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偽物の生、贋物の死


 幼い頃から、向けられる視線は哀悼のものばかりだった。
 学校に行っても、友達と遊んでも、両親は常に何かを惜しむように私を見送り続けていて、それを「どうしてだろう」と、不思議に思い続けていた。
 理由が直ぐにわかったのは、幸福だったのだろうか。
 深夜。トイレに行く途中で聞こえた両親の会話。
 生まれてから、丁度今時分で私は死を迎えてしまうのだと、そう聞いてしまったときの喪失感。
 或いは、
 その時に狂ってしまえれば、それが一番良かったのかも知れない。
 けれど、例え其れが死者への餞であろうとも。
 幼い頃から今まで、愛情を注いでくれた両親に、私はこれ以上、悲しい顔をさせたくはなかったのだ。

 病は気から。
 そんな言葉が本当で有ったかどうかはわからないが、私の体調は、その日から急速に落ち込んでいった。
 微睡むような意識と、切り花のように萎れ往く身体。
 虚勢で外面を取り繕う隙もなく、私の身体には、濃密な『死』がこびり付いていた。
 それでも。不思議と、畏れは無かった。
 思えば、私は誰かのために死を拒む振りはしていたけれど。
 私自身にとって、死とはそれほどに恐れる存在では無かったと、今更思考が至ったのだ。

 終わりへの路は直ぐ其処が果てで。
 私自身、其れを歩むことを、納得は出来ずとも許容していた。
 だから、なのだろうか。

 死に瀕した某日、
 『彼』が、私の病室に、訪れてしまったのは。 
 


「……或るアーティファクトを、如何様に対処するか。それが今回、貴方達に与える依頼」
 変わり映えのないブリーフィングルームに、少女の声は良く響く。
『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、フォーチュナとしての事務的な面持ちで淡々と言葉を告げながら、モニターに未来映像を展開した。
 映るのは、少女と男性だった。
 血色良く、快活な表情で街を歩く彼女と、其れに付き添い、恋人と言うよりは、親兄弟のように微笑む男。
 傍目にも、それは幸せな光景に思えた。
 唯。
「……この女」
「うん」
 未来映像とは、基本的に観測者の視点操作によって、得られる情報が左右される。
 つまり、この度映された映像――イヴの、ひいては革醒者の視点から与えられるそれには、明らかに、彼女の側の異常を見せていた。
「……エリューションか?」
「違うよ。彼女はアーティファクト。使い手とのフェイト共有が為された、ね」
 告げるイヴは、少しだけ疲れた表情を隠せていなくて。
「『午時葵』。とある二人組のフィクサードによって生み出された、死に瀕した肉体から、精神を移し替えるための道具。一般人限定だけどね」
「精神を移し替える?」
「そう。移し替えられた肉体は、元のそれとまったく変わらない機能を有する。アーティファクトであるという特性と……或る代償を除けば」
 代償、と言う言葉に、他のリベリスタ達の身が強張る。
 方向性は完全ではないが、その能力は生者の延命――乃至は死者の蘇生と、凡そ変わり有るまい。
 当然、其処に与えられる代償も並々ならぬものであろうと、彼らも考えていた、が。
「代償は一つ。『午前零時に、自分の死を誰かに見届けて貰う』こと」
「……何?」
「言葉通りの意味だよ。此のアーティファクトは毎日午前零時ぴったりにのみ、心拍、脳波、その他一切が完全にストップする。
 その姿を誰か一人にでも見届けられなければ、このアーティファクトは完全な停止を迎える」
 『軽い』と、誰かが言いかけて。
 『本当に?』と、イヴが視線で問い返した。
「私達、神秘を知る人間からすれば、それは確かに簡単な条件かも知れない。
 けれど、彼女は唯の一般人。そのルールを、彼女自身が、その条件を満たすための『周囲』も、永遠に、彼女の死を見届けてくれる?」
「……。それは」
 易い、とは言えない。
 人の心には、大なり小なり慣れというものが存在する。
 死に瀕し、奇跡的な生還を遂げた今なら、その言葉を信じる者も未だ居るだろう。
 だが、年単位の時を過ごせば、それを迷信と軽んじ、「一度くらい」の隙間が生まれることは、きっと有る。
「結局、あのアーティファクトはそう言う意味で失敗品なの」
 ゆるりと、イヴは頭を振るった。
 其れは結局、明日にでも終わる命が、ほんの少し先に伸びただけの話。
 それは希望たり得るのか、と言う疑問も有るが――それ以上に。
「先にも言った。このアーティファクトは、フェイトの共有化が為されている。或るフィクサードによって」
 そう語るイヴが指差した先には、未来映像の中、はしゃぐ少女の傍らで微笑む、あの男が。
「生廼浩爾。嘗て私達と一戦を交えたフィクサード。革醒存在、その可能性を持つ存在、全てを愛するパラノイド。
 もし今回、みんなが『彼女』の生存を望むというのなら、フェイトの共有先であるこの男への攻撃は、今後ほぼ一切、控えざるを得ない」
「……!!」
 それは、
 仮にあの男が、今後如何なる非道を振るおうと、手出しが非常に行えなくなると言うこと。
「……アーク内部でも議論があってね。基本的には不安定な『彼女』の命を犠牲にしても、フィクサードを打倒すべきという意見が多かったけど、結局結論は出なくて」
「俺達にお鉢が回ってきた、と」
 頷くイヴに対して、疲れたように苦笑するリベリスタ。
 それがどれほど、哀惜と苦渋を孕んだものでも――笑わなければ、こんな依頼、やってはいられなかった。
「……判断は任せる。人としての答えでも、リベリスタとしての答えでも」
 それを、詫びるように。
 予見の少女は、精一杯の礼をして、リベリスタ達を見送り続けていた。


 人前には到底見せられない様相だったことを覚えている。
 がたついた身体は碌に動かなくて、声を出そうと開いた口は、藻掻く魚のようにぱくぱくと動くだけ。
 それを――ああ、ヤだな。と。
 人ごとのように俯瞰する私に、彼は微笑んで、話しかけてきた。

『二つ。君に話したいことがあるんだ。
 一つはいい話で、一つは悪い話』

 どっちがいい? と聞く彼に、胡乱な瞳で見返す私。
 どっちでもいいよ。そんな答えを解ってか否か、彼は暫しの沈黙の後、淡々と話し始めた。

『じゃあ、悪い方から。……君はもうすぐ死ぬ』

 遠くを見るような眼で、ぽつり。
 言われて、「何だ」と心に呟く。
 知ったのはつい最近でも、既に生まれてからの余命宣告は為されていた身だ。
 短ければ数年で果てる身体が今まで保った事だけでも、それは違わぬ奇跡だった。
 だから、そんな覚悟しきっていたこと、今更何の痛痒もなくて。
 本当に。
 本当に?
 脳裏には両親の姿。
 死に往く私を、私以上に傷んだ面持ちで眺めるその様に、何かをしてあげたいと、そう思ったことは、本当に、無かったのか。

『そして、良い話。君は、生きながらえる事も出来る』

 ――男の手が、私の髪を撫でる。
 覗き返す、幽鬼のように窶れた顔。知己でも眼を背ける私に、彼はゆるりと微笑みかけた。

『それは優しい路じゃない。其れを選べば、君は、きっと苦悩に塗れる。
 或いは、死んでいた方が楽だったのだと、錯覚してしまうくらいに』

 其処に、一切の嘘は無く。
 男は、ただ私の身を、心を、慮り続けてくれていた。
 死を前にした私。それを嘆き続ける、家族のように。
 それでも、

『――それでも、僕は君に、生きて欲しい』

 年相応の、年輪を重ねた微笑みは、頬を伝う涙で、どうにも冴えない面持ちだった。
 その不格好な笑顔を、精一杯に笑いつつ。
「……お、ね……がい」
 選択を決める。
 望みを告げる。
 浮かべられた瞠目は、私が言葉を発したことか、私が決めた答えにか。
 それを、うるさいなあ、なんて、照れ隠しで必死に隠した。
 死を受け入れた私。
 生を拒み終えた私。
 そんな私が、今更足掻くなんて、無様だとは解っていても。
 それでも、仕方が無いではないか。
 面影の二人が、何時までも、泣いてばかりいるのだから。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:田辺正彦  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年06月03日(月)22:31
STの田辺です。
以下、シナリオ詳細。

目的:
『午時葵』の保護、若しくは破壊

場所:
某街の中央公園。その広場です。
平日の昼間で、人はまばら。相応の手段が有れば、労することなく人払いも可能です。

敵:
『生廼・浩爾』
痩せぎすの身体に分厚いコートを引っかけた男性のフィクサードです。
種族はヴァンパイア。ジョブはクリミナルスタア。Rank3称号スキル+Rank2スキル全般までを使用可能、非戦スキルに魔眼+@を保有。
少なくとも今回に於いては戦闘を行う算段はありませんが、PC達の出方次第で対応が変わります。
彼は下記アーティファクト、『午時葵』とフェイトを共有しております。

その他:
『午時葵』
アーティファクトです。能力詳細についてはOP本文を参照下さい。
パーソナルデータですが、見た目は十代後半の少女。自らの病状を知って以降、良くも悪くも常に物事を俯瞰するようになりました。
上記『生廼・浩爾』とフェイトを共有化しており、少なくとも今現在、世界に悪影響を及ぼしてはおりません。
本依頼の目的として、彼女の保護か破壊のどちらかを、PCの皆様方には選んでいただきます。
前者の場合、彼女には監視(或いは管理)の為、家族共々三高平にて秘密裏に庇護を受けていただくことに。
後者の場合、PCの皆様で彼女を破壊してください。但し、一応アーティファクトで有るため、耐久性はそこそこにあります。「一撃で楽に」と言う考えは捨てた方が良いでしょう。



それでは、参加をお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
スターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
ナイトクリーク
御津代 鉅(BNE001657)
ダークナイト
山田・珍粘(BNE002078)
プロアデプト
氏名 姓(BNE002967)
クロスイージス
有馬 守羅(BNE002974)
ダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
ソードミラージュ
蜂須賀 朔(BNE004313)


「お久し振りです、生廼浩爾」
 ――昼日向の広場に於いて、怜悧な声は風に流される。
 フィクサードと、其に契約を交わしたアーティファクト。
 両者に相対する八名のリベリスタの内、『蒼き祈りの魔弾』 リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は、表面上こそ見事に殺気を覆い隠した風体で彼らに相対した。
(貴方の思想は極めて邪悪……。
 罪なき人を神秘に晒すだけでなく、死をも冒涜するのですか)
 眇めた瞳に映る少女、人を模したアーティファクト『午時葵』 に対して、リリは苦々しげな感情を胸中で吐露している。
「生きたい願った少女が居ました。助けたいと言った男が居ました。……そして彼女は救われた」
 ――物語だったらこれで終わりだったんですけどねえ?
 未だ『対話』の段階にある状況下で、迂闊な事を言いかけた『残念な』 山田・珍粘(BNE002078)は、優雅な動作で、片手を口元に当てる。
 人の生は物語ではない、とは彼女の言だ。
 例え一つの話が幸福に終わろうとも、次の頁から捲られる物語が如何なるものかなど、フォーチュナをしても解り得まい。
 何より――此度自分の前に立つ少女のヒーローが、フィクサードであるのなら。
「私好みの良い話になりそうですねー……」
 ポケットの内で弄ぶタロットは、奇妙に冷たい感触を伝えている。
 と、
「――ああ、ストップ」
 唐突に、その声が全てを停止させる。
 呟いたのは誰でもなく、この場に唯一人在るフィクサード、生廼浩爾である。
「単純。単純に会話をするだけなら、この距離でも不可能では無いよね?」
 言葉は、接近しようとするリベリスタに対してのものだった。
 彼我の距離は目測で25、6メートル。
「……遠すぎる。一々叫んで会話でもしろと?」
「雑踏の中なら兎も角、耳を澄ませばさほど問題はない、だろう?
 何せ、こんなに『人気がない』場所なんだから」
 返答に対し、ぎり、と煙草を噛み潰したのは『燻る灰』 御津代 鉅(BNE001657)である。
 神秘に関わる話をする以上、人払いはどうしても必要だったと言わざるを得ないが、その為に張られた強結界を相手も逆手に取ってきていた。
「……『私は明日死ぬだろう』」
 動きを止められたリベリスタ達の中で、一人、謳うように言葉を紡いだのは、『0』 氏名 姓(BNE002967)。
「私ね、この花が好きなんだよ。
 死は必ず訪れる。それを受け入れてるからこそ、 短い命を咲き誇る――」
 語りながら、視線を向けた先の少女……彼の花言葉を与えられたアーティファクト、『午時葵』は、悲嘆と落胆を綯い交ぜにした微笑みを、唯無言で浮かべている。
 死を受け入れた少女、生を諦めた少女。
 表面上は瑞々しく『生前』の有り様を投影している其の瞳は――成る程、確かに濁っている。
「どうして死にたくないと思ったかなんて、そんなものは生存本能からくるただの反射的な欲求よ。
 死にたくない理由があるだけ幸せだったのか、なんて、あたしには言う資格も理由もないけれど」
「死に偽物も本物もないよ、ただ無になるだけだ。
 有である間はもがき苦しみ苦悩し足掻き。人って素敵だよね、だから殺したくなる」
 醒めきった『定めず黙さず』 有馬 守羅(BNE002974)、何処か夢を見るような『殺人鬼』 熾喜多 葬識(BNE003492)の死生観は、それぞれが決して相容れずとも、しかし行き着く先が同じというそれが、どうにも悲しく思える。
 ――『誰が為の力』 新城・拓真(BNE000644)が、小さく、掌に力を込めた。
 全てを救うという理想、犠牲無しには救いが生まれないという現実。
 御伽噺や冒険譚、偽物だからこそ光り輝いた物語のようなハッピーエンドを、彼は選ぶことが出来ず、今、こうして『壊す者』として立っている。
 けれど、なら、「せめて」と。
 記憶すること、刻みつけること、焼き付けること。
 責任と義務。目の前の彼女がどういう存在だったか、そしてそれを踏みにじる自分を、決して忘れまいと。
 今は唯、それだけを想い、彼は無言で立ちつくしている。

 風薫る草原の中、誰かが呟く。
 きみをころしにきた、と。
 それが、終わりの、始まり。


「……今からの話が無駄になる前に聞きたいのですが」
 誰よりも先に口火を切ったのは、珍粘である。
「生廼浩爾。此のアーティファクトは、所有者を変えられるんですか?
 可能なら、早く変えることをお勧めします。私や貴方みたいに戦う者は、人の命を預かるべきでは無いと思いますよ」
 敵味方という立場を無しにして、淡々と、唯『彼女』を慮る態度を貫く珍粘に対して、生廼の側は苦笑を浮かべる。
「それほど、応用が利くアーティファクトなら、良かったね。
 僕は、彼女の権利を君たちに渡して帰る。それだけの話だ」
「簡単に言ってくれる」
 返される言葉に、嘆息混じりで呟いたのは『閃刃斬魔』 蜂須賀 朔(BNE004313)だった。
 一人一人が自身の格下と言えど、仮にも力量者八名に対して返される言葉は余りにも楽観的なそれで、だからこそ些少ながらにも苛立ちが募った。
 臨む『午時葵』に動揺は見られない。
 元より黄泉返りという荒唐無稽を体感した後のことだ。それがどれほどの異常かも理解しているし――故に、どれほどのルール違反かも、理解できているのだろう。
 少女が抱く願いは当然のもので、だからこそ朔自身、それを叶えられるなら叶えてやりたいとも、そう思ったが。
(――だが『可能ではない』)
 契約を果たしたフィクサード、生廼浩爾。
 対象の善悪ではない。彼女を生かす為に、フィクサードを生かすと言う行為、そのものが、彼女にとっては問題だった。
 それは今まで人の為、世界の為と斬ってきた全てに対する裏切りだったから。
「見も知らぬ誰かの為に彼は無償の愛を捧ぐけど、
 彼が愛する対象が『世界を壊す可能性のあるモノ全て』だというのがね」
 そうした朔の胸中を補足するように、守羅が訥と言葉を紡ぐ。
「それが彼が危険人物扱いされている理由、あなたを殺しに来た理由。理解できる?」
「抽象的だけど、まあ」
 苦笑を返す少女は、「それで」と言葉を続けた。
「私を、殺すの?」
「……ええ」
 応えるリリは、その実、何かを堪えるような面持ちで。
「失ったものは戻らず、戻る事があってはなりません。
 だからこそ、死も生と同様に尊いのです。――それを、貴方は」
「……それ。それは、『受け止める』と『受け入れる』の違い、かな」
 自らの持論を展じるリリに対して、生廼の言葉はどこまでも穏やかだ。
 それが自らに対する敵意の表れだとしても、彼にとって『革醒者』全ての言葉は、何にも代え難い暖かなコトバと同義なのだろう。
「例えば明日、君の恋人が、友人が、何者かによって喪われたとする。
 君はそれを違い無く受け止め、死に哀悼を捧ぐだろう。けれどその中で、生きていて欲しいという願いは絶対に亡い? 復讐したいという思いは絶対に無い?」
「それは――!」
「無理だろうね。特に。特に、君には。
 『たかがアーティファクト一つに踊らされた』程度の怒りを、後生大事に引きずってる、君程度には」
「……!」
 幻想纏いから得物を取り出しかけた手を、すんでの所で姓が抑え、彼女の代わりに、言葉を返す。
「要は、君が言いたいのは」
「……そうね。正しい死生観なんかを理由に止めようって言うなら、それはとんでもない見当違いよ」
 苦笑を浮かべ、返したのは『午時葵』の側である。
「エゴで殺してくれるのなら良かった。独善で壊してくれるなら綺麗な終わりだった。
 知りもしない私の思いを語らないで。理解しようとしないで。そんなのは反吐が出るだけ。恨みが幾つあっても足りようがないわ」
「……だってさ」
「………………」
 受け止めるとは、目の前の事象一つを認識し、納得すること。
 受け入れるとは、其処に付随する自身の思いを諦め、なすがままに任せること。
 そう言う意味では、彼女は己の死に関してはほぼ完璧に『受け入れ終えて』いた。
 唯、其処に望まれざる異分子が存在していたという事実が、この状況を作り上げてしまって。
「死を受け入れ生を拒み終えたのなら、どうして両親のことが心配なの?」
「……!」
 其れを糾弾したのは、葬織である。
 否、当人には其の心算は全くないのだろう。
 唯、純粋な疑問を彼女にぶつけるその言葉は、故に他の面々が考えるどの言葉よりも、呵責無く彼女の胸を打つ。
「ねえ、『午時葵』、君は毎日最後を迎えて、ソレがずっと続くと思ってるの?
 それとも生廼ちゃんがずっと見守ってくれるっていう保証がどこにあるの? 悪戯に生きてるフリをするのはきもちいい?」
「……きっついなあ」
 ぐ、と、胸を押さえながら、少女は呟く。

『――それでも、俺様ちゃんは君に、壊れて欲しい』

 語りたいコトバは、要するに其れ一つ。
 けれど、その一つを迂遠な言い回しで以てじわりじわりと追いつめる葬織のそれは、或る意味、最も残酷な仕打ちとも言える。
「……悲しむ顔を見るのが辛かったなら、そう言えばよかったんだよ。
 悲しむのは死んだ後からで良いから、それまでは只、生きている事を喜んで欲しかったって」
「私が生まれてからこっち、泣き通しな弱い両親に? 私自身に、そんな強さが在ると思える?
 それがあの二人にとって優しい言葉になれば良かった。そうでなかった場合を考えれば、私は怖くて何も出来なかったよ」
 説得を続ける姓を、苦笑しながら少女が返した。
「知ってる? 人間って底なしの生き物なんだよ。
 一時の幸せなんか望まない。それが永遠に続いて欲しい。もっともっと幸せになりたい。そう思えるような生き物」
「なら、どうして」
 姓の言葉は悲しげだった。
 アーティファクト『午時葵』。その『短命な性能』は、彼女の意見に照らし合わせれば、唯両親の痛みを悪戯に深く、大きくするだけのものではないのか。
 それを言おうとして、それよりも先に、少女が吃と呟いた。
「死なない。死んでなんかやらない」
 ――条件を満たす限り、変わらぬ生を続けるアーティファクト。
 それはある種、永劫に続く呪いにも似ている。
 けれど、そんなものは少女自身、理解できていたのだ。
『それは優しい路じゃない。其れを選べば、君は、きっと苦悩に塗れる。
 或いは、死んでいた方が楽だったのだと、錯覚してしまうくらいに』
 傍らの男――生廼浩爾に選択を強いられた、その時から。
「……もう、良いだろう」
 会話を断ち切ったのは、拓真の一言だった。
 双方に平行線を見いだした彼は、その時点で幻想纏いから自身の武器を取り出している。
「同感だな。そもそも、革醒してフェイトを得なかった、それだけの理由で散々ノーフェイスだの斬ってきておいて、これにだけ同情する理由なんぞない」
 鉅もまた、淡々とした口調で自身の影を呼び出す。
「……ああ、漸くかあ」
 それを、
 少女は、微笑みながら、眺めている。
「うん、全力で逃げるから、全力で追いかけて、ね」
 酷く、彼方で語る彼女に追いすがるリベリスタ。
 其れを巻き込みながら、二人の周囲が、影に閉ざされた。


 リベリスタ達には一つ、大きな間違いがあった。
 戦闘開始前、説得の段階において、彼らは余りにも戦闘の気配を隠さなかったことに対してである。
 神秘界隈に於いて高い名声を誇る者、或いは嘗て生廼に相対してその力量の高きを見せつけた者。
 たかが単身のフィクサードに対して、それらが総計八名も揃って自身に近づいてくるなど、フィクサードからすれば警戒の対象以外の何者でもなく。
「ハ――――――!」
 故に、姓、守羅を主として為そうとされた包囲陣形は彼の警戒によって余りにも不完全な形となり、
 尚かつ、彼はリベリスタ達の事前付与に合わせて、自らも少女を連れて移動しながら、その周囲を闇で閉ざした。
「闇の世界……!」
 臍を噛むリリが銃弾を放つも、やはり其れは暗視もない状況下では命中に大きく難が出た。
 朔もまた同様である。そもそも対話の時点で大きく距離を離されていた彼女は、接敵するまでに一手を費やしてしまう。
「……ああ、残念ですねえ」
 呟きながら、スケフィントンの娘を撃ち出す珍粘が、手応えのなさに残念そうな声を上げる。
 良くも悪くも。
 彼らは自身の最終的な目的が単一であるというのなら、全ての行動を、リソースを、其れ一つに絞ってしまえば、きっと楽に終わったのだろう。
 アークという組織に在るからがこそ、抱いてしまった『人間的な躊躇い』が、この場の行動を混乱させてしまっていることは明らかと言えた。
「甘えないでよ、答を考えるフリはやめなよ。君はどうあれもう『死んで』いるんだよ!」
 嗤うように、或いは啼くように引き留める葬織にも言葉を返さず、少女は闇の中を生廼と共に出る。
 暗視などはなく、故に唯、運に任せてひた走る。
 出でた二人に、しかし誰よりも早く食らい付いたのは、運良くも暗視を有していた拓真であった。
「リベリスタ、新城拓真。生廼浩爾、貴様は今日此処で倒させて貰う」
 担う双剣の切っ先が向けられたのは、生廼。
 怨器となった黄金の剣が振るわれると同時、為された飯綱は彼の身体を次々と切り裂き、
「……ふう、ん?」
 次いで、生廼の側も、自らのフィンガーバレットを天高く掲げた。
 撃ち放たれた魔弾の名は、B-SS。
 戦場にいるほぼ全ての存在の『脚を撃ち抜いた』彼は、それに何処か歪んだ笑みを浮かべている。
 状態異常でもない攻撃でも、確実な意図と結果が在るのなら、其処には確かな意味がある。
 元より回復能力には特に秀でていないパーティである。僅かばかりに動きを制限された現状ならば意味はないにしろ、それが二度三度と積み重なれば、尚かつ闇の世界を介された場合、逃走妨害には大きく障害が生ずることとなる。
「『閃刃斬魔』、推して参る」
「やれやれ……厄介事が多すぎる」
 ならば、速やかなる決着を。
 朔が、鉅が、それぞれの武器を以て彼を仕留めんと近づくが、
「――違う!」
 その行動を押しとどめたのは、守羅。
 理由を問うまでもない。確かに此の場で総力を挙げれば、彼を倒すことだけに限れば不可能ではなく、寧ろ易いとも言える。
 が、先にも言ったとおり、パーティは癒すことの出来ない傷で機動力を奪われつつある現状である。
 やがて時間が経てば、今現在『午時葵』をブロックしている者もそれを不可能となり、逃走される。
 あくまでも、この依頼の目的は『彼女』の対処なのだ。
「……In Paradisum deducant te Angeli(天使があなたを楽園へと導いてくれますように )」
 行動を切り替え始めたのは、リリ。
 少なくともこの中では誰よりも生廼を憎む彼女。『だからこそ』、その毒牙に喰まれた無辜の羊を救うためには。
 銃声が響き、少女が揺らぐ。
 事前に高い耐久性を教えられた以上、その身が傾ぐことは流石に無かったが。
「……おじさん」
「何だい」
「逃げて」
「…………」
 それでも、其の心に『終わり』を介在させるには、十分な威力で。 
「……。解った」
 生廼もまた、それに涙を零しながら、リベリスタ達に距離を取ろうとする。
 けれど、その前に、ぱん、と。
「――これまでの清算だよ。あんたが悲しませた人達の痛みだ」
「……」
「何て、本当は私が自己満足したいだけだ。馬鹿みたいでしょ。
 けれど、あんたの愛も只の独り善がりでしかない。同じくらい馬鹿だよ」
 疲れたような笑みを浮かべた姓は、そのまま、午時葵の対処に回る。
 それだけだった。
 それで、彼に視線を向ける者は、もう誰も居なくなって。
 だから、戦闘が終わった後、彼は最初から居なかったように、その場から消えていたことに、誰も言葉を為さなかった。


「……望みは?」
 対象を個人に絞るなら、この依頼は余りにも簡単で。
 朔の意見によって、『顔以外』を無惨に傷つけられた少女は、淀んだ瞳の侭、苦笑する。
「優しくしないで」
「……」
「あなただけじゃない。みんなそう。
 行為に意味以上の意思を伴わないで。自分の意志と違うことをしないで。
 利得のためにでも誰かを助ける行為は善で、正義のためにでも何かを壊す行為はみんな悪だよ」
 相対するその身体は、最早動くことも困難なのだろう。
 常人では痛みで耐えきれないほどの傷であろうに、彼女はあくまでも平時の調子を崩さなかった。
「唯、自分の為だけに私を殺してくれるならよかったのに。
 ……ヤだな。こんなにココロが痛いまま、死にたくなんて、ないよ」
 誰かが、顔を背けた。
 誰かが、頭を俯かせた。
 誰かが、瞳を袖で拭った。
 たすけて、と。
 それだけを小さく願った彼女に、葬織は、誰よりも優しい笑顔で、ゆるりとその首を切り落とした。
「俺様ちゃんは人を殺す鬼だ。最後くらいは人として死ねばいい」
 ――それが誰への救いなのかなんて、誰にも解らなかったけれど。
 アークの別動班に連絡を終えた珍粘は、地に伏す彼女にそうと近づき、血に凝った瞼をゆっくりと閉ざす。
「二度も死ぬ事になるなんて、可哀想ですね。この子」
 ウフ、と小さく笑みを零した彼女は、そうして相対した死を他人事の侭終える。
 時期は初夏に近しいその日。冷たく乾いた風が、リベリスタ達を過ぎっていった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
田辺です。相談お疲れ様でした。
所感としては大成功二歩手前、失敗一歩手前と言った所です。
設定された目的以上の成功を掴もうというのなら、其れに足る作戦が必要であること、相応の難易度が課されることは覚悟して然るべきでしょう。
次回以降も、皆さんの相談、プレイングに期待しております。
本シナリオのご参加、本当に有難う御座いました。