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溶け得ぬモノ


 大切な人と過ごしたセカイは、台風の後のようにぐしゃぐしゃで。
 崩れた本棚、割れたグラス。散乱したモノの向こうで、怯えて、縮こまるあの人を、私は寂しそうに見つめていた。
『――どうして?』
 告げるのは、その一言だけ。
 愛していると言ってくれて、離さないと誓ってくれて。
 そんな、強くて清らな想いを信じて、私も、嘘を吐くことを止めたのに。

「……消えてくれ」

 零れるような、小さな声音。
 ふ、と、視線を合わせれば。彼は其れに悲鳴を上げて、最早視線すら合わせず丸まった。

「お願いだ。別れてくれ、消えてくれ、居なくなってくれ。
 知らなかったんだ。知りたくもなかった。君が、君が、そんな」

 ゆるり、と。
 逆棘の生えた左腕を、私は己の視界に入れる。
 ――エリューション、フィクサード、アザーバイド、リベリスタ。
 望まぬ変異を余儀なくされて、何れは滅ぼされてしまうであろう私たち。
 この異形も、そんな変化が生んだもの。
 世界の環から外された、ひとりぼっちの確かな証拠。
『……ごめんね』
 愛してくれると思ってた。
 受け入れてくれると、信じてた。
 交わした口吻の数は、繋いだ手の数は、告げた言の葉の数は。
 きっと、きっと。こんなちっぽけな変化なんて、笑って、吹き飛ばしてくれるのだと。
『ごめん、なさい』
 怒れたら楽だったのに、彼は、あんまりにも怯えるから。
 せめて、少しでも楽に出来たらと、笑顔を浮かべることに、精一杯だった。
 ……踵を返して、玄関へ向かう。
 行き先なんて何処でも良かった。唯、この笑顔が絶えない内にと、それだけを思うだけで。
 裸足で開いた扉。
 広がる空は、ぐしゃぐしゃの曇天。
 今の私に丁度良いセカイに、うん、と小さく頷いて。
 私は、綺麗な死に場所を求めて、歩き始めた。


「……革醒者の保護、を、お願いしたい」
 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、訥々とした調子で依頼の解説を始める。
「対象はビーストハーフの女性。力量もフェイトもそれほど無いけど、一時期アークの元で一般人の社会に溶け込むための訓練等を行っていてね。
 知識や倫理観は備わってるから、みんなの説得に対しても理解は示せる。納得出来るかどうかは、別として」
「……迂遠な言い方だな」
 言ったリベリスタの言葉は、正しく正鵠を射ていたのであろう。
 少しばかり、困った表情を浮かべた少女は、それを収めた後に「事情が、事情だから」と、言葉を継いだ。
「先にも言った、長期の療養という名目でアークで訓練をし続けた彼女は、其れを終えると共に故郷へと戻り、今まで通りの生活を続けていた。
 仕事や、趣味や、友人づきあいに……恋人と過ごしたり、なんかも」
「……」
 告げた言葉は、最後だけが少し強調されていた。
 ふうと歎息した面持ちは昏く、それが今、リベリスタ達が呼び出されている切欠であるのだろう事は考えるまでもない。
「偶の遊びに付き合う友人と違って、そうした関係の人には――ましてや、これからの関係の発展を考えるなら――自身の変化を隠しておくことは、余り好ましいことでもない。
 元々、二人の関係はそう浅いものでもなかったから、彼女の側も、恋人は受け入れてくれると信じて、自らの幻視を解いた」
「そして、実際はそうならなかった」
「……うん」
 眇めた双色の瞳は、何処か、自らへの諦観を秘めているようにも見える。
「自分の恋人が化け物だったと知った彼氏は、それと同時に半狂乱に陥った。
 流石にこればかりは甲斐性どうこうでこなせる問題じゃないしね。二人はそのまま、心に傷を残した状態で別れることになった」
 ――沈黙は痛々しい。
 一般人と革醒者。その性質は水と油。或いは羊と狼のように、本来混じり合うことが出来ない関係であると、此度の依頼は彼らにそう告げているようにも思える。
「今、彼女は変異した自分に絶望を抱いて、自殺するために相応しい場所を探している。
 けれど、万華鏡の予見によると、この自殺は彼女のフェイトを削ぎ、自我の薄れたノーフェイスへと堕としてしまうことが判明した」
 だから。と、継いだ言葉。
「無為に死をばら撒く存在になるよりは、例え無様でも、生きて、未来の救いを夢見て欲しいと、私は思う」
 どうか、お願いね。
 零して、下げた頭は、少女なりの想いと決意の証左。

 ――願わくばハッピーエンドを、なんて、陳腐でも優しい祈りの。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:田辺正彦  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年05月25日(土)23:01
STの田辺です。
以下、シナリオ詳細。

目的:
『彼女』の保護。

場所:
三高平から多少離れた某街。その郊外に位置する、人気のない公園です。
人払い等は必要が有ればアークの別動班が請け負うとのこと。
時間帯は昼、天候は曇り。雨が降るのはそう遠くないでしょう。

対象:
『彼女』
推定年齢20代半ば。ビーストハーフの女性です。(変化部位:左腕)
自らが革醒者であることを周囲に隠しながら生きていましたが、この度恋人に真実を告げ、その果てに別れることとなりました。詳しくはOP本文をご参照下さい。
革醒者という化け物に絶望し、化け物である自分が、真の意味で一般人と溶け込むことはできない事にも絶望した末、自らの死を選ぼうとしております。
もし彼女の説得に失敗した場合、スキルを持たないフェーズ1のノーフェイスとして皆さんの討伐対象に成ります。
その場合は皆さんが倒さなければ成りませんが、倒したとしても依頼は失敗扱いです。ご注意を。



それでは、参加をお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトクリーク
アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
レイザータクト
富永・喜平(BNE000939)
スターサジタリー
雑賀 木蓮(BNE002229)
ホーリーメイガス
エルヴィン・ガーネット(BNE002792)
プロアデプト
氏名 姓(BNE002967)
覇界闘士
喜多川・旭(BNE004015)
ホーリーメイガス
海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)
スターサジタリー
鴻上 聖(BNE004512)

●『彼女』
 公園のベンチに、俯く女性が一人、居た。
 双眸は何処かを眺め、獣毛に覆われた左腕を、右手が強く握っている。
 要らない物を捨てたがる、子供のようなそれ。
 湿気混じりの空気と、濃度を増す曇天は、故に女性の面持ちを暗く昏くしていく。
 ――其処で、かしゃん、と。
「……?」
 派手な眼帯と、歯車模様のネクタイをした男が、彼女の前に立っていた。
 頭上には、差された傘。奇矯な男は戯けたしぐさで一礼し、軟派でもするかのように笑顔で囁く。
「陰鬱な天気だな……どうもアークの手先です」
 目を丸くする女性の周囲に、もう一人、一人と。
 その数、合わせて六人。流石に動揺を顕わにした女性に対し、男は――『終極粉砕機構』 富永・喜平(BNE000939)は、笑いながら言葉を続ける。
「格好つけた侭死ぬ前に、君の想いを聞かせて欲しい。
 本当に言って欲しかった言葉、本当に言ってやりたかった言葉、して欲しかったしてあげたかった……其の全てを」

●『彼』
 ――きい、と言う音が響く。
 チェーンロックが掛かった扉。半開きになった其処から覗く瞳は、やはり恐怖に濁っていた。
「……初めまして」
 『ディフェンシブハーフ』 エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は、穏やかな物腰と、自前のマイナスイオンで緊張を緩ませる。
 逆を言えば、それまでの話だ。
 恐怖の対象として捉えられた神秘へのトラウマは、澱のように彼の心に根を残している。
 其処から先は、彼らの役目。
(革醒者を受け入れる環境は存在する。
 けどそれを選ぶ事はこれまでの人生を切り捨てるに等しい)
 凝る瞳を見やりながら、エルヴィンに並ぶ『0』 氏名 姓(BNE002967)は両者の顛末を回顧する。
 日常。日だまりのような世界。
 神秘という日陰を知るものからすれば、足掻き、藻掻いてでも手を伸ばしたくなるようなそれを、『彼女』は理解し、故に捨てたくないと願っていた。
 それが真に叶えられる機会は、先ず一度、失われてしまったけど。
 けれど、再びが無いわけではないのだ。
 『彼女』が、せめて生きることだけでも、自分に許してさえくれたのなら。
「……何か、用ですか」
「急な訪問ですいません。貴方は――――さんでよろしいでしょうか?
 貴方の彼女さんについて、少しお伺いしたい事が……」
「ッ!」
 瞬間、ドアが閉ざされた。
 瞠目するエルヴィンに対し、やんぬるかなといった体で扉の向こうを睨んだ姓。
 トラウマ自体の関連が有る無しに関わらず、事が起きて幾許も経たない内に、開口一番『元凶』を名指しするのははっきり言って悪手である。
 案の定、恐慌状態に陥った彼に対して、最早繕う意味も無いと考えた姓は、扉の前で言葉を告げる。
「あの姿を1番拒絶してるのは『彼女』だよ。誰だって自分が化け物になるなんて嫌でしょう?
 貴男にとって『彼女』は最早自分の一部――痛みを共有してしまう程愛してたって事だよ」
「……やっぱり、彼女の知り合いなのか」
 声は震えている。
 何処か、吐き気を堪えているようにさえ思えたそれに対して、姓は「無理に言葉を返さなくて良い」と前置きした上で、
「先ず、話そうか。『彼女』がああなった原因を」
 閉ざされた神秘の扉を、ほんの少しだけ、開き始めた。

●『彼女』
「ワタシ達があなたの元へ訪れた、その意味はわかりますか?」
 全員の自己紹介が済んだ後。
 『ヴァルプルギスナハト』 海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)は、紅の修道服を微かに靡かせながら、そっと『彼女』に近づいた。
 臨む表情は薄い笑顔。張り付いたような、或いは焼き付いたような其れの内には、けれど確たる同情が覗いているように感じられる。
「……自殺幇助? ううん。止めに、来たんですね」
「そうです、貴方がここで死ねばノーフェイスになる未来があります」
 知ってますよね?と小首を傾げる『少女』に、女性の側もゆるりと頷いた。
 自身が歩むかも知れなかった未来。若しくは、今後歩みかねない未来。
 アークの元で神秘についての大凡を聞いた『彼女』には、その危険性を十分に解っていた。
 けれど。
「けれど、私がばけものになったら、貴方達がころしてくれるんですよね」
「……」
 否定を為せない時点で、それは肯定と同義だった。
 嘗ての恋人すら傷つける存在になりうる。そう言いかけた唇を塞いだ言葉に、海依音は悲しそうな視線を隠せない。
 『彼女』を救おうとする行動は依頼目的にして、リベリスタのエゴでもある。
 貫き通すなら、其れに足る言葉を示さなければ――宙飛ぶ心は、戻らない。
「……ああ、俺様達は普通の人間から見りゃ立派な化け物だよな」
 言葉を継ぐように、『銀狼のオクルス』 草臥 木蓮(BNE002229)が苦笑する。
 万一の場合に備えて幻視こそしているが、革醒した『彼女』にはヴェールの向こうの姿がはっきりと捉えられている。
 角と耳と尻尾。ひとつずつを指差す木蓮は、「でも」と続けて、目線を合わせる。
「真の意味で人間と溶け込むのに一番大切なのは、心だろう」
「……」
「俺様は、お前の心は立派に人間だと思う。
 好きな人に突き放されて、なんでどうして、って傷ついてる普通の女の子じゃんか」
 ――臨む姿は、ある種、自身の同体だ。
 三高平という『神秘のための地』に居る者は、自らの在りようが一つの奇跡なのだと、疑うことを時に忘れる。
 此の世界にとって異物足る自分達が受け入れられなかった可能性を前にして、木蓮の言葉は、自分に語るかのように真摯なもので。
「確かに、こういうの、受け入れられない人も少なくない」
 言って、『囀ることり』 喜多川・旭(BNE004015)も、木蓮の傍らに立った。
 口元を少し開けて、見せたのは小さな牙。変化の大小は在ろうとも、それもまた『彼女』の言う『化け物』の定義には違いない。
「それが大切なひとだったのは悲しいけど、わたし達にはどうにもできない
 わたしも、怖くてまだ言えてない位だもん」
 俯いた面持ちと、窄まる言葉。
 幸福な夢のような「いつか」と、呵責無い現実足る「いま」は、笑顔を絶やさぬ彼女をして、その心に影を落とす。
「でも、あなたが自分を否定しちゃったら、今度こそほんとに人じゃなくなっちゃうの」
 喜多川旭は強くない。
 一般家庭の出身で。常に人懐っこくはしゃぎ周り。良くも悪くも感情に忠実。特筆すべきはそれくらいの少女だ。
 ともすれば木蓮同様、『彼女』と同じ結末を辿りかねない旭が、それでもこうして生きているのは、唯、譲れない一事があったから。
「あなたが自分を否定しちゃったら、今度こそほんとに人じゃなくなっちゃうの」
「……私が、私を」
 そう、と頷く旭は、一度だけ、ちらと木蓮を覗き見て。
 その後、楽しそうに、嬉しそうに、自らの手を伸ばす。
「あなたもわたしも、心はちゃんと人間だよ。
 ありのまま曝して日常には戻れないけど、それでもありのままを日常に出来る場所はあるの」
 ――ね、一緒にいこ?

●『彼』
 要点だけを伝えるのならば、神秘に対する解説は十分も必要としなかった。
 粗方を話し終えて後、沈黙を続ける男性に対して、姓は自らの想いを訥々と呟く。
「外見が普通の人と一切変わらない革醒者もいるけど、そういう人の事は平気なのかな?」
「……どういう事だよ」
「彼女が左腕を切り落とせば、恐怖は消えるの?」
 僅かの後、聞こえたのは微かな歎息。
「僕達は、猿のようなものだ」
「……?」
「魚と鳥は仲良くできない。犬と猫は結ばれない。
 其処に理由なんて必要は無い。ただ『違うから』。それだけだ」
 何かを返しかけた姓を、エルヴィンは片手で抑える。
 能動的に『彼』に訴える姓に対して、エルヴィンはあくまで受動的な立ち位置を徹底していた。
 外から打ち鳴らすことで響く鐘の音も在れば、内より反響することで高らかに鳴く鐘も在る。
 エルヴィンは、彼自身に自らの行いを、想いを独白させることで、自身を振り返って貰うことを考えていた。
 其れを知ってか知らずか、男性は言葉を続けている。
「……始めて知らされたとき、感じたことは『駄目だ』。これだけだったよ。
 あの腕に限らず、『彼女』に真実を告げられたとき、彼女はその身一つで、人を、物を簡単に壊す存在なんだって。人間が人食いの熊にでも化けたような気分だった」
「彼女にそんな意志は無い事は、貴男が一番知ってる筈だけど?」
「だろうな。だからこそ、もう駄目なんだ」
 具体を掴めない二人に対して、男性は乾いた声音を放ち続ける。
「……人を超えた力を持って、人のままの心で居る。そんなことは並の神経ではバランスを取れない。
 例えば大きな災害や、君が言った、彼女の同類が悪事を働いたとき。それで犠牲に成る人が居たとして、彼女はどう動くんだ?」
「………………」
「助けるとしたら、それは自分が人でないことを捨てたときだ。多くの人たちに化け物と謗られる。
 助けないのなら、それもまた同じだろう。救える力が在るのに救わない。それは彼女の心を傷つけ、やがて殺す」
 ――否定はできなかった。
 神秘に関する事件とて、これから彼と彼女が共にあるとして、二人が老いて死ぬ数十年の長きに渡り、二人の周りに起きる事件全てを解決するなどと言う大言は吐けない。
 まして、神秘の及ばぬ事件なら手出しは無用だ。それらを唯の一度も取りこぼさない保障など、絶対に約束できない。
「……それ以外にしても、同じだ。何れに於いても、『違う』僕は、彼女が抱く苦悩を共有することが出来ない。
 そんなのは、何よりも残酷だ。僕にとっても、彼女にとっても」
「……そうですか」
 一つ、頷いたエルヴィンは、そうして彼には見えない礼をする。
 もう、此処には用はない。それを意図しての挨拶だった。
「気持ちはわかります、私も妹がそうですから。
 恐怖は仕方ない、拒絶も当然だと思います。……ただ」

 ――ただ、ひとつだけ。
 ――傷付けてしまった女の子に謝るくらいは、した方がいいんじゃないかな、と。

 ぐ、と。何かを堪えるような、喉の鳴る音。
 姓も、それに一つ頷いて、
「受け入れるか否かは貴男の自由だ。
 ただ私達にも当たり前の事で喜んで悲しむ、普通の人と変わらない心があるって事を知って欲しかった」
 お邪魔したね。そう言って、終ぞ退いていく二人。

 僅かの後。
 人気のない玄関先で、小さく啜り泣く声が、何時までも聞こえていた。


●『彼女』
「……それは、唯の価値観の違いです」
 『彼女』は笑っている。
 汚泥を吐くように、或いは血涙を濁々と流すように。
 笑っているという、それだけの能面。
「自分が人間だと思う。望まない誰かに人間だと思われる。嬉しくないと言えば嘘になります。
 でも、理解者だけのコミュニティは確かに居心地が良いかも知れませんけど、それは檻から出られない鳥達と同じです」
「それは……」
「自分がエリューションだとか、異形であるとかを受け入れる人に恋をするんじゃなくて。
 恋をした人に、私という存在を受け入れてもらう努力をする。それって、おかしな事ですか?」
 ――それは理解ではなく、唯の同情だと、『彼女』は断じた。
 変異した手は固い握り拳を作り、目尻には微かに涙が溜まっている。
 双方の意見を聞いていないリベリスタ達には、知る由もないが。
 そう言う意味で、『彼』と『彼女』の主張は、根本から食い違っていたのだ。
 相手と自身が『違え』ば、最早相容れぬと諦める『彼』。
 自身と相手の『違い』を、想いを以て乗り越える『彼女』。
 万物を貫く矛と、万物を阻む盾の逸話を、その時、彼らは想起した。
 ……一瞬、言葉を失した二人に代わり、前に出たのは『愛を求める少女』 アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)。
「ボクは――ボクは育ての親から虐待されてたんだ」
 十と半ばを超えぬ童女の告白は、その時、確かに『彼女』の動きを止めた。
「それから養父には……。何の感情も持てなくなって、全てがどうでもよくて。どうして死んでしまわなかったか解らないくらい。
 でも、そんなボクを助けてくれた人がいた。その人はボクに愛される事を、愛する事を教えてくれた」
 けれど、少女に『愛』を教えた彼は、ある日を境に姿を消した。
 残されたのは書き置き一枚。理由もなく消え、唯待ち続ける時の中で、アンジェリカは少しずつ、再会への恐怖を抱き始めた。
 離れた理由が、自分を嫌ってのものだったとしたら。
 仮に再び出会っても、その時自分を拒絶されたら。
 それは、自らが孤独だからこそ起きた恐れであり、自らが孤独でなくなったからこそ、受け入れることが出来た畏れ。
「例えそうだとしても、ボクはその人を好きになった事を後悔しないよ」
 誰かと共に在る心。想い、感情。
 其れを与えてくれたたいせつなひとに嫌われたとして、それでも、もし何かを言うとしたら、其れは「ありがとう」の一つだけ。
「貴方は彼を愛した事、後悔してる?」
「……」
「きっと貴方の中にも彼がくれた沢山の物があるはずだよ。それは輝きを失わない、貴方だけの宝物。それがあれば生きていけないかな?」
 幸不幸は容易く流転する。人の気持ちなど知りもせず。
 その中でもし、自分を変えずにいられるのだとしたら、其れは決して変わらないものを自らの内に抱えているから。
 瞑目する『彼女』に対して、アンジェリカはおずおずと、変異した腕に触れた。
 硬い体毛。針と言うに近い其れを、けれど愛おしげに撫でるその姿を、誰が『彼女』と同じ化け物と咎めようものか。
「未来へ幸せを求めるなんて甘い言葉なんて、ワタシにはありません」
 見えた心の間隙を縫うように。海依音が再び語り出す。
「これはお願いです、心の傷をもったまま無様に生きてください。
 救いが在るとは約束はできません。未来なんて見えません。
 仮に見えて、この別れを回避できても、それでもやっぱり貴方は傷つくのでしょう」
 コトバは、自らも刺す逆棘そのもの。
「どうして革醒なんてしちゃったんでしょうね」。そう言いながら自身の修道服を弄ぶ海依音は、自嘲するような笑みを浮かべる。
 それに対して、『彼女』は。
「……ええ。本当に」
 終ぞ、傘の向こうで降り出した雨に、自身の涙を織り交ぜて、笑う。
 革醒したから、ありふれた日常を大切に思えた。
 革醒したから、日常へは真の意味で帰れなくなった。
 抜け出せない鳥籠。格子の果てに青々と広がる森をただ見せられるだけの、終わり無い罰ゲーム。
 それでも。
「自害してはいけない。私達はみな此処に居ます。思い出してください、貴女は一人ではないはずです」
 ……開いた聖書を見やりつつ、厳かに文言を告げる『黒犬』 鴻上 聖(BNE004512)。
 一句を述べた後、歎息を交えながら「なんてな」と言った彼は、あっさりと書物を閉じ、自分の服の内にしまい込んだ。
 不良神父に戻った聖が『彼女』に向ける視線は、狼が羊を見るような其れに酷似している。
「……当日までにわかったことですが、殉教者パネーわ。
 実際、付け焼き刃な俺の言葉なんて、あんたには通じそうも無い」
 浮かべる表情は、苦笑。
 幾多の仲間達の言葉を聞いて、それに確たる決意で返した『彼女』。
 一度、自らの有り様を定めた『彼女』に対して、彼は殺してしまうこともまた、救いでは無いのだろうかとさえ考えていた。
 手間としても手っ取り早く、何より、力を使って無理やり自殺を止めたって、自身を納得付けさせられないなら、歩む先は遠からずとも決まっている。
 それでも、だ。
 それでも彼は、彼女を救うことを諦めない。
「あんたを保護してくれって、無様でも生きて、未来を夢見て、救いを見出して欲しいと」
 ――そう、『頼まれた』から。
「あんたにとっては、彼氏だけが世界だったのかもしれない。
 でも、あんたと関わった人の中には、あんたを思う人だって居るんだよ」
 それは、答えだったのかもしれない。
 利己を以て死を選択していた彼女に、利他を問う聖。
 異形である『彼女』への理解ではなく、その周囲の存在への疑懼。
 それは、只の人として生き続けていた『彼女』が、最も響く言葉。
「死ぬな。俺にとっちゃどうでも良いが、あんたの存在自体に救いを見出せる人が、世界にはまだ居るんだから」
 ……自身に依頼を投げかけた、双色の双眸を持つ少女を思い出す。
 彼女のように、それがどれほど小さなものでも、その生を喜び、その死に嘆く物は居る。
 降り出した雨は、全員を等しく濡らす。
 そんな中で、一人。
「……俺だってコノザマに成った時は考えたよ、
 何で俺だけとか、明日から如何して食って行こうとか、死のうかとか、色々」
 唯、『彼女』の傍らで傘を差す喜平は、重苦しい空を見上げながら、冗談のように自らを語る。
「同情もするし死にたい気持ちも多少は理解できる。世の不義理と不平等を苦に自殺なんて良くある話。
 だけど――その内を誰にも知られず、溜め込んだまま終わるんじゃ悲しすぎる」
 『言いたいことは?』と。
 表情のみでそう問うた彼に対して、『彼女』は僅かな瞑目の後に、微笑み、呟いた。
「それじゃあ、もう少し。
 この気持ちをはき出せる、少しの間だけ」



 ――生きてみようかな、と。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
田辺です。相談お疲れ様でした。
多様な説得方法に苦心もしましたが、その分楽しんで執筆が出来ました。
字数削りで大部分が削られてしまったことが無念でなりません。
次回以降も、皆さんの相談、プレイングに期待しております。
本シナリオのご参加、本当に有難う御座いました。