● 隔てる壁が其処に在る。硝子張りの壁が、其処にはある。 大きなお伽噺の様な扉が其処には存在していた。とんとん、と叩いても向こうには聞こえない。 硝子を叩いて名前を呼び続けても、聞こえないし、響かない。 「――どうしたら」 声を漏らしても、届かない事を知っているのに。 私は私の気持ちを知っていた。 何時までも私の脳裏には彼が存在しているのです。だから、如何すればいいかなんて分かってる。 怖くて、怖くて堪らなくて。伝えることで終止符が打たれてしまうなら、いっそこのままで居たいのに。 其れを是とはしないこの世界は何と残酷なのでしょう。 南京錠が憎らしい。この扉が開いたなら、私はこの想いを全て吐き出す事ができるのに。 けれど、開かないで欲しいとさえも思う。其処に終わりがあるならば、私は―― 踏み出せないままの臆病な私は、ただ、そこで蹲る。 ● 「好き好き大好き、愛してる。言葉にするにしては何とも気恥ずかしい言葉ね。 さて、愛の告白をしに来た訳ではないの。皆にはお願いしたい事があります」 『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は相変わらず、と言った風に口にする。大きな桃色の瞳を細め、恋に恋するという言葉が似合う彼女は南京錠の画像をモニターに映し出した。 「このアーティファクトの破壊をお願いしたいの。プラス、一般人の保護。此れが私からのお願い事よ」 曰くその南京錠は壁と扉を作り出し、人間の生命力を吸い取りながらその場所に存在し続ける。その場所に一般人二人が壁を挟んで囚われた状態になっているのだ。 「壁のあちらとこちらはガラスの壁であるから見る事ができる。けれど相互干渉は出来ないわ。 というわけで、数史さんと私で手分けして対応するのです。です!」 えへん、だなんて無い胸を張った世恋は残念な事にね、と続ける。 ただ、そのアーティファクトは『攻撃』で壊してはいけない。物理的な攻撃を与え、破壊した場合は一般人はその場所から一生抜けられないのだと言うのだ。 「アーティファクトの鍵をあけるにはドアノブに触れて目を閉じて。其処に現れる敵を倒して欲しいの。 特殊空間に辿りついたら、敵は貴方自身よ。同じ能力を持った、幻影なの」 その幻影は全て臆病だ。自分の思うこと、感じることその全てと逆の『不幸』を幻影は告げてくるのだ。 『幻影』は臆病であるからして、『大切な想い出』を喪う事を恐れる。大切な思い出を胸に抱き、闘えばその幻影を弱める事が出来るのだ。無論、単純な力押しでも戦闘は可能だろう。ただ、その想いが無ければないほどにその力が強まる事に注意が必要になる。 「……想い出を胸に、自分を撃退すれば『ドア』を開くヒントが手に入るわ」 幻影を撃退することで、その幻から抜けだす事ができる。抜けだせば、南京錠を外す鍵が手に入るのだ。 あちらとこちら――つまり、両方の鍵が空いて初めて扉が消滅することとなる。そうすることで見事、一般人二名は救出、という手順が完成する訳だ。 「アーティファクトの特殊空間で皆は1対1の戦いを行う事になるわ。気をつけてね。戦いは免れない。 想いを強く持った状態で、真剣勝負をお願いしたいの。――想いは持つだけでは意味がない」 それは本当に念じることで『叶う』ことなのだと世恋は告げた。 常の様に悪い夢を醒まして欲しいの、と微笑むフォーチュナが思い出したようにねえ、と笑顔を見せる。 「あ、あと……お節介だけど、その扉の前に蹲っている女の子が居るわ。 彼女ともう一人――数史さんが予知した男性。彼等は顔見知り……というか、そうね、此処だけの話し、彼等、両思いなの。けど、踏み出せずに居たのよ。その人に一言告げれば良いのだけれど、踏み出せない……。切ないわよね、ね! 彼女には特殊空間を抜けだした後に声をかける事ができるわ。それでね、扉が無くなれば、」 彼等は出逢える。そうすれば、その想いを告げられるかもしれない。踏み出す一歩を与えてやって欲しい。 少し、恋を応援してみるのは如何かしら、と囁いて、いってらっしゃいと祈る様に世恋は言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月07日(金)00:16 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 硝子に隔てられた部屋に辿りつき、ドアノブに触れた時、『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)は色付く茶色の瞳を細め、複雑そうに溜め息をついた。 「……己の治癒力を高める事だけに注力して参りましたのに」 今からするのは傷つける行為ではなかろうか。髪で揺れる桔梗のかんざし。魔力増幅杖 No.57をきゅ、と握りしめたシエルは目を開ける。目の前に居るのは『何時ものシエル』だった。 薄らと浮かんだ優しげな笑み。其れを怖いと思うことなくシエルは面白いと感じたのだ。 「……大切な想い出を貴女も共有できているのでございましょうか?」 とん、と杖を地面に付いて彼女は浮かび上がる。魔力の舞う風の渦が出来あがり、自分を巻き込んでいく。ソレは相手と手同じ。シエルは唇を歪めて小さく笑う。 「大切な想い出――お分かりでしょう? アレが私達の起点でございます」 浮かぶ優しい羊の笑顔。恋人同士になる前に、6月5日。来る日に渡したペーパーナイフ。封筒を開ける用の銀のペーパーナイフを送った時、あの時はまだ恋愛と言う感情は無かったのだと思う。 「親愛とでもいうのでしょうか? なれど、貴女もそうでしょう? あの時の彼の笑顔……それが宝物となった」 目の前の自分が小さく頷いた様な気がして、シエルはもう一度羽ばたいた。灰の色を纏う羽がひらりと散る。魔力が広がり、目の前の自分を包み込んでいく。 「あそこで留まり、それ以上彼の心に踏み込まなければこれからに――彼との未来に悩む必要はなかった」 「留まれば、よかったのに。我儘で嫉妬深くて、胸も控えめで、愛想を尽かされると悩まなくて済んだのに」 自分が、意地悪く笑う。彼が戦いに出るたびに怖くて仕方なくなるのに。知らない自分が其処に居たのに。 名前を呼んで首を振る。想い出の中での彼が、そして自分が居る様に見えて、鏡映しの自分に小さく笑った。 「不幸を憂うは、まだ見ぬ未来の幸福へのスパイスかと……故に、感謝を」 羽が広がり自分を捉える。魔力が広がっていくその空間で自分しか――自分と『私』しか居ない二人の空間で紫の髪を靡かせて「シエル様」と自分を呼んだ。 「貴女が憂うことも、私は全て、心に刻みましょう。――どうか、お幸せに」 ふんわりと微笑んだシエルの翼が音を立てて羽ばたいた。 作戦会議だと言葉を交わした時に『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)の胸は高鳴った。ソレだけでも自分の想い出になるのに、何故か不安が胸を過ぎるのだ。傍に居る『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)の掌をきゅ、と握りしめ、指を離す。 「頑張ろうね。大丈夫、またすぐ会える」 「ヘンリエッタちゃん、頑張ろうね?」 私はお姉ちゃんだから、背中を押してあげる、とん、と背を叩く掌を感じてヘンリエッタは小さく笑う。 ドアノブに触れて、目を開ければ、其処には自分が立っていた。同じ長い耳に鮮やかな瞳。そっくりだ、と口にした時に感じた違和感にヘンリエッタは小さく笑った。 「……同じ思い出を、心を持ってるなら、きっとそんなふうに思わない。キミは大切な思い出を持たなかったオレの姿だね」 「でも、オレは『オレ』だよ?」 ふるふると首をヘンリエッタはソレは違うと色付く唇で囁いた。怖れを持つ物を唯の幻影だとは思わない。 ――オレじゃないけど、『オレ』なんだ。 魔弓を握りしめ、精密な攻撃は殲滅攻勢を表した。受け止める自分自身がシシィを使って攻撃を行う事にヘンリエッタは何処か可笑しそうに笑う。 「故郷への愛情は産まれたことから染みついていただろ? オレにとっての当たり前の大切な唯一だった」 「オレはこの世界は怖い。ずっとあの場所に居たかった」 「けれどね、最初はただ友の大切な場所を守るために戦った。でも、今はオレにとっても此処は大切な場所だ」 ボトム・チャンネルを大切と思えるだなんて変だろうかと自分に問いかければ『彼女』は頷いた。 手探りで、一生懸命に握りしめた掌。友達だと笑ってくれた人が居た。今までは繋がって居た心が離れた事が不安で、名前をを呼んで、その掌を求めたことだってあった。 「もう一人のオレ、聞いて。オレにね、友達だと笑ってくれる人が居たんだ。この世界の一員になれた気がした。嬉しかった。……他にも沢山、沢山の知らない事があったんだ」 弓を放つ。自分に突き刺さる其れが、弱虫な自分の硝子を打ち破る様に弾き飛ぶ。シシィが擦り寄って力を与えてくれるようだった。 「大丈夫、ひとつも失くししたりしない。オレだって喪うのは怖い。でも、始まりには終わりがあるんだ」 「喪いたくない?」 「怖いよ。でも、オレはオレができる事をするんだ。オレは笑顔で追われる様に護りたい」 ――だから、信じて。 ひゅん、と弓が真っ直ぐに飛んだ。 ● ヘンリエッタちゃん、と名前を呼んだルナは杖を握りしめ、目を開けた。 硝子を挟んだ男女を見た時に、胸がきゅと締めつけられたのだ。手を伸ばしても、触れ合えない。伝えたくても、伝えられない。為すべきは何か。告げる言葉も全て決まっているのだから。 「絶対、大丈夫」 励ます様な言葉にディアナがルナの周囲を飛び交った。 大切な想い出を喪う事の怖さと大切な人たちを失うことの辛さをルナは知っていた。 喪うたびに、想い出の泡が弾けてしまいそうで怖いと感じたことだってあった。その泡が弾けたら、失ってしまうのだろうか――嗚呼、其れって何て怖いのだろうか。 「こんにちは、私達。臆病な私にサヨナラしに来たよ」 「でも、怖い事は乗り越えられないでしょ? お姉ちゃんでも、辛くて怖いでしょ?」 囁く声にルナは大きな青色の瞳を細めてそうだね、と優しく紡いだ。誰かを失うたびに締めつけられる胸に、不安を覚えなかった訳ではない。 でも、目の前に居るのは自分自身だった。自分自身に負けられない。複雑だけど、想い出は何よりも尊くて。 「喪うのは、確かに辛い。でも私達は、戦う事を知ったよ? 勇気を貰ったんだ」 氷の精と化したディアナが鏡映しの自分を巻き込んでいく。誰かが手を伸ばしてくれて、其れに縋るのだって悪くないと思えた。 「臆病な自分は確かに変わらない。サヨナラ出来ないと思う。でも、強くはなれるんだよ!」 「どうやってッ」 臆病な自分は何時でも心の中で怯えている。ああ、目の前の自分はきっと『臆病な私』なんだ。 ディアナと名前を呼べばフィアキィは励ます様に指先に触れてくれる。氷を纏って、踊るディアナを見詰めながら杖を前に飾りルナは微笑んだ。 「闘って、護るの。皆を、新たに紡がれる思い出を。この世界に訪れて、皆と過ごした思い出を胸にして!」 ぎ、と睨みつける『自分』にルナは胸の前で杖を握りしめて微笑んだ。長い銀が揺れる、自分に真っ直ぐに近寄って、ゼロ距離。 ――大丈夫、だって、私はお姉ちゃんだもの! 「今日の事を忘れないから。私は、私たちを乗り越えるから――さあ、行こうディアナ」 雨の様に降り注ぐ炎の中で、手をとって、自分へとサヨナラを告げよう。ほら、燃えて、想いを湛えて。 瞬きを繰り返しながら『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)は指先で髪を弄る。ハイ・グリモアールを捲くる指先だって何処か惑いを孕んでいた。 「……家族との幸せな想い出、そんな物はとうに忘れたわ」 告げながら、眼前の自分を恵梨香は見詰めながら溜め息をついた。喪った時の想い出を、想いださなければならないという苦痛に少女はぼんやりとした雰囲気の中に不安を抱いていた。 「あの時、アタシの心は死んだんだよ」 「知ってる。だけど、アタシは助けられた備わってるリベリスタの力が必要になると『彼』が言ってくれた」 其れを覚えて居るでしょう、と恵梨香の周りへと広がる四色の光。真っ直ぐに『自分』へ向けて放たれる其れを、目の前の自分は避け、同じ攻撃を繰り出した。 「アタシはその時に死んだ。けれど、必要とされる事で生きてるんだ。アタシに生きる目的が出来た」 それこそが自分の大切な想い出に当たると恵梨香は知っていた。其れが、生きる意味ならば、任務の為なら己の心を傷つけたって何でもする。少女の心に残る傷跡は大きなものかもしれなかった。 自分の放つ魔曲が己の心を傷つける様に、真っ直ぐにその軌跡を伸ばしていく。 障害となるなら、一般人だって手に掛けた――「それって、本当に正しい?」 問いかける声に恵梨香は大きな赤い瞳を伏せて唇を噛む。赤い色のネックレスが首で揺れた。 「アタシは、『彼』の隣に立つにはふさわしくない人間。いずれは不要になるかもしれない……」 「そう、そうなったらアタシはどうなる?」 告げる声に視線を逸らした。その言葉に癒らが無いわけがない。傷ついて、痛みを堪えた其の侭に唇を噛み締める。 「愛だの恋だの、普通の人間としての感情なんて戦士には不要。……任務を達成する事が大事」 「それで、諦めが付くの?」 ふる、と首を振った後、強く自分自身を睨みつけた恵梨香はDear My Babyの味を想いだし、恵梨香は笑った。 「死ぬまで本分を果たすだけ。感傷等に浸って隙を見せるなんてありえない」 広がる四色に湛えた少女の想い。飛び交うその光りの中で、恵梨香は真っ直ぐに踏み込んで、手を翳した。 「そんな事を考えるより、今を全力で生きる事が先よ」 飛びだすソレが鏡映しの自分を包み込む。甘い味が広がる様で、ほのかに香るキャンディの甘さに恵梨香は目を伏せた。 ● 伝えたい言葉は何時だってあった。届けたい言葉だって、届ける事が出来ないままに『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)の胸の中に存在していたのだ。 現れた自分に、アンジェリカは「ボクだ」と声を掛けた。 「想い出なんて、辛いものばっかりでしょ? 人を殺すって泣きたくなるでしょ?」 やめちゃいなよと囁く声にアンジェリカは首を振る。La regina infernaleを手に大切な想い出を想いだし、大鎌を振り翳した。 革醒した養父母がアンジェリカを殺そうとした時に、現れた大切な人がどれ程、その心の支えになった事か。 「全てを諦めて、絶望と言う感情すらボクには無かった。でも、それは、あの人を裏切る事になるから」 出逢った日の事を忘れはしない。あの人が居たからこそ、自分が居るのだとそう思わせてくれるのだから。 自分自身へと笑う道化のカードを向けながらアンジェリカは一つ一つ淡々と語っていく。赤い瞳から零れる雫はその人を想いだす様に頬を伝い、ぽたり、地面を濡らした。 「あの人と過ごした日々がボクの大切な思い出なんだ。甘い物が苦手なのに、ボクの作ったチョコレートボンボンを美味しいと笑ってくれた、あの時の笑顔だって。クリスマスの日にこのドレスを買ってくれた事だって全部全部大切なんだ――!」 女の子の好みがわからないと浮かべた苦笑も、何処か困った様にアンジェリカと呼んでくれる事も。 全て全てが嬉しかったのだ。それが、大切な想い出だと、胸で抱く様に不吉を笑う。 「――居なくなったよ?」 「分かってる。でも、見つけ出す事ができるってボクは思ってるんだ! ボクは見つけて伝えたいんだ」 大鎌を振り下ろす前に、アンジェリカの唇がゆっくりと五文字を紡ぐ。甘やかな言葉に少女は唇をかみしめた。 弱虫な自分を見詰めながら、その一言を告げて、喪う事を恐れる自分へと言葉を掛け続けた。 嫌だと首を振る自分にアンジェリカは大鎌を振り被る。 「君のお陰でもう一度自覚できたよ。ボクにとってあの人が世界で誰よりも大切な事を。 あの人を世界で誰よりも愛してる事を。だからボクは君を乗り越える。――もう一度あの人に会う為に!」 煌めく切っ先が弱虫な自分を目掛けてゆっくりと振り下ろされた。 へらへらと笑う『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)が無銘の太刀を握りしめて肩を竦める。 らぶこめと言うのは割と好きだといりすは人ごとのようにつぶやいて、いたいけな少年少女の為に一肌脱ぐぞ、と恍惚世界ニルヴァーナで包まれた肢体を見詰めた。 「なんか、こう、脱皮的な感じで……というのは冗談にして、こんにちは、小生」 真っ直ぐに見据えた先に居た自分を見つけた時に何処か違和感を感じずには居られなかった。 いりすには自分の記憶がほとんどない。大怪我をした所為か、それとも――気がつけば何か、他の物に寄り添って生きてきた。自分の胸に抱いていた他人の『記憶』。 「君は小生の『想い出』を持っているのかい? それを取り戻す事はできるのかい?」 じ、と見詰め、己自身の幻影に己が持ってはいない想い出を持っているのではないか、と。少しの期待が入り混じりながら己の幻影に向かって無銘の太刀を振り下ろした。リッパーズエッジの切っ先が光りの飛沫を上げて攻撃を続けていく。 「もっとも、自分には何もない。そんな事は、誰よりも、何よりも、自分が一番分かってるけれどね」 己を作り上げる虚勢こそが己の幻影であるのかもしれなかった。他人は怖い、生きる事に不安がある。己が無い事に対する唯の臆病ものであった。震える手が勝てるのかどうかとリッパーズエッジを握る手を汗ばませる。 「この身、何もないというあらば。花の様に散りゆく様を見せてはくれないかな――なんてね」 覗く牙。いりすはただ、笑っていた。恐れるものすら何もない。虚勢だけの世界は生き辛いけれどそれでもなお生きて行こうと思えるから。 「何時か、嘘が本当になる様に」 目の前の自分に対して真っ直ぐに振り切った太刀が受け止められる。負けて遣らないと眼鏡の奥で笑ういりすに目の前のいりすも「そうかい」と囁いた。自分と自分がぶつかり合う中でいりすはにたりと笑う。 「らぶこめははっぴーえんどが面白い。こんな辛気臭い所、さっさと抜けだして、恋のきゅーぴっどにならなければならんしな」 ぎん、と切っ先がぶつかるそのままに、いりすはもう一度笑った。 「小生はらぶこめがすきなんだ。君もだろう――?」 ● 鍵を手に入れた時、揃って抜けだしたリベリスタの前に居たのは両手を組み合わせて座っている女の姿だった。年の頃は十代。その背中を見詰めながら、シエルはそっと囁いた。 「斯様な状況。吃驚ですよね?」 困った様に笑うシエルに少女は小さく頷く。その少女の頭をぽふぽふと撫でたルナが苦笑を漏らした。 「待たせちゃって、御免ね。もう大丈夫」 ルナの言葉に目の前の南京錠を見詰めて戸惑う少女をシエルは小さく笑いながら南京錠へと触れる。鍵は彼女の手の中にあったのだ。 「錠は何れ開けられる物。後から悔いる事が出来るなら悩むより今はピンチをチャンスに変える時です」 だから、ファイトと、背を押す言葉に顔をあげれば、ゆっくりと微笑むアンジェリカが目の前に立っている。 「喪う事を恐れないで、大丈夫だから、想いを伝えられずに後悔する方が、きっともっと辛い」 アンジェリカに、貴女もと囁いた少女は彼女の表情を見詰めて、俯いた。 「『こい』はよく分からないけど、踏み出さなければ今のままで居られる訳じゃない。キミが変わらなくても周囲は変わるんだ。後悔の、ないようにな」 それは自分の周囲が変化していった事を踏まえたヘンリエッタの言葉だった。 力のこもるソレにそろそろと頷く少女にいりすが牙を覗かせて微笑んで見せる。楽しみなハッピーエンドの為の尽力だ。 「自分の気持ちを知って居るなら迷うことなく其れに従えば良いんだ。案ずるより産むが安し。月並みの表現だけれどね」 恋物語はベタであればいい、その言葉に少女が小さく瞬くと同時、大切な想い出は心の奥ひっそりと、と小さく呟き唇に指を当てて微笑む。此処での出来事は胸の中にしまっておこう。 未だ踏ん切りのつかぬ少女に、ルナが振り仰ぎ、手をひらひらと振った。 「想いを知る為に、一歩を踏み出すの。きっと大丈夫だよ」 ね、と伸ばされる指をきゅ、と掴み少女は小さく息を吐く。座り込む彼女の隣、ゆっくりとしゃがみ込む恵梨香の赤い瞳が静かに揺れた。 「アタシは日常を離れた戦士だけど、あなたはまだ日常を謳歌できる。あなたの想いが恋なのか愛なのか、そんな事は些細な事」 放っておいても時が過ぎるなら、後悔しない様に伝えておけばいい。どんな結果を招くのかは分からないけれど、可能性を否定したら何も始まらないのだから。 「だから、」 とんと、背中を押しながら恵梨香は硝子を指の腹で撫でる。残る指紋に隔てられた様を見ながら、直接触れ合う事ができなくったって思いは伝えられるのだ、とふと、思った。 (もしかしたらアタシにも――) 首を振り、恵梨香は一歩下がる。開かれた扉の向こう、背中を押された男が、其処には立っていた。 差し出された手に、少女は顔を上げて、瞬いた。 「……話って」 零れそうになる言葉を呑みこんで、手を取った少女はゆっくりと立ち上がる。見上げた男の顔が想像していたよりも何処か情けなくて小さく笑いが込み上げた。 言葉を誰よりも欲していたのだから。 「ずっと、ずっと、まってた、そうやって言ってくれるの」 ぎゅ、と抱き締められ、目を伏せて、少女は小さく有難うと囁いた。その言葉がリベリスタに届いたかは分からない。 この硝子の箱庭で少女はただ目を伏せて、手に入れた『しあわせ』に酔いしれる―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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