● 『情報提供に感謝しますぅ。――いぃえぇ、今交戦中のアークのチームの場所教えていただけただけで充分ですぅ。はぁい、それではこの電話番号は破棄ということでぇ。個人融資のご用命? はぁい、そういうことがありましたらぁ。はぁい、失礼しますぅ」 通信兵を下がらせると、曹長は深々と息をついた。 「――日本語というのは、ややこしいな」 「僭越ながら、大変流暢でいらっしゃいます」 「必要だったからな。そのときに習い覚えた。さて、諸君、我々も出陣だ。新装備の試験運用も兼ねている。少佐殿のご期待に添わねばなるまい」 輝く金髪を美しく結い上げた白皙の女性。 「オートバイ小隊実験分隊の精鋭諸君。証左殿は、我々に素晴らしい新型装備をお与えになった。この装備により、一騎当千の諸君の力はヴァルハラの戦士の域に達する! 我らの機体に、今、鋼鉄の翼が宿るのだ。かのホルテン229の隠避性とジェットエンジンの咆哮を宿した我らの前に敵があろうか!?」 「Nein!(いいえ)」 「いいえ、曹長殿、いいえ!」 「その上で、驕り高ぶることなく、敵を侮ることなく、どこまでも真摯に誠実に任務を遂行するであろう精鋭諸君を私は誇りに思うところである! この任務が成功の暁には量産化され、我々の仲間にもこの福音がもたらされる! 我々の失敗はこの素晴らしい装備の永遠の欠番を意味する! もちろんそんな事態が起こり得ないと私は確信している!」 フリッツヘルムをかぶった隊員の顔に法悦が浮かんでいる。 信頼をもって任務を全うせよと命じられることに喜ぶを覚えるように訓練されている。 「では、親衛隊オートバイ部隊の紳士淑女諸君――」 それは、曹長も例外ではない。 「我らの勤めを果たしにいこう。完璧にだ!」 ● E・ビーストの掃討は、ある意味気が楽な任務だ。 泣きべそをかく赤毛の新米フォーチュナの予知の元、チームは特に大きな問題もなく巨大な山犬を処理した。 「向坂さん、前出過ぎ! もっとこう。自分を大事に!」 年下のクロスイージスからツッコミが入る。 「わかっちゃいるのよ」 「いくらダークナイトでもですね」 背後からホーリーメイガスからもお叱りが降る。 「誰かがピンチになる前に倒しちゃえばいいやーって感じが――」 「それを、反面教師にしろ。正太郎の二の舞なぞ許さん」 年かさの覇界闘士が止めを刺す。 「――わかった。反省」 割とよく一緒になる面子だった。 戦闘終了直後。 沸きあがった頭を冷やすには少し時間がかかる。 反省会のような軽口の応酬が心地よい。 達成感が気持ちよく血中を流れていく。 硝煙と鉄と耳をつんざく破裂音。 「!?」 抜刀。かみ合う鋼。火花。排気ガスの臭い。 敵襲。腹の底に響く重振動。 「『親衛隊』 ってやつ?」 最近そこここで噂にあがる連中。 鉄十字の軍服野郎など、全世界的に敵に決まっている。 『心配なんだもん』 頭の中で誰かの声が再生される。 ごめんね。 あのときのあなたの気持ちが手にとるようにわかるけど、やっぱり性分は治せないよ、正ちゃん。 「今日は、厄日ね」 ● 「捕まえたああああっ!!」 AF回線の向こうの『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)が絶叫した。 「こちら、本部……聞こえてる!? 今@@地方にいるみんなに無差別出力してるから!」 べきばきスナック菓子が噛み砕かれる音がする。切羽詰っているらしい。 「緊急動員! 該当座標下で作戦終了直後のチームが急襲されてる! チームの消耗著しく現在善戦中だけど、このまま行くとジリ貧。死傷者が出る模様! 即刻救援に向かってほしい!」 慌てているのか、口調が一定しない。 「敵は、バロックナイツ・『鉄十字猟犬』リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイター麾下『親衛隊』! 戦力は『楽団』相当! 襲われんのはベテランチームだけど、魔力使い果たしてるから、彼らだけで凌ぎきるの無理!」 了解の旨を送信すると、文字データが次々と流れ込んできた。 「移動中に読んどいて! 要注意は小隊長「テレーゼ・パウラ・メルレンブルク」 、オートバイ兵を指揮してる! オートバイには携行バズーカとブレードがカウルに装備されてて、すれ違うときに撃たれるわ斬られるわでしゃれにならない! パンピーでもバイクに乗れればソードミラージュって感じになっちゃうんだよ!」 べきばきぼきばき。 盛大に硬いものがへし折れる音がする。 「そんなんで、大事な仲間やられちゃ困るよ! 俺、お帰りなさいの待機中なんだから! みんなも一緒にちゃんと帰ってくるよーに!」 救出対象チームのデータがリアルタイムで流れて来る。 向坂キリコ:恩寵消費。 NEW! |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月31日(金)23:27 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「うわーん! 死霊使いな楽団の次はとっても怖い軍人さん達じゃないですか! どうしてバロックナイツの下部組織はこんなにおっかない人達ばかりなんですかー!」 如月・真人(BNE003358)の泣き声が車内にこだまする。 もう一人のへたれ男子、『やわらかクロスイージス』内薙・智夫(BNE001581)が無言なのは、救出対象に送る情報の打ち込みに忙しいからで、実際(あわわ、軍人さんが相手とか嫌ああ!)とビビりまくっている。 今まで踏んだ場数が、差を生んでいた。 戦場では、びびっていると思われた奴から狙われる。 「任務後のリベリスタを的確に狙うって……明らかに視てるよな?」 門倉・鳴未(BNE004188)は、難しい顔をする。 「奴等がフォーチュナ抱えてんのか、それとも……」 そこからは言葉を濁さざるを得ない。 (七派とつるんでるって噂だし、どうにもキナ臭い奴等だ) ● AFに入る内容が自動読み上げされる。 『救援、まもなく到着します。合流後、救援隊のサポートしつつ、戦域を離脱してください。合流まで、クロスイージスはホーリーメイガスを護衛。攻撃時の優先順位は――』 見捨てられていない。それだけで、十分戦える。 『すぐ行くから、それまで持ち堪えて!』 来栖・小夜香(BNE000038)の文章が下に続く。 『立ってさえいてくれれば必ず癒すから待ってて』 助けに来てくれる誰かをがっかりさせたくないという一念で、この痛みも死の恐怖も耐えられる。 「アークなめんな! この程度で誰が死ぬか!」 「別に死んでいただかなくてかまわないのだよ。我々は人間狩人ではないからね」 曹長殿はそういって微笑まれる。 「納得のいくだけの試験運用ができればそれでいい。まあ、今日のところはね」 ● 先坂キリコは、血塗れがよく似合う女だ。 手には、二本の剣。 あの日、一本はキリコの手の中にあって小夜香達に向かって振るわれた。 もう一本は、持ち主を失って、地面に突き刺さっていた。 「悪いけど、あたし、ここ一番に強いんだよね」 魔力は尽きているが、二本の剣は裏切らない。鍛え上げられた地力と正太郎の記憶で補われた要領のいい戦い方がキリコと仲間の命を護っている。 「それにしても、厄日ね」 助けに来てくれる王子様はお空の向こうだし、その王子様の遺した野郎目線の記憶のおかげで男性リベリスタにさっぱりときめかない。次の恋は少々遠くなりそうだ。 現実逃避をしている。1分後の命があるのかも分からないのに。 「助けに来たッスよ!」 声と共に、吹いてくる微風は、鳴未の取って置きの回復詠唱だ。 それと共に、目の前に青い翼が飛来した。 「ふふ、厄日と決めるには早いです。支えあえばこの難局も乗り越えられる筈。希望はある。そうでしょう?」 王子様然とした台詞をするっと言ってのける『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)が、キリコを護るために翼を広げる。 「と、かっこつけても自分達だけではきついので、背中は先坂さん先輩の皆様に預けます」 「あたしの王子様じゃない――」 キリコは搾り出すように言う。 助けに来たのは、別のお嬢様の王子様になりたい男子だ。 「まあいいわ。上等よ。『青い鳥』 で満足しとくべきね。王子様は自力でどうにかするわ」 恩寵と引き換えに得た魔力であふれ出る暗黒が、かつていた誰かの影のよう。 「先坂さん。下がりなさい」 後方から鋭い声が飛ぶ。普段は柔和な小夜香がおっかない顔をしていた。 一目みてキリコの限界を知る。 死の匂いがする。うっかり虜になってしまうような甘美な誘惑、あるいは酸鼻。おぞましい腐敗臭。 「小夜香さん、あたしが絶体絶命のときに来てくれますね。本当にやばいとき限定だけど」 笑うキリコは、ダークナイトと思えない程度に明朗だ。 「仲間達は絶対に護るわ……特に先坂さんに何かあったら『彼』 に合わせる顔がないしね」 かつて、キリコが戦闘の中で大事な人を失って、無茶な戦闘の末に恩寵さえも失いかけたとき、小夜香は癒しの技を以って踏みとどまらせたのだ。 「死んでも、最終的に『彼』は、貴女の選択と結果を受け入れてくれるかもしれない。でも悲しむのも事実だし、そうなって欲しくないと思ってるはずよ」 すでに逝った『彼』がどう考えるかなんて誰にもわからない。それは「彼」の言葉を借りた小夜香の願いだ。キリコを大事に思うものは、みなそう思うと、小夜香は思っていた。 「闇雲に突っ走ったり庇ったりしても目先しか解決しない。まもりたいなら、キリコさんもわたしも、みんな無事に帰るためにどしたらいいか考えて、連携して動こ」 『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)の説得に、キリコは、うわーと、声を上げる。 「赤い人の喜多川ちゃんに諭されたわよ、アタシ」 「………あ、ちょっとブーメラン」 旭は胸を押さえた。 「俺、ホリメッスけど、治すの苦手で、どう頑張っても福音は鳴らない、息吹も呼べない。精々がこの微風を吹かせる程度ッス」 鳴未の神秘傾向は、本人の気質に則した一極集中型のようだ。 「それでも癒せない、なんて事は無い。俺は癒せるし、こうして撃つ事も出来る」 指鉄砲から放たれる聖なる矢は、オートバイ兵の連携を乱す。 「全部、守る為だ。守りたいもの守るための力だ。喉が嗄れようが手が焼け付こうが知ったこっちゃねぇ。 出来る事やらなきゃ、後で後悔しちまう。明日の俺が笑えなくなっちまうんスよ!」 キリコは目を細めた。 彼女に記憶を残した男は、キリコを護りきり、笑って死んでいったのだ。 「先坂キリコはじめアーク所属のリベリスタ先輩方諸君! あんたらは絶ッ対、俺らが連れ帰るッス!」 鳴未の力説。 「だいじょぶだよ。信じて」 旭の笑顔に、キリコはうなずいた。 ● 『ジェネシスノート』如月・達哉(BNE001662)がバリケード代わりに乗り捨てたオート三輪は、集中砲火により爆発炎上。瞬く間に鉄くずと化した。 「突破されぬよう、前衛同士で横に並ぶようにして壁を作るよ」 智夫が爆音に紛れ込ませつつ、前衛に作戦を確かめる。 「わかった。じゃあ、炎腕はひかえるね」 旭は、頷いた。 「なるべく敵攻撃を前衛で惹き付ける為、敵を挑発。僕は、戦闘不能者が出ない事を最優先とし行動するから」 旭は無言で頷くと、バトルドレスの裾を翻す。 「疲弊したリベリスタの手噛むくらいのこと、愛玩犬にだって出来るよ」 正面を向かって見得を切る。 「それでその玩具があげた成果なんて言うつもり? ちょっとそれはないんじゃないかなぁ。たいへんにみみっちーの!」 リベリスタの背に、智夫が召喚した仮初めの翼がひらめく。 『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)の手のひらからあふれる血が黒い鎖に姿を変える。 軍服を見ると、出征する父を迎えに来た下士官を思い出す。 『ニヴルヘイムで待っている。お前は後から来るがいい』 あの朝、難しい年頃に足を踏み入れた娘の頭をなでていった大きな手。 ニヴルヘイム――氷に覆われた死者の国。 「貴方々がヴァルハラの戦士ならば、私はニヴルヘイムの使者となりましょう」 (父と母にはわかっていたのだ。人を殺める者の末路は同じなのだと) 「みな、地の底に叩き落して差し上げます」 神秘で強化されたオートバイ兵への術のかかりが浅い。 アーデルハイトの銀の瞳がほふるべき過去の亡霊をねめつけた。 ● 特にどこがどうということはない、軍用オートバイ。 それが、宙にわずかに浮いた。 「素晴らしいだろう?」 音もしない。浮いているのだから。 「噂には聞いていたが……いまだに時代遅れのバカどもがいたとはな」 達哉の語尾は鋭い。 「WW2で配備すらされなかった骨董品をありがたがるなんて……堕ちたものだね。時代の流れも見えなくなったのかな?」 智夫は、眼前の敵を煽り立てる。 「ジェットエンジンなんてもう古い! V0ロケットぐらい積んでこい! 分かったらさっさと帰ってビールとヴルスト食って寝てろ!」 達哉の罵倒には、どうしても職業柄食べ物関連が混じる。 (なるべく敵攻撃を前衛で惹き付ける為、挑発しなくっちゃ) 背後の味方を回復させるまで、戦線を再構築させなければならない。 柔らかかろうが、今はクロスイージスとしての役目を果たすときだ。 逆上しろと言葉をたたきつけた相手――二つ名は、『アステロイド』。 「――その程度かね?」 サイドカーの中に納まったテレーゼ・パウラ・メルレンブルク曹長は、機械式のメガホン片手に轟然と笑った。 アーリア人らしい美貌に凶暴な意思が見える。 「それにしても、我々に対する罵声は紋切り型に尽きるな。世の東西関わらずだ」 嘆かわしいことです、曹長。と、縦横無尽に戦場を駆けずり回って、銃弾をばら撒き、血の雨を降らせるオートバイ小隊からくすくす笑いが漏れる。 「言っておくがな。ここ数十年世界中から罵倒を浴びせられるものの感想としては、だ。あまりに直球過ぎて、私の心にはカンとも響かん」 つまらんと、テレーゼ・パウラは端的に言った。 「ふざけんな、このぉ!」 かろうじて体力を保っていた満身創痍のデュランダルが剣を振るう。 テレーゼ・パウラは、側車から地面すれすれまで身を投げ出して、その刃をかいくぐり、メガホンをデュランダルの後頭部めがけて振り下ろす。 ばくりと割れる頭部、吹き上がる血液。恩寵が消し飛ぶ気配。 「慈愛よ、あれ!」 目を剥いた小夜香が、間一髪最大級の回復を請願する。 メガホンを無造作に振り回して、血を振り飛ばす曹長は、わからんでもないと前置きした。 「確かに、我々は物語の中ではそういうモチーフにされがちだ。遠い過去から妄執と共にやってきた亡霊。悪役としてはぴったりだな」 けらけら、くすくすと、躁的な笑いが漏れ聞こえる。 「だが、死んだことなど一度もないぞ? 新興組織というのもおこがましい、主義も主張も持たない寄せ集めのアークの諸君」 秀麗な美貌に狂気が宿り、見開かれる青い目の奥の理性が別方向を向いている。 「我々は一度も立ち止まったことはなく、常にいたのだよ。単に君たちに見えていなかっただけさ。そして、進歩し、進化し、洗練を重ねてきているのだよ」 静かなる熱狂だ。自分たちが積み重ねた来たものへの絶対の信頼。支持した者への信仰。 「時代遅れの兵器? 神秘の何たるかを後進に教えていないのかね。名高いシュピーゲルの奥方殿は? それとも、知識の独占は貴族階級の特権かな?」 かつてあった権力を否定し、これから勃発する権力を粉砕し、自らの版図の下に置かんとする彼らは一度として立ち止まったことはない。 「先人の想いの詰まった聖遺物の尊さがわからないなど。この国はまれに見る神秘体系を持つ国のはずだが、君達は、時代に流されるばかりで必要なものをどこかに落としてきた空っぽ頭じゃないのかね?」 炯炯と光る青い瞳が、智夫を睥睨する。 「骨格からいくと、敗北主義者のムッソリーニに小突かれまくった爺さんのひ孫あたりか、貴様は? 偉そうな口を利くな」 クックックと、テレーゼ・パウラは、達哉を見て、のどを鳴らして笑う。 「出前のバイクでくるとは、貴様は弁当屋か? 配達の後はたんまり昼飯でも食ってシエスタでも勤しんだらどうだ? グロテスクなイカやタコだのを腹に詰め込めばいい」 パスタでもかまわんがな。と、おまけをつける。 レイザータクトにもさまざまなタイプがいる。 敵陣を怒りで満たし、まともな思考力を奪い去ることに特化した者。 その罵詈雑言が、人の神経を逆なですること、星芒形のとげの如し。その量、アステロイドベルトの小惑星の如し。 ゆえに二つ名は、『アステロイド』 落ちれば、星も壊滅する。 撒き散らされる言葉の毒の流星雨が、リベリスタたちに本調子を出させることはなかった。 ● 「それでも」 亘は、剣を構える。 「極東の翼を簡単に狩れると思わないで下さいよ」 金色の飛沫が、青い翼をさらに栄えあるものと変える。 その脇をアーデルハイトの黒い鎖が通り過ぎ、バイクのタイヤを絡めとる。 達哉の気糸がそのハンドルを器用に切り取った。 コントロールを失ったバイクは横転する。 バイク兵は、通りすがりの仲間のバイクに飛び乗った。 片手に持った自動小銃が弾幕を張り、リベリスタ達の隙に乗じて,バイクのカウルがリベリスタの体をえぐり裂いていく。 「こんなところに孤立したチビがいる」 最前線から五メートルのラインが今回の後衛ライン。 真人はそこからさらに20メートル離れたところに陣取っていた。 後ろにいれば安全だと思っていた。味方の陰に隠れたり、攻撃が飛んでこないように少しずつ位置を変えていたのに。 正人の目は見開かれすぎて、焦点が合わなくなる。 「教官に習わなかったのか? いわしの群れと同じだ。群れから離れたハグレから狩られるもんだ」 フリッツヘルムの下から青い目が、しりもちをついた真人を見下ろす。 自動小銃の硝煙の臭い。それに混じる、甘いのに吐きたくなるのは血の臭いだ。 いかに術が届くからとはいえ、一人だけあまりにも後方にいすぎた。 こんなに遠くては、誰も真人をかばえない。 怖くて怖くて仕方がなくて、余裕がない心は前線にとどまることを拒否していた。 嘲笑混じりで言われた中身が頭に届く前に、地面にめり込んでいた。 体の上を車輪が走っていく。背骨がへし折れ、腹から内臓をぶちまけてしまいそうだ。 学ばなくてはならない。へたれならば、へたれなりの戦場での生き延び方を。 もっと用心深く、もっと強靭に。命があったら。死にたくない。まだ死にたくない。 運命は、諦めを知らぬ者を愛している。 まだ、世界に愛されている。 かろうじて、地面に埋まりきる前に、完全に仲間の視界から消えてしまう前に、もがいた右手を見つけてもらえて、尊き存在の裳裾が正人の上で翻る。 「こっちへ!」 「早く!」 仲間が振り返り、声をかける。差し伸べられる手。必死で走った。 戦場は恐ろしい。どこに踏みとどまらなくてはならないのか。流れに任せているだけでは、その先は三途の川に直結しているのだ。 「よろしいのですか、曹長殿?」 「小熊を狩ると、母熊の怒りは時として狩人を凌駕する」 テレーゼ・パウラは、唇を吊り上げる。 「さあ、生かさず殺さずだ。実験の続きに興じよう」 ● 怪我人を抱えての戦闘ほど神経を使うものはない。 リベリスタ達は、まずは回復優先の観点から、魔力枯渇寸前のホーリーメイガスの回復供給を確実なものとし、追って、防御を固め、反撃に繰り出す作戦だった。 人数が上回っている方に分があるのではない。 足手まといがいない方が分があるのだ。 「誉あるオートバイ小隊諸君! かまうことはない。リベリスタをなます切りにしたまえ!」 テレーゼ・パウラの号令に、オートバイ小隊は行動で答える。 掃射される自動小銃。 近づいてくるオートバイ兵をバイクから叩き落そうと突っ込んでくるデュランダルを貫く援護射撃の弾丸。 攻勢に転じきることはできない。 智夫から放たれる神威の光を浴びても、そのまま突っ込んでくる。 後はじりじりとリベリスタが押されていく。 限りある魔力を分け合うようにして供給するが、一度に渡せる量も人数も限られ、瞬く間に消費されていく。 「――十分な耐久性試験のデータが取れたようだ。少佐殿からお預かりした機体に無駄な傷をつける訳には行かない」 病的なまでに明るく快活なオートバイ兵。 「諸君らのおかげで、更なる開発の方向性が見えてきた」 テレーゼ・パウラは、すこぶる上機嫌だ。 「礼を言おう。諸君らは、いい実験豚(ギニー・ピッグ)だ。根性のないのはすぐに死んでしまって実験にならないからな」 だから。と、彼女は言葉を切る。 「この場は生かしておいてやろう。せいぜい、しぶとく生き延びるがいい。次の実験場にて君たちを待つ」 けたたましい笑い声が、響き渡るエンジン音と交じり合いながらリベリスタから遠ざかっていく。 「翼よ。この極東で我等があげる灯火を見よ。さあ、世界を少佐殿にゆだねるための第一歩だ。目障り極まりない箱舟諸君! 我等の鉄を鍛えるための焚き付けにしてくれよう!」 達哉は、転がったままのオートバイを目玉だけ動かして見た。 (自爆装置が組み込まれていないようならバイクの部品や武装を回収。あんな骨董品整備部品も少ないし、現存してるわけがないから多分レストアだろう。出所をアークの諜報部に分析してもらうぞ) 「おっと、いかん。私としたことが」 わざわざメガホンでそんなことをつぶやくテレーゼ・パウラ。 同時に、火柱と化すオートバイ。あれでは部品の来歴を確認することはできないどころか、真皮による探索も不可能だ。 「何なら持ち帰ってくれてもかまわんぞ。なんといったかな。ああ、ゴミはゴミ箱へだ」 ● 訪れる静寂。 頬に付いた血をぬぐいながら、キリコはつぶやいた。 「あの女だけは、ブチ殺す。口の中にあのふざけたメガホンねじ込んでやる」 宥めるリベリスタは誰もいなかった。 「来てくれてありがと。誰も死ななかった」 救出した者と救出された者達は、生きて共に帰れる喜びを分かち合った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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