネルのネットで出会った黄金の騎士のそれではなく。故郷たるラ・ル・カーナで、リベリスタに救われた経験だ。 バイデンの暴力に晒され、その脅威にただ怯えるしかなかったフュリエにとって、リベリスタの来訪が齎したものは大きい。自らの意思で武器を取り、立ち上がった日のことを――ティエは生涯、忘れることはあるまい。 衝撃により動きが鈍った幻の反撃を、盾で防ぐ。一歩も退かず、彼女は暗黒の瘴気を呼び起こした。 生命力を糧に生み出された闇が、臆病な幻に不吉を告げる。畳み掛けるようにして、ティエは“グラトニーソード”を真っ直ぐ突き出した。 かの思い出は、護るために戦うことを決めた“今の自分”を構成する大切なモノ。 だからこそ、ここは譲れない。 「ナイトが偽物に負けるわけいかない、今回は特にッ!!」 波打つ刀身が、どこまでも黒く――禍々しい輝きを放つ。騎士(クロスイージス)が操ることで、相反する力は最強に高められるのだ。 告死の呪いを纏った剣が、鎧を貫く。怯えを宿す赤い瞳を真っ直ぐ映して、ティエは武器を握る手に力を込めた。 長い銀髪を揺らし、幻を追い詰めていく。できれば、一番乗りで凱旋といきたいものだ。 ● ソラの描いた魔方陣から弾丸が飛び出し、己の幻を穿つ。 傷ついた幻は微かに目を伏せると、怯えを孕んだ声で呟いた。 『だって、嫌じゃない。生徒が傷ついたり、居なくなったりするなんて』 告げられた言葉を聞き、ソラは眉を寄せる。 「アレなのよ、私と同じ顔で変なこと口走るのは許せないわね」 不幸とか、弱気とか、そんなものは自分には似合わない。絶対、他人には見られたくない姿だ。 「私が、直々に葬り去ってやらないと」 いつになく真面目な表情を浮かべて、ソラは『実に自分らしくない』幻を睨む。 怠けることが趣味で、「働きたくない」と常に言い続けている彼女にも、決して譲れぬものはあるのだ。 三高平学園で教鞭を執るソラには、絶対の自信があった。思い出の量も、その質も。 「出会った生徒の分だけ、教師としての思い出がある―― なんて言ったら、カッコいいんじゃないかしら?」 稲妻が、硝子に囲まれた空間を駆け巡る。雷に撃たれた幻に向けて、ソラは「嘘じゃないのよ」と言った。 「生徒の名前と顔はもちろん―― その子がどんな生徒で、どんな趣味があって、誰に好意を持ってるのか、ちゃーんと覚えてるの」 入学したての、初々しい姿も。卒業で巣立っていく時の、少し成長した姿も。 授業や学校行事で交わされる、他愛ない日々の会話も。 その全てが、ソラの、そして彼女の生徒たちの、大切な思い出だ。 ずっと戦いに明け暮れ、青春がその記憶で埋め尽くされるなど寂しすぎる。 だから、ソラは生徒たちにきちんと楽しい思い出を作って欲しかったし、それが自身にとってもかけがえのない宝物になることを知っていた。 「――忘れるはずが、ないじゃない?」 リベリスタとして戦う理由を問われれば。 ソラは、『何気ない日常と、そこで出来る思い出を守るため』と答えるだろう。 死と隣り合わせの毎日を懸命に生きる、生徒たちの負担を少しでも減らすためだと――そう、答えるだろう。 だから、彼女は。“あってはならないこと”を口にする、幻の存在を認めない。絶対に。 「早く消えちゃいなさい、ニセモノさん」 神速をもって時を刻み、凍れる霧を生み出す。 氷の刃が、幻を埋め尽くした。 ● テュルクは、自身を“ごく普通の人間”と称する。 家族との団欒を大切にして、友人と過ごす時間を愛しく思い。 ともすれば何事もなく過ぎていくように感じられる日常が、どれ程かけがえの無いものであるかを知っている――そんな、ごく普通の中学生であると。 燃え盛る炎を纏った打撃を、テュルクは鉄扇で受け流す。直後、彼の足元から風が巻き起こった。 鋭い蹴りで幻に傷を穿ち、少年は気負う様子もなく次の攻撃に移る。 先にも言った通り、負ける道理の無い相手だ。普段通りに修練の成果を発揮すれば、それで事足りる。 表情に乏しい面とは裏腹に、少年の裡には極彩色の思い出が散りばめられていた。 姉が背に宿した翼に見惚れた日のことを、彼はよく覚えている。彼女は今も自身の翼を嫌って隠しているから、面と向かっては言えないけれど。 三高平に来てからは、様々な出会いがあった。偶然でしかないそれを、運命と言われた時の驚き。そのまま住み込むことになった洋館で訪れた、愛らしく小さな友人との邂逅。行く先々で顔を合わせては、他愛ない言葉を交わす――その喜び。 本部の講習帰りに知り合った人と、チョコレート菓子を前に乾杯して。その甘さに安らぐ一時を過ごしたこともあった。 舞うが如く鉄扇を閃かせて攻撃をいなし、鮮やかに蹴りを返す。 仲間と力を合わせて強敵に立ち向かった時のことを、少年は思い出していた。戦いの末、ついに打ち勝った時の達成感も。 『でも、良い事ばかりではなかったでしょう?』 臆病な幻の問いに、テュルクは勿論、と答えた。彼が三高平で過ごした時間はまだ数ヶ月でしかないが、リベリスタである以上、凶事と無縁ではいられない。 しかし、それらを含めた全てが、テュルクを構成する記憶だ。あらゆる思い出が互いに影響し合い、昴の如く煌いて。彼の心に、宝石箱をひっくり返したような満天の星空を作り上げる。 そう、今この瞬間すら、愛しいひとつの宝石――。 だから、テュルクは揺らがない。疑わない。鉄扇を操り、これまで鍛えてきた力を振るうまで。 当然のような顔で、この手に勝利を掴むために。少年は、硝子の箱庭を舞う。 ――再び、風が巻き起こった。 ● 瞼を閉じれば、思い出すのは革醒した日のこと。 空を愛し、空に焦がれて。そして、少年は青い翼を手に入れた。 夢が現実となり、初めて大空を翔けた時の感動を、亘は決して忘れることはないだろう。 目を開けて、亘は己の幻と対峙する。雷光で全身を覆うと、幻もまたそれに倣った。 鋭く床を蹴り、青い翼を羽ばたかせる。常人の目に留まらぬ速度で繰り出された2振りの短刀が空中で交錯し、銀色に輝く光の飛沫を散らした。 『……空を飛べるだけで、充分だった筈です』 幻が、僅かに目を伏せる。リベリスタとして歩む道は、望めば望むほどに険しい。どんなに強い覚悟をもってしても、助けたい人は救えなくて。己の弱さが生んだ犠牲を一つ、また一つと重ねて――その上に立ち、生きていかねばならないのだ。 『翼を手に入れて満足していれば、こんな想いはしなかったのに』 “Aura”を手に握り締め、亘は幻の言葉を聞く。この世界に飛び込んでから、自分はかけがえのない宝物を数多く得た。沢山の友人や、お互いを高め合うライバル――そして、心から好きだと想える愛しい人。 『その人達を、失ったらどうします?』 向かい合う青の双眸が、互いの姿を映す。出会いが幸福な程、別れが齎す傷は深い。高みに翔ければ翔ける程、地に墜ちた時の衝撃が強くなるように。 けれど、それは決して実現させてはいけない“不幸”だった。 「怖がらせて、ごめん」 失うことを恐れる“もう一人の自分”に向けて、亘はそっと言葉を紡ぐ。 力の無さは、今も悔しい。でも、喜びと痛みに満ちた道を諦めず歩んで来たからこそ、自分が在る。全てが、大切な思い出だった。 「その想いも背負って、不幸にならないように頑張るから――」 背の翼を駆り、纏う雷で空間を蒼く染めて。亘は、青き矢となって宙を翔ける。 今は、守ることは考えまい。全てを攻撃に注ぎ、己の幻を真っ向から貫く。ただ、それだけ。 想いの強さでは、決して負けはしない――! 青い羽根がふわりと舞い、銀の輝きが光の乱舞を奏でた。 ● 月の女神(アルテミス)の加護を己が身に宿して、リリは聖別された2丁の銃を構える。 それは、彼女が得た力のひとつ。この手に抱えるものが増えるごとに、強くなったのだという証だった。 何も無かった――と人は言う、あの頃。 リリにとって、世界といえば箱庭のように小さな教会が全てだった。 ただ教えのみを守り、ひたすらに戦うだけの毎日。 傷ついた自分を抱き締めて泣く兄の、涙の理由も分からぬままに。 都合の良い道具として、信仰の道を歩んで来た。 銃口から、蒼き魔弾が奔る。2発の弾丸に身を穿たれながら、リリの幻は呟いた。 『私は、あの頃から変わったのでしょうか……?』 リリの裡にある答は、肯定と否定、その両方。 運命に愛されて力を得たこと、教えに従い戦うこと。 道具であることも受け入れ、誇らしく思う――それは、昔も今も変わらない。 でも。今、リリの瞳に映る世界は、あの頃よりもずっと、広かった。 信仰と戦いしか知らなかった自分は、人が持つ温かさ、人が人を想う愛おしさを知った。 数多くの出会いと別れが、自分に人の心を教えた。 幻から目を逸らすことなく、リリは凛と声を響かせる。 「私は、大切なものを守る為に強く在りたい、この道を進みたいと改めて思うのです」 過去を越えたい。訣別するのでなく、共に歩むために。 あの日、力を得て。教えを守り、そして守られ。戦う術を学んだからこそ、今日の自分があるのだ。 過去なくして、今はなく。何も無かったなどと、そんなことも決してない。その筈だ。 全てが、大切な自分の一部なのだから。 「――過去も現在も、これから歩む未来にも、一切の悔いはありません」 決然と言い放ったリリの胸で、常に彼女と共にあり続けたロザリオが揺れた。 両の手には教義を。そして、この胸には信仰を――。 距離を一息に詰め、「十戒」と「Dies irae」の狙いを幻の胸に定める。 いつの日も、昨日より少し強い自分であるために。己の過去と、ここで決着をつけよう。 「有難う、過去の私」 嘘偽りのない、心からの感謝を込めて。リリは、愛銃のトリガーを同時に絞る。 蒼き魔弾が彼女の幻を貫き、宙に2本の軌跡を描いた。 ● 両手を覆う論理演算機甲「オルガノン」から、煌く極細の糸が奔った。 至近距離から放たれたオーラが、彩歌の幻を過たずに貫く。自身との戦いは先手必勝――下手に間合いを離して小細工の余地を残すよりは、接近戦に持ち込んだ方が都合が良い。 『失うことは恐ろしいわ。違う?』 自分を映した幻の言葉を聞き、彩歌は妙な感慨に駆られる。リベリスタとして多くの戦場を経験したが、思えば、自分自身と向かい合った経験は殆ど無かった。 「そうね、恐れがあるといえばいつもの事―― 結論から言えば、私は『失わない為』に戦っているようなものだから」 硝子の双眸が、サングラス越しに己の幻を見詰める。革醒と同時に、変わってしまった姿を。 かつての自分は、平穏な日々が続くと信じていた。 変化を齎したものが何であるかは、この際、問題ではない。 結果として逃げた――その事実があるだけ。 3年が過ぎ、アークに身を寄せて。“向こう側”に置いてきたものを守ろうと考えた。 だけど。この世界はこんなにも脆く、壊れやすいのだと知った。 だから――信じようと思った。 自分は、こんなにも変わってしまったけれど。それでも、変わらない絆はあるのだと。 神経系にリンクした「オルガノン」が、最適な狙撃ポイントを演算する。 気糸の連射で幻を追い詰めなる彩歌の心に、揺らぎは無い。 ある時気付いた。自分は、何も失ってなどいなかったのだと。だからこそ―― 『今が壊れるのは、何より恐ろしい』 と、彩歌の心と幻は、口々に訴えるけれど。 「でも。この硝子の箱庭を壊さない為に戦って、もしそれが無意味に終わったら?」 返答に窮したか、幻が僅かに後退しようと動く。彩歌はすかさず踏み込み、自身を真っ直ぐに見据えた。 「私は逃げ出さない、後悔しない。私が私を誇れるように、世界と向き合ってその時決める」 苦し紛れの反撃をかわそうと身を捻った瞬間、制服のスカートが翻る。愛する者と交わしたやり取りが、閃光の如く彩歌の脳裏をよぎった。 ――おかえり、ダン。 ――あぁ……。ただいま。 もう、迷いはしない。ただ、願わくば。 最後まで帰るべき場所が、家族の待つ家でありますように――。 ● やがて、扉の前には再び全員が揃った。 手にした鍵を南京錠に挿しこみ、かちりと回す。あとは、扉を開けるだけでいい。 男は変わらず、硝子の壁を見詰め続けている。立ち尽くすだけで何を為そうというのか、とテュルクは思うが、口には出さない。 彼に歩み寄った亘が、一礼の後に軽く自己紹介する。 「貴方も彼女も、ここから出られるのでご安心下さい」 微かに安堵の表情を見せた男に、リリが問いかけた。 「あの方を、異性としてお好きなのですか?」 「………」 沈黙の裡に秘めた肯定。大きなお世話かもしれませんが――と、亘は言った。 「相手に特別な何かを求めるのを怖い事を知っています。 でも、変わらず時の流れで貴方の想いが有耶無耶になるのは嫌なんです」 似たような経験から告白に至った彼にとって、男の境遇は他人事と思えない。リリもまた、自身の体験をもとに助言を行う。 「殿方から愛を伝えて頂くというのは、女性にとって嬉しいものなのです。 深く考えず、シンプルに一言で良いと思います」 逡巡する男に、彩歌が声を重ねた。 「あなたの本気を受け止められる人だと、彼女を信じられるなら大丈夫」 「信じてください。彼女を、そして何よりも自分の気持ちを」 男を勇気づけるべく、亘は想い人への告白から現在進行形でアタックを続けていることを照れまじりに語る。 「それでも後悔はないですよ。だから……今は自分に嘘をつかないで欲しい」 真摯な言葉に心を動かされたか、男の表情に変化があった。 しかし、扉に伸ばしかけた手は寸前で止まる。見かねたテュルクが、そこに声を投げかけた。 「何もしない結果は、現状維持ではなく停滞。流れぬ水は淀むもの」 ――僕の思い出は勝利の源泉でしたが、さて、貴方は……? 男の気負いを取り除くように、彩歌が「二人きりがいいなら外すけど?」と告げる。 ここまで沈黙を保っていたティエが、控えめに口を開いた。 「喋るのが苦手ならば、いっそのこと行動をもって示すというのはどうだろうか。 決して、悪い事にはならない。私の騎士道を賭けてもいいぞ」 鎧に身を包んだ彼女の言葉に、男が初めて笑みを零す。その背を押すように、ソラが言った。 「さ、これ以上女の子を待たせないの。余り待たせると彼女泣いちゃうわよ」 早く行きなさい、と促され、ようやく扉に向かう男。リリが、お守りにと天使のストラップを手渡した。 「後悔の無い選択を。神のご加護がありますよう」 男が扉を開くと、ティエはそっと踵を返す。結末が気になるところだが、これ以上は野暮というものだろう。もはや、彼らを遮る壁は無いのだから。 どうか2人の恋が実りますように――と祈り、亘も皆と帰路についた。 扉の向こうには、両手を組んで座る少女の姿。 恐る恐る手を差し出し、男は口を開く。 「……話を、聞いてくれるかな」 重ねられた掌の熱と、自分を見上げる大きな瞳。立ち上がった少女に、男は漸くその一言を告げた。 「ずっと、好きだったんだ。君のこと」 伝えたいことは沢山あるのに、後が続かない。両腕で包むように、少女をぎゅ、と抱き締めて。 「待たせて、ごめん……」 この硝子の箱庭で確かめ合った想いを胸に、男はただ、少女と鼓動を重ねていた――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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