●斬首贄紡 「……執拗いネェ、アークは。もう少し距離感の取り方というものがあるだろうに!」 鬱陶しげに自らの得物を繰り、六道の――否、『元』六道のその男は踏み込んできた。 名を『血行灯』夜通 烏頭忌という。厳冬に虐殺に走り、六道の追手とアークを向こうに回し生き延びた正真正銘の狂人である。その狂気を支える『籠釣瓶双革』は、威力こそ衰えないがその精度と刃の数を大きく減らし、アークの地力の強化を多いに伺わせた。 六道、烏頭忌、そしてアークの三つ巴でさえなければ、強力なフィクサード、程度の扱い。アーク側に相応のダメージが蓄積しているとしても、彼を撃破する、最悪としてその戦力減衰からの撤退を狙うに足る状況、だった。 だが、事態は常に最悪の方向性にハンドルを切ることを強要し続けるもので。 か細い風切り音を上げて、その場の全員を巻き込まんと砲弾が降り注ぐ。 銃弾や、或いはリベリスタが手を加えたものより遥か巨大なそれは迫撃砲弾の類。弾種は……傷痍榴弾か。 「見給え諸君、あれが敵だ! あれが的だ!」 「「「Ja」」」 狂喜の念を隠すこともせず文字通り『降ってきた』のは、右腕に大型の――その武器としては軽量級の――迫撃砲を携えた男であった。 「そして――これが、挨拶代わりというやつだ!」 続けざま、彼の部下と思しき人間が現れるより早く、その男は次の砲弾を放つ。それはリベリスタの背後を抜けて落下、チリチリとした感触を彼らに与えながら、未だに地面にめり込む回転を減ずるつもりがないように見えた。 「フランツ曹長、やはりやり過ぎです。無理に我々の存在をアピールせずに不意打ちでよかったのでは」 「伍長、貴様それでもアーリア人か! 劣等民族を圧倒するのは当然のことだ! 名乗りを上げたら後は油断無く、躊躇なく潰せばいいのだ!」 「ですが……いえ、何も言いますまい」 『伍長』と呼ばれた男は、最初に現れた男に一喝されると、それ以上の言葉は不要だったと言わんばかりに主張を退いた。上下関係は絶対であるのだろう。不平を言いたげな様子はない。 「そこの細いの。貴様が『リクドウ』のはぐれとやらだな」 「随分と簡略化してくれるものだネェ、時代遅れの軍人殿」 「時代遅れかどうかはその身で味わえばいい。貴様の首とその得物を手土産にすれば、少しは示しが付くだろう……無論、アークのものもな」 不敵なことばを零した『伍長』は、居並ぶ配下を指先一つで示し、瞬時に戦闘態勢を整えに行く。 「状況を開始する。一切の躊躇無く、我々を見知った者すべて殺せ」 決断的なフランツの声が、静かに響き、砕けた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月04日(火)23:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●猟犬、燎原に吼ゆる 「突撃陣形! 伍長、アークを足止めしろ! 私はこの『はぐれ』を散らす!」 「Ja! 総員、構え!」 「良い所だったのに水をさしてくれたわね……」 伍長『カルステン』の号令に、一斉にリベリスタへと矛先を向けた『親衛隊』の面々に苛立ちを隠しもしないのは『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)だ。彼らを挟んで正対していたフィクサードは、引き戻した得物を手にフランツと名乗った男と対峙している。 リベリスタ達より一層疲弊度が強いであろう彼が、万全を期した精鋭と激突して無事で済むか。彼らに殺害されては今までの苦労が水泡に帰す可能性が高い。 「共闘、なんてだるい事は、言わない」 「同感だネェ。敵の敵はやっぱり敵だよ、戦姫のお嬢さん」 「……私を無視して話を進めるか、根性を感じるな小娘!」 頭越しの交渉は、フランツの機嫌を大いに損ねるに相応しい……が、それを差し引いても『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)と『血行灯』の間にちらりと通じた共感(或いは闘争心)は、彼に興味を抱かせるに足るものであることは違いない。 彼の腕の砲身から砲弾がはじき出され、真っ直ぐに烏頭忌へと突き進む。軽く身を伏し、それを凌いだ彼の腹部からは音を立てる程に血が溢れ、しとどにアスファルトを濡らす。 遠く逸れた砲弾はしかし、何処かへと消えることを許されない。それとほぼ同時に放たれた火炎弾に押し潰され、それを視界に入れる間も許されず、『親衛隊』はカルステンとフランツを除いてほぼ全員、陣形を乱された。 「私たちを、アークを嘗めて掛かるとどうなるか貴方達も味わってみる?」 「『親衛隊』を、我々アーリア人を下に見ようとするその態度は捨て置けんな。その生意気な口諸共縛り上げてやろうか……立て、貴様等! へたっている場合か!」 「や、Ja……!」 杖を正面に構え、挑戦的に言葉を放つ『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)の気迫は、カルステンを警戒させるには十分だった。だが、同時に『全力で潰すべき相手である』と認識させるに足る相手だった、と捉えることも出来ようか。 陣形を乱された配下を一喝した彼は、指揮を執るべく右手を掲げる。フランツの指示どおり、『突撃陣形(オフェンサードクトリン)』を優先。後衛を重点的に、 「太陽は、この国より出づるって事を教えこんでやるぜ!」 「っ痛……ァ、ァァ!」 「落ち着け! 高々一撃、怯むな!」 思索を巡らせた隙を逃さず突貫、雷切(偽)とブロードソードを当たるを幸いに突風の如く振り回した『合縁奇縁』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)の勢いは、脅威と言えばなかなかに脅威だ。だが、『親衛隊』とて無能ではない。それとわかる装備であからさまな支援要員であろうはずもなく、ルナが散らした上で仕掛けて一網打尽、とは行かぬものだ。……それでも、彼の突撃は意表を突かれ鈍っていたメンバーを鼓舞するには十分だったのだが。 「戦線維持を継続します! 曹長、伍長、戦闘を続けてください」 「仕掛けてくるというならば、討ち払わせていただきます」 カルステンの更に背後、フランツと距離を置いた状況下で声を張った一人と、『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)が全員の能力を賦活させるのとでは、ほぼ同時だった。 光のトーンこそ違えど、彼女らが相対する者同士として目指したものは唯一無二。であれば、それがどんな相手であるかは語るべくもない。 ユーディスが相手へ向けて槍を突きつけつつ、体内を巡る魔力量に顔を顰める。戦闘が長引けば、間違いなくジリ貧に追い込まれるのはアーク側。 陣容が多少散っているなら好都合ですらあった。広範を攻撃できる前衛が複数居るのであれば、多少散ったところで寧ろ誤差。一手でも二手でも、回復手を優先して叩けるならそれに越したことはなく。 「いいぜ。全部まとめて喰い尽す」 「させるかァッ!」 乱戦を呈した状況下、一直線に回復役と思しき相手を狙い振り下ろした『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)の刃を、振り上げられたサーベルが迎撃する。実力差は明白ながら、いりすの刃が届く一瞬前に、その頬に刃筋を残した実力は確かなのだろう……確実に打撃を受け、その意思を奪われなければ、の話ではあったのだが。 「優生種たる我々がここで屈するなどあってはならん……!」 「へっ、俺んとこへ出しゃばって来た事を後悔させてやるぜ」 ぐらりと身を傾ぎ、自らの護りを離れた『盾』に舌打ちしつつ、改めて意思を固めるべく声を上げた彼の眼前に飛び込んできたのは、薄身のナイフを構えた鷲峰 クロト(BNE004319)の姿だった。幻影を伴って現れた彼は、幻影を置き去りにして姿を消し、完全に回復手を撹乱するに足る状況を作り出す。消耗しているリベリスタだとは、考えられないほどの精度。それが彼らの底力というやつか……と。 「久しぶりだな、『血行灯』」 「……何の風向きだィ『緋槍』の。こちらに意識を割いていたら足下を掬われるよ」 「助けるなんて言わねぇ。ただ、お前が俺達以外に倒されるのは都合が悪いだけ……」 烏頭忌に視線を据えたまま、対峙するフランツへ向けて印を切った『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)の縛術は、精鋭たるフランツと言えど逃れられはしなかった。寧ろ、それを逃れるほどの存在など多くはないだろう……慢心ではなく事実として、彼はそれを理解し、その技能を選択した。だが、それすらも計算の裡に入れてこその『親衛隊』なのだ。迫撃砲の周囲を包んだ装甲面が、鈍い赤で満たされる。言葉半ばに切ったフツは、強張る指先を認識するまで、数秒の間を余儀なくされた。 「散れ、アーク! 沈めェ……!」 ショットガンに炎の魔力を纏い、狙える限りのすべての敵を狙ったそれは、フツの胴を横殴りに叩く。状況を理解する前に不意打ちを食らうなど、常の彼では考えられない。動けなくとも、察する程度は出来た筈だが……疑問の方が、勝った形だ。 「ウンボイグザーム……ウラノベとやらも、佳くやる。この国では『フクツ』と呼ぶのだったか、伍長」 「左様で、曹長。……お言葉を返すようですが、その男の前で、我々こそ無駄口を慎むべきでは?」 次の指示を手振りのみで素早く伝え、カルステンは淡々と告げる。フランツの鼻先まで迫った刃の一群を砲塔で薙ぎ払えば、それは比較的近い位置まで接近した前衛の一部すらも襲うだろう。 「楽しませてくれる、んでしょう……異国の、亡霊」 「愉しむなどと生温いことを……ぐッ!」 回復にあたっていた一人が、天乃の気糸をかわすべく行動を開始した時には、既に彼の脇腹を味方の刃が掠め過ぎた後だった。鍛えぬかれた親衛隊同士によるフレンドリーファイア。 その原因は明確であれ、天乃から視線を切る理由としては三流以下だ。再び回復姿勢を採るより、彼女が回復手を縛り上げるのが速い。 追撃とばかりに、左右のナイフを突き込む形でいりすが迫る。十分に威力を伴って迫る二撃目は、先程のように彼を護る盾が居ない。それどころか、盾が自身を苛むという愚鈍。優生種としての誇りが、欠け落ちたも同然だ。 「狗っころとは違うと評価したが、間違いだったか」 「吐かせ下等種……! この程度で俺を殺せるとでもか……!」 いりすが求めたのは、飽くまで『対等以上に渡り合う相手』である。その尾ひれに親衛隊という符号がつきまとうだけの話であり、名前負けするような相手と戦う価値を見出すわけではない。 ……尤も。優先して撃破されるべし、と定められた一個体が、十全を見せず散るのは集団戦の在るべき姿なのだが。 「劣等か。なるほど確かに。この身、非才にして持たざる者なれば。惜しむモノなど何もない」 そして、その罵倒すら心地よいと笑うのは、いりすが自らを弁えているということでも、ある。 「白い肌に赤い血、まるで日章旗のようじゃなくて?」 「どうだかな……その上に我らが刻印を刻み込めばいいだけのこと。最後に立った者が自らの主張を正しくするのだからなァ!」 こじりの向けた刃の乱舞に合わせ、幻影を伴い刃を返す『親衛隊』が一人は、巻き込まれた味方を彼女の視界から逸らそうとしていた、のかもしれない。 明らかに流れ落ちる血流量が多いのは見て取れた。決して捉えられぬ、とは言えまい。だが、こじりとて烏頭忌との戦闘の傷が癒えぬまま立ち会っているのだ。自らを打ち据える一撃がカス当たりでも、苛むダメージは少なくない。 有利不利は弁えているが、しかし……芳しくない。 「男同士の間に割り込んでくるのが、お前らの礼儀ってやつなのかよ!」 「笑止。馬鹿正直なブシドーと場に沿わぬ礼節の強要。それが先の大戦の過ちの一つだと学ばぬヤマト民族など、やはり劣等種よ!」 「てめぇ……!」 竜一の猛攻に命を削りながらも、男の言葉はじりじりと彼を苛み蝕んでいく。 戦士として。侍の心意気をも備えて赴いた戦いで、それを全否定されるなど以ての外だ。故に、倒さねばならないという意志はいや増して彼に力を与えてくる。 目の前の、そして背後から切り込む相手を蹴散らし、早々にフランツを排除せねば……焦りは、少なからず存在した。 「アーリア人が如何のと、猪突する理由にはならないでしょう」 「何事にも理由を求める貴様等では分かるまい。猪突? 舐めてくれるなよアーク。二手先三手先を読んで手を打つ程度、猪どころか飼育豚にも劣る」 ユーディスの刃を打ち払わんばかりの勢いで叩き込まれた刃の重みは、見当違いな言葉に対する挑発……というよりは、猪突しか出来まいと目されたことに対する明確な怒りの念なのだろう。 正面切っての戦闘を挑んだのは、果たして戦線維持の為の意地か、否か……。 ルナの放った冷気が、竜一と相対する数名に更なるダメージを与えていく。広義で言えば回復を担う事ができる者もそこに混じっていたことを考えれば、そのままいけば損失は決して少なくはないことが理解できただろう。 ……それだけ、アークの戦力の意地が強力であるという証左ともいえるか。 「厄介だ、ねェ……ここまでやって意趣返しを受ける理不尽が何しろ厄介だ……」 「はぐれごときが手こずらせてくれる……伍長、状況知らせ!」 「弱みに漬け込み一網打尽……というようには行きませんな曹長。全制圧を撤回、状況に即した行動に移ることを提案します」 「……獲物を前に遁走しろというのか?」 全身を血に染め上げ、与えた筈の損逸をそのまま意趣返しのように弾かれたことで烏頭忌には限界が遠からず、あった。 同時に、追い詰めるだけ追い詰めたというのに足掻く烏頭忌とアークに、『親衛隊』サイドも順当に疲弊を重ねつつあった。 ダメージレースという意味でなら、圧倒的に不利なのは誰か、親衛隊が何をするかなど考えるまでもない。 ……選択は迅速でなくてはならない。それがどんなものであっても。 ●戦火朗々にして戦果能わず 「傷を癒し、血を啜り、技を磨いて……また、やろう」 「逃げるなら逃げなよ、夜通。今日は、お前が死ぬにはイイ日なのか?」 「……後悔するョ、アーク。今殺さなかったことで、大事な大事な『日常』が死ぬが」 眼前の隊員数名を拘束し、或いは蹴散らし前進する天乃と竜一の言葉は、決着を付けられぬ不平と『殺してもいいが殺されてはかなわない』矛盾との拮抗から漏れた、苦渋の決断の一つであった。 或いは次なる戦いへの渇望、或いは何れ倒すべき敵への挑戦。それらは確かに狂人たる彼の心を動かすには確かだった。 「生憎お前を助ける義理はねーけど、死にたくなければ隙見て逃げな、狂人気取りの腰抜け野郎」 「……知った口を利くんじゃあ、ないよ」 しかし、それに次いで放たれたクロトのそれは、心を動かすのではなく閉ざさせる、という意味で致命的なものだった。 脱力からの全力。意表をつくために磨き上げられたチェンジオブペースは、フランツをも欺いて背中を奪う。ステップを踏み切り、尚も構えた烏頭忌の標的は紛うこと無くクロト一択。 次いで、その周囲すらも。 「っの――私を差し置くか貴様ァ!」 「曹長ッ!」 命を削る正面勝負を穢されることが、優生種たる彼らにどれほどの屈辱を与えるものか。 カルステンならいざしらず、フランツを相手に烏頭忌が行った挑発を捨て置ける彼ではない。 部下の警句を厭わず迫撃砲を構えた彼は、次の瞬間、ボロ雑巾の様に吹き飛ばされたアークの一部と部下達の有様に目を剥いた。 ……加えて。自らを再び襲う悪寒に反応し、驚異的な反射神経でフツの追撃を回避したのは、彼の「七十年弱に及ぶ」戦闘勘の成せる業だったのだろう。 「……まだやる、かい、アーク、軍属。私は御免だよ」 ぎらぎらとした瞳をフランツに向け、再びその偉丈夫を翻弄するように抜けた男の姿は、それこそ幻のように掻き消えた。 狐に摘まれたような事象に苛立ちを隠しもせず、フランツが天に向け砲弾を放つが速いか、天乃とこじりが相次いで彼の間合いへ踏み込むが……その両名の攻撃を一身に受けたのはカルステンその人。 彼が蹈鞴を踏むのと、フランツの一射が地を連続して穿つのとはほぼ同時だ。 カルステンを掻き抱き、膝を弛めたフランツに追撃を行わなかったのは、総じて被害状況と……『戦果』との釣り合いだ。 彼らは勝利したのだ、少なくとも。 未だ決着の付かない戦場は、欠けた刃と砕けた路面が支配する。 フツの網膜には、赤い光が、未だ戦闘の残り香のようにちらつくだけであった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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