● 喪う事が怖いと思った。それは誰しも感じる感情だろう。 喪った後、露わになる空虚感に心を支配された時、思いついたのだった。神秘の力は何かを代償にする。けれど、他者から奪う事を厭わなければそれは『簡単に為せる事』であるのだと。 『ねえ、あのね、私ね、永遠が欲しいわ』 彼女は六道の姫様――兇姫の『狂気』よりも捩じ曲がって居たのかもしれないし、まだ、まともな『人間』の範囲であったのかもしれない。人は踏み出してはならない一定のラインがあると言う。 そのラインが善悪を分けるとしたら、そのラインが正義(リベリスタ)と悪(フィクサード)を分別するものだとしても、六道に所属する観月と言う男には些細なことであったのだ。 少女は言っていた、ずっとずっと苦しむことなく、この世界で生きていきたいと。 少女はその為に研究を続けると言っていた。完璧を求める兇姫の様に、永遠を求めるお姫様として。 ソレが間違いだと気付いた時には彼女は血に濡れ死んでいたのだ。目を見開き、目の前に生み出されたみずぼらしいお姫様と同化する様に。 「――という昔話が御座いましてね」 濃い血の臭いの中、かちかちと似合わぬ玩具で遊ぶ男が黒羽を揺らして嗤う。 「彼女は足を削ぎ落された哀れなお姫様。硝子の靴を無理やり履かされたんですよ」 死体の中を歩んでいく男の眼がゆっくりと細められる。鴉の鳴き声が鼓膜を劈き、目の前で怯える人々へと手をかけようとゆっくりとその手を伸ばす。 「僕の為に死んでくれませんかね」 ● 「さて、お集まり頂きましてありがとう。お願いしたい事があるわ」 常の言葉を吐き出して『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は資料を捲くる。 「向かって頂きたいのはとある自然公園。現状では入園規制をしているけれど中に人が残ってる。大体はもう死んでしまった後なのだけれど……まだ、救えるわ」 一度、其処に希望を見出す様に絞り出した声には不安が大きい。自身としても忌むべき相手であるかのような低く絞り出す声は世恋に似合わない余りに冷めた声であった。 「フライエンジェのダークナイト。六道派に所属する観月と言う男がアーティファクトを使ってアザーバイドを呼び出そうとしているわ。……曰く、己の妹を取り戻そうとしている、らしい」 「妹を、取り戻す?」 「ええ、アザーバイド『ゾリューシュカ』。上半身は豪奢なドレスを纏い、下半身は血濡れの肉の塊。其処に投げ出され機能しない脚が付いているわ。その足は削がれ、無理やり硝子の靴を履かされている。 ……全身に『目』があって、彼女に視覚はないけれど、同時に動く事がままならないそんなお姫様よ」 さらさらとアザーバイドの外見について述べる世恋が表情を歪めながらあまりいいものではないけれど、と写真を差し出した。グロテスクにも見えるソレにリベリスタが表情を歪めたのも仕方がないだろう。 「このゾリューシュカ、召喚されることで周囲の人間を喰らう習性がある。……まあ、それで、観月の妹、光希がゴチソウサマされたわけなんだけどね。 同化してしまった妹とアザーバイド。妹を取り戻すにはアザーバイドを呼び出せばいい。アーティファクトで制御すれば喰われる事はない。此処までは、お分かり頂けるかしら?」 首を傾げ、見回す世恋が提示するのは一つのアーティファクトだ。ルービックキューブの形をした其れを世恋は観月のタカラモノと称して苦笑する。 「『0時の鐘』、命を代償に空間を歪める事ができるアーティファクトよ。これを使ってゾリューシュカを呼び出す、というわけね。 ……さて、先ほど一般人を助けれると言ったけれど、あと6人死んだらこの0時の鐘が発動してしまう。 自然公園には20人の逃げ遅れた一般人が居るわ。彼等は逃げる事も自力ではままならない。彼等のうち最低でも6人を贄としたら『お姫様』は出てくる。その後は残った彼等はゾリューシュカのご飯に為ってしまうかもしれない」 守り切るのが難しいと見棄てるのも手だと世恋は唇を噛み締める。 第一に目標としなければならないのはアーティファクトの破壊か、ソレによって召喚されるアザーバイドの討伐だ。 「……お願いしたのはアーティファクトの破壊よ。間に合わなかった場合はアザーバイドを討伐して欲しい。それから、六道フィクサードのこれ以上の悪事を止めて頂きたいの」 目覚めの悪い夢を見た様な顔をした世恋はよろしくお願いするわね、と頭を下げて椅子へと座りこんだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月01日(水)23:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 鳴り響く鐘の音、硝子の靴に腐敗臭。言葉少なに剣を振るう少女は声を張る。 『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)はその細腕で赤い刃を振り下ろす。受け止められる其れに、土を蹴りあげて、再度踏み込んだ。 「人ってね、ヒトの姿だからこそ、愛しくて美しい。お姫様には俺様ちゃんに殺される価値もないや」 殺人は愛。人を殺すのは理解する為。これは殺戮じゃ、愛のある殺しではない。これは『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)にとってのただの無意味な解体ショーだ。 公園の土が抉れる。踏みしめた足が向く先はただ一方向。『家族想いの破壊者』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)の隠した左の瞳がぎらりと光る。世界を崩界に促すものを駆逐する。それは世界を守ることを決めた虎鐡ならではの決意だ。 誰かが為に。そんな物決まっていた。世界を守る為――自分の世界だと言える家族を守る為。 「観月!」 名を、呼んだ。 ● 時刻は少し遡る。 ひらりと舞う蝶々を指先に止まらせて、視線を逸らした『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)が戦いの気配に身を震わせた。幾度、戦場に赴いても、やはり恐怖心は変わらない。 「誰も殺させはしない、何て言う気はないけれど」 犠牲を許容することには何時だって馴れやしない。足を踏み入れた時に、此れから行う事が何であるかを『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は知っていた。何時でも何かを奪われ続けてきた。いひひ、と漏れ出た笑みは戦いを求める様に冷め切っている。 赤い唇が常に紡ぐのは殺意の言葉だった。視線の先、目標となった殺人鬼は逸脱者ノススメを手に笑っている。殺人者はこの場に二人。 「殺しも、全て意味があるということなのでしょうかね」 その道は何時だって一般人と何ら変わりないのだと街多米 生佐目(BNE004013)は知っていた。偽善的な態度を表に出し、逸脱しようと何時だって背伸びした。それでも変わりないままの生佐目には魅零や葬識の言葉は理解には及ばない。その言葉を理解していた『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)がサングラスの向こうで灰色の瞳を細めて、胸を抑える。 視線の向こう、黒に覆われた男が立っていた。視線はやや下向き。周辺に転がる一般人へと視線を向ける男の姿に伊吹は見覚えがある。 「……観月」 一言、その名前を呼んだのは壱也であった。その姿に見覚えがあるのは『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)とて一緒だ。濁った瞳は死に魅入られたようにぼんやりとしている。だが、彼の姿をその視界に入れた瞬間に嬉しそうに笑った。 「今日はあのお嬢さんは居ないんだ」 くん、と鼻を鳴らすいりすの腹がきゅう、と鳴る。鰐のその姿を余所に、記憶の中、黒羽を揺らしていた男を思い出し伊吹は乾坤圏を握りしめて踏み込んだ。 伊吹の顔に、男は見覚えはない。だが、真っ直ぐに彼を見つめる少女の燃えるような瞳には男は見覚えがあったのだ。彼の後ろからフィクサードが飛び出す。その刃が一般人へと振り下ろされる時、三/三/三が受け止めてその動きを阻害する。 彼女のマスターテレパスが配下のフィクサード達の脳に響くが、彼等は六道だ。アーティファクトの効果を探究する使徒たる彼らはアークのリベリスタのリベリスタの言葉を簡単に信じるか否か。応えは明白だった。 『力を持たぬ一般人を何人殺した所で、対価としては不足でしょう』 「試してみねば判らない。我々の首が刎ねたいと言うならそうするが良い」 ただ、真相が知りたい。己が命を払ってまでも、アザーバイドを呼び寄せる事の出来るアーティファクトである事を証明したい一心なのだろうか。小さな舌打ち、踏み込んだ足がじり、と地面を擦れる。 笑みが深まる。魅零は人死にを許容できない。頬のバーコードが古い傷の様に痛む気がする。その上に零れる雫が只管に伝い続ける。 配下のフィクサードの遠距離攻撃が一般人の首を飛ばす。目を剥いた。ブロックはその行く手を阻害するのみ。行動全てを止めれる訳ではないのだ。嗚呼、それでも最初から犠牲は出る事は知っていたのだから。 記憶の中で、捕えられていた女が笑っていた。空を知らないと言った彼女が『素敵ね』と言った言葉を伊吹は自分の想い出の様に知っていた。空を飛ぶことが好きだった倅を思い出し、彼を庇うフィクサードの体を薙ぎ払う。 だん、と踏み込んだ足が土を蹴り上げる。跳ね上がる様に一気に上から叩きつけられるはしばぶれーど。その眸は笑わない。だが、唇には薄らと笑みが浮かべられていた。 「やっほー、観月。会いたかったでしょ?」 橋の上で会った時ぶりだと笑う壱也に視線を送り、観月が繰り出す攻撃は黒き正気を纏ったものだ。複数攻撃を塞ぐように、飛び出す彼女は視界を塞ぐ事を目的としていた。ただ、己の腹へ向けて一直線に繰り出される攻撃に壱也が唇を噛み締める。 「随分長い付き合いになったね? ねえ、今回で終わりにしようよ」 その言葉に合わせる様に、突き飛ばされていた庇い手の行く手を遮った糾華がふ、と笑う。リベリスタ達はどれもフィクサードをブロックすることを優先していた。観月へと狙いを集中させることで『行動を阻害されない』手薄のフィクサードは回復を行っていく。ソレは堂々巡りだ。無論、リベリスタ達の火力の方が回復量より圧倒的に高い。 だが、持ち回り、手があいているフィクサードはリベリスタを攻撃するよりも一般人を殺す事を優先していた。観月へと喰らわせる一手。彼の体が段々と一般人達から離れていく。 「……今回で終わりか」 皮肉る様に笑った男はまるで自嘲している様であった。『姫君』を呼び出すのに時間が掛かるとは六道のフィクサード達も予想して居なかったのだろう。 「さぁ、ひとさし舞わせていただくでござる!」 ひゅん、と切り裂く様に飛ばされる刃。踏み込む虎鐡とて、ブリーフィングで聞いた情報に同情しない訳では無かった。人を犠牲にするその行いは言語道断で有ることには違いないが、もしも、己が家族を失ったとしたら。嗚呼、取り戻すためにこうする可能性だって否めないではないか! 「拙者は――まだ其方側ではない。故にお主らを殺してでも止めて見せるでござる!」 刃がフィクサードに庇われる。一般人を殺しまわるフィクサードに魅零が踏み込み、その背後、葬識がフィクサードを切り裂いた。 「――そこ?」 ゆっくりと吐き出された言葉。其れが鐘を探しあてた言葉であるといりすは気付く。風を纏う様に近付いたいりすの唇から飢え乾く牙が覗いた。 ● 続く攻撃の中で、5人の死が確認されたと発する声を耳にする。伊吹らが狙うのは観月を狙い防戦にし、召喚までの時間を稼ぐことだった。 「観月! 今度はこの捨て駒どもを何といって騙したのだ? 双子の兄弟すら見捨てたお前が他人に執着するとは意外だな。大方妹が喰われた時も見棄てて一人で逃げたのではないか?」 ゆっくりと男の眼が開かれる。繰り出された無限の悪意は真っ直ぐに一般人を切り裂いた。伊吹の言葉は火に油を注いだのだろうか。配下のフィクサード達は彼の『研究結果』を見に来ただけだ。 探究の使徒は葬識がはっきりと認識したその場所に『0時の鐘』を握りしめている。だが、彼の傷も深いのだ。遣らせないとばかりに飛び込む壱也の指先が観月の腕を掴みにかかる。アーティファクトを、発動させないと意地を露わに奥歯を噛み締めた。 「わたしは! あんたを殺しに来たんじゃない! 助けに来たんだよ!」 あの時、壱也が目にしたのは叫び声をあげて絶命する魔女だった。嗚呼、それと同じではないか。 壊した人形を覚えている。あの時の男はただの悪だと思った。けれど、嗚呼、本当はただの優しい男なのではないか。歯車が軋む音がする。 「こっちのお姫様のオーダーは贅沢だね? 仕方ないから俺様ちゃんは羽柴ちゃんのワガママ聞いてあげちゃう」 首を斬る事に特化した逸脱者ノススメは今は血を求めやしない。誰も殺さず、誰も喪わず――助けたいと願うのがリベリスタの正義ゆえか。 くん、といりすの鼻が鳴る。腹も同時に鳴り響く。なんて、なんて甘い匂いであろうか。あの時、橋の上で出逢った時は気付かなかった。美味しそうな匂いが少女からも、男からもするのだ。 決意を胸に秘めた甘ったるい匂い。潰してしまいたい。かみ砕いて咀嚼してめちゃくちゃに。 『――ひとり、だから』 頭の中によぎった鮫の少女を思い出しいりすは眼鏡の向こうで目を細める。彼女はぼんやりとしているけれど、それでも別れなどには過敏に反応するだろう。彼女が悲しむならば、『殺』らない。 「永遠なんてなくても幸せになれるんだよ」 無銘の太刀が真っ直ぐに切り刻む。壱也の体に突き刺さる刃が彼女の口から血を吐かせる。 赤い。そう認識する。けれど、此処で止まりたくはない。嗚呼、けれど、人が、死んだ。 「反吐が出るよなラブレターだよ! この世界はさぞ美しいんでしょうね!」 涙が伝う、赤い瞳が血を映す。フィクサードを巻き込んで、スカートの裾を翻した魅零の声に観月は笑い、かちり、と音を立てるソレに駄目、と発した声は届かない。 「壱也さん、後ろへ!」 たん、と背後へ下がる糾華が彼岸ノ妖翅をくるりと回す。フリルに包まれた裾が捲れ、ブーツの踵が柔らかい土を踏みしめる。投擲されるソレが突き刺さるのは腐敗臭を纏わせたお姫様。 果たしてそれを姫君と呼べるのか。リベリスタ達の瞳が一斉にアザーバイドへと向けられる。ただ、その中でも壱也だけは真っ直ぐに観月を見据えている。彼女の役目が『彼』を止めることだと仲間達は認識する様に、タイミングを合わせ、ゾリューシュカへと攻撃を与えていく。 「……来たでござるか! 塵になるでござる!」 真打・獅子護兼久が真っ直ぐに繰り出す攻撃が醜悪な姫君のドレスを切り刻む。びくん、と脈打つ肉の塊に生佐目が目を逸らしたのは生理的な反応であろうか。逃がさぬ様にとアザーバイドを取り囲むリベリスタ達の中で、生佐目は憎悪に満ち溢れた瞳で痛み全てを箱の中へと内包する。 「お姫様にしては随分と残念な見た目ですね?」 痛みにゾリューシュカがけたたましい声をあげる。鼓膜を劈くソレの咽喉を潰す様に撃ち抜いて、伊吹はゾリューシュカへとダメージを蓄積させた。背後の観月の繰り出そうとする攻撃の名を彼は知っている。 空虚卿とは、なんと哀しい名前であろうか。空虚ユダ。己の妹も双子の兄弟も、仲間であった女さえも見捨てた『裏切り者』に何とふさわしい名前か。 瞬時、目を見開いた壱也の体が背後へと飛んだ。まっすぐ0距離。彼女の体を苛む呪いが周囲の対象を攻撃するように命じたのだろう。観月の近くに姿を現したゾリューシュカの中で少女の顔が覗いている。 「光希……」 名を呼んだ、その声に、いりすはさせないよ、と緩やかに笑う。彼が夏の少女の友人であるならば、近寄らせる事は即ち、彼女の友人を喪わせる事となる。 「頭のおかしい王子様が見つけちゃったお姫様は本当に探してたシンデレラかな? アグレッシヴ過ぎて硝子の靴のサイズ間違ってるよ? これ、観月ちゃんのお姫様じゃないよね」 にたりと笑った葬識はゾリューシュカへ真っ直ぐに逸脱者ノススメの刃先を振り下ろす。馴染む肉切りの感覚にこれだ、と笑ったその背後、飛びこむ様に蝶々がふかぶかと突き刺さった。 まだ日中の明るい太陽である筈なのに、雲行きが怪しい様に思え、虎鐡が刃を振り下ろす。この場でこの姫君を『魔法』が解ける前に返す事は世界を壊す事と同義だ。 「行かせはせん!」 「悪趣味! 踊って上げるわ姫君(ゾリューシュカ)! 貴女の為に何人死んだのか理解してる? 其れとも脳みそすらないのかしら。私の悲しみが、憎悪が解る!?」 ぎゅいん、と音を立てるラディカル・エンジン。断つように真っ直ぐに切り刻むゾリューシュカの目が開く。身体を苛むものに小さな舌打ちを零し、チェーンソーの刃を加速させていく。 運命を削り、体力が喪われて行く事にリベリスタ達が焦りを覚えない筈がない。回復手が存在しているフィクサードと違い、攻勢に傾くリベリスタ陣営はただ倒す事を目標にする様に攻撃を続けた。 ● 攻勢を強める中、功を為していたのはゾリューシュカへの対応を怠らなかった面であろう。フィクサード達が自由に動き回る為に攻撃はリベリスタ達の運命を削り取る事となったが、ゾリューシュカが現れるまでに行われた攻撃で有る程度は緩和されている。倒れたフィクサードの腹を蹴り、彼の体を避けた伊吹が地面を蹴り上げて其の侭、乾坤圏を指先から離す。 己の倅の不始末だ。あの時にアーティファクトを壊せば。詰めが甘いと思っても、やはり世話焼きな伊吹にとっては其処も可愛らしくて堪らないのだろうか。運命の皮肉は笑えるものでは無かった。 だが、運命ならばその記憶さえも連れて戦場へと向かうのみ! 「お前の討伐なんて、私にとってはただの通過点に過ぎないんだからあああ! 終点(ピリオド)なんてまだ先だ! さっさとくたばれ! good-bye、シンデレラ!」 ぎゅいん、と音を立てるラディカル・エンジン。肉を切り刻むソレでゾリューシュカの体から生み出されている鴉の数が増え続ける。だが、その鴉の首を断つ血濡れの鋏が音を立てる。快楽を浮かべる唇が静かに告げる別れの言葉はシンデレラの魔法が解ける事を告げる魔法使い。 「俺様ちゃんさあ、殺し足りないんだけど」 もっと『オネエサマ』出してくれてもいいんだけどね、とけらけら笑う葬識の鋏が鴉の首を断ち切っていく。傷を負い、血に濡れた虎鐡が己の体の中で感じる狂気を退けようと声を張る。 「拙者は家族の為にこの刃を振るうでござる――!」 渾身の一撃は、雷撃を纏ったままに振り下ろされる。叫び声をあげる惨めなお姫様。生佐目の繰り出す攻撃に反撃する様に真っ直ぐに彼女の目を狙う『硝子の靴』を受け止めて、糾華が緩やかに微笑んだ。 「痛みの童話はね、救えない御伽話なのよ。0時の鐘は全てを忘れさせてくれるわ。魔法を解くの」 蝶々が舞い踊る。尽かさず全てを討ち抜くハニーコムガトリング。蝶は舞う。だが、その鋭さは蜂をも想わせる。歪まぬ切っ先が真っ直ぐに切り裂いた。 「神秘に縋って、叶える願いが碌な結末になる訳ないじゃない。貴方の可愛い妹は永遠に喪ったのよ!」 観月の心をも砕く様な言葉に、逆行した様に男が放つ攻撃が糾華を狙い、その体を貫いた。は、と息を吐く。目を見開き、血に濡れる蝶々が彼女の周りでゆっくりと浮かび、踊る。 「貴女に似合うドレスはここにはない――だから、還りなさい!」 蝶が、切り裂く中、未だ攻撃を続けようとする黒羽の男の目の前へと、地面を踏みしめ、小柄な少女が躍り出る。 鮮やかな赤い瞳が、ゆっくりと笑う。小さな粉砕者がにたりと笑った。 「わたし、あんたのことは嫌いだよ」 彼女を送りだす様に、前線へと放りこんだのは葬識であった。チャオ、と緩く笑って、彼が持ちかえた逸脱者ノススメがじゃきん、と音を立てる。 「そろそろ終わりにしちゃおっか? お姫様?」 刃が大きく音を立てる。その様子にまるで花が散る様だといりすはそっと思った。 あの日、心のどこかで、思い描くものがあった。散りゆくゆすらうめ。何れ散りゆくものならば、惜しむものは何もない。ただ、永遠が無くったって人は幸せになれる。 運命を投げ売ってもいいのだと、そう思えるから。 「羽柴、行け。真っ直ぐにだ。お前の背後は任せろ」 伊吹から掛けられた声に頷いた壱也が真っ直ぐに自身がリベリスタとなって正義を自覚し、全てを守ろうとしたその手を届かせなかった男へと刃を向ける。 黒羽の男が浮かべる笑みが何時も以上に余裕を浮かべている事に壱也は気付かなかった。 否――もしかすれば、気付きたくなかったのかもしれない。 「わたしは、観月の事がだいきらいだよ」 首筋にあてた刃。脅し掛ける言葉にしては壱也の声は震えていた。殺したくなんてない。 絶命するアザーバイドの方を向く観月の体を壱也は逃がしはしなかった。赤い血が滴り続ける。壱也の瞳と同じ刃の切っ先は血色に染まる。刃を握りしめた掌からぽたり、と雫が落ちた。 「協力するのはあの時だけだ。なあ、誰が僕を殺すと言った?」 じり、と後退する足が決意の揺れならば。これ以上奪わないで、と零す魅零の言葉にも観月は小さく笑う。嗚呼、きっと彼女と行く事が一番なのだろう。 フィクサードに飼われ闇に心を擲っていた少女といけば善意を手にするのかもしれない。 いざとなれば馬乗りにもなる決意をしていた魅零がぐ、とラディカル・エンジンを握りしめた。 「わたしは、あなたを救いたい」 「我儘なリベリスタだ」 吐き出す言葉に、くつくつと笑みを浮かべる男の武器が壱也へ向けて繰り出される。その左目を抉ろうと出される攻撃を咄嗟に庇った左腕へと深く突き刺さる切っ先。 「羽柴ッ!」 伊吹の声に、壱也が一歩下がる。その場所へと乾坤圏が投げられた。観月の腹を抉り、その攻撃が彼の体を吹き飛ばす。 「だいきらいだよ。でも、今は生かす。そう決めたから」 とすん、と意識を失った身体が倒れていく。彼が生きる事を望んだのかは分からない。 その様子を見つめながら、壱也は小さく息を吐いた。 終わりの鐘が、小さく鳴った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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