●因果律ダウナーフェスタ 「か、金はまだ用意できていない! 頼む、もう少しだけ待ってくれ!!」 古アパートの一室、昼間の光景。ドラマなどではよくよく見かけそうな光景だ。 男は怯えた顔で、自分を見下ろす彼らを見ていた。 強面、スーツ姿、サングラス。絵に描いたような裏稼業の風体。そのうち、中肉中背の男が口を開く。 「いやいやいや、金なんて要りませんよ。ええ、要りませんとも。あなた、何か勘違いをされている」 「…………え? ま、待ってくれるのか!?」 「はは、だから勘違いをされている。私達がいつ―――取り立てるのはお金だと言いました?」 「―――え?」 「だからねえ、勘違いをされている。あなた、契約書をちゃんと読まない人でしょう? ダメですよ、読んでくれないと。サインした以上は同意になるんだから」 そう言って、男は紙切れを一枚取り出して見せる。細かい内容ではあるが、重要な内容は色と文字サイズを変えて主張しており、良心的とすら言える。 「ねえ、ここに大きく、書いてあったでしょう。支払いは貸した金銭と同価格の内臓でのみ受け付ける、と」 「な……ない?」 男には意味が理解できない。否、理解できていても脳が受け付けない。分かっていた。知っていた。フィクションではよくある話だ。金銭がなければそれを持っていかれるのだと知っていた。だがなんだこれは。はじめからそれでしか支払いを認めないというのは一体どういうことなのだ。 「そもそも、ねえ? 私共のようなところにお金を借りに来る時点で、返却なんて見込めるわけがないじゃないですか。じゃあほら、はじめから契約に織り込んでしまえばいい。それで支払うこととして同意していただければいい。ねえ? ほら、だからいただけますか? 心臓」 「しっ……しっ!?」 「我々はこれを下落払いと呼んでいます。出世払いの逆のようなものですね。だからほら、払っていただけませんか、ねえ?」 「―――し、死にたくない! だ、だれか!!」 「その誰かが来ると本当に思っていらっしゃる? 嗚呼いやいや、まさかまだ勘違いしていらっしゃいますね? よく読んでください。もう一度、ほら。ねえ? あるでしょう。書いてあるでしょう。『心臓ふたつ』と書いてあるでしょう? 利息はつきますからねえ、借りたものだもの。でもほら、あなたの、とは書いてませんから。意味、わかるでしょう? あなたも革醒者。だったら、わかるでしょう?」 男は笑顔を絶やさない。特別に追い詰めているわけではないのだ。これまでも何度としてこの催促を行なってきた。先に述べたよう、自分達のところに来た時点で。未来などないのだから。 「死にたくはないでしょう。ねえ?」 ●干渉型ボルドートレイン 「オイーッス!」 休日の朝、ブリーフィングルームの扉をくぐると、いきなり挨拶を求められた。 「声がちいせえな、オイーッス!!」 やかましいことこの上ないが、放って置いても続けるだろう。仕方なく、返すことにする。 「おいおい、元気がねェナァ。ンなことじゃあ朝練ついていけマセンヨーっと」 やれやれという仕草で、ガスマスクの男は肩をすくめてみせる。いや、いいからそういうの。だから本題。本題はよ。 「オニーサンは悲しいナァ。ま、イイカ。じゃあ本題。フィクサードちゃんデスヨっと」 手渡される資料。顔写真。どこにでもいそうな、否、やや幸の薄そうな男だが。 「容疑は殺人。殺す前に心臓を繰り抜いている。残酷ダネ。次を犯す前に、ぶちのめしちゃオウカ」 簡単に言ってくれるものだ。心臓を繰り抜いて、いる。手口からは偏執性も伺えるが、果たして本当にそうだろうか。 殺人鬼。異常者。そのどちらを当てはめるにも違和感を感じながら、それでも行いを放置するわけにもいかなかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月09日(木)23:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●屋内型ライトモービル 金に困った理由は簡単だ。ギャンブル。賭博。あの魅力に引きずり込まれた。収支計算のできなくなっていく中毒症状に犯されたぐずぐずの脳みそ。勝つのが楽しい。負けたらやめられない。それが楽しかった。楽しかった。楽しかった。腐っていく快楽がたまらなかった。 不安定な気温。不可思議な季節。今年の春は揺らいでいる。昨日はひどく暑かったというのに、今日の肌寒さは何なのだろう。これもチャンネルが不安定な影響だろうかと考えて。馬鹿馬鹿しいと首を振った。何にでも、自分の知っている世界で纏めてしまうのは良くない傾向だ。 鳥肌も立とうものだが、丁度良いのかもしれない。なにせ、殺人鬼。ひとの心臓を生きたままくり抜く残酷者。そんなものが生きている夜なのだから、寒気のひとつもしてしかるべきかもしれない。 「人の心臓のみをくり抜こうとする殺人者、か」 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)は思考を纏めるためか、胸中を独白として漏らしていた。 「狂気に犯された異常者なのか、目的があって収集しているのか……」 それでも、狂っているのであれば納得でき。目的があるのならば理解できる。そのどちらでもないよりはずっといい。 「まあ、何はともあれ速やかに排除させていただきましょうか」 「人殺し……すでに犯罪に手を染めてしまっているんじゃな。わしとしてはこう言う小さい事件ももっと発生前に解決出来ればなと思っておるんじゃが……」 少なくとも、その第一行動は過去からの目に止まらないことが多い。後手対応を、『不誉れの弓』那須野・与市(BNE002759)は嘆く。 「フォーチュナ様達も忙しいじゃろうしな。これ以上犠牲が出る前に捕まえられるだけ良しとせねばいかんのじゃろうな……」 「オイーッス♪ フィクサードさんの臓器を取り立ててやりましょう☆」 相手がどうであれ、『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)の精神性は変わらない。発言のそれは最早、リベリスタと言えるのかも怪しいが。善悪の観念など所属する立ち位置に左右されるものでしか無いのかもしれない。 「今日の私は取り立て屋~♪ あはははははは、レッツ・ハンティング♪」 どこか素っ頓狂に笑う。 心臓を、生きたまま、くり抜いている。その行動は異常であり、センセーショナルとも言えるだろう。ゴシップ染みた身近な非日常性。口々に噂される殺人鬼像。やれ絶世の美男子だ。やれ親をも殺したのだ。教義。信仰。愛情。憎悪。狂気。偏執。性愛。食用。儀式。ありとあらゆる想像と妄想。『0』氏名 姓(BNE002967)は集めた話を閉じる。 「事情はどうあれ金は命に換えられないからねえ……」 その逆もまた、当然はそうなのだろうが。 「あいてはわるいふぃくさーどっ! しんぞーをとるとかぜったいぜったいゆるせないのですっ!」 『さぽーたーみならい』テテロ ミミミルノ(BNE004222)は意気込んでいる。思惑に左右されない善悪の観念は、子供の特権だ。我欲を挟まず、現実に悩まず、その真価を発揮する。ただただ、悪を悪だと信じている。正しさを正しさとして信じている。 「ぜったいもうしないようにこてんぱんにやっつけないといけないのですっ」 「初めての仕事がこんなエグい事件かぁ……」 鯨塚 ナユタ(BNE004485)は露骨にため息をついた。確かに、精神衛生上気味の良い話とは言えまい。まして、本来は子供に任せて良いものでもないのだ。その辺り、能力を持つ者の責務が優先されるは、こちら側の常識となってしまっているが。殺人者。殺人鬼。心臓を、生きたまま、くり抜いて。殺人犯。 「でも、ただ殺したくてやってるだけじゃなさそうだよね……」 「……え、フィクサードの強襲じゃないの?」 黒埜辺・枯花(BNE004499)は何か勘違いをしているようである。確かにあのガスマスクの男の経歴は、ヘタせずとも本件のターゲットよりすこぶる危険なものではあるのだが。それでも今はリベリスタ。間違ってはいけない。彼は味方である。フィクサードやエリューションから罪なき民を守ってくれるに違いないのだ。 「そう、それじゃあ、頑張ってくるわ。初仕事だし」 『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)が指をさした先。部屋ごとの区分けが狭そうなアパートメント。良く言えば年季が入っており、悪く言えば過分にボロい。だが、調査結果。資料との照らし合わせ。そのどちらもがあれを件の殺人者が自室だと示している。 吉が出るか、凶が出るか、それともどちらも牙を剥くか。冷たい風。薄く一枚の上着を必要とするような、中途半端の寒さ。 これくらいが具合良い。噂の狂気。その真相を捉えるのには、それくらいで良いのだろう。 ●疑問形チートコード ある時、どこからも金が借りられなくなった。当然だろう。定職に就かず、借りた傍から賭け事に擦っていくような奴に誰が金を貸すものか。それでもやめられない。勝利の美酒を。あの全能感を。だからそこに辿り着いた。辿り着いてしまった。 まあ、なんというか。 間が悪い、ということなのだろう。 特徴のない、強いて言えば身につけたものや髪型、様相への無頓着さが特徴と言えるだろうか。ともあれ特筆すべきところのない、悪しく貧相な男がひとり。どこかびくついた調子で目を血走らせながらアパートメントの怪談を降りてくれば。 それがまあ隠しておけば良いものを、真新しい大振りのナイフなど手に握ってさえいたら。 誰もが疑う要素なし、否、疑う要素しか無いのか。何にせよ、その男が件の殺人者であるとして間違いはなく。 「り、リベリスタかっ!?」 決定打であった。 ●極論式ファーストコース にこにこと笑う男が、金を貸してくれた。何の審査もない。否、血液採取だけを受けたっけ。健康的であるかとか何とか言っていたが。どうでもいい。金だ。金を貸してくれた。またあの狂乱に身を委ねることができる。金が尽きるのに、一週間とかからなかった。 「貴方はここで終わる運命ですけれど」 取り囲まれ、怯えた様子の男に彩花は切り出した。 「個人的に気になるので一つだけ貴方の目的について質問しておきます」 何となく、答えは見えているような気はしたけれど。 「少し凝った方法で人を殺したいだけの殺人鬼なのか、人の心臓にフェティシズムを感じる異常者なのか」 それを口にした。だが、そのどちらにも気を惹かれた様子はない。異常性の割に、自己陶酔度は低いのだ。そう受け取るにはあまりにも。あまりにも、この男は卑小過ぎる。 きっとこの男は、なんでもないのだ。なんともないのだ。期待するほどの異常さはなく、待望するほどの乖離性は持ち合わせず、心躍するほどの人外質も潜ませてはいないのだ。 「それとも心臓を持ち去らないといけない理由でもあるのか。だってまるでキャビアかフォアグラを取り出すように丁寧な殺し方なんですもの」 最早弾むものも感じないまま、それでも最後まで一応は言葉にしてみたのだが。 柏手の音。レイチェルが鳴らしたそれに呼応して、フィクサードの足元から糸束が溢れ出る。一度二度は避けられることを想定して起動したものだが、拍子抜けにも男は容易くそれに囚われていた。 弱い。相手を見極めるにはあらゆる要素を用い結論付けるべきではあるのだが。それでも、そのひとことが先に出た。 夜闇に紛れた気糸の回避は困難である。複数との戦闘において動揺している。戦闘のそれにメンタルがシフト出来ていない。どれを取ってもこちら側の基準に長く身を浸した人物には思えなかった。 やはり、欠けている。決定的に欠けている。過去に出会った異常性とは。最早種族として人間と呼ぶも躊躇われる理解不能の有象無象共と比べるには。余りにも過分なくこの男は普通過ぎる。 「私達はアークです。事情を聞かせてもらえませんか? NOと言うなら殺すだけですが」 殺す。その言葉に怯えている。ただ、違和感が見えた。自分にではなく、他の誰かに向けられているかのような。 「さぁ、その首を捧げなさい♪ 無様に醜く捧げなさい♪」 烏頭森の放つ弾丸は、躊躇いなく急所を狙う。男が遥か格下と分かっていても気には解せず。捕縛をと言われたことなど心にも止めず。彼女の牙は、容赦なくフィクサードに死を剥ける。 男の顔に、怯えのそれ。悦楽混じりの殺意など向けられたことがなかったのだろう。脅迫のような精神に刻み付けるものではなく、事実神経の髄にまで叩きこむ本物の感触。駄目だ、殺される。これは殺される。抵抗しないと見るも無残に殺される。 「嫌だ……嫌だ! 死ぬのは嫌だ! 死にたくない死にたくない死にたくない!」 やっと。今になってようやっと。刃物を構えるフィクサード。抵抗するぞ。殺すなら殺してやる。ほら、だからやめろよやめてくれ。 そんなもの、無意味だ。寧ろ逆意ですらある。ほら、烏頭森の顔は余計に気色ばんで。 「貴方が死んだ後、綺麗に臓器を繰り抜いてあげる、うふふふふふ」 より一層、螺子が外れていく。 姓としては、もう少し事情を聞いてみたかったのだが。 「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくない死ぬのは嫌だ死んで死ねば死ぬのは死ぬのは嫌だ!」 半狂乱になって得物を振り回すフィクサードの男。この状態では、禄に言葉も交わせまい。 かと言って、落ち着くまで放置して良い状態でもなく。仕方なし、ある程度痛めつけることは止むを得なかった。 気糸を発生させ、十二分な速度と正確さを持って射出する。それは男の右脛を貫いた。痛みで余計に怯えの色を深ませたようだが、これで満足に動けはしまい。見るに、自己回復の手段もないようだ。一般人に被害が及ぶようなことにはならないだろう。 「死にっ、痛いぃいい! やめろやめろくるな殺すぞ俺を殺すんだろう殺してやるぞ来るなよ来るな!」 支離滅裂。死にたくない、死にたくないとそればかり叫んでいる。殺しておいて、この虫の良さ。 「あんたもアークに身を寄せておけば保身になるんじゃない? って、聞いちゃいないか」 「ほんとうにすきでやってるのか……な……?」 その手口から、その非情さから。残酷な殺人者だと思われていたフィクサード。それが、蓋を返してみればこのザマだ。無論、フェイトを持たぬ一般人からすれば十分な脅威に値するのだろう。単純な腕力では届き得ない暴力差がそこにはあるのだろう。 だが、その程度だ。同じ革醒者が数を組んでことに当たれば、けして苦戦するような相手ではない。警戒こそすれ、生死に直結するような相手ではなかった。 だから、余裕が現れる。テテロの心にもただただ戦闘一辺倒とするよりは、男の行動と印象の差に違和感を覚える余裕が出来ていた。 わからない。それは、幼さのせいではない気がする。自分が物事を理解していないからではない気がする。それを言い表せるほどの語彙は持たないが。 「なんでこんなこと……するの?」 気がかりで、尋ねていた。質問していた。子供特有の無色な瞳にあてられたか、わやくちゃに叫ぶだけだった男が一瞬、つまる。 「おじさん、なんかワケアリっぽいね。どうしてこんなことするのか教えて?」 男の昂ぶりが少しだけ冷めたように見えたのを皮切りに、ナユタはここぞと疑問を投げかけた。 これが、残虐な殺人鬼。そうであるだなどととてもではないが思えなかった。戦闘と言うよりは確保に近いこれ。大勢に取り囲まれ、死にたくないと暴れる男。これではどちらが悪人かわかったものではない。 死にたくない。死にたくない。男はそれを繰り返してた。何度も何度も狂ったように叫んでいた。であれば、そこに起因するのだろう。死にたくないから、人を殺した。心臓をくり抜いた。死ぬ。殺される。誰に。被害者に。そんなはずはない。 誰かがいる。誰かがいるのだ。心臓を奪い去るように強制した誰かが。殺される。やらねばそいつに殺される。 「死にたく、ない。死にたくないんだ。殺さないと、殺される。だから殺すしかないんだ」 醜く、卑しいと少年は思う。弱いという前提には、とても残酷な感想だけれども。 「生きたまま心臓を抉るなんて、ずいぶんと残忍な犯行だけど……それで悦ぶ様な狂人には見えないわね」 枯花の感想は、無論全員が同意する。狂人・異端信仰家・食人趣味・精神病患者。そのどれともこの男は当てはまらない。否、もしかすればフィクサードとカテゴライズされることすらなかったかもしれない。ただただ、一般的な。抗えるその一端に恵まれただけの。不等号式における正義とも悪漢とも振れないような。 「ねえお前、正直に話せば助かるかもしれないわよ?」 男が武器を取り落とした。戦意がないことを察し、こちらも武器を納めている。無力化出来たわけではない以上、警戒を解くことはないが。この男の腕前ではその僅かな機微すらも感じ取れはしないだろう。 話すようにと、態度で促した。素性を、理由を、経緯を、目的を、心情を、余すことなく話せと促した。 「………………俺は、」 ぽつりと、男の声。ゆっくりと、何度もどもりながら、時系列もばらばらに、彼はこれまでを話し始めた。 なんともまあ、と。与市は呆れ返る。 聞けばこの男、賭博中毒が祟ったがこの結末と言うではないか。 無論、その金貸し業者も大いに問題だが。この男も自業自得。その果てが人殺しに落ちたのだから、同情の余地もない。 「ふむ………借用書の控えってあるかぇ? あるなら見たいのじゃが」 その中身が気にかかり、男に取ってこさせた。中を広げて、上から目を通していく。事務的な難しい言葉もいくつかあったが、要点を理解できぬほどではなかった。 心臓を返却させる借用書。下落払いといったか。もしもその要求が人間のものではなく、牛や豚でも良いというのなら。 だが、そうそう甘い話はないらしい。しっかりと人間、それも日本国籍に限るとまで明確に記載されている。成る程、確かに重要項目ほど目につきやすいよう作られている。それに目を通さなかったのだから、余程であろう。 「ご愁傷様じゃな……」 目も当てられぬ。与市は子供に似つかわしくないため息を、深々とついていた。 ●絶対論デモクラシー 取り立てが来る。死にたくない。死にたくない。死にたくない。あの男が怖い。にこにこと笑うあの男が怖い。笑顔が鬼のそれにも思えてくる。あの男が要求したもの。心臓。心臓。心臓。どういうことだふざけるな。心臓でしか返却できないなんて馬鹿げている。でも契約だ。そういう契約をした。だから返さなければ。そうしなければ。死にたくない。死にたくない。 清潔感のあるオフィスビルの一室で、男は受話器を耳にしていた。 「ああはい、その件で。はい、必要数も集まりましたので。はい。ええ、わかっております。既に引越しも終わりまして。ええ、はい。前のところよりも広く、充実しておりますよ」 話し相手は上司か何かだろうか、それらしい口調ではある。 「最後のあれについてはこちらの不手際で。ええ、申し訳ありません。まさかあそこまで弱体とは。せめて予備分を確保できるまでは動いて貰いたかったものですが」 不手際。何かのミスを話題にされたのだろうが、男の表情は動かない。張り付いたような笑みのままだ。 「まあなに、急な用件ではありましたので。足がつくものとも思ってはおりましたが。はい、なかなかどうして、ええ」 視線を落とすと、その先に書類が一枚。貼り付けられた男の顔写真。備考欄には『ギャンブル中毒』と記載されていた。 「はい、ええ。まったくです。なかなかにやっかいですよ。あの―――」 アークという、連中は。 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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