●『樂落奏者』 好きも愛してるも嘘で使えるほど器用では無かった。 生半可な男女間の邪な感情よりももっと透き通って、もっと、必要にしていた――『恋愛』に似た、それと違う依存心があった様な気がしたのだ。 少女同士には良くあるという互いが互いを必要にする相互干渉にその思いは尤も似ていた。 「なぁ、喩え話しよか。あたしが男で糾未が女。そしたら、あたしは糾未を好きになったよ」 「そう、きっと私もよ」 男だったら彼女を傍に置いて、彼女のこの状況を打破出来たのだろうか。 誰かが『変わらない人』は居ないと言っていた。変わっていくことが怖かったのは誰よりも自分だったのに。 人殺しをする事は何らおかしくは無い。言葉も、理性も普通の人間と変わりない。ただ、判断基準が可笑しいだけなのかもしれなかった。彼女がノーフェイスで遊び始めた時に純粋に楽しいと思った。嗚呼、これはアークの『オトモダチ』は趣味が悪いというのだろうか。殺すことだって厭わない。「ぐちゃぐちゃにしてその目玉を抉り出して飾りたい」だなんて笑うことだってできる。 ただ、それでも彼女が自分よりも狂っていくことが耐えられなかった。 歯車が狂いだして、軋み出して、次第に握りしめた掌が遠ざかっていくことにも気付いていた。気付きながらも見ないふりをしていた。兄を求めて兄を愛しいと笑った彼女の役に立ちたかったのだ。一種の恩返しに近かったのかもしれない。 「ああ、糾未、×××××。また、な」 小さく囁いた言葉に『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』がけたたましく笑いだす。彼女『達』の元を離れて、『樂落奏者』はくつくつと喉を鳴らして笑ったのだった。 「さぁさ、皆様、お待ちかねの舞台の幕は上がります! ご案内はワタクシ、『樂落奏者』仇野縁破。 チョーお気軽にヨリハちゃんとお呼び下さい! ……さあ、ショータイムや」 ――もう、眠ってはられないでしょう? おはよう、そしてさようなら、いとしいひと。 ●Synopsis 「酷いB級映画の世界へようこそ、とでもいいましょうか。『地図にない村』での事件よ。 見る映画をセレクトするなら粗筋(ストーリー)位、把握しておきたいでしょう?」 唇を歪めて、視線を落とす『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)の指先で弄ばれるのは黒い蝶々のアクセサリーだった。翅をつん、と突いてから、「黄泉ヶ辻糾未をご存じかしら」とワザとらしく小さく笑った。 「亡き月の王――望月さんと逆貫さんが少し前に対応してくれた事件があるの。 『何らか』の弊害があって予知が利かない上に『その存在自体』を食われた様に地図や人の記憶から消えてしまった『村』がある。……その村は黒い蝶々が飛んでいて、敵が潜伏している事が解ったわ」 此処で月鍵クエスチョン、と世恋が小さく笑う。――敵って、だれ? 「9月に主流七派のひとつ、黄泉ヶ辻派による力の弱い革醒者や一般人達への不殺スキルでの攻撃が頻発したわ。その首謀者は『血濡れの薊』こと黄泉ヶ辻糾未(よみがつじあざみ)。黄泉ヶ辻京介の妹よ。 その後、彼女による『一般人』の『ノーフェイス化』事件が頻発したのだけど……私や響希お姉様、メルちゃんはその一連の事件を彼女の暗い場所へ落ちていく様子をとって『晦冥の道』と呼んでいたわ。 ……彼女は『兄』と一緒になりたい。普通ちゃんとまで呼ばれた彼女は狂気に染まりたいと願ったのよ。事件の動機は一言で言えば『兄の様になりたいと願った妹の凶行』ね」 資料を捲る指先は止まらない。此処まで宜しいかしら、と見回した世恋はその時少し問題があったのだけど、と目を伏せる。 「糾未は玩具を手に入れたの。それは彼女の敬愛する兄と同じ種別のものだけど――まあ、妹がその玩具を使いこなせるかは判らないでしょう? 糾未が手にしたのは『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』と言う名前のアーティファクト。かのウィルモフ・ペリーシュの作成したアーティファクトよ。その効果は存在を喰らうこと。全てを喰らうお姫様は糾未の義眼になっているわ。……使いこなす事が出来る様になったのは最近の事のようなのだけど、ね」 共にいた親友に抉らせた目に宛がわれた虚無の目(おひめさま)。 咎花(あざみ)は咲き誇る。その存在を喰らわれながら。 存在を喰らうアーティファクトはアザーバイドとその存在を共有していた。漆黒の蝶々の姿をしたアザーバイドだ。ソレは無数に飛び交い、複数存在として認識できるが、全てを合わせて一つの個体なのだという。 その姿が完全なものでない以上、世恋にも未だ実情は分からないのだと首を振る。 「黒い蝶々の識別名は『禍ツ妃』。ジャミング効果を作り出し精度の良い万華鏡の予知を混乱させるわ。 このままでは糾未も喰われるかもしれないし従える可能性もある。どちらとも言えないけれど……どちらにせよ、凶行は頻発するわ。何よりも逸脱し、敬愛する兄と同じ位置に立ちたいから。 ――止めなければならないでしょう? さて、私達が向かう事になる村は『地図にない村』よ。……それは存在を食う憧憬瑕疵の影響よ。村は現状では『喪失存在』であり『空白』ということなの」 ● 改めて、お願いしたい事があるの、とハッキリと告げて、口をゆっくりと開いた。 「今回は皆にその『地図にない村』に向かって貰うわ。地図にない以上、その存在を掴むのにも一苦労した。けれど、そこには黄泉ヶ辻糾未が存在してる。それだけは確かよ。 皆はこれから黄泉ヶ辻糾未が存在する場所を三角形に囲んで儀式陣を展開してもらう。……憧憬瑕疵の能力を得た糾未を無力化する為の『打開策』を頂いたの。今はそれを信じるしかない。 儀式陣は上、右、左。中央部位に糾未を取り囲む形になる。私達の担当は上部にあたるわ」 その打開策は黄泉ヶ辻糾未をその場所に閉じ込めることができるという。別部隊が糾未を逃がさぬ様に応戦し、その間に儀式陣を完成させることでその効力を得れるということなのだが―― 「残念なお知らせなの。……私達の担当、上部には黄泉ヶ辻のフィクサードが先に到達しているわ。 先遣隊が『儀式陣』を構成している事に気づいたらしいの。その場で儀式陣を破壊、そして先遣隊も――……」 ぎゅ、と指先に力を込めて、桃色の瞳を彷徨わせる。言葉に詰まる世恋が決意を決めた様に声を絞った。 「再びアーク側が誰かを派遣する事をそのフィクサードは『警戒』しているの。 今回のお願いはそのフィクサードを撤退させ、その場所に儀式陣を構成し、陣を完成させること」 情報が見えづらい以上、敵がどの様な構成になっているか分からない。何処か落胆するリベリスタに世恋判っている情報だけ伝えるわと別の資料を手に取った。 「ノイズがかった中で見えたものを伝えておくわ。少しでも、力になれればいいのだけど……。 その場に存在するのは『樂落奏者』仇野縁破。糾未の親愛なる友人にして、彼女に付き従う少女よ。何らかの思慕があるのか、糾未に依存する様に彼女の事を慕っている様だから、トークは出来ても説得なんかで帰る様な子ではないわね……」 儀式陣の再構成は簡単だけど、と口にして、世恋は判らない事ばかりだけど、と手探りで掻き集めた情報全てを資料に詰め込んだと口にした。 「糾未を逃がさぬ様に、儀式陣を作成して欲しい。樂落奏者と、それから数人のフィクサード、ノーフェイスがその場には存在していると思われるわ。……どうぞ、ご武運をお祈りして」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月16日(木)22:49 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●『樂落奏者』は夕暮れを憂う 裏と表。重なり合わないからこそ、相反するからこそ傍に居て幸せであったのかもしれない。 人間とは自分と重なりあう所があると自ずと嫌悪する生き物だと知っていた。 滴る血が、何時か酸素に触れて黒ずんでいくように、変わって行ってしまうのだろうか。 「変わる事は、棄てることと同じやで。解り合う事もまた、何か捨てると同義や」 クローがかち、かちと鳴る。周辺に転がる死体の頭を蹴飛ばして『樂落奏者』仇野・縁破は詰まらなそうに溜め息を一つ。 蒼い瞳は、感情を灯さないままの瞳でリベリスタだったものを見詰めて「おもろない」と小さく呟いた。 「それでな、リウちゃん。何かを捨てなきゃ人って成長できへんねん」 振り仰ぐ、蒼い瞳が細められて楽しげに笑い始める。蝶々が羽ばたいて、黒い雨の様に周囲を覆い尽くす。視界を覆ったソレが飛び立った向こう。 「変わるって、怖いやろ――? なァ、リベリスタ」 ●演目紹介 ごめんなさいはどれ程都合のいい言葉であったのだろうか。『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)はそう思う。耳に馴染み始めてしまった気もする黄泉ヶ辻のフィクサードの口癖が何時しか、彼女が自分自身へと言い聞かせているものである様に感じ始めたのだ。 蝶々が、視界を覆う。目の前で黒地に描いた蒼い薔薇。絡む蔦に白い薔薇。華美な着物を纏った白銀の髪の少女が蒼い瞳を細めて立っている。 「御機嫌よう、ヨリハちゃん。この前はデートすっぽかしてごめんね」 まるで旧知の友人に声をかける様に『童貞チキンレース』御厨・夏栖斗(BNE000004)は少女へと声を掛けた。夏栖斗は黄泉ヶ辻の悪意に触れ続けていた。その中に一匙の善意があったとするならば、其れこそが『ヨリハちゃん』という少女なのだろう。蝶々の羽ばたきを聞きながら、やる気を漲らせていた『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は両手に矜持を手にしながらじ、とフィクサードの少女を見詰めた。 「……仇野縁破。生まれながらの黄泉ヶ辻、ですか」 「ハジメマシテ、可愛いシスターさんが二人もおるんやねぇ? アークって個性的!」 縁破の声に、ぎゅとロザリオを握りしめたリリが年齢よりも幾ばくか幼く見える整ったかんばせに焦りを浮かべる。戦場には似合わないハイテンション。その様はかの黄泉ヶ辻の首領を想いださずには居られなかった。だが、その狂気や逸脱に『樂落奏者』は到っていない。傍から見れば普通の少女なのだ。そう、彼女の狂気は顔を出して居ないのだから。 「アハハッ! あたしと遊ぶ為に来てくれたん? 光栄や!」 舞台の案内人が両手を広げて笑う様を『道化師』斎藤・和人(BNE004070)は待ち望んでいたと言っても過言では無かった。可愛い少女からのご招待だ。折角の『ショー』なのだからお洒落をしなくては意味がない。細部にまで気を使った『化粧』は可愛い案内人への気遣いとも取れたのだろう。 「ショータイムにご招待って事で、今回もおめかししてみたぜ? ひっさしぶりーヨリハちゃん」 「……誰かと思った。見違えたなァ、おにーさん? 一段と男前になって。惚れてまうやろ?」 くすくすと笑う関西の訛りが愛嬌でも齎すのであろうか。和人はその言葉にやや身構えるしかない。逢わないうちに強くなったね、と告げたのと同義だ。へらへらと笑う少女の瞳はあの冬の寒い夜と同じ様に冷え切っていた。 「ヨリハちゃんこそ相変わらず可愛いねー! あん時より上手く踊れるようになったし、楽しもうぜ?」 「あー、それは灯璃の台詞! ヨーリーハーちゃーん! あーそーぼーっ」 遊びに来た子供様な台詞であった。この場に居るリベリスタの大半はこのフィクサードと顔見知りなのだろう。それ以上に、幼い外見をした少女はアジテーターだ。周囲を盛り上げる事こそを至上とする節がある。未だ見え隠れする黄泉ヶ辻の狂気を抜きにするなれば『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)にとっての仇野縁破という少女は十分な遊び相手なのだから。 だが、その中でも『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)は常ならばぼんやりとした表情を歪めて俯いていた。明るく騒がしく、何よりも玩具を手にした子供の様な振る舞いをする縁破はリンシードとは対に当たる性質であろう。 だが、心の何処かでリンシードは感じていたのだ。 「……こんにちは、初めまして……縁破さん。なんとなく、私と貴女、似ている様な気がします……」 ぴくり、と少女の指先が動いた事を『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)は見逃さない。吐き出す煙草の紫煙の揺らめく向こう、見え隠れする狂気が前面に押し出される。誰かを至上とし誰かの為にこの場所に居るリンシードは糾華お姉様と『縁破の主』と似た名前を呼んだのだ。 「なんやの? 似てなんか、ないで?」 誰かの為に。嗚呼、それほど強固な共通点が他にあるだろうか! 震える指先を見逃さないゲルトは煙草の火を消した。身構える彼の目の前でブラックコードを手にした小さな少女が笑っている。かち、かちとクローが鳴り、それと同時に縁破の親愛なる友人が顔を出す。即ち、狂気人形(ハッピードール)だ。 その様子をじ、と見詰めていた『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)は理得ちゃん、と小さく名前を呼ぶ。篁理得という名前のフィクサードは何時も以上に無表情であった。それ以上に、ハッピードールが気色の悪い声を漏らしながら戦線を整え始めた事の方が十分に驚異だ。 身構えるリンシードがじりじりと仲間達から離れながら、切っ先を縁破へと向ける。ぶれないソレが、小さくかたりと鳴った。 「あたしは、あんたと何か似てない。あたし、あんたを知ってるよ? 『鏡操り人形』! 今日は『告死の蝶』とは別行動? 糾未に殺されへん事をお祈りしておき!」 「……それは、此方の台詞です。縁破さん……お姉様は、死にません」 魔力剣が彼女の力を込める様に淡い水色の魔力を纏う。縁破だって、気付いていたのだ。彼女と、自分が似ていると。認めてしまえば、きっと弱い自分しか出せないのだから。 「全ては馬鹿で可愛い『普通ちゃん』の為に! さあ、ショータイムや! あたしを楽しましてや?」 「無論、今日は逃しませんよ。『樂落奏者』仇野縁破」 『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)のConvictioが銀の魔力を帯びて、煌めいた。黒い蝶々をその槍で貫いて、笑うノエルに「ミス全殺し!」と楽しげに笑い始める。彼女の足元で死んでいる男の頭が幾度も蹴り飛ばされる。踏んで、蹴って、踏んで、ブーツの踵が血に濡れる。肉を抉るように幾度も踏み込むその足が、ぴたりと止まり、少女は両手を広げて、微笑んだ。 「おいでませ、『箱舟』! 特務機関『アーク』! ご案内はワタクシ、『樂落奏者』仇野縁破。お越し頂け、名もお呼び頂き大変結構。 感謝を示して『樂落奏者』は大サービス。思う存分黄泉ヶ辻させて頂きましょ! 本日の演目は――」 ●『今日は私に、』 『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は地図にない場所が好きだ。寧ろ、地図にない場所を攻略する事に達成感を覚えるのだ。 「御機嫌よう。ほら、やはり変わってしまったのでせう?」 PDWを構えたままエナーシアは首を傾げて笑う。紫の瞳を細めた彼女の言葉にぴくりと反応する縁破に構わず、リンシードが息を吸う。儀式陣から離れた20m位置。一人その場に立っているリンシードが姿を表して、にこりと笑う。開幕した舞台は殺風景なままではいけない、役者は大いに越したことはない。 「さぁさぁ……私と踊りましょう?」 彼女の声に誘われる様に向かう案山子がぴょいん、ぴょいんと跳ねあがる。黄泉ヶ辻のフィクサードを巻き込むソレに誘われる様に群がって行く。リンシードの華奢な身体を狙うソレを分断する様に√666を握りしめた夏栖斗が唇の端から牙を零して笑う。上がる口角から覗くヴァンパイアの牙。夜の男爵は高貴な笑みを浮かべて誘う。だが、その唇から零れる言葉は居たって普通の高校生の言葉だ。 「あ、そうそう、ヨリハちゃん。ケー番交換しない? こんどさ、いつでも会えるようにさ」 夏栖斗の言葉に青い瞳を瞬かせた縁破が意地が悪そうに笑う。 戦闘中であると言うのに縁破は短いショートパンツのポケットに入れたままの携帯電話を取り出した。じ、と見つめたそれに書かれた数字の羅列を夏栖斗へと読み上げていく。戦場には不似合いな光景に周囲のリベリスタも、フィクサードもその光景を見つめている。無論、カオマニーを所持しているのは縁破である以上ハッピードール達もその凶暴性を見せやしない。 「……はい? これでいーい? 童貞チキンレース……っと。御厨君ったら、お茶目やなあ」 へらり。その様子も学生そのものだ。そうかなあ、と頭をかく夏栖斗も幾ら理性的で言葉を交わせる『少女』だとしても簡単に携帯電話の番号を、連絡先を交換出来るなどとは踏んでいなかった。 童貞チキンレースから電話来るんやで、とはしゃぐその姿はその年頃の『少女』のものだ。だが、それに狂気を感じてしまうのはこの場所が戦場であるからか、それとも、楽しげな縁破の瞳が全く笑っていないからであろうか。軽いジョークに乗った樂落奏者。意地悪そうな青い瞳が細められ、手にした携帯電話をそのままへし折った。 「あ、ごっめーん。あたしの携帯壊れた。なァ、御厨――童貞チキンレースとの楽しいテレフォントークのお時間はまたの機会やな?」 べき。ぐしゃ。 地面に落とされたそれがヒールのあるブーツに踏みつぶされる。踵が繰り返し携帯電話を踏み躙る。まるで何かを憎悪するように、破壊衝動をすべてそこに向けるように。幾度も。がしゃん、がしゃん、と。 「狂気的、とでもいうんでしょうか? いきますよ、縁破さん。今度は止めて見せます」 双鉄扇を握りしめた慧架は気を制御する。真の戦いの構えを可能とする彼女の目の前に迫るハッピードールが幸福状態を作り出し、放ちだすブレインコキュートス。 慧架が目指すのは縁破の元だ。だが、その往く手を遮るものに彼女は小さく舌打ちを漏らす他ない。 「相変わらず、面倒な生き物ばかり。Bless you! 貴方よりもっと素敵な幸福をあげるわ!」 中衛で構えたままの慧架の体を蝕むソレ。危うく巻き込まれそうになったものを回避して、PDWを構えて弾丸を打ち出した。タクティカルブーツに包まれた靴底が、足場の悪い畑の土を掘り返す様に巻き上げて、でこぼことした地面の上を滑りだす。 祈りが、審判が下される。降り注ぐ炎の雨が神の恵みであるかのように、蒼さを増して、温度を向上させていく。右手の「十戒」が己が教義を示しだす。ずり、と滑る足を支える星屑のブーツは足場の悪い場所で粘る様に身体を支え続ける。 炎の雨の中、その炎に身体を焼きながらも前線へと飛び出す理得の行く手を遮るようにゲルトが立ちはだかる。後衛位置に立つリリには誰も近付かない。ふ、と息を吐き、蒼い瞳を細めて彼女は「Dies irae」と「十戒」を手に常なる呪いを口にした。 己は何のためにここに在るか。己は何か。己が『神』が用意した歯車であるなれば。 「さあ、『お祈り』を始めましょう。内から止まらぬ歯車ならば、外から止めて見せましょう」 「神は私達を世界という名の箱庭に組み込んだ。しかし、不具合が多いのは神の技術不足か? その技術を補う事が、我々の役目だ。今の私にできるのは迷える子羊が喰われる前に踏ん張るだけだ」 リリの炎をすり抜けて、前線で笑みを浮かべるヘブンズドールへと魔銃バーニーを突きつけた。肉の塊に、噎せ返る焼ける匂いに杏樹は止まらない。広い視野の中、古びた十字架が彼女の胸で揺れた。 「――さあ、悪あがきしようか? ヨリハちゃん」 ヘブンズドールの背後をすり抜けて、撃ちだされるのは弾丸では無い。彼女が戦い続けた『証』だ。向けられる銃口がふ、と動き続ける。離れたハッピードールの奇声は彼等の精神力を奪うものだ。ソレはノワールオルールという神秘的な魔力に精通した闇の貴族としての力だ。 「悪足掻きは、嫌いやないで?」 けれど、その悪足掻きは『舞台』には似合わない。一気に攻勢を強める中、縁破を庇うフィクサードが彼女の目の前で打ち出す荒れ狂う雷。地図にない村に落ちてくるその攻撃を横目に、ナイフが理得のブラックコードを受け止めた。 「――何度目だろうか?」 「さあ、もうわからないね?」 ひゅ、と糸が絡みつく。切り裂く様なソレがゲルトの頬を裂いていく。ステップは変わらない。戦場の半分を癒し続ける案山子を横目に、前線に飛び込んだノエルが銀の軌跡を放って一気にその攻撃を撃ちこんだ。彼女は敵を穿つ事に特化している。それ故に、全ての攻撃を力の代償として受け続ける他にない。 癒し手のないリベリスタ陣営と比べて、万全の癒しを持ったフィクサードは長期戦に向いていたと言えよう。殲滅を目的とした行動であれど、前線に立つノエルの体は幾度も幾度もハッピードールによって攻撃を続けられる。 「おっと、可愛いお姉さんを狙いたいって?」 儀式陣へと近寄り続ける敵は依然として数を減らさない。ノエルへと攻撃を続けるハッピードールの横面を改造銃が殴りつける。アア、と気色の悪い声を出し、倒れていくハッピードールの身体を押しのけて続け様に襲い来るハッピードールに肩を竦めて和人が唇に浮かべる笑みは面白半分と言ったところか。 「モテるおっさんは辛いねぇ?」 「でも、モテても嬉しくない敵だよねー? ヨッリハちゃーん、灯璃の事は覚えてくれたぁ?」 蠱惑的な笑みを浮かべる唇は、彼女が過ごした六十年と言う永きを表すに十分であった。鮮やかな橙の瞳が炎を灯す様に煌めき続ける。赤伯爵、黒男爵がジャラリと音を立て、鎖を伸ばした。全体に布陣するハッピードールを貫いていく。縁破を掠める剣。だが、その傷を案山子は癒す。 ぴょいん、と跳ねる案山子を再度呼び寄せるリンシードへとフィクサードの攻撃が掠めた。白いドレスが破れ、血が溢れだす。 「貴女のご機嫌は……解りません。私には、貴女への興味はないのですから」 む、と唇を尖らす縁破にリンシードはぼんやりとした灰色の瞳を向けた。彼女の感情は薄い。少女の心としては枯れ切った荒野の様であった。与えられた任務を着々とこなす駒は段々と感情を得た。其れが依存心に近いものであるのかもしれないと、リンシードは知ってか知らずか口にする。 「私の親愛なる人が……、その人が、糾未を止めると言ったのです……。だからこそ、私は此処に在る……」 『彼女』が糾未を倒すと決めていた。『彼女』の為にと思った。『彼女』の為ならば何でもできる。 ただ、死にたくはない。日常と、大切な人を守るために。自分は、駒ではなく、一人の『リンシード』として動かなければならないのだから。 「じゃあ、あんた、その人が死んでって言うたら死ぬ?」 「……さあ?」 答えはこの戦いが終った時に。小さく呟く声は淡く色づく形の良い唇から洩れるにしては似合わない言葉であった。 下らない問答だ。そんな事、言う訳が無いのだから! 「貴女は、死ねるんですか……?」 「さあ、それも、どうやろね?」 勝ったら教えてあげる、と小さく笑った。縁破が登らすバッドムーンフォークロア。擬似的な赤い月を見据えてリンシードは案山子やフィクサードの手から逃れる様に魔力剣で受け止めた。 「誰かの為に、尽くせるならば……。私は、あの人の為でしたら、何だってできます……。それでは、尽くす者同士……勝負です!」 ――縁破。 名を呼ぶ声が、鼓膜を擽った気がした。死体の中で術具を握りしめた人間が居る事にノエルは気付いていた。嗚呼、けれど、ソレに気付いたのは縁破も同じなのだろう。彼女はあくまで殲滅を目的とした様に真っ直ぐ前へと詰め寄って、Convictioを突き出した。腹を掠めた槍に「Wow」などと手をひらひらとして後ずさる女の影に寄り添う様にフィクサードが躍り出る。 willaの端が土で、血で汚れていく。デュランダルの弾きだす力が彼女の体を吹き飛ばしたのだ。だが、回復手であるフィクサードの姿も確認できている。だが、ノエルは大人しくその場から引く様な女では無かったのだ。 銀の長い髪を靡かせる。艶やかな紫の瞳が映すのは己の『世界』だけだった。己の世界を構築するものは何か。ノエルにとっての『世界』は己が信ずる『正義』唯、それだけだ。 「わたくしは『正義』を貫くだけ。わたくしの『世界』に貴女は要りません」 「相変わらずミス全殺しさんったら殺意タップリ。そう言う所、痺れるわァ」 へらへらと笑う少女に普段のノエルであれば「そうですか」と緩やかに笑った事だろう。微笑を浮かべ、話を聞いていただろう。だが、戦場での彼女は己を貫く事しか知らない。 この場で縁破が思う事も、信ずる事もある程度は解る事ができるだろう。だが、それはある程度の『認識』だ。実際は理解には届いていないのかもしれない。肯定するでもなく、否定するでもなく。 「貴女は、必要ありません」 それは、尤も覆らない彼女自身の決定だった。運命を代償にして、女は笑う。その運命は世界の為に。その槍は世界の敵に。唯一心に貫き通すは『正義』の礎。 手を伸ばし、術具を握りしめる。踏みしめた土。足が喰い込み、白いズボンの裾が汚れた事にもノエルは気を止めなかった。身体を反転させて、投げた術具がリベリスタ陣営の後衛――リリの元へと舞っていく。 手を伸ばそうとする理得の腕を討ち抜いてエナーシアは「リリさん!」と名を呼んだ。行く手を遮ろうとするハッピードールを呼ぶように夏栖斗が√666を振るう。 「余所見するとか妬けちゃうだろ? お前らの相手はこの僕だ!」 ヘブンズドールが夏栖斗へ向かい走りだす。畑の土が盛り上がる、蹴り上げるにしては柔らか過ぎるそれを踏みしめて、飛びあがったまま繰り出すそれは赤い花を咲かせていく。鮮血は艶やかなる薔薇の様だ。 「お祈りを、始めましょう」 ぎゅ、と組み合わせた両手。予定されていた構築開始より遅れてしまったソレではあるが、リベリスタ達は何れも怪我を応戦を続けていた。 「蝶の帳は目隠ししてくるのね。あちらは大丈夫なのかしら?」 くす、と笑ったエナーシアの弾丸がハッピードールを穿ち、その動きを止めてしまう。前線に押し上げるハッピードールが慧架を狙う様に放ちだすブレインバウンド。ふ、と避け、真っ直ぐに押し上げる彼女が向かう先は再度、縁破の元だ。 「あんたはうちが止めますえ」 「やってみ?」 な、と笑った蒼い瞳。前線で炸裂されるブラッドエンドデッド。赤い海を作りあげ、死を告げる死神の名を冠した攻撃に、慧架は小さく微笑んだ。 「貴女には、他にもっと知って頂きたい事があるのですよ。だから、今遣られている事は止めて頂かなくちゃ、だめです。ねえ? 樂落奏者さん」 「止める。そして、お前と俺の話をしよう。友人になれたかもしれないという夢の話しをな」 ナイフが煌めき、少女の体へ付きたてられる。篁理得はただ、その言葉を聞いて、小さく笑ったのだ。 「じゃあ、その夢を教えて?」 ●『明日は貴方に』 翅を揺らす蝶を切り裂き、儀式が始まるその時に、リベリスタ達は一気に防御姿勢を固めていた。何よりも儀式陣を完成させる事こそが目的であるのだ。 縁破が蹴り飛ばす物言わぬ死体。血の海に沈むソレは黄泉ヶ辻糾未の為にこの場所に赴いた先遣隊のものだ。 「ヨーリハちゃん? リベリスタ殺したのもヨリハちゃん?」 「その通り。何? お説教は聞き飽きた。あたしに語るのは愛の言葉で十分や!」 あいしてるよ、と紡ぎ笑った灯璃の剣が案山子の体を撃ち抜いた。瞳は真っ直ぐに縁破へと向けられる。灯璃の目的は縁破の持つカオマニーだ。他のフィクサードが持つアーティファクトと比べ、『ヘテロクロミア』というカオマニーの上位存在を失ったばかりの縁破は『厄介な代物』を持ってはいない。 カオマニーの位置は彼女の着物に隠された腕だ。火傷で爛れ、人に見せる事を厭うソレは中々狙う機会を得ない。 「ヨリハちゃん、灯璃はヨリハちゃんがだーいすきだよ? だから、遊んでるんだ! ねえ、ヨリハちゃん。眩む程の闇の中で『あかり』だけを求めて! 灯璃が照らしてあげようか!」 笑い続ける灯璃のウェーブの掛かる銀髪が揺れる。炎を燃やす様な瞳が、愛情を湛え、愛おしげに細められた。陶器の様な肌へと付いた傷に灯璃は「いたいなあ」と笑うのみ。 儀式を狙おうとするフィクサードの合間を斯いて厄介な回復役を狙う灯璃のお陰か段々とフィクサードも弱り続ける。 「人に愛されるんは嬉しいよ?」 「じゃあ、僕らに愛されて其の侭、改心しちゃう? なんてね」 死した彼等に報いる為に。夏栖斗が『獣』の咆哮を吐き出した。ヘブンズドールを幾度も幾度も攻撃し続けるソレはフェーズ3のノーフェイスの体力を着実に減らしていた事であろう。だが、ヘブンズドールが夏栖斗に集中する事は即ち、彼が攻撃を受け続ける事になる。 ブレインショック&ショック。笑みを浮かべたヘブンズドールの幸福感染の所為で夏栖斗の動きは遅くなっていく。幻惑がハッピードールを幸福にしていることだって解っていた。 確かに縁破は理性的な『黄泉ヶ辻』であったのだと夏栖斗は感じていた。 だが、彼女が連れるノーフェイスは完璧に狂っている。それでも、彼女が好ましいと思えるのは。 「僕だって何かが狂ってるのかもしれない。分かり合えない美徳だって、今なら僕にもわかる気がするんだ!」 声を張り呼び寄せる夏栖斗の元へとヘブンズドールが変化した肉の翼を振り下ろす。√666が受け止めて、膝が震える。運命の歯車が一つ、かちりと噛み合った。寵愛を代償に立ちはだかった彼は夜の男爵でも、闇の貴族でもない。その姿や正に獣だ。 「今日は私に、明日はあなたに。いい呪いの言葉だよ! けど、僕の番は未だだ!」 声を張り、闇の残影がヘブンズドールへ襲い掛かる。血を貪るその様子はケダモノであると縁破の背筋がぞくりと振るえる。 嗚呼、最高だ、リベリスタ! もっと狂って、もっともっと、そして『彼女』を普通だと想わせて! 「普通ってのは意外としぶとく生き汚いものよ。世に溢れ無くならない位わね」 エナーシアの弾丸がヘブンズドールを無力化させる。4体のうち、ハッピードールは残る1体になっている。未だ健在な黄泉ヶ辻フィクサードのホーリーメイガスが、癒しを続ける所為か縁破や理得には未だまだ余裕の表情が浮かんでいた。 戦闘開始から随分な時間がたったのだとエナーシアは感じていた。嗚呼、けれど、普段の戦闘と比べれば十分と短い時間であるのだが。銃を扱える一般人は唇を歪め、意地悪く笑う。何処か幼く見えるかんばせに浮かべるには似合わない大人の笑みは子供のままの黄泉ヶ辻を嘲笑う様に見詰めていた。 「忘れて居たわ。地図にない場所へご招待有難う? 好みなのよね。 さて、ここはどんなミチがあるのかしら? 暗い晦冥の道でない事をお祈りしてあげるわ!」 「普通の『一般人』サンもお元気そうで何より! 銃火器の祝福はあたしらに与えてくれないん?」 くつくつと笑う縁破がクローを振るう。慧架の膚を切り裂いて、クローの先が双鉄扇に受け止められた。唇を噛み締めて、安定的なバランス能力を其の侭利用して、流れる様に、縁破の体を大地へと叩きつける。華奢な身体が軋みをあげて、骨が拉げる感覚に縁破は笑い、其の侭膝を立て、慧架の膝を切り裂いた。 「止めてやりますえ。あんたがうちを倒すか、うちがあんたを倒すか。そのどちらかしかありまへん」 「そのどちらかはルーレットが指し示す先、や。戦闘は如何に畳みかけるか! ソレに関してはお姉さんは『正しかった』。けど、そんな甘く遣られる女やないで?」 攻撃を避ける事に慧架は向いていたのだろう。だが、真っ直ぐに一人で少女と撃ち合うには痛み分け、否、それ以上に自身への被害が大きかったのだ。運命が削り取られる。だが、彼女は止まらない。しかし、前線に存在するフィクサードからの連続攻撃は彼女の膝を震えさせるのも仕方が無かったのだ。 目の前で案山子が跳ねている。その様子だけならばリンシードは首を傾げるだけに済む。なんとも間抜けな様子で在るからだ。踊る様に彼女が呼び寄せるフィクサード。しっかりと引きつけながらも攻撃役は彼女の白いドレスを切り裂いていく。艶やかな頬を裂き、血が溢れだす。攻勢の弱い対象を呼び集めていたリンシードで有るが故に、未だ、運命を支払わずに居たが、只管に呼びよせるソレは彼女の体力をじりじりと削るだけである。 「……私は、負けません……。挫けません。そこに、戦う理由が、あるのだから……」 「戦う理由。ええ、わたくしにもそれはあります」 運命を燃やし上げたノエルは真っ直ぐにConvictioを突き出した。彼女の渾身の一撃はノーフェイスの体を抉りこむ。全ての攻撃を受け止めて、その上で彼女はその痛みを込める様にハッピードールを絶命させたのだ。 ただ、その紫の瞳は憎しみを湛えない。彼女は世界を愛している。しかして、その愛情は生半可なものではないのだ。依存や、ソレに激しく似た絶対的な存在を守ると言う庇護欲。可愛らしい女の情では無い、もっと絶対的な痛みと似た信条だ。 唇を噛み締める。前線のフィクサードが抜けようとする其れを止めようノエルの体が滑り込む。彼女の紫の瞳が瞬時、樂落奏者へ向けられる。瞬間で浮かんだ情は彼女の『穏やか』な一面であっただのみだ。 「樂落奏者。いえ、縁破。期せずして長い付き合いとなりましたね。貴女にも糾未にも止まり得る時期はあった」 「ミス全殺しはお優しいなあ。その優しさであたしたらを貫いてくれるん?」 Convictioがフィクサードの体を弾き飛ばす。その間にも、ため息交じり、ノエル・ファイニングと言う女は冷酷な一面を覗かせる様に唯、静かに笑った。 「止めることができなかったのはわたくしであり、貴女でもあり。なればわたくしが貴女に優しさを一つ差し上げましょう」 言葉が槍の様に鋭く、身体を貫き通す。銀騎士は世界の為ならば何だって斬り伏せる。ミス全殺しという通り名が彼女の冷酷な一面を示すのであれば、今のノエルは『ミス全殺し』ではなく、情のある『銀騎士』なのだろうか。 「敢えて言いましょう。『残念です』。――さようならを差し上げましょう」 「×××××(言えない五文字)は何かしら? さようならでせう?」 くすり、浮かべたエナーシアの言葉に縁破の瞳に浮かぶ殺意。弾け飛ぶように慧架の体を切り裂いて、彼女が前のめりに倒れかかる瞬間に背後で儀式をするリリの元へと滑りこもうとするその体の往く手を和人が遮った。 「おっと、行かせらんねぇな。可愛いお嬢さんの瞳は独り占めしてたいだろ?」 和人の改造銃が縁破の横面へと叩きつけられる。整ったかんばせが歪み、口の端が切れる。唇をかんだ衝撃で深く切れた唇の端から流れる赤はまるでルージュの様だ。 和人とて、少女を殴りつける趣味は無い。だが、この場で一番の耐久を持つ彼は誰よりも樂落奏者を止める事に向いていたのだろう。切り裂こうと真っ直ぐに振るうクローが和人の腹を切り裂いた。痛みを感じはする。だが、その痛みのみでは終らない。 「どう? 前より踊れるようになったろ? 惚れ直した?」 「十分。惚れとるで?」 くすくすと冗談を繰り返す縁破の様子に、和人は少し視線を降ろす。狂っていても、人は誰かの愛情を欲しがるものなのだろう。 「じゃあ、良い事を教えてあげるよ。ヨリハちゃん。俺の我儘に付き合ってくんね?」 「――NOとは言わしてくれへんのやろ? 強引」 くす、と唇が歪められる。命の取引が続くその間。継続する戦闘は確かにリベリスタ達の運命を削り続けたのだろう。 「でも、その前に、」 ●終幕 パァンッ―― は、と視線を向ける縁破が顔をあげる。蒼い光が放たれる。背後で魔術知識を、深淵を手繰り続けたリリが息をつく。完成する儀式陣、中央に布陣する彼女が術具を手に立ち上がる。 「私にできる、私がすべき全ての『お祈り』の為。……如何ですか?」 「ハッ、上出来やね、お嬢さん?」 蒼き魔弾の名を冠する少女が立ち上がる。銃を手に、構成したものを壊す事が無い様に。ひゅ、と蔦が弾け飛ぶ。ソレに合わせて散る薔薇が、鮮やかな黒翅の蝶が乱れ飛ぶ。ファクスィミレと名を付けた縁破が研鑽した術がリリを目掛けて飛びだした。 「なぁ、縁破。お前は言っていたな。分かり合えない事は美徳だ、と」 その蔦を受け止めた魔力盾に力を込める。一気に押し出す攻撃に彼の身を苛もうとしたもの全てを彼はその身に蓄積させた。故に、苛むものは何もない。 「確かに人と人が完全に解り合うと言うのは難しいだろう。其れでも人は、理解したいと思い、理解しようと努力できる。其れこそが美徳だと俺は想う」 その言葉は縁破に向ける様で、何処か理得へと向けられる。理得の切り裂く攻撃にゲルトは耐える様に再度、ナイフで切りつける。一対一の戦いの中、少女が声を張る。どいて、と。だが、ソレは聞けないのだ、とゲルトは幾度もナイフを突き立てた。 ゲルトが理得を引きつける様に、理得もまた、彼の往く手を遮った。こっちを見て、と言う様に大きな桃色の瞳が彼から離れない。 「俺は守る事こそが至上だ。お前の『生きる意味』を俺は聞きたい。前にも云ったな。俺とこい、と」 「そんなことばっかり言うから嫌い。一緒になんて、行けないんだから!」 縁破が、糾未が居る場所がい場所だと感じていた。だからこそ、その場所に居たかった。 これ以上、喪う物なんて、なにもいらなかった。けれど、喪う物がある事は縁破だって、和人だって解っていたのだ。 「ヒトはヒトで有る限り、永遠に不変なモノなんてねーよな。趣味や趣向、愛情だってそう」 「変わっていくのは、喪う事や。ちがう?」 「俺らが変わらないのは有り得ない。変わらないのは昆虫標本みてーに時を止めた中にしかねーのさ」 それでも期待してしまう。目の前に進むべきはバットエンドしかないのに。進みゆく戦闘の中で、タイムリミットを感じながらクローを振るう縁破に和人は瞳を細めて寂しげに呟いた。 「何か、放っとけねーわ」 バッドエンドしかないのに、望んでしまう。期待してしまう。それは、まるで恋心だ。 恋心は神様が彼らに与えた尤も人間的な感情であるのかもしれない。嗚呼、其れははんと罪深い果実のようなのか。 「……お姉様の為にも、負けられません。期待して、くれてるのですから……!」 立場が違えば、きっと、仲良くなれたと思う。だからこそ、彼女を放っておけないのだ。自分と似ているから。誰かの為だと思う自分と、酷似しているから。 縁破とて、リンシードの姿を己と重ねる部分があった。其れを認めたくないのは、リンシード・フラックスが愛しい『おねえさま』の傍に未だに居る事ができるからだ。足場が揺らぐ仇野縁破にとってはどれ程羨ましいことであるか! 「――しんで?」 一言、吐き出した。彼女の指示に従う様にヘブンズドールが全体攻撃を煽り出す。フィクサードが、リンシードへと襲い来る。痛みに、眉をしかめ、人形の如き美貌を血で汚す。 「……おねえさま」 名を呼んで、力を下さい、と祈る様に指を組み合わせる。眩む意識が、灰色の瞳が、細められて緩く笑う。 その祈りを感じとる様に、二人のシスターの胸元でロザリオが揺れた。 「神様、あなたは残酷です。それでも――!」 「ああ、世界は如何してこうも残酷なのだろうな? 私は狩人だ。罪深い命の狩人だ。 だが、それでも神は私を世界から駆逐しない。神様、私は神様が嫌いだ。だが、同時に私が嫌いだ!」 理不尽な世界に、如何して未だに神様を愛してしまえたのだろうか。 嫌いだと口にするたびに「それでも神様が好きだ」と、組み合わせる指先がある事を杏樹は知っている。 その『嫌い』は言い訳の様なのかもしれなかった。縁破の「分かり合えないのが美徳」だという言葉と同義。神様が作ったこの世界が不完全で、創造者の理不尽に怒りを覚える事があっても、その創造者が『正答』を示すなら杏樹は其れを否定しない。 傷だらけ、前線で戦うシスターと後衛で深淵を覗き込むシスター。二人は互いに銃から弾丸を吐きだした。 「「Amen――!!」」 二人のシスターが放つ弾丸は真っ直ぐに飛び込んだ。蒼い軌跡と橙の軌跡を残して、縁破を狙う其れを受け止めたフィクサードが絶命する。 儀式陣構築後、そこから攻勢を強め出すフィクサードに、リベリスタ側の被害も甚大であった。前線で攻撃を続けていた慧架に続き、ノエルや夏栖斗、アッパーユアハートを一人で行う現状になっていたリンシードも戦闘から離脱してしまっていた。行く手を失ったヘブンズドールが次に襲うのは灯璃であった。 燃えるような赤い瞳が、長引く戦闘の中で、タイムリミットを数えながら細められる。 「ねーぇ、ヨリハちゃん。ヨミガツジアザミってだぁれ? 禍ツ妃に喰べられた犠牲者?」 アハハハハッ、なんと狂気染みた笑い声であろうか。ヘブンズドールの攻撃に苛まれ、其れを癒すゲルトを理得が傷つける。運命を支払っても、彼等は留まるところを知らなかった。傷つき、エナーシアが滑り込む様に全ての案山子を撃ち抜いた。彼女も十分の傷を負っているが、それ以上に、その弾丸が『痛み』を告げる事が勝っていたのだ。 「人が変わりゆく。変わりたくないから声に出すのよ。好きよ、愛してる、それから、『私は一般人』ってね? 恋心とか、そんな物は解らないけれど、けど、変わるか変わらないかなら、解るのだわ」 「その恋心を変えてしまうのもまた、お姫様の『眼』なのかもしれないよ? あははっ!」 くすくす、けたけた。カオマニーを狙おうと浮かび上がった彼女が縁破へと目を凝らす。着物を切り裂いて、華美な衣装が赤く染まっていく。無論、それでも、小さな宝石を破壊し切るには足りて居ない。 灯璃の言葉が、縁破の心を削り続ける。放置しておけないと情愛を持った和人と違い、灯璃は遊ぶ様に、子供の様に『意地悪』をするのだ。 「あの子はどんな破滅を辿るのかな? この村みたいに皆忘れちゃうのかな?」 「あたしが、糾未を覚えてる!」 「大好きなのに、忘れちゃったら如何しよう? 親愛なる友人を失っちゃうんだねえ、糾未ちゃん。可哀想!」 くすくす。黒と赤を基調にしたゴシックパンクの服が血で汚れていく。灯璃は笑い続ける。継続戦闘の中、特別に防御を固めていた和人やゲルトの他、後衛のシューターばかりの現状で前線に立っていた灯璃の意識が眩み始める。 暗闇で、求めるべき『アカリ』が眩んでどうなるか。嗚呼、此処で、倒れては居れないのだ、と意識を強く持った。狙う切っ先に理得が慌てた様に手を伸ばす、その腕を掴み細い体を留めたゲルトが理得、と名を呼んだ。 「――ヨリハちゃん!」 「三度目の正直だ。今度は肩だけじゃ終らせない!」 灯璃の剣が縁破の左腕を切り裂いて骨をも断ち切らん勢いで喰い込んだ。撃ち出した弾丸が、縁破の腹を抉りこむ。血が溢れ、痛みを堪える様に『悪足掻き』を続ける樂落奏者が狂った様に笑みを浮かべる。痛みを喜ぶように、周囲に散らばる自身の部下やハッピードール、先遣隊リベリスタの死体を甚振る様に攻撃を広めながら、笑い続ける。 嗚呼、けれど、縁破の膝も震え始める。心に過ぎる恐怖に、彼女の足が糾未の居る学校の方向へと向いた。 それが、タイムリミットなのだと、ゲルトは気付く。杏樹が信号弾をあげてから80秒。構築された舞台はしっかりと三角形を保ったまま完成されたのだ。 「ハハ……ッ、楽しいなァ、リベリスタ!」 血濡れだった。樂落奏者が、舞台の案内人が聞いて笑わせるではないか。死に物狂いで逃げ出した。 火傷だらけの肌が露見するのも厭わない。薔薇と蔦の模様を描く着物は脱ぎ捨てた。左腕に装着されたカオマニーをリリが狙い撃つ。真っ直ぐに蒼い瞳が見据えて、銃から一つ『蒼』を吐き出した。投げ上げたソレの代わりに、左手から右手へとシフトした銃を持ち直す。 再度、弾丸を発し、投げ上げた銃を手にするリリによって、カオマニーがぱりん、と割れたと同時、未だ存命であったヘブンズドールが『制御』を失った様にリベリスタへと襲い来る。狂気を増すその中で、「ヨリハちゃん」と呼ぶ声に、彼女は振り向かない。 ただ、傍に居たかった。舞台が崩れさることにも気付いていたのに。 馬鹿らしいではないか、なんと、なんと子供染みた考えだったのだろうか! 軋み、狂って、手が離れていく。すれ違って、届かなくなって、其れからどうした。 「ヨリハちゃん! どっちにしろ、ちゃんと最期まで演じて見せなよ?」 掛かる声に振り返る事はしない。縁破を庇う様に大きな桃色の瞳でじっと見据えた理得が立っている。 ふ、と杏樹が橙の瞳を細めて緩やかに笑う。最期の最期だ、焦点を合わせ、魔銃が弾丸を撃ち出した。弾丸は少女の体を弾き飛ばす。理得の体が大きく跳ねた。嘔吐く少女の体が軋む。背骨が軋み、支える脚が頼りなさげに傾いた。 唇から零れる血を拭い、彼女は真っ直ぐにリベリスタへと掴みかかる。その往く手を遮るゲルトにはその時、明確に解ってしまったのだ。 がくん、と身体を揺らす少女の瞳に明確に浮かぶ殺意。ゲルトはソレが『理得の生きる意味』だと悟ってしまった。友人になればいいと思えた。共に手を取り合えればいいと思えた。 それが縁破や糾未の様な、恋情に近い友情であり、決して恋情にならない『曖昧』な感情だと知っていた。必要なのかもしれなかった、彼女が。けれど、幼い少女を支えられるかもと考えてしまった事が己の理想を壊す事は認められない。 「俺の生きる意味は、仲間を守ることだ! 篁 理得! お前の生きる意味は――!」 「リウは、糾未ちゃんを、ヨリちゃんを守ることこそが!」 振り仰ぐ縁破の青い瞳が逸らされる。傷だらけ、前線へと走り込む。ぶつかる瞳に、傷だらけの体を引き摺って。 後、何回会えるだろうか、唇に乗せた言葉に理得は最期、戦場に見せるには似合わない優しい微笑みを浮かべて、囁く。 「りう、だいすきだったよ。おにいちゃん」 一言だけ。 其の侭、振るわれるブラックコードが絡みつく。ひゅん、と音を立て絡み続ける『生存エクスキューズ』。 探し求めた理想の果て、きっと『理想』が何かを殺す事になると知っていた。 彼女の体を抉る力が、少女の目線をゲルトに釘づけにする。離れない視線に、ゲルトは理得と呼んだ。 手を取ればいい、居場所を遣ればいい、生きる意味が分かったなら、もう一人じゃない筈なのだ。 ナイフが煌めく。切り裂くその場所から溢れ出る赤さえも何処か光の粒子に見えた。 「もう一度聞こう。生きる意味は見つけたか?」 「きっとね、ヨリちゃんを守って、おにいちゃんたちに殺されるのがリウだったんだ」 だから、これがきっと正解で、それから、きっと、不正解。 蝶々の中に紛れ蒼い少女が見えなくなった事に気づき、リウの大きな桃色の瞳からぽたり、と雫が溢れだす。 水や、たんぱく質や、リン酸塩で構成されただけのただの分泌液。身体を貫く衝撃に目を見開いて、少女の体から力が抜けていく。命が失われる『音』がした。 背後から掛かるフィクサードの声に少女は血だらけの手でゲルトの手を掴み、その手首へと後を残す。ギリ、と音を立てて喰い込む指先が呪いの様に締めつけた。 「また、逢おうね」 ●Dum spiro, spero. ――今日、私は『死』にました。明日は貴方に『死』が訪れるでしょう。 懸命に地面を蹴った。懸命に、走り続けた。 頭が酷くくらくらとした。血が足りないのだと解っていた。 傷を負い続けた身体が休息を求めているのだと解った。深手を負った自分が彼女の『足し』になるとは思わなかった。 膝が、震える。彼女は自分の主でありながら、それ以上の、謂わば家族の様な――己が片割れだったのだ。欠けてはならない片割れの元へと我武者羅に走り続ける。 追っ手は、ない。リベリスタの影はない。きっと理得が命を張って自分を逃がしてくれたのだろう。 は、は、と浅く息を吐き、彼女が居る屋上に辿りついた時、黒い影が視界を覆った。まるで大きな蝶が飛んでいる様だと、そう思った。 白かった筈の薔薇で彩られた着物が赤く染まっている。長い黒髪が広まって―― 「あざ、み?」 落ちてくる影を細い腕で懸命に受け止めた。骨が折れても良いと思った。彼女を救えるなら、それで。 嗚呼、なんてジョークだろうか。人を殺し続けた黄泉ヶ辻が『人が生きている』事に安堵しているだなんて。 嗚呼、なんてお笑い草だ! 彼女が生きているだけで、こんなにも幸福だと思えるだなんて。 名を呼んで、規則正しい鼓動に安堵しながら頬に手を添える。 「『……御機嫌よう! 貴女達のお姫様はとってもおいしかったわ!』」 絡まり続けた糸が、解ける。 おはよう、そして、『さようなら』、いとしいひと。 声にできなかった五文字を、口にして、君に告げたお別れに『誰か』がけたたましく笑いだす。 目の間で笑い続ける『女』の前で、ぷつり、と意識が途切れた。 誰よりも、何よりも、君が欲しいと知っていた。 誰よりも、何よりも、君が居ればいいと知っていた。 誰よりも、何よりも、×××××。 ――あいしてた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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