●月の城の短い恋 海に月の光が反射して明るく辺りを照らしていた。崖下の古代遺跡の神殿跡に、まだ幼い少女がもう動かなくなった人間を抱いて泣いている。 少女ロザリアの下半身は魚の姿をしていた。大きな蒼色の尾ひれがついている。 どうしてあなたは死んでしまったの? 私をあんなに必死になって助けてくれたのに。 もう動かなくなった青年は彰人という名前だった。近くを通りかかった小さな漁船から海に飛び込んで、気を失って溺れていたロザリアを助けてくれた。 「大丈夫? しっかりして、今助けるから!」 彰人はロザリアを救い出した。 「ごめん、俺はもう――」 「だめよ、しんじゃだめ!」 だが、そのせいで彰人は代わりに死んでしまった。誤って海水を呑んでしまいそのままロザリアの代わりに溺れてしまった。ようやく意識を取り戻したロザリアは、古代遺跡のところに彼を運んだ。 短い逢瀬だったがロザリアはその青年に恋をした。それは一目ぼれに近かった。整った顔立ちに逞しい体つきはまだ眠っているようで今にも動き出しそうだった。 彼女の涙はやがて大きなうず潮を作った。 まだ彼女は彰人が死んだことを受けいれたくなかった。 ロザリアは月の詩を歌っていた。親しい者が死んだときに捧げる唄を。 ●哀しみのレクイエム 「沖縄のある島の海底遺跡に人魚型のアザーバイドが現れた。彼女は命の恩人である矢井島彰人の亡骸を胸に哀しみの涙を流している。その涙によって激しいうず潮が生じて近海を航行する漁船を巻き込もうとしている。はやく彼女の哀しみを止めて倒してきて」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、深刻な表情で一刻の猶予もない事件の概要を端的に説明した。すでにD・ホールは閉じられて、ロザリアを元のパラレルワールドへ送還することはできないという。 ロザリアは心優しい少女だ。本来は大人しい気質だが、今は心が乱れていた。下半身は魚の姿をしていて海中で呼吸なしに泳ぐことができる。死んだ彰人の遺骸をいつまでも抱きしめて、海の古代の城でいつまでもレクイエムを奏でている。 だが、彼女はその涙が更なる犠牲を生みだすことを知らない。イヴの説明を聞いたリベリスタ達は一同に顔を背けてやりきれない想いをそれぞれに胸に抱えた。 「彰人の死体も奪うか破壊しなければならないわ。そのままにしておくと彼もE・アンデッドになってしまう危険性がある。だけど、彼女自身は絶対に彰人を離そうとしないでしょう。近づく敵は水の竜巻を起こして攻撃してくる。さらにはE・ビーストの鰐ザメが彼女の意思を汲んで襲ってくるわ。相手は自在に泳げるからくれぐれも気をつけてね。彼女の哀しみを止めるのはあなたたちしかいないから」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月07日(火)22:35 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●涙を流す悲恋のローレライ 月が海に反射して闇夜を明るく照らしていた。海底の白いサンゴ礁が、透明な蒼い水から透けて見えている。色とりどりの海魚たちが群れをなして泳いでいる。 幻想的な光景だった。まるでおとぎ話の中に迷い込んだかのようだ。磯を渡っていった先には古代の海底遺跡の神殿が眠っている。そこに待ちかまえているのは、人魚の姿をしたまだ幼い少女だ。彼女は今も愛しい人の亡骸を胸に抱いて涙を流している。 「人魚姫やローレライ。水妖に悲恋とやらは付き物ということだろうか。彼女が何であれ、犠牲者を出す前に倒すべき」 『白銀の鉄の塊』ティエ・アルギュロス(BNE004380)が、闇の向こうにある神殿のほうを見据えて言った。 「人魚話は、悲恋ものと相場が決まっていますけれど」 『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)も酷な現実に、歯がゆい思いを抱く。 「カリュブディス……とは違うよね。まるで神話のようなお話。マイヒーローはどうやってあなたの涙を拭ってくれる?」 『◆』×『★』ヘーベル・バックハウス(BNE004424)も心の中で思った。だが、これは現実だった。自分も物語の主人公として少女の哀しみを救わなければならない。それがたとえ彼女の命を奪うことであったとしても。 「ロザリアの悲しみの涙を止めるって言っても、Dホールが閉じちゃってる以上……殺して止めるってことでしょ? ねえ、こういう時ってどういうふうにするのが正しいことなのかな?」 『魔獣咆哮』滝沢 美虎(BNE003973)も自分の心に問いかけた。考えても正しい答えは浮かんでこない。ただ、溢れる想いに胸が詰まりそうになった。 「誰が悪いというわけではなく……単に間が悪かった、だけでございましょう。悲劇という物はいつもやりきれない物でございますな。しかし、これが私共リベリスタの役目。心を殺し、着実に任務をこなすことと致しましょうぞ」 『闇夜の老魔導師』レオポルト・フォン・ミュンヒハウゼン(BNE004096)が美虎を励ますように答えた。 「受け入れがたい現実とは何時も辛辣。大切と思うモノの喪失感は……耐え難い苦痛ですわ。私も貴女と同じ状況になったなら……その愛しい亡骸を手放したくはないのかもしれません。ですが、その悲しみに他人を巻き込んではいけないのです」 『フリアエ』二階堂 櫻子(BNE000438)も、愛しい人を失う気持ちはよくわかっていた。それでも他人を巻き込んで更に犠牲を出すのは許せない。その人にもきっと愛する人たちがいるから。これ以上、哀しみの連鎖を増やさないように。 「あなたの気持ち、わからなくもないわ。でも彼には、ずっと長く愛し愛されてきた家族がいるの。彼もきっと、その人たちのもとへ帰りたがってるわ。どうか、このまま、家族のもとへ返してあげてほしい」 『蜜月』日野原 M 祥子(BNE003389)も櫻子の意見と同じだった。自分にも愛する人がいる。彼が死んだら同じように家族の元へ帰りたいに違いない。きっと恋人の自分を差し置いてでも。翔子は揺れる水月を見ながらそう思った。 「オレは『こい』を理解出来ていない。でも、親しい者を喪う悲しみは察して余りある。キミの苦しみには到底及ばないだろうけど、悲しみに溺れる乙女の涙ひとつ拭ってあげられないのは、とても苦しい。かたちはちがってもお互い、ひとが好きなだけなのにね」 『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)も自分を省みて言った。まだ恋心というものはわからない。好きという感情はなんとなく理解できる。それでもリベリスタとして、誰かを守る者として彼女を討つ心づもりはできていた。 磯を渡って神殿に行く前に、へーベルが仲間に翼の加護を与える。レオポルトと櫻子はそれぞれマナブーストとマナコントロールを使用して準備した。祥子も自分とレオポルトにオートキュアを用いて、自身にもハイディフェンサーを付与する。 各自が用意したロープや救命用具を持って、急いで神殿の方へ向かった。 ●口ずさむ月の唄を 神殿の上でロザリアが月の唄を口ずさんでいた。目を閉じて涙を流しながら、もう二度と動かない彰人の亡骸を抱き締めている。とつぜん、現れたリベリスタ達の気配に気がついてロザリアはきっと目を開けた。 「あなたたち、邪魔をしにきたのね? ぜったいに彰人は渡さない」 一目見て敵だと気がついたようだった。ロザリアは立ち上がると、すぐに自身の周りに水の結界を作りだして防御に出た。 そのとき、神殿の周りの海面に鰐ザメのヒレが次々に突き出してきた。徐々にリベリスタたちがいる方に向かってくる。一行はすぐに二手に別れた。サメを誘きよせるためにレオポルトが神殿の端ギリギリの所で構える。 光介は自身が持ってきた物やヘーベルに貰った輸血パックをラジコンボートに乗せた。海面を走らせてもうひとつの囮を作る。すぐに鰐ザメが海中から現れてそれに牙を向く。だが、一匹の鰐ザメがレオポルトの前に現れた。 「あたしが守ってるんだから、レオさんには指一本触らせないわ!」 祥子がすんでの所でレオポルトをかばう。鰐ザメは祥子の身体に襲いかかった。牙が身体に食い込んできて大量に出血する。思っていたよりも鰐ザメの顎の力は強かった。祥子は歯を食いしばって必死に堪えた。 「くうううっ! 今よ!」 祥子が激痛を堪えてレオポルトに向かって叫んだ。 「来るがいい、愚鈍なる鰐ザメ共! 人の血が好むと申すならば、好きなだけ食らわせて差し上げましょうぞ! 己が血を触媒として成さん……我紡ぎしは秘匿の粋、黒き血流に因る葬送曲!!」 レオポルトが自身の血液を触媒とした葬操曲・黒を鰐ザメたちに叩きこむ。鰐ザメ達は強烈な攻撃を食らって、祥子を手放して海中に沈んだ。 「大丈夫ですか? 祥子さん!」 光介がすぐに駆けよって、祥子に回復を施す。幸いなことに迅速な処置によってなんとか立ち上がることができた。 「ありがとう。あたしは大丈夫よ。それより、まだ鰐ザメは数匹生き残ってるわ。油断しちゃだめよ。これで奴らも警戒するはずだから」 祥子たちは引き続いて鰐ザメが襲ってこないか警戒を強化した。 一方、ロザリアに対峙していた班では、まずヘンリエッタが前に出て、バーストブレイクを狙っていった。さらにへーベルがピンポイント・スペシャリティを放って援護する。結界にまともに攻撃が当たって一部分が破壊された。 その隙にティエがアッパーユアハートで怒り付与を狙った。結界が壊れたロザリアは攻撃を食らってしまう。集中を乱される。ロザリアの意識は完全にティエ達の方に向かっていた。 そのとき別の角度から美虎が迫る。ロザリアの死角をついて上空から一気に襲い掛かる。 「喰らえっ、本邦初公開、とらニーッ!!」 美虎は飛び込んだ。ロザリアは不意を突かれる。とつぜん、空中から現れた美虎を避けきることができない。美虎は土砕拳をロザリアに叩きこんだ。 「ぐあああああああ」 ロザリアは苦しんだ。だが、執念で彰人を手放さなかった。すぐに立ち上がると、水の竜巻を同時に複数起して美虎を襲う。前から迫りくる二つの竜巻に逃げ場もなく美虎は巻き込まれてしまった。そのまま突き飛ばされてしまう。 後ろで構えていた櫻子とへーベルがなんとか美虎を受け止めた。すぐに回復を施して美虎を救出した。 ●ただ傍に居たいだけ 「レオさん!」 祥子が叫んだ。 レオポルトについに鰐ザメが牙を突きつけた。神殿の端ギリギリにいたレオポルトはそのまま海中に引き込まれてしまう。 祥子は助けようとかばいに入ったが、すんでのところで別の鰐ザメに背後から食いつかれてしまった。もがいている間に祥子はどんどん体力を奪われてしまう。 レオポルトは気力を振り絞ってさらに攻撃を放った。ようやく祥子に噛みついていた鰐ザメが倒される。だが、肝心の自分にくっ付いていた鰐ザメはそのままダメージを受けながらも絶対に牙を離さなかった。気がついた時にレオポルトは濁流にのみ込まれてしまっていた。 「いますぐに助けるから!」 祥子はロープのついた浮き輪を海中に放りこんだ。そして水上歩行でレオポルトのすぐ傍まで近寄って行く。ようやくレオポルトは浮き輪を手にすることができた。しかし、鰐ザメの顎の力は強力だった。 これまで攻撃を続けて体力を消耗していたレオポルトはさらに海中に引き込まれて身動きが取れなくなっていた。もう自力で鰐ザメを引き離すことができない。 光介もゴムボートを取り出して、アンカーを降ろし、即席の足場を構築した。祥子を手伝ってロープでそこへ引き上げる。 「流される前に、早く!」 二人がかりでレオポルトを引きあげに掛った。鰐ザメがレオポルト共に釣り上がってきた。恐ろしい口で同時に三人を飲み込もうとする。 「ぜったいにふたりを殺させはしないわ!」 祥子はすんでの所で魔落の鉄槌をその鰐ザメに叩きこんだ。攻撃を受けた鰐ザメは大きく身体をそらして悲鳴を上げた。海中に沈んでいく。ようやく最後のサメを倒すことに成功した。急いでレオポルトを引き上げて助ける。 ロザリアに対峙していたリベリスタ達も最後の攻撃に移ろうとしていた。結界を破壊した今となっては恐れる者は何もない。ロザリアが神殿を出て海中に逃げ込まないように辺りに包囲網を敷いた。徐々に前進して間合いを詰めて行く。 「……貴女には愛しい人の安らぎを……ただ静かに祈って欲しかったですわ」 櫻子は頃合いを見計らってアーリースナイプで攻撃した。ロザリアの方も対抗して水の竜巻で相殺する。 「あのね、その人は傷つけるつもりはないの。出来れば、安全な位置に寝かせてきてあげよう?」 へーベルがその隙にピンポイント・スペシャリティで尾びれを狙った。見事に命中してロザリアが苦しむ。さらにヘンリエッタがエル・フリーズを食らわした。 「どうして……どうして? ただ彰人と一緒にいたいだけなのに。迷い込んだこの世界で彼はたった一人、わたしを助けてくれた。自分の命を顧みずに。だから私は彰人のためにも死ぬわけにはいかない!」 だが、ロザリアも攻撃をうけて満足に立ちあがることができなくなっていた。それでも彼女は絶対に彰人を手放そうとしない。彼女をそこまでさせるのは、彰人への想いが強いからだろう。ティエは覚悟を持って振りかぶって行った。 「彼女を物語のような化物にさせない為にも、ここで仕留める!」 彰人の亡骸を庇うようにしたロザリアはリーガルブレードの攻撃をまともに受けた。強烈な痛みにもがいて苦しむ。 「ねえ、ロザリア。異世界から来たあなたの存在は、ただここにいるだけで、この世界を壊す。わたし達は、この世界を守るためにあなたを殺さなくちゃならないの。でも、そんな事言われても困るよね。殺しますって言われて、はいそうですかなんて頷けないよね。だから、ごめんね。わたしの事……恨んで、いいよ」 美虎はロザリアの苦しむ姿をもう見ていられなかった。ロザリアも最後の攻撃をしかけてきた。威力の増した水の竜巻を繰り出す。 避けきれないと思った時だった。鰐ザメを倒してきた祥子が間に入ってブロックに入る。美虎の前にはもう遮る者は何もなかった。相手の懐に飛び込む。 「ぎゃああああ――」 ロザリアの絶叫がこだまする。彰人の亡骸とともに美虎に地面に叩きつけられて、ロザリアはついに粉砕された。 ●時を止めたおとぎの国で ロザリアを倒したあと、すぐに彰人の遺体と共に海中に葬った。遺体は激しく損壊していてとても遺族に返せる状態ではなかった。 「1人死にゆく人魚姫とは違って、逝った先で彼と会えるかもしれませんね……なんていうのは、倒す側のエゴでしょうか」 光介は海中に沈んでいく亡骸を見て呟いた。やりきれない表情で黙って彼らが行く先を目で追っていく。 「こんな鎮め方しか出来なくて済まない……さようなら、ロザリア」 ヘンリエッタもロザリアのことを想ってずっと目を瞑って祈っていた。 「おやすみ」 傍らでへーベルも祈る。できれば彰人とロザリアの遺体を一緒に神殿で眠らせてあげたかった。せめて死んだ後だけでも――二人で静かに。 そっと目元をぬぐう。ヘンリエッタが気づいて、へーベルの頭をそっとやさしく撫でてあげた。 「大切な人、愛しい人を喪う事は……生きていれば誰しもが通る道、ですね」 櫻子も目を伏せていた。自分も愛する人がいるからこそ、どんなにつらいことがあっても頑張ってこれた。それが突然失われてしまったのだ。自分ならどうするだろう。もしかしたらロザリアのようになってしまうかもしれない。 櫻子は寂しい想いを胸に抱えた。はやく帰ってあの人に会いたい。指に絡めたあの優しい温もりを思い出した。 祥子も自分の大切な人のことを考えていた。遺された彰人の腕時計を抱えている。せめて遺品だけでも家族の元へと思い、彼が身に着けていた腕時計を外した。もしひろさんや父なら、たぶんこうしてほしいのかな、と思った。銀色の時計は水に濡れてひどく冷たかった。ヒビが入って時計の針はすでに動かなくなってしまっている。 「ホントはあなたも。元の世界へ帰してあげたかったけど……ごめんね」 月の光が海の底まで照らしていた。沈んでいく彼らの先にはそれを迎えるように無数のサンゴ礁があった。色とりどりの魚たちが辺りを泳ぎ回る。 まるでそこは竜宮城のようだ。彰人とロザリアはいま、この世界を離れておとぎ話の中の永遠の時を――歩もうとしているのだろうか。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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