●雨の日の出来事 じとじとと雨が降っている。 間断なく続くそのノイズを『彼』は余り好きではない。 大凡殆どの事象に対して好意的で、状況に異常とも言える程のテンションを崩す事は無い彼が静かにしている等という状況は滅多にある事では無いのだ。 じとじとと雨が降っている。 『彼』でなくても滅入りそうな厚曇りの空からは大粒の雨が次々と振り落とされていた。窓ガラスを伝って落ちるその水滴に目を細めた『彼』の鼻が小さく鳴った。 ――HEY! KYOちゃん! 今日は随分アンニュイだNE! けたたましく響くその声に『彼』は――黄泉ヶ辻京介は「んー?」と少し気だるげな声を上げて自身の指先に視線を落とした。声の主は彼が十指に嵌めたシンプルなデザインの『指輪』である。『指輪』――知性と感情を持つアーティファクトである『狂気劇場』の感情を察するし、逆も又然り。恐らくはこの世界で最も相性のいい、殆ど唯一と言ってもいい『親友』が生じた疑問に答えるように京介は半ば独白めいて言葉を漏らす。 「嫌いなんだよね、こういう雨」 ――What? 「単純に好きじゃないのよ。人生のハイライトってヤツ? 俺様ちゃんのイヴェントって大抵、こういう日に起きるから」 不思議そうにした『狂気劇場』に京介はそれ以上を言わなかった。人間が人間としてあれば、どんな些細な話であろうと物語は積み重なるものだ。魔人の一として蛇蝎の如く忌み嫌われる『黄泉の狂介』とて何も木の股から生まれ落ちた訳では無い。彼には美しい母親が居た。優しく、自慢の母親だった。少なからず幼少時代の自身は母親に思慕が無かった訳では無いと――そういう風に認識している。だが、彼女を殺したのは京介自身である。 彼には父親が居た。『先代』の黄泉ヶ辻である。まさに黄泉ヶ辻らしく黄泉ヶ辻であった彼は――京介の人格形成に少なからぬ影響を与えた人物だ。大凡、これ以上は無いと言える程に『最低な父親』は現在(いま)の京介が遊びを考える時に『勝負』する相手である。父親の遊びに及ばないようでは、やる価値が無いと考えている。だが、そんな父親も彼が殺した。 「ま、嫌かどうかって言えばそうでもないんだけどね。ちょっと面倒くさい」 呟いた京介は誰が何と言おうとも或る一事を確信している。 悪には二種類があると言われており、それは『生まれついての悪』か『環境の作り出した悪』かである。逸脱に到る道も同じく先天性の才か、後天的に培われた事情かによるだろう。さりとて京介は『黄泉ヶ辻京介』なる悪、逸脱を決して後者とは思っていない。狂った血を受け継ぎ、最悪の環境で育った自分がある種の『サラブレッド』である事は認めているが、先述した何れも彼の中では枝葉に過ぎない。『黄泉ヶ辻京介』は『黄泉ヶ辻』に生まれつかなかったとしても最終的にはここに到ったと確信しているし、平凡な家庭で平凡に育ったとしても同じくと考えている。 故に何処までも自由な彼は『宿命めいたイベント』が好きでは無い。 屈強な身体に押さえつけられ、首筋に唇を押し付けられ。血の気の失せた蒼白な泣き顔で、汗ばむ肌を押し付ける『父親(おとこ)』を見つめる妹は実に愉快だったが。「殺せるものなら殺してみろ」と豪語する父親の頭を後ろから割ったのは一分も彼女の為では無い。 京介は父親が嫌いだった訳でもないし、明確な理由をもってそうした訳では無い。『世間一般的には京介が彼を殺す理由は百を降らずあったのかも知れないが』それ等全ての理由は彼の中で理由では無い。何故ならば京介は『黄泉ヶ辻京介』だからである。 ……目前で石榴のように割れた頭から噴水のように噴き出す血に咽び、笑い出した糾未はあの時何を思っていたのだろうか? お兄様、お兄様と自分を慕う彼女は滑稽を通り過ぎた道化である。 ――良く分かんないけど人生色々だNE! 不慣れで下手糞なフォローを半眼で聞きながら京介はふと来たる次の宿命の事を考えた。それは彼が『黄泉ヶ辻京介』として生まれ落ちたその時から出会うと決まっている――敢えて言うならば決まっていると言っても過言ではない、『不確定性の未来』である。 ――京ちゃん、元気出そうぜ! 俺も超手伝うよ! 遊びに行こう! 「そうだなぁ……」 ソファに掛けた京介の前に佇む『ツギハギの少女』は言葉を発する事は無い。少女の刃が深く抉った彼の左腕は酷く治りが遅い。まるでそれはこの少女が抱いた『望み』を体現しているかのようだった。その渾身の呪いは現世に残り続け、許せざる仇敵を蝕んだままだ。包帯の巻かれたままのその腕はベストコンディションからは程遠いのだが―― 「ねぇ、冴ちゃん。これって冴ちゃんのキスマーク? 俺様ちゃん、これだけ熱烈だとちょっと感じちゃうかも知れないね」 当然ながら、死人が自発的に答える事は無い。直接脳を弄くり回せば色々な遊び方は出来るのだが、それでは『一人上手の人形劇』である。 京介は素晴らしく長い足を投げ出して何となく天井を見つめた。 「そうだ。糾未ちゃんも人形劇してるんだっけ」 そこまで言って、表情がまるで百八十度変わったのは気まぐれな狂人たる彼故か―― 「俺様ちゃんも、乗っかろう! 冴ちゃんで、俺様ちゃんもハッピードール!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月11日(土)22:47 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●黄泉ヶ辻京介I 空から降り注ぐ無数の水滴を避ける事も無く黄泉ヶ辻京介は眼窩の光景を見下ろしていた。 人気の無い夜、ビルの屋上。誰にも侵される事は無く、誰をも侵す可能性を否定しない彼はツギハギだらけの自分の世界に確かな光彩となる『彼等』を眺めていた。 「分からない」 京介の瞳は常ある爛々とした光を点してはいない。 「分からないよなぁ」 呟くその口調は常のテンションを維持してはいなかった。 元より喜怒哀楽の内、喜楽以外を失ってしまったかのような男である。されど今夜の彼を称するならばその喜楽も同じく喪失していると評する事も出来るだろうか。 唯、只管に虚ろな京介は『人形劇』を奏でる先にまるで何かを探しているかのようであった。 恐らくは自身さえ確実には自覚していない『何か』。己とは何処までも噛み合わぬ『光彩達』が忸怩たる想いを堪え、最大の危険を知りながら、泣き言も無く刃を振るわんとする姿に『何か』を。 探求は『六道』の得意分野だが、別に専売特許という訳では無い。 ――京ちゃん、俺ちゃんも頑張っちゃうからねー! 「うん」 自身の指先で瞬く指輪の光に目を細めた京介は小さく頷いた。 ゲイムはゲイム。うんざりするような雨音に目を閉じた京介は『少女』の見る世界に小さく笑った。 ●ツギハギ人形劇I リベリスタの在り方はまるで呪いのようである。 彼等は一体誰の為にその身を、魂をすり減らし続けるのだろうか。 目の前にある快楽と、痛みに向き合わぬ生を知りながら――誰が為に戦いに赴くのだろうか。 ある者はそれを当然とし、ある者は葛藤の中に答えを知る。自らを産み落とし、愛する誰かの生を育む、守るべき誰かの寄る辺となるこの世界を守る為――模範解答ならばそれで十分なのだろうが。 「また会ったですね。さおりんに迷惑かかるですからあたしの事は覚えてなくていいです」 『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)が彼女には珍しく――皮肉に告げた。 「素敵なお土産を残してくれた楽団。最高に、最悪――」 唾棄すべき運命に向けて、まるで吐き捨てるように言った『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)の表情を確認するまでも無く。現実はそれ程『美しい』ばかりでは出来ていない。 「勝てないと解っててもぶん殴りに行きたくなる程に愉快な奴…… でも、身内が死んで操られるとかこれっきりにしてくれよな」 雨の降る夜の街に性別も年恰好もバラバラな十人のリベリスタが立っている。 何れも油断無く、己が武装を手に唯一人――一同の視界の先に佇む『少女』の影をねめつけている。この国最大のリベリスタ組織であるアークの中でも精鋭と呼んでも良い面々は当然と言うべきか唯一つの目的だけを抱いて冷たい雨に打たれていた。 「ああ、全く――嫌な天気だ」 幾度も任務を共にした間柄である。『少女』は何よりも大切にしている愛娘の友人である。 噴出しそうになる憤怒と、ある種のやるせなさを少なくともその強面に表すことは無く。淡々と押し殺した声で『家族想いの破壊者』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)が呟いた。 「はじめてだな。京介……息子が世話になったな?」 静かな言葉がそれでも悪魔に届く事を彼は知っていた。 「冴さん……」 そあらの震える唇がその名を紡いだ。 (お仕事でしかご縁がありませんでしたが……らいよんちゃんのお友達で朔さんの妹……) リベリスタ達がまさに『敵』として相対する少女はつい先日までは生きていた『知己』である。目の前に揺らめく蜂須賀冴という少女は七派首領・黄泉ヶ辻京介との決戦で死んだ。 運命を焼き尽くし、その黒髪を白く染め。猛然と京介を追い詰めかかるも、最後は完膚なきまでに四肢を引き裂かれ、目の前で確実に絶命させられたのである。生命活動を停止した人間が現れたとあれば、そこにカラクリがあるのは明白だ。マリオネットの繰り糸は黒い糸で『ツギハギ』になった冴の全身に絡み付いている。 黄泉ヶ辻京介は『操作』の能力を持っている。 かの大魔道ウィルモフ・ペリーシュが作り上げた『狂気劇場<きぐるいマリオネット>』を誰よりも使いこなす事が出来る彼は総ゆる存在を無慈悲なまでに操作する事が出来るのだ。 それは生きている人間であろうと、死んだ蜂須賀冴であろうと変わらない。 「家族がこのような形で再会するなんて悲しすぎるのです……」 「気に病むな、そう言っても無理だろうが――」 僅かに涙ぐんだ様子を見せたそあらに応えたのは彼女が言った『家族』である所の『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)当人であった。 「姉妹とは言え、蜂須賀に生まれて健常の関係を築くなど不可能。 顔を合わせた数さえ十に満たないだろう。故に私は君達程には『冴』を知らない。しかし――」 そこで言葉を切った朔はその冷徹とも言える面立ちをほんの少しだけ和らげて続けた。 「――しかし、蜂須賀の事であれば誰よりも知っている。 きっとお前が望むのは今でも蜂須賀の正義だろう? 私はそんなお前を嫌いではなかったよ」 さあさあと音が漣を立て、水溜りに無数の波紋を刻む。 涙雨なんて言葉が似合いそうなワンシーンは何とも『劇的』な空気を孕んでいた。 「雨はおじさんも好きじゃねぇな。何よりタバコが湿気っちまう」 明後日を見上げるようにやや芝居がかった仕草をして小さく頭を振った『足らずの』晦 烏(BNE002858)が口の中だけで呟いた。 「悪趣味なお人形さん遊びに嬉々とする年かっての。 妹は兄の真似をして、兄は妹の真似をする――難儀な兄妹だ事――」 飄々としながらも彼は背の高いビルの屋上に佇む京介の動向を『音』で探っている。 動き出す気配は未だ無く。安堵した自分にこそ彼は苦笑いを浮かべていた。 「嬉しく思うよ」 焦点の合わない『冴』が在りし日の声で言った。 「嬉しく思う。私を助けに来てくれたんだな。『私と一緒になってくれるのだろう』?」 発された声は烏の言う『悪趣味』以外の何者でもない。 「リベリスタ、新城拓真。悪いが、その身体──壊させて貰う」 「お前は『また』私を殺すのか? 私達は『仲間』だろう?」 「安心したよ。俺は、今夜――全力で戦えそうだ」 確信的に京介は大笑しているだろう。『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)に応える『冴』の台詞は声と口調こそ冴をなぞってはいるものの、彼女が言う筈も無い一言である。 「生命の輝きのねぇ……操り人形かよ」 朔はそれを鼻で笑い、虎鐵は肌を這い登る不快感を怒りと知った。 (……俺が怒れば、それは奴を喜ばせるだけだ……!) 自らを今この瞬間にも突き動かしそうになる『爆発的感情』を『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)は必死に御した。その両手で痛む程に折れぬ剣(デュランダル)を握り締め、感情よりもその先にある望む結末の為に己を律し続けていた。 「……くそ……っ!」 それでも幽かに漏れる息のような悪態。 少年が少年であるが故に――否めない。それこそが良くも『楠神風斗』であると言えるのだろう。 絶望に風穴を開けんと抗う戦士の気概と呼べるのかも知れない。 辛うじて「すまん、蜂須賀」。その言葉を飲み込めたのは『成長』である。 「敢えて感傷めいた言い方をすれば『同類』のお導きですか。ようやくお会いできましたね、黄泉ヶ辻京介」 「私も貴方には会いたかったぞ。ミス・全殺しちゃん。 いやー、うちの子達がすんごいお世話になってるからねぇー! 殺りすぎ! 激しすぎ! ベッドではどうなの? ノエルちゃん。どう、俺様ちゃんとこの後一杯! ……っとと、違った。今日は冴ちゃん、俺様ちゃん、蜂須賀冴ちゃん……」 「……『悪』がいるのであれば、これを滅する為にわたくしの身はある。 『正義』の残滓たる二刀の器と共に、ここで潰えていただきます」 極論で言ってしまえば『どちらも他人の話を聞くタイプでは無い』。 『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)の言葉は色濃く『一方的判決』の意味合いを持っていた。 京介は一時の戯言を愉しむ内にも、パーティは作戦の通りに陣形を整えている。 一秒の経過毎に張り詰め続ける空気は悪魔が『人形劇』と称した今夜の開演を待っていた。もし、誰かが少しでも戦いの素振りを見せたならば――それが号砲になるのは確実だろう。 つまり、始まりはすぐそこだ。 「先の戦いにより略奪された同胞…… 死してなお安堵の訪れない彼女にワタシ達が決着を。その最後がどのようであろうとも……」 押し殺した声で呟き、濡れた世界を凛と射抜く。 「ワタシは……護りたい……生あるものを……そして死したものの誇りを……!」 決して交わる事の無い道、黄泉ヶ辻京介に言葉にならぬ程の否定を抱き。『青い目のヤマトナデシコ』リサリサ・J・丸田(BNE002558)の一声が力強く夜に響いた。 「では、そろそろ始めようか? 私も一人では寂しいし――」 『冴』が一言呟くと危険な気配が倍に膨れた。 肌を突き刺すような殺気が何処から生じているのかはリベリスタ達にも分からなかった。 黄泉ヶ辻京介が望んだ『劇場』は元より待ち構えた此処にある―― 「まぁ、自らの不手際の尻拭いだ。ミンチを供養しても帳尻は合わないが――あいびきならばまだマシか?」 加速を始めた緊迫に双鉄扇を構えた『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が嘯いた。淡々と「死体は死体。それ以上でもそれ以下でもない」と呟いた彼女の内心は分からないが。 何れにしても運命は人間(ひと)の覚悟を待ってくれる程、お人よしでは無い。 「――では、為すべきを為しましょう」 ノエルの銀槍より雫が滴り、『今夜も』賽は投げられた。 ●黄泉ヶ辻京介II 彼等の持つ強い感情を京介は理解出来ないのだ。 冴の姉を名乗る少女は『彼女の望み』を口にしたが――死体に望み等あるのだろうかと考える。 動かなくなった人間は唯のたんぱく質の塊だ。 脳が機能を停止したならば『望み』等ある筈も無く。この手で頭を割った父親も口癖のように「黄泉ヶ辻らしく生きろ」と言っていたが、そんな彼が自分を肯定していたかどうかは甚だ疑問である。 「生きてるから、楽しいんだよねぇ」 ――人生は太く長く逝きたいNE! 「生き物って、まずは自分が大事じゃん。 誰かの為、誰かの為って言いながら――自分が満足してるパッチワーク」 この世界は圧倒的に単純に『そこに在るものの為だけに回っている』。 不出来で皮肉な運命に希望をツギハギしてみても、無力は無力のままなのに。結末は何一つ変わらないのに。よしんば変わったとしても、本当の望みがそこにある筈も無いのにである! 「そうだよねぇ。無駄だよねぇ。君達何時もそんなんばっかり。 したいようにすれば無理なんて無いのに、そうじゃないって言いながら……変わんない。 一二三ちゃん流に言うなら――きばのないけものって言うんだっけ」 剣戟と啼き喚く雨の夜に京介の呟きが零れ落ちる。 懐く妹も殺した父親も木っ端のような玩具達も彼の中では大差無い。 「わかんないなぁ」 それでも逸脱者は理解したいのだ。他人の――リベリスタの持つ『人間的感情(そのむだ)』を。 ●ツギハギ人形劇II 闇の中を銀色の光が走り抜けた。 「……っ……!」 短く漏れた苦悶の声は女のもの。 身を翻す暇も無く切っ先は肉を削ぎ取り、白い衣装を血に染める。 銀槍を構え、何とか防御の姿勢を取らんとするも――攻めならぬ受けに回ればノエル・ファイニングは脆弱である。敵を粉砕する事、アークでも有数と聞こえる『銀色の戦車』はこと防御に限るなら二流と呼んでも過ぎた評価である事は否めない。 「手を抜いたらゲイムにならないでしょ……じゃないだろう?」 「……成る、程……黄泉ヶ辻京介でしたね……!」 黒いセーラー服に身を包んだ少女の影はまるで獣めいている。 無論、『冴』に相対するリベリスタとて前衛中衛後衛より陣形を構築し敵を迎撃する構えは用意していたのだが―― 『冴』を近接して直接的に食い止める前衛を風斗、ノエル、朔を配し、楔の中衛に虎鐵、拓真、後衛に支援役のそあら、俊介、リサリサ、火力担当になる烏、影人を繰るユーヌを置くというパーティの編成はやや歪さを否めないものとなっていた。 圧倒的に攻撃能力に偏ったチームである事はさて置いても『敵が後衛を狙う筈だ』という思い込みは迂闊な思い込みと言わざるを得ないだろう。多くの場合、『後衛は重要で脆いから』狙われるのである。極めて『脆い』ダメージディーラーを前に出すという状況は『より容易く手に届く所にターゲットを与える』という状況を作り出す事に他ならない。適材適所の観点からしてまず妥当ではない。 かつて京介は『狙撃手』を狙い撃った事さえある。彼はその愉快犯的性質とは裏腹に戦闘を非効率にやる人間では無いのだ。危険で重要な戦力が脆くその身を晒そうとしたならば、やる事等決まっている。 続け様に閃く妖刀の軌跡が鮮血を噴くノエルを切り裂く。ましてや『冴』はあの時のまま、ノーフェイスのスペックを有している。『執拗に単一の目標に仕掛けられる連続攻撃は自身のそれを受けたとしても耐久するに心許ない』ノエルでは防ぎ切れる筈も無い。 「如何に太刀筋が鋭かろうと――抜け殻は抜け殻にすぎません」 崩れ掛けたノエルは運命を燃やして辛うじてその淵で踏み止まるが、勇ましい言葉程の余裕がそこにあるか否かは明白である。 「――『閃刃斬魔』、推して参る」 「行くぞ――!」 ノエルに痛打を加えた『冴』を朔が、風斗が取り囲む。 「オマケもいるか?」 朔がそのスピードを一気に引き上げる一方で、素早くユーヌが符術を組み上げれば、陰陽の影人が夜闇に浮かび上がる。 「ま、相手が相手だ。気休めかも知れないけどなぁ――」 烏の二五式・改が轟音を吐き出し凍気で『冴』を封じにかかる。 『極めて』の冠言葉がつく程に精密な銃撃は彼女の身体を軽く仰け反らせたが期待した氷結も『操作物』である彼女の動きを奪うには至らない様子であった。 「やっぱり、なぁ――」 「――だが!」 牽制と攻撃の手を緩めないのは、壊れた正義と届き得ぬ理想をその手に抱く拓真である。 「……この様な形でお前と戦う事になるとは。 己が正義と理想を貫く事に命を燃やした君が、今のままでは辛かろう。 ──今日、此処で終わらせてやる!」 裂帛の気合が剣風に乗り、血の気の失せた少女の頬を切り裂いた。 「顔は女の命だよ! 酷いリベリスタちゃん達だなぁ!」 『冴』の発した狂笑――京介の声に誰も彼も構わない。 「手加減は無しだ。冴……俺も本気で行かせてもらうぞ……!」 吠えた虎鐵と風斗は破壊の神の如き戦気を戦場に迸らせた。 「気をつけて下さいです。敵はかなり厄介なのです!」 「早速、これかよ……!」 そあらと俊介の判断は早くすかさず痛んだノエルをフォローする。 (行動力を底上げして……何とかこの戦いを……!) 更にはリサリサの翼の加護が仲間達を包み込んだ。同時に出鼻を叩かれたノエルが身を翻し、中衛のポジションまで己を退げた。動きと連携の滑らかさを見れば分かる通り、戦い慣れという点においてリベリスタ達は中々のものがある。 さりとて、敵の威力が味方の防衛力を上回っているのは目に見えていた。 それは自陣がデュランダルを中心とした攻撃的なパーティであるという事実であり、『冴』もが生前その力を振るっていたという事実である。人間であった時よりも力の段階を引き上げた『冴』に火力で対抗するならば短期決戦による火力集中が肝要になるのは間違いない。さりとて、『遅い立ち上がり』を期したパーティは陣形の構築と同じように状況を見誤った節があったと言えるだろうか。 「逃がさないと言いたい所ですが、追うもこれでは難しい。では、次は」 お喋りな『冴』の瞳は何も映してはいない。 濁った白目はガラス球のように澄んではいなかった。 「楠神さん、楠神さん……助けて下さい。苦しいです。辛いです」 答えない。応えては、いけない。 「……っ、ッ……京介……!」 感情は極限までも押し殺し、再び凶刃を構える『冴』を風斗が迎え撃つ。 身体スペックと京介の操作の双方で人間を超越した『冴』の剣技は大瀑布さえ思わせる。雪崩の如き連続攻撃も戦神と化した風斗を圧倒するには至らない。されど叩き付けられ、その身を抉る単純威力は彼の防御と余力をいとも簡単に粉砕した。 ――『冴』の戦い方は一手番必殺である。 リベリスタが連携を重視し、個の力を束ねる事でより大きな力に対抗する事を京介は知っている。 『多少のイレギュラー』があったにせよ自身を追い詰めたその力が侮れるものではない事を知っていた。 小さな綻びが趨勢を傾けるのは戦いの常である。 早々と咲いた二度目の運命を京介は徒花と嘲り笑う。 「確かに強い。見事と言える。だが、こんな人形相手ではな……」 温い笑みを浮かべた朔が横合いから『冴』に斬りかかった。 「木偶如きに遅れはとらん。叶うことなら死ぬ前に戦ってみたかったぞ、『冴』!」 朔が手にした『葬刀魔喰』はかつて妹が愛用した得物である。魔女アシュレイがしつらえたその刃は魔を斬り呑み喰らう不吉な力を秘めている。威力では遠く及ばぬながらも速力を武器にした彼女の剣は光が飛沫を上げるように無数の刺突で『冴』を狙う。 死肉の妙な手応えに朔の唇が僅かに歪む。 「成る程、初めて実感した。腹立たしいような、これが俗に言う『家族愛』というものか。 覚えておけ黄泉ヶ辻京介。『蜂須賀』が必ず――貴様の首を取る」 前半は冗句めいて何処まで本気か――僅かに歪んでいた。 (冴さん……せめて戦いの道具から開放してあげたいのです。 だから、戦場はあたし達回復手が支えるです。みんな――頑張って下さいです!) 祈るようなそあらの想いに応え、聖神の奇跡が舞い降りる。 「くそ、忙しいな……!」 ノワールオルールの力で攻め手を伺う俊介もここは支援の側に動かざるを得ない。そあらに続いた俊介が、 「ワタシは護ります……手の届くものだけでもいい。 それがどんな小さなものでも……それが、母から学んだ事なのです!」 リサリサが体力を大幅に奪われた風斗を助けた。 ノエルの態勢をほぼ取り戻し、集中をもって機会を伺う彼女に飛び込む為のチャンスを与えている。 「いちいちかまってちゃんで面倒だな? 別に反応求めてない辺りが」 生み出した影人をブロックに加わらせ、更に後衛に生み出したユーヌが皮肉に笑った。 「一人遊びなら一人遊びらしく――孤独な悦に入っていればいいものを」 「雷音に笑顔をくれたお前には感謝してもし切れねえよ」 「――はッ!」 虎鐵の獅子護兼久が、拓真の『二閃』が飛ぶ斬撃となり『冴』を襲う。 間合いを切り裂く剣風を妖刀で払った『冴』。 「今度はおじさんの番だぜ!」 彼女の肢体を超高速の射撃で撃ち抜いたのは『連射』を見せた烏であった。 威力と精密、更にピアスを兼ね備える銃士の冴えは格別である。 「あーあ、まーた壊れちゃった……」 烏の銃撃で『冴』の胸に二つの穴が開いていた。 『冴』は京介の声で気楽に言って、マリオネットのように不自然な動作で首をカクカクと動かしている。 まるで「人形はこの位どうって事ありません」とでも言わんばかりに。 (君には一時剣を教えた事もある……師事、と言える程の事でも無かっただろう。 だが、君はこんな俺を尊敬していると言ってくれていた。そんな君が――) 拓真は京介の『洒落っ気』に自身の胸が熱くなる事を自覚した。 全ては詮無い。この夜の戦いに感傷は邪魔にしかならない。 しかし、割り切れと言われて全て割り切れるならば、それは人間にあらぬフリークスに違いない。 それとも、京介は『それが故に』蜂須賀冴を気に入ったのであろうか? 「おおおおおおおおおお――!」 澱んだ夜の空気を風斗の咆哮が消し飛ばした。 闇に赤いラインを浮かび上がらせた大剣が彼の気に応えるように唸りを上げた。突き刺さる彼の『全力』は素早い『冴』を完全に捉えるまでは到らなかったものの、破滅的な威力はそれでも彼女をぐらりと揺らした。 「はぁっ、はぁっ……!」 肩で息をする風斗から湯気が上がっていた。 頭上から零れる天の涙も燃え上がるような少年の熱を冷ますには程遠い。 冷静と情熱の間で、彼は努めてクリアに戦場を見据えていた。 二度と弄ばれる事が無いように、これ以上誰かを失う事が無いように。今、自分の出来る事を成す為に! 「一夏の経験が少年を大人に変えたのかぁ。あ、夏はこれからだっけ」 片手をついてバネのように跳ね、態勢をくるりと取り戻した『冴』が京介の口調で呟いた。 戦いは続く。戦いは続いた。 命を削り合い、誇りを汚し、汚されず。 攻防の中で消耗は面白い程に重なって、やがて退かぬ風斗が倒された。 蜂須賀の家訓を忠実に実行せんとした朔が倒された。 ユーヌの影人が散らされる。抑えに引き出されたのは中衛の虎鐵であり、拓真であった。 「でもさぁ、俺様ちゃん分かんないんだよ。教えて欲しい位」 ふと『冴』が京介の声で呟いた。 「何で皆そんなに一生懸命になれるのかなぁ。 ユーヌちゃんが言ったじゃないか。死体は死体だって。 朔ちゃんも言ったじゃないか。気に病む事はないって。 俺様ちゃんがこの『お人形』で何をしたって――ねぇ。ちょっとした気晴らしだ。 ねぇ、リベリスタちゃん。冴ちゃんを取り戻したら何か……あるの? 冴ちゃんはそれを望んでてーって言うけどさ。別に冴ちゃん思ってないよ? 脳は『あの瞬間』で止まってる。くちゅくちゅ出来る俺様ちゃんが保証したっていいよ。止まってる。 目を閉じて黙祷――君の事は忘れないで済むと本気で思う? 分かり易い希望と救いをツギハギにしてわぁいハッピーエンドってまるで頭がハッピーじゃん!」 「死んじまったって……冴は冴だろ! 俺が護るのは勇敢な仲間とその意思なんだよ!」 「だからー、脳がそう答えてないって言ってるじゃん!」 反射的に声を上げた俊介に京介の『明るい悪罵』が突き刺さる。 死人が死人である以上、確かに全ての弔いは生者の自己満足なのかも知れない。 しかしてそれを無意味と笑うのは少なくともこの場には『諸悪の根源』以外居ない。 「君達は何時もツギハギなんだよねぇ。自分の満足と願望を他人の為に摩り替える。 皆とは言わないけどね。死んだ冴ちゃんより自分が救われたくてそんなに頑張ってるんじゃない? 自分の望みと他人の望みがぶつかれば、自分の望みを選ばざるを得ないのに。 仮に冴ちゃんが『私の事は放っておいて』って言ったってそんな心算は無い癖に! きばのないけものは自分だけは違いますって顔で、何処か澄まして気取ってる。 うーん、つまんない話をしてみようか。丁度、こんな雨が降ってた日の話だよ!」 ●黄泉ヶ辻京介III ――昔々ある所に綺麗なママと可愛い僕ちゃんが居ました。 ママは僕ちゃんを大変可愛がり、僕ちゃんはとてもママに懐いていました。 しかし、悲しい事に二人の苗字は『黄泉ヶ辻』だったのです。 ある時、とっても優しいパパは楽しそうに言いました。 『ちょっとゲイムしようぜ』。どんなゲイムだったでしょう? 『人生ゲイム』。楽しそうなゲイムだね。 『人生は選択の連続だ。お前達二人、どっちか死ねよ』。 とっても黄泉ヶ辻らしい発言にママの顔が引き攣ります。 とっても本気なパパはせっかちなので言いました。『早くしねぇと両方殺すぞ』。 僕ちゃんはママの顔をじっと見つめました。 ママは僕ちゃんの顔をじっと見つめました。 白い綺麗な――大好きな指がそっと僕ちゃんの喉に触れました。 ぎゅうぎゅうと締められ、僕ちゃんは考えます。 しょうがないよね。死にたくないもん。 ぎゅうぎゅう苦しくて、僕ちゃんは考えました。 しょうがないよね。死にたくないもん。 僕ちゃんの玩具のナイフは大好きなママのおっぱいに吸い込まれ、血がびゅーびゅー噴きました。 パパは笑い、ママは僕を罵りました。 以上、屋上から俺様ちゃんがプレゼンツするしつこい雨の止まないある日の午後の出来事でした。 ●ツギハギ人形劇III 「――つまり何が言いたいかって言えばさ。 世の中には自分の為以外に為される選択なんて無いって事。 俺様ちゃん、セレクト・ゲイムやったよね。あれもこれも同じ事。 一生懸命ツギハギで、一生懸命理屈を捏ねるリベリスタちゃん達をからかうのはだから辞められない。 言っておくけど間違っても俺様ちゃんも可哀想、なんて思わなくていいからね。俺様ちゃんはゲイムを聞いた時、どうしたってママを殺そうって思ったから。むしろリベリスタちゃん風に言うと、ママは『憎まれ役』を買って出てくれたのかもね。痣が残る程、締められたけど!」 ケタケタと笑う『冴(きょうすけ)』は何処までも『個』そのものであった。黄泉ヶ辻に生まれ落ちた事さえも、些事に過ぎないと笑い飛ばす彼はやはり人間の形をした『別』であった。 お喋りな人形が雨に震える夜を雑音(ノイズ)に汚し続けている。 終わりの無いその戯言を打ち破ったのは―― 「哲学を問答する心算は無いのですよ。貴方はどうあれ唯の悪だ」 ――全身の全感覚を研ぎ澄ませ、間合いに飛び込んだノエルだった。 銀騎士が放つ『至上の攻勢』は生と死を占うConvictio。ぞぶりと『冴』を貫いた銀槍はその威力を炸裂させ、『彼女』の右脇腹半分を吹き飛ばしていた。 「激しいなあ! もう!」 人間ならば死んでいたかも知れない――その一撃を受けて尚、『冴』は動き続けていた。 猛烈な反撃で今度こそノエルを斬り倒し、阻んだ影人を切り散らした。 「……中々やるじゃねぇか。だがまだ負けてやる訳にはいかねぇな」 「ああ。同感だ」 虎鐵、拓真とユーヌの作り出した余勢はこの動きに対抗し、 (今日ここに来れなかった冴さんの友達の為にも――!) 「ワタシは……死者を弄ぶアナタのような人間を絶対に許しません……!」 そあらは、リサリサは更なる支援で戦場を支えに掛かる。 「弄ぶんじゃねぇ! 笑うなよ! ……首領だからなんだっつーんだ! 冴だって必死に生きていたはずなんだよ! お前の――お前なんかの玩具にされてたまっかよ!」 俊介は減った手数に代わるようにエナジースティールでの攻勢を仕掛け、 「黄泉ヶ辻のあんちゃんにゃ何かが足りないんだろうなぁ。 ……で、何時まで指輪相手に友達ごっこの人形遊びだ。それともそれが黄泉ヶ辻かい」 「何時か見つけるから黄泉ヶ辻京介なんだよん」 「……チッ……!」 挑発めいた烏は相変わらず安定した攻撃力で『冴』の肉体を削り落としにかかったが――傾きを強めた戦場をリベリスタ達が我が物にするには幾らかのピースが欠けていた。 削る。 切り裂く。 死体を壊す。 『冴』だったものは原型と呼べぬ原型をみるみると失っていったけれど、腕が飛ぼうと彼女の腕は自在に操作される『モノ』。両足が無かろうと狂気劇場の操作はそれを問題としない。 押し切るには及ばず、前衛が崩されればそれが退くならば限度となった。 『京介の影』を恐れる余り『冴』に対しての思案が甘すぎたのは否めない。そして『全てが人形にされるリスク』はリベリスタ達にとって重過ぎる。 「――そうだよねぇ。死んじゃあ意味ないし、生きてないとつまんないもんねぇ!」 さあさあと雨が降っていた。 水溜りに無数の波紋が広がった。 予報では雨は止まないらしい。 ツギハギの世界で遊ぶ狂介が織り成す悪夢と同じように――この夜に止む事は無いらしい。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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