● 運命を食らうといわれるアザーバイド『セリエバ』。そしてそれを召喚しようとするフィクサードたち。 召喚場所を特定し、今船は魔方陣に向かって進む。 魔法陣を形成する幾多の船団。その船にある器具とアーティファクトがDホールを開く。 そして穴から枝葉を伸ばす樹木。運命を食らう破滅のアザーバイド。 さまざまな思いをこめて、革醒者たちは破界器を手に取った。 ● 「セリエバの召喚条件は整った」 バーナード・シュリーゲンは目の前にいる人たちを見据え、熱のこもった演説を開始する。その言葉に喜びの歓声が上がる。 「だが、一つだけ問題がある。呼び水となるエネルギーが足りない。セリエバの近くにDホールを開けるための、エネルギー。それさえあれば後は運命を食らおうとするセリエバ自身の力でこちらに枝葉を伸ばしてくる」 「……アークの、せいですか」 誰かの上げた声に首肯するシュリーゲン。セリエバ召喚の為にアーティファクトを集めていたのだが、その事如くをアークに邪魔されている。シュリーゲンは剣林や黄泉ヶ辻の牽制になればと、むしろアークの介入を誘ったところもあるが……アークの予想以上の武力に計画を狂わされていた。 (W00と十文字の手駒を削いでくれたことは感謝するが) 心の中でアークの行動に感謝しながら、真正面に経つ青年たちに瞳を向ける。 『フェイト/ヘイト』。運命を持たぬものが運命を持つものに対抗するための組織。主人公になれなかったもの達が妬みのために寄り添った組織。――正確に言えば、シュリーゲンがそう扇動した組織。 「運命を持たぬものは、この世界の脇役だ。覆すことのできぬ事実。それに抗うには持つものの運命を削り、運命量を平等にする必要がある。そのためのセリエバ召喚だ」 「はい」 「そのセリエバ召喚のため、君達の命をもらいたい。召喚の生贄のために」 「……え?」 シュリーゲンの言葉に動揺が走る。しかしその動揺はすぐに収まった。 フィクサードが操る黒い風のエリューション。それが一瞬の間に『フェイト/ヘイト』達の意識を刈り取った。命は奪っていない。今殺してしまえば生贄にはできないから。 「そいつらはおんしを慕っとったんじゃがな」 声をかけてくるのは老齢にさしかかろうという一人の男性。巨大な槍を持つ一人のフィクサード。娘を助けるため、世界を滅ぼしかねないアザーバイド召喚に手を貸す父親。 「止めないなら同罪ですよ、『達磨』」 「……そうじゃな」 瞑目し、シュリーゲンの凶行を見過ごす『達磨』。ココまで来るのに幾多の犠牲を払った。剣林としての立場、慕ってくれた部下、そして自身の誇り。それら全てを捨ててでも、娘を助けたい。助ける術があるなら、何でもしよう。 海上に展開した船。魔術的な基点にそって設置された船の上には、Dホールを開けるためのアーティファクトと、召喚補助用の機械が置いてある。それが一斉に神秘の光を放ち、次元の壁に亀裂を入れる。 それはわずかな亀裂。しかし運命を食らう樹木はその隙間から漏れる生贄の気配を察し、隙間を広げこちらの世界に迫ってくる。 ――Dホールが開く。 そこから伸びてくる樹木。青く茂った枝葉は、この世界を運命を求めて貪欲に侵食してきた。 『達磨』は静かに槍を構える。確認するようにシュリーゲンに問いかけた。 「セリエバの一部分を持ってくれば、セリエバの毒に犯された娘は助かるんじゃろうな?」 「可能性はあります。毒を研究して、その解毒法を見つけることができれば、あるいは」 シュリーゲンと『達磨』の関係は共闘である。本来手を結ぶような関係ではない二つの勢力は、利害関係により共闘している。 だがそれも、セリエバ召喚が成立すれば解れ始める。 「……行くぞ」 それを理解しながら『達磨』はシュリーゲンの思惑のまま、召喚されつつあるアザーバイドに向かって進む。それしか、娘を助ける方法はないのだから。 そして、戦いは始まった。 ● 「大事な人と世界を天秤にかけて、なんていうのは良くある戯曲(ドラマ)だとは思わないかい?」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は集まったリベリスタ達に向かって、そんなセリフをはいた。 モニターに映し出される外洋の地図。そこに赤く光るポイントと、それを円状に取り囲む小さな青い光点。魔術的な知識のあるものが見れば、その図形をこう称するだろう。 「――魔方陣」 「YES。船を基点とし、そこにアーティファクトやら機械やらを置いている。それをいくつか置いて『セリエバ』というアザーバイドを召喚しようとしている連中がいる。 任務はシンプル。召喚されつつあるセリエバを退治することだ」 「ああ、シンプルだな。楽じゃないんだろうけど」 「勘がいいな、ブラザー。すでに召喚されたアザーバイドに挑む一人のフィクサードがいる。名前を十文字晶。『達磨』という二つ名のクロスイージスだ。高い実力を持っているが、アザーバイドを相手取るには役者が足りていない。お前たちが到着するころにはかなり疲弊しているだろう」 自ら召喚したアザーバイドを倒すフィクサード。このフィクサードが槍を向けるのは理由がある。 「このフィクサードの娘は、このアザーバイドの毒に犯されて命を削られている。アザーバイドの成分を持ち帰り研究すれば解毒方法が分かるかもしれない。だから『達磨』はこのアザーバイドを攻撃している。 そのあたりを踏まえて交渉すれば、味方になるかもしれないぜ」 どうするかは自由だぜ、と一言告げて、伸暁は顔を引き締める。 「さて肝心要のアザーバイドの情報だ。 こいつは運命を食らうアザーバイドだ。お前らが持つフェイトを栄養分にして力を増す。何よりもタフネスが半端ない。資料を呼んで対策を講じてくれ」 幻想纏いに送られる情報にうめき声を上げるリベリスタたち。 「周りの魔法陣を攻めている奴等からも援護射撃を要請するが、そいつ等のフェイトも食われる可能性がある。とにかく運命をもつ俺達との相性が悪い。危なくなったらエスケープすることも考えろよ。 病床の娘のためとはいえ、こんなビジターは早々にお帰り願いたいものだ。お前たちもそうだろう?」 伸暁の言葉にリベリスタたちは頷きあい、ブリーフィングルームを出た。 ● 「……まだじゃ。まだ、ワシの槍は折れとらん!」 膝を突く『達磨』。彼の燃やした運命がセリエバを強化する。 (やはり、無理でしたか。そろそろ潮時ですね) シュリーゲンが足を半歩後ろに引く。 (……む、あの船は……?) シュリーゲンの目に映る一隻の船。リベリスタたちの鬨の声が、海上に響いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月11日(土)23:31 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●解き放たれる十の矢 ディメンションホールから枝を伸ばすアザーバイドは貪欲にこの世界に侵入する。運命を食らうその樹木。世界を滅ぼしかねない運命持ちの天敵。 「菫が……娘がまっとるんじゃ!」 その毒に侵された娘を助けるために、一人の男は害悪と呼ばれる存在を呼び出す。それを補佐した研究者は、その様を冷淡に見ていた。この戦いの勝敗に興味はない。彼の目的はほぼ成った。間近で召喚されるセリエバを見て、データを収集するのみ。 (さようなら、『達磨』。あなたはいい露払いになりました。妨害は色々入りましたが、結果としては私の勝ちです) 娘を思う父の思いは届かず、アザーバイドは暴威を振るうだろう。その威力をもって功績を得て、それを更なる召喚の技術研究の土台とする。シュリーゲンと呼ばれる男の野望は、もはやセリエバのほうを向いていない。 だがその思惑は船のライトにより中断される。その船から乗りこんでくる革醒者。 アーク。世界を救う彼等の十の矢が、運命を食らうアザーバイドに向かって放たれたのだ。 ●セリエバに挑む者 「行きます」 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は真っ先に『達磨』に向かって走り、傷だらけの体を庇う。一尺二寸の黒刃をセリエバに向かって突き出し、防御の構えを取った。迫り来る枝を切り払うように立ち振る舞う。 「どういうつもりじゃ」 「決まっています。セリエバを、斬ります」 口に出したのはアークのリベリスタが掲げる目的。シュリーゲンが見ているときに、声に出していえないこともある。 「……これは、私達の日常を破壊する……悪い植物ですね」 近づくだけで力を奪い取られる感覚。その感覚に心身ともに削られながら『鏡操り人形』 リンシード・フラックス(BNE002684)は瞑目して意識を閉ざした。時間にすれば一秒にも満たない時間。全身を雷光が走り、リンシードの反応速度は加速する。 「あの時、任務を優先し……奪ってしまった命の為にも……絶対にここで食い止めてみせます」 それは神経さえも神秘の力で支配する加速法。自らを戦う人形と化しながら、しかし心を失わない。日常を守る為に戦う人形のドレスが、静かに夜の潮風に舞った。 「セリエバ……招かれざる客。こんなものを呼び出すとは……!」 『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は聳え立つ樹木のアザーバイドを見上げ、唇をかんだ。ちりちりと自分が『食われている』感覚が続いている。意識を集中し、射手の感覚を研ぎ澄まして銃を構えた。 「天に背く悪魔は、果てても絶えぬものなのでしょうか」 「不遜かね? だが天に挑むのも人のサガだ。そこに道があるならば歩むのが六道の努め」 「求道を歪めるな。これはただの凶行だ!」 リリの怒りの声に肩をすくめるシュリーゲン。もとより言葉で説得するつもりはない。握った銃の感覚は確か。さぁ、お祈りを始めよう。 「けっちゃく、つけないとねっ!」 神秘で作られたおしゃれ眼鏡をかけて、舌足らずな口調に確かな意思をこめて『わんだふるさぽーたー!』テテロ ミーノ(BNE000011)が声を上げる。彼女の声と共にリベリスタたちが重力の枷から解放される。飛行の加護を初めとした仲間を守るための神秘。優れた五感によるセンサー。全てをもってテテロはこの場に立つ。 「わんだふるさぽーたー、ミーノけんざんっ! ミーノがおたすけするから……みんな、ふぁいとなのっ!」 「「「おう!」」」 「おお、Bozのメンバーがみんないるっ!」 Boz――それは三高平に現れた伝説のバンド。Dragon(Gu)、Buddha(Vo)、Lightning(Dr)の三人が奏でる歌は聞く者の心臓のボルテージを振り切ったという。運命を食らうアザーバイド相手に運命を奏でるメンバーがそろうとは、これもまた運命なのか。 「アークの目標はセリエバを倒すことだ。今回お前さんたちと戦うつもりはないから、邪魔はしないでくれ」 真紅の槍を構えて『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)が『達磨』とシュリーゲンに告げる。視線はすぐにセリエバのほうを向き印を切って符を放った。符が爆ぜるように無数の鳥に変わり、アザーバイドを傷つけていく。 「コイツが俺達にとっての沙羅双樹にならないことを祈るぜ」 沙羅双樹。釈迦が入滅するときに横たわったといわれる樹である。まだ死ぬわけにはいかない。そのためにフツはここに立っているのだ。 「例え我々の天敵と言われようと、手を打てるのもまた我々しか居ない」 『達磨』の近くに立ちながら『生還者』酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)が構えを取る。セリエバに攻撃を仕掛けるつもりはない。様々な可能性を考え、これが最善手だと結論をはじき出してのことだ。 「何のつもりじゃ」 「我々はセリエバに仕掛ける。貴殿もセリエバに仕掛ける。問題は無いな」 「あれはワシの獲物じゃ」 「娘の事情は聞いている」 雷慈慟の一言で『達磨』の口が止まった。自分にとっての敵か味方か。それを探るように。 「作戦なんていらねえ、真正面から真ん前で殴りあうだけだろ。興味があるとすれば、娘さんのことかな!」 包帯で覆われた右手を押さえながら、『合縁奇縁』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)が前に出る。物事はシンプルに考えるのが一番だ。余分な情報は刃を鈍らせる。アザーバイドが世界の敵ならば、それを倒すことがリベリスタの努め。 「協力するならよし。傍観するなら見逃してやる。敵対するなら後でぶっ殺す。それだけだ!」 竜一は笑みを浮かべてアザーバイドを見る。『達磨』もシュリーゲンも眼中にない。敵を倒すことがデュランダルの本懐。ただシンプルに真っ直ぐに、敵に向かって突き進む。 「娘を思う親心が世界を殺すとは」 『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)が『達磨』に手をかざし、高位存在に呼びかけるための詠唱を開始する。三音節から構成される音を魔術的意味に従い発音する。『達磨』を包む光が、セリエバに負った傷を塞いでいく。 「セバリエ戦に関しては共闘を提案致します」 「ワシがおんしらの思惑通り動くとは限らんぞ。アイツを守る事だってある」 シュリーゲンを指差し『達磨』は言う。セリエバの毒だけでは娘は救えない。それを研究する技術者が必要なのだ。……もっとも、素直に協力してくれるとは『達磨』も思ってはいない。 「ええ、それを含めた上での共闘です」 それでもかまわない、と凛子は言う。他のリベリスタの意見も概ね大差なかった。 「久しぶりだね。あの時の僕の言葉、覚えてるかな?」 娘を助けたい。『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)がかつて『達磨』に告げた言葉だ。あの時はアークという組織の在り方故に交渉は決裂した。今は――実のところ、アークのあり方が変わったわけではない。崩界の危険あらばアークは世界のために『達磨』の娘を見捨てるだろう。 「達摩さんも死なせない。セリエバも倒す。娘さんも助ける! 僕はその為にここに来た!」 それでも気持ちは変わらない。少なくともあのときよりは希望がある。だがそれは、今目の前のセリエバを解決しないことには意味がない。 「同舟が終われば後はどうなるか。まあ、碌な事に為らないのだけは確かよね」 ブーツで甲板を蹴りながら『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)が二人のフィクサードを見る。娘を助けたい男と、それを理由にいいように使ってきた男。 「でもどう為ろうとこれだけは言えるのだわ。貴方にはお帰り頂きますわ、悪食の樹木子さん」 エナーシアの銃口がセリエバのほうを向く。見た、と同時に手はすでに動きており、意識よりも先に引き金を引く。銃を使える程度の一般人、とは彼女の弁だ。なるほどそれは的を得ていた。精錬された技術は魔法に等しいのだから。 「愚かですね。この程度の人数ではセリエバの養分になりに来たも同然。そこで果てて――」 シュリーゲンの余裕の声は、魔法陣の基点から聞こえてくる戦闘音で中断される。時折セリエバのほうに飛んでくる攻撃。 「まさか、あそこにもアークが!」 「そういうことです。あなたの野望、ここで終わらせます」 舞姫の言葉はここに集うリベリスタの総意だ。危険なアザーバイドを放置はできない。 「やってくれますね……!」 シュリーゲンは悪態をつきながらも冷静さを取り戻す。彼にとっての命綱である『達磨』との約束。娘を蝕むセリエバの毒に関する研究。この約束がある限り、『達磨』は私に逆らえない。リベリスタの戦力はそちらにも割かれるだろう。シュリーゲンはそんな計算をしていた。 『達磨』はゆっくりと槍を構える。リベリスタたちも静かに破界器を構えた。 ●運命を掲げる者。運命を食うもの 「さあ、こいよ! 運命食い! 食い尽くせると思うなよ、設楽悠里の運命をなァ!」 「って僕かよ!?」 竜一のセリフに突っ込む悠里。それを無視して竜一は包帯に手をかける。この右手に封じるのは破壊の力。原始の混沌。たとえそれが虚だとしても、胸に秘めたイメージは強い。吹き荒れる破壊を右手に封じるように、竜一の右手に力が宿る。 「いかに楽をするかにいつも頭を悩ませているが、たまには策を弄せずぶつかってやるさ。目覚めろ、我が右手に宿りし混沌よー!」 手にするのは稲妻を切ったといわれる刀。無銘の刀に伝説をつけたのが竜一なら、今ここで打撃を繰り出すのもまた彼。全身の筋肉を引き絞り、全て壊れよとばかりに叩きつける。その一撃がセリエバを揺るがす。 「今回は……遠慮なく、攻めていけますね……全速力で大丈夫そうです」 リンシードは剣を収めていたチェロケースを投げ捨てる。それが甲板に転がるより前に、剣はセリエバを切り裂いていた。竜一の一撃が暴風なら、リンシードの一撃は疾風。気がつけばその剣は翻り、再び繰り出される。 「ここで……終わらせます」 舞い散る葉すら避けながらリンシードは剣を振るう。最大限に加速した体は負担が大きい。セリエバの近くではさらにその疲労が増す。それでも、ここで速度を止めるつもりはない。 『聞こえていますか、十文字晶。口を開かずにお聞きください』 舞姫は思念を通して『達磨』と会話をしていた。言葉なく意識をつなげる神秘。『達磨』もそれを察し、口を閉じて意識を傾けた。 『私たちがセリエバの毒を手に入れたら、あなたの娘のために使うと約束しましょう』 『……』 『あなたに最優先で渡しても構いません。六道の者が毒を手にすることも黙認します』 『おんしらは、コイツを退治にきたんじゃろうが』 『もちろんそれは最優先です。ですが、救えるものは救います』 舞姫の言葉を補足するようにフツが思念の会話に割り込んでくる。 『そんなことして、アークに何の得が? なんて聞くなよ。アークがお人好しの組織だってことは今更だろ』 『は。じゃが世界と個人を取れば世界を取るじゃろうが』 『だな。だが両方救えるのなら両方救う。アークの科学力は知ってるだろ?』 『おんしらは六道の科学力もしっちょろうが』 『ええ、六道の非道さも知っています。あの男があなたの娘を救う研究をすると思いますか?』 舞姫の言葉に『達磨』の反応はなかった。そのまま会話は打ち切られる。思念の会話を永く続けている余裕はない。舞姫は『達磨』の前に立ち、背を向けた。 「信用ならぬなら、鯨銛でわたしを貫いて頂いても結構です」 後ろから『達磨』に貫かれれば大怪我ではすまないだろう。分かっていて舞姫は背中を晒す。 時間にすれば一秒にも満たなかっただろう。 『達磨』は舞姫の背中で槍を構え、 「はぁ!」 舞姫の右耳に轟音が響く。槍がものすごい速度で顔の横を通り、セリエバの枝を貫いた。 「……」 今のが答えだ、とばかりに不倒のフィクサードはリベリスタたちを見る。その答えに舞姫は微笑み、今更ながらに汗が出てきた。 「ひやひやしたぜ。そんじゃこっちも行きますか!」 フツは符を放ち、鳥に変化させる。フツの指の動きにそって鳥が動く。舞う花粉を避け、枝と枝の間を潜り抜け、鋭い嘴を矢のようにしてセリエバに叩き込む。鳥は符に戻り、符はフツの力を伝える伝達路と成る。 「破ッ!」 指を二本立てて、横に二度、縦に二度、印を切る。九つに分かれた空間内に独特の呪文を刻むイメージ。セリエバに張り付いた符が神秘の力を伝達し、爆ぜた。樹の幹が欠け、欠片が海に落ちる。 「かいふくはりんこちゃんとミーノのふたりっ。しっかりれんけーしてみんなをさぽーとしないとっ!」 「ええ、ここで悲劇を食い止めましょう」 テテロと凛子はセリエバが与える攻撃を必死に回復していた。セリエバの特性は『運命を保持しているものに貪欲に迫る』ことだ。そしてここに集うリベリスタたちは多くの運命を保持している。まるで吸い込まれるように枝葉が襲い掛かってくる。 「ころばぬさきのぶれいくひゃー!」 「休む暇もありませんね」 その傷を癒すべく二人は神秘の力を次々と放出していた。テテロが葉に含まれる毒を取り払うと、凛子は傷口を塞ぐように力を放つ。回復の二重奏が夜の海に響き渡る。 「確かにわれわれの天敵といわれるだけのことはある」 雷慈慟はそんな二人のエネルギーを回復するために魔力をまわしていた。開かれた本に魔力を集め、テテロと凛子に神秘の糸を結ぶ。言葉が力に変換され、力が神秘を生み出すエネルギーとなる。 「厄介だな、この香」 鼻腔をくすぐる香は、この世界にはない匂い。刺激臭というわけではなく、心地よいというわけでもない。似た匂いを説明することもできない。まさに『異界』の香。大事なのはそれがリベリスタたちの体力と気力を奪っていることだ。雷慈慟の補佐がなければ、エネルギーが枯渇し干上がっていただろう。 「枝だけであの強さだったんだ。正直、本体と戦うなんてゾッとしないけど……!」 悠里はかつての戦いで『セリエバの枝』が使われたときのことを思い出す。運命を食らう存在。その本体。あの時よりもずっと強くなり、夜の男爵と呼ばれる力を得た今でも恐怖は抜けない。 「今はまだ手遅れじゃない。やるしか、ないんだ!」 自らの拳が届く範囲。自らの蹴りが届く範囲。悠里はそれを強く意識する。その攻撃圏に入った事を察した瞬間に、体は動く。時に拳で、時に蹴りで、時に身を屈め。この空間こそ僕の領域。この手で救えるものを守るため、手甲に宿る稲光がセリエバを焼く。 「其方まで相手にしている程暇じゃあないのよね。其方から仕掛けてこないのなら攻撃はしないわ。其方は其方、此方は此方と云う事で行きませうか」 エナーシアはシュリーゲンに語りかけながら銃を放つ。敵であるシュリーゲンに自ら語りかけるのは、相手のスタンスを探るためだ。先手必勝は銃に限ったことだけではない。 「一時的な休戦ということかね?」 「そうね。ああ、もしセリエバの弱点とかも御存知なら教えてもらえないかしら?」 「運命がなければ枯渇するぐらいか。バロックナイトの『塔の魔女』は世界を隔絶する結界で身を隠していたと聞くが、そのレベルで閉じ込めれば高確率で干上がるだろうよ」 「兵糧攻めとは古風ですこと」 言いながらエナーシアはため息をついた。アシュレイがそういう魔術をリベリスタに教えているのは知っている。その魔女がアークにいると知ったら、シュリーゲンはどんな顔をするだろうか。 「でもそれでは、救えない人もいるやうで」 エナーシアの視線は『達磨』の方に向いた。閉じ込めて枯渇されば毒を奪うことはできない。ならばやることは変わらない。 「聖なるかな、神の焔よ」 リリは弾丸に神の火を込める。その火は創造の力にして破壊の力。異世界より侵略するものに対する鉄槌。炎の弾丸が降り注ぎ、セリエバが炎に包まれる。炎はセリエバに着火したかと思うと、神を否定するかのように消え去った。 「たとえこの炎が消えようとも、この胸を燃やす信仰の炎は、決して消えません!」 弾丸を銃に込めなおしながら、リリはセリエバを睨む。ここが最前線。神の世界を侵略する者を廃するために、この身は魔弾となる。その瞳は異世界の深遠を覗きこむ。 その身を焦がすのは空腹による飢えではない。美食という欲望ではない。セリエバは精神のあるアザーバイドではない。 意志などない。 欲望などない。 行動原理などない。 『運命を食らうように生まれてしまった』……星に重力が存在するように、存在自体が運命を食らういわば自然現象。突然やってくる事故のように、不規則に蠢く存在。ただそれだけの、モノ。 「厄介な存在を召喚してくれましたね……!」 リリはシュリーゲンを睨む。技術の向上心で召喚するには、危険すぎるアザーバイドだ。もっとも、それを知った上で召喚した可能性は高い。 「みんな、ふぁいとなの!」 テテロの指揮の元、リベリスタはセリエバに攻撃を仕掛ける。アークの精鋭十人と、剣林のフィクサードが一丸となって攻める。理想通りの展開だ、とリベリスタたちは勢いを増して攻めていく。 だがしかし、敵はセリエバだけではない。 ●交錯する戦意と悪意 「はくいのふぃくさーどがうごくのっ!」 「私は面倒事が大嫌いなのだけど。御存知よね?」 鋭い五感を持つテテロと、注意を払っていたエナーシアがシュリーゲンの動きに気づく。シュリーゲンは神秘の光をセリエバを取り囲むリベリスタに向けて放つ。ダメージこそないが、一時的な無力化を狙う閃光を。 「付与をはずされた!?」 閃光によって受けた不具合はテテロが全て払ってくれる。だが、神秘の加護が消えてしまったのは痛い。まして竜一や悠里、リンシードは大量のエネルギーを必要とする。 「貴君として、研究材料にセリエバは不服か」 雷慈慟がシュリーゲンの額に一撃を加える。研究職であるシュリーゲンの戦闘力は高くない。その一撃をまともに受けてしまう。 「黒風を、はずした?」 シュリーゲンは今までエリューションに身を守ってもらっていた。そのガードを解いているのである。リリは風のエリューションの行く先を追う。その先にはすでに竜一が待機していた。 「黒風、セリエバを庇え」 「させねぇよ!」 その手は読んでいた、とばかりに動く竜一。斬るのではなく払うような一閃が、悪意持つ黒の風を吹き飛ばす。それでも命令を行使すべく、エリューションはセリエバに向かう。ガードに優れる黒風に庇われてしまえば、殲滅はさらに遅れてしまう。悠里は舌打ちして風のブロックに回った。 「おとなしくしていなさい」 エナーシアの銃撃がシュリーゲンを襲う。衝撃によろけながらも、六道の研究所長は笑みを浮かべていた。ここまでは想定内だ、と。 「私が死ねば毒の研究はできませんよ、十文字」 「どういうつもりじゃ、シュリーゲン!」 「セリエバの毒を得るまでは、私たちは同志です。リベリスタの攻撃で私が死ねば困るのは、誰でしょうね?」 全員が息を呑んだ。どういう形であれ、『達磨』はシュリーゲンに生きてもらわなければならない。 「攻撃しておいてしゃあしゃあと!」 「そうですね、その件は謝りましょう。ですが私が死んだとしたらセリエバの毒をあなたが得て……どうするんです? 箱舟の科学力は信用できるかもしれませんが、箱舟の組織はセリエバの存在を認めると思うのですか?」 『達磨』の怒りの声に謝罪するように頭を下げるシュリーゲン。フツが変わりつつある空気を換えるように叫ぶ。 「はっ! アークだって人情はあるぜ!」 「ええ、ありますね。ですが世界の為とあらば情を切りすてるのがアークです。今まであなた達は何人のノーフェイスを殺してきましたか?」 傷ついたままのらりくらりとシュリーゲンが言う。フツも気づいている。自殺に似たシュリーゲンの目的は、 「自らの身を晒して『達磨』に庇わせるつもりですか」 リリがシュリーゲンの狙いを看破する。たとえ悪手だと分かっていても、この状況なら『達磨』はシュリーゲンを庇わざるを得まい。 「医術を盾に取るのですか」 医者である凛子はシュリーゲンの行為に怒りを感じていた。彼女にとって医療とは命と向き合う行為。その行為を取引の材料にするなど、許せるものではない。 「……リベリスタ、セリエバを狩るのなら好きにせぃ。じゃから、あの男を攻撃するのは勘弁じゃ」 「十文字さん!?」 苦悩に満ちた表情で『達磨』は判断を下す。どちらとも相対しない。それが彼の下した最大限の妥協だった。 「……分かっているのですか! その選択の先を!」 怒声をあげたのは舞姫だった。隻眼は真っ直ぐに『達磨』を見据え、彼の胸をつかもうと手を伸ばす。 「シュリーゲンは役目が終わればあなたを見捨てるつもりなのですよ!」 「それでもええ。娘の命が助かるなら――」 『達磨』のセリフは最後まで語られることはなかった。 「ふざけるな!」 舞姫の拳が『達磨』の頬に叩き込まれる。舞姫はさらに拳を振り上げ、『達磨』に握った拳を叩き込む。 「この騒動で、何人が死んだ! 自分の命を捨てるなど、生き残った者に、十字架を背負わせるだけだ!」 舞姫の脳裏に浮かぶのは、過去の光景。ナイトメアダウンと呼ばれる悪夢。 自分を庇って命を落した父の面影。力なく横たわった父の亡骸。ああ、娘を思うのは親心だ。それが分からない舞姫ではない。だけど、だけど! 生き残った人間はこの喪失感をどう埋めればいい? 『自分を守らせて命を奪ってしまった』罪はどうやれば償える? 死者は蘇らない。だから舞姫はこの十字架を背負うしかない。 しかし十文字晶は、生きている。 「あなたが娘の手を取ってあげなければ、彼女は絶対に救われない。 数多の犠牲者への、唯一の贖罪は、彼女を本当の意味で救うことだけです」 いつしか舞姫の拳は止まっていた。何度か殴打されたが筋肉で衝撃を受け流したのだろう。『達磨』のダメージは重くはない。 だが、その拳と言葉は『達磨』の心に強い衝撃を与えていた。 「…………すまんのぅ、シュリーゲン。自分の身は自分で守っちょくれ」 「バカな!? 娘の命を見捨てるというのですか!」 「違うな。娘の命を救うために、アークに乗ったのだ」 「悪くないBETとおもうのだわ」 雷慈慟がシュリーゲンに告げ、エナーシアの弾丸が白衣のフィクサードに膝を突かせる。 「……攻撃、再開……します」 リンシードは再度自らの速度をあげ、セリエバの攻撃を再開する。『達磨』へ語りかけなかったのは、仲間が説得してくれるという信頼からだ。 「ああ、ここが本番だ!」 「もう迷うことはないぜ。真っ直ぐ言ってぶっ飛ばす!」 悠里の手甲と竜一の剣が風のエリューションを消滅させる。盤上に攻撃を遮る駒はなく、運命を食らうアザーバイドとそれを迎撃するものというシンプルな構図と成った。 だがシンプルな状況が、必ずしも容易であるとは限らない。 運命を食らうアザーバイドは、その猛威を振るい始める。 ●矢は十にあらず。四十にあらず 「あっ、はぁ……!」 水の中で喘ぐようにリンシードが呼吸を荒くして膝を突く。セリエバの香と、攻撃のたびに纏わりつく樹液がじわじわと体力を奪っていく。連続で攻撃を仕掛けるリンシードは、その分樹液を浴びる回数も多くなる。運命を燃やし立ち上がるも、その運命がセリエバを強化することになる。 「運命保持者の天敵と聞いてはいましたが……!」 舞姫も胸を押さえながら運命を燃やす。黒曜を握り締め、気合と共に立ち上がる。敵の攻撃を回避することで無効化するソードミラージュの二人は、運命量により攻撃が鋭くなるセリエバとの相性が悪い。 「リリさん!」 「神よ……不浄を払う力を!」 リリは途中から回復を行う凛子を庇っていた。回復を行う凛子とテテロはパーティの生命線だ。彼女達が倒れれば勝利の道は限りなく細くなってしまう。だが、その分セリエバに向かう火力は減ってしまう。 「かっ! 楽じゃないねぇ!」 テテロを庇っているフツは、まだいく分かの余裕があった。槍を振るいながら木の葉を払い、深化した機械の肉体が強固な防壁を生み出す。鍛え上げた肉体で耐えながら、戦場を見回した。セリエバの枝が、鋭く『達磨』に迫る。 「ぬるいわ」 並の革醒者なら絶命してもおかしくない一撃を受けて、『達磨』は動じた様子もない。 「おんしらの癒し、よう効いたで」 背中越しにリベリスタに語りかける『達磨』。凛子は静かに笑みを浮かべ、テテロは両手を挙げてその言葉に喜びを返す。 「神のご加護があります様に」 白衣についた花粉を払うようにして凛子が祈る。言葉に祈りを乗せ、祈りに魔力を込めて。魔力は癒しとなり、命は天に届き、言葉は人に届く。物理的な癒しと精神的な癒しがリベリスタを動かしていく。 「たいりょくもきりょくもじょーたいいじょーも、ぜんぶミーノたちにまかせてっ!」 ツインテールを動かしながらテテロが元気よく叫ぶ。彼女はセリエバの与える毒を主に癒していた。そして凛子一人では体力の回復が足りないときに、テテロも癒しに回る。前衛で全力で戦う人のために、気力の回復も怠らない。 「まったく、一般人である私にはありがたいことだわ」 エナーシアは癒しの神秘を感じた後で動き出す。倒れそうになったので防戦に徹していたのだ。もちろんその分手数は減っているのだが、 「伸ばす枝葉、舞い落ちる葉もお引き取り願おうかしら」 見る、撃つ。そして見る。また撃つ。視線による戦場確認は一瞬。セリエバの葉と枝を認識した瞬間に、彼女の持つ銃は火を噴いていた。脅威的な銃の早撃ち。防御による待機など、その速度の前には問題にならない。舞い散る毒も意に介さず、自分の家で歌うように銃を撃ち続ける。 「さすがに後ろに葉を通さないのは無理か……!」 悠里は上空から舞い散る葉を見ながら舌打ちする。セリエバの葉は風に舞い、高く舞い上がってから落ちてくる。全てをふさぐには手数が足りない。ならばセリエバを即効で倒すのみ。雷撃を纏ったワンツーパンチが、セリエバの幹に叩き込まれる。 「この手で……明日をつかむんだ!」 セリエバの枝により傷つき、流れる血液。傷の痛み。死を近くに感じながら、戦う理由が足を進める。銀時計を握り締め、悠里は稲妻の拳を振り上げる。 「無駄だぜ! 混沌を解放したこの俺に毒や呪い程度が効くと思ったか!」 「いやそれジャガノートの効果だから」 「全てを飲み込み、そして深まる右手の一撃――」 竜一は自らの限界を超える力を宿し、力を込めて破界器をセリエバに叩き込む。呼吸、間合、踏み込み、視界による認識、破壊の意識、柔軟な筋肉を力いっぱい引き絞り、骨は体重を支えるために硬く真っ直ぐに、重心を流れるように移動させ、 「食らいやがれ!」 叩き込まれる二本の剣。日本刀が鋭く切り込んだかと思うと、西洋剣がえぐるように神酒を傷つける。切と斬。鋭と重。種類の違う剣戟がセリエバの幹に大きな傷を与えた。 しかし、 「素材回収を諦めることも考えねばならぬか……?」 自らの意識を他人とつなげるイメージ。雷慈慟はイメージを続けながら戦局を冷静に見定めていた。リベリスタ全員と繋がり、一人ひとりの意識と同調する。それにより異能の力を活性化させ、気力を充実させる。セリエバにより削られる気力を補うために。 「どこまで頑丈なのだセリエバは!」 「まったく、堅いわ毒吐くわ華はないわ……禄でもないな、この樹は」 セリエバに与えた傷は、浅くはない。自分達は確かに攻勢だ。回復もしばらくは途切れないだろうし、攻撃手もまだまだ動ける。 だが、いつまで続ければいいのだ? 表情もなく痛みを感じた様子もない植物型のアザーバイドということもあるのだろうが、セリエバの底が見えない。ここまで傷つけているのに、まるで変化が見えないのだ。 雷慈慟の叫びは他のリベリスタも感じていることだ。猛威果敢に攻め続けたとしても、人の身で山を動かすことは叶わない。そんな絶望がじわりじわりと心に侵食してくる。 「無駄だよ。君達とは相性が悪すぎる」 伏した状態のままシュリーゲンがリベリスタたちに告げる。 「黙れ……」 「諦めて逃げたまえ。アークのリベリスタを排したとあらばセリエバの株は跳ね上がる。後はこの召喚技術を応用すれば圧倒的な神秘兵器となる」 「その度に誰かの運命が食われるんだぞ!」 「世界はめまぐるしく変化する。その変化をコントロールできるなら、それも六道の求める技術だ!」 「バーナード・シュリーゲン! 世界を滅ぼす気か!」 「滅びるのではない。それが新たな世界なのだ」 シュリーゲンもまた六道を往く者。研究という道を極めるために、倫理を捨てたフィクサード。 「俺の運命食いたきゃ好きに食えよ。代わりにてめえの命は俺が食わせてもらうがな!」 「予想通りね。碌なことにならないわ」 竜一とエナーシアがセリエバの枝に刻まれ、運命を燃やす。息も絶え絶えの状態でそれでも戦意だけは失っていない。 「運命を食らって強くなる……本当に厄介だな!」 革醒者の運命を食らって、セリエバの枝葉がさらに伸びる。他の戦場も激戦だったのだろう。セリエバの質量は目に見えて増えていた。 「これぐらいで負けるもんか!」 追い詰められた悠里の闇の波動が増幅される。加速する身体能力。研ぎ澄まされる五感。それがより鋭くセリエバに打撃を加えていく。 「素晴らしい力だ。アークの精鋭を相手にしてなお不動! 召喚儀式をより練って行えば、さらにセリエバは強くなる。 諦めろ、リベリスタ。それとも貴様達の運命をセリエバに捧げてくれるのか? ああ、それもいいな。君たちの運命全てを食らえば、もはや誰も止めることはできない!」 熱の篭ったシュリーゲンの言葉。 誰もがこの瞬間、撤退を考えていた。セリエバをより強化するぐらいなら、傷口を押さえるために今は退くのも手だ、と。 セリエバの木々が生い茂る。またどこかの戦場で運命が燃やされ、それを吸収したのだろう。止めることのできない成長。このまま世界を食らうまで成長するのか。 絶望の色濃い戦場。その重い空気は、 「みーのたちは、まけないのっ!」 「負け惜しみを――」 シュリーゲンの声は、セリエバに飛ぶ攻撃で中断される。それは目の前にいるリベリスタたちからの攻撃ではない。 遠く魔法陣のためにアーティファクトを置いた船。 そこから飛ぶ物理と神秘の矢がセリエバに突き刺さる。 『アリアドネの銀弾』の放つ神罰の弾丸が、 『紫苑』の飛翔一閃が、 『ハルバードマスター』の闇の一閃が、 『八咫烏』の放つ弾丸の雨が、 『メガメガネ』の聖なる光が、 『ピンクの害獣』の生み出す不吉の月が、 『狂奔する黒き風車は標となりて』が生む闇の風が、 『魔獣咆哮』の蹴り技が、 『道化師』の弾丸が、 『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』の貫く一撃が、 古びた盾を持つ少女の魔力の矢が、 『虚実之車輪(おっぱいてんし)』の四色の魔力が、 『弓引く者』の神秘の矢が、 『星の銀輪』の死神の鎌が、 『燻る灰』の死を告げる糸が、 『ジェネシスノート』の洗礼された一撃が、 三尺三寸三分の刀が生む四角い棺桶が、 時間が経過するごとに密度を増す攻撃の弾幕。 「俺達はリベリスタだ。一人で戦ってるんじゃねぇ!」 「六道、あなたは一人で道を究めるつもりでしょう。ですが孤独では得られぬ力があると知りなさい!」 セリエバに次々と叩き込まれる攻撃の嵐。穿ち、爆ぜ、貫き、包み。様々な攻撃が異世界の樹木に降り注ぐ。 「は、さすがじゃのぅ」 武闘派剣林の『達磨』の目から見ても、この光景は驚きを隠せない。 わが道を進むと独尊していたシュリーゲンから見ても、この光景は絶句せざるを得まい。 仲間はこの場にいるリベリスタだけではない。 セリエバ召喚が不完全なのは、アーティファクト強奪を阻止した仲間達のおかげだ。 召喚場所が分かったのも、フィクサードの船を襲撃し情報を得た仲間達がいたからだ。 仲間がここにいる。一緒に戦っている。これはその証明だ。その事実がリベリスタを鼓舞し、力を与えてくれる。ここは先の見えない暗い海の上だけど、確かにこの場で繋がっている。 敵は代わらず強敵だ。だが何を恐れることはある? 相手は、たった一本の樹木なのだ。 『――エメラルドタワー、撃破よ』 『――吸精呼魔、破壊!』 『――メイカー、壊したわ』 そして幻想纏いから聞こえてくる仲間達の声。それはセリエバの弱体化を意味していた。 「まさか……あの軍勢を……!」 シュリーゲンの余裕が完全に砕かれる。これで彼自身を守る存在は、全ていなくなったも同然なのだ。 無論、セリエバは変わらず聳え立つ。 運命を食らうという存在は革醒者の天敵だろう。受けたダメージも軽くはなく、気を抜けば戦線崩壊もありうる細い綱渡りだ。 だがリベリスタたちの瞳に、絶望はなかった。 ●セリエバというアザーバイド 「まだ負けないよ!」 悠里がセリエバの木の葉に体力を奪われ、膝を突く。ガントレットを握り締め、運命を燃やした。胸には戦士の誇りが。周りには仲間達が。希望はあるんだ。まだ膝を折っている場合じゃない。 「コレを逃せば厳しくなる……今この状況ですら 楽と想定すべきだ!」 雷慈慟は毒に血を吐きながら、セリエバを睨む。セリエバの弱体化は顕著だ。ここが踏ん張りどころだと運命を削る。止まるなと自らに活を入れ、リベリスタたちの補佐にまわる。 「賽の河原から追い返されたぜ!」 テテロを庇っていたフツにも限界が来る。運命を犠牲にして戦場に留まり、槍を杖にして立ち上がる。仏道今だ半ば也。悟りを開くまでは死ぬわけには行かない。最後の最後まで仲間の盾になると、槍を構える。 「後は……任せます……」 圧倒的な速度で戦場を駆け巡っていたリンシードが、糸が切れたかのように倒れこむ。常に前のめりに戦う彼女はその分受けた傷も大きいが、前のめりの分だけセリエバに与えた傷も多い。 「私も少し休ませてもらうわ」 体力に劣るエナーシアも限界が来たのか、ついに甲板に倒れた。急所を狙う彼女の射撃はセリエバの柔らかい部分を穿ち、その木片を大量に散らしていた。 「せいしんのいぶきっ!」 「回復はまだ持ちます。一気に行ってください!」 テテロと凛子の回復がリベリスタたちの傷を癒す。柔らかな光に背中を押されるように、リベリスタはセリエバを攻め立てる。 「ここまでですか……!」 回復役をかばっていたリリがここで力尽きる。仲間を信じているのか言葉ほど悔しさはない。膝を突いてセリエバを見た。もはやその傷は深く、運命を食らって成長するよりも崩れ往くほうが速い。 「これでお終いだ!」 「はああああああああ!」 竜一が刀と剣を振り上げ、舞姫の一刀が輝く。叩き込まれる十字と弧月。力と技の戦士が叩き込む二撃と一閃。 それがボトムチャンネルを守るリベリスタの力を、アザーバイドに刻み込んだ。 セリエバが、崩れる―― ●『世界の守護者達(ボトムキーパー}』 崩壊するセリエバ。ボトムチャンネルに現出している幹は、折れるようにDホールから『外』の世界に落ちていった。セリエバが呼び出されたDホールのみが、戦闘の残滓。 「……救世完了」 フツが呟き手を合わせる。そのセリフに合わせるように竜一がDホールを消し去った。 「素材は……これだけあれば何とかなるか?」 雷慈慟は船の上に散らばったセリエバの欠片を集める。舞い散った葉や崩れた幹。激しい戦闘ゆえに傷だらけだ。 「無理ですね。さすがに損傷が激しい。 ……ああ、これはごねているわけでも交渉のつもりもありません。鮮度の問題で無理なのです」 シュリーゲンが集めたセリエバの素材を前に首を横に振る。 「私たちが受けた傷から血清や抗体を、治療に転用できませんか?」 「それが可能なら、『達磨』の娘は自身の免疫で立ち上がれます。残念ですが」 凛子は免疫学からの医療を提案するが、シュリーゲンは再度首を横に振った。 「あっちのほうではえだをたくさんとったみたいだよっ!」 テテロが幻想纏いから聞こえてくる報告に、喜びの声を上げる。その報告にリベリスタの表情が明るくなった。 「やれやれ。これでハッピーエンドかしら?」 「もちろん前提として六道が研究を行えば、ということですが」 エナーシアとリリが両方からシュリーゲンに銃を突きつける。物騒だが、ここで銃を撃つつもりはない。だが答え次第ではリベリスタにも考えがある……というポーズである。 「お人よしですね。ここまで騒動を起こした私を生かすつもりですか?」 「業腹ですが、あなたの知識で救える人がいるのなら生かします」 舞姫は刀を納め、静かに言い放つ。正直に言えばアークで保護したい相手だが、セリエバの研究には彼は不可欠だろう。……当人にその気があるかというのが問題だが。 「安心せぃ。首に槍突きつけてでも研究させちゃる」 『達磨』がシュリーゲンの肩をたたく。諦めたようにシュリーゲンがため息をついた。断れば文字通りの意味で首が飛ぶ。 「さて、ワシ等はとっとと去ぬとするわ。周りはリベリスタだらけじゃからな」 集まりつつあるアークの船影に『達磨』が言う。シュリーゲンを脱出用の船に促すようにして連れて行く。 「娘さん、治るといいね」 「おう。色々世話になった」 悠里の言葉に短く返す『達磨』。短い言葉の中に、多くの感謝を込めて。 「娘さん……治ったら、どうするんですか…? 貴方の背負った罪が娘さんにも降りかかるかもしれませんが……」 「けじめはつける。それだけじゃ」 リンシードの言葉に『達磨』は背中越しに答える。どういうことかと問いかける前に、『達磨』は脱出用の船に乗り込み、船から離れていった。 かくして、運命を食らうアザーバイドの召喚事件はこれで幕が下りる。セリエバの召喚方法は秘することとなり、六道第三召喚研究所は解体の流れになった。 Dホールの向こう側に『落ちた』セリエバがどうなったかは、誰にも分からない。あそこに召喚されていたのは魔力の出力不足で『不完全な』セリエバだ。Dホールの向こう側がどうなっているかなど知る由もない。あれで滅んだのか、あるいは。 ――ここから先は、元剣林のフィクサードから聞いた話である。他聞故に多少の誇張表現があったが、まとめるとこのような感じだ。 蜂竪という六道のフィクサードが剪定したセリエバの枝により、毒の研究は大きく進む。もっともこれにより研究を行った者たちの運命は大きく削られることになった。 だがその成果があってか、十文字菫のセリエバの毒を浄化することに成功したという。今は回復のために入院をしているが、概ね回復傾向にあるという。 シュリーゲンは研究により大きく運命を削られ、またほとんどの部下も失い所長の権限を剥奪された。研究職のフィクサードとしては実質上のリタイアである。 『達磨』こと十文字晶は今回の騒動の責任を取る形で、剣林を引退。長年使っていた『鯨銛』を返却し、どこかで隠遁生活をしているという。 W00の行方はつかめない。黄泉ヶ辻に戻った可能性は高い。あの性格からまた何かたくらむのは間違いないだろう。一連の騒動でこのフィクサードが一番利を得た形になった。 戦いの幕が閉じ、配役者はそれぞれの舞台に帰る。リベリスタは箱舟に、フィクサードは闇に。 されどこれはわずかな休息。革醒者達の戦いのほんの1ページ。今日という戦いを胸に刻み、新たなページをめくろう。 そして今日も朝日が昇る。リベリスタが守った世界の朝日。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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