●そして誰もいなくなった 深夜。夕方頃から徐々に雨足を強くしていった天候は、今や強風豪雨の嵐の有様だった。 窓を叩く無数の雨粒の音と暑さに寝苦しさを感じて、男は起床した。男が寝ていたのは広い洋館の客室の一つだった。 寝汗を拭いながら男は側に置いた眼鏡を取ると、遠くの方で犬の鳴き声がするのに気付いた。敷地内の湖のあった方角だ。 時計を見ると、既に三時を回ろうかという遅い時刻。ジャーナリストの長年の経験や勘からなのだろうか――なにか厭な予感がした。 屋敷内にいるはずの者たち。しかし彼が呼びかけても誰も応じてはくれない。違和感が実体を持ち始め、男の背中に冷ややかな物が伝う。 傘を取りに行くのも煩わしい。超然と構える洋館を置き去りに、彼は外に出て必死に駆けた。木々を抜けた先に湖はある。 息も絶え絶えになりながら駆けずって、ようやく湖に行き着いた男は、息を呑んだ。 鼻腔をくすぐる血の芳香。網膜に焼きつく凄惨な死体の数々――彼の慣れ親しんできた平和な世界はそこになかった。 かつて当主だった男の弟は、湖面上に仰向けになって浮かんでいた。青ざめて不自然に膨れ上がった死相に、かつての精悍な英国人の面影はない。 老いた執事は眉間に風穴をあけて倒れていた。彼のお気に入りの神学書のペーパーブックがその小枝のような指で捲られることは、もうありえない。 若い女性使用人は木の陰に座り込むかのように息を引き取っていた。腹部と口腔から溢れ出た鮮血は純白のエプロンドレスを朱色に染め上げている。 「いったいどうして……」 屋敷の住人が一夜に死んでしまった事実を前にして、男の思考力は凍結していた。 その間もずっと懸命に吠え続けている犬の傍らに、小さな人影――少年がいる。 この屋敷の当主の息子だ。ようやく正気を取り戻した男は歩み寄って少年の安否を確かめる。衣服が破け、首元は何かに締め上げられたかのように赤く腫れてあるけれど、たしかに生きている。だが―― 「そうか……お前も、もうここにはいないのか」 虚ろな瞳に覇気の抜け落ちた顔。少年の心はがらんどうだった。 全ては終わってしまった。冷たく頬を打ちつける雨だけが、非現実的なこの風景の中で男が唯一つ感じ取れるリアリティだった。 ●ノーブレス・ソフィズム 夜。特務機関アーク。ブリーフィングルーム内の大きな窓の前に佇んだ『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は、暗雲に覆われた夜空をじっと見つめていた。 長い、長い沈黙――集められたリベリスタらが痺れを切らす寸での所で、伸暁は唐突に話は切り出した。 「今回、お前らに頼みたいのはE・フォースの討伐。発生地は長野の片田舎にある屋敷『水仙館』。カレイド・システムの方では、同じ地点で少なくとも三名の死傷者を観測している。だが、視える情報がどうにも不鮮明でな。エリューションの細かな特性、詳しい発生状況についてはまだ判っていない部分が多い」 発生から日も浅くフェーズも進んではいない。エリューション自体に格別の危険性はないようだ。 「そう、コイツは簡単なセッションさ。ただ、二点――お前達に気をつけて欲しいことがある」 伸暁はそこで言葉を切って、手元にあった機器を操作する。照明が落とされて室内が暗くなる。天井から降りてきたスクリーンへと映し出されたのは、いかにも気難しそうな顔をした西欧人男性の写真。 「一つ目はこのE・フォースの正体だ。エリューション化したのは事件の起きる水仙館の主『アルバート・スウィフト子爵』の残留思念。彼は長く患っていた持病を悪化させて、二週間前に死んだ。だが、どうした訳か死にぞこなって、夜の眷属と成り果てた。 遠き異邦の地、森深くの洋館に取り残された英国紳士の霊――とでも言えば、少しは様になるね」 そう伸暁が詩的に表現してみても、発生する事件に情け容赦はない。 水仙館ではラップ音、ポルターガイストに類する典型的な心霊現象が、当主スウィフト卿の死亡直後から頻繁に発生しているらしい。そしてエリューション化したスウィフト卿の思念は、今はまだ顕在化することなく『何らかの物品』に潜伏。いわゆる憑依する形態をとっているのだと言う。 「早い段階でスウィフト卿が憑いた物品を特定するんだ。そうしてソレを回収し、破壊してほしい。もちろん一般人への被害も最小限に食い止めてくれのがベターなのは、言うまでもないよな?」 エリューションが実体化し、直接的な攻撃性を持つに至るのは彼自身の葬儀が行われる日の夜と目されている。 「葬儀自体には、時村家名義の参列者として入り込めるようにしておく。あとは……適当に屋敷の関係者にでも取り入って、各自屋敷に潜り込んで精一杯調査に励むんだね」 リベリスタらが何か言いたそうにしているのを無視して、伸暁は再び機器をいじる。水仙館に現在出入りしている人物プロフィールがスクリーン上に代わる代わる映される。それらは年齢も国籍もバラバラな男女六名――と、何故か犬が一匹。 「お前達、水仙館に直に入れるとでも思ってたの? ハハ、そこまで根回しできる事情の家なら、そもそもお前らに頼むわけないだろう。スウィフト家は社交界からのあぶれ者とは言え、英国出身の真っ当な貴族の家だ。そして、真の英国紳士とは虚栄と矜持の『極めつけ』だ。極東の地で幅を利かせている家の関係者を好意的には見てくれないのは当然だし、部外者の侵入も簡単には許してはくれないさ」 だから、葬式の参列者以上の役割が調査には必要となる。オカルトライター、探偵、霊媒師――怪現象に相応しい名義を騙るも良し、偶然を装って屋敷内に入り込むのも良し。とどのつまり、方法は厭わない、ということだ。 「最後に一つ。スウィフト卿との関連性は謎だが、館内の『何か』が『事件前後の時間帯に革醒する』。最初にも言ったが、フォーチュナ経由で所得できる情報がどれも不明瞭でな。今回の事件、そもそも万華鏡が観測できないほどに運命の揺れ動きが小さいのか、それとも――いや、余計な詮索は要らないか。ま、とりあえず新たに現れる障害の排除もお前らの仕事に加えておくよ」 どこが簡単なセッションだ――そうリベリスタらが毒づく間も与えず、伸暁は窓へと向き直る。 空は暗黒色を一刻深めていた。稲光の嘶きが聞こえてくる。 「彷徨える魂に極上のレクイエムを捧げてやってくれ――くれぐれも、狐なんかにつままれるなよ?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:鳥居太陽 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月21日(木)00:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●罪への誘惑 水仙館。それは豊かな自然に育まれた山間に建てられた、広大な敷地を有する絢爛豪華な洋館だった。 その二階にある客間にお茶菓子の乗ったティースタンドも運び込まれ、エリス・ウォーカー、ロイド・クーパーの二人の使用人の手によって、優雅なアフタヌーン・ティーの準備がなされていた。 「――こちらからの突然の来訪にも拘らず丁重なるご歓待を頂き、誠に感謝致しております」 『イノセントローズ』リゼット・ヴェルレーヌ(BNE001787)はむず痒い気持ちになりながら慇懃に礼をする。エリスはリゼットの前へ淀みない所作で紅茶を差し出す。 「ドイツのヴェルレーヌ家のご高名はかねがね承っておりましたし、亡くなられたスウィフト卿ともご親交があったとなれば当然のことです。そちらの方はお茶はよろしいのですか?」 「いえ、結構です。ご心配なく……」 聞かれたリゼットの側に控える男は、やや硬い表情で答える。 「彼は執事のシュースケ。新人ゆえ緊張が残るようですが、実務の腕は優秀ですわ」 執事に扮した『捜翼の蜥蜴』司馬 鷲祐(BNE000288)は少しぎこちなくお辞儀をした。 「それと、彼女は私の友人です。せめてものお悔やみをと思い、ご同行させて頂きましたの」 「はじめまして、遠野 うさ子です。短い間になりますけれど、よろしくおねがいします」 リゼットの対面に座る『カチカチ山の誘毒少女』遠野 うさ子(BNE000863)がにこやかな笑顔で言った。 彼ら三人は思惑通りの役柄で屋敷に入り込むことに成功した。 『プラグマティック』本条 沙由理(BNE000078)と『”使えない”覇界闘士』花凪 五月(BNE002622)はロイド経由に怪奇現象の研究者として屋敷に招かれていた。 「ふーん、心霊関係の専門家さん、ねぇ……えらく若いしべっぴんさんだし、あんまこっちの業界の人間には見えないけど……べっぴんさんだし……ふーん……」 何故か同じ事を二度言った男、柏木 兵太。渡された名刺(偽造)に目を通した兵太は、いかにもと言った訝しんだ表情をしている。 「名誉には興味がないの。でも真実を解き明かすことには興味がある。どう、今の時点での情報を教えていただけない? かわりに見つけたことは全て教えるし、あなたから発表してもらってかまわない」 「真実、ねぇ……」 沙由理の発言に些かの関心を抱いたのか、兵太は壁にもたれ掛かり腕を組んで考え込み始めた。 「できるだけ詳しく、お屋敷についての情報を教えていただけると嬉しいのですが」 屈託ない笑顔でそう述べる五月を見て、兵太も幾分か緊張の色合いを消したようだった。 「……ふぅ。わかった、協力しよう。僕の方も手詰まりの状態だったしね。展開は必要だ」 兵太の頼もしい言葉に喜ぶ二人――だったが、続いて放たれた言葉。 「あぁ、ただ一つ条件がある。夕食後、ちょっとしたデートに付き合ってもらうよ」 丸眼鏡の奥底に宿った怪しい光に、二人は不安を覚えずにはいられなかった。 日没直前の時間。今は亡き当主の弟、エドガー・スウィフトの自室から拍手の音が鳴り響く。 「面白い。もう一度やってみてくれ」 エドガーの言葉に応じて、『やる気のない男』上沢 翔太(BNE000943)が小麦色のフェレットを床に放す。目隠しをした『存在しない月』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)が先程と同じように、それを難なく捕まえてみせる。 「目をふさがれても私には魂が見えるのです」 そう言って神秘的なサリーに身を包んだウーニャは微笑む。決め台詞はこうだ。 「お探しの物は大変に強い霊がとりついてます。霊が邪魔して形がよく見えないのですが、どのような物かお教えくだされば必ず見つけますわ」 一瞬呆気に取られた表情を見せたのはエドガー。 「正直、何を言ってるのか判らないな。霊が憑いている、だと? あんな『くだらないモノ』にか?」 予期せぬ回答にウーニャの内心に焦りが募る。そこに側近のフォックスが何かを耳打ちをする。 「――ふむ。まぁいいさ。兄の魂がこの屋敷にまだ居るというなら、君らは好きにそれを探すといい。だが、私は霊がとり憑くような物なぞ、知らん。そもそも私の探す物は『霊媒師』の君らには関係のない代物だ。家の恥を部外者に知らせる道理もないだろう」 思惑とは少々外れたようだが、屋敷内の調査は無事許可されたようだ。しかしそれ以上は取り付く島もなく、フォックスの案内で二人は部屋を退出させられる。 宛がわれた客室に向かう道中、翔太は訊ねた。 「エドガー様は何故、フォックス様をお雇いに? 何かに脅えてるのでしょうか?」 「キミ、面白い事を聞くねぇ。じゃあ逆に訊ねるけど、人は何者にも脅かされずに生きていられるのかい? 上司、恋人、家族、未来、暴力、死――世界には暗がりだらけだ。おちおち歩くのも覚束ない。母胎から引き離されてからずっと不安で孤独で堪らない。そんなか弱い生き物が、人間だろう?」 やけに上擦った声、人を小ばかにするような態度で男は答える。 (……意味がわからない) 翔太は以降押し黙り、嫌に馴れ馴れしい男の後に素直に付き従う事とした。 ●迷い出た羊 夜になり、雨の勢いは刻一刻と強まっていた。水仙館の一階にある大食堂は屋敷内で最も広い空間だ。屋敷の元の使用人はこの折にその殆どが出払っていたが、臨時に雇われた料理人と家政婦の手によって、今夜館に泊まる人達に豪勢な食事が振舞われていた。 今回の任務に当たるリベリスタの中で、この食堂内に居ないのは三名。ロイドの仕事を手伝う鷲裕と、フォックスの警戒にあたる翔太。そしてもう一人―― 食事会が始まる少し前の時間。屋敷を入ったところの広間にアイパッチをした女の子が、雨に濡れた姿で佇んでいた。 彼女曰く、アルバートと面識があり、大事なものを預かった。しかし、それを葬儀中にどこかで無くしたのだと言う。 「大事なものなの」 マトモな回答が期待できない状況が続き、対応していたエドガーが辟易とし始めた頃合。 「捜してくるっ」 そういって少女は雨がしとどに降る外へと走り去る。こうして、『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)は奔放に独自の捜査を続けていた。 夕食後。五月と沙由理を手招きした兵太は二本の傘を差し出した。例の『ちょっとしたデート』に出かけるのだろう。 「重要なヒントは『マイティの態度の変化』だった。あの子が気を許すのは主人のスウィフト卿と、エリスさんとロイドさんの三人だけ」 「マイティのお気に入りのエリスさんにちょっかい出してたから、兵太さんは彼に噛まれていた訳ですねぇ」 彼らは敷地内の林へと足を踏み入れる。 「では何故、マイティは最近になってアレンくんに心を許したのか? 答えは簡単。アレンくんに主人の面影を感じ取っていたから。ううん、言い直した方がいいわね。アレンくんが持ち出した何かにマイティの主人、スウィフト卿が乗り移っていたから」 沙由理の毅然とした言葉を兵太は聞き入っていた。 「――屋敷を訪れて程なく、そんな核心めいた所まで踏み込めるなんてね。しかも断言できるだけの真実味をもって。まるで、マイティ本人から語ってもらったかのような口ぶりだ」 それは兵太の全く言う通りで、メールで送られてきたぐるぐ発信の情報は、つまりは犬のマイティから直接訊き得たものである。 「情報の代わりといっては何だが、この屋敷の『真実』を君達に教えよう」 屋敷から大分外れた地点に小さな建物があった。おそらく離れと言ってよいものだろう。 「この離れに隠された物をエドガーは熱心に探している。見つけてどうするつもりかは判らない。だけど、エドガーの、そしてあのいけすかないアメリカ人の鼻を明かしてやることが、僕の本当の目的だ」 兵太が持ってきた懐中電灯で照らして三人は離れの中へと入ってゆく。 「しかし、眠いね。君らとのデートがなければ、僕もすぐ部屋で寝るつもりだったんだけど」 「夕食を食べすぎたのではないですか?」 「確かに、とても美味しかったから、食べ過ぎてしまうのも無理ないと思うわ。わたしも少し、というかかなり眠気が……」 目を擦る三人。突如とした強烈な眠気。なにかがおかしい。 「……まぁ、あり得ないし悪い冗談のような話なんだけど……あの夕食に何か盛られてたら、一網打尽だよね、僕たち」 水仙館の地下の資料室。ロイドの手伝いを申し出た鷲裕は、資料の整理がてらスウィフト家の歴史について調べさせてもらっていた。 「スウィフトの家の紋章とは、この竜が象られた……?」 鷲裕は一冊の分厚い本の表紙に鮮やかに描かれた金色の竜を指差して問う。 「そうです。スウィフトは元々、ウェールズの土地を出自とする家です。そして国旗からも見て取れるように、ウェールズの民はドラゴンに対して並々ならぬ敬愛の念を抱いております。それは当家においても同じ事なのです」 「なるほど、そういう……ところでロイドさん、私は、貴方に興味がある。一つの家に仕え続ける……その選択は、やはり旦那様がいらしたから……?」 「えぇ、その通りでございます。アルバート様は経営者としての素質は弟のエドガー様に譲るとはいえ、貴族の品格を兼ね備えた人物でした。何よりも家族を大事にされ、奥方の冴子様、息子のアレン様、養女のエリス様を心から愛されておりました。そして、アルバート様は一介の使用人に過ぎない私までも、大変に気を掛けて下さりました」 「不躾で僭越な物言いとなるのを承知でお聞きしたい――貴方は」 その瞬間、鷲裕が携帯の着信を確認する。しかも通話である。同時に、少し前に兵太に同行する五月らからメールが入っていたことにも気付く。 「うさ子……?」 「あぁ司馬さん、良かった……やっぱり無事だった。物音が聞こえない地下にいたかもしれないけど、兎に角すぐにアレンくんの部屋に向かって欲しいの! 私はちょっと、しばらく動けそうにないんだ。あとエリスさんが話してくれたことなんだけど、この家には――」 ●兄弟の忠告 リゼットはアレン・スウィフトの自室にやって来ていた。 「アレン、親父はきっと苦しんでる。本当に天国へ行かせてあげる為にも、どうかお願いするのですっ!」 アレンがスウィフト卿の自室から無断で持ち出した物――鞘に竜の紋様が刻まれた美しい短剣。生前のアルバートからスウィフト家の家宝と聞かされ、いずれアレンが大人になった時に渡すと約束されていた物。 「アレンは何も心配する必要はないです。リズ姉ちゃんにどーんと任せるです、泥舟に乗ったつもりで! その短剣を――」 「その短剣を、破壊するのかね? 形見の品なのだろう」 はっとして振り向く。エドガーがいつの間にか背後に立っていた。最初に見た時と違う―― 「とても気分がいい。生まれ変わった心地だ。そしてわかるぞ。君も、私と同じ力を持っている。だが構わない。君はどうせろくに動けない。あの夕食を口にした以上は、な」 エリューション化し、フィクサードとなった姿で。 その瞬間、アレンの懐の短剣が光を発し始めた。家財が小刻みに揺れだし、小物が床に落ちて砕けた。 「愛する家族を弟には殺させはしない、と? ふん、まぁ先にヴェルレーヌのお嬢様から始末をつけようか」 リゼットはぬらりと近付いてくるエドガーに抵抗しようとするも、身体には力が入らない。 「どうして、こんなことを?」 「何故? 単純な話だ。兄が憎いからだよ。兄がひたすらに憎いから、兄の愛した者もこの手で壊す。それだけのこと――」 エドガーは邪悪な笑みを浮かべる。 「そんなのおかしい……絶対に間違ってる……!」 その瞬間、リゼットの身体がふわりと浮かぶ。何者かに抱きかかえられている感覚。 「シュースケ!」 「ご無事で何よりです、お嬢様……しかし意外と重いな。甘い物の食べすぎなんじゃないか?」 部屋に駆け込んだ鷲裕がリゼットを抱えて離脱し――抱えた当人から発される殺気を感じて、降ろした。 「さて、さっさと終わらせるか。俺と成り立てのあんたじゃ、ちょいとキャリアが違いすぎるぜ」 ー―声をあげる間もなく倒れるエドガー。鷲裕の宣言通り、戦いは一瞬で幕を閉じた。 そのすぐ後に駆けつけたエリスがアレンの介抱にあたった。彼女が手に持つ物騒な物は――今は目を瞑ろう。 それから数分後、身体をひきずってウーニャが現れた。 「うぅ、完全に出遅れた……それで、メールにあった話は本当なの? 『スウィフト卿は裏では密輸銃のバイヤーをしていて、この家にはその隠し倉庫がある』ってこと」 「――あぁ、そうだ。『私』が全ての元凶だ」 どこからか聞こえてくる男性の声。声の主はエリューションとして顕在し始めんとするスウィフト卿、なのだろう。 「この声は彼らの耳には届かないだろうから、伝えてやって欲しい。エリス、ロイドには色々と迷惑を掛けてしまったな……すまない。アレン、お前は何も後ろ暗い物を持たず、誠実に、まっすぐ、強く生きるんだ。 ――最後に重ねて申し訳ないが、頼みたい事がある。出来るならば、この短剣は破壊せずにアレンに渡してやってほしい。これは家の誇りであり、親子の絆なのだ」 こうして短剣はリベリスタらが本部に持ち帰り、然るべき処置を施した後にスウィフト家に返却する運びとなった。 一方その頃、翔太は屋敷の外に出たフォックスを追って、湖まで来ていた。 「答え合わせをしようか。あと、翔太クンも喋り口調はいつも通りでいいよ。窮屈そうだしね。 今夜起きた『であろう』殺人事件は全て、エドガー一人の手によるものだ。動機は至極単純。遺産目当てや復讐でもない、ただの『私怨』だ。ところで、カインとアベルの説話は知っているかい? 神の愛を不当に感じた兄カインが弟アベルを殺す、人類最初の殺人だ。だがしかし、才覚に恵まれて神の愛を一身に享受したアベルが、人の愛に恵まれたカインを憎むことだってあるだろう。偶然にも強大な力を得たアベルは、大胆不敵な凶行へ及ぶ。そんなシナリオが今回の事件だ。ま、君らが頑張ってくれたおかげで、シナリオは変更されちゃったんだけどねぇ」 「……あんたは何者なんだ? フィクサードなのか?」 「そうだねぇ。『ラングレーの禽獣』とでも名乗っておこうか。私らの行動理念は正義も悪も越えた地平にある……私もお守に退屈してたし、帰る前に軽く遊んでいってもいいんだけど、一対二だと釣り合わない――私の圧勝だ」 暗闇に浮かぶ能面のような笑顔からは、その言葉がはったりなのか本気なのかの判別もつかない。 「次会う時は、仲間同士だといいねぇ。クック――」 押し殺した笑い声だけを残して、気味の悪い男の気配は消える。 「翔太さん、大丈夫です? 怪盗ぐるぐさんの眼前で、得体の知れないあの所業。不届きな輩です」 「あぁ……」 潜んでいた木陰から出てきたぐるぐの言葉にも上の空。翔太は脱力しきったようだ。 「……あー、しんど……こんな堅苦しいのも、あんな化物みたいなのとタイマンで向き合うのも、もうこりごりだな」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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