● ――りん、りん。りりん。 山の中、鈴たちは澄んだ音色を響かせる。 ほのかな輝きをその身に宿し、精一杯に闇を照らしながら。 切なる想いを乗せて、ただひたすらに鳴り続ける。 聞く者の居ないこの場所で、どうか届けと願いを込めて――。 ● 「申し訳ないけど、これから一緒に山の中まで行ってくれる人いるかな。 時間は、日が変わるくらいから夜明けまで」 夕刻、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に向かって、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)はそう言って話を切り出した。 「……どうも、E・フォースの群れが現れたらしくてな。 人を傷つける類のものじゃないが、数が半端ないんで長期間放っておくのはよろしくない。 そこで、人を集めて今晩中に片をつけようってわけ」 E・フォースの識別名は『心緒の鈴』。 その名の通り、小さな鈴のような形をしており、これが現場の至る所に存在しているという。 「言いたいことを言えずに終わるってこと、誰にでもあると思うんだけどさ。 こいつらは、そういった『伝えられなかった言葉に秘めた想い』が具現化したものだ。 せめて誰かに聞いて欲しくて、出てきちゃったんだろうな」 伝えるタイミングを失って。あるいは、伝える相手が居なくなってしまって。 永久に行き場をなくしてしまった、数多の言葉たち。 それが、人の立ち入らぬ山の中に宿り、夜毎、鈴の音を響かせているのだという。 「皆にお願いするのは、現場に行って夜明けまで好きに過ごしてもらう、これだけだ。 鈴の音を聴いてくれる人が近くにいれば、『心緒の鈴』は満足して自分から消えていくから。 少し退屈かもしれないが、天気もいいみたいだし、たまには静かな所で過ごすのも悪くないだろ」 どうかな、と数史がリベリスタ達を誘うと、低い男の声がそれに答えた。 「――任務とあらば」 ダークブロンドの髪に、緑がかった灰の瞳。これまで、見たことのない顔である。 視線に気付き、男は「失礼、申し遅れました」と席を立った。 「僕(やつがれ)はフェルテン・レーヴェレンツ。先日、アークに推参しました」 男――『Eile mit Weile』フェルテン・レーヴェレンツ (nBNE000264) は、どこか古風な一人称を交えて挨拶を述べる。 「宜しくお願いします――」 生真面目そうな口調で告げた後、彼は控えめに笑った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月06日(月)22:42 |
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■メイン参加者 32人■ | |||||
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● さほど険しい道でなくとも、夜の山歩きはインドア派にとって結構な労力である。 翼の加護が欲しいと言いつつ歩を進めていたヴィヴィの視界が、ふと明るくなった。 天に輝く月と星だけが頼りだった闇に、無数の燐光が浮かんでいる。涼やかな鈴の音が、リベリスタ達の耳朶をくすぐった。 E・フォース『心緒の鈴』――淡く光る鈴の形をしたそれは、誰かが胸の裡に封じた言霊の残滓。とうとう伝えられなかった、想いの欠片。 そんなもの重たいだけだし、知るのも抱えるのも面倒臭い。ヴィヴィとしてはそう思わなくもないが、何を求めるでもなく、ただ音色を響かせるだけならそこまで邪魔にはならないだろう。 「……いいわ。聞いたげる」 丁度良い明るさの場所を選んで、地面に腰を下ろす。山の空気を深く吸いながら、彼女は持参した魔道書を開いた。控えめながらも流麗な鈴の音は、どこかインスピレーションを刺激する。 「これを録音するのは、野暮ってものね」 そもそも、面倒だからやらないけれど――。 一人ごちつつ、ヴィヴィはページをめくった。 (秘めた想いの具現、ですか) 人間誰しも、告げられなかった言葉の一つや二つあるのだろうと、アラストールは思う。 だから、その音色に耳を傾けることで心残りが無くなるというなら。時間の許す限り、共にあろう。 ゆるりと木々の間を歩き、鈴の音を聴く。 蛍の如く淡い輝きを放つそれらが、放っておけば崩界を呼ぶエリューションであると知ってはいても。 誰を傷つけるわけでもなく、ただ静かな残響として其処にある―― そんな神秘が存在するという事実は、少しだけアラストールの心を和ませた。 「……大丈夫」 ひたむきに鳴り続ける鈴たちに、そっと声をかける。 言葉に出来なくても、想いはきっと伝わっていた筈だと。 儚く消えて、それで終わりにはならないのだと。 優しき言霊たちに救いあれと、そう、強く願いながら。 彼らを衝き動かすのは“無念”か、それとも“切望”か。 いずれかは知らずとも、今宵、シビリズの為すことは既に決まっていた。 晴れ渡った空、素晴らしき星々の下で。彼らの遺した“願い”を、聴き遂げようではないか。 「諸君らの愛しき残滓。害する者はおらんよ」 感覚を研ぎ澄ませ、鈴の音に浸る。今を逃せば、機会は永劫に喪われよう。 この場においても秘めたまま終焉を迎えるのでは、あまりに寂し過ぎる。 一つたりとも逃すまい。全てを受け止め、愛するために。 そんな折、近くを歩いていたフェルテンと視線が合う。 同郷の誼で挨拶でも――と考えたが、今は彼らの声に耳を傾けるのが先だ。 フェルテンも、そんなシビリズの意図を察したようだった。殊更に口を開こうとはせず、静かに佇んで光る鈴たちを見詰める。 慌てることはない。彼らを見送った後にでも、言葉を交わす暇はあるだろう。 男たちは、そのまましばらく“想い”の欠片に手を伸ばしていた。 森の片隅に陣取った竜一が手にしたのは、愛用のアコースティックギター。 爪弾くは、切なくも優しいブルース。 鈴たちの“歌”を邪魔しないよう、細心の注意を払いながら。 そこに込められた想いを。言葉を。一つずつ“曲”にして、和音を奏でていく。 ――今夜のメインヴォーカルは、お前たちだ。 だから、存分に歌え。想いをのせて、心のままに。 何も、高尚なものじゃなくていいんだ。上手くやろうだなんて、考えなくていい。 むき出しの心が、音楽でありロック。“俺”が“ロック”だ。 『ロックは死んだ』なんて、誰にも言わせやしない。 聴かせてくれ、お前たちの“歌”を。その声が枯れるまで、俺が囃してやろう――。 鈴の音に耳を傾け、竜一は彼らのために伴奏を続ける。 最高のセッションは、まだ始まったばかりだ。 木陰に座る数史を見つけて、永遠はそっと駆け寄る。 声をかけると、彼はたちまち相好を崩した。 「お疲れ。こないだのパンケーキはどうだった?」 「美味しゅうございました」 自分を覚えてくれている様子に安堵しつつ、隣に腰を下ろす。 続く言葉を口にするまで、数瞬を要した。 「その、宜しければ今度僕と行きませんか」 目を丸くする彼を見て、思わず俯く。 「一人では行き辛いのです。へ、変でしょうか」 「いや、変じゃないけど……」 俺でいいの? と問われ、彼女は顔を上げた。 「僕、奥地様とお話しすると安心するのです。何故でしょうか」 ――りん、と鈴が鳴る。澄んだ音色は、永遠の想いをものせて響くようで。 手が届くなら抱き締めたくなる程に、切なくなる。 ややあって、数史が微笑った。 「ご指名とあらば喜んで」 返答を聞き、永遠の表情も綻ぶ。 「鈴の音がとても素敵ですね、奥地様――」 今は、傍で言葉を交わす幸せを。 ● 「こんな時間に付き合って頂いて悪いわね」 詫びるミサに、雷慈慟は「崩界を食い止める為なれば」と答えて。 敷物代わりにと、自分のマフラーを地面に広げる。 女性が腰を冷やすのは良くない――とは、彼らしい気遣いだ。 礼を述べて、二人並んで座る。木々を照らす淡い輝きと、澄んだ鈴の音が、目と耳に快い。 神秘は往々にして厄介事を呼ぶが、こういった現象は良いものだ。 「私だって一応、女ですもの。ロマンチックな光景は嫌いじゃないわ」 「一応など……紗倉御婦人は魅力的な女性と思案するが」 真面目くさった雷慈慟の言葉に、ミサは彼を振り返って。微笑んだ後、再び輝く鈴に視線を戻す。 「綺麗だけれど、なるべく思いは残さないよう正直に生きたいものね」 リベリスタとして常に戦いに身を置いているなら、尚更のこと。 「うん、日々を真摯に生き抜きたい。嘘で偽る暇も無いモノだ」 「酒呑さんは、正直すぎる気もするけどね……うふふ」 からかうように、ミサが笑う。雷慈慟が、喉の奥でうぅむ、と唸った。 この調子では、自分が『ロマンチック』なる風情を今一つ理解出来ていないことも、彼女にはお見通しなのかもしれない。 考え込む彼の隣で、ミサが微かに身を震わせる。 「春先とはいえ、深夜の山中は冷えるわねぇ」 体温を分けて貰っても良いかしら――と問う彼女に、雷慈慟は軽く首を傾げた。 「構わないが、どうすれば良いんだ」 「難しい事じゃないわ、ただこうするだけだもの」 そう言って、ミサは彼の肩にもたれかかる。 柔らかな感触を受け止めつつ、雷慈慟はなるほど、と一人ごちた。 「自分で構わなければもっと寄ると良い」 寒さは、健康にとっても害だ――。 輝ける森で、フュリエの“姉妹”は木々に実った光の鈴を眺める。 「……綺麗だね」 「うん、とっても綺麗」 伝えられなかった想いの結晶と思えば、鈴の一つ一つが愛しくて。少し、苦しくなる。 どんなに想っても、言わなければ伝わらない――人のこころは、難しい。 残された言葉に相槌を打つように、ヘンリエッタはそっと耳を傾ける。 しばらくして、ルナが彼女を呼んだ。 「ねぇ、ヘンリエッタちゃん」 ずっと考えていたのは、この世界の人に恋をして、彼を狂わせてしまったアザーバイドのこと。 自分たちが知らない、そういった想いに触れるたび――ルナは、切なくなる。 ――人を好きになる、恋するって気持ちは……何なのかな? ――私たちがその想いを理解できる日が、いつか来るのかな? 喉元まで出かけた問いは、声にならずに夜の闇に溶けてしまったけれど。 同じエクスィスの子であるがゆえに、ヘンリエッタはルナの躊躇を正確に察した。 彼女も、その答えはまだ得られていない。だから、あえて話題を変える。 「そういえば、ルナはおさけの飲める歳だったね」 「うん、そうだよ? これでも皆のお姉ちゃんですから!」 持参した缶を手渡し、二人で乾杯。まだ、ヘンリエッタはジュースだけれど。 「最近、やっと少しずつこの世界の一員になれている……気がする。ルナは?」 「私も少しずつ……かな」 だから、知りたいと思う。この場に満ちる想いの、一欠片ずつでも。 「三年後に一緒にお酒を飲むのが、今の私の楽しみかな」 ルナの言葉に、ヘンリエッタが頷く。 「……うん、オレも。おねえちゃんと飲む日が楽しみだよ」 愛を謳う鈴の音が、二人の耳にそっと届いた。 「こんばんは、月が綺麗ですね」 まるで文豪のような台詞を交えて、海依音は艶然と笑う。 挨拶と告白、どちらだと思います? ――と訊ねると、数史はあからさまに狼狽の色を見せた。 一通りからかって満足した後、彼を酒に誘う。肴は、森に響く鈴の音だ。 人の想いが奏でる音色は、これほどに綺麗だというのに。 それに溢れている筈の世界が理不尽に満ちているのは、まったく皮肉である。 「奥地君は、伝えたかった言葉はお持ちですか」 海依音の問いに、数史は微かに苦笑して。 「そりゃ、この歳まで生きてれば色々とね。神裂は?」 「ワタシは沢山あります」 意外なほどきっぱりと言い切った後、彼女は酒杯を傾ける。 「――けれど、ワタシいい女ですから。早々、簡単には形にしないんです」 そう告げて笑った時、海依音は既にいつもの表情に戻っていた。 闇を照らす、淡く小さな光の鈴たち。奏でられる、涼やかな音色。 それらが織り成す景色は、とても綺麗だけど。 「この一つ一つが、届かなかった想い……って考えると。何だか切ないね」 アリステアの囁きを聞いて、涼は彼女の横顔を見る。 視線に気付き、少女はそっと彼に向き直った。 「だって、こんなにいるってことは、沢山の届かない想いがあった……ってことだよね。 綺麗だけれど……ちょっと胸が痛い、かな」 紫色の双眸が、微かに憂いを帯びる。そんな少女を見て、涼も頷いた。 幻想的な光景の中で、一緒に過ごせるのは嬉しいけれど。 鈴の由来を思えば、やはり幾許かの寂しさを覚えてしまう。 言葉に出来ぬまま終わってしまった、そんな切ない想いだからこそ。 叶わなかった願いを込めて、こんなにも美しく輝くのかもしれないが――。 「だから、てワケじゃないけれども、いい区切りになったよ」 切なさをのせて響く鈴は、とても綺麗だけど。 秘めたまま伝えられないのは、少し寂しいから。 アリステアに向けて、涼は静かに告げる。 「今度、改めてキミに伝えておきたい事があるんだ」 「伝えておきたいこと……?」 これまで彼と色々な話をしたが、こうやって前置きされたことは殆ど無い。 気になるけれど、今は問い質してはいけない気がするから。 アリステアは口を噤んで、鈴の音に耳を傾ける。 傍にある涼の温もりを感じながら、彼女はその時のため、彼に伝えたいことを考えていた。 少女が知らず胸の奥に抱えた、小さな蕾。それが花開くのは、いつの日か――。 ● ドンと来い、と胸を叩いて。目を閉じたベルカは、そっと耳を澄ませる。 奏でられる鈴の音は、想いを言葉で伝えてはくれないけれど。 僅かな響き方の違いで、彼らの気持ちを読み取れるように思えて。切なる音色に、胸が詰まる。 「うむ……そうか。辛かったな……」 こみ上げる涙を拭った時、横からハンカチを差し出す男の手が見えた。 「失礼。ちょっと目に埃が入ってしまいまして」 姿勢を正し、男に向き直る。 「同志フェルテンですね。初めまして、ベルカと申します」 よろしくどうぞ、と告げる彼女に、フェルテンは恭しく挨拶を返した。 「今後ともお見知りおきを」 少し打ち解けた後、光る鈴を共に眺める。 鈴の音には思い入れがあるのだとベルカが告げれば、男は黙してそれを聞いた。 「貴方は、どんな音をお聞きになりましたか」 不意に問われ、フェルテンが彼女を見る。 「――遠き日の思い出を」 そう言って、彼は微笑った。 夜はまだ寒いから、二人で毛布に包まって。きらきら光る鈴たちと、朝までのお付き合い。 無邪気に飲み物を手渡すひよりに対し、雪佳は僅かに緊張した様子で。 隣に少女の温もりを感じながら、ココアの甘さに少しほっとする。 軽食をお供に、鈴の音に耳を傾け。木々に宿った季節外れの蛍火を、二人で眺める。 密やかに響く音色は、途切れてしまった唄の続き。 もしかしたら、中にはこの手で断ち切ったものもあるかもしれない。 囁き声で、ひよりは雪佳を誘った理由を告げる。 「ひとりで聴くのが少し、心細かったのもあるの」 勿論、綺麗なものを一緒に見たいという気持ちが一番だけれど――。 ひよりの言葉に、雪佳も「そうか」と頷いて。 泡雪の如く儚い想いの欠片と、それが奏でる唄に思いを馳せる。 確かに、一人で聴いていたとしたら、酷く切なくなったかもしれない。 夜明けを迎える頃、鈴たちと一緒に消えてしまいそうな程に。 「桃村さん、手を握ってもいい?」 「ああ……構わないぞ」 ひよりが、毛布の下でおずおずと手を動かす。 鍛錬で硬くなった雪佳の手に、少女の小さな手が触れた。 心臓が、跳ねるように鼓動を打つ。それでも、今は彼女を安心させてやりたくて。 雪佳は迷わず、ひよりの手を握り返す。 掌から伝わる体温。その優しさが嬉しくて、ひよりは花綻ぶ笑顔で彼の肩にもたれた。 微笑みを返し、雪佳はそっと彼女に寄り添う。 「その……いつも遊んでくれて、ありがとう……な」 想いを秘める性質ではないけれど、ちゃんと伝えておきたい。 「うん、また一緒におでかけしてね」 温かな安心感に満たされながら、ひよりは彼の傍に居る幸せを噛み締めていた。 散策の途中で、数史を見つけて。シェリーは彼を捕まえ、共に鈴の音を聴く。 伝えきれない言葉。彼女が抱えるそれは、ほんの些細なものだ。 だが、今死ぬとしたら。心残りのないよう、一人一人に告げて回りたい。 知っていても、人は躊躇ったり、先送りにしてしまう生き物だけれど。 「……そう気づかされると、感慨深いものがあるの」 逆の立場でも同じだ。突然に誰かを喪った時、伝えたかった言葉は残る筈。 おぬしにもあるか、と問うと、数史は黙して頷いた。 僅かに視線を落とした彼に、シェリーはさらに声を投げかける。 「どうせなら、お互い告げずにおいた言葉を語らうとするか?」 数史が顔を上げると、彼女は真っ直ぐ彼を見て言った。 「――これからも、いつまでも、よろしく頼むの」 それを聞き、数史はこちらこそ、と笑う。 一呼吸置いて、彼はシェリーに告げた。 「必ず帰ってきてくれ。……知った顔が欠けるのは、辛いんだ」 綺麗だな、と言葉を交わして。雷音は、夏栖斗と手を繋いで歩く。 自分たちの後をついて歩く父――虎鐵も、今日はやけに静かだ。鈴の音に聴き入っているのだろうか。 地上に星の海を再現するが如く輝く、数多の想い。 密やかに音色を響かせる彼らに応えて、この世界が少しでも優しくなればいいのにと思う。 「伝えきれない想いなんて幾らでもあるよな」 ゆっくり歩きながら、夏栖斗が不意に口を開く。 普段は恥ずかしくて言えないことも、今なら言える気がした。 「『家族』でいてくれて、ありがとうな」 想いを告げた彼を、雷音が見上げる。 出会ったあの日から、随分と背が伸びた夏栖斗。 失った『家族』が欲しくて。どんなに歪でも、『家族』になりたいと願って。 初めての我侭で、自分が連れて来た兄。 ――夏栖斗もまた、思い出していた。 独りになった自分に、雷音が『家族』をくれた日のことを。 だから、共依存と承知してはいても。言葉として伝えたいし、確かめたい。 訊かなくても、答えは分かりきっているけれど。 「大好きだぜ、雷音。――僕のことは?」 夏栖斗の問いに、雷音は一瞬言葉を詰まらせて。強く、兄の手を握る。 「……好きに、決まっている、大事な『家族』だから」 「そっか、うれしいな」 夏栖斗の声と、凛と響く鈴の音が伝える想いを受け取って。雷音は願う。 父と兄が、これ以上傷つかぬように。もう二度と、『家族』が離れることがないように――。 後ろから兄妹の背を見守る虎鐵にも、当然ながら秘めた想いはある。 あれほど『愛してる』と連呼しておきながら、未だに伝えたことのない言葉を。 (こいつらは、それを音として聞かせてくれるのでござるのか……) 己の裡にある想いが鈴になったら、果たしてどのような音色を奏でるのだろうと、そんなことを思う。 そして、想像を巡らせる。 仮に自分が、愛娘と出会わなかったら。雷音が、この世に生を享けていなかったとしたら。 少なくとも――今の自分の姿はなかっただろう。 もっと早死にしていただろうし、ここで輝く鈴を眺めることもなかった。 何より、このような温かさに触れることは、決して出来なかった筈だ。 だからこそ、虎鐵は万感を込めて。何よりも大切な一言を、心の中で囁く。 雷音、生まれてきてくれてありがとう――と。 ● 告げられなかった言葉。伝えられなかった想い。 森に満ちる輝きと音色の一つ一つが、そのような言霊の結晶なのだ。 「切ないような悲しいような……不思議な音色でござるなぁ」 虎の髭をそよがせ、腕鍛が呟く。 「想いを伝えられるというのは、とても幸せな事ですね」 そう答えた後、リリは婚約者を見詰めた。 幾度も伝えてきた言葉を、もう一度。何度でも。 「――愛しています」 不意に愛を告げられ、いつも通りの笑みを浮かべる腕鍛。 「では拙者も……」 咳払いの後、彼は言葉を紡いだ。 『あなたと見る月は綺麗ですね』 『あなたの為なら死んでも良い』 『一生一緒にいて欲しい』 僅かに目を丸くしたリリを見て、腕鍛は笑う。 「……にははは、ごめんでござる」 愛しているという言葉は、確かに嬉しいものだけれど。 それで終わってしまうのは、あの鈴たちと変わらない気がしたから。 彼のそんな心遣いを受けて、リリは思わず俯いてしまう。 「ごめんなさい、これ以外に上手く言えなくて……」 綺麗な言葉を沢山かけて貰っているのに、自分から返せないのがもどかしい。 「し、死んだら……嫌ですよ?」 生きて、一生傍に居させてほしいと、リリは腕鍛に寄り添う。 手渡したのは、守護天使ミカエルが彫られたメダイ。 別々の場所に居ても、心は常に共にあると――誓いを込めて。 「お誕生日おめでとうございます」 祝いの言葉とプレゼントを有難く頂戴した後、腕鍛はリリに笑いかける。 「拙者ももう23歳でござるからな……しっかり身を落ちつけていく所存でござるよ」 たぶん、と付け加えた彼を見て、リリも微笑った。大丈夫、彼女は腕鍛を信じている。 今宵は、長い夜を二人一緒に――。 一つでも多く鈴の音を聴こうと、リンシードは少し足早に歩く。 期待と焦りを抱えて光の森を彷徨う様は、音色を楽しむというよりは贖罪を求めているようで。 全てを心得ているといった風情で、糾華は共に歩を進めていた。 やがてリンシードが溜息をついて木陰に座り込むと、糾華も横に腰を下ろして。 訥々と語られる彼女の言葉に、優しく耳を傾ける。 「私には……昔別れた……というより、訳あって、斬ってしまった……大切な人がいました……」 もしかしたら、その人の“想い”が何処かにあるかもしれない。 そう思って来たけれど、そんな都合よく見つかる筈もなくて。 「……鈴の音を聞いて許して貰おうなんて、甘かったみたいです」 俯いたリンシードの隣で、糾華はそっと頭上を仰ぐ。 淡い光を放つ数多の鈴から、澄んだ音色が降り注いだ。 届かずに消えてしまった想いたちを集めた、儚くも美しい合唱。 輝きの中に、音色の中に。自分たちが求めるものが、きっとある筈。 「信じましょう」 そう告げて、糾華はリンシードに微笑みかける。 今なら親友と胸を張って言える、『影使い』を名乗った銀髪の少女も。 運命を使い果たしても境界を踏み越え、異界に消えた摩訶不思議な彼女も。 満足に想いを交わせぬまま、旅立ってしまったけれど。何処かで、繋がっていると思うから。 「だから、きっと大丈夫よ。私に想いは届いたのですもの」 リンシードの伝えたかった想いも、その人の元に届いている。確かめる術はなくとも。 糾華に頷いて、リンシードは気持ちを新たにする。 傍にいる大切な人との時間を、もっと大事にしていこう。 心残りを抱いたまま別れてしまった辛さを、知っているから。 「こんばんは、お邪魔しますね」 森の外れで数史が腰を下ろした時、キリエが彼に声をかけた。 すかさず、とらが背後から大きめのバスタオルを頭から被せる。 「な……っ!?」 慌てる数史をよそに、「ホラ、ふみふみさんも色々あったっしょ?」とは、とらの弁。 範囲内に他の人たちが居ないことを確認した後、キリエが真の闇を呼び起した。 「聴くだけなら、見えなくても問題はないでしょう? サングラスも似合うと思うけど、やっぱり夜にかけてるのは不自然だから」 その間に、とらが数史と背中合わせに座る。 「話したいことがあれば、遠慮なくどうぞ。少しは心が軽くなると思うよ?」 ようやく、数史も二人の意図を悟った。 大の男が人前で泣くのは恥ずかしかろう――という心遣いであるらしい。 「星が見たくなったら、声掛けて」 「いや、このままでいいよ。ありがとう」 それきり、三人は一様に口を噤んだ。暗闇に、鈴の音だけが響く。 ややあって、数史が言った。 「……小さい子供ってさ、自分の気持ちを上手く言葉に出来ないよな」 幼い胸に秘められたまま旅立った想いは、何処に辿り着くのか。 彼はまだ、答えを見つけられずにいるのだろう。 再び押し黙った数史に、とらが手探りで茶を勧める。 「泣きたかったら、俺の胸で泣いていいよっ?」 彼女が両腕を広げて言った直後、数史は盛大にむせた。 身じろぎ一つせず、自分の膝を抱えて。 まるで睨みつけるように、涼子は淡い輝きを放つ鈴をじっと眺め続ける。 剥き出しの地面に座っているためか、腰のあたりが酷く冷たい。 敷く物くらい持ってくれば良かったと後悔するも、もはや後の祭りだ。 「……まったく、なんでこんなところまで来てるんだか」 思わずぼやきながらも、視線は光る鈴から動かない。帰る気にもなれない。 寒気を覚えるほど澄んだ音色が、涼子の鼓膜を揺さぶった。 ――知りたいのだろうか。 戦いで命を絶たれた人間が、何を思っていたのかを。 ――期待しているのだろうか。 亡き家族が、自分に言伝を遺していることを。 言いたいことも、聞きたいことも、何一つ無い筈なのに。 目がやけに沁みて、そして痛い。 きっと、こんな遅くまで起きている所為だ。そうに決まってる―― ● 木々を彩る光と、哀しくも優しい鈴の音に包まれて。 温かな珈琲を片手に、ロアンは一人物思いに耽る。 思い出すのは、先日、腕の中で看取った少女のこと。 妹のように想っていた彼女が、最期に笑ってくれたのは幸いだったけれど。 大切な人を喪うのは、やはり酷く堪える。 少し人恋しくなってきた頃、数史が通りがかった。 丁度良いと声をかけ、珈琲を勧める。 「良かったら一杯どう?」 「ありがとう」 並んで座る二人の間に、薄く湯気が立ち上った。 「……相手が居なくなったら、想いを伝える事すら出来ないから。 それが出来るっていうのは幸せだよね」 ロアンの呟きに、数史が頷く。 「同じ日々が、ずっと続くとは限らない。分かってた筈なのにな」 彼にも、色々と思うところがあるのだろう。それを尋ねるのは、野暮かもしれないが。 どちらともなく口を噤み、二人はそっと耳を澄ませる。 時が来るまで、聞き届けよう。遺された想いの、一つ一つを。 「……私たちは、この鈴の音を少しでも減らせているのかしらね」 隣を歩くレナーテの言葉を聞き、快は不意に足を止める。 彼女も、自分と同じことを考えていただろうか。 掴もうと手を伸ばしても、指の隙間を容易くすり抜けていく命について。 「大きな事は考えないようにしてきてはいるけれど…… 楽団の規模とかを見ると、失われたであろう声の数は気に掛かってしまうわ」 今後、戦いが激化の一途を辿ることは予想がつく。その時に犠牲になる人の数は、如何ばかりか。 どうしても、全てに手を届かせるのは難しい。それは、戦い続けるほどに思い知らされる現実。 「ごめんなさいね」 僅かに伏せていた視線を上げて、レナーテは快に詫びる。 自分よりも、彼の方が辛い記憶は多い筈だ。つい、先日だって――。 ゆっくり首を横に振り、快が口を開く。 「助けられなかった人たちの声はきっと、これからも、増えていく。けれど……」 その悲しみに押し潰されて、護ることを辞めてしまったら。 もう二度と、報いることは出来なくなってしまう。夢を残したまま、零れ落ちた命に。 「だから、俺は決めたんだ」 救った命に応え、救えなかった命に報い、救いを求める声に手を伸ばし続ける。 誰かの夢を護る――それこそが、自分の夢だから。 そこまでを一息に告げて、快はレナーテを見詰める。 「けれど、一人の人間にできることなんて少ないから。 これからも俺と一緒に、同じ夢を見ていてほしい」 優しくも真摯な声。それを受け止め、レナーテは迷わず頷いた。 「私も、諦めたいと思っているわけではないから――支えさせて頂戴」 その夢を、現実に変えられるように。これからも貴方の傍で。 森の端には、隠れるように実った鈴が一つ、二つ。 「鈴になってからも、控えめすぎじゃあないか……聴いて貰おうと思ってるわけ?」 溜め息まじりに悪態をついて、智尋はその下に座った。 「まァ、犬の耳にはこのぐらいがちょうどいい」 瞼を閉じ、そっと耳を傾ける。群れからはぐれた、鈴たちの音色に。 伝えられぬまま、これからもきっと告げられることのない、声ならぬ言葉に。 闇に浮かぶのは、病弱だった幼少期に自分を支えてくれた家族の顔。 幾度も感謝を述べようとしては、寸前で呑み込んでしまって。未だに、言えていないけれど――。 ――りり、りん。 密やかな響きを残し、鈴の音が止む。 目を開いた時、『心緒の鈴』は花が散るが如く、光となって消えていった。 立ち上がり、服の土を払う。そういえば、もうじき母の日だ。 伝えようか。ずっと告げられなかった言葉を。 命ある限り、まだ遅くはないのだろうから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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