● 「……成程な」 魔方陣より出でて天に向かって枝葉を伸ばし始めたアザーバイド『セリエバ』の姿に、剣林のフィクサード『斬手』九朗は得心が行ったとばかりに頷いた。 完全とは言いがたい召喚にも関わらず、其の威容から感じ取れる力は凄まじい。 此れならば確かに、嘗て異世界を一つ滅ぼしたと言うのもあながち嘘では無いのだろう。 以前召喚器の輸送中にアークの面々が異常なまでにセリエバの危険性を訴えて来た事にも得心が行く。 その時、彼等に剣林のフィクサードとして九朗は返した。『達磨に為せねば俺が斬る。俺に出来ねば師がやるだろう。万に一つは、首領、剣林百虎が控えている』と。 其の言葉は、異常に巨大な相手を目の当りにした今も、九朗の中で真実のままだ。 ……だが此れはもしかすれば、万に一つの、首領に尻拭いを任せる羽目になるやも知れぬ。 瞳を閉じて、セリエバの毒を得る為に巨大なアザーバイドの元へと向かった『達磨』十文字晶の顔を思い出す。嗚呼、彼の顔にはくっきりと死相が刻まれていたではないか。 達磨では恐らくあのアザーバイドには勝てぬだろう。しかし、其れでも彼はセリエバから娘を治療する為の毒をもぎ取る筈だ。 ならば剣林のフィクサードとしてやるべき事は決まっている。達磨が死した後、彼の死を無駄にせぬ為に毒を確保し、そして其れを持ち帰る1人を除いてこの召喚に居合わせた剣林派全員であのアザーバイドへと挑む。 ……………………だが、本当に其れで良いのだろうか? 娘を救おうとして死ぬ達磨は其れで良いかも知れない。義を得て強敵との戦いに散る自分を含めた剣林のフィクサード達とて其れを恐れはしないだろう。 けれど達磨の犠牲の上に救われた娘は、果たして其れで本当に救われるのだろうか? 達磨の姿に自分を重ねずには居られない。其れが剣林のフィクサードである達磨にとっては侮辱であると判っても尚だ。 所詮九朗は当事者では無い。達磨の命も達磨の娘の気持ちも他人事に過ぎず、口を挟むも野暮野暮野暮だ。 「嗚呼そうだ。またこの問いだ。――お前達なら如何する?」 九朗の問いかけは宙に溶け……、しかし腹積もりはハッキリと決まる。 ● 「さて諸君。それではゲームを始めようか」 目の前のテーブルに資料を放り投げ、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が口を開く。 「ルールは簡単だ。諸君等は命をチップに敵と戦う。ただし、ゲームに勝っても得る物は何も無い。ただ明日が何時も通りにやって来る。それだけだ」 集まったリベリスタ達を見回し、逆貫は自嘲気味に嗤う。 「勿論負ければチップの保証は無い。何を失うのかも判らない。全ては負けた時にのみ判明する」 勝っても得る物は無く、負ければ奪われる、最下層の世界が強いられる終わり無き防衛戦。 「実に下らない、理不尽で巫山戯たゲームだ。勿論プレイの無理強いはしない。ゲームを降りた所で誰が諸君等を責めれるものか」 そんな戦いの存在など知らぬ者がこの世界の大半であるし、そもそも暢気に他人を責める事の出来る明日が来る保証なんて何処にもないのだから。 「だが、それでもこの資料を手に取りゲームに挑むというのなら、……そうだな。私は諸君の健闘を祈ろう」 手渡される資料に刻まれた、アザーバイド『セリエバ』の文字。 資料 戦場は洋上、或いは船上。 陣を描くように展開した船団が、アザーバイド『セリエバ』を召喚している。 今チームの作戦目標は、そのセリエバを召喚に使用されるアーティファクトの一つを破壊する事。 召喚用アーティファクト:吸精呼魔 強力な召喚用アーティファクト。注ぎ込まれた生命力をエネルギーに世界の穴を開き、異世界の住人を呼び出す。 ただし其の強力な力は制御が難しく、常に周囲の人間から生命力を吸い取り、其の力で世界を揺るがせようとする。 其の為このアーティファクトの周囲では、人は枯死し、やがて異世界の影響で生み出されたエリューションが跋扈しはじめる地と化す。 現在は六道派のフィクサード8名が力を注ぎ込む事で発動中。(其の8名は凡そ戦力外なので詳細の記載はしない) 護衛フィクサード:六道派フィクサード五名と剣林派フィクサード一名が船に乗り込みアーティファクトの護衛をしている。六道派フィクサードリーダーは異端者(後述)、剣林派フィクサードは九朗(後述)、その他の六道派フィクサード四名はレベルが25~30程度でジョブはクロスイージス1、マグメイガス1、ホーリーメイガス2。 ネームドフィクサード1:異端者 六道が最下層地獄一派の神曲が第六圏。金髪碧眼のフライエンジェでジョブはナイトクリーク。 地獄一派の中でも非常に変り種で、あらゆる恐怖や苦痛を感じない、満ち足りた理想の死を望み探求している。 暗殺者として金を稼ぐ事で一派に貢献しており、苦痛のエキスパートである阿鼻とは親交が深い。 暗殺対象には恐怖や苦痛とは無縁の満ち足りた死に方を見せてくれと迫り、断ると凡そ考えうる限りの苦痛を与えて殺す。 EXを所持しているが詳細は不明。ミノタウロスとケンタウロスと名付けた牛と馬のE・ビーストを従えている。 E・ビースト:ミノタウロス&ケンタウロス 異常発達した筋肉により二足歩行も可能なフェーズ2のE・ビースト達。元となった動物はミノタウロスは牛、ケンタウロスは馬で、主を其の背に乗せる事も可能。 ミノタウロスは並のデュランダル以上の破壊力を、ケンタウロスは並のソードミラージュ以上の速度を、其々誇り、どちらも其れなりにタフである。但し動きは直線的な物が多い。 ネームドフィクサード2:『斬手』九朗 剣林派のフィクサード。 武人タイプの青年。達磨の頼みで召喚器の護衛に付いてはいるが……。 好きな漫画は北斗の拳と、聖闘士星矢。理由は自分の技に良く似た技を使うキャラクターが出るから。 ジョブは覇界闘士。所持するEXスキルは『斬手』。 『斬手』 手に高密度に圧縮した気を利き手に纏い、全てを断つ一撃を振るう。物近範、物防無で物攻1/2ダメージ、流血、失血、必殺。 アザーバイド:セリエバ 伸びた枝葉が船の近くまで来ている為、場所に拠っては遠距離攻撃が届きます。 能力は以下。 不動 P 回避行動を行いません。セリエバが回避判定に成功しても攻撃は50%ヒットします。 召喚不十分 P 不十分な召喚のため、全てのステータスが低下しています。 運命食い P 戦場で消費されたフェイト数に応じて、『【ボトムキーパー】セリエバというアザーバイド』の『セリエバ』のステータスが強化されます。 限定再生 P 全てのBSは受けた瞬間に解除されます。BSを一つ解除するたびに、HP50ロスします。 花粉 P 溜5 神遠全 細かい粒子をとばし、呼吸を阻害します。麻痺。(全体攻撃なので命中修正は低い) |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月11日(土)23:29 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 「なあ<六道>よ」 「どうしたい<剣林>の。剣呑な顔してるぜ」 主流七派が六道と剣林に属する2人のフィクサードの視線が絡む。 強い風が吹く船上に、ピリとした殺気が走る。 「気が変わった。召喚器は破壊させて貰う」 「おいおい、クレイジーにも程があるだろ。……お前状況判ってる?」 敵対を宣言する剣林のフィクサード『斬手』九朗に、六道が最下層地獄一派の神曲に属する異端者は呆れた様にため息を吐いた。 天に伸びるアザーバイド『セリエバ』を召喚する魔方陣を描く船団の、その重要な基点の一つとなるこの場所は、六道派のフィクサードが数多く護衛についている。 主流七派でも武闘派と呼ばれる剣林に属するフィクサードに個の武に富んだ者が多いとは言え、流石にこの状況の中たった一人で敵対を宣言する事は無謀の極みだ。 「そうだな。……だがそうすべきだと思ったんだ」 だが九朗は笑む。達磨と其の娘を生きて会わせねばきっと己は後悔すると、そう思ってしまったのだ。 野暮である事は重々承知だが、其れでも目的を得、更には眼前に難敵が居る。奮い立たぬ理由が無い。 所詮九朗はフィクサード。己の為に力を振るい、個人の気分で行動を決める。不意を討たぬのが彼の中の最低限の義理だ。 「カーッ、金にならねえ殺しは他の地獄に嫌味を言われるんだけどな。まあなら良いさ、お前は恐怖も苦痛も無い満ち足りた死を俺に見せれるか?」 異端者の言葉にいち早く動く影は2つ。筋肉の異常発達した異形を晒すエリューション、E・ビーストであるケンタウロスとミノタウロス。 動きの早いケンタウロスの突進を避けた九朗だが、けれど回避に崩れた姿勢へと放たれたミノタウロスの蹄は、咄嗟に体を庇った彼の腕に突き刺さる。 辛うじて防いだ一撃にも関わらず、九朗の身体が宙を舞った。 潔い程に愚直な道を選んだ九朗は……、このままなら六道派のフィクサード達が驚く程の奮戦をした末に、けれども矢張り死するだろう。 己の衝動に殉じる事に九朗は後悔しないであろうが、其れでも目的は果たせぬままに倒れるのだ。 圧倒的な戦力差は死の運命の如く彼を呑み込みにかかる。 しかし、だ。今この戦場には彼等が到着した。 例え其れが抗いがたい死の運命であろうとも、運命と名の付く物と戦うのなら彼等の右に出る者は恐らく居ない。 「新城拓真が九朗を信じた。九朗が新城拓真を信じた。なら俺には、新田快には、それ以上の理由は必要ない!」 体勢崩れた九朗に追撃をかけんとした六道派フィクサード達の前に、敢然と立ちはだかったのは『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)。 次々と船上に姿を見せるのは、悲劇の運命に屈せず抗い戦うが故に、強く運命に愛されたアークのリベリスタ達。 ● 「セリエバの毒はアークが確保する。治療法も見つけるわ。もう心配しないで」 船の縁を蹴り、宙を返ってデッキに降り立った『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)の言葉に、九朗の唇に苦笑が浮かぶ。 「アレもコレも簡単に言ってくれる。お前達は何故にそんなにお節介で強欲なんだ?」 達磨が泥に身を浸して、命を賭して成そうとした事を心配するなの一言で呑みこもうとするウーニャに、以前の九朗ならば激昂しただろう。 けれど判る。彼女は、そして彼等は軽い気持ちで其の言葉を吐いた訳では決して無い。其れが困難である事も十二分に理解してる。 「正義の味方だからに決まってるじゃない」 九朗にとって正義と言う概念は度し難い物だが、彼等の信念が本物である事は既に知っていたから。 其れを受け入れる受け入れないを決めるのは彼では無いけれど、九朗は唯、黙って頷いた。 「リベリスタ、新城拓真。吸精呼魔を破壊しに来た」 次いで名乗りを上げたのは、九朗との出会いは此れがもう3度目になる彼の好敵手、『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)。 他の誰かの命がかかった、こんな状況でさえなければ、出会いは即座に死合いとなるであろう2人。 「九朗、此方に合わせろ。……今回限りだ、共に戦うぞ」 拓真の言葉に、九朗の唇に笑みが浮かぶ。まさか共に戦う日がこようとは。 その時、硬質な音を立てて半ばから断たれたミノタウロスの片側の角がデッキを転がる。先の一合はミノタウロスの膂力を遺憾なく見せ付けたが、けれども実際に其れを征したのは九朗であったのだ。 「ああ、少し持て余し気味だった所だ。我が身の不足を実感するな。すまない、借りるぞ、新城拓真」 船の縁に立つ少女、『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は静かに戦場を俯瞰する。 怖い、と少女は思う。 暴力が怖い。自分に向けられる其れも怖いが、仲間が傷付く事はもっと怖い。 敗北が怖い。負ければ悲劇を免れない、その小さな両肩に圧し掛かる責任。 けれど震えてなんて居られない。負ける訳には行かない。 自分達に未来を託したフォーチュナは言った。勝てば『ただ明日が何時も通りにやって来る』と。 充分だ。充分過ぎる報酬だ。皆と共に迎える変わらぬ明日ほど大事な物など何処にあろう。 そう、自分は独りでは無いのだから。恐怖は乗り越えられるのだ。 頭脳を巡らし最善手を考えろ。さあ戦場を奏でろ。 目を細め、少女は宣言する。この理不尽を終らせ、明日を掴み取る為に。 「――任務開始」 指揮者の指令に、応の声が響き渡る。 ● 「生命力を奪うアザーバイトなんて、なんで呼び寄せてるの?」 「あン?」 問う『蜜月』日野原 M 祥子(BNE003389)に、六道派のリーダーである異端者は眉を顰める。 「あたしたちアークに嫌がらせするため? そんなことしたら、自分たちだってただでは済まないでしょうに」 しかし次いでの彼女の言葉には、異端者は嘲笑で返す。 無論結果的な事を言えば、祥子の言葉に間違いは無い。リベリスタが、アークが、崩界を防ごうとするならば、アザーバイド召喚を企てるのは、彼等への敵対行為と言えるだろう。 だが六道は、そして黄泉ヶ辻も剣林も、別段アークに嫌がらせ、或いは殊更に挑発する為にこんな大掛かりな事を仕出かしている訳では無い。 「馬鹿言うなって、お前らが勝手に首突っ込んで来てるだけじゃねぇか」 六道が第三召喚研究所は己が道、召喚を究める為に。黄泉ヶ辻がW00はセリエバの毒を持って人々を苦しめる為に。剣林が達磨と其の仲間達はセリエバの毒に倒れた達磨の娘を救う為に。 そして何よりも、異端者にとっては各派の思惑等如何でも良く、唯己が目的である理想の死を探求する為に必要な『金』が目当てで此処に居るのだ。 「必ずたおしてみせるわ」 「良いぜねぇちゃん。やってみなよ。但し出来なきゃその時は苦しみ抜いて死にな!」 放たれた祥子の神気閃光が白く染めた空間を引き裂いて、ミノタウロスとケンタウロス、2体のE・ビースト共がリベリスタの陣形に切り込んで来る。 けれどまるで其の動きを見切っていたかの様に、突出したケンタウロスが突如斬られる。 いや、彼女は実際にケンタウロスの動きを見切っていたのだ。極限の集中により異常に強化された動体視力を得るプロストライカーを使用し、まるで敵の動きをコマ送りの様に時間を引き延ばして把握した『禍を斬る緋き剣』衣通姫・霧音(BNE004298)。 彼女が放った剣技は、まるで覇界闘士の斬風脚やデュランダルの疾風居合い斬りと同様に、或いは更に遠方へと届く。されど斬風脚の様にかまいたちを発するで無く、疾風居合い斬りの如く真空刃を生み出す訳でもない。 最早其れは理屈では無い。風放つ妖刀・櫻嵐の力を借りての居合いの極意は、遥か彼方の間合いから理不尽に、問答無用に、唯敵を断つ。さながら最高の狙撃手、スターサジタリーが放つNo.13と同じく比肩する者無き精度で。 勢いはリベリスタ達にあった。 其の大きな要因の一つは彼等の士気の高さである。好敵手を失わんと、仲間の想いを叶えんと、そして世界を救わんと、駆け付けたリベリスタ達の士気は非常に高い。 其れに比すれば、既に『召喚』と言う目的を一応は果たした六道派の面々の士気はどうしても見劣してしまう。ケンタウロスやミノタウロスには士気と言う言葉は無縁だろうが、其れでもリベリスタ達の勢いはケダモノの其れを上回る。 けれども、だ。陣容の手厚さは六道側に分が在った。 リベリスタ側がの回復手段が快のラグナロクによるリジェネレートと、決して専業とは言えない祥子の天使の歌頼みなのに比べ、六道側の2人のホーリーメイガスが遺憾無く機能する事により前衛層は耐久度の厚みを増す。 そしてタフなE・ビーストである2匹のケダモノがリベリスタ達の勢いに倒れる事無く踏み止まれば、……戦局はジワリジワリと盛り返され始めて行く。 ウーニャのバッドムーンフォークロア、呪力によって生み出された赤の月が光を放ち、六道達と共にセリエバの枝葉をも焼く。積み重なった彼女の攻撃は、一時的とは言え此方に伸びたセリエバの枝葉を消滅させて押し返した。 快がミノタウロスの蹄を、……骨の砕ける鈍い音を響かせながらも己が左腕、守護神の左腕で受け止めれば、ミリィがフラッシュバンやアッパーユアハートを用いて敵の後衛の動きをコントロールしようと試みる。 もっとも後衛のミリィが、敵の後衛である彼等へ其れを届かせるのは多大な危険を伴う強引さが必要であり、例え祥子が彼女を守る壁と化そうとも、それを容易く行なわせる程に六道派は甘い敵では決して無い。 傷付いて行くリベリスタ達。激戦の中、唯一負傷と無縁で居られたのは絶妙に距離を保って遠距離からの居合いを続けた霧音のみ。 しかし2人の男が笑う。ケンタウロスの速度に抗する為、背中合わせとなった拓真と九朗が笑う。 共に戦う事になった此の巡り合せに、心の底から笑みを浮かべる。 「俺を断つのだろう、ならば──勝手に死ぬな」 まるで咎める様な拓真の言葉に、けれども九朗は、 「お前が其れを言うのか新城拓真。知っているぞ、我等の首領に挑んだそうだな」 寧ろ死にたがりはお前の方だと返す。傍から見ればどっちもどっちの2人。 出会う時、立場が違えば或いは2人は友となれたかも知れぬ。 けれど2人は其れを望まない。 「新城拓真、お互いの為にも決着は急ぐべきだな」 「全くだ」 2人の望みは、互いの全てを賭けて死合う事。 そして、冷静に敵の動きを見切った九朗の『斬手』に怯んだケンタウロスの胸を、拓真の双剣より放たれたデッドオアアライブが貫いた。 ● だが例えケンタウロスが倒れようと、真に脅威であるのはケダモノ共ではなく、其れ等を率いる異端者だ。 「うざってぇぇぇぇぇっ! 暑苦しい、鬱陶しい、もう良いよお前等! 死ね。漏れなく全員苦しんで死ね。出ろ『第六圏』!」 快の眼前のミノタウロスの背に飛び乗り、高所より全体を見下ろした異端者が両手首の鎖が付いた腕輪を翳して地獄を呼ぶ。 ウーニャが撤退勧告を行なう暇も与えず、顕現するはダンテが覗きし神曲がInferno(地獄)の第六圏、異端者の地獄だ。 足元より吹き上がる巨炎。異端の教主や門徒が葬られると言う第六圏の火焔の墓孔を模した此の技の威力は、受け手の心の在り方に左右される。 異端者を名乗るこのフィクサードにと心の在り方が遠ければ遠い程、其の身を焼く炎の威力は殊更に増す。そして今回此の場に集ったリベリスタ達は……、技の効果範囲から逃れた霧音や、守護神と言うもう一つの異名の割りには混沌とした心の在り方をする快を除けば、驚く程にLaw寄りの、割と真っ直ぐな者達が集っている。 故に彼等を焼いた炎の熱は、傷付いた身体では到底耐え切れぬ、運命を対価にした踏み止まりを必要とする威力を発揮した。 そして此処で脱落したのが、ミリィの盾となり続ける最中に既に運命を対価にしての踏み止まりのカードを切ってしまっていた祥子だ。盾たらんとする彼女にほんの少し足りなかったのは覚悟の量。 ギリギリの戦場に於いては僅かな緩みですら浸け込むべき隙となった。 異端者の想像以上の実力に、一気に窮地に陥ったリベリスタ達。けれども其れは同時に、前のめりに攻め続ける彼等にとっては千載一遇のチャンスでもあったのだ。狙うべき対象である異端者が前に出ている此の状況は。 通常ならば体勢を立て直すべき場面であろうけれど、天使の歌を使える祥子を失ったリベリスタ達に最早其れは到底叶わない。 しかし、だからこそ、快は其の好機を見逃さずに賭けに出た。 己が眼前のミノタウロスにしがみ付き、其の背に立つ異端者を乗騎が庇う事を防ぐ。人間である彼と、筋肉の異常発達したミノタウロスでは膂力の差は歴然だ。 振り解きに抗えるのはほんの僅かな時間のみ。故に快は迷わず叫ぶ。その結果、自分がどうなるかを知りながらも恐れる素振りをまるで見せずに。 「好機を逃すな! 俺ごと斬れ!」 ミノタウロスとの攻防で既に一度運命を対価にした踏み止まりを使用している筈の快の言葉に、両手を広げたウーニャの頭上に再び赤の月が姿を現す。狙うフィクサードを貫き、世界を赤く染める光をも切り裂いて、異端者の身体から血飛沫を噴き上げさせたのは霧音の刃が放つ居合い、No13。 一連の攻撃には指揮者であり、戦況の支配者であるミリィさえもが、対象の弱みを曝け出す凍り付く眼力、アブソリュート・ゼロを持って加わった。 更に続くは拓真が放ったデッドオアアライブが異端者の身に回復を拒む致命の傷を刻み込む。 「新田快、――貴様は見事だ!」 そして心の底からの賛辞と共に、九朗が放つは全身全霊を篭めた一撃『斬手』。 ウーニャと違い、霧音と違い、ミリィと違い、拓真とも違い、九朗は快の仲間ではなくフィクサードである。 決して命を預けれる相手では無い筈の己を、それでも信じて背を向けた快に報いる方法は、九朗は唯の一つしか所持していない。 遠慮も情けも容赦も無く放たれた九朗の全力の一撃は、快を切り裂き、ミノタウロスを断ち、……そして異端者に運命を、フェイトを対価にしての踏み止まりを使用させた。 快が倒れ、リベリスタ達の戦力は更に減少している。 けれど己の理想の死に方を探求する異端者が最も望まぬ事は、それ以外のあらゆる状況での死。手駒を失い、命の保険を失い、それでも尚且つ戦い続ける程の義理は彼には無かった。 今度こそ、ウーニャの撤退勧告に素直に従い、戦場を離脱していく六道派のフィクサード達。 つまるところ要するに、……ギリギリの薄氷を踏み渡る様な其れではあったけれど、リベリスタ達は勝利を其の手に掴み取ったのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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