● それは、ほんの偶然。 二日、三日と降り続いた大雨で崩れた土の間から、それは数百年ぶりに外の空気に触れたのだった。 あの時浴びた、血の曇りもそのままにして。 ● すでに二の丸にも火はかかり、血の臭いは天守にまで届いている。 城主は討ち死にとの報が届き、年若き姫君が満身創痍の家臣を前に淡く笑みを浮かべて見せた。 「皆、永らくの槍働き、ご苦労でした」 「姫、もはやこれまで。どうぞ、城から落ち延びてくだされ」 「野に下りて、慰み者にされるくらいなら、ここで皆と共に逝きましょう」 「姫……」 「口惜しや。わが身がおのこであれば、せめて一矢報いて果てようほどに」 すらりと懐剣を抜き、その細い首筋に当て、ぱっと引く。 懐から鏡が転がり落ち、それを震える手で拾い上げ、最後に自分の顔を写す。 パタパタと鏡に落ちた血を、指先でぬぐって、わずかに微笑む。 「鏡よ、このばかげた乱世を写すがよい。この世のおのこは戦ばかりじゃ。おなごなれば、戦などしようとは思わぬだろうになぁ……」 鏡を抱くように姫が崩れ落ちるのを合図に、天守に火がかけられ、家臣団も互いを脇差で刺し合う。 あの時代。さして珍しくない落城風景であった。 ● 「……で、このとき焼け残った鏡が革醒した。識別名「とりかへばやの鏡」とする。永らく地中に埋もれてたんだけど」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、そこで言葉を切った。 「活性化した。正確にいうと活性化したので、存在がシステムに感知された」 モニターに映し出される地方都市の小高い山。 特に観光化されている様子もない、ひなびた雰囲気だ。 「現在は、この地点。城跡公園になっている。鏡が埋まっていた場所は、主な発掘現場からは離れていたため、今まで発見されなかったみたい。今出れば到着は深夜。人目もなく、作戦には絶好」 うんうんと頷くリベリスタ。 「依頼内容は、ゴーレム破壊。なお、人型を保持し、光線を発射することが確認されている。更に特殊能力を保持している」 うんうんと頷くリベリスタ。 「能力は、鏡に映った人の性別を入れ替える」 うんうんと頷きかけて、リベリスタ達はまじまじとイヴを見た。 「姫君のいまわの言葉そのままに。男を写せば女に変え、女を写せば男に変える」 イヴは少し考えて、付け加えた。 「よくわからない人は、それなりに」 なんとなく、みんな目を伏せた。 「もう戦は終わっている。人が成仏しているのに、物だけが怨念に取り付かれているのも不憫。割って上げるのが、鏡のためだと思う」 「あのさ、その性別変換って、ずっと?」 リベリスタの一人がおずおずと質問した。 「そこまでの能力はない。倒せば、即時に解除される」 ほっとなごむ空気。 「ただ倒せなかった場合は、影響を打ち消すのに時間がかかると思う。しばらくはそのまま……?」 ぴんと張り詰める空気。 絶対に負けられない戦いになる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月12日(火)00:09 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● リベリスタは、布団を敷いていた。 アクセス・ファンタズムから出され、ぬかるみの上にぺふんぺふんと敷かれて行く。 「性転換……のぅ。数日後に戻るのならば大した問題ではあるまい。楽勝楽勝じゃて♪ とはいえ、布団の上で戦闘というのも…中々シュールじゃなぁ」 『巻戻りし運命』レイライン・エレアニック(BNE002137)は、しみじみそう言った。 「中々に効果はあるような気がしますが、果たしてどうなるか」 深夜の公園で、お布団を敷く、仮面にマント姿の男。 見たら、三日後に死ぬ。嘘だけど。 中綿が水分を吸い取り、快適な足場が確保される。 「いい具合ですな。お布団には、こういう使い方もあるのですな」 こんな使い方をされるとは、アークの購買部も想定していなかっただろう。 「ソラちゃん」 うふ。と、可憐に微笑む80歳の少女態、『Krylʹya angela』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)。 足が汚れるのがいやだから、ちょっとだけ浮き上がっちゃうおちゃめなおじいちゃん。 「子供達にトラウマを植えちゃダメじゃない、ぼっしゅー」 26歳の幼女態、『私は私の味方』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)も年齢的にも孫みたいなもんである。 出して。と、差し出された手に、持ってたデジカメを……載せられるもんか。 載せられるもんか! だって、こんな千載一遇のチャンス、逃せない! 大丈夫。トラウマにまみれようと、この子達はきっと立ち直る。子供達を信じてる。 という訳で、逃走ダッシュ! E・ゴーレム? 煩い邪魔よあっち行ってなさい。 そのとき、辺りに閃光走る。 降り注ぐ満天の星空。 敷いたばかりのお布団に、血がパタパタと飛び散った。 ● 「ぬかるみくれぇじゃ俺の勢いは止められねぇ!」 『Not A Hero』付喪 モノマ(BNE001658)ポイポイと靴を脱ぎ捨てた。 流れるような演舞で、モノマの動きは更に洗練された。 「ワリィがてめぇをほっとく訳にゃいかねぇんだ! いくぜぇっ!」 赤い焔が、あの日の姫の姿そのままの鏡の胸元をえぐる。 わずかな凹凸をもつ鏡面の顔に、モノマの顔が映った。 偽りの姫武者に、次々と娘の刃が刺さり、怪人の銃弾が穴をうがち、少女の爆弾が吹き飛ばし。 きらきらと舞う鏡の破片が、それは人ではなく、鏡の化身なのだと思い起こさせる。 順調だった。 特に避ける様子も見せず、鏡は一通り全員の攻撃をその身に受けた。 (仲間が一部油断ならないのは気のせいかしら) 気の糸を操り、鏡の動きを封じようと立ち回るエレオノーラの脳裏にかすかの不安がよぎる。 いまだ繰り出されていない特殊攻撃「とりかへばや」。 アーク本部は、この作戦を簡単ではないと判断し、それなりに経験をつんだメンバーを選抜している。 性別を変えられることによって、戦線に動揺が走れば、その分穴が開く。 少なくとも、潜在的に身の危険を感じている者はいる。 『ナーサリィ・テイル』斬風 糾華(BNE000390)は、短期決戦を目指していた。 だって、『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630) の様子が普通じゃないんだもん。 「いや、別に、全然? 鏡に映るつもりなんて全くないのだけれど、私を前に姿を映したくならない鏡なんてあるわけ映っちゃったわー」 絶対わざとだーっ!! 魔女っ子アニメバングシーン的輪郭だけ残してうごめくレインボーをしばしお楽しみください。 「性別が変わるとか大概にして欲しいわね。ま仕方ないわよね。乗り乗り掛かった船と言うし」 台詞が棒読みだーっ! 何で『乗り』を重ねて言うのっ!?! 糾華、もう超短期決戦モード。 自分の体力削れるのもものともせず、呪いの爆弾乱舞! (お姫様の気持ちを、そして、私の人間の尊厳を踏みにじる前にここで引導を……!) 至近距離。 鏡面のお姫様が見てる。 「そうそうかかって……かかって……無念」 失意の魔女っこバングを(略) 光が収束すると、若干背が伸びたかなくらいの糾華。 「っていつもと一緒じゃないか。年齢も年齢だし、服装も服装だからこうなるのか。あまり変わり映えないね」 変わらないなら、きっと無事。そう思っていた時期もありました。 「ざんね……えぇぇぇっ!?」 声変わりして少し低くなった声が、驚愕のあまり裏声絶叫。 ローティーンに事前に思いつけという方が酷って奴かもしれない。 第二次性長期に突入した男性体と女性体では数値で測れない変化がある。 十数センチのアンダーバストの増加に耐えられるブラジャーが、十数センチのウエストの急激な増加に耐えられるパンツのゴムがあるだろうか。 いや、ない。 当然の帰結としてぶっち切れた。切れたったら切れた。 幸い、そのままずり落ちることはなく、ローライズ的位置で留まってはいるが。 動いたらやばい。 もっとも顕著に変わってる辺りの増加量的にいろいろやばい。 性別変えられることは分かってたのに、なんでスカートはいてきたの? そんな糾華の上に更に降り注ぐ未曾有のピンチ。 「や、これは斬風くん。そんな可愛いとさ」 糾華がバングっている間に、しっかりいろいろ確認作業終了のこじりさん。 自らの変身ッぷりに、ご満悦。 さすがさすがのびしょうねーん。 耳元に顔を近づけて斬風くんの顎に手をやる。 「食べちゃいたくなっちゃうよ?」 普段優しいけど、こういうときはちょっと強引な先輩的ナイスヴォイス、ご馳走様です。 「僕は君とこうする為に性別が入れ替わったのかもしれない」 こじり先輩、ノリノリです。 (ヤバイ、セルフBLも中々にして面白い) だめだ。早く何とかしないと。斬風君がピンチだ。 「さあ、行こう。二人の楽園(エデン)へ」 普段はちょっと皮肉な表情を浮かべるけれど、今はてんぱる寸前の華奢な白銀ふわ髪ゴスロリ女装少年(中一)の耳元で妖しく囁く、ブレザー制服黒ストレート長髪ナイスヴォイス先輩(高3)。 あえて言おう。耽美であると! 「と言うか、もうぶっちゃけやらないか」 なんかいろいろ台無しだ。 必死にぶんぶんと首を横に振る斬風君。 「やらない? ああ、そう。ふーん。ホントに? ダメ? どうしても?」 「いや、ダメダメ、ダメですって、ホントちょっとダメだってば。心に決めた人もいるって知ってる癖に、うん、ダメ絶対」 「悲しいけどコレ、全年齢なのよね」 そうですね。ソラ先生が目をきらきらさせながらデジカメ動画モードですし。 「まあ良いや、喉仏、今のうちにたくさん触っておこ」 自分のじゃないですよね、もちろん。 しゅるんと、喉元のリボンが笑顔でほどかれた。 「ち、ちょ、こじりさ……っ……」 暗転。 ● ……ということがされてる傍らで、激しい戦いは繰り広げられていた。 「……勝利の為の尊い犠牲です」 源 カイ(BNE000446)は、モノマの背後で小さく呟いた。 あんな大惨事見せられて、逃げない人間がいるだろうか。いや、いない。 モノマからの返事はない。 今、バング(以下略)だから。 光の収束。現れる新しいモノマ。 いつもの格好で来たもんだから、いろいろずるずるしている。 どべちっ。 水分含んでもにもにになってるお布団にけっ躓いて転んだ。 「へぶちっ! 泥がばっちぃよっ!」 がばっと身を起こす。 誰、このちんまい小学生みたいなの。 眼光鋭くて男らしいモノマ君はどこに行ったの!? 「うぅう、これじゃ満足に動けないよぅ」 というかですね。 やや低いとはいえ成人男子の服。小学生女子に着せたらですね。 全部ずり落ちます。 裸Tシャツだよ。下手すると首のとこから肩両方出ちゃうよ。 ソラ先生が写真撮りに来ちゃうよ! しかし、モノマちゃん、そこでめげない。だって、中身が男前だから! 「ごろごろ回転ダイレクトお布団アタックだよ!」 布団を身に巻きつけ転がりながら接近する。これなら、歩かなくても大丈夫! というか、もう布団ずっと巻いてた方がいいよ。 ソラ先生が写真撮ってるよ!? 「ぶちぬいちゃうんだからっ!」 モノマちゃん、布団かなぐり捨てて、お洋服ずるずるのまんまでいったああぁぁぁっ!! せめてもの目隠しに、紅蓮の炎エフェクトプレゼントォォォ! ソラ先生、それ以上近づいちゃいけません。 「ええじゃないか。ええじゃないか。かわゆいのぅ、かわゆぃのう」 巻き込まれますよ。火に巻かれますよ。 「その格好、おいしいけど、せっかくだから。ささ、これを。女の子はスカートをはこう。ね? ね?」 ふりふりゴスロリスカート。 その前にパンツ渡してあげなよ。かぼちゃブルマーじゃなくってさ。 モノマちゃんエフェクト多めなんですよ、今。 「……ぶちぬけちゃっても、じこだからっ!!」 あああああ、言わんこっちゃない~!! そして、空が真白く光る。 空から、数え切れないお星様のつぶてが。 ● 「カイちゃん。下がりなさい。エレーナが前に出るわ」 かなりダメージを受けているカイをかばうように、エレオノーラが前に出る。 鏡は、ずっと『とりかへばや』を撃ってる訳ではない。 リベリスタ達のバンクのすきをついて、天蓋から星の矢が降り注ぎ、致命の矢が出血を強いる。 絡みつく服が邪魔で、動きはかなり阻害される。 戦場カメラマンよろしく写真に命注いで、挙句の果てに焦げてるのもいるし。 治し手が少ない今回、ダメージ食らったらどんどん蓄積されていく。 不調が起きたら自分の意志で払いのけるしかないのだ。 (何て怖ろしい能力……。若い子達の為にも頑張らないと) さすが見かけは幼女でも、中身はおじいちゃん。 「エレオノーラさん、あの光は、とりかへばや……」 「1人で死ねない! カイバリアー!」 エレオノーラ、華麗な動きでカイを盾に。 「そんなーっ!?」 「このままではエレーナが単なる羽生えたおばあちゃんになってしまう!」 あわれ、カイ。 このままでは仕事着のギャルソン服で、某格ゲーのオネーサンみたいになっちゃう! 「……そのくらいにしたまえ。私の仲間に……手荒な真似はさせんよ」 そんなカイの前に、また新たな影が飛び込んできた。 「危ない所だったな、怪我は無いかね? 坊ちゃん」 尾てい骨に来る低音の魅力。 思わず後をついていきたくなるロマンスグレー。 広い背中に人生の年輪を感じるね……って。 今日のチームには、おじいちゃんはエレオノーラさんしかいなかったよ、ね? レイライン・アルフォニック、アラウンド還暦。 性別転換して、ロマンスグレーバージョン! そんな! 性格まで変わって! ……ただし、衣装は通常のゴスロリドレス・ちみっこサイズ。 素敵なロマンスグレーのおじ様がグッドスタイルなのは、世界の真理である。 ここまでの展開でお分かりですね。 ばりっ。びびい。ぶちぶちぶちぶちっ!! 素敵に魅惑的な広い背中は、当然の帰結でもろはだ仕様だったり。 誰か。こちらの紳士にお召し物を! ……ソラ先生。虫の息でカメラ構えてると、また巻き添え食らいますよ。 あ。また光が。 降ってくる矢が、流星のようで、本当にきれいね。 ● 「……どこにも変化は……あ、ついてない! やだああああ」 「ねぇちゃん、ええからだしとるのぅ」 「ヨヨヨッ、これじゃあ恥ずかしくて表も歩けないのです……」 「ぬかるみくらいじゃ、勢いは止められないんだからぁ!」 「討伐? え? するのかい?」 「汗と泥でべとべとなのです……」 「おおお、美乳だね! 自分で恥らいながら胸元開ける手つきがいいね! 写真撮るから動かないでね!」 「争いなんて間違ってますぅ! 折角出てきた鏡さんが可哀想ですぅ!」 「攻撃より撮影優先。後は任せた!」 「鏡さんはあたしを可愛く映してくれればいいんですぅ! ぷんぷくり~ん」 「エレオノーラさんが、戦う気が抜け落ちた、ただのロリババアに!?」 「僕としては、暫くこの姿のまま生活するのも中々面白そうだと思うのだけれど」 「あぁもぅ、早く終われえええええ!」 「もう戦乱の時代は終わった訳ですしな。この一撃で引導を渡してくれます」 銃声が辺りに響いた。 閃光が周囲を白く染め、そして静かになった。 ● 「カイさん、生きておられますか」 カイは、美しい女の声で目を覚ました。 「………っっ」 目覚めたら、怪人がもう少しでキスの位置な所まで急速接近していた。 「えっと」 「百舌鳥です」 怪人は、とりあえずチームには一人だ。 カイが辺りを見回すと、別動班の人たちが忙しく動き回っていた。 「逃げられました」 なんとか相討ちぎりぎりまではもっていったのだが。 惜しかった。 「私のショットガン全弾当てました。原型に戻っていたので、そう遠くにはいけないはずなんですがね。なにぶん追撃しようにも……」 山の方は草でぼうぼう。まだ夜も明けていない。 回りには屍累々。百舌鳥とて無傷ではない。 追っていたら、ミイラ取りがミイラ必至。 「最後の最後にくらいました。ただ、私の格好このとおりですからな。パッと見さっぱり分からないかと。残念という他ないですのう」 そう言えば、確かにちょっと小さい。声は小鳥のようだけど。 「他の方は?」 「深手を負っている方がほとんどで。後は……」 百舌鳥が指差した先。 「こ、こんなのあたしじゃない……違うもん……やだあ。あんまりですぅ。ぷんぷくり~んなのですぅ!……ちがう、ないわ。これはないわぁぁ」 エレオノーラは、悲しみのオーラを立ち上らせながら、キャラ崩壊口調でゴスゴスと木に頭を打ち付けている。 「壊させろ、いいからそのカメラ壊させろ!」 包帯巻いて、ゴスロリドレスの下にとりあえずのアーク支給のジャージを身につけた糾華が、同じく火傷や裂傷まみれのソラ先生を追い掛け回す。 「男×男……ありよね。むしろ大歓迎?」 「懲戒免職くらうぞ!」 「男の娘なボク。素敵。最高。写真集でも作りたくなるくらい! という訳で、カメラは絶対渡せな~い!」 「訴えるし!」 「証拠物件、壊しちゃ駄目なんじゃないかなぁ!?」 「訴えてやるんだからなぁぁ!」 本部から、E・ゴーレム「とりかへばやの鏡」討伐部隊再編決定の通達が出たのは、それから五分後のことだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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