● 長い髪を揺らして中華服に身を纏った男は中性的なかんばせを歪めて「詰まらない」と口にした。 「解らないけどサ、ミンナも邪魔されたんだっけ? そうそう、あれ、箱舟」 ワザとらしく紡ぐ言葉に彼の傍に居る男たちが肩を竦める。頭の上で結われたシニヨン。女物に思える鮮やかな中華服の長い裾を指先で摘み、年頃の少女の様にけたたましく笑い始める。 右耳で揺れる華美な装飾具には文様が描かれている。愛おしげに其れを触る男は此れから『事件』を起こそうとする風には全く見えなかった。 手にした首飾りは彼が今から行う儀式に必要不可欠である。やや呆れを灯しながら異世界の『オモシロイモノ』を呼び出す事が出来ればさらに楽しくなるのではないか、とくつくつと咽喉を鳴らして嗤った。 甲高く、響くおんなの様な声が一層低くなる。人が変わった様、その表情に浮かんで居た笑みは消え失せ、今はただ、意地の悪いおとこが其処には居た。 「穴を開けて、それで『オモシロイモノ』を呼び出せば、ボクだってもっと楽しくなるでショ?」 揺れる星が、彼がその名を冠したものである事を示していた。その『星』の下、戦闘には知略を凝らすが良い。己が何を行うか。物を盗むだけでは未だ足りぬ。その盗んだものを如何に使うかがキーとなる。 男は、廉貞は整った顔に笑みを浮かべて、ネックレスの代償を選びゆく。 その代償は己では無く、誰かの生命。場をこじ開けて異界の物を呼び出せば、其れこそ、彼が願う『オモシロイモノ』を呼び起こせる可能性があるのだから。 「さァ、遊戯を始めようか?」 ● 「御機嫌よう。お願いしたい事があるわ。至急向かって頂きたいの」 資料を捲くる『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)の表情に浮かんだ微妙な感情にリベリスタは座を正す。「ディナーのお誘いとしては食中り覚悟ね」と意味の解らない表現を常の通りに表す世恋に小さく頷いてはリベリスタは先を促した。 「最近、調子に乗ってる輩がいるんだけど――まあ、最近力を得てきたフィクサードの集団が有るの。 そのうちの一人、通称『廉貞』と名乗る男、というか何というかがアザーバイドを呼び出そうとしているわ。 その儀式には代償が必要となる。何もない場所に小規模の穴をあけてアザーバイドをこんにちはさせるのですからね」 資料を捲くる世恋の表情が微妙そうなのは『男と言うか何というか』という発言に向けられたものであろうか。男と言いきれない部分に何処か嫌な空気を感じながら、世恋は小さく咳払い一つ。 「依頼の内容はその儀式を阻止して欲しい。贄として選ばれた一般人の保護と、アーティファクトの破壊。 アーティファクトは蒼い石のネックレス。身につけて居る訳ではなく、其れを儀式陣の中央に置いて儀式を行う事になるの。……出来る限りを尽くして頂きたいの。アザーバイドを呼び出す事を楽しいと思っている猟奇的な部位もみられるわ」 「それは、裏野部や六道と違う?」 「ええ、そうね。探究心や殺戮本能では無い、興味本位とソレと共にアザーバイドを使役することで市街地を混乱させる事を目的としてる。猟奇殺人犯ってよりも計画殺人犯的な感じかしらね」 頭を使ってくる敵であることには違いないわ、と一言添える。 世恋にとって『廉貞』がどの様な人物であるかを全て把握はできて居ないのだ。ただ、そのように呼ばれ、その名を以って悪事を働いている。フィクサードとしてはまだまだ新興組織の一員である彼は手始めに『遊び』を始めたと言っても過言ではないのだろう。 儀式陣の上に配置された20人の一般人。その過半数を贄とする事でその『遊び』の舞台は整えられるのだそうだ。 「彼と数人の部下と、贄となる一般人20人が公園の一角で儀式を行おうとしているわ。ああ、一応だけれども周辺の避難は済ませて在る。 正直言えば、お姉さん気取った男の遊びに付き合ってやる義理は無いけれど、救えるものがあるなら救う。それがリベリスタでしょう? さあ、一つ『正義』をしにいきましょう」 どうぞ、よろしくね、と誰かを救う事を祈る様に指を組み合わせたままフォーチュナはリベリスタを見送った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月21日(火)22:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ちらほらと存在し朧げに周囲を照らすライトが夜の自然公園の様子を薄らと浮かび上がらせる。 腰で揺れるカンテラは全てを見通す為に、という彼女なりの配慮だ。唇をきゅ、と引き結んだ『◆』×『★』ヘーベル・バックハウス(BNE004424)は緊張した面立ちで公園を進んだ。難しい事件だ、と彼女を悩ますのは、敵の詳細が未だ見えぬからであろうか。その中でも、敵陣へと一直線に飛び込んだ『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)の目的はただ一つ、アーティファクトの確保である。 この場所で儀式を行うと言う『廉貞』と名乗るフィクサード率いる集団。その儀式を止める事こそがリベリスタの役目なのだ。 「やれやれ、仕事をサボってる心算はないが減る所か増える一方だな……。フィクサードってやつは面倒だ」 「えー。そんな事無いよっ? キミが面倒でもボクは面倒じゃない、楽しいじゃない」 その言葉に、とん、と地面を蹴った『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)は敵陣正面に陣取り、唇に薄らと笑みを浮かべる。長い黒髪を揺らし、廉貞の前へと降り立った。 「七業、か。これで三人……残りは四人」 「『ボクら』を知ってるの? 面白い子」 くす、と笑う男――雰囲気は何処となく女のものだ――に君の悪さを感じずには居られなかった『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)が箱庭を騙る檻を広げる。恒久を約束した星が彩る永久の帳。偽りの天蓋を広げ、薄氷の瞳に浮かべる蔑みは魔女の心証を示して居たのだろう。 「一般人を生贄に捧げてアザーバイドを召喚、ね。北斗七星を描く星の名を騙る輩が何者であろうと」 日傘が揺れる。星々を飾る其れが運命を映し出す。蒼銀の氷が如き美貌。手にしていたカードに小さく口付けた。嗚呼、約束は何時だったか。その約束の時の前にこの世界が崩れさる事は許さない。 「世界に仇為すと云うなら遊んであげましょう。さぁ、覚悟は宜しくて?」 にい、と笑ったフィクサードを筆頭に、前線に立っている天乃、鉅へと襲い来る攻撃。その中で、大きな尻尾を揺らし、色違いの瞳を輝かせた『ましゅまろぽっぷこーん』殖 ぐるぐ(BNE004311)は儀式陣の中心部へと飛び込んだ。一度の攻撃で壊れるような代物では無いアーティファクトエフェクトニカへと狙いを定めたぐるぐへと廉貞が接近した。近付くチャイナ男。鮮やかな瞳が緩く見開かれ、ぐるぐの目前で笑う。 「えへへーっ! ばぁん!」 魂を砕く虚無の手がぐるぐへと襲い掛かる。支援する様に、『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)が放った白鷺結界。瞬く様な白に覆われる視界ににい、と笑った廉貞が手を叩く。 「面白い! とっても楽しいパーティじゃないかっ」 「わんわんお! 意味ありげに離れてるけど何してるんらー? これ、そんなに危ないのか?」 ぐるぐの無垢な笑みに少したじろいだのは廉貞の配下であったフィクサードだ。不味い、と表情を歪めるその背後、弾丸を撃ち出す『ヤクザの用心棒』藤倉 隆明(BNE003933)が楽しげに遊ぶ廉貞を見詰め「武曲の同類か……」と呟いた。 北斗七星。其々の名を冠すフィクサードが徒党を組んで暗躍しているという事件は過去にも観測されていた。そのうちの星を天乃と隆明は知っていたのだ。配下を従えている以上、廉貞が実力者であることには違いないとその存在を目にしてから再度認識している。 「――遣る事は変わらねぇ、一つ『正義』をしに往こうじゃねぇか。愉快犯サンよぉ!」 GANGSTERが唸る。真っ直ぐにフィクサードの懐へと飛び込んだ。暴れる蛇が、彼の性質を示す様に大口を開けて全てを飲み干そうとする。暴れ回る蛇の姿や遊び回る小さな子犬を見つめながらじっと周辺を観察していた『境界のイミテーション』コーディ・N・アンドヴァラモフ(BNE004107)は魔力杖でとん、と地面を叩いた。 「ふむ……興味本位での召喚、な……。探究心に拠るものならばまだ理解もできる、が」 何れにせよ、其れを是とする事はできないのだと儀式陣から離れた位置に居たフィクサードへと四色の光を放つ。コーディの内面に秘められた四つの心象。喜怒哀楽を表す様な四色がフィクサードへと纏わりついた。 ● 真っ直ぐにエフェクトニカを手に入れようと走ったリベリスタ達により、儀式陣上では一般人が倒れてるその間近での応戦が必須となっていた。 周囲を囲むフィクサード達は一般人を巻き込む事を厭わない。だが、それを防ぐ事が叶ったのは、悠月やコーディ、氷璃といった後衛陣の術がフィクサードの進行を阻害していたからであろう。 エフェクトニカを手にしている小さな子犬が存在するのは無論、儀式陣上だ。未だその効果を発揮するアーティファクトにより一般人は気を失っているが廉貞はその一般人には構いもせずぐるぐへと攻撃を浴びせようとその時を狙っている。 「これ、ほしーの? やーらよー? あっげなーい!」 「マイヒーロー! そのままやっちゃってー!」 けらけらと笑うぐるぐへと浴びせされる攻撃をヘーベルが回復を施し続ける。ぐるぐが握りしめたアーティファクトを庇う様に布陣した鉅が廉貞の繰り出すソウルクラッシュを受け止める。だが、その威力に眉を顰めずに居られなかった鉅の無明が小さく軋んだ。 「厄介な連中である事はよくわかる。……今は必要な事を遣るだけさ」 「で、其れがボクの足止めなワケ?」 ぷう、と頬を膨らませる男に悠月は観察する様に見据えるのみ。ブリーフィングで聞いた通り名。外見特徴も正しく彼が『彼』であるとは口にしていないのだ。その身に宿る水龍。彼は、悠月と同じ型の魔術師であると彼女は一発で見抜く。けれど、情報収集は戦闘における第一の『戦術』だ。 「失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」 「杓の廉貞。コレで如何かなぁ、素敵なお嬢さん」 くすくすと笑うその声に、星の名を想い浮かべる。 ――紫微斗数は北斗七星。甲級主星の廉貞。 魔術について卓越した知識を持っている悠月は唇に指を当て考えるような仕草を作る。しかし、悩むだけでは終わらないのが魔王と巷で噂される彼女であろう。回復手の存在に気付いた彼女の四重奏が魔力を乗せ、ホーリーメイガスへと襲い掛かる。 「変わった仮名――あなたの宿星、業と言う所ですか?」 「さぁ、ボクについてはまだ秘密なんだ。ヒミツが多い方がオトメって素敵でしょ?」 「男とは言い切れない男――身体は男でも心は女とでもいう心算かしら? 其れともその水龍の所為?」 じ、と見据える氷璃は浮かびあがり、手首から溢れる血で縛り付けていく。その鎖がフィクサードの体を苛むと共に一般人を救う手立てにつながると氷璃は知っていた。 儀式陣を見据える彼女ではあるが、エフェクトニカというアーティファクトには今、彼女が示唆する機能は存在して居なかった。無論、それは現状の彼等にその技術が無い事が問題点として挙げられるのであろうが、今後がそうとは限らない。依然として警戒を緩めない彼女の攻撃がフィクサードを捕え続けた。ソレにより回復手が血に伏せる。赤い血が草むらに広がるが、リベリスタも攻勢を緩めやしなかった。 後衛位置で歌うヘーベルがぎゅ、とハニワマロを握りしめる。不足の事態が起こりそうだと不安を浮かべた瞳は、自分自身が歌い続けることで『マイヒーロー』を救えるのだと、欠けさせないのだとその決意だけを確りと湛えて開かれる。 「マイヒーローならきっと大丈夫! ふぁいと!」 激励に笑った鉅が攻撃を受け続ける。前線での戦いは自身の体力を削りゆく。だが、己の使命に忠実であった男は後衛に下がる事を考えては居なかった。前線で、攻撃を受け続ける。ぐるぐが破壊を試し見て、壊れないエフェクトニカに少量の焦りを浮かべたのも一瞬であった。 「あっげないよー? ほほほほほーい!」 楽しげに笑ったぐるぐが握りしめたアーティファクトを後衛へと投げる。後衛位置、低空飛行をしていた氷璃の掌へと収まった。敵陣中央に飛び込む事になったリベリスタ達。中央部位である儀式陣――エフェクトニカの会った場所には鉅、ぐるぐ、隆明、天乃が存在しその周辺にフィクサード。そして、その背後に悠月、ヘーベル、コーディ、氷璃と布陣していた。 中央部位――儀式陣の内部に手地面をけり上げ常と変らぬ闘争の気配に眩む視界で楽しげに笑いながら踊り狂う天乃の周辺に広がる気糸。ソレは哀れなマリオネットを絞め上げる以上に更にきつく、絡みつく。 「……さあ、踊って、くれる? ふふ、もっと、もっと……私は、闘う事だけを目的に、してるから……」 とん、と一歩踏み込んだ。一つ、二つ。行くたびも踏むステップと共に、切り裂くその手は鮮やかだ。戦闘狂は何処までもその闘争に身を焦がす。応戦するフィクサードの中、アーティファクトの効果が解けた一般人達が慌てふためく様子に背後で闘っていたコーディが声を張る。 一般人は混乱して居る時、どの様な行動をとるのか分からない。杖を手に、指し示すのは敵も味方も存在しない所謂『外』だ。 「ここは危険だ! あちらへ走れ!」 「理解する必要はない。死にたくなければ逃げろ」 振り仰ぎ、離脱を促す鉅の声。真っ直ぐ逃げる先を示すコーディにより贄であった一般人達が走り出す。その背を傷つけるフィクサードのスキル。攻撃を喰いとめる様にその眼前へと滑りこんだのは天乃であった。 「踊る相手、はこっちで、闘うのは、こっちでしょ……?」 「余所見はいけませんでしょう?」 小さく微笑む悠月が繰り出す雷撃。一つ一つがフィクサードを穿ち続ける。半数以上が儀式陣の外へと逃げてくれれば良いのにと願うソレ。攻撃の行われる中で一人命を失った。幾度も、フィクサードが削り取ろうとする命。唇を噛むのも仕方がないであろう。 攻撃を繰り出す悠月。強力なその攻撃を受け流し、後退する廉貞へと天乃は問いかける。答えが来なくたっても良い。何でもいい、コミュニケーションをとることで何かのヒントを得れるなら――それこそ正解へと近道ではないか! 直球で投げ込まれる言葉というボールを受け止めても廉貞は唇を歪めて笑うのみ。答えなど期待はしてなかった。ただ、楽しむだけだ。 闘争本能に火が付いた。切り刻む様に前線へ繰り出す天乃に続き隆明が拳を振るう。前線へ繰り出す『ヒーロー』達を支援するヘーベルは癒し、そして、その術を繰り出す支援までもを行っていた。 曲げられない信念が、誰よりも大切な誰かが。ヘーベルの曲げられない信念は、ヒーローを失わないということだった。 己が挫けそうになった時、神や悪魔に願った人だって幾らだって居た。書物で読んだことがあるとヘーベルは告げて廉貞を見据える。 「あなたはどうしてアザーバイドに会いたいの?」 「楽しいから、じゃダメ? そう言う感じじゃいけないかなぁ?」 む、とヘーベルは唇を尖らした。本当に吐き出した言葉の通りなのか。愉快犯であるのか。 それ以上に何かあるのか。何かあったとしても――己のマイヒーローがその行く先を断つ。幾らだって立ち塞がる。今はその行い全てを挫く為に。 「ソレが理由だと言うのか! ただただ楽しみたいだけ、本当にそれだけだと言うのか!」 声を張るコーディに笑った廉貞は「どうだろね」と微笑んだ。何かの目的があれど、今の彼には語る口を持たないのだ。彼にとってのアークは自信達の邪魔をする『正義』であった。その正義がどれ程の実力であるかをこの場所で彼は痛いほどに分かったのだから。 赤い月が昇る。繰り出す鉅の位置は前線より後退はしていない。狙い澄ましたように彼の体を突き刺す痛み。その衝動に息を吐き、同時に赤がぽたぽたと草むらへと零れていく。 「全く面倒だな攻撃だなッ!」 身体を逸らし、鉅が振り被る無明が廉貞の腕を抉る。飛びの居たその場所に鉅が膝をついた。運命を支払う事無い鉅の意識が遠のいていく事実に真っ先に気付いたのは回復する事に一番に気を使っていたヘーベルであった。 不測の事態だ、とヘーベルが「マイヒーロー!」と呼ぶ。ぐらりと揺らぐ鉅の体を飛び越えて、ぐるぐが廉貞へと掴みかかる。ぽこぽこと分裂し、増えていく『ボク達』に廉貞が「ワァ」と楽しげな声を出したのはビックリ箱の様なぐるぐのトリッキーな性格も手伝っていたのだろう。 「蝶神天下ってちょうちょか? かっくいーのか? あっそぼーぜ! なあ、今日はイイコトありそーかい?」 もっと楽しく、もっと己を見れば良い。遊戯は混沌として、狂気を孕め! はっぱの先が鈍く光り、敵の懐へと飛び込んだぐるぐの体が『増えた』。――否、増えた様に見せたのはぐるぐの術だろう。鉅を庇う形となったぐるぐを支援する様に、飛びこんだ隆明の拳がフィクサードの腹へと喰い込む。嘔吐くそのタイミングに合わせて視線を揺らすコーディが放ち出す四色。 「男であろうに、何故其れを厭うか! 男に自信が無いのか……それとも本気で変わりたいと願っているのか!」 その言葉に廉貞が笑って両手を伸ばす。舞い踊る様に裾の広がるチャイナドレスの赤が色鮮やかに魅せる。蝶の名を冠す其れに氷璃は魔術知識を手に、見詰めながら「貴方って気持ち悪い男ね」と囁いた。 廉貞は死の使いと言われている。氷璃はそう告げる。蝶は死者の霊を運ぶ神の使い。氷璃は箱庭を騙る檻を閉じその先端を男へ向ける。扇を広げ、唇を歪めた『廉貞』と名乗る男は氷璃に素敵な喩えだ、と微笑んだ。 じっと見据える氷璃を巻き込んだ魔法陣。其処から繰り出される黒き閃光が周囲のフィクサードを石へと化した。彼女の掌の中で揺れ続けるエフェクトニカ。淡い光を放つソレに目を遣って、廉貞は素敵なお嬢さんと氷璃を見据える。 「気持ち悪いボクの物語、覚えてくれる? こんな男――かわいいボクの馬鹿な話、君は好きになるのかい?」 「ボク達はそんな男の技なら好きらよ? らいすきらよ?」 た行を上手く発音できない幼いぐるぐが瞳を輝かせ廉貞の目前へと迫りこむ。増え続ける小さな子犬は全員が揃って色違いの瞳を細めて、笑った。 ――ねえ、それ、ボク達が美味しく御馳走様してあげようか? ● 結果として、ぐるぐの望む『イイコト』は起きなかったと言えよう。無論、卓越した技能があれど、彼等が魅せる技は一筋縄では得れるものではないのであろう。 だが、エフェクトニカを手に入れたアーク側が儀式の阻止を完了している事は最早明確であった。残るフィクサードは廉貞を含め三人となる。だが、彼等も廉貞の盾として一度でも攻撃を喰らえば直ぐにその力を失ってしまうことだろう。 「……さて、貴女は東洋系の術者の様ですが、何者でしょうか」 もう一度、ゆっくりと問いかける悠月の声は柔らかくあり、そして、何処か厳しくも感じとれた。最早、その余力も無い男を庇うフィクサード達が、リベリスタ達の攻撃を受け続けるのみとなっているこの状況。 彼女が放つ白鷺結界がその行方を阻む。その間に繰り広げられる猛攻に、廉貞が武器を構え、笑いだす。一歩、踏み出した。宙を舞う様に現れた天乃の体を目掛けた武器に少女は背筋に感じた『闘争の気配』に幸せそうに微笑む。 「――もっと、踊って、よ。ねえ、たのしい?」 「たのしいよ! 君達ってとってもとってもバイオレンスで、楽しくって仕方ない!」 囁く天乃が、そう、と形の良い唇から漏らし、前線へと飛び込んだ。受け止めた廉貞の瞳が天乃と交わる。ついで話される其処へと繰り出されるソウルクラッシュ。宙を舞う様に天乃は後退する。 笑い、息を切らし、廉貞の足が後ろを向いた。闘争する意志を露わにするその背中へと天乃が繰り出す気糸が絡む前に彼の配下が飛びこんだ。周囲に散らばる一般人の死体の数は少ない。全てを護り切る事は出来ずとも、出来る限りを助けることができた事は幸いか。 「お決まりだけど、目的や、武曲達の、事、教えてくれる?」 「あはは! ソレもまたの機会にね――ciao!」 ウィンク一つ。傷を負った廉貞が華美であったとしても、その面影を亡くしたチャイナ服を揺らして逃げ去る。彼を庇うフィクサードが真っ直ぐに隆明へと飛び込んだ。進路を塞ぐ男の体を渾身の力を込めて薙ぎ倒す。 「ぶっ散れ三下がぁあああああ! 邪魔すんじゃねぇえええええ!!!!」 まっすぐに走って、真っ直ぐにぶん殴る。其れが彼の性だ。その拳がフィクサードの腹へ食い込むと同時、目を伏せて居た氷璃がため息交じりに繰り出す堕天落とし。フィクサードから模倣した技がフィクサードの体を貫いた。 とさり、と倒れていくその体の向こうに廉貞と名乗った男の姿は無い。謎を残す様に消えた彼は傷を負い、ボロボロになりながら――実力者であれど、過信しすぎた自己の実力に負けを悟り、暗闇を駆け逃れる。 残った儀式陣を記録しながらヘーベルが小さな溜め息をつく。何か情報を得られるかもしれないという小さな心遣い。ヒーロー達への献身は何時だって、自身の信念を曲げることなく真っ直ぐに貫き通された。 「……ねえ、マイヒーロー。彼はこの行動の先に、何を見て居たのかな?」 その言葉に応える声は無い。嗚呼、けれど―― 「……次は、逃がさない」 ぽつり、と零した天乃の声は何処かへ聞こえたのだろうか。可笑しそうに笑う少女の笑い声が周辺へと響き渡った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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