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鈴の音が響く夜に


 ――りん、りん。りりん。

 山の中、鈴たちは澄んだ音色を響かせる。
 ほのかな輝きをその身に宿し、精一杯に闇を照らしながら。
 切なる想いを乗せて、ただひたすらに鳴り続ける。

 聞く者の居ないこの場所で、どうか届けと願いを込めて――。


「申し訳ないけど、これから一緒に山の中まで行ってくれる人いるかな。
 時間は、日が変わるくらいから夜明けまで」
 夕刻、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に向かって、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)はそう言って話を切り出した。
「……どうも、E・フォースの群れが現れたらしくてな。
 人を傷つける類のものじゃないが、数が半端ないんで長期間放っておくのはよろしくない。
 そこで、人を集めて今晩中に片をつけようってわけ」

 E・フォースの識別名は『心緒の鈴』。
 その名の通り、小さな鈴のような形をしており、これが現場の至る所に存在しているという。

「言いたいことを言えずに終わるってこと、誰にでもあると思うんだけどさ。
 こいつらは、そういった『伝えられなかった言葉に秘めた想い』が具現化したものだ。
 せめて誰かに聞いて欲しくて、出てきちゃったんだろうな」

 伝えるタイミングを失って。あるいは、伝える相手が居なくなってしまって。
 永久に行き場をなくしてしまった、数多の言葉たち。
 それが、人の立ち入らぬ山の中に宿り、夜毎、鈴の音を響かせているのだという。

「皆にお願いするのは、現場に行って夜明けまで好きに過ごしてもらう、これだけだ。
 鈴の音を聴いてくれる人が近くにいれば、『心緒の鈴』は満足して自分から消えていくから。
 少し退屈かもしれないが、天気もいいみたいだし、たまには静かな所で過ごすのも悪くないだろ」
 どうかな、と数史がリベリスタ達を誘うと、低い男の声がそれに答えた。
「――任務とあらば」
 ダークブロンドの髪に、緑がかった灰の瞳。これまで、見たことのない顔である。
 視線に気付き、男は「失礼、申し遅れました」と席を立った。
「僕(やつがれ)はフェルテン・レーヴェレンツ。先日、アークに推参しました」
 男――『Eile mit Weile』フェルテン・レーヴェレンツ (nBNE000264) は、どこか古風な一人称を交えて挨拶を述べる。
「宜しくお願いします――」
 生真面目そうな口調で告げた後、彼は控えめに笑った。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:宮橋輝  
■難易度:VERY EASY ■ イベントシナリオ
■参加人数制限: なし ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年05月06日(月)22:42
 宮橋輝(みやはし・ひかる)と申します。

●成功条件
 夜明けまで現場で過ごし、E・フォース『心緒の鈴』を消滅させること。

●E・フォース『心緒の鈴』
 小さな鈴のようなE・フォースの群れで、現場一帯の木々に宿っています。
 胸に秘めたまま伝えられなかった言葉に秘められた想い、その一つ一つが具現化したものです。
 (『亡くしたり、別れた人に告げたかった言葉』や『素直になれずに口に出せなかった言葉』など、切なくも温かな想いが多く、怒りや憎しみといった強い負の想いは存在しません)

 日中は沈黙を保っていますが、深夜に実体を得て淡い光を放ち、美しい鈴の音を響かせます。
 現状では、危険な能力は特にありません。『夜明けまで誰かに鈴の音を聴いてもらう』ことで満足し、自然に消滅します。
 (『聴く』ことを意識せずとも、現場に留まっていればOKです)

●現場
 人が立ち入らない山の中。一般人の対策は必要ありません。
 木々には無数の『心緒の鈴』が淡く輝いており、さながらイルミネーションの如くです。
 時間帯は深夜0時前後~夜明け前まで。よく晴れており、空には星が見えます。

●推奨行動
 鈴の音が響く山の中で、思い思いに過ごしましょう。
 基本はしんみり&のんびり路線ですが、極端に雰囲気を壊すレベルでなければ和気藹々と楽しむのもアリです(現場はかなりの広さがあるので)。
 プレイングは一場面に絞った方が描写が濃くなると思います。
 何か持参する場合、普通に手に入る品物はアイテムとして装備していなくてもOKです。

【禁止行為】
 ・あらゆる戦闘行動。
 ・未成年(実年齢)の飲酒・喫煙。
 ・公序良俗に反する行い、あるいは他の方に対する迷惑行為。

●描写人数
 可能な限り全員を描写します。
 (白紙プレイングや、上記の禁止行為については描写致しかねます)

●NPC
 奥地 数史(nBNE000224)、フェルテン・レーヴェレンツ (nBNE000264)の2名が参加しています。
 基本は現場を巡回したり、休憩がてら腰を下ろして鈴の音を聴く予定です。
 面識の有無に関わらず何らかの反応は返しますので、話し相手にでもどうぞ。

 ※お声掛けがない場合、原則として描写は行いません。

●備考
 ・このシナリオはイベントシナリオです。
 ・参加料金は50LPです。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
 ・特定の人と絡む場合は『時村沙織 (nBNE000500)』という形で名前とIDをご記入ください。
 ・グループで参加する場合は【グループ名】をプレイング冒頭にご記入いただければ、全員の名前とIDの記載は不要です。
  (グループ全員の記載が必要です。記載が無い場合は迷子になる可能性があります)
 ・NPCに話しかける場合は、フルネームやIDの記載は不要です。
参加NPC
奥地 数史 (nBNE000224)
 
参加NPC
フェルテン・レーヴェレンツ (nBNE000264)


■メイン参加者 32人■
インヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
クロスイージス
アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)
デュランダル
鬼蔭 虎鐵(BNE000034)
デュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
ホーリーメイガス
アリステア・ショーゼット(BNE000313)
ナイトクリーク
斬風 糾華(BNE000390)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
ホーリーメイガス
春日井 智尋(BNE000700)
スターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
ナイトクリーク
神城・涼(BNE001343)
クロスイージス
レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)
ナイトクリーク
月杜・とら(BNE002285)
プロアデプト
酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)
プロアデプト
柚木 キリエ(BNE002649)
ソードミラージュ
リンシード・フラックス(BNE002684)
覇界闘士
李 腕鍛(BNE002775)
クロスイージス
シビリズ・ジークベルト(BNE003364)
クリミナルスタア
曳馬野・涼子(BNE003471)
レイザータクト
ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)
マグメイガス
シェリー・D・モーガン(BNE003862)
ダークナイト
館伝・永遠(BNE003920)
ナイトクリーク
ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)
ホーリーメイガス
海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)
ソードミラージュ
桃村 雪佳(BNE004233)
ホーリーメイガス
紗倉・ミサ(BNE004246)
ホーリーメイガス
雛宮 ひより(BNE004270)
ミステラン
ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)
ミステラン
ルナ・グランツ(BNE004339)

エフェメラ・ノイン(BNE004345)

音羽 征一郎(BNE004471)
マグメイガス
ヴィヴィ・バッドホール(BNE004505)


 さほど険しい道でなくとも、夜の山歩きはインドア派にとって結構な労力である。
 翼の加護が欲しいと言いつつ歩を進めていたヴィヴィの視界が、ふと明るくなった。
 天に輝く月と星だけが頼りだった闇に、無数の燐光が浮かんでいる。涼やかな鈴の音が、リベリスタ達の耳朶をくすぐった。
 E・フォース『心緒の鈴』――淡く光る鈴の形をしたそれは、誰かが胸の裡に封じた言霊の残滓。とうとう伝えられなかった、想いの欠片。
 そんなもの重たいだけだし、知るのも抱えるのも面倒臭い。ヴィヴィとしてはそう思わなくもないが、何を求めるでもなく、ただ音色を響かせるだけならそこまで邪魔にはならないだろう。
「……いいわ。聞いたげる」
 丁度良い明るさの場所を選んで、地面に腰を下ろす。山の空気を深く吸いながら、彼女は持参した魔道書を開いた。控えめながらも流麗な鈴の音は、どこかインスピレーションを刺激する。
「これを録音するのは、野暮ってものね」
 そもそも、面倒だからやらないけれど――。
 一人ごちつつ、ヴィヴィはページをめくった。

(秘めた想いの具現、ですか)
 人間誰しも、告げられなかった言葉の一つや二つあるのだろうと、アラストールは思う。
 だから、その音色に耳を傾けることで心残りが無くなるというなら。時間の許す限り、共にあろう。
 ゆるりと木々の間を歩き、鈴の音を聴く。
 蛍の如く淡い輝きを放つそれらが、放っておけば崩界を呼ぶエリューションであると知ってはいても。
 誰を傷つけるわけでもなく、ただ静かな残響として其処にある――
 そんな神秘が存在するという事実は、少しだけアラストールの心を和ませた。
「……大丈夫」
 ひたむきに鳴り続ける鈴たちに、そっと声をかける。
 言葉に出来なくても、想いはきっと伝わっていた筈だと。
 儚く消えて、それで終わりにはならないのだと。
 優しき言霊たちに救いあれと、そう、強く願いながら。

 彼らを衝き動かすのは“無念”か、それとも“切望”か。
 いずれかは知らずとも、今宵、シビリズの為すことは既に決まっていた。
 晴れ渡った空、素晴らしき星々の下で。彼らの遺した“願い”を、聴き遂げようではないか。
「諸君らの愛しき残滓。害する者はおらんよ」
 感覚を研ぎ澄ませ、鈴の音に浸る。今を逃せば、機会は永劫に喪われよう。
 この場においても秘めたまま終焉を迎えるのでは、あまりに寂し過ぎる。
 一つたりとも逃すまい。全てを受け止め、愛するために。
 そんな折、近くを歩いていたフェルテンと視線が合う。
 同郷の誼で挨拶でも――と考えたが、今は彼らの声に耳を傾けるのが先だ。
 フェルテンも、そんなシビリズの意図を察したようだった。殊更に口を開こうとはせず、静かに佇んで光る鈴たちを見詰める。
 慌てることはない。彼らを見送った後にでも、言葉を交わす暇はあるだろう。
 男たちは、そのまましばらく“想い”の欠片に手を伸ばしていた。

 森の片隅に陣取った竜一が手にしたのは、愛用のアコースティックギター。
 爪弾くは、切なくも優しいブルース。
 鈴たちの“歌”を邪魔しないよう、細心の注意を払いながら。
 そこに込められた想いを。言葉を。一つずつ“曲”にして、和音を奏でていく。

 ――今夜のメインヴォーカルは、お前たちだ。

 だから、存分に歌え。想いをのせて、心のままに。
 何も、高尚なものじゃなくていいんだ。上手くやろうだなんて、考えなくていい。
 むき出しの心が、音楽でありロック。“俺”が“ロック”だ。
『ロックは死んだ』なんて、誰にも言わせやしない。
 聴かせてくれ、お前たちの“歌”を。その声が枯れるまで、俺が囃してやろう――。
 鈴の音に耳を傾け、竜一は彼らのために伴奏を続ける。
 最高のセッションは、まだ始まったばかりだ。

 木陰に座る数史を見つけて、永遠はそっと駆け寄る。
 声をかけると、彼はたちまち相好を崩した。
「お疲れ。こないだのパンケーキはどうだった?」
「美味しゅうございました」
 自分を覚えてくれている様子に安堵しつつ、隣に腰を下ろす。
 続く言葉を口にするまで、数瞬を要した。
「その、宜しければ今度僕と行きませんか」
 目を丸くする彼を見て、思わず俯く。
「一人では行き辛いのです。へ、変でしょうか」
「いや、変じゃないけど……」
 俺でいいの? と問われ、彼女は顔を上げた。
「僕、奥地様とお話しすると安心するのです。何故でしょうか」
 ――りん、と鈴が鳴る。澄んだ音色は、永遠の想いをものせて響くようで。
 手が届くなら抱き締めたくなる程に、切なくなる。
 ややあって、数史が微笑った。
「ご指名とあらば喜んで」
 返答を聞き、永遠の表情も綻ぶ。
「鈴の音がとても素敵ですね、奥地様――」
 今は、傍で言葉を交わす幸せを。


「こんな時間に付き合って頂いて悪いわね」
 詫びるミサに、雷慈慟は「崩界を食い止める為なれば」と答えて。
 敷物代わりにと、自分のマフラーを地面に広げる。
 女性が腰を冷やすのは良くない――とは、彼らしい気遣いだ。
 礼を述べて、二人並んで座る。木々を照らす淡い輝きと、澄んだ鈴の音が、目と耳に快い。
 神秘は往々にして厄介事を呼ぶが、こういった現象は良いものだ。
「私だって一応、女ですもの。ロマンチックな光景は嫌いじゃないわ」
「一応など……紗倉御婦人は魅力的な女性と思案するが」
 真面目くさった雷慈慟の言葉に、ミサは彼を振り返って。微笑んだ後、再び輝く鈴に視線を戻す。
「綺麗だけれど、なるべく思いは残さないよう正直に生きたいものね」
 リベリスタとして常に戦いに身を置いているなら、尚更のこと。
「うん、日々を真摯に生き抜きたい。嘘で偽る暇も無いモノだ」
「酒呑さんは、正直すぎる気もするけどね……うふふ」
 からかうように、ミサが笑う。雷慈慟が、喉の奥でうぅむ、と唸った。
 この調子では、自分が『ロマンチック』なる風情を今一つ理解出来ていないことも、彼女にはお見通しなのかもしれない。
 考え込む彼の隣で、ミサが微かに身を震わせる。
「春先とはいえ、深夜の山中は冷えるわねぇ」
 体温を分けて貰っても良いかしら――と問う彼女に、雷慈慟は軽く首を傾げた。
「構わないが、どうすれば良いんだ」
「難しい事じゃないわ、ただこうするだけだもの」
 そう言って、ミサは彼の肩にもたれかかる。
 柔らかな感触を受け止めつつ、雷慈慟はなるほど、と一人ごちた。
「自分で構わなければもっと寄ると良い」
 寒さは、健康にとっても害だ――。

 輝ける森で、フュリエの“姉妹”は木々に実った光の鈴を眺める。
「……綺麗だね」
「うん、とっても綺麗」
 伝えられなかった想いの結晶と思えば、鈴の一つ一つが愛しくて。少し、苦しくなる。
 どんなに想っても、言わなければ伝わらない――人のこころは、難しい。
 残された言葉に相槌を打つように、ヘンリエッタはそっと耳を傾ける。
 しばらくして、ルナが彼女を呼んだ。
「ねぇ、ヘンリエッタちゃん」
 ずっと考えていたのは、この世界の人に恋をして、彼を狂わせてしまったアザーバイドのこと。
 自分たちが知らない、そういった想いに触れるたび――ルナは、切なくなる。

 ――人を好きになる、恋するって気持ちは……何なのかな?
 ――私たちがその想いを理解できる日が、いつか来るのかな?

 喉元まで出かけた問いは、声にならずに夜の闇に溶けてしまったけれど。
 同じエクスィスの子であるがゆえに、ヘンリエッタはルナの躊躇を正確に察した。
 彼女も、その答えはまだ得られていない。だから、あえて話題を変える。
「そういえば、ルナはおさけの飲める歳だったね」
「うん、そうだよ? これでも皆のお姉ちゃんですから!」
 持参した缶を手渡し、二人で乾杯。まだ、ヘンリエッタはジュースだけれど。
「最近、やっと少しずつこの世界の一員になれている……気がする。ルナは?」
「私も少しずつ……かな」
 だから、知りたいと思う。この場に満ちる想いの、一欠片ずつでも。
「三年後に一緒にお酒を飲むのが、今の私の楽しみかな」
 ルナの言葉に、ヘンリエッタが頷く。
「……うん、オレも。おねえちゃんと飲む日が楽しみだよ」
 愛を謳う鈴の音が、二人の耳にそっと届いた。

「こんばんは、月が綺麗ですね」
 まるで文豪のような台詞を交えて、海依音は艶然と笑う。
 挨拶と告白、どちらだと思います? ――と訊ねると、数史はあからさまに狼狽の色を見せた。
 一通りからかって満足した後、彼を酒に誘う。肴は、森に響く鈴の音だ。
 人の想いが奏でる音色は、これほどに綺麗だというのに。
 それに溢れている筈の世界が理不尽に満ちているのは、まったく皮肉である。
「奥地君は、伝えたかった言葉はお持ちですか」
 海依音の問いに、数史は微かに苦笑して。
「そりゃ、この歳まで生きてれば色々とね。神裂は?」
「ワタシは沢山あります」
 意外なほどきっぱりと言い切った後、彼女は酒杯を傾ける。
「――けれど、ワタシいい女ですから。早々、簡単には形にしないんです」
 そう告げて笑った時、海依音は既にいつもの表情に戻っていた。

 闇を照らす、淡く小さな光の鈴たち。奏でられる、涼やかな音色。
 それらが織り成す景色は、とても綺麗だけど。
「この一つ一つが、届かなかった想い……って考えると。何だか切ないね」
 アリステアの囁きを聞いて、涼は彼女の横顔を見る。
 視線に気付き、少女はそっと彼に向き直った。
「だって、こんなにいるってことは、沢山の届かない想いがあった……ってことだよね。
 綺麗だけれど……ちょっと胸が痛い、かな」
 紫色の双眸が、微かに憂いを帯びる。そんな少女を見て、涼も頷いた。
 幻想的な光景の中で、一緒に過ごせるのは嬉しいけれど。
 鈴の由来を思えば、やはり幾許かの寂しさを覚えてしまう。
 言葉に出来ぬまま終わってしまった、そんな切ない想いだからこそ。
 叶わなかった願いを込めて、こんなにも美しく輝くのかもしれないが――。
「だから、てワケじゃないけれども、いい区切りになったよ」
 切なさをのせて響く鈴は、とても綺麗だけど。
 秘めたまま伝えられないのは、少し寂しいから。
 アリステアに向けて、涼は静かに告げる。
「今度、改めてキミに伝えておきたい事があるんだ」
「伝えておきたいこと……?」
 これまで彼と色々な話をしたが、こうやって前置きされたことは殆ど無い。
 気になるけれど、今は問い質してはいけない気がするから。
 アリステアは口を噤んで、鈴の音に耳を傾ける。
 傍にある涼の温もりを感じながら、彼女はその時のため、彼に伝えたいことを考えていた。
 少女が知らず胸の奥に抱えた、小さな蕾。それが花開くのは、いつの日か――。


 ドンと来い、と胸を叩いて。目を閉じたベルカは、そっと耳を澄ませる。
 奏でられる鈴の音は、想いを言葉で伝えてはくれないけれど。
 僅かな響き方の違いで、彼らの気持ちを読み取れるように思えて。切なる音色に、胸が詰まる。
「うむ……そうか。辛かったな……」
 こみ上げる涙を拭った時、横からハンカチを差し出す男の手が見えた。
「失礼。ちょっと目に埃が入ってしまいまして」
 姿勢を正し、男に向き直る。
「同志フェルテンですね。初めまして、ベルカと申します」
 よろしくどうぞ、と告げる彼女に、フェルテンは恭しく挨拶を返した。
「今後ともお見知りおきを」
 少し打ち解けた後、光る鈴を共に眺める。
 鈴の音には思い入れがあるのだとベルカが告げれば、男は黙してそれを聞いた。
「貴方は、どんな音をお聞きになりましたか」
 不意に問われ、フェルテンが彼女を見る。
「――遠き日の思い出を」
 そう言って、彼は微笑った。

 夜はまだ寒いから、二人で毛布に包まって。きらきら光る鈴たちと、朝までのお付き合い。
 無邪気に飲み物を手渡すひよりに対し、雪佳は僅かに緊張した様子で。
 隣に少女の温もりを感じながら、ココアの甘さに少しほっとする。
 軽食をお供に、鈴の音に耳を傾け。木々に宿った季節外れの蛍火を、二人で眺める。
 密やかに響く音色は、途切れてしまった唄の続き。
 もしかしたら、中にはこの手で断ち切ったものもあるかもしれない。
 囁き声で、ひよりは雪佳を誘った理由を告げる。
「ひとりで聴くのが少し、心細かったのもあるの」
 勿論、綺麗なものを一緒に見たいという気持ちが一番だけれど――。
 ひよりの言葉に、雪佳も「そうか」と頷いて。
 泡雪の如く儚い想いの欠片と、それが奏でる唄に思いを馳せる。
 確かに、一人で聴いていたとしたら、酷く切なくなったかもしれない。
 夜明けを迎える頃、鈴たちと一緒に消えてしまいそうな程に。
「桃村さん、手を握ってもいい?」
「ああ……構わないぞ」
 ひよりが、毛布の下でおずおずと手を動かす。
 鍛錬で硬くなった雪佳の手に、少女の小さな手が触れた。
 心臓が、跳ねるように鼓動を打つ。それでも、今は彼女を安心させてやりたくて。
 雪佳は迷わず、ひよりの手を握り返す。
 掌から伝わる体温。その優しさが嬉しくて、ひよりは花綻ぶ笑顔で彼の肩にもたれた。
 微笑みを返し、雪佳はそっと彼女に寄り添う。
「その……いつも遊んでくれて、ありがとう……な」
 想いを秘める性質ではないけれど、ちゃんと伝えておきたい。
「うん、また一緒におでかけしてね」
 温かな安心感に満たされながら、ひよりは彼の傍に居る幸せを噛み締めていた。

 散策の途中で、数史を見つけて。シェリーは彼を捕まえ、共に鈴の音を聴く。
 伝えきれない言葉。彼女が抱えるそれは、ほんの些細なものだ。
 だが、今死ぬとしたら。心残りのないよう、一人一人に告げて回りたい。
 知っていても、人は躊躇ったり、先送りにしてしまう生き物だけれど。
「……そう気づかされると、感慨深いものがあるの」
 逆の立場でも同じだ。突然に誰かを喪った時、伝えたかった言葉は残る筈。
 おぬしにもあるか、と問うと、数史は黙して頷いた。
 僅かに視線を落とした彼に、シェリーはさらに声を投げかける。
「どうせなら、お互い告げずにおいた言葉を語らうとするか?」
 数史が顔を上げると、彼女は真っ直ぐ彼を見て言った。
「――これからも、いつまでも、よろしく頼むの」
 それを聞き、数史はこちらこそ、と笑う。
 一呼吸置いて、彼はシェリーに告げた。
「必ず帰ってきてくれ。……知った顔が欠けるのは、辛いんだ」

 綺麗だな、と言葉を交わして。雷音は、夏栖斗と手を繋いで歩く。
 自分たちの後をついて歩く父――虎鐵も、今日はやけに静かだ。鈴の音に聴き入っているのだろうか。
 地上に星の海を再現するが如く輝く、数多の想い。
 密やかに音色を響かせる彼らに応えて、この世界が少しでも優しくなればいいのにと思う。
「伝えきれない想いなんて幾らでもあるよな」
 ゆっくり歩きながら、夏栖斗が不意に口を開く。
 普段は恥ずかしくて言えないことも、今なら言える気がした。
「『家族』でいてくれて、ありがとうな」
 想いを告げた彼を、雷音が見上げる。
 出会ったあの日から、随分と背が伸びた夏栖斗。
 失った『家族』が欲しくて。どんなに歪でも、『家族』になりたいと願って。
 初めての我侭で、自分が連れて来た兄。
 ――夏栖斗もまた、思い出していた。
 独りになった自分に、雷音が『家族』をくれた日のことを。
 だから、共依存と承知してはいても。言葉として伝えたいし、確かめたい。
 訊かなくても、答えは分かりきっているけれど。
「大好きだぜ、雷音。――僕のことは?」
 夏栖斗の問いに、雷音は一瞬言葉を詰まらせて。強く、兄の手を握る。
「……好きに、決まっている、大事な『家族』だから」
「そっか、うれしいな」
 夏栖斗の声と、凛と響く鈴の音が伝える想いを受け取って。雷音は願う。
 父と兄が、これ以上傷つかぬように。もう二度と、『家族』が離れることがないように――。

 後ろから兄妹の背を見守る虎鐵にも、当然ながら秘めた想いはある。
 あれほど『愛してる』と連呼しておきながら、未だに伝えたことのない言葉を。
(こいつらは、それを音として聞かせてくれるのでござるのか……)
 己の裡にある想いが鈴になったら、果たしてどのような音色を奏でるのだろうと、そんなことを思う。
 そして、想像を巡らせる。
 仮に自分が、愛娘と出会わなかったら。雷音が、この世に生を享けていなかったとしたら。
 少なくとも――今の自分の姿はなかっただろう。
 もっと早死にしていただろうし、ここで輝く鈴を眺めることもなかった。
 何より、このような温かさに触れることは、決して出来なかった筈だ。
 だからこそ、虎鐵は万感を込めて。何よりも大切な一言を、心の中で囁く。

 雷音、生まれてきてくれてありがとう――と。


 告げられなかった言葉。伝えられなかった想い。
 森に満ちる輝きと音色の一つ一つが、そのような言霊の結晶なのだ。
「切ないような悲しいような……不思議な音色でござるなぁ」
 虎の髭をそよがせ、腕鍛が呟く。
「想いを伝えられるというのは、とても幸せな事ですね」
 そう答えた後、リリは婚約者を見詰めた。
 幾度も伝えてきた言葉を、もう一度。何度でも。
「――愛しています」
 不意に愛を告げられ、いつも通りの笑みを浮かべる腕鍛。
「では拙者も……」
 咳払いの後、彼は言葉を紡いだ。

『あなたと見る月は綺麗ですね』
『あなたの為なら死んでも良い』
『一生一緒にいて欲しい』

 僅かに目を丸くしたリリを見て、腕鍛は笑う。
「……にははは、ごめんでござる」
 愛しているという言葉は、確かに嬉しいものだけれど。
 それで終わってしまうのは、あの鈴たちと変わらない気がしたから。
 彼のそんな心遣いを受けて、リリは思わず俯いてしまう。
「ごめんなさい、これ以外に上手く言えなくて……」
 綺麗な言葉を沢山かけて貰っているのに、自分から返せないのがもどかしい。
「し、死んだら……嫌ですよ?」
 生きて、一生傍に居させてほしいと、リリは腕鍛に寄り添う。
 手渡したのは、守護天使ミカエルが彫られたメダイ。
 別々の場所に居ても、心は常に共にあると――誓いを込めて。
「お誕生日おめでとうございます」
 祝いの言葉とプレゼントを有難く頂戴した後、腕鍛はリリに笑いかける。
「拙者ももう23歳でござるからな……しっかり身を落ちつけていく所存でござるよ」
 たぶん、と付け加えた彼を見て、リリも微笑った。大丈夫、彼女は腕鍛を信じている。
 今宵は、長い夜を二人一緒に――。

 一つでも多く鈴の音を聴こうと、リンシードは少し足早に歩く。
 期待と焦りを抱えて光の森を彷徨う様は、音色を楽しむというよりは贖罪を求めているようで。
 全てを心得ているといった風情で、糾華は共に歩を進めていた。
 やがてリンシードが溜息をついて木陰に座り込むと、糾華も横に腰を下ろして。
 訥々と語られる彼女の言葉に、優しく耳を傾ける。
「私には……昔別れた……というより、訳あって、斬ってしまった……大切な人がいました……」
 もしかしたら、その人の“想い”が何処かにあるかもしれない。
 そう思って来たけれど、そんな都合よく見つかる筈もなくて。
「……鈴の音を聞いて許して貰おうなんて、甘かったみたいです」
 俯いたリンシードの隣で、糾華はそっと頭上を仰ぐ。
 淡い光を放つ数多の鈴から、澄んだ音色が降り注いだ。
 届かずに消えてしまった想いたちを集めた、儚くも美しい合唱。
 輝きの中に、音色の中に。自分たちが求めるものが、きっとある筈。
「信じましょう」
 そう告げて、糾華はリンシードに微笑みかける。
 今なら親友と胸を張って言える、『影使い』を名乗った銀髪の少女も。
 運命を使い果たしても境界を踏み越え、異界に消えた摩訶不思議な彼女も。
 満足に想いを交わせぬまま、旅立ってしまったけれど。何処かで、繋がっていると思うから。
「だから、きっと大丈夫よ。私に想いは届いたのですもの」
 リンシードの伝えたかった想いも、その人の元に届いている。確かめる術はなくとも。
 糾華に頷いて、リンシードは気持ちを新たにする。
 傍にいる大切な人との時間を、もっと大事にしていこう。
 心残りを抱いたまま別れてしまった辛さを、知っているから。

「こんばんは、お邪魔しますね」
 森の外れで数史が腰を下ろした時、キリエが彼に声をかけた。
 すかさず、とらが背後から大きめのバスタオルを頭から被せる。
「な……っ!?」
 慌てる数史をよそに、「ホラ、ふみふみさんも色々あったっしょ?」とは、とらの弁。
 範囲内に他の人たちが居ないことを確認した後、キリエが真の闇を呼び起した。
「聴くだけなら、見えなくても問題はないでしょう?
 サングラスも似合うと思うけど、やっぱり夜にかけてるのは不自然だから」
 その間に、とらが数史と背中合わせに座る。
「話したいことがあれば、遠慮なくどうぞ。少しは心が軽くなると思うよ?」
 ようやく、数史も二人の意図を悟った。
 大の男が人前で泣くのは恥ずかしかろう――という心遣いであるらしい。
「星が見たくなったら、声掛けて」
「いや、このままでいいよ。ありがとう」
 それきり、三人は一様に口を噤んだ。暗闇に、鈴の音だけが響く。
 ややあって、数史が言った。
「……小さい子供ってさ、自分の気持ちを上手く言葉に出来ないよな」
 幼い胸に秘められたまま旅立った想いは、何処に辿り着くのか。
 彼はまだ、答えを見つけられずにいるのだろう。
 再び押し黙った数史に、とらが手探りで茶を勧める。
「泣きたかったら、俺の胸で泣いていいよっ?」
 彼女が両腕を広げて言った直後、数史は盛大にむせた。

 身じろぎ一つせず、自分の膝を抱えて。
 まるで睨みつけるように、涼子は淡い輝きを放つ鈴をじっと眺め続ける。
 剥き出しの地面に座っているためか、腰のあたりが酷く冷たい。
 敷く物くらい持ってくれば良かったと後悔するも、もはや後の祭りだ。
「……まったく、なんでこんなところまで来てるんだか」
 思わずぼやきながらも、視線は光る鈴から動かない。帰る気にもなれない。
 寒気を覚えるほど澄んだ音色が、涼子の鼓膜を揺さぶった。

 ――知りたいのだろうか。
 戦いで命を絶たれた人間が、何を思っていたのかを。

 ――期待しているのだろうか。
 亡き家族が、自分に言伝を遺していることを。

 言いたいことも、聞きたいことも、何一つ無い筈なのに。
 目がやけに沁みて、そして痛い。
 きっと、こんな遅くまで起きている所為だ。そうに決まってる――


 木々を彩る光と、哀しくも優しい鈴の音に包まれて。
 温かな珈琲を片手に、ロアンは一人物思いに耽る。
 思い出すのは、先日、腕の中で看取った少女のこと。
 妹のように想っていた彼女が、最期に笑ってくれたのは幸いだったけれど。
 大切な人を喪うのは、やはり酷く堪える。
 少し人恋しくなってきた頃、数史が通りがかった。
 丁度良いと声をかけ、珈琲を勧める。
「良かったら一杯どう?」
「ありがとう」
 並んで座る二人の間に、薄く湯気が立ち上った。
「……相手が居なくなったら、想いを伝える事すら出来ないから。
 それが出来るっていうのは幸せだよね」
 ロアンの呟きに、数史が頷く。
「同じ日々が、ずっと続くとは限らない。分かってた筈なのにな」
 彼にも、色々と思うところがあるのだろう。それを尋ねるのは、野暮かもしれないが。
 どちらともなく口を噤み、二人はそっと耳を澄ませる。
 時が来るまで、聞き届けよう。遺された想いの、一つ一つを。

「……私たちは、この鈴の音を少しでも減らせているのかしらね」
 隣を歩くレナーテの言葉を聞き、快は不意に足を止める。
 彼女も、自分と同じことを考えていただろうか。
 掴もうと手を伸ばしても、指の隙間を容易くすり抜けていく命について。
「大きな事は考えないようにしてきてはいるけれど……
 楽団の規模とかを見ると、失われたであろう声の数は気に掛かってしまうわ」
 今後、戦いが激化の一途を辿ることは予想がつく。その時に犠牲になる人の数は、如何ばかりか。
 どうしても、全てに手を届かせるのは難しい。それは、戦い続けるほどに思い知らされる現実。
「ごめんなさいね」
 僅かに伏せていた視線を上げて、レナーテは快に詫びる。
 自分よりも、彼の方が辛い記憶は多い筈だ。つい、先日だって――。
 ゆっくり首を横に振り、快が口を開く。
「助けられなかった人たちの声はきっと、これからも、増えていく。けれど……」
 その悲しみに押し潰されて、護ることを辞めてしまったら。
 もう二度と、報いることは出来なくなってしまう。夢を残したまま、零れ落ちた命に。
「だから、俺は決めたんだ」

 救った命に応え、救えなかった命に報い、救いを求める声に手を伸ばし続ける。
 誰かの夢を護る――それこそが、自分の夢だから。

 そこまでを一息に告げて、快はレナーテを見詰める。
「けれど、一人の人間にできることなんて少ないから。
 これからも俺と一緒に、同じ夢を見ていてほしい」
 優しくも真摯な声。それを受け止め、レナーテは迷わず頷いた。
「私も、諦めたいと思っているわけではないから――支えさせて頂戴」
 その夢を、現実に変えられるように。これからも貴方の傍で。

 森の端には、隠れるように実った鈴が一つ、二つ。
「鈴になってからも、控えめすぎじゃあないか……聴いて貰おうと思ってるわけ?」
 溜め息まじりに悪態をついて、智尋はその下に座った。
「まァ、犬の耳にはこのぐらいがちょうどいい」
 瞼を閉じ、そっと耳を傾ける。群れからはぐれた、鈴たちの音色に。
 伝えられぬまま、これからもきっと告げられることのない、声ならぬ言葉に。

 闇に浮かぶのは、病弱だった幼少期に自分を支えてくれた家族の顔。
 幾度も感謝を述べようとしては、寸前で呑み込んでしまって。未だに、言えていないけれど――。

 ――りり、りん。

 密やかな響きを残し、鈴の音が止む。
 目を開いた時、『心緒の鈴』は花が散るが如く、光となって消えていった。
 立ち上がり、服の土を払う。そういえば、もうじき母の日だ。

 伝えようか。ずっと告げられなかった言葉を。
 命ある限り、まだ遅くはないのだろうから。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
フェルテン「――任務完了、ですね。お疲れ様でした」
数史「遅くまで付き合ってくれて有難う。それじゃ、帰ろうか」

 白紙プレイングの方を除き、全員を描写しております。
 (万が一、お名前が出ていないという場合はお知らせ下さいませ)

 皆様の想いの一つ一つ、大切に受け止めて執筆させて頂きました。
 ご参加いただいた皆様には、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。