● 深夜の病室。 特殊な回線で配信されたラジオ番組もどきは、一般人の皆さんにお聞かせできるものではない。 病院のベッドの暗がりの中、こっそりイヤホンをつけてのリスニングだ。 ザ、ザー…………。 『うらのべ? う・ら・の・べ☆ いっちにっのさーん!!! いぇーいどんどんぱふぱふ。さて今夜もやってまいりましたうらのべラジオ』 明るい声が鼓膜を打つ。 『DJはいつものこのわたし、『びっち☆きゃっと』の死葉ちゃんでおとどけしま~す。皆愛してるよっ』 周波数は特殊回線の123。悪ふざけのお遊びで、構成員にとって然程重要な訳ではないが知っておきたい情報を隠語で知らせるラジオ番組。 DJである裏野部四八……、死葉のトークの軽妙さも相俟ってこのお遊びには組織内でも意外と支持者が多い。 『さあ、皆そろそろ新しい環境にも慣れたかなー。新しい出会いとか心震えるよね。死葉ちゃんはDJなので、ここからリスナーのみんなのメールやFAX、じゃんじゃん待ってるよ! そんじゃ、今日の一曲は『桜』 誰の桜かは聞いてのお楽しみー!』 時計は深夜1時23分。そろそろ本題の時間だ。 『――@@県@@市の城跡公園に散り逝く桜の下で春死にたい人達が発生! というか、お花見してる人を沢山殺して自分も死にたい人が発生! そして、オヤクソクなことに桜の木の下には死体が埋まってるんだよね! みんな、落ち武者のアンデッドが見たいかなー!? 楽団の死体じゃないよ、アンデッドだよ! なんか久しぶりって感じだよね!』 「よくないなー」 思わずもれた独り言。 死にたくない人を死なせるなんてよくない。死にたいなら俺がいつでも殺してあげるのに。 ああ、殺してあげたい。罪を犯す清らかな手のままで。殺してあげなくちゃ。 人が苦痛と恐怖の果てに死ぬのはよくない。更に、そのまま死に続けるのもよくない。 アンデッドだなんて。死にぞこないはかわいそうだ。殺してあげなくちゃ。 理不尽な死などもってのほかだ。人間は、自ら穏やかな死を選ぶ権利がある。 「で、どっかの正義の味方も来ちゃうんだよね。 新たな出会いを求めてる人は、嫌われないようにおめかししていくことをお勧めしちゃうよ。鎧甲冑に負けないインパクトでいかないとモブになっちゃうよ!? じゃ、明日もまたこの時間にね。DJは死葉ちゃんでしたー。またねー』 ザ、ザ、ザー…………。 「仕方ないなー。急いで退院させてもらわなくちゃー」 暖かなお布団の中でイヤホンをはずしながら、ぐずぐず伸ばしていた他員を早める決意をした。 ● 「それじゃ鴻上さん。退院おめでとう」 「いえ、すっかりお世話になっちゃってー」 「寂しくなるわ。おばあちゃん達のアイドルだったものね」 「いやー」 「皆楽しかったと思うわよ。最期に鴻上君みたいないい子と楽しく過ごせたんですもの。お礼を言いたいくらい」 仲良くなった老人が何人か逝った。 皆眠るような最期だったと言う。 「それじゃ、お仕事がんばってね」 「はい。看護士さんもお元気でー」 死にたくなったら、いつでも言って下さいねー。 あなたは俺に優しくしてくれたから、念入りに、優しく眠るように逝かせてあげる。 裏野部フィクサード「キル・ユー・テンダー」鴻上シノブ。 片手程度の老人に安らかな死をプレゼントしつつ怪我の療養という名のモラトリアム期間を終了させ、本日退院。 今後ともよろしくお願いいたしますー? ● 「もう、訳がわからない」 訳がわかっていなくてはいけないフォーチュナにあるまじき台詞を平然とはく『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)は、ある意味肝が据わっていると言えなくもない。 「通り魔が出て、花見客の中に突っ込んで、ありえない量の人を殺そうとするんだけど――」 四門は首をかしげた。 「裏野部のフィクサードがそいつ殺しちゃうんだよ。えっと、前に交戦記録があるな。『キルユーテンダー』鴻上シノブ」 地下鉄で発生したノーフェイス討伐。混乱に乗じて一般市民30人余を殺し――痛くなく死なせて回った、自殺幇助マニア。 どこかふわふわした愛される末っ子長男な雰囲気は、四門と似ている。似て非なるものの極みだ。 「そこ、落城した城跡を利用して作った公園で、この桜、鎮魂の桜なんだよ。そこに、殺人の血が流されたんで、地面の下から落ち武者が出てくる。アンデッド。あと、怨霊――は、フォース? で、いいよね。間違ってないよね」 色々勉強しているらしい。真面目で熱心なのは間違いない。 四門の目が虚空をさまよい、噛み締める咀嚼音が加速度的に早くなる。 「白骨が鎧来て、槍持って、突進して来る。騎馬武者が、たぶん名のある武者が、骨の馬に乗って猛チャージ。このままじゃ、死人による血祭りが勃発――」 犠牲になる花見客。通り魔どころの騒ぎではないし、神秘秘匿も難しい。 「大体、怪我した一般人が多くなったら、このフィクサード嬉々として『楽にして』 回るんじゃないかなぁ」 グスグス鼻をすすり始めた。ぼちぼち四門の限界だ。イヴちゃんのつめの垢でもせんじて飲ませればいいんじゃなかろうか。 「今回は、一般人の保護、アンデッドとフォースの討伐をお願いします。フィクサードにまでかまってらんねえ!――というか、こいつ、エリューションにもかかっていくし」 はい? 「『死ねないなんてかわいそうだから、死なせて上げる』 って発想してるっぽい。もう訳がわからない」 とにかく、幸せに死なないとか許せないらしい。 「とにかく、アンデッドやフォースが一般人に害しない限り、『キルユーテンダー』は、もっぱらエリューションの相手してくれるから、今回大事なのは守り!」 ちょっと待て。つまり。これは、あれか。 「――カタチ的には、共闘。みたいな格好になる。色々含むところはあるけど、一般人の生命のため、ここはこらえていただきたい!」 お願いとはらはらと涙をこぼす四門は、これ移動中にでも。と、スナック菓子をリベリスタに押し付けた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月06日(月)22:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 春、高楼。 連なる提灯。名残の桜の下。広げられたお弁当。酌み交わされる芳しき酒。 ぼそりと、ブルーシートの上に包丁が落ちた。 既に事切れた通り魔。 裏野部のフィクサード『キルユーテンダー』鴻上シノブが寝かしつけるような仕草をする。 酔っ払いのドッキリでしたと言い出してくれるのを緊張した群衆は待っている。 リベリスタ達は知っている。 通り魔は本物で、花見客を自分の自殺の道連れにする気で、犯行を開始する前に、目の前にのこのこ出てきたぼんやりした青年の『死にたいのー?』の問いに応と答えた途端に、『じゃあ、そうしよっかー?』 の一言で、極上の感覚と共に彼岸に旅立って行ったことを。 (全く以って、親切の押し売りほど迷惑千万なものは御座らんな) 『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)は、死にたいという意志だけは叶えられた通り魔の虚を突かれた死に顔を見て思う。 (ともあれ、今はその押し売りを精々利用させてもらうと致そうか) 幸成は忍だ。異なる勢力の力を利用する術は身に染み付いている。 実際、通り魔の襲来を、イヴの予知をもって事前に察知していても、物理的な距離に阻まれリベリスタは間に合わなかった。 間に合ったのは、裏野部の自殺幇助マニアとそのお友達だ。 「みんなも花見かなー?」 暢気に歩き回る足元。針から滴る通り魔の血。 地面が盛り上がり、尖った白い指の骨。這い出してくる死にきれていない者。 花の季節でなければ、眠っていられたかもしれないのに。 桜の陰から沸き立つように、死に切れない怨霊たちが生者の血の匂いに惹かれてやって来る。 「死葉ちゃんの言うとおり。死ねてない人達がいっぱい」 『キルユーテンダー』 は、裏野部の中では対アンデッド戦の経験値が高い。 それは、彼特有の思考回路、「死に損ないはかわいそうだよ。ちゃんと死なせてあげないと」によるものだ。 それに、アンデッドを『死なせても』、誰からも文句は言われない。 まさしく、今がそのときだ。 「痛くなく、ちゃんと死なせて上げるからねー?」 使命感に燃えているようにさえ見えるキルユーテンダーに、『ルミナスエッジ』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)は困惑の表情を浮かべる。 (誰も殺させない。全員守り抜くよ!) そのためにセラフィーナに出来る最大限のこと。それは――。 「あいたたたた……、満足に歩けもしねえ」 うめく一般人。キルユーテンダーの視線がそちらを向く。 「そこの人! 怪我しててもまだ生きていたいですよね? 死にたくないでしょう?」 セラフィーナは畳み掛けるように問いかけた。 「何言ってんだ、誰が死ぬか、このっくらいの捻挫で!」 なぁんだーと、キルユーテンダーの関心が失せる。 (よしっ) セラフィーナ、小さくガッツポーズ。 とにかく、一般人に『生きたい』という言葉を出させ続けること。 そんなセラフィーナの小さな努力の積み重ねに、大きく頷くフードの女。 (シノブちゃんが傷ついた一般人に手を出そうとするなら、そう出来ない環境を作り出せばイイだけだよっ!) フュリエであることを隠すため、フードを目深にかぶった『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)は、革醒したものだけの領域の形成に取り掛かる。 (一般人の誰一人この中に残ることのないよう) きばのないけものの係累と死すべき機会を失った存在を、守るべき人から遠ざける檻。 『死刑人』双樹 沙羅(BNE004205)は、詠唱中のルナを守りつつ我慢のこだ。 「あー、早く打ってね、ルナちゃん」 「おねーちゃんがんばるから、ちょっと待ってねー」 おやつを作っているようなのどかな会話だが、状況は逼迫している。 「警察です! 皆さん、私の居る後方に逃げて下さい! こちらなら安全です!」 警察官の格好をした『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)は、声を張り上げている。 おぼれる者はわらをもつかむ。わらが叫べはそこに殺到する。 (裏野部のフィクサードと共闘か……) 地面から這い出てくるアンデッドをキラキラした目で見守るキルユーテンダーとの距離感を図りかねている。 (不安な面もあるっちゃあるが、四門の予知を疑う心算はねぇ) あんなのとでも共闘しなければ、リベリスタはもとより一般人が危ないと繰り返していた。 (何れ、連中とは機会があるなら決着をつける時も来るだろうさ。それよりも、今は優先すべき事をやんなくちゃな) 制帽の下に表情を隠すと、更に声を張り上げた。 「こっちに避難してください!」 「皆、向こうだ。お巡りさんの方にいけば助かる!」 その一般人の中に混じって、『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)は、足をもつれさせた子供を立たせ、動きがおぼつかなくなった老人を背負い、安全圏へと誘導する。 一般人の波はするすると引いていく。 警戒されないように、あくまで一般人には神秘の片鱗も見せずにという策が当たったのだ。 くるりとシノブが振り返る。 シノブにとっては看取ってあげる対象が減るということで、いないよりはいてもらった方がいいかなーくらいのノリだ。 鴻上シノブの殺人に計画性も何も無い。 本人が言うところの心の交歓、フィーリング。平たく言えばその場のノリだ。 最初の通り魔を逝かせたところで、眼窩から目玉を落としそうだった人々との難しそうだ。この間のアークのように悪役に祭り上げられる誰かがいなくては。 「ボクたち、君たちを討伐しに来た訳じゃないからね!」 残念。さすがにこないだの二の轍は踏まないと見える。 先に牽制されて、シノブは仕方ないなー。と、呟いた。 「今日はボクたちを裏野部の一員だと思って接してよ、なーんて――」 うかつに口を滑らせる沙羅に、ルナは真顔でメっと言った。 「――そうだ。アリステアちゃん、彼らにも翼の加護してあげたら?」 先日の確執を知ってか知らずか、さらはアリステアに話を振った。 「この間の女の子だ。こんにちわー。アリステアちゃんて言うんだ。俺のこと覚えてるー? 面白いところで会うねー?」 『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は、二月の地下街を忘れない。 甘美な死への誘惑を振り切れず、折り重なるように死んでいった人達のことを忘れない。 (――一見好青年であろうとなんであろうと。目の前でたくさんの人を失った。私に力が足りなかったばかりに……) アリステアの助けに来たという言葉は、その場を満たした恐怖の色が濃すぎて全ての人には届かなかった。 (だから今回こそは絶対に、みんなに手出しはさせないんだから!) そのために、アンデッドから一般人を守らなくてはならない。そのためには、キルユーテンダーにはわき目も振らずにアンデッドの相手をしてもらわなくてはならない。 そのために。 アリステアの翼の加護は、一般人の只中にいる疾風と猛を除いた全ての革醒者に施された。 絶対に、みんなに手出しさせない為に。 「――シノブの機嫌をとりたければ、殺しきるな」 「キルユーテンダーのお友達」の一人がリベリスタに告げる。 「あいつは、自分の手で極楽往生する相手の顔を凝視するのが大好きなんだ」 淡々と言う男に激しい違和感。 ● じゃりんどん、じゃりんどん。 鎧甲冑がこすれこすれて、重苦しい音を立てる。 「いざやいざや」 「いざやいざや」 骨の武者が槍を手ににじり寄る。 「いざやいざや」 「いざやいざや」 騎馬武者が頭上で槍を右に左にと取り回す。 「いざやいざや」 「いざやいざや」 その周りを行き交う怨霊が囃したてる。 「その鼻をそぎ目をえぐり」 「耳をそぎ口をそぎ」 「首を落として」 「櫃に詰め」 「手柄にせんとて」 「櫃に詰め」 怨霊が囃す。耳そぎ鼻そぎは、人を人以下に落とすための儀式。 「ハナヲソギ!」 「ミミヲソギ!」 いびつな影が持っているのは、首櫃、耳櫃。 戦場で功働きをしているうちに死んだ者達の成れの果て。 なんともあさましの姿である。 「私は貴方達を殺します。一度死の苦痛を知った貴方達を、この刃でもう一度地獄に送り返しましょう」 セラフィーナは、霊刀を怨霊に突きつける。 (幽霊は苦手だけど、頑張らなくちゃ。斬れないのは幽霊、斬れるのはE・フォース!だからきっと大丈夫!) ジャパニーズ・トラディショナル・イービルスピリットは、独特の不気味さが違う。 (……後で呪われたりしないよね) 怖い考えを振り切るように、少女の憂いに関わらず放たれる飛沫は虹色。 あるいは、少女の移ろう心を反映してか、いつもよりキラキラと惑うて光る。 呪われたと思ったら、アーク厚生課にご連絡を。 「情けない姿だなあ落武者様方! 主君は暗愚なら兵は逃げ出したすくたれ者。良いとこありませんねえ!?」 『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)の感情豊かな声が響き渡る。 逃がすべき人達の反対側で、怨霊を引き寄せる役目。 「行く行くは落人になってこそこそ惨めにお隠れですかあ?」 その言葉を放つ顔は、微動だにしない無表情なのだが。 陽気な声が憎い。今生きているのが憎い。自分を罵倒するのが憎い。そこにいるだけで憎い。 「まず数の多い怨霊の排除を優先で御座るよ!」 徒手空拳に見える幸成の手指に僅かな光。 妄執の黒い帯。血の代わりに噴き出す黒い瘴気。 「かわいそうにねー? もう死んでるのに、ずっと痛くて、苦しいんだねー?」 深い共感の声がした。 キルユーテンダーの顔に浮かぶ悲しみの表情。 モットーは、心温まる殺人。魂の交歓。 「痛いのは終わりだよー?」 黒いコードで結ばれた二本の暗殺針が怨霊を刺し貫くと、ふっと不気味な影が掻き消えた。 「この世は苦界なんだから、スパッと死ねたらいいのにねー?」 うさぎを見て、キルユーテンダーは笑う。 言外に、『死にたくないー?』と言っている。 うっかり『そうですね』 などと相槌を打ったら最後、『だよねー?』 と、針を打ち込んでくるだろう。 合意が取れなくては殺さないと豪語しているが、これは裏野部の殺人鬼だ。相手が死にたいと思っていると判断すれば、殺すのだ。 「あ、大丈夫.私達マゾなんで、苦しいの、寧ろ幸せです!」 朗らかにサムズアップ付きで死亡フラグをへし折りにかかったうさぎの『私達』 発言が『アークのリベリスタ』 つまり、自分を含めているのに気がついた幸成の視線がうさぎの背中に刺さる。 (拙者、マゾではないで御座るよ。断固否定させていただくで御座るよ。おかしな噂が立ったらどうしてくれるで御座るっ!?) 忍の眼光、口ほどに物を言う。サングラス越しでも。 (――だって好き好んで戦いに身を投じてるってマゾじゃないです――あっ痛いやめてごめんなさい石を投げないでっ) 幸成の名誉のために言えば、石等投げていない。しいて言うなら、うさぎの良心の痛みだ。 「人はねぇ、いつでも自分が死にたいときに死ぬ権利ってあると思うんだよねー」 「少なくとも、私達は今ではないです」 今、この状態で殺し合いは回避したい。まだ武者共も残っている。 「あ、そうー? 残念ー? ところで、それでとどめ指さないでねー? 君達の切った跡、とんでもなく痛そうじゃない」 気持ちよく死なせて上げなくちゃ、かわいそうだよ。と、アークの死神の称号持ち達は、裏野部の正真正銘の死神にたしなめられた。 ● 鎮魂の桜が散る。 その瞬間、疾風は桜を散らす風だった。 美しい木目状模様のダマスカス・ブレードは神秘術法でさらに補強されて青い輝きを放ち、首櫃という名の苦痛に満ちた閉鎖空間に閉じ込められるのをよしとしない。 引き裂かれる首櫃、振るわれる拳と蹴りは目に入る全ての怨霊と白骨に向けられる。 空間は異界の乙女の詠唱により僅かの間切り取られ、歴史の隙間を漂う死に損ないのための斎場となる。 避難の最中、不意に姿を消した若い警官の行方をいぶかしむ程度の僅かな間。 「悪いな、遅れたぜ。さぁて、こっから一気に形勢傾けさせてやらぁ!」 蒼い軌跡が空気を切り裂き、妄執を切り裂く。 「さあ、成仏したい奴から掛かってきな。俺の拳は徳高ぇぞ! 送ってやるぜ、大霊界!」 徳とは、拳で相手が改心する。迷わず成仏する。肩こりが治る。心が洗われる。など副次効果が起こった時に計上されるアーク独特の威力査定――と、まことしやかな噂がないこともない。 「――あっれー? なんか色々減ってるぅー?」 怨霊を片付け、恍惚に浸っていたキルユーテンダーは、ようやく周囲を見回した。 「ま、いっかー?」 隔離空間にいるというのに、キルユーテンダーは頓着しない。 目の前の「死なせなくてはいけないかわいそうな動く骨」にご執心だ。 とどめはできるだけ譲れと言われたのが沙羅には不満だが、フィクサードも幽霊退治に興じる夜だ。正義の味方に徹するのが今日の仕事だ。 (まあ、まだボクに力がなかったとして諦めよう) その程度の理性はある。アークは衣食住を世話してくれて、時々は一般人からこぼれたのまで殺させてくれる大事な所だ。 (シノブ君) 機嫌よさそうな裏野部の人殺しの顔をもう一度、大鎌を振り回しながらよく見て覚えておく。 (よし、いつかこーろそ) 白にわずかに丹を混ぜたような桜の色を、ルナの放つ火炎弾が照らし出す。 骨を飲み込み燃え上がる炎に照らし出された桜は、息を呑むほど美しい。 骨の馬がリベリスタとフィクサードの別なく蹂躙するが、お友達がシノブの『ご返礼してね』の一言に、リベリスタごと仲間を治す。 アリステアの羽ばたきに風が渦を巻き、桜の花びらを巻き込んでいく。 鎧の威しに霜がつき、びしばしと割れる骨の髄がどす黒く変色する。 「悪いが、大将首はこちらでもらうぞ」 キルユーテンダーの友達が、三人がかりで骨の馬をばらばらにする。 「戦働き、天晴れゆえ、そっ首頂く」 えいやっとキルユーテンダーは、侍大将に飛びついた。 「――なんちゃって。おやすみなさい、よい夢を」 骨の継ぎ目に突き立てる絶対安楽針。 そして、世界は静寂を取り戻す。 殺人鬼の満足げな吐息と共に。 ● 「死を選ぶかどうかは本人が決める事です。貴方が決める事じゃない」 セラフィーナは搾り出すように言う。 「やだなー。俺、同意は取ってるよー? ちゃんと死にたい人しか殺さないよー?」 セラフィーナは、背後を振り返る。 我慢に我慢を重ねているアリステアが一つ頷いた。 もしも、キルユーテンダーが無差別に人を殺すような分かりやすい殺人鬼なら、アリステアもここまで嫌わなかったかもしれない。 「いつだって、俺は俺に『死なせて』って言ってくれる人しか死なせない。そうじゃなくちゃ幸せじゃないでしょう?」 どんなに辛くても生きていてほしいアリステアの願いを踏みにじるように、甘美な死に誘惑するキルユーテンダー。 (『これからは、本当に望む人だけに限定して貴方の力を振るってもらえませんか?』 って言って、行動を封じるつもりだったのに――) セラフィーナの予想外のゆがんだ幸せの提供者。 「――此処にはもう君の望むような人は居ないよ? だから、素直に帰ってくれるとお姉ちゃんは嬉しいかな」 ルナが笑顔で言った。 「うん。今日は楽しかったからもう帰ろうかなーって? 今から帰らないと、着くの朝になりそーだしー?」 楽しかったーと呟く笑顔に邪気がない分、アリステアの腹のそこにはいい知れぬ何かが渦巻く。 (一般の人たちが無事だったんなら、これ以上戦う必要はないよね分かってるよ?分かってるもん……) もう、頑是無い子供ではない。ここで引かねば、仲間を巻き込んで一戦起こすことになる。 (でも、悔しいよぅ……) 握り締めたスカートに指の跡がつく。 (どうしても、前回お話したときの事を忘れられないの。何も知らない人たちを次々に殺めていったあの人は大嫌い) 例え、死なせてと言ったからと言われても。そうし向けたのは鴻上だ。 (今回は戦わないとしても。いつか絶対に、あなた達を後悔させてやるんだから……!) 顔を見たら睨んで挑発してしまいそうなので、アリステアは仲良しの幸成の後ろに隠れている。 「嫌われちゃったー? 俺、今日は普通の人死なせてないんだけどなー?」 第一印象悪かったのかなー。と、顔を覚えたアリステアの方を見ている。 (シノブくんとは仲良くなれそう) 人を蹂躙することに悦びを覚える少年は、裏野部のフィクサードの跡を追いかける。 「ボク、沙羅。双樹沙羅。覚えておいて。いつか殺したいな、君強いもん」 嫉妬心から自分より強い相手は嫌いな沙羅には珍しいことだ。 勢い込んで自分の名前を告げる様子に、鴻上シノブは相好を崩した。 「鴻上シノブ。よろしくねー? でも殺されてはあげない。俺、死ぬときは、自死か、相思相愛での心中って決めてるから」 死は、最大の交歓。自ら下す人の死に喜びを覚えるが、方向性はまるで違う。 「キルユーテンダー。死にたくなったらいつでも呼んでねー?」 ここが天国と思えるほど気持ちよく殺してあげる。 「悪いけど、俺まだまだ死ぬ気はないんで理由もなくそっちとドンパチやる気はねーわ」 と、猛はやる気無さそうに肩を竦める。 「ま、何れどうなるかは解らねえがな?」 今宵はこれ以上の血は流さずにお開きといたしましょう。 はらはらとこぼれる涙のような桜に免じて。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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