● いつ頃からか、私たちは「恋人というより夫婦みたいだね」と言われるようになった。 私たちも、心の中ではずっと、そう思っていた。 二人の間に流れる空気は、恋と呼ぶには穏やかで。 それでいて、お互いが欠けることはまったく想像できなかった。 口に出しはしなかったけれど、そのうち結婚するんだろうな――と、どちらともなく考えていた。 だから。予想が現実になった時も、私たちの間に特別なことはなかった。 結婚しようか、と告げた彼の一言はさりげなく。 うん、と頷いた私の仕草も、さりげないものだった。 プロポーズの一部始終を聞いた友達は、口を揃えて「つまらない」と言ったけれど。 私には、それで充分だった。 ようやく、私たちは家族になれるのだから。他に望むものなんて、ない。 そんな二人だから、最初は結婚式の予定もなかった。 私の両親が「一人娘の晴れ姿を見たい」と駄々をこねなければ、籍だけ入れて済ませていた筈。 まあ、これも親孝行の一つだし、一生に一度、ウェディングドレスを着るのも悪くない。 自分の花嫁姿を想像して、私は少し笑った。 ● 「――悪い報せだ」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達を前に、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は開口一番にそう言った。 内容を訊かずとも、またロクでもない任務であることは彼の表情を見れば想像がつく。 一呼吸の間を置いて、数史は言葉を続けた。 「寄生型アザーバイド『ハートイーター』が現れた。その撃破が、今回の任務になる」 リベリスタの一人が、露骨に眉を顰める。 人間の心臓を食い、その肉体に寄生する忌まわしきアザーバイド『ハートイーター』。 過去にも何度か出現したそれは、例外なく痛ましい悲劇を生み出してきた。 「『ハートイーター』はフェイトを持たない。Dホールも消滅済みで、送還は不可能だ。 どうあっても倒すしかない存在だが、くそったれなことに既に宿主を得ているときてる」 心臓に成り代わった『ハートイーター』を、宿主から引き剥がす術はない。これを撃破した場合、当然ながら宿主も死ぬ――つまり、現時点で犠牲者は確定しているわけだ。 過去、万華鏡が宿主を得る前の『ハートイーター』を感知したケースが皆無であることを考えると、数史の渋面も納得がいく。 「以前は二体同時に出現したこともあるが、今回は一体だ。 ……だからって、何の救いにもならないけどな」 押し殺した表情で、数史は手元の資料に視線を落とした。 「宿主になったのは『住田有美(すみた・ゆうみ)』。数ヵ月後に結婚を控えた、24歳の女性」 ブリーフィングルームに、沈黙が落ちる。 崩界を防ぐためとはいえ、今まさに幸福の只中にあるだろう女性を、この手にかけなくてはならないのか。 「――皆には、彼女が喫茶店から出た直後に接触してもらうことになる。 ここだと人が多すぎるから、戦う前に何らかの方法で別の場所に誘導する必要があるが」 裏道に入って少し歩けば、廃ビルに辿り着く。この中なら、人目を気にせず戦えるだろう。 「『ハートイーター』は、宿主や自分が危険に晒された時、 宿主の体を乗っ取って身を守ろうとする習性がある。 全身から血が噴き出す上に、芋虫みたいな形の分身が四体おまけで出てくるから、 仕掛ける場所を誤ると大変なことになるぞ。くれぐれも気をつけてくれ」 一通り説明を終えた後、数史は悲痛な面持ちでリベリスタ達を見た。 「……過去のサンプルを元に研究開発室で分析が進められているが、 『ハートイーター』の全容は未だ明らかになっていない。 現状で『宿主の記憶を保存する性質』があると判明していることから、 『上位チャンネルの何者かが人為的に送り込んだ生物である』と推測されてはいるがな」 言葉をそこで区切り、彼は声を絞り出す。 「あと何度、こんな胸糞悪い仕事を皆に頼まなきゃいけないのか、今は見当もつかない。 だが、何らかの目的を持って動いているなら、いずれ必ず、奴は尻尾を現す筈だ。 それまで、どうか……どうか、堪えてくれ……」 震える手で資料を握り締め、数史は最後に「すまない――」と詫びた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月03日(金)22:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 喫茶店の扉が開き、一人の女性が出てきた。 人相や風体から、今回のターゲット『住田有美』に間違いない。タイミングを計って、『鏡文字』日逆・エクリ(BNE003769)は接触を開始した。 きょろきょろと周囲を見回した後、縋るような視線を有美に向ける。 「猫を捜してるんです。この辺で目撃情報があったんだけど、見てませんか?」 「――猫? 私は見ていないけれど……いなくなったのはいつ?」 事前に聞いていた通り、有美は困っている人間を見過ごせないタイプのようだ。特に疑いもせず、詳しい話を訊こうとする。適当に受け答えしつつ、エクリは一緒に猫を捜してもらえるよう彼女に協力を取り付けた。幻視が通用しないという可能性を考えて背の翼はポンチョで覆い隠していたが、有美がそれを気にする様子は無い。とりあえず、彼女に対して幻視は機能していると考えて良いだろう。 二人がその場から動こうとした時、エクリの携帯電話が鳴った。 「もしもし……え、見つけた? それで、場所は……」 何度か相槌を打った後、有美の方を見る。 「別の場所を捜してくれてた人から、連絡があって。この近くのビルに入ったみたいなんです。 隠れるのが上手な子だから、ここで捕まえないと」 「そのビルで、猫ちゃんを捜せばいいのね」 「お願いします」 携帯電話を耳に当てた格好で、エクリが小走りに路地へと入る。有美がそれに倣ったのを確認してから、『ラプソディダンサー』出田 与作(BNE001111)も動いた。 影の中に潜んだまま、足音を殺して二人の後を追う。先程、エクリに電話をかけたのも彼だった。声を出しては気付かれる可能性があるので、彼女には一人芝居をしてもらう必要があったが。 細い路地であるのが幸いして、己の姿を溶け込ませる影には不自由しない。例の廃ビルまで、問題なくついて行くことが出来る筈だ。 それと前後して、廃ビルでは残りのメンバーが物陰に隠れて待機していた。 ターゲットの到着までは暇だと、『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)が煙草を咥える。無論、ここで火を点けるような真似はしない。サングラスの丸レンズ越しに、油断なく周囲の様子を窺う。 柄から刀身まで赤く塗られたナイフを手の中で弄びながら、『Scratched hero』ユート・ノーマン(BNE000829)が苛立たしげに眉を寄せた。 「……ハ。こないだの大騒ぎもアザーバイドにゃ馬耳東風ってか」 人の心臓を喰らい、擬態する異界の寄生生物『ハートイーター』。 忌まわしきアザーバイドが久々に現れたと聞いて仕事を請けたものの、連中の不愉快さは相変わらずだ。虫唾が走るどころか、吐き気がする。 ユートの隣で、『百叢薙を志す者』桃村 雪佳(BNE004233)が誰にともなく言った。 「ここまで胸くその悪い任務は……初めてだな」 彼がアークのリベリスタとして活動を始めてから、既に数ヶ月が経過している。 異界からの来訪者も、運命の寵愛を得られなかった者も、力をもって弱者を踏み躙る者も、等しくこの手にかけてきた。誰に強制されるでもなく、自らの意思で。 今回も、なすべき事は何も変わらない。 にも拘らず、まるで胸に鉛を詰められたような息苦しさを覚える。 『禍を斬る緋き剣』衣通姫・霧音(BNE004298)が、何故かしらね――と呟いた。 「こういった人も幾人も斬ってきた筈なのに、酷く、刀が重く感じるわ」 舌打ちとともに、ユートが声を重ねる。 「一辺ぐらい、冗談みてェな悪党に憑いてくれねェもんかね」 不謹慎と言えば不謹慎だが、殊更に彼を咎めようとする者はいない。何より、そういう問題で済む話でないことは、ユート本人が嫌というほど理解していた。 靴底で足元を踏みしめつつ、『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)が口を開く。 「今回の敵とは別でしょうが―― この世界への害意を持って2回ほどやって来たアザーバイドを思い出します」 床に亀裂などが無いことを確認した後、彼女は顔を上げて僅かに表情を翳らせた。 「いつも裏切られる願いとはいえ、こういうのは、今回限りであって欲しいものです、ね」 直後、有美を誘導するエクリの声が全員の耳に届く。 入口近くの影と同化した『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)は、息を潜めて彼女らが通り過ぎるのを見送った。有美が廃ビルに踏み込んだ頃合で、『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)が強結界を発動させる。 「ここに猫ちゃんがいるのね?」 有美の言葉を聞いて、エクリが足を止めた。 「ごめんなさい、探しものはもう見つかってるの」 「え?」 呆気にとられる有美を振り返り、彼女の左胸を見据える。 そう。ターゲットは、最初からここに居た。 神の目を掻い潜り、悲劇ばかりを生み出す忌々しい奴――。 影の中から姿を現した幸成と与作が、ただ一つの入口を背に退路を塞ぐ。同時に、残りのメンバーが有美を囲むように動いた。 危険を察知し、それまで沈黙を保っていた『ハートイーター』が本性を露にする。 肉体の支配権を奪われた有美の全身から、一斉に鮮血が噴き出した。 「――それでは、状況を開始します」 生み出された四体の分身と、困惑する有美とを交互に見て、与作は慇懃に告げる。 この期に及んで、かけられる言葉はない。割り切るしか、なかった。 ● 即座に床を蹴った雪佳が、ロフストランド杖に仕込んだ“百叢薙剣”を抜き放つ。 彼は分身の一体に接敵すると、間髪をいれず音速の斬撃を浴びせた。 動きを縛られ、もがく芋虫を横目に、鉅が呪力を練る。 「ひとまず、まとめて叩いておくとするか。削っておいて損はないからな」 歪夜を再現する赤き月が、フィールドを不吉の色に染め上げた。 呪いに蝕まれ、有美が悲鳴を上げる。すかさず駆けた与作の姿が、二重、三重にぶれた。 幾つもの幻影を展開し、アザーバイドの牙を鍛えたナイフで敵を次々に切り刻む。後列に下がったエクリが、そこに神秘の閃光弾を投じた。 轟音と光をもって、分身たちの動きを封じる。味方を巻き込まないよう、投擲するポイントは予め計算を済ませてあった。 「ユート殿、本体の抑えはお任せ致す」 変幻自在の影を従えた幸成が、分身をブロックしつつユートを促す。刹那、赤い霧が戦場を覆い尽くした。 針の如き鋭さで全身を刺す『ハートイーター』の攻撃を受けて、リベリスタの何人かが顔を顰める。 驚きと、傷の痛みで朦朧としていた有美が、初めて口を開いた。 「これは……?」 まだ、状況が呑み込めずにいるのだろう。彼女が神秘と無縁の一般人である以上、それも無理からぬことだ。いっそ、一生知らぬままで済ませられたら、どんなに良かったか。 「――見ての通りだ」 有美の前に立ち塞がったユートが、全身を防御のオーラで包みながら声をかける。 真実を知ることが、本人にとっての最善とは限らない。場合によっては、余計に苦しませる結果に終わるかもしれない。それでも、二者択一なら教えることを選ぶ。いつもの“偽善”だ。 「アンタの心臓は化け物になった。アンタごと殺す以外に、止める手段は無ェ」 「化け物……殺、す……?」 告げられた内容と目の前の現実が結びつかないのか、有美はぼんやりと声を返すのみ。 少なくとも、結婚式の準備に追われていた花嫁にとっては、まったく縁のない言葉に違いない。 (……斬らなきゃならないのね。前途が幸福に満ちていた人を) 極限まで動体視力を高められた霧音の双眸が、微かに憂いを帯びる。手に馴染んだ愛刀の柄も、今はやけに冷たかった。 「ごめんなさい、で済むわけないわよね……」 口の中で、『尽きせぬ祈り』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)が呟く。 幸せの絶頂から一転して、地獄に突き落とされようとしている花嫁。彼女に手を下すのが自分達となれば、愉快な気持ちになれる筈もない。魔曲の旋律を奏で、有美を撃つ。 弱った分身に肉迫した佳恋が、愛剣「白鳥乃羽々・改」に闘気を集中させた。 その名の通り、白鳥の羽根に似た長大な剣が羽ばたく。恐るべき一撃が、瞬く間に分身の一体を葬り去った。 残る分身が麻痺と混乱に陥っている隙に、リベリスタは攻撃を集中させていく。より傷の深い個体を瞬時に見分けた鉅が、全身から放つ気糸でそれを雁字搦めに縛り上げた。 床を滑るようにして、幸成が動く。自らの心を鎧い、非情なる忍として黒装束に身を包んだその姿は、まさに“死神”と呼ぶに相応しい。彼の手から飛び立った“凶鳥”が禍々しき芋虫たちをついばみ、辺り一帯を血の海に変える。 「……~っ」 大量の血を見て気分が悪くなったか、有美がえずくように息を詰まらせた。 直後、彼女を中心に真紅の網が広がる。全身に絡みつく呪縛を煩げに払い、ユートが声を張り上げた。 「今ので何人固まった、動けねェ奴ァ返事しろ!」 答えを確かめた後、肩越しに破邪の光を輝かせる。それで体の自由を取り戻した霧音が、“妖刀・櫻嵐”の白刃を閃かせた。 「さあ、仕事を始めましょう――」 距離を問わず敵を断ち斬る居合の秘技をもって、分身を深々と裂く。エクリがそこに閃光弾を炸裂させ、再び彼らをかく乱した。 戦場全体に注意を払いながら、有美に視線を移す。その面には、今もなお、戸惑いの色しか浮かんでいなかった。 いよいよ自分の死を実感した時、彼女はどうなってしまうのか。 なりふり構わず、泣き叫ぶだろうか。それとも、恐怖のあまり声すら出せないだろうか。 確実に訪れるだろう“終わり”を思うと、暗澹たる思いに駆られる。 当たり前に生きて、当たり前に誰かを好きになる。 そんな日常が許される時代に、どうしてこの手は幸福を摘むことしか出来ないのか――。 ● 粛々と、リベリスタは血色の芋虫の掃討を続ける。 幾重もの幻を纏う与作が、神速の斬撃をもって三体目を両断した。その肉体を構成していた血が派手に飛び散り、床に歪な模様を描く。 残る一体を気糸で縊り殺した鉅が、返り血を払いつつ有美を――彼女を乗っ取った『ハートイーター』本体を見た。話によると、あれは異界の何者かが人為的に送り込んだものらしいが。 「何度も潰されているのに懲りないとは、進歩がないと言うべきか。 ……さっさと諦めてくれると有難いんだが」 ここまでの経緯を考えると、その可能性は限りなく低いだろう。目的が未だに見えないのが気にかかるが、仮に邪魔をされた腹いせだとするなら、嫌がらせとしては充分すぎる程に成果を上げていることになる。 「ま、いずれにしても潰すがな」 艶消し黒の愛刀を構え、サングラスの位置を直す。劣勢を悟ったのか、『ハートイーター』は有美の体から激しく血を噴出させた。 たちこめる赤い霧が、リベリスタの全身をじくじくと蝕む。肌を刺す痛みに眉を顰めながらも、佳恋は怯むことなく“敵”のもとに向かった。 殲滅の闘気を集めた「白鳥乃羽々・改」の一閃で、有美の胸骨を砕く。常人ならば間違いなく即死を免れまいが、忌まわしき寄生生物は宿主に倒れることを許さなかった。 咳き込んだ有美の口元から、鮮やかな血が冗談のように滴り落ちる。激痛に朦朧とする意識の中で、彼女は怯えの混じった視線をリベリスタに向けた。 耐えねばならない。彼女をここで討たねば、崩界が進行する。 世界の守護者たる自分が、それを見過ごすわけにはいかないではないか。 「――貴女は、運が無かったの」 有美の前に立った霧音が、そっと彼女に語りかける。 無論、そんな一言で片付けられるなどとは思っていない。 愛する人と結ばれる日を指折り数え、幸福だけを見詰めていたこの時期に。 化け物に心臓を喰われ、未来を奪われた。 いきなり死ねと言われて、納得できる筈があろうか。 「私達は慈悲も無く、貴女を殺しに来た。許してとは言わないわ。 ただ、私は……」 そんな不条理を、齎した奴が赦せない――。 鮮やかな紅に、澄み渡った蒼。左右で色の異なる瞳に静かな怒りを湛え、人斬りの少女は抜刀する。 有美の運命を狂わせた禍(わざわい)を、この刃で断ち斬るために。 穿たれた傷は、次第に数と深さを増していく。血の塊をごぶりと吐き出しながら、有美は赤く染まった自分の体を呆然と見下ろしていた。痛覚すら、もはや麻痺してしまっているのかもしれない。 素早く背後に回り込んだ雪佳が、音速の連撃を繰り出す。真一文字に口を結んだ少年の心中は、どこまでも苦い。 自分達がこれから行うのは、“人殺し”だ。 たとえ、『ハートイーター』に寄生された時点で既に手遅れなのだとしても。その事実から逃げることなど、決して出来ない。 己の身をもって敵の退路を塞ぎ続ける与作が、高く跳躍した。壁や天井を続けざまに蹴り、頭上から強襲を仕掛ける。 慰めるにせよ、詫びるにせよ。この状況で、かける言葉なんて出てきやしない。 だから、せめて。彼女から、目を逸らさずにいよう。その最期の瞬間までを、余さず記憶に焼き付けよう。 ――彼女を殺すのは、他ならぬ自分達なのだから。 “ACONITUM(トリカブト)”の名を冠した刃の切先が、有美に突き込まれる。 両手に“凶鳥”を構え、幸成が音もなく駆けた。 「その血、全て吐き出してもらうで御座るぞ」 声とともに放たれたそれは、飛び立つ姿を見た者の明日を闇に閉ざす影。約束された死を運ぶモノ。 忍務なれば、如何様な相手であろうと、この指先が鈍ることなど有り得ない――。 有美の体から、鮮血が噴水の如く溢れ出す。空中で織り上げられた真紅の網が、リベリスタを襲った。 癒し手を兼ねるシュスタイナやルナの守りについていたエクリが、この一撃で運命を削る。 立ち上がった彼女の耳に、有美の声が届いた。 「私の、周りに居る人も……これに、取り憑かれて……?」 途切れ途切れの問い。それでも、意図はすぐに伝わった。 婚約者や、家族や――大切な人達が自分と同じ目に遭うことを、有美は恐れている。 「いいえ。貴女だけよ」 エクリの答えを聞き、彼女は微かに安堵の表情を浮かべた。 「回復するね!」 フィアキィの『ディアナ』に力を借りて、ルナがエクリの傷を癒す。大盾を翳して敵の視界を遮りながら、ユートが有美に訊ねた。 「……誰かに言いたいことは、あるか」 しばしの沈黙。逡巡の後、有美は消え入るような声で答えた。 「いえ……どうか、早く終わらせて……」 それきり瞼を閉じた彼女を見て、シュスタイナは癒しの福音を響かせながら「酷い依頼だわ……」と一人ごちる。血を吐くような佳恋の叫び声が、そこに重なった。 「私が代わりに死ぬことで事が済むなら、どれだけ楽だったことかッ!」 この世界は、どこまで無辜の人に犠牲を強いるのか。 ここで一つの命が消えねばならないとしても、何故、覚悟が出来ている自分の命でないのか――。 激情を孕んだ白鳥の羽ばたきが、有美を、『ハートイーター』を揺らがせる。 剣の柄に手をかけ、雪佳が押し殺した口調で言った。 「怨んでくれて構わない……釈明の余地など無いのだから」 それでも、彼女を放っておくことなど出来ない。 悲劇を食い止めるため、誰かがやらなければならないのなら――この手を、血に染めてでも。 覚悟を込めて剣を奔らせ、止めの一閃を見舞う。 音速の抜刀術で左胸を裂かれた有美の体が、ゆっくりと崩れ落ちた。 「ごめんなさい、……」 婚約者の名を呼ぶように、唇だけを動かして。そのまま、彼女は事切れた。 ● 倒れた有美に駆け寄り、ルナとエクリが『ハートイーター』の死骸を検分する。 「……こんな事ぐらいしか、出来ないから」 そう呟くルナの隣で、エクリは口を噤んだまま拳を強く握り締めていた。 己の無力を嘆く代わりに、今は足掻き続けよう。そのためには、一つでも多く情報が必要だ。 サンプルの回収が終わった後、与作が持参した布をそっと遺体に被せる。 「宿主となった者を始末するのも、これで何人目で御座ったか……」 幸成の言葉に、ユートが答えた。 「確認されてるだけなら七人だ。十人は居ねえ」 世界の総人口を考えれば、宿主に選ばれてしまったのは不運としか言いようがない。 毎度、死んだら未練が残りそうな人間ばかりというのが、どうにも気にかかるが。 「まさかたァ思うが、狙ってンじゃねェだろうな、おい」 眉間に皺を寄せたユートの傍らで、鉅がやれやれと肩を竦めた。 「そこまで“どこかの誰か”の思惑通りなら、悪趣味さだけは天下一品だ。若干見習いたくすらある」 大したものだ、と言って、煙草に火を点ける。布に覆われた有美の遺体を眺め、佳恋が口を開いた。 「この世界に居るのは被害者だけ、ですか…… 否、私達が加害者であるというなら、それは受け入れるべきでしょうね」 大義があるにせよ、大を守るために小を殺しているのは事実。 泣くことすらも、自分には許されないのだろう。きっと。 血濡れた剣と、己の手をじっと見つめて。雪佳は、殺めた記憶を己の胸に深く刻んだ。 ――忘れはしない。決して。 いつか黒幕に刃が届く日が来ることを願いながら、霧音は愛刀を鞘に納める。 この刀は、殺める為ではなく、禍を斬る為に在るのだから。 決意を胸に、幸成もまた天を仰ぐ。 「貴殿らの想い、残さず背負って参ろう。 いずれ元凶へと叩き返してやるその刻まで、暫し待たれよ……」 それは喪われた者たちへの祈りであり、同時に誓いでもあった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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