● 人の叫び声の中、『彼等』は笑っていた。 市街地の中、息を切らして武器を構えるのはアークのリベリスタだとイーゴルは知っていた。無論、其れは彼の隣に立っているナジェージダも知った話である。 「所で、曹長。『主流七派』でしたっけ?」 女は艶やかな唇に笑みを浮かべながら仲間達へと効率動作を与えていた。その言葉に小さく頷く男の使用する技にリベリスタは見覚えがある。彼等が使う術は己が親しんできたものであるというのに、その力量は圧倒的だ。任務後で疲弊したリベリスタ達には連携の取れた『亡霊』達の攻撃を耐え凌ぎ撤退させるのは不可能と言えよう。 「彼等、小さな島国で犇めき合ってる奴らでも役に立つ時は立つんですわね」 「ナジェージダ。口が過ぎるぞ」 アラ、失礼。おしゃべりな笑うナジェージダの視線が揺れ動く。フィクサード主流七派の力添えを経て、この場所に『任務後のアークのリベリスタが通りかかる事』を彼等は『知っていた』。 あまりにも出来過ぎたシチュエーション。リベリスタ達は疲弊しきった状況で『彼等』と交戦することとなる。 「さて、皆さま。missionは彼等を殺す事。張り切って参りましょう!」 明るい女の声に言葉少なに男が頷くと同時、『彼等』は一斉に動き出す。 纏った軍服。所持する銃器から繰り出される弾丸は何処か『亡国』を想わすものがある。 一人のリベリスタが震える指で『彼等』を指して、小さく、思い当たる言葉を口にした。 何時か、資料でみた事がある。バロックナイツには、かの亡国の残党が、『亡霊』が居たと。 その名を口にする前に、猟犬たちは口角を上げ、獲物を狙う様に嗤った。 ● 『――こんな連絡の仕方で御免なさい。至急向かって頂きたい所があるわ』 通信機器を通した『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)の声は何処か焦りが滲むものだ。 『少し前にフィクサード事件へ対応をお願いしていたリベリスタの皆が居るんだけれど、その事件後、アークへの帰還途中に別の対象との交戦が観測されたの』 一度、其処で黙り込む。告げられた現場の場所に足を向けながらリベリスタは続きを促すしかなかった。 『交戦対象は『親衛隊』――皆はリヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイターをご存じかしら? 厳かな歪夜十三使徒の一人として名を聞いた事は有るとは思うのだけど、彼が現在来日しているわ。その彼が率いるフィクサードこそが『親衛隊』。侮れない敵であることには違いないわ』 『鉄十字猟犬』リヒャルトは塔の魔女が書きだしたレポートにも情報が載っていたバロックナイツの第八位に当たる男だ。かの亡国の軍人で有る以上、彼と彼の率いる『親衛隊』達も戦いに慣れた者達ばかりである。 軍人は戦いを侮らない。今までアークと交戦したバロックナイツが己の能力を過信したものだと判断されたならば、彼等は必ずしもアークの戦力を減らしに来る事だろう。 『保護対象のリベリスタは任務後で疲弊してる。厳しい戦闘は長持ちしないわ。 彼等を救って欲しいの。救える命があるなら見棄てるわけにはいかないわ。 効率的に『その場』に現れた彼等の目的が、此方の戦力を減らす事だとするなら』 ここで好きにやらすわけにはいかない、と世恋は告げた。 どうぞ、ご武運を。其処まで言い切った時に通信が切れる。 指定ポイントに辿りつき、顔をあげたその場所には―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月23日(木)23:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 繁華街は色めく。常ならば人々のざわめきに支配されるその場所には似合わぬ戦闘音が響いている。 耳にした『ソレ』に唇を噛み締めた『先祖返り』纏向 瑞樹(BNE004308)は魔力のナイフを片手に戦場と化したその場所へと滑りこむ。 「好き勝手、命を持っていかせて堪るもんか……!」 一方的とも言えるほどの戦闘行為を受けて居たリベリスタとその行為を続けている男――『親衛隊』のフィクサードの間に割り込んだ瑞樹は敵前衛を背後に行かせぬ様にと青い瞳で睨みつける。 「アークの『増援』って奴でしょうか? あらあら、まあ!」 「そういうこったな。一難去ったらまた一難、音楽家の次は軍人かよ」 女指揮官に対して毒を吐いた『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)の前をすり抜けて、フィクサードの前へと飛びこむ『Spritzenpferd』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)は地面を蹴り上げ、一気に敵陣へと参上した。 ぎ、と睨みつける茶色の瞳。魔力鉄甲に包まれた拳には彼が抱き続けて居たフィクサードへの憎悪が湛えられていた。カルラ、瑞樹の動きに気を取られるフィクサードの中に飛び込んだ『ましゅまろぽっぷこーん』殖 ぐるぐ(BNE004311)では有るが、統制のとれた指揮官のいる陣形では『潜り込む』というのも至難の業だ。戦い疲れた保護対象たるリベリスタから標的を逸らすのには役に立ったのであろうが、それでもブロックを抜けきると言う案は上手く活かされていない。 「……舐められたもんだな」 「やあ。おにーさんたち軍人らよね? ボク達とあしょんでくれる?」 はっぱを手にへらりと笑ったぐるぐは強引に内部へと潜り込もうとするが、指揮系統が完璧である陣では子犬の往く手を阻むものは多い。じ、と背後で見据えて居た『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)がマウントしたライトで照らしだす。浮かび上がる『亡霊』の姿にエナーシアの鮮やかな紫の瞳が細められた。 「第三帝国の亡霊さんねぇ。冗談は鉤十字だけにして欲しいのだわ」 「冗談で済まないのが我々の存在とは思わないかね、お嬢さん」 全く、と小さく呟いたまま、PDWを手にした彼女は保護対象を守る様に前へと立ちはだかる。Gun Cleanerで磨き上げた愛用の銃がきらりと闇の中でも光った。 保護対象のやや前。それでも仲間達よりも背後に立っている『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)は興味深そうに『親衛隊』を見据えて居る。デア・ズィルバーン・モーントが指し示す時は彼女たちが現場へ到着する予定時刻ぴったりだ。 唇を使い外した白手袋を彼女は親衛隊へと投げて寄越す。強結界を広めた空間で女は圧倒的な美貌を歪めて緩やかに微笑んだ。 「Grüß Gott――勇猛果敢なる親衛隊の皆様方。私の名は、アーデルハイト・グラーフ・フォン・シュピーゲル。皆様と同じ国の産まれです」 「この手袋の意味は?」 投げ寄越された手袋をじ、と見詰めるイーゴルにアーデルハイトが緩やかに微笑む。靡く銀髪は今は己が誇り高き『かの国』の貴族である事を示す様に風に広がった。手袋の意は決意と闘志。ディー・ナハトを揺らした女の姿をナジェージタが猫の耳を揺らし面白いと笑って見せる。 「猫さん! むー、任務帰りで疲れてるリベリスタを狙うなんて卑怯な~!」 ぷう、と頬を膨らませた『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)がびしり、と指差したのは猫――ことナジェージタだ。サジタリアスブレードを手にした彼女が前衛に躍り出た事により、ナジェージタがふうんと小さく声を零す。 地面を蹴り上げ、それでもリベリスタの背後に居るフィクサードを狙おうとする親衛隊の攻撃をラージシールドで受け止めた『道化師』斎藤・和人(BNE004070)がやれやれと髪を掻き上げ、災いを打ち払う。 「弱ってる所を叩くってのは正しいやり方だわねぇ。準備も万端、憎らしいほどスマートだこと」 「劣等に褒められるというのも悪くはないな。敬いを忘れないその心、正しいぞ」 「そりゃぁ、結構。はてさて、飴玉の代わりに情報を売ったのは何処のどいつやら?」 冗談めかして発した言葉に、知っているでしょうと笑ったナジェージタが投げ込むフラッシュバンがリベリスタの動きを苛んだ。 癒しの手を伸ばすエルヴィンは残念なことだと小さく笑う。ぼんやりと、到着した増援の姿を見つめて居たリベリスタがふらり、と立ち上がった。 ● 激しい銃声が響き渡る。ワザとらしく周辺を警戒するエナーシアの銃声は親衛隊の物と混ざり合い、交戦を実情よりも激化させるように感じた。 「身形と妄想ばかり派手な禿鷹の御歴々には鉄と血を以ってお取引願おうかしら。勿論、鉄は喰らわして差し上げるのだわ!」 撃ちだされる弾丸が狙いつけるのは彼等の軍服を飾る鉤十字。避ける親衛隊の男の懐へと飛び込んだカルラが唇をにぃと歪めた。 「狩り気分でニヤついたそのツラ、吹っ飛ばしてやんぜ!」 素早く突撃するカルラにとっての最善策は狩りをする猟犬を逆に狩る事であった。保護対象の事は仲間達に任せた。それは一種の信頼か。攻勢に徹する彼は仲間達の声を聞き『潜り込める場所』を探しだす。己を庇った男の腕を切り裂き、地面をもう一度蹴り上げた。 「ねー、皆。グレムリン効果って知ってる? 整備はバッチリ?」 にたりと笑った子犬がカルラと同じく潜り込もうとする。フラッシュバンを放つレイザータクトはこの場の戦闘指揮を行うナジェージダだ。彼女の一寸した動作をも見逃さない様にと色違いの瞳を凝らしたぐるぐがにいと笑う。 「ふぁいとー、一発!」 「ッ――!」 その声と同時、ナジェージダがフラッシュバンを放ったのだ。ぐるぐの超直観がナジェージタが仲間へとフラッシュバンを放つという合図をした事を見抜いたのだ。意地悪く笑うぐるぐはその幼く愛らしい外見に似合わないほどに卑劣な笑みを浮かべて居る。 「ナジェージダ……『まぐれ』だと思え。大丈夫、相手は我々より下位に当たる人種だぞ」 「Ja、イゴール曹長。気持ちが逸れただけですわ。先ずは――そう、可愛いお嬢さんから始末をつけましょう?」 くす、と微笑むナジェージダの眼が陽菜を標的にした事にエナーシアは気付く。不可視の刃が襲い来るその前に銃弾が真っ直ぐに広範囲へと飛び交う。続いて、アーデルハイトの手首から伸びあがる鎖が親衛隊を巻き込んだ。回復を行う親衛隊の一員を狙った其れがまるで踊る様に伸びあがる。 「さあ、踊りましょう。となるまで、灰となるまで、塵となるまで。――我等が愛する祖国のために!」 銃弾と粛清のあらしが吹き荒れた祖国にあって、民を守るために戦い殉じた父と母の面影を追い求めるが如く、長きを生きてきたアーデルハイトは鎖を絡ませる。鉤十字の旗がたなびくあの風景を目に焼き付けた時、どれ程悔しく思ったのであろうか。 「私は、貴方方の戦争を是とは致しません。この血を以って貴方方を止めて見せましょう!」 「まあ、やって見て下さいませ!」 ダンスは常に激しく。そのステップは気まぐれでありながら『完成』されたものであった。ホコロビが有らば、その場所へと指示を繰り出すナジェージダという指揮官。彼女の言葉に従う様に、飛びこむ親衛隊の男へと黒き鎖が絡みつく。 「激しいダンスはお嫌いかしら? お貴族様?」 笑い、嘲る女はお喋りだ。ナジェージダと背後から掛けられる声に「失礼」と返す彼女の横っ面目掛けて陽菜の光柱が真っ直ぐに突き刺さる。超大な剣の如く、其れは会い手を薙ぎ払う。足を滑らす親衛隊の女の隙を付き、エルヴィンは自身の背後で漸く息を整えた保護対象の仲間達に「逃げてくれ」と声を掛けた。彼のマイナスイオンに癒され、頷いた保護対象。回復役として狙われる様にと『あからさま』に行動した彼に対してイーゴルが投げ入れる不吉のカード。笑うクラウンにエルヴィンはにい、と笑う。 「……狙いは悪くねぇ、相手が俺じゃなけりゃな!」 盾を手にした彼は『狙われる』事を見越し、その装備を固めている。より強靭な肉体を手に入れ、そして、誰よりも人を生かし、活かす為の盾となった男が拳を打ち、攻撃を受け流す。 迷いこみ驚き慌てふためく一般人を誘導しながら彼は犠牲が出ぬ様にと最善を尽くし続けた。無論、そんな彼を狙うと言うのは戦闘を行う上で『賢い』判断であろう。本人も自覚した状況である以上、その対応はしっかりと出来ていた。 「幾ら戦闘行動に長けてきた歴戦の強者ばかりでも俺達もここまで激戦を乗り越えてきたんだ。負ける訳にはいかねぇな!」 仲間達を回復しながら、最期の教えで受け止める。黒を握りしめた生かしたがりは己が標的になる事で、生かす事を選んだ。分断される攻撃は前線に立ち、一番にダメージを得やすい陽菜と回復手のエルヴィンの両方を狙っている。相手の複数狙いに怯むほど、リベリスタは軟では無い。 改造銃を手に前線へと飛び出した和人が、銃をくるりと掌の中で回転させ、銃口を握りしめたまま殴りつけた。 「無事に戻って報告するまでがお仕事って奴だ。月鍵ちゃんを泣かす訳にゃいかねーだろ?」 背後へと叫ばれる声に、頷くリベリスタ達。迷いこむ一般人が居れば、彼等が余力を振り絞り声をかける。何よりもこれは護るという行為だ。 「無駄死にを嫌うって美徳だよねぇ。けど、急いで踊るダンス程、無様なものはないけどね」 「ほう、ならば貴様の踊りはどの様な物だ? 劣等――いいや、リベリスタよ」 いけないねと笑った和人の渾身の一撃に親衛隊が傷つき背後に下がる。押し切ろうと走りくる男の刃を受け止めて、細腕で押し返す瑞樹が口角を上げた。前線から段々と後退する彼女はそれでも後ろへ通す事は無い。 「ここからは通行止め。押し通ろうってなら無傷でいれるなんて思わない事だよ?」 にい、と笑う少女の横顔は確かに戦士の物であった。チェーンで繋がれた恋の雫。どの様な状況にも怯まぬ様、瑞樹は息を吐き、背後へ飛び退き、親衛隊を拘束する。絡みつくソレで、連携のリズムを崩す事を目的とした彼女により、その陣形の一角が崩れる。 穴が空いた場所へとぐい、と潜り込んだぐるぐがけらけらと笑う。前線で穴を探す様に動きまわるぐるぐは運命を削っても楽しく遊んで居たい。思惑が上手くいかなくても遣る事は変わらない。真似っ子大好きな小さな子犬は「ギシシ」と笑い声を上げて、はっぱを手に一回転。 ふわり、と大きな尻尾が揺れると同時、ぐるぐの体がブレた。――否、増えたとでも言おうか。それがぐるぐの技だ。幻で増えたそのままに飛び込むぐるぐにより、敵陣に混乱が産まれる。 「ねえ? 前衛は後ろ振り返ってる余裕があるの? 後衛は敵陣見てる余裕あるの? 『ボク達』一人に構ってる余裕は? 『ボク達』を無視する余裕は? 無駄な手番は幾つ消費した?」 ――ねえ、今、どんな気持ち? そう笑うぐるぐへと「そうだなぁ」と返す小さな声。 腹へと突き刺さるglitter。知りたがりのトリックスターが目を見開き「あ」と声を漏らす。 引き抜かれるそのままに、倒れこむぐるぐの小さな体がとさり、と落ちた。 「一人で飛びこむ事は時に愚策だと知らんのか?」 「ああ、そうだな、一人が飛び込めば愚策。だが、此方は8人だ。――これは愚策か?」 間近で聞こえるカルラの声に一歩下がる。その拳が眼前をヒュと音を立てて通り過ぎた。 擬似的な赤い月を昇らせ、長い黒髪を揺らす瑞樹がその月とは対照的な青の瞳を細めて笑う。掌がナイフを握りしめ、細い腕が掲げられる。 「――戦い方なんて、誰かが教えてくれるもんでも無ければ、その身が知ってるもの、でしょ?」 統制をとれた動きでは確かに親衛隊が上だった。だが、彼等の知らぬ『増援』は『増援』なりに実力を発揮出来たならばそこに勝因を見出す事はできるだろう。短期決戦を狙い、それ故に、その力を最大限に出し切る事こそが彼等の作戦であった。 前線で『猫』ことナジェージダを持ち帰るんだ、と笑う陽菜は敵の数を数えて居た。イーゴルが逃げの姿勢に入った場合は直ぐ様にでもナジェージダを捕まえる。ビーストハーフであれど猫で有ることには変わりないと微笑む大の猫好きの彼女の腹を穿つ攻撃。陽菜が痛みを堪え「ナジェージダを手に居れるんだ!」と声を張った。 それは私情だけでは無い。未だ底知れぬ『鉄十字猟犬』らを知るチャンスだと見込んだ行動であった。だが、避ける事に特化しない彼女が運命を燃やし立ち上がる。背後で攻撃を受け流しながら、仲間達を守るエルヴィンにより陽菜へ癒しの術が掛けられた。 「……ほら、かかってきな! 俺は絶対に護り抜く!」 盾を握りしめ、癒し、他者を生かし、活かす事を本望とする回復役たる男が背後でやけに『余裕そう』に笑った。 ● ぐるぐの小さな身体が意識を失い宙を舞う。その下を掻い潜り真っ直ぐに拳を振るったカルラ。狩人を駆逐するが如くカルラの足は早く動く。 何処までもその体が暖まり今にも沸騰しそうに思われる思考回路は何故だか冷え切っていた。憎悪は炎の様であった。だが、其れが暖まり、温度を増すにつれて赤は青に変わる。冷めていくような感覚の中、一つでも『攻略』を見つけられるのであれば。 加速度を乗せ、真っ直ぐに蹴り上げる。アスファルトの感覚が足の裏に伝わった。 「俺はお前らを認めない。残さず潰してやる! 覚悟しやがれ!」 真っ直ぐに、ただの一度でいい。届けば、その一撃で有れば良い。その一瞬に全てを込めろ――!! 力を込めた其れがイーゴルへと飛び込んだ。頬を殴る其れに口の中に広がる鉄臭さに息をつく。振り仰ぐナジェージダがカルラへ対して放つ精密操作の真空刃。切り裂くソレに運命を燃やし上げても、憎悪を湛えた『攻撃性』が増し続ける。 「殺されようと砕かれようと、俺は止まらないぜ?」 「――イーゴル曹長!」 地面を踏みしめる彼はこの場で仲間達が倒れたとしたならば一人でも残って見せると決めている。隙をくぐり飛びこむ陽菜が「まだ、もふもふもスリスリもペロペロもしてないのに逃がすか~っ!!」と叫びナジェージダが振り仰ぎ、真空刃で陽菜の腹を切り裂いた。 「nein。お持ち帰りだなんて、大胆でございますこと! お断り申し上げますわ」 あ、と目を見開くと同時、意識を失った彼女を受け止め、カルラは届く範囲にいた親衛隊の男の横面を殴りつける。 退避姿勢を示した男の肩を撃ち抜き意地悪く笑うエナーシアが唇をゆっくりと動かす。鮮やかな紫が焦点を合わせる様に細められ、惑うことなく弾丸を打ち出していく。靡く髪を狙い、反撃するフィクサードの弾丸が彼女の頬を傷つけた。 「ほら、戦場では常套の手段でせう? 戦場帰りの御老体方!」 その言葉の通り、銃弾は乱れ撃たれる。銃を使える一般人が一歩、踏み込みその体を逸らした上を飛び越える様に黒き鎖が縛り付ける。前線で笑った和人は「やっぱり美徳だねえ」と意味ありげに笑って見せる。 飴玉の代わりに情報を売ったのが何処か等、その『飴』を渡した相手をも見下すナジェージダにとっては同じ劣等種であるのだから興味はない。 「スマートな戦い方をするお嬢さんだと思うがね? 世界を渡るにはキレーな『お化粧』も必要なんだぜ?」 にやりと笑う、彼が引いた場所へと伸びる鎖はアーデルハイトの意のままに踊っている。 己の理想が為、決意を以って戦うことを決めたその場所で彼女は倒れる事を是としない。ダメージを与える事に特化しつつも、攻撃を避けきる事に向かぬアーデルハイトとて痛手を負っていた。 「塵となろうと、この決意は変わりません。それが私、アーデルハイト・グラーフ・フォン・シュピーゲルです」 ディー・ナハトが揺れた。静かな繁華街に響き渡る戦闘音。アーデルハイトは頬から流れる血を拭い、形の良い唇を歪めて前線へと繰り出した。噛みついた其れからは遠い祖国の臭いがする様で、彼女は直ぐに飛び退いた。 牙が暗い付き、傷ついた親衛隊のフィクサードへと血を吐く勢いで拳を振り翳したカルラの足がふらつく。アスファルトがブレて見えるそれに血を拭い、声を張り上げた。 「ほら、お帰りの時間だぜ!」 踏みしめる。憎悪を滾らせ、想いを爆発させるように再度、振り翳された拳はイーゴルが受け止める。 「――ナジェージダ、撤退するぞ」 「Ja! さぁ、皆さま、本日のmissionは終了でございます!」 膝をつくカルラから飛び退き、撤退の命令を撒いた彼等に、気を失った親衛隊の仲間達を担ぎあげ、撤退する彼等の背中をじ、と見据える瑞樹は気を抜かない。 熱感知をも駆使し、彼等の気配が消えるまで、彼女はその青い瞳で睨みつける様にその背中の行く先を見つめて居た。 傷ついた仲間を癒しながらエルヴィンは深く息を吐く。銃を下ろしたエナーシアが頬をから垂れた血を拭った。 「全く、亡霊なんて面倒でしか無いのです」 この場より立ち去った猟犬の『狩り場』に残る物は何もない。ただ、銃痕が残されたその場所で、和人は息を付き、随分前から人の気配すら感じなくなった繁華街の月を見上げる。 雲に隠れた月が現れ、照らす所に、亡霊の影は無い。 「やれやれ、暫くは『亡霊』と踊る事になりそうだねぇ……」 深まる夜に、溜め息は呑みこまれた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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