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ゲリラ豪雨フラシ


 瞬く間に空を覆い尽くした黒雲が鮮やかな夕日を奪い去り、ねずみ色のアスファルトにまだら模様を描き始めた。
「うわっ、降ってきた!」
 最初は僅かに零れる水滴のようだったそれも、会社帰りらしき男性が小走りになるとほぼ同時に大粒の雨となる。
 傘代わりに鞄を頭上に掲げて走っていた彼は、しかし不意に顔を大きく歪ませて道に倒れ込んだ。何かにぶつかったのだ。
「っ!?」
 だが鼻を赤く腫らせて尻餅をついた彼の眼前には、障害となり得るものが何も見あたらなかった。
 水たまりに浸かったスーツを気にする余裕も無く、男性は怯えた様子で辺りを見回す。
 そして彼が、周囲を透明な壁のようなもので囲まれていることに気付くまでに、さほどの時間もかからなかった。
 振り下ろした拳はその壁に傷一つ付けることも適わない。
 壁の下部を調べてみても、まるでアスファルトに溶接したかのようにわずかな隙間もない。
 さらに雨が混乱に陥った男性を追い立てる。容赦なく降り注ぐ雨水が閉じた壁の内部に溜まり始めたのだ。
 見えない壁。止むことのない雨。足首に達した水嵩。それらが男性の正気を失わせるのは容易いことだった。
 助けを求める悲鳴は誰にも届かない。際限なく降り続ける雨が超常の物だと理解できるはずもなく。
 頭上に迫った異形の影にも、彼は気付かない――。


「集まったな。では始めよう」
 黒翼のようなマントを翻す仮面の男、『黒のカトブレパス』マルファス・ヤタ・バズヴカタ(nBNE000233)の挙動に、自然とリベリスタ達の視線が集まる。
「諸君等は、雨は好きか。それとも嫌いかね。今回の依頼は雨にまつわるエリューションの討伐だ」
 マルファス曰く、敵はフェーズ2のエリューション・エレメント。透明な壁で形成された結界に対象を閉じ込め、自身の能力で降らせた特殊な雨で弱らせてからゆっくりと取り込む。
「こいつの外見は、そうだな、アメフラシに近い。触手を無数に生やしたアメフラシがふわふわと宙を飛んでいると思いたまえ」
 つい想像してしまった数人から、うわあ、と声が上がる。その反応に口元で笑みを作りつつ、マルファスは言葉を続ける。
「最初、敵は諸君等を只の餌としか見ていない。自身は攻撃の届きにくい上空に居ながら、一般人を取り込むときのように一人一人を個別の結界で閉じ込め、特殊な雨で精神を弱らせつつ無数の触手で襲いかかってくる」
 それはあくまで一般人に対して用いる攻撃だが、リベリスタとて長時間結界に閉じ込められれば無事では済まないだろう。
「諸君等が強い心を持って抵抗を続ければ、結界を破ることが可能だ。全員が結界から脱出すれば、流石に敵も異変に気付いて地表付近まで降下してくる。そうなればようやく本番だ。エリューションは諸君等を『餌』ではなく『敵』として再認識するだろう」
 攻撃手段も変容し、触手攻撃に加えて高圧の強烈な水流攻撃や、大量の水を相手へ叩き付ける攻撃を行ってくるようになる。もちろんそれらはリベリスタ達にとっても脅威となる威力を持つものだ。
「今回感知されたこのエリューションは、一説にはゲリラ豪雨の原因の一つではないかとも考えられている。逃せば、今以上の被害を今後もたらすかもしれないな」
 パタン、とマルファスの手で閉じられたファイルの音がブリーフィングの終わりを告げる。
「さあ、私は『運命』の岐路を示したぞ。選び取るのは君達だ。健闘を祈る!」
 黒衣のマントを再び翻すと、仮面の男はリベリスタ達を送り出したのだった。




■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:力水  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年06月06日(木)23:33
 ご無沙汰しとります、力水です。
 それでは以下に詳細を。

◆成功条件
 エリューション・エレメント一体の撃破。

◆戦場
 住宅地に程近い裏通り。道幅は四人が横一列に並ぶには十分、といった程度。
 時刻は夕方五時頃。当日は雨が降っているために周囲は少し暗めです。一般人が立ち入ることはまずないでしょう。
 戦場到着と同時に敵に捕捉されます。

◆戦闘の流れ
 今回の戦闘は大きく見て、前半戦と後半戦に分かれます。
◎前半戦
 敵の能力により、一人一人が電話ボックスサイズの結界に閉じ込められます。
 結界は完全に閉じられており、内側から物理的に破ることは不可能です。
 結界内では敵の降らせる特殊な雨が不安や恐怖心を煽り、さらに触手が襲ってきます。
 結界を破るには「強い心」を持つことが必要です。貴方の「覚悟」や「信念」などを示して下さい。
 尚、前半戦中は敵が上空にいるため、攻撃が届きません。
◎後半戦
 全員が結界を破れば後半戦スタートです。
 結界を破られたことに気付いたエリューションが地表近くまで降りてくるため、近・遠両方の攻撃が当たるようになります。

◆敵情報
 アメフラシに似た姿のエリューション・エレメント。フェーズは2。
 近年起こっているゲリラ豪雨の原因とも考えられているが詳細は不明。
●攻撃手段
◎前半戦
・業雨:結界に閉じ込めた対象に不安や恐怖を煽る雨を降らせます。結界を抜け出すまで毎ターンEPが一定値減少。
・触手:上空にいる本体から伸びた触手による攻撃。結界を抜け出すまで毎ターンHPが一定値減少。
◎後半戦
・水流攻撃:遠貫攻撃。強烈な水流攻撃で直線上の対象を撃ち貫きます。
・大瀑布:遠全攻撃。上空に膨大な水量を生み出し、それを一気に対象へ叩き付けます。
・毒触手:近範攻撃。全方位に触手を伸ばし、範囲内の対象を貫きます。[猛毒]の効果有り。

 詳細は以上です。
 それでは、皆様のプレイングをお待ちしております!


参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
クロスイージス
アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)
ソードミラージュ
司馬 鷲祐(BNE000288)
プロアデプト
エレーナ・エドラー・シュシュニック(BNE000654)
マグメイガス
綿雪・スピカ(BNE001104)
ホーリーメイガス
アンナ・クロストン(BNE001816)
クロスイージス
シビリズ・ジークベルト(BNE003364)
マグメイガス
レオポルト・フォン・ミュンヒハウゼン(BNE004096)
クロスイージス
ティエ・アルギュロス(BNE004380)


 ホワイトノイズのような音を立てて、雨が降っていた。雨音は途切れることなく、雨水と共に地面へと染み入っていく。
 そこへ、新たな音達が加わった。それは何者かが溜まった雨水を跳ね上げつつも、地を踏みしめる音だ。
 それらは乱雑に重なり合って取り留めも無く、決して美しい音色とはいえない。だが地を踏みしめ進む者達――リベリスタ達の奏でるその音は、力強さを感じさせるものだった。
 
 その行軍が、見えざる結界によって留められるまでは。


 魔力の充填を終えた『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)は、存外落ち着いていた。周囲に仲間達の姿はあれど、結界に個別に閉じ込められた為に何の音も届いてこない。きっと自分の声も誰にも届かないだろう。
 しかし彼女には経験があった。こちらを分断する類の敵など、初めて出会うモノではない。
(不安に恐怖、ね。まあ、確かに……)
 結界の上部から降り続ける魔的な雨が精神を削り、いつの間にか現れた幾本もの触手は時折こちらを突くような行動を取ってくる。
(それなりに凹みはするわね。それなりには、ね)
 念を押すように繰り返すと、アンナは気持ちを入れ替えるように息を吐いた。
(でもね……味方の五倍だか十倍だかの死体にわらわらとりつかれて、死んだ味方がコッチに剣を向けてくるような状況に比べりゃ万倍マシだわ)
 思い出すのは“地獄”。まだ記憶に新しいその光景は、そう簡単に脳裏から引き剥がす事はできない。
 す、と息を吸う。単純なその動作からも気迫を感じ取ったのか、結界がミシリと軋みをあげた。
「……ポッと出のアメフラシモドキごときがアークのリベリスタの心を折ろうなんざ十年早いのよ!」
 地獄だけではない。これまでこの瞳はいくつもの様々なモノを見てきたのだ。そう、今更。
「今更、この程度の嫌がらせで何とかなると思うかっ!」
 一喝の下に粉砕された結界の中には何時も通りのアンナの姿があった。


 人一人がようやく入れるほどの空間で『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)は憤っていた。
(何を見降ろしている。何を見下している)
 天に浮かぶエリューションに、自分が捕食の対象として見られている。
(気に入らん。気に入らんぞ)
 端正な顔立ちを歪ませて、シビリズは天を睨み付ける。浴びせられる雨も蠢く触手も、もはや彼には見えていない。
 憤怒が恐怖を凌駕する。舐められて、そのままでいられるはずがない。
「覚悟するが良い異形成る者よ――我が全力の闘争を見せてやろうッ!! 天から引きずり降ろしてくれるわ!」
 激昂の叫びと共に、男は棺から現世へと舞い戻る。


(なるほど、私の心が試されるわけだな)
 不敵な笑みを浮かべる『白銀の鉄の塊』ティエ・アルギュロス(BNE004380)の頬を触手が撫でる。
 思わず顔を引きつらせてしまうが、決して引くことなく胸に刻んだ騎士道を思い起こす。
(信念は弱き者が立てるように護る騎士道、そして覚悟は狩る者から逃げず立ち向かう事ッ)
 普段は気弱な所もあるが、今ここにいるティエ・アルギュロスは騎士である。
 戦う事への恐怖や怯えは消せなくとも、進む事、護る事を譲ることは無いのだ。
(ヤツを放置すれば犠牲者が出る。ひ弱な結界如き、足止めされている時間は不要)
 その信念が、覚悟が。彼女の前に道を作る。
「ガラスの如く砕け散れ!」
 黒剣を振り上げると同時に消え去った結界の跡には、一人のナイトの姿があった。


「なにこれどうなってるの、皆どこ行っちゃったの? キャー、エレーナー! 鷲祐おにーさーん!」
 結界の中、一人じたばたと慌てていた『運び屋わたこ』綿雪・スピカ(BNE001104)だったがしばらくの後、はっと我に返った。
(おっと、いけないわ。幸せの運び屋はキープスマイルが鉄則!)
 結界の効果で不安になろうとも、一寸やそっとでは折れないのだ。にこ、と笑顔を作り、深呼吸で体内の魔力を活性化させる。
 心に思い浮かべるのは、自身が営む運び屋の事。目に見えない、平穏や安らぎといったお届け物を待っている人々の為にも、運び屋が頑張らなくては。
(それにね、わたしには見守ってくれる人達がいる。期待して、叱咤して、待ってくれている人がいるのだから……)
 それは、今どこかで自分と同じく結界に囚われている義兄であったり、コンビの相棒であったり。
 さらには周囲の様々な人達の事でもあるのだろう。そう、だからこそ。
「ここで折れちゃう訳には、いかないじゃない?」
 その思いに、スピカを閉じ込めていた壁がピシリ、とヒビを作った。


 ただ粛々と。『ヴリルの魔導師』レオポルト・フォン・ミュンヒハウゼン(BNE004096)に騒ぎもがく様子はない。彼の内面には老練な強かさが見てとれる。
「斯様なもの、私を止めるには全く足りませぬな……」
 順調に力の活性化を終え、レオポルトは守りの体勢を取る。
 彼のその身を衝き動かす物は力持つ者としての責務。そして自身のような神秘による被害者を金輪際出させぬための決意である。
「崩界の要因となる物を滅するためならば、このミュンヒハウゼン、たとえ身が朽ち、粉となったとしても決して退くものではございませぬ!」
 その身にたぎらせた強い意志が、結界を解かしていく。


 その少女、『甘くて苦い毒林檎』エレーナ・エドラー・シュシュニック(BNE000654)がまず胸に抱いたのは、生きたいという思いと受け継いだ意志。
「まだこの年齢で死ぬわけには行きませんし、叔父様の意志も継がないといけませんから……」
 後は、と考えるエレーナの脳裏に相棒の姿が現れた。
(……もし戻れないとわたこが私の部屋を物色して何をすることやら……。これだけはほんとに避けないといけませんわ……)
 全力で戻りましょう、とエレーナは苦笑する。
 少女は未だ白昼夢の微睡みの中。目覚めの時は近い。


「強い心か。あの一人舞踏会め、簡単に言ってくれるな」
 自分以外誰もいないこの空間では、どんな言葉も自然と独白になる。
 見えない壁に背を預け、『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)は目を閉じた。
(ゆっくりと考えよう。敵は、俺だ。怖いな。息がつまり、浮き足立つ)
 雨の雫が鷲祐の頬から首筋を伝い、落ちる。それを掬い取るように丸みを帯びた触手の先端が器用に蠢いた。
(雨が染み込み肌を撫でる気配が、不快だ)
 怖い。
(……そもそも、何が怖い?)
 考えろ。
(死、敗北、諦め、停止……)
 何故怖い?
(唐突だから。拒否できないから。説明できないから。信念の真逆だから……)
 力を得て、刃を振るって、加速を繰り返して。
 アークの神速と呼ばれたからこそ。今があるからこそ、怖いのか。

 なんだ。それだけか――。
 ほの暗い思考の海。その水面へと、間も無く至る。


(決して広くはない。人一人が少し余裕を持って立っていられる程度、か)
 手にした剣の切っ先を頭上に掲げる。
 『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が仰ぎ見た空は、目をじわりと焼くような白。その奥からはゆらゆらと触手が降りてくる。
 触手に敵意はない。我々が目の前に置かれたご馳走に敵意を向けないのと同じく、触手にとって今は食事の時間だという事だ。
 しかしアラストールは掲げた剣の切っ先と同じ高さに来た触手を、真っ直ぐ降りて来たモノは手首の捻りのみで断ち斬り、壁伝いに来たモノは剣の腹と壁に挟んで押し潰す。
 手先で曲芸のように舞う剣が、数多の動きを見せる触手を悉く破砕していく。何度も、何度も。
 それをどれほど続けただろうか。ふと、触手の進撃が止まった。
 だがアラストールは揺るがない。剣の切っ先の向こうにある虚空を見つめたまま、アラストールの唇が凛と言葉を紡ぐ。
「水攻めは人を狂気に誘うと言うが――嘗めるな水妖、この程度のにわか雨、我等をいつまでも縛れるものか」
 同時に、ごう、と結界内の狭い空間を大いなる加護の力が駆け抜けた。
 その直後、アラストールを覆っていた結界がバランスを崩した積み木のように崩れていく。
「これは……」
 解れいく結界の外に、心強い顔ぶれが見えた。


「よし、これで全員だな」
 ティエが剣の切っ先を軽く地に刺して杖のようにしつつ、満足げに頷く。
 早い段階で結界から脱出した者達は、結界に閉じ込められた仲間達を襲う触手への妨害行動を率先して行っていた。
「来るか!」
 未だ感情鎮まらぬシビリズの視線の先。灰色の雨雲に身を隠していたそれが、下腹部を波立たせてゆっくりと降下してくる。その姿は確かにアメフラシ。無論大きさは実物の比ではないが。
「あんなわけの判らない触手まみれなアメフラシの相手をする羽目になるなんて……」
「話には聞いておりましたが、アメフラシを模したエレメントとは、奇妙この上ないエリューションにございますな」
 どれだけ好意的に見ようと思っても、あの外見では流石に限度がある。思わず嘆息するエレーナに、レオポルトは顎に手をやりつつ同意を返す。
 その間に件のE・エレメントはすでに地表近くに到達していた。感情は読み取れないが、リベリスタ達を敵と認識しているのは間違いない。毒液らしき物を滴らせつつ針のように鋭くなった触手は、結界内とは比べものにならない危機感をリベリスタ達に与える。
「あっちも漸くやる気のようね。さて、ここからは私も自分のお仕事開始よ」
「高らかに頌歌を歌い上げましょう……」
 後方へと下がったアンナとエレーナが、まずは仲間達が結界内で受けた傷を癒していく。
 さらに発光したアンナの体が仄暗い戦場を明るく照らし出した。何処とは言わないが、一部分は特に強く輝いている。
「では先制と参りましょうぞ」
 悠久を生きる大樹から削りだした杖をまるで自身の体の一部のように扱い、レオポルトは生み出した魔弾を敵へと撃ち込んだ。
 怯むような身動ぎを見せた敵の側面へティエが駆ける。黒剣に輝きを乗せて放った一撃はしかし、本体へ至る前に触手の束によって絡め取られてしまう。
「くうっ!」
 剣から強引に触手を引き剥がして距離を取ろうとしたティエだったが、敵の近くにいた者達を全て巻き込むように打ち込まれた触手が防具もろとも彼女を貫いた。
「悪い手癖が働いた分、斬って落とすぞ、悪いが泣いても止めはせん」
 繰り出された触手をかいくぐり、アラストールはブロードソードで敵の体表を強打する。ぶよぶよとした皮膚からは効果の程が見えにくいが、無傷というわけでは無さそうだ。
「立場を教えてやろう。餌は貴様だ。闘争を寄こせ! さぁ死合おうか!!」
 加護というにはあまりにも荒々しい、闘争の為の力をシビリズは仲間達に纏わせる。代償は大きいが、それに見合う効果はある。
「うわわ、何これすごいっ」
 湧き上がる力を感じ、ふふふ、とスピカは不敵な笑みを浮かべた。
「さ、て。散々怖い目を見せてくれた分、倍返しでお届けしちゃうのよ」
 流れるような動作で奏でられたヴァイオリンが甘美な音色を生み、四色の魔光となって敵に突き刺さる。悶えるようにアメフラシは不規則な動きで身をよじった。
 だが、スピカは敵の動きに違和感を覚える。その体が、今まで見せたことのない蠕動運動を見せていたのだ。
 それが何の前兆なのかまではわからなかったものの、注意を向けていた事が彼女の身を救った。アメフラシの、恐らく顔と言える場所が小さく割れるとそこから強烈な水流が放たれたのだ。
 放たれた時間は僅か。しかし強く鋭く放たれた水流はアラストールとレオポルトを過たず撃ち抜く。しかし先のシビリズが与えた加護が、神の力に逆らった罰とでもいうように敵へ矛を向ける。水流の射線を遡るように走る力の奔流が、アメフラシへ確実に手傷を負わせた。
「なるほど、便利なものだ」
 鷲祐の全身が速さの為だけに駆動する。洩らした言葉を置き去りにして、駆ける。彼が動くと同時に撃ち出されたエレーナの魔弾と、穿たれた傷から零れる血を媒介としたレオポルトの黒鎖に並び、追い抜く。狙うは敵の背面。自身の背後で敵と魔弾と黒鎖の衝突を感じつつ、敵の腹下をかいくぐり、背面へ抜ける。
「フッ、思うまま掛かれるな」
 攻撃の余韻から未だ逃れられていないガラ空きの背面。そこへ飛び乗るように跳躍した鷲祐の、手にしたナイフが敵の体を大きく裂いた。
 声なき咆哮。餌だった者達に傷つけられたという敵の怒りの震えが、大気を通じ、咆哮としてリベリスタの耳に届く。同時に感じるのは圧迫感。空が、重さを持ったのだ。
 後方から敵の動きをつぶさに伝えていたアンナは、見上げた空に突如満ちた膨大な水量、その水面に逆さに映った自分と仲間達の姿を見た。
 空が海になる。そしてその海は重力に引き寄せられ、当然の様に落下を始めた。
 警告の声すら押し潰されそうになるのを感じながら、リベリスタ達に水塊が激突する。


 水面への飛び込みも、度合を過ぎれば死に繋がる。リベリスタ達は、まさにそれを体感することとなった。
 ただし今回の場合、飛び込んできたのは水面の方だったが。

 全身を強烈に打ち付ける一撃は、敵の背面へ動いていた鷲祐以外のリベリスタに大きな痛手を与えた。反撃の力が敵と刺し違えるように働いたのがせめてもの救いではあったが、体力の低い者にとっては続けざまに攻撃を受けて無事でいられるのは難しい。
「……こんな所で、倒れるわけには……」
 その点で言えば、エレーナは最もその立場に近い人間だった。小さな体に力を込めて立ち向かう。
 だが、
「倒させんよ。私が倒れぬ限りはな!」
 エレーナの前へ、庇うようにシビリズの長身が滑り込んだ。同じく庇護の動きを見せていたアラストールとティエには、攻勢を続けるように視線で合図を送る。
「まだまだ勝負はこれから! リベリスタは思った以上に強いって事、見せつけてあげましょ、エレーナ?」
 疲弊したエレーナに相棒のスピカが声を掛けた。戦いの中においても天真爛漫な彼女の笑顔が、エレーナの心と体に再び熱を持たせる。
「そうですわね……無事に戻るためにもここで頑張りませんと」
 ん、と頷いた後、癒しの歌が今日一番の調べを奏でた。その様子を自身の肩越しに眺めていたシビリズの表情にも笑みが浮かぶ。
 だが彼の目が再び敵を捉えた時、その笑みは獰猛な物へと変わった。
 大きく、声を上げて笑う。
「いいぞ、ここからだ! ここからが至高だよ!!」
 烈風を生むような双鉄扇の強大な一撃を、ただ愚直に叩き付ける。
「次、触手来るわよ!」
 詠唱で具現した治癒の力を仲間達に届けると同時に、アンナの声が戦場を飛ぶ。彼女の予想通り、下腹部では触手が新たな動きを見せ始めていた。
「ごめんなさいね、触手攻めはおなかいっぱいなのよ」
 しかしそれを許すまじと、スピカの雷撃が触手を撃ち落とす。感電で小刻みに痙攣する触手をダラリと腹部からぶら下げ、満身創痍のアメフラシが大きく身をもたげた。ただ本能のままに自分以外の異物は喰うか、滅するか。結界が破られた今、敵の取る行動はもはや後者しかあり得ない。
 そしてそれはリベリスタ達とて同じ事だ。
「色々と思いださせてもらった礼だ。バラバラに引き裂いてやろう!」
 黒よりも暗く輝くティエの剣がアメフラシの腹を割く。さらに剣に込められた呪殺の力が敵に刻まれていた種々の呪いを活性化させ、その体を内部から言葉通り引き裂いた。
「すでにあやつは虫の息。皆様、もう少しですぞ!」
 レオポルトの組み立てる魔法陣に過ちはない。仕上げに力ある言霊を吹き込めば、
「我紡ぎしは秘匿の粋、ヴリルの魔弾ッ!」
 流星の如き魔弾が次々と放たれる。敵の逃げ場を奪うような射線の先でいくつもの破砕が起き、魔力の残滓が漂う中を鷲祐とアラストールが突き進む。それは終わらせるため、そして生き抜くためだ。
(恐怖や不安は脚を進めてはくれない)
 掻き分けた残滓の向こう。視認した敵の姿に鷲祐は一刀を突き立て、斬り下ろす。
(力、名声、今。そしてこの愛。全てを掴むために駆け抜けてきた俺に、今更恐怖如きがついてこられるかッ!)
 刃を返し、斬り上げる。続けざまに速度を乗せた刃が敵を斬り裂いていく。
「我が名は司馬鷲祐。悪いがお前の生を、真っ向から否定させてもらう!
 ――生き抜くのは俺だ!」
 連撃の最後。エリューションを蹴った鷲祐と敵の間に生まれる空間。そこへ、アラストールが飛び込んだ。
「――――!」
 鞘へ収めた剣の柄に手を掛け、一息に横薙ぎへと引き抜く。刀身に満ちた輝きが、鷲祐の切り開いた箇所をさらに深く大きく断ち斬った。
「押し通る、悪く思うな」
 剣を鞘に収めると同時に力の奔流が敵の体内で爆ぜた。
 空にいた巨体が雨の名の通り、地に堕ちていく。


「これが本当に、豪雨の原因……?」
 訝しげにE・エレメントの亡骸を眺めていたスピカが触れようと手を伸ばす。仲間達から制止の声が上がるが、彼女の指が触れるか触れないかの所で亡骸は霧散してしまった。
 まもなくリベリスタ達は傷の手当てを終え、取り留めのない話をしながら戦場をあとにする。
 雨は上がり、太陽は雨雲が空を覆っている間に沈んでしまった。雨の残した湿気が、夜風に吹かれて散っていく。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 力水です。
 参加者の皆さん、お疲れ様でした。

 今回は皆さんの心の内を少しだけ覗かせて頂きました。
 どの思いも、素敵なものでした。

 ではまた、次の冒険でお会いしましょう。
 力水でした。