● それは、非常に簡単な任務のはずであった。 新人リベリスタ達とその教諭役を連れて、訓練させながら、洞窟内に巣食っているE・ビースト達を撃破する。ただ、それだけ。 敵は弱く、ジャミング能力を持った個体がいる事しか懸念事項は無く、実際に滞りなく討伐は進んでいた。 「えっと、敵が多いときは回復とブロックはきちんと、ですね。山下さん、ブロックをしてください」 新人リベリスタの集まりである『学舎』の一人、フライエンジェの女、川合は声を出す。 既に戦いは大詰め。洞窟の最奥にいた獣達へ向けてリベリスタは武器を構えていた。 それに応えるのは、まだ幼い悪戯っぽさの残る少年とおどおどとした雰囲気の中年男性だ。 「だとさ、頼むぜ実のおっちゃん!」 「そ、そんな事言われても……ヒッ、犬、犬ゥっ!?」 噛みつかれて逃げ惑う実戦経験のない男の様子に、まだ精神も技術も未熟な男の子はゲラゲラと笑う。 「本当に危険な依頼では守ってもらえないんだぞ。真面目にやれ」 かつて『楽団』との戦いで死線を経験した格闘家、ミハイルが怒った声を出すその横で、山下に襲い掛かってきた犬を、リベリスタの一人が切り伏せる。 それこそが、貴方達の役目。 「最近のアークは力を付けているとは聞いていたが……」 新人達の前でその実力を発揮していた貴方達の姿を見て、ほぅ、と感嘆を漏らすのは兎の耳をはやした老婆。 「二十年前を見てるみたいでいいな。悪くない」 顔に刻まれた皺や傷、義足に置き換わっているその足。歴戦の風格を感じさせる新たなる『学舎』の教諭役たるフォーチュナ、柳坂はそういって唇を曲げる。 「さぁ、大詰めだ。気を抜かずに……ん?」 先ほど倒した一匹こそが『ジャミング』使いのEビーストだったのだろうか。 唐突に通信を告げる柳坂のアクセスファンタズム。 「ま、戦いの中じゃ私の仕事は無いしね……もしもし。おや、イヴちゃんかい」 戦場の後方で躊躇なく通信を繋げる柳坂。その表情は、一瞬にして強張る。 「皆、Eビーストを急いで倒しな! もうすぐここに『バロックナイツ』の私兵が襲撃に来る!」 「えっ!?」 E・ビースト達は弱く、本気を出したリベリスタ達によって、戦い自体は一瞬で片が付く。 だが、既にリベリスタ達へと向けて足音は迫っていた。 恐怖のあまり、身を固まらせる『学舎』のリベリスタ達。 彼らを落ち着かせるために、そして敵の情報を伝える為にフォーチュナたる女は口を開き。 「数分耐えきれば、アークから救援が来る。そこまでなんとかして耐えるんだ。今から私の『視た』敵の情報を伝えるよ、奴らはGetyas 危 念 β̈ωi ……!?」 敵の情報を伝えようとしたフォーチュナの口からは……まるで暗号のような言葉が飛び出す。 「weiθ dt!?」 否、フォーチュナだけではない、誰もがその口からまともな言葉を発することが出来ない。 生まれた混乱、それが静まるよりも前に……地獄が幕を開ける。 ● 「諸君、これより戦いをはじめる」 戦いのあとがわずかに残る洞窟内。その中で歩を進めるのはたった六人の人影。 軍服に身を包んだ男女達は凸凹としたその道でも、車椅子に乗った老人も含めて一切隊列を崩すことなく整然とした動きで歩み続ける。 その先頭を行くのは、熊を連想させる大柄な男。その手に握られているのは、巨大な戦車から砲塔だけをもぎ持ってきたかのような巨大な鉄筒。 ディーター・ルーゲ。 その体つきも、見かけも、そして胸に輝く数々の勲章も決して見かけ倒しではない。 鉄十字猟犬の誇る、『少尉』……それが、彼。 「此度の戦いは闘争ではなく強襲。気高きアーリア人として、成すべき事は一つだ。何かね」 「ヤー! 総統閣下の事を忘れつつある劣等民族の削減にあります」 拳銃を手にした老人が答える。その背筋は僅かすら曲がっていない。 「その通り。戦術は普段通り。フェルディナントとエマは敵の動きをまとめて止め、後は軍曹の指揮に従う事」 「「ヤー」」 老人と共に車椅子の老婆が笑む。ボタンを一つ押せば、その車椅子から無数の火器がポップアップして前方へと狙いを定める。 その横で、少尉は僅かに遠くを見るかのように眉根を寄せる。 「ふむ……だが、高貴なるアーリア人の血を無駄に流すのは忍びない。5分後にアークの増援が到着するようだが、猶予はどの程度かね軍曹? ……ふむ、二分か」 軍曹と呼ばれた女は無言のまま歩み続ける。が、まるで返事を受け取ったかのように頷く少尉。 「かの棒を振って芸術家を気取っていた愚者も、力を持っていようとも過信ゆえに身を滅ぼした。ゆえに我々は鉄橋をハンマーでたたきながら前進せねばならない。挟撃を避ける為、時間に制限を設ける」 「逆に言えば、その時間内なら我らの愛する総統様の為に全力を出し切っていい、と」 「ヤー、さすがだヨアヒム。それでは、行くぞ」 手甲を構えた男の答えに満足げに笑む少尉。 無言のまま歩んでいた軍曹の手首にはめられた腕輪が回転を始める。それは、周囲の言葉を全て暗号化する特殊な結界を生むアーティファクト。 人の言葉を誰もが発せなくなる世界の中で、少尉は笑い、宣言した。 『アーリア人の力を、見せつけよ』 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月10日(水)23:00 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●世襲制モールス 挟撃。背撃。奇襲。誤導。間者。エトセトラ。戦場において自己を有利にする手段は数知れないが、その全てはつまるところ相手を陥れることである。それもそのはずだ。正面から激突するだけの、所謂正々堂々などと呼ばれる行為においては、それを実現する手段などふたつしかない。 数と質。だが、作戦とは。策略とは。それを逆転させるための方法であるのだから。そこに卑怯という言葉は当てはまらないのである。それを矮小と、呼ぶならば呼べばいい。それを、弱者は死ねと言い換えても同じ事だと気づきやしないのならば。 故に、これが戦争屋である。思い出すことだ。思い出すことだ。これが戦争屋なのである。 まあ、無論。やられたほうはたまったものではないのだが。 「軍靴が騒がしいッスね」 『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)が眉を潜めた。疲弊した相手。格下を引き連れた相手。最前線を戦うリベリスタでも、それらを共した状態であればとのことなのだろう。足手まといを抱えているとでも、思っているのだろう。万が一でも、幼い芽程度は詰めると、思っているのだろう。嗚呼、気に食わない。気に食わない。気に食わない。その思考が、その発想が、その魂胆が、その性根が。気に食わなかった。ならば我を通してやろう。絶体絶命だろうが百死零生だろうが知ったことか。その優良思想ごと掻き消して、生き残ってやる。守り抜いてやる。 「死線を踏み抜いて押し戻すッスよ!」 奇襲を受けた、から。披露している、から。元来戦力として期待できない人員を抱えている、から。それらは言い訳にできない。言い訳にならない。それは革醒者としてアークに身を置いた時から理解していることだ。覚悟しているべきことだ。任務とは常に命がけであり、自分達はこの生命の左右に何も不服を申し立てられないのだと。戦いは理不尽だ。運命は無慈悲だ。現在は最高速だ。そんなもの、とっくのとうにわかりきっていたことだ。だから、『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)は慌てない。この絶的状況において混乱することはない。 「可愛い後輩達が居るのに格好悪い所は見せられませんね。なんとしても全員で帰還しましょう!」 「田山教諭を喪って間も無いと言うのに、学舎の面々にまた過酷を強いる事になるか……」 『生還者』酒呑 "L" 雷慈慟(BNE002371)は物思う。誰かの死というのは、何度体験しても慣れぬものだ。確かに、強くなることを待ってから戦場に赴くものなど存在しない。戦場はそんな悠長さを持ちあわせてはいないのだ。何時だって事態は危急で、それ故に生存と成長を同時に行うしか未来を踏みしめる術はない。しかし。だからこそ。その苦難を味わい、されど乗り越え尚戦おうとする勇者たちもまた存在する。それも、自分達のわずか後方にだ。自分達の次を、未来を先を担う勇者達。それを果たせてなるものか。この手で守れるというのなら。 「楽団との戦いが終わったと思ったら」 次はこいつらだ、と『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)。戦いの日々は終わらない。手を取り平和に願う平常を離れた時から。争いになど関わらぬ日常に背を向けた時から。自己信念を武力と言葉で押し貫くと決定した時から。戦いは終わらない。ここにそこにあれにどれにみんなみんな。敵がいる。自分達からして彼らがそうであるように。彼らにして自分達がそうであるように。 「最も、もう少し空気を読んで欲しかったがね。ンな事言っても、奴らにゃ伝わらねえか」 否、だからこそ。なのだろうが。慈悲を持たぬ行為こそ駆逐という言葉に相応しいのだから。機会を得て、踏み入れた。それだけのことなのだろう。 「言葉ばかりに頼っていると確かにパニックにゃなぁなるがね」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)の呟いたそれも、口から外界に出れば意味不明な某かに切り替わっている。言語不通。それは、文字と音により大半の意思疎通を行う人間にとっては大きな痛手である。だが、烏はそれを寧ろ前向きに捉えていた。即ち、それ以外の手段にして指示、コミュニケーションを取る手段を画策する場ともなりうるだろうと。 「そう言う戦いを学舎の面々が学べる良い機会でも有るわな」 確かに危機的状況でがあるのだ。しかし、そこに慌てるのではなく、糧とできる貪欲さが身につけば。これを生き残った際に得られる成長を、さらに大きなものとできるだろう。 「……彼の伍長殿も厄介な思想を残したものです」 『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)は、教科書に載っていた写真を思い出していた。印象的な顔だった。それはつまるところ、数十年経った後に残された画像ですらも彼のカリスマ性を現しているとも言えるかもしれないが。 「まあ……亡霊は闇に蠢いていればこそ厄介なのです」 隠れ潜み、闇中にて大口を開ける。それ故に奇怪とは恐ろしい。わからないから、不安を掻き立てるから、恐ろしいのだ。白日のもとにシーツ染みた姿を晒したなら、いくら大仰ぶったって滑稽でしかない。見える化物は、駆逐されるのが昨今の主流である。 「出てきたとあらば、その悪、全て滅しましょう」 各人配置に。疲弊を計算し、されどメンタルへのそれをシャットアウト。できなくてもやれ。やらなければ死ぬ。 敵は欠伸もしやしないのだから。 ●国産製シグナル 男が、手を振る。 それに合わせて他の犬共が動いたのだから、あれがディーター・ルーゲで間違いはないだろう。 言葉は短かった。 「優良種たる様を見せつけよ」 それだけで、地獄のような120秒が始まる。 ●弱酸性セクレト 大規模戦闘では当然のこと、複数人が入り乱れる戦場で真っ先に思考すべきは何か。 意見は様々あるだろう、それも状況によりけりとは言えようが。その内に強大なひとつが、後方支援の殲滅である、 烏の銃口が、敵後方に控えるシェルビウスを狙う。吸血鬼の陰陽師。そんな能力者であるのだと推察できるが、軍人然とした背格好から読み取ることはできそうにない。だが、間違いなく戦場に身を置くものの風貌をしていた。 ダム。ダム。ダム。銃声。銃弾。当然ながら敵もそれを呑気に見ているわけではない。射線は生命性の高い敵前衛に遮られる。しかし、その頭上を放り投げた閃光弾が跨いでいた。 炸裂。発光。轟音。 流石は戦争屋。それで恐慌に陥るような真似は見せない。生き死にに不慣れな新兵如きであれば、この程度で戦意を失ってくれることもあるのだが。だがそれも、自分達に回ってくるような仕事では、お目にかかれるものではないか。 ひとところに中止しない。視界は常に広く。可視領域をぼかすように全体を俯瞰する。敵を侮ったりはしない。疲弊者を襲撃するような相手だ。真っ当に戦ってくれるだなんて期待はできない。 またひとつ、閃光。口は閉じず、着弾の瞬間のみ目を閉じた。 それが痛みであるのだと、きなこが理解するまでに数秒を要した。 胸部のやや下方に熱。続いて痛みと、口から出る赤いものが続いた。自身に起きた異変から、内臓まで何かが届いたのだと知る。流れ弾、自分を狙ったもの、折れて待った刃、魔法式神拳極糸鎌鼬。何が原因かなどどうでもいいことであるはずなのに、混乱した頭は刹那、益体もないことでぐるぐるまわる。ぐるぐる、まわる。 足が自分を支えきれなくなって、膝を地についた感触が自分の頭を冷やした。嗚呼、そうだ。検証などあとでどうとでもすればいい。回復。回復。回復だ。自分はそれを行う役割を担っているのだろう。その為にここにいるのだろう。それを放棄し、他を危険にさらしてどうするのだと。 血泡をこぼしながら、なんとか詠唱を終える。塞がっていく傷。安堵の溜息。そして、目前に敵の刃。 先程よりも大きな穴が空いた。今度は痛みも、より強く実感できる。悲鳴に時間を消費せず、ノータイムで自己未来を現在に消費できたのは経験則のなせるものだろう。或いは、覚悟の違いと言うべきか。 だが、嗚呼、職業軍人。情け容赦無い鉄の兵団よ。それは再度刃を振り上げて。 その瞳に侮蔑しか写っていなかったことが、妙に印象的だった。 今回、作戦の主体は彼、リルである。 奇跡の域にまで踏み込んだ対人コミュニケーション技能と、高々レベルで所持している精神伝達スキル。このふたつが、敵アーティファクトによって引き起こされる言語伝達障害を相殺する形となっていた。 意思疎通の中継役。マルチリンガルの翻訳家のようなものだ。当然、それが発覚すれば集中的に狙われるのだろうが。身振り手振りや特徴的な詠唱を必要としない技能であることが幸いである。戦闘という劇的状況下、まして2分間という極めて短い時間の中だ。彼が中心的人物であるのだと、少なくともこの戦いにおいて見破られることはないだろう。 リルが飛ぶ。歳相応の少年らしいそれが宙を舞い、敵兵を強襲した。人工爪による斬撃。ヒトは頭上からの攻撃に慣れてはいない。革醒者同士の戦闘ともなれば無経験ではなかろうが。それでも、生物は本能レベルで上方への意識を向けにくいものだ。 再び跳躍する。眼前で殴り合いをしたいわけではない。刀剣も届かぬほどの距離を自由に飛び交うヒットアンドアウェイ。超的なアウトファイト。 踊れ。舞え。洗練された武術は何より美しい。いつだって、そのスタイルを貫き通し、磨き続けている。 全ての意思疎通においてテレパシストを介した場合、たった一手で最悪の状況も考えられる。それ故に、雷慈慟は仲介した自分からの指示を一度だけに留めた。つまりは、ジェスチャーサインの取り決めである。スポーツのサインによくある光景である。 だが、戦闘経験の浅い味方もいるのだ。この短時間に複雑な仕草は覚えきれまい。例え可能だとして、自分も戦火に身を置くのだ。いちいち大仰な動作などしていられない。 故に、シンプル。単純明快。攻撃と、防御と、そしてたった一度のみの動作反転。見破るだろう。見破られるだろう。だから一度のみだ。無意味な動作を作ることで、そこに混乱を孕めば良いと。 頭の中の時計が正しければ、そろそろ1分が経過する。短時間。それ故に密集し放出される大火力。回復手が少なく、消耗が激しい。一旦下がりたいが、戦況がそうさせてくれない。 骨が嫌な音をたてた。折れた音。その程度ならば良い。嗚呼、嗚呼、これは刺さった音だ。喉からせり上がるものを感じながら、雷慈慟は即座にその不運をなかったことにする。 すり減ったついでだ。運命ごと螺子曲がれと魂に吼える。嗚呼しかし、自分は絶命の側にはいないらしい。戦場は戦場のまま、残った半分を消化する。 「よぉ、高貴なるアーリア人とやらがこんな洞窟の中にお出ましかよ。劣等民族如きに策を巡らせねぇといけねえ気分はどうだ、あぁ? 豚野郎」 アーティファクトは今尚健在だ。自分の言葉が猛の唇から向こうへと放たれた瞬間には理解できない何かに変わっていった。それでもいい。聞こえているんだろう。ついでに後生大事に掲げた旗へと唾でも吐きかけてやりたかったが、如何せん距離の問題だ。 狙うは覇界闘士。この1分何秒か、味方の火力を集中させている。そろそろ落とし時だろうとは感じていた。 威力。回転。震脚。気勢。体捌き。流れ。その全てが合致し、触れることすらせず敵を崩し、揺らし、叩きつけた。頭部、背骨、腰椎、神経チャンネル、尾骶。如何に効率よく人体を壊すのか。故に、突き詰められた技術。 最早立ち上がることはあるまい。倒れ、白目を向いた敵の衣服を探りそれを取り出した。見たこともない機械。だからこそこれがそうなのだろう。 後方にいる柳坂に向けて投げ寄越した。つけろ、とジェスチャーで示すが。上手く伝わらない。簡素化が過ぎたかと悟るも、繰り返す余裕はない。戦闘は続いているのだ。察してくれることを祈ろう。 前を向く。身体が自然、慣れた構えを取っていた。 ノエルの視界が隅。動く人影が見えた。 戦車の砲塔なんぞを抱えた異形の出で立ち。ディーター・ルーゲ少尉。 不味いと、本能で思う。この短くも密度の濃い戦闘時間。既に皆が疲弊に疲弊を重ねた中で、大技を受ければ戦況がどうなるか。 ひとり、ふたりと仲間は倒れている。最前線で戦っていた自分だが、気を抜けば膝が笑いそうだ。これ以上の余力はない。 だから、走れと己に命令する。それを止めろと。一撃のもとにインターセプトし、脅威へとカウンターのカードを切れと。 だが、悲しいかな。敵隊長の攻撃行動を止めるには、彼女の脚力はあまりに遅い。遅いのだ。かくて眼前にて砲身は光り、振り回される。嵐圧を、嵐牙を、嵐意を、ノエルは直近で身に受けた。 痛み。無重力感。痛み、痛み。視界が変わる。痛み。それでも敵を視線が追っている。痛み。痛み。頭がくらくらする。感触のないまま槍を突き出せたのは何故か。激痛。穂先が相手に刺さる。痛感。振り回された砲身。頭部に衝撃。視界が揺れる。すぐさま復活する。自分のこの先がひとつ代償になったのだと理解している。実感している暇はない。痛みは引いている。穂先を抉り込んだ。手応え。また痛撃。視界が瞬いている。 ●純死生チッパー 横で倒れる味方の身体を、思わず受け止めた。 呼吸の乱れ方、肌ツヤ、傷具合。長い経験による勘が、そんな味方の状態を端的に察している。 大丈夫、まだ死にはしない。 それでも、これ以上の戦闘行動は不可能だった。傷つき、倒れた仲間。否、戦えないということはないだろう。庇えないだけだ。これ以上は、目の前で刃が振り上げられようがそれを止められるだけの戦力が保持できないだけだ。 これ以上戦えば、誰かが死ぬ。誰かが、死ぬのだ。 だが、戦意を失う理由にはならなかった。続けなくても死ぬのだ。ならばひとつでも戦果をあげろ。失った手足はこちらだけではない。損得勘定で戦場を数えろ。自分の道徳観念に苦しむのは後でいい。だが。 「…………時間だな。軍曹」 「ヤー。各員撤退行動に移れ。繰り返す、各員撤退行動に移れ。倒れた仲間も見捨てるな」 「ヤー!!」 二分間。 極極に引き伸ばされまるで千年にも思えたごくごく短い120秒。 それが経過したのだ。過ぎ去ったのだ。地獄はとうに過去のものとなったのだ。それに対する安堵と、あの苦しみがたったこれだけの出来事であったことに空恐ろしさを覚えながら。 敵は目前から消える。追いはしない。追うことなんてできやしない。いつからだ、肩で息をしているのは。いつからだ、呼吸にすぼまった音が混じっているのは。 入れ替わりに差し込むハイライト。 こちらの援軍が到着したのだ。声をかけてきた仲間には見知った顔もいる。それに安堵して、緊張の糸が切れた。 嗚呼、遅い。 そんな悪態をつきながら、抱きかかえられた腕の中で静かに意識を落としていた。 敗北の苦味が、口の中を満たす前に。 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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